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第2章 〇い〇く〇りん〇ックス
第8話 未完成と帰還兵
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次の日、俺は適当に街をぶらついて夜はナルカの安否を確認する為に、ゆる楽亭で飯を食う事にした。
「どうも、こんばんは」
「あ・・・」
俺を見た瞬間、机を拭いていたナルカは手を止めて固まる。
もしかしたら昨日の出来事がトラウマとなり、俺を見ただけで昨日の恐怖がフラッシュバックするとかそういう可能性もあるのかもと思い、俺は努めて優しい声音でナルカに話しかけた。
「怪我は無かった?、ごめんね、ちゃんと助けてあげられなくて、俺も途中で気絶したから何があったかは分からないんだけど、怪我させてたらごめん・・・」
「・・・っ、あんたっ」
俺が以前仮病を使って『金還作戦』を病欠しようと試みた時と同じような調子で、健気で献身的な純朴少年を演じると、ナルカは感極まったように涙を浮かべて奥に引っ込んだ。
俺は他のバイトの案内でカウンター席へと案内される。
「ええと、ナルカは大丈夫、なんですかね?」
俺はバイトの子にそう確認した。
まぁバイトしてる時点で無事なのは明らかなのではあるが。
「うん、特に外傷もなく、無事みたいだよ、ピンピンしてる、でも代わりにとんでもない大病を患っちゃったかな、にしし」
「・・・大病?」
心当たりが無い訳でも無いが、ナルカみたいな本物の美少女にそれが起きるのはかなり信じ難い可能性だった。
「ま、それは自分で確かめて見て、そして真剣に考えてあげてね、あの子は、ちょっと普通じゃないから、だから覚悟が必要になると思うし、生半可な気持ちだったら許さないから」
そう言ってバイトの子はお冷のコップを置いて去っていく。
俺の想像でしかないがバイトの子はナルカの同僚で歳も近いけど、昨日の薬草採取に参加していない事から同じ学校では無さそうな感じか。
でも付き合いがあるということはナルカとは幼なじみのような友達であり、それ故にナルカの内側を深く知る存在という事だろうか。
・・・もし、万が一、いや50:50くらいの可能性でナルカから告白されたら、俺はどう答えるべきだろうか、この可能性は起こりうるものに思えた。
そもそも、俺には歳の近い同世代の異性(フエメは除外)がいないので、ナルカとどういうふうに接すればいいか、それすらよく分からないもので適当に接していたのだが。
だが、客観的にナルカを評価するのであれば、俺とは全く釣り合わないレベルの美少女であり、断る理由もあんまり無い気がする。
ナルカは薬学を学ぶ学校に行っているらしいし、将来的に薬剤師になるのであればそれは圧倒的に勝ち組職であるので、俺は働かなくても食わせて貰えるだろう。
村で生涯賃金1000万くらいで原始的な生活を営むか、街でヒモになって文化的な生活を営むか、どっちがいいかと言えば、多少面倒なしがらみが増えたとしても、街の方が楽しみはいっぱいある分上だ。
それはこの2日間食べ歩きをしまくった事からも、素直にそう思える話だった。
とは言え、今の俺の目的は「勇者をやめる為に頑張る一世一代の頑張り物語」であり、ナルカのヒモになるとか、街で遊んで暮らすとか、そういう俗事にかまけていられないのが悲しい所だ。
だから取り敢えずとして、ナルカの好感度は稼ぎつつ、【勇者】を卒業するまでは保留、友達以上セフレ未満くらいの関係に留めておくというのが、最適解かなと結論づける。
まぁ普通に、俺が【勇者】でなければ普通に嬉しい話だし、あと多分、ナルカが俺にほの字のゾッコンになったのも、【勇者】のなんらかのスキルが影響してる気がするし、そんな幻想の俺に惚れられるのも俺としては素直に喜べないものだった。
勇者という幻想、その全てを清算するまで俺は伴侶を得ることに消極的という訳だ。
飯を食べ終えて代金を払おうとすると、店長からお詫びとして代金の受け取りを断られたが、しかし、「こんな美味いもんをただで食べたらバチが当たる、ナルカの作った料理ならともかく、店長にタダ飯を貰う理由が無い」と断って無理矢理受け取らせた。
そして、そこでまた学校の制服に着替えたナルカが話がしたいと言って店を出る俺に付いてきたのであった。
「それで、あんた、・・・その、怪我は大丈夫なの?、血がいっぱい出たって聞いたけど」
確かに『男爵』に切り裂かれた傷は深く、ズボンが真っ赤になるほどの出血をしていたが、助けに来た冒険者のヒールのおかげで、今は傷も塞がって完治していた。
あそこで冒険者にヒールをかけて貰ってなかったら細菌により化膿し悪化していただろうが、今は完治しているので全く気にならない話だ。
「ああ、もう完全に治ったよ、それに、俺も気絶してたし、あんまよく覚えてないからその事で謝られても、よく分からないっていうか」
「でも、本当に、ごめんなさい、・・・私も、あんな事になるなんて思ってなくて、それに、あんたが助けに来てなかったら、気絶した私は『男爵』に食われていたって聞いたし、その、あんたが命懸けで、『男爵』を倒して私を助けてくれたのよね?」
「まさか!、俺は【モンク】になってひと月目の、最弱のEランク冒険者だし、その俺が『男爵』なんて大物、倒せる訳ないよ!、だから俺は、気絶した君を背負って逃げただけだよ」
「・・・じゃあなんで、命懸けで私を助けに来たの?、勝てない相手なら、助けに来ても自分が死ぬ可能性だってあるのに、それなのになんで」
「・・・そりゃあ男だし、女の子の前ではカッコつけたいっていうか、多分、君が女じゃ無かったら助けてないし、俺が女だったら助けてない、だから結局、そういう事、かな、君なら分かるでしょ?、そういう男の下心って奴」
話していて気づいたが、今この時点に於いても、俺はナルカを適当にやり過ごそうと適当に話していた。
それが会話の墓穴になると言うことに注意していなかったのは俺の落ち度だろう。
「・・・まぁね、でもあんたは違うでしょ、もし下心があるなら、私に対してもっと恩を着せるようにとか、お礼がして欲しいとか、そういう要求してもいいのに、でもあんた、私にそういうの求めてないじゃない、・・・そりゃ、あんたの目はいやらしい目つきだけど、下心のいやらしさというよりは、内面から滲み出る人間性のいやらしさというか、そこまで不快感を感じるものじゃ無いっていうか」
「なんだそれ・・・、結局貶してくるのかよ!!」
ちょっと盛り上がってきたムードをぶち壊すような暴言に俺は思わずツッコミを入れると、ナルカは慌てて訂正する。
「ち、違くて、ただ、あんたが下心で私に優しくするような人間じゃないって、そういいたいだけで、だから、きちんとお礼したいっていうか・・・」
そもそも俺が人に優しくするのは下心100%で、一文の得にもならない相手には優しくしないのだが、これが恋愛フィルターという奴なのだろうか。
だがそんな俺の内面や本心を知らないナルカにとっては、俺の否定の全てが謙遜に聞こえるのかもしれない。
「お礼って・・・」
そこで俺は振り返ってナルカを見つめる。
俺の目を見つめ返すナルカの目は俺だけを見ていると言わんばかりに本気だった。
本気の目、異性からの偽りの無い好意、それは、俺にとっては唯一の弱点とも呼ぶべき、目の当たりにすると太刀打ち出来ないものだった。
ナルカが息が当たる距離まで近付いてきて、目を閉じて背伸びをする、そこまでくればこの先何が起こるか理解出来た。
・・・俺が、普通の男の子だったら、そのままナルカを抱き締めて、ナルカに愛を囁いていたのだろう。
少なくともナルカは顔だけで飯が食えそうなくらい可愛いし、そんな女の子からキスをせがまれて喜ばないのは、男の方がおかしいとしか言えない。
そして、そういう意味で俺はどこまでも、異常で例外的な狂人だっただけだ。
「・・・お礼をするってどういう意味か分かってるのか?」
「・・・え?」
俺はキスをしようと顔を近づけてきたナルカに寸前で言い放った。
「キスだけでお礼になると思っているのか?、そんな事されても俺は1ミリも嬉しくない、だって俺は元々ヤリモクなんだからな、だから、お礼をするならホテルまで付き合って貰うって事になるが、それでもいいか?」
「なんで、いきなり、そんな・・・」
豹変したというか、リップサービスをやめて素に戻った俺の態度に、ナルカは少し引いていたが、構わずに俺は続けた。
「いきなりも何もない、初めて会った時からお前は、性格はクソだけど顔はかわいいヤリ捨てるのにちょうどいい女としてしか接してない、そもそも俺はセフレに不自由してない(一人もいないが)からな、だからお前が俺のセフレになりたいっていうなら、土下座で頼めば1回2万でヤラせてやるよ、まぁ俺は元々、お前の姉ちゃん目当てで店に通ってただけだけどな」
「嘘、そんな・・・だってあんたは、命懸けで私を助けてくれたじゃない!!」
「そんなの、お前の姉ちゃんの好感度稼ぎたいからに決まってるだろう?、護衛を任された仕事でお前に怪我されたら、俺の印象も最悪だろうしな、結果的に命懸けになった訳だが、本当に危ないと思ってたら一人で逃げてたよ、だから結果オーライって奴だな、そんで、お前はそれでも俺のセフレになりたいか?、まぁお前が姉ちゃんを俺に紹介してくれるなら、ただでヤラせてあげてもいいけど」
姉ちゃん、つまり店長を強調する、それによって俺の好意が自分を向いてないと強く意識させる事になるし、そこでセフレという関係を言葉にする事で、俺との交渉が無意味な平行線にしかならないと理解させるという方向性。
真っ直ぐな好意を向けられた俺のとった対応は、その好意の完膚無きまでの破壊という、最悪の拒絶だった。
ニヤニヤと下卑た笑いを浮かべ、ナルカを、自分を、世界を、何もかもを嘲笑するが如く顔に笑みを貼り付ける。
どうやら俺は心を鬼にしてディメアを騙した時に男として超えては行けない一線を超えてしまっていて、感覚が麻痺していたようだ。
この言葉が人を傷つける嘘であると、相手の心を歪ませる嘘であると、それを知りつつもそれをしてしまえる俺は最早、真人間などでは無い、れっきとした狂人なのだろう。
人を傷つけて泣かせても何も感じないクズ。
だが、正気でこの世界を生きるのは辛いし、真人間ならば勇者を辞めようとは考えない、だから、これが俺の生き方ならば、これが俺の生き様になるというだけの話だった。
俺の言葉を聞いたナルカは何も信じられなくなったのだろう、茫然自失と呆けた後に、曇りの無い瞳でもう一度、醜く、浅ましい俺の姿を見て、憎悪を向けるように睨みつけた。
「・・・最低っ、クズ、変態、人でなし!!」
「ああ、それが俺だ・・・!!」
俺にとって、クズと呼ばれる事は肯定以外の何者でも無かった。
「・・・死ね変態!、二度と顔見せるな、お姉ちゃんに近づいたら殺す!!」
そう言ってナルカは俺の頬を力強く殴ると、俺に背を向けて走り去っていく。
・・・別に嫌われる必要なんてなかったのに、俺は結局、ナルカの偽りの無い真剣な瞳に、完膚無きまで太刀打ち出来なかったのだ。
それに真っ正直に応えられるほど、俺は誠実で真面目な真人間では無かったから。
だからナルカには俺への執着を無くして欲しいと思い、拒絶し、俺は嫌われる演技をしたのである。
・・・まぁそもそも、なあなあで仕事だけの関係ではあるけど、ちょっといい雰囲気のメリーさんがいる訳だし、メリーさんを放ってナルカと付き合う器用さはあっても、ふてぶてしさは無いのだからこれも妥当な着地点と言えるだろうと、自分への慰めはあった。
俺はぶたれた頬の痛みの余韻を引きずってその場に立ちつくすと、背後から声をかけられた。
「ようライア、見事に振られちまったな!、まぁどうせお前が詐欺ってポイ捨てしたんだろうが、女を泣かせる奴はホモしかいない地獄に落ちるぜ、だからあんまり泣かせるような事はするなよな!」
「・・・ってその声は、ケン兄ちゃん!?」
俺に声をかけたその人物は俺のよく知る人物であった。
ケント・ルーズ、村の三英傑トムタクの一人息子であり、俺の4個上のお兄さんで、2年前に徴兵されて戦地に送られて以降、音信不通だった存在。
「よう、ライア、久しぶりだな、元気してたか?」
「俺は元気だよ、てかケン兄ちゃんはどうしてここに?、確か、徴兵されてた筈だよね?」
「ああ、それなんだがな、・・・脱走して来た、前線は地獄だ、死体すら帰って来ないような、生者が死者を冒涜し、死者が生者を殺す本物の地獄、ライア、お前もそろそろ徴兵されるだろうが、そうなる前に物乞いでも山篭りでも何でもやって、絶対に回避した方がいい、あそこは人間の住む世界じゃない、本物の地獄だ」
「本物の地獄って・・・」
そういうケン兄の顔は、村を出た時とは比べるまでもなくやつれていて、顔つきもどこか野性味のある精悍な顔つきになっていた。
そして、衣服は物乞いでもやっているのだろう、薄汚れていて、収斂性のあるすえたひどい匂いのする最低の襤褸を着ていた。
そしてケン兄の姿をよく見てみれば。
「・・・って、よく見たら下着泥棒の指名手配犯まんまじゃん、ケン兄ちゃんだったの?下着泥棒って?」
「は?、下着泥棒?、いや、身に覚えは無いがなんの事だ?」
「取り敢えず、その格好だと指名手配犯でまずいから、乞食は廃業して貰って、身なりを整えて貰ってもいいかな?、金は俺が出すからさ」
その後、俺は銭湯や服屋などあちこちを回って、ケン兄を元のケン兄の姿へと変身させたのであった。
そして、手頃な安い居酒屋でケン兄に飯を食わせながら、ケン兄から話を聞いた。
「前線の状況は最悪だ、10個師団中7個が壊滅して再編成の途中で、そして王国の守りの要衝であるカルセランド基地も革命のゴタゴタで補給が滞った隙に魔王軍に奪われて、今は全師団あげての基地の奪還任務の真っ最中、それも、ほぼ達成不可能な無理ゲーだが、しかしカルセランドを奪われたままでは王国は滅びる、だから軍部は無茶な突撃を繰り返し、死者を死霊魔術で再利用して、それで日夜湯水の如く弾薬と命を使い捨てているような状況だ、今となっては少年兵まで動員されるようになって、既に前線での死者数は300万を超えるだろう、そんくらいヤバい状況になっている」
王国の総人口が一億、魔族の帝国が1000万いるかいないかと言われているので、300万の死者という数字がいかに大きいかが分かる。
恐らく、村から徴兵された成人男性も、半数も生きていないに違いない話だからだ。
「まじか・・・、新聞とかだと前線は膠着とか、魔王軍は王国軍の勢いに押されて消極的とか、そんな風に書かれていたけど、実際はそんなにヤバいのかよ」
難攻不落と言われるカルセランド基地、それが魔王軍に奪われるというのはつまり、魔王軍はいつでも王国の全土に兵を送れるという事であり、それが知られれば国民はもっと危機感を感じて悠長にはしていられないだろう。
故にこの情報操作が正しいのか否かは分からないが、王国が今とんでもなくヤバい状況というのは、その説明だけで理解出来た。
「ああ、この戦、魔王が前線に出てくれば間違いなく秒で終結し、王国は負けるだろう、それなのに王国は乱世で聖女派と騎士団派に別れて派閥争いとか、巫山戯てるにも程がある、前線で何人死んでるとか、きっと誰も、考えちゃいないんだろうな」
「それで死者を生き返らせたり、少年兵を動員している訳か、世も末だな・・・」
世も末だな・・・と、実際に使うような場面がある事に自分で驚いたが、でも、そんな悲しみに満ちた悲しい世界がこの世なのである。
俺は今までは子供だからそういう理不尽とは無関係でいられたが、今は徴兵される立場であり、他人事では無くなったことでようやく、世の中の異常さや世界の理不尽についてを考えるようになったのであった。
・・・もし、【勇者】の俺や【魔王】のクロが前線に介入したならば、命で命を潰し合うような、そんな血みどろで無益な戦争を無くせるのだろうか。
いや、ユリシーズが言っていたのだ、結局、誰かの味方をすれば、それは誰かの敵になるという事だと。
そしてそれはメリーさんに聖女では無く俺の味方になれと言った俺の思想とも合致する。
愛、平等、平和という理想を掲げる聖女ですら纏められない世の中なのだ。
なんの後ろ盾も無い田舎の小僧である俺と幼女であるクロに、世の中の大きな流れを変えられるとは思えない。
もし、黒龍と同じくらいの力があるのであれば、フエメが言うように、絶対王政の恐怖政治で平和を生み出す事は出来るかもしれないが、しかし、そんな平和を望むには、俺には力が足りなさ過ぎるという話だ。
だから俺がそんな世界の悲しみや理不尽に対して、正そうと考える事こそ烏滸がましく。
それにどうせ、既に復讐の連鎖は始まっている、それは愛や理想では止まらないものだし、復讐の徒が一人残らず殺しあって消えるまで真の平和など訪れる訳も無い。
そう、もしかしたら魔王軍のもつ人類絶滅装置とは、それこそが真の平和を生み出すものなのでは無いかと、その時になって俺は思い至ったのである。
「それでライア、お前はここで何をしてんたんだ、見た感じ、だいぶ羽振りが良さそうだが」
「うん、実は村では黄金山地が解放されて、その報酬で俺も小銭を貰って今日はプチ旅行してるって感じかな」
そこで俺は思い出したが、闘技祭まであと4日、こんなふうに遊び呆けている余裕は無かった筈なのだが、まぁ、『男爵』との戦闘も経験値は入っているだろうし、そこまで無駄な時間を過ごしている訳でも無いか。
「え!?、あの黄金山地を!?、確か、“殺戮の森”には三皇と呼ばれるやべー奴らがいたはずだろ、それなのにどうして黄金山地が解放されてるんだよ!?」
「ああ、まぁ簡単に説明すると、この2年で“殺戮の森”の勢力図も変わってて、デビルベアが天下を取ってたんだけど、それを冒険者雇って討伐して、そんで隣の村のお嬢様のフエメがなんか色々牛耳ってて、それで村の問題とか対立とか、色んな事を解決してるって感じ」
「あー、あのお嬢様の、確かライアは仲良かったんだっけか?」
「全然、ただ村長の名代としてたまに雑用頼まれて交流があるだけ」
「ふーん、まぁ、だいたい事情は分かったよ、だったら俺が今しれっと村に帰っても大丈夫かな?、一応脱走兵は軍法会議で死刑確定にはなっているんだが、まぁ前線はヤバ過ぎて軍法会議や脱走兵の捜索どころでは無いし、仮にまた徴兵されても、保釈金とかでなんとかなるだろ?」
「いや、それが今は金で解決出来ないっぽいんだよね、人材不足らしくてさ、俺もそれで下手したら徴兵されそうなんだ」
「・・・そうか、だったら俺と一緒に王都で乞食でもするか?、前線はガチで地獄だし、それに比べたら乞食や山篭りの方が100倍マシだぜ」
そういうケン兄の目は昔と変わらずに優しかった。
本気で俺を心配してくれてるんだと分かって、俺はケン兄の優しさに胸打たれてほろりと涙を流した。
「うん、いざとなったらそうするけど、でも、実は俺は、徴兵を免れる策を親父と村長から授かってるんだよね、ほら、もうすぐ闘技祭でしょ?」
「闘技祭、って事はそこでの事故で死んだ事にして、故人にする事で徴兵を免れるとかか?」
「いや、村長がもう引退するから、だから闘技祭で俺が優勝して、村一番の英雄になる事で村長の地位を継承するって話、村長になれば徴兵を金で断る事にも正当性が生まれる訳だし」
「なるほど、じゃあお前は大丈夫そうだな、安心したぜ、くどいようだが、前線には絶対に行くなよ、村からは俺を含めて10人以上徴兵されたが、今生き残ってるのは俺だけだ、俺が生き残ってるのも【魔術師】だったから味方の死体をゾンビ化する部隊に配置されたからで、前線で戦ってる奴らは全員、ただの死神の列に並んでいるだけの羊なんだよ、だから、もし徴兵される奴がいたら俺が全部責任取るから、この話を教えてなんとか止めてやってくれ」
「分かったよ、俺が村長になったら、絶対村から一人も徴兵されないように、あらゆる手段と工作を使って徴兵を止めるよ」
こうして俺は久しぶりにあったケン兄と夜が明けるまで飲み明かしたのであった。
酒を飲んだケン兄は、自身の初恋や戦友が死んだ話、理不尽な上官や鬼よりも怖い魔族の将軍などを夜が開けるまで涙混じりで話してくれた。
それを聞いた俺は、絶対に徴兵なんてされてたまるかという強い決意と、そんな地獄から帰ってきたケン兄が素直に生きていた事を喜んだのであった。
「どうも、こんばんは」
「あ・・・」
俺を見た瞬間、机を拭いていたナルカは手を止めて固まる。
もしかしたら昨日の出来事がトラウマとなり、俺を見ただけで昨日の恐怖がフラッシュバックするとかそういう可能性もあるのかもと思い、俺は努めて優しい声音でナルカに話しかけた。
「怪我は無かった?、ごめんね、ちゃんと助けてあげられなくて、俺も途中で気絶したから何があったかは分からないんだけど、怪我させてたらごめん・・・」
「・・・っ、あんたっ」
俺が以前仮病を使って『金還作戦』を病欠しようと試みた時と同じような調子で、健気で献身的な純朴少年を演じると、ナルカは感極まったように涙を浮かべて奥に引っ込んだ。
俺は他のバイトの案内でカウンター席へと案内される。
「ええと、ナルカは大丈夫、なんですかね?」
俺はバイトの子にそう確認した。
まぁバイトしてる時点で無事なのは明らかなのではあるが。
「うん、特に外傷もなく、無事みたいだよ、ピンピンしてる、でも代わりにとんでもない大病を患っちゃったかな、にしし」
「・・・大病?」
心当たりが無い訳でも無いが、ナルカみたいな本物の美少女にそれが起きるのはかなり信じ難い可能性だった。
「ま、それは自分で確かめて見て、そして真剣に考えてあげてね、あの子は、ちょっと普通じゃないから、だから覚悟が必要になると思うし、生半可な気持ちだったら許さないから」
そう言ってバイトの子はお冷のコップを置いて去っていく。
俺の想像でしかないがバイトの子はナルカの同僚で歳も近いけど、昨日の薬草採取に参加していない事から同じ学校では無さそうな感じか。
でも付き合いがあるということはナルカとは幼なじみのような友達であり、それ故にナルカの内側を深く知る存在という事だろうか。
・・・もし、万が一、いや50:50くらいの可能性でナルカから告白されたら、俺はどう答えるべきだろうか、この可能性は起こりうるものに思えた。
そもそも、俺には歳の近い同世代の異性(フエメは除外)がいないので、ナルカとどういうふうに接すればいいか、それすらよく分からないもので適当に接していたのだが。
だが、客観的にナルカを評価するのであれば、俺とは全く釣り合わないレベルの美少女であり、断る理由もあんまり無い気がする。
ナルカは薬学を学ぶ学校に行っているらしいし、将来的に薬剤師になるのであればそれは圧倒的に勝ち組職であるので、俺は働かなくても食わせて貰えるだろう。
村で生涯賃金1000万くらいで原始的な生活を営むか、街でヒモになって文化的な生活を営むか、どっちがいいかと言えば、多少面倒なしがらみが増えたとしても、街の方が楽しみはいっぱいある分上だ。
それはこの2日間食べ歩きをしまくった事からも、素直にそう思える話だった。
とは言え、今の俺の目的は「勇者をやめる為に頑張る一世一代の頑張り物語」であり、ナルカのヒモになるとか、街で遊んで暮らすとか、そういう俗事にかまけていられないのが悲しい所だ。
だから取り敢えずとして、ナルカの好感度は稼ぎつつ、【勇者】を卒業するまでは保留、友達以上セフレ未満くらいの関係に留めておくというのが、最適解かなと結論づける。
まぁ普通に、俺が【勇者】でなければ普通に嬉しい話だし、あと多分、ナルカが俺にほの字のゾッコンになったのも、【勇者】のなんらかのスキルが影響してる気がするし、そんな幻想の俺に惚れられるのも俺としては素直に喜べないものだった。
勇者という幻想、その全てを清算するまで俺は伴侶を得ることに消極的という訳だ。
飯を食べ終えて代金を払おうとすると、店長からお詫びとして代金の受け取りを断られたが、しかし、「こんな美味いもんをただで食べたらバチが当たる、ナルカの作った料理ならともかく、店長にタダ飯を貰う理由が無い」と断って無理矢理受け取らせた。
そして、そこでまた学校の制服に着替えたナルカが話がしたいと言って店を出る俺に付いてきたのであった。
「それで、あんた、・・・その、怪我は大丈夫なの?、血がいっぱい出たって聞いたけど」
確かに『男爵』に切り裂かれた傷は深く、ズボンが真っ赤になるほどの出血をしていたが、助けに来た冒険者のヒールのおかげで、今は傷も塞がって完治していた。
あそこで冒険者にヒールをかけて貰ってなかったら細菌により化膿し悪化していただろうが、今は完治しているので全く気にならない話だ。
「ああ、もう完全に治ったよ、それに、俺も気絶してたし、あんまよく覚えてないからその事で謝られても、よく分からないっていうか」
「でも、本当に、ごめんなさい、・・・私も、あんな事になるなんて思ってなくて、それに、あんたが助けに来てなかったら、気絶した私は『男爵』に食われていたって聞いたし、その、あんたが命懸けで、『男爵』を倒して私を助けてくれたのよね?」
「まさか!、俺は【モンク】になってひと月目の、最弱のEランク冒険者だし、その俺が『男爵』なんて大物、倒せる訳ないよ!、だから俺は、気絶した君を背負って逃げただけだよ」
「・・・じゃあなんで、命懸けで私を助けに来たの?、勝てない相手なら、助けに来ても自分が死ぬ可能性だってあるのに、それなのになんで」
「・・・そりゃあ男だし、女の子の前ではカッコつけたいっていうか、多分、君が女じゃ無かったら助けてないし、俺が女だったら助けてない、だから結局、そういう事、かな、君なら分かるでしょ?、そういう男の下心って奴」
話していて気づいたが、今この時点に於いても、俺はナルカを適当にやり過ごそうと適当に話していた。
それが会話の墓穴になると言うことに注意していなかったのは俺の落ち度だろう。
「・・・まぁね、でもあんたは違うでしょ、もし下心があるなら、私に対してもっと恩を着せるようにとか、お礼がして欲しいとか、そういう要求してもいいのに、でもあんた、私にそういうの求めてないじゃない、・・・そりゃ、あんたの目はいやらしい目つきだけど、下心のいやらしさというよりは、内面から滲み出る人間性のいやらしさというか、そこまで不快感を感じるものじゃ無いっていうか」
「なんだそれ・・・、結局貶してくるのかよ!!」
ちょっと盛り上がってきたムードをぶち壊すような暴言に俺は思わずツッコミを入れると、ナルカは慌てて訂正する。
「ち、違くて、ただ、あんたが下心で私に優しくするような人間じゃないって、そういいたいだけで、だから、きちんとお礼したいっていうか・・・」
そもそも俺が人に優しくするのは下心100%で、一文の得にもならない相手には優しくしないのだが、これが恋愛フィルターという奴なのだろうか。
だがそんな俺の内面や本心を知らないナルカにとっては、俺の否定の全てが謙遜に聞こえるのかもしれない。
「お礼って・・・」
そこで俺は振り返ってナルカを見つめる。
俺の目を見つめ返すナルカの目は俺だけを見ていると言わんばかりに本気だった。
本気の目、異性からの偽りの無い好意、それは、俺にとっては唯一の弱点とも呼ぶべき、目の当たりにすると太刀打ち出来ないものだった。
ナルカが息が当たる距離まで近付いてきて、目を閉じて背伸びをする、そこまでくればこの先何が起こるか理解出来た。
・・・俺が、普通の男の子だったら、そのままナルカを抱き締めて、ナルカに愛を囁いていたのだろう。
少なくともナルカは顔だけで飯が食えそうなくらい可愛いし、そんな女の子からキスをせがまれて喜ばないのは、男の方がおかしいとしか言えない。
そして、そういう意味で俺はどこまでも、異常で例外的な狂人だっただけだ。
「・・・お礼をするってどういう意味か分かってるのか?」
「・・・え?」
俺はキスをしようと顔を近づけてきたナルカに寸前で言い放った。
「キスだけでお礼になると思っているのか?、そんな事されても俺は1ミリも嬉しくない、だって俺は元々ヤリモクなんだからな、だから、お礼をするならホテルまで付き合って貰うって事になるが、それでもいいか?」
「なんで、いきなり、そんな・・・」
豹変したというか、リップサービスをやめて素に戻った俺の態度に、ナルカは少し引いていたが、構わずに俺は続けた。
「いきなりも何もない、初めて会った時からお前は、性格はクソだけど顔はかわいいヤリ捨てるのにちょうどいい女としてしか接してない、そもそも俺はセフレに不自由してない(一人もいないが)からな、だからお前が俺のセフレになりたいっていうなら、土下座で頼めば1回2万でヤラせてやるよ、まぁ俺は元々、お前の姉ちゃん目当てで店に通ってただけだけどな」
「嘘、そんな・・・だってあんたは、命懸けで私を助けてくれたじゃない!!」
「そんなの、お前の姉ちゃんの好感度稼ぎたいからに決まってるだろう?、護衛を任された仕事でお前に怪我されたら、俺の印象も最悪だろうしな、結果的に命懸けになった訳だが、本当に危ないと思ってたら一人で逃げてたよ、だから結果オーライって奴だな、そんで、お前はそれでも俺のセフレになりたいか?、まぁお前が姉ちゃんを俺に紹介してくれるなら、ただでヤラせてあげてもいいけど」
姉ちゃん、つまり店長を強調する、それによって俺の好意が自分を向いてないと強く意識させる事になるし、そこでセフレという関係を言葉にする事で、俺との交渉が無意味な平行線にしかならないと理解させるという方向性。
真っ直ぐな好意を向けられた俺のとった対応は、その好意の完膚無きまでの破壊という、最悪の拒絶だった。
ニヤニヤと下卑た笑いを浮かべ、ナルカを、自分を、世界を、何もかもを嘲笑するが如く顔に笑みを貼り付ける。
どうやら俺は心を鬼にしてディメアを騙した時に男として超えては行けない一線を超えてしまっていて、感覚が麻痺していたようだ。
この言葉が人を傷つける嘘であると、相手の心を歪ませる嘘であると、それを知りつつもそれをしてしまえる俺は最早、真人間などでは無い、れっきとした狂人なのだろう。
人を傷つけて泣かせても何も感じないクズ。
だが、正気でこの世界を生きるのは辛いし、真人間ならば勇者を辞めようとは考えない、だから、これが俺の生き方ならば、これが俺の生き様になるというだけの話だった。
俺の言葉を聞いたナルカは何も信じられなくなったのだろう、茫然自失と呆けた後に、曇りの無い瞳でもう一度、醜く、浅ましい俺の姿を見て、憎悪を向けるように睨みつけた。
「・・・最低っ、クズ、変態、人でなし!!」
「ああ、それが俺だ・・・!!」
俺にとって、クズと呼ばれる事は肯定以外の何者でも無かった。
「・・・死ね変態!、二度と顔見せるな、お姉ちゃんに近づいたら殺す!!」
そう言ってナルカは俺の頬を力強く殴ると、俺に背を向けて走り去っていく。
・・・別に嫌われる必要なんてなかったのに、俺は結局、ナルカの偽りの無い真剣な瞳に、完膚無きまで太刀打ち出来なかったのだ。
それに真っ正直に応えられるほど、俺は誠実で真面目な真人間では無かったから。
だからナルカには俺への執着を無くして欲しいと思い、拒絶し、俺は嫌われる演技をしたのである。
・・・まぁそもそも、なあなあで仕事だけの関係ではあるけど、ちょっといい雰囲気のメリーさんがいる訳だし、メリーさんを放ってナルカと付き合う器用さはあっても、ふてぶてしさは無いのだからこれも妥当な着地点と言えるだろうと、自分への慰めはあった。
俺はぶたれた頬の痛みの余韻を引きずってその場に立ちつくすと、背後から声をかけられた。
「ようライア、見事に振られちまったな!、まぁどうせお前が詐欺ってポイ捨てしたんだろうが、女を泣かせる奴はホモしかいない地獄に落ちるぜ、だからあんまり泣かせるような事はするなよな!」
「・・・ってその声は、ケン兄ちゃん!?」
俺に声をかけたその人物は俺のよく知る人物であった。
ケント・ルーズ、村の三英傑トムタクの一人息子であり、俺の4個上のお兄さんで、2年前に徴兵されて戦地に送られて以降、音信不通だった存在。
「よう、ライア、久しぶりだな、元気してたか?」
「俺は元気だよ、てかケン兄ちゃんはどうしてここに?、確か、徴兵されてた筈だよね?」
「ああ、それなんだがな、・・・脱走して来た、前線は地獄だ、死体すら帰って来ないような、生者が死者を冒涜し、死者が生者を殺す本物の地獄、ライア、お前もそろそろ徴兵されるだろうが、そうなる前に物乞いでも山篭りでも何でもやって、絶対に回避した方がいい、あそこは人間の住む世界じゃない、本物の地獄だ」
「本物の地獄って・・・」
そういうケン兄の顔は、村を出た時とは比べるまでもなくやつれていて、顔つきもどこか野性味のある精悍な顔つきになっていた。
そして、衣服は物乞いでもやっているのだろう、薄汚れていて、収斂性のあるすえたひどい匂いのする最低の襤褸を着ていた。
そしてケン兄の姿をよく見てみれば。
「・・・って、よく見たら下着泥棒の指名手配犯まんまじゃん、ケン兄ちゃんだったの?下着泥棒って?」
「は?、下着泥棒?、いや、身に覚えは無いがなんの事だ?」
「取り敢えず、その格好だと指名手配犯でまずいから、乞食は廃業して貰って、身なりを整えて貰ってもいいかな?、金は俺が出すからさ」
その後、俺は銭湯や服屋などあちこちを回って、ケン兄を元のケン兄の姿へと変身させたのであった。
そして、手頃な安い居酒屋でケン兄に飯を食わせながら、ケン兄から話を聞いた。
「前線の状況は最悪だ、10個師団中7個が壊滅して再編成の途中で、そして王国の守りの要衝であるカルセランド基地も革命のゴタゴタで補給が滞った隙に魔王軍に奪われて、今は全師団あげての基地の奪還任務の真っ最中、それも、ほぼ達成不可能な無理ゲーだが、しかしカルセランドを奪われたままでは王国は滅びる、だから軍部は無茶な突撃を繰り返し、死者を死霊魔術で再利用して、それで日夜湯水の如く弾薬と命を使い捨てているような状況だ、今となっては少年兵まで動員されるようになって、既に前線での死者数は300万を超えるだろう、そんくらいヤバい状況になっている」
王国の総人口が一億、魔族の帝国が1000万いるかいないかと言われているので、300万の死者という数字がいかに大きいかが分かる。
恐らく、村から徴兵された成人男性も、半数も生きていないに違いない話だからだ。
「まじか・・・、新聞とかだと前線は膠着とか、魔王軍は王国軍の勢いに押されて消極的とか、そんな風に書かれていたけど、実際はそんなにヤバいのかよ」
難攻不落と言われるカルセランド基地、それが魔王軍に奪われるというのはつまり、魔王軍はいつでも王国の全土に兵を送れるという事であり、それが知られれば国民はもっと危機感を感じて悠長にはしていられないだろう。
故にこの情報操作が正しいのか否かは分からないが、王国が今とんでもなくヤバい状況というのは、その説明だけで理解出来た。
「ああ、この戦、魔王が前線に出てくれば間違いなく秒で終結し、王国は負けるだろう、それなのに王国は乱世で聖女派と騎士団派に別れて派閥争いとか、巫山戯てるにも程がある、前線で何人死んでるとか、きっと誰も、考えちゃいないんだろうな」
「それで死者を生き返らせたり、少年兵を動員している訳か、世も末だな・・・」
世も末だな・・・と、実際に使うような場面がある事に自分で驚いたが、でも、そんな悲しみに満ちた悲しい世界がこの世なのである。
俺は今までは子供だからそういう理不尽とは無関係でいられたが、今は徴兵される立場であり、他人事では無くなったことでようやく、世の中の異常さや世界の理不尽についてを考えるようになったのであった。
・・・もし、【勇者】の俺や【魔王】のクロが前線に介入したならば、命で命を潰し合うような、そんな血みどろで無益な戦争を無くせるのだろうか。
いや、ユリシーズが言っていたのだ、結局、誰かの味方をすれば、それは誰かの敵になるという事だと。
そしてそれはメリーさんに聖女では無く俺の味方になれと言った俺の思想とも合致する。
愛、平等、平和という理想を掲げる聖女ですら纏められない世の中なのだ。
なんの後ろ盾も無い田舎の小僧である俺と幼女であるクロに、世の中の大きな流れを変えられるとは思えない。
もし、黒龍と同じくらいの力があるのであれば、フエメが言うように、絶対王政の恐怖政治で平和を生み出す事は出来るかもしれないが、しかし、そんな平和を望むには、俺には力が足りなさ過ぎるという話だ。
だから俺がそんな世界の悲しみや理不尽に対して、正そうと考える事こそ烏滸がましく。
それにどうせ、既に復讐の連鎖は始まっている、それは愛や理想では止まらないものだし、復讐の徒が一人残らず殺しあって消えるまで真の平和など訪れる訳も無い。
そう、もしかしたら魔王軍のもつ人類絶滅装置とは、それこそが真の平和を生み出すものなのでは無いかと、その時になって俺は思い至ったのである。
「それでライア、お前はここで何をしてんたんだ、見た感じ、だいぶ羽振りが良さそうだが」
「うん、実は村では黄金山地が解放されて、その報酬で俺も小銭を貰って今日はプチ旅行してるって感じかな」
そこで俺は思い出したが、闘技祭まであと4日、こんなふうに遊び呆けている余裕は無かった筈なのだが、まぁ、『男爵』との戦闘も経験値は入っているだろうし、そこまで無駄な時間を過ごしている訳でも無いか。
「え!?、あの黄金山地を!?、確か、“殺戮の森”には三皇と呼ばれるやべー奴らがいたはずだろ、それなのにどうして黄金山地が解放されてるんだよ!?」
「ああ、まぁ簡単に説明すると、この2年で“殺戮の森”の勢力図も変わってて、デビルベアが天下を取ってたんだけど、それを冒険者雇って討伐して、そんで隣の村のお嬢様のフエメがなんか色々牛耳ってて、それで村の問題とか対立とか、色んな事を解決してるって感じ」
「あー、あのお嬢様の、確かライアは仲良かったんだっけか?」
「全然、ただ村長の名代としてたまに雑用頼まれて交流があるだけ」
「ふーん、まぁ、だいたい事情は分かったよ、だったら俺が今しれっと村に帰っても大丈夫かな?、一応脱走兵は軍法会議で死刑確定にはなっているんだが、まぁ前線はヤバ過ぎて軍法会議や脱走兵の捜索どころでは無いし、仮にまた徴兵されても、保釈金とかでなんとかなるだろ?」
「いや、それが今は金で解決出来ないっぽいんだよね、人材不足らしくてさ、俺もそれで下手したら徴兵されそうなんだ」
「・・・そうか、だったら俺と一緒に王都で乞食でもするか?、前線はガチで地獄だし、それに比べたら乞食や山篭りの方が100倍マシだぜ」
そういうケン兄の目は昔と変わらずに優しかった。
本気で俺を心配してくれてるんだと分かって、俺はケン兄の優しさに胸打たれてほろりと涙を流した。
「うん、いざとなったらそうするけど、でも、実は俺は、徴兵を免れる策を親父と村長から授かってるんだよね、ほら、もうすぐ闘技祭でしょ?」
「闘技祭、って事はそこでの事故で死んだ事にして、故人にする事で徴兵を免れるとかか?」
「いや、村長がもう引退するから、だから闘技祭で俺が優勝して、村一番の英雄になる事で村長の地位を継承するって話、村長になれば徴兵を金で断る事にも正当性が生まれる訳だし」
「なるほど、じゃあお前は大丈夫そうだな、安心したぜ、くどいようだが、前線には絶対に行くなよ、村からは俺を含めて10人以上徴兵されたが、今生き残ってるのは俺だけだ、俺が生き残ってるのも【魔術師】だったから味方の死体をゾンビ化する部隊に配置されたからで、前線で戦ってる奴らは全員、ただの死神の列に並んでいるだけの羊なんだよ、だから、もし徴兵される奴がいたら俺が全部責任取るから、この話を教えてなんとか止めてやってくれ」
「分かったよ、俺が村長になったら、絶対村から一人も徴兵されないように、あらゆる手段と工作を使って徴兵を止めるよ」
こうして俺は久しぶりにあったケン兄と夜が明けるまで飲み明かしたのであった。
酒を飲んだケン兄は、自身の初恋や戦友が死んだ話、理不尽な上官や鬼よりも怖い魔族の将軍などを夜が開けるまで涙混じりで話してくれた。
それを聞いた俺は、絶対に徴兵なんてされてたまるかという強い決意と、そんな地獄から帰ってきたケン兄が素直に生きていた事を喜んだのであった。
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