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第2章 〇い〇く〇りん〇ックス
第4話 ちょっとだけ騙す事に抵抗を覚えた男のさえないやり方
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クロをフエメに売却した翌日、俺は“黄金山地”へと足を運んだ。
ここには魔族であるミュトスとシェーン、そして人足として働きに来ている村の(比較的)若者たちが今日もあくせくと金山の採掘に従事している訳だが、クロと仲の良かったシェーンにクロがフエメの家の子になった事を伝えるついでに、俺の願いを叶えるという事情でここで労働しているミュトスを解放しようと思ったからだ。
わざわざ直線距離で5キロ離れた山岳地帯まで登山するのはめんどくさい上につまらないタスクではあったが、面倒くさがりの俺でも最低限の放置出来ない仕事くらいは真っ先に消化しようという意識はあったが故の行動である。
黄金山地は元々人が住んでいた場所ではあったが、先日の黒龍との戦闘による影響でその殆どが焦土と化して更地となった場所に新たにインフラや住居を建設した、まだそんなに生活基盤の整ってない場所であり、食料なども村から輸送する必要があった。
だから俺はその輸送用の荷馬車に同行することで“殺戮の森”という凶悪な魔物の住んでいた地帯を超えて黄金山地へとやってきたのであった。
荷物を高床式倉庫の食料保管庫に移し終えてひと仕事終えた後に、俺は坑道から同じくひと仕事終えて昼休憩しに来たミュトスと挨拶する。
「こんにちはミュトス様!、今日も相変わらず愛くるしくて威厳に溢れるそのお姿、感服の至極で筆舌に尽くせぬものでございます!」
ミュトスの外見は幼女なので威厳などはあまり無いが、それでも元魔王らしいので顔を立ててご機嫌取りに社交辞令を述べた。
「・・・えーと、誰だっけ?」
「・・・え?、俺ですよ俺!、ミュトス様を封印から解いて自由と仕事を献上した、ミュトス様の第一の家臣である忠実な下僕、ライアですよ!」
「・・・・・・・、・・・ああ!、勇者か!、いやすまん、余も歳でな、人間の顔などいちいち覚えてられんのだ、それで、余に何か用か?」
ミュトスは俺の事を忘れていたようだが、確かに自己紹介した覚えは無いし、ミュトスと会話したのはもう一週間も前の話だし、ミュトスがこの鉱山の採掘という重労働に従事する内に俺の事を忘れても仕方の無い話か。
今日も元気に素手で鉱山を採掘したのだろう、泥と汗のついた額を首に巻いた手ぬぐいでひと拭きして、ミュトスは俺と一緒に炊事係の作った糧食の配給の列に並んだ。
「いえ、用というか、ミュトス様にお願いしていた鉱山の採掘についてなんですが、俺の取り分を既に得られたので、ミュトス様にはもうこれで十分だという事を伝えに来たんです、今までありがとうございました」
と、俺がそう発言すると、他の鉱夫達が一斉にざわついた。
「ふむ、そうか、ならこれで、次からは余が何度封印されようとも、お主の一族が一命をかけて封印を解いてくれると、そういう事でいいのだな?」
「はい、今後はミュトス様が誰にどのような封印をされてようとも、必ず俺の一族が封印を解いてみせます(まぁ俺の代で途絶えると思うが)、それだけの恩を、ミュトス様は俺に授けてくださいましたから!、この恩は我が一族の家訓にしてミュトス様の恩義に必ず報いようと思います!!!」
それを聞いたミュトスは上機嫌そうに頷き、「ならばこれで余はこれからは封印を恐れることなく覇道を往けるという訳だな」と大盛りに盛られた飯を頬張るが、そこで他の村人がミュトスを引き止めた。
「待ってくださいミュトス様、我々を見捨てるというのですか、今ミュトス様にいなくなられたら、我々はどうすればよろしいのでしょうか!!」
考えるまでもないが、元魔王であるミュトスの力はこの黄金山地に素手でインフラを開設し、坑道の穴も一気に2倍の大きさまで掘削する程だ、そのミュトス無しの人間の手だけによる作業では、この先危険が大きい割に効率も悪い微妙なものになるのは確かだろう。
爆薬や上級の攻撃魔法などが使える【ウィザード】がいればまだ楽なのだが、黄金山地は秘匿された場所である為に、村人以外の人間にそれを教えるのはリスクがあった。
故に、ミュトスをここで失うのは、村人にとっては大きな損失となるのは間違いないだろう。
まぁそういう実利を抜きにしても、魔族であるミュトスが村人達に慕われているというのは意外な話ではあったが。
「とは言っても、余は自由と闘争を愛する根っからいくさ人ゆえ、こんな山奥でいつまでものらりくらりとしているのは余の主義に反するというか、そろそろ体も鈍ってきたし、採掘作業にも飽きてきたしなぁ・・・」
ミュトスがそう言うと、そこで炊事係で配食していた1人の少女がミュトスに詰め寄る。
「待ってよミュトスちゃん、せっかくお友達になれたのに、これでお別れなんて寂しいよ、私、魔族は悪魔みたいに怖い人ばかりだと思ってたけど、ミュトスちゃんを見て変わったの、ミュトスちゃんみたいな強くて優しい女の子も魔族にはいるんだって、だから、ずっとここにいて欲しいとは言わないけどっ、あとほんの少しだけでいいからここにいてっ、ミュトスちゃんに食べてもらいたい人間界の名物料理、まだまだ沢山あるからっ、だからっ・・・!」
「む、むう、まさか犬猿の仲である筈の人間に引き留められるとは、これも余の偉大さと人徳の為せる技か!、しかし余はユリシーズに一刻も早く借りを返さねば気がすまぬ、どうしたものか」
悩むミュトスに俺は忠臣の進言っぽく語って見せた。
「ミュトス様、私に考えがあります!!」
「(発言を)許す、述べよ」
「ここは、一刻も早く鉱山の採掘を終わらせて、そして、人間の協力者を増やした上でユリシーズ様に宣戦布告するのは如何でしょうか、封印されていたミュトス様とユリシーズ様との間には200年もの差があります、今の勢いのままにユリシーズ様に立ち向かう行為は、蛮勇以外の何物でも無いでしょう。
・・・故にっ!、ミュトス様がここで徳の向上に務めている間、わたくしめがユリシーズ様の陣営の全貌を暴きに諜報活動をしに行きます、もしミュトス様が次こそは因縁を雪ぐ必勝を望むのであれば、今は雌伏のとき、力を蓄えて万全を期す事が大事では無いでしょうか!!」
「・・・なるほど、万全を期すか、確かにそれは大事な事だ、して、猶予はいかほど必要になるか?、流石に何ヶ月も待つほど悠長ではいられんぞ」
「ミュトス様、200年の差を見くびらない方がよろしいかと、この200年でミュトス様の知る風景も大きく変わっている筈です、その大きな変化を知るには、ひと月ふた月の猶予では残念ながら満足いく結果にはならないでしょう、最低でも1年は必要な計画です」
「1年もか・・・、いや今更1年くらいと思うかもしれんが、1年も人里で遊んでいては、この血に流れる闘争の記憶が薄れてしまうだろう、余にとっては封印された200年前はつい昨日の記憶だが、ここで過ごす1日は遥かに長いのだ、髀肉の嘆を嘆くくらいならば、また封印された方がマシにも思えるくらいにな」
「・・・分かりました、ならば半年でやり遂げてみせましょう、わたくしめの配下の全勢力(そんなものは無い)でもって、ミュトス様の本懐を遂げられるように尽くす所存です、それでいかかでしょうか!!」
俺が口先だけは忠臣っぽく熱く語ると、その熱に感化されたようにミュトスも「それならば」と頷いた。
そして周りの少女や鉱夫達も「それがいい」と頷き、これにてミュトスは鉱山労働半年の契約をあらためて交わす事になったのであった。
昼休憩が終わり、ミュトス達が元気に午後の仕事に向かうのを見送ってから、俺は住人にシェーンの所在を聞いてから、集落から少し離れた場所に仮設住宅を構えるシェーンの所へと向かう。
そこは黄金山地の居住区で唯一無傷だった場所であり、鍛治を行う工房だった場所だ。
そこでシェーンは鉄を叩いていた。
重厚でありながら澄んだ音を響かせる、金属同士がぶつかる反響音。
俺は薄着で刀鍛冶に没頭しているシェーンの姿に釘付けになった。
初見の時からそうだった話ではあるが、俺はどうやら彼女の体に並ならぬ興味があるらしい。
顔立ちは戦女神と形容されるべき、鮮烈でありながら苛烈な美貌だが、その体は屈強で筋肉質ではあるものの、女性的でしなやかなものだ。
しかし、それなのに脆いという印象は一切抱かせる事無く、それが完全で崇高な存在であると思わされる程に完全無欠なる芸術品なのである。
その体つきは人間の女では恐らく再現出来ない魔族であるが故の雄々しさと力強さだろう。
まるで抜き身の剣のように、鋭く尖った鋭利さを象徴しているのに、その体は女性的な機能も備えていて、男を魅了する事も出来る。
その相反するような二つの概念の調和が、俺がこうも男として彼女の姿に魅せられている原因なのかと冷静に分析しながら、俺は彼女の頭からつま先までを舐め回すように視姦していた。
「ふぅ、これで一段落だな・・・って、アンタ、えーと・・・」
「こんにちは!、・・・ってもうこんばんはですね、ライアです、ライア・ノストラダムス、クロの幼なじみの」
「そう、ライアだ、・・・なんだ、用があるなら言ってくれたら良かったのに、わざわざ日が暮れるまで待つ事もなかったろうに」
「いえ、こちらの都合で邪魔するのも気が引けたので、それに、刀鍛治をしている姿というのも新鮮で、見ていて飽きないものでしたから、別に待つのが退屈という事でもありませんでしたよ!」
俺はシェーンからは初対面で胡散臭い奴なのがバレているので、少しでも不信感を脱臭できるように爽やかに挨拶した。
「だったらいいが・・・、それで、何の用なンだ?、またアタシに何か頼みたい話とかあるって事なのか?」
「いえ、今日はお詫びと、クロがンシャリ村から隣村に引越しした事の報告に来たんです、クロはちょっと強くなり過ぎちゃったんで、あいつはンシャリ村で小さく纏まる器じゃないんで、夢を追いかける為に有力者のいる隣村に養子に出したって訳です」
クロが【魔王】である事はシェーンはまだ気づいていないらしい。
ウーナから聞いた話によると、先代【魔王】が過労死したのは聖女派の一部だけが知る非公開情報であり、恐らくそれより前に【勇者】の捜索をしているシェーンは知らない事なのである。
故に、シェーンがクロの師匠としてクロをウーナのメインディッシュに育て上げるように仕向ける為に、シェーンに【魔王】の事は秘密にするようにとウーナに助言されたのである。
「ふーん、引越しね、まぁあのガキの力なら王国でも魔王軍でも出世は約束されたようなもんだし、有力者の元に養子に出して家格を引き上げるのも今の時代なら普通の話か・・・了解。
・・・それで詫びってなんの話なンだ?、詫びて貰う事なんてあったか?、寧ろ初対面で無礼だったアタシの方こそ、アンタに詫びなきゃいけないだろ・・・、あの時は済まなかったな、とある情報収集の手がかりが全く無くて、それで気が立ってたんだ、許してくれ」
と、思いがけずシェーンに先に詫びられてしまったので、俺は慌てて頭を下げた。
「い、いえ、それはこちらの誠意が足りなかったのがいけない話ですし、それに結局わたくしめどもはシェーン殿のお眼鏡に叶うような勇者の遺産を支払う事が出来なかった、それについても何とお詫びしていいか・・・、金銭で解決できるのであればンシャリ村を救ってくださったシェーン殿にはそれなりの額をお支払い出来ます、これは、村長から預かってきたお金で、1億デンあります、シェーン殿が犠牲にされた名刀の価値とは比較になりませんが、先ずは一先ずの誠意の形として、お受け取りください」
そう言って俺は背中に背負った金貨の入った千両箱をシェーンの前に広げた。
金の出処はフエメで、フエメにシェーンが黒龍との戦いで名刀を破損した事を教えたのはクロだった。
価値を付ければ億は下らいそんな名刀をシェーンは犠牲にして戦ってくれたとクロが熱弁したので、それでそんなシェーンになんの保証もしないのは後の怨恨を残すかもしれないとフエメがポケットマネーで一応の補てんをしようという話であった。
フエメの羽振りがいいように見えるが、黄金山地の利権だけで黄金郷を作れる程の利ざやを既にフエメは得ているし、これはフエメにとってはほんの端金に過ぎないものでもあった。
「・・・いや、金なんかいらねぇよ、そりゃあればあるだけいいのは確かだが、アタシは金に困ってねぇし、ましてや刀の代わりだって貰えた訳だしな」
そう言ってシェーンは打たれたばかりの抜き身の黒刀を掲げてみせる。
それはシェーンの持つ名刀と同じ硬度の素材から作られた、間違いなく世界で最強と呼べる刀である。
「・・・とは言っても、黒龍の爪はシェーン殿が自力で黒龍と対峙してもぎ取った品物であり、わたくしめらが支払った物ではありませんし、それを報酬とされるのは村の威信に関わるというか、恥知らずで恩知らずな行いになるという話ですから、ですから形だけでも受け取って頂けませんか、シェーン殿の探し物、それに関する情報すらも、わたくしめらは何も提供出来ない訳ですから」
「それに関してはこちらの落ち度というか、アタシの探し物は機密事項だから、大っぴらにできないものだし、だから仕方ねぇよ」
「・・・いえ、シェーン殿が【勇者】に魔族との友好を頼みに来た和平の使者だということは、おおよそ殆どの人にバレている話です」
「な・・・」
「なんでそれを」と言ったふうにシェーンは鳩が豆鉄砲と瞠目するが、ここでシラをきる事すらしない時点でシェーンは諜報員としてのセンスが低過ぎるという話だ。
「まぁこの時期に人間の村を捜索する魔族の目的なんて、「勇者の抹殺」か「勇者の懐柔」くらいしか無いですし、友好的なシェーン殿なら和平の使者である方が自然という話です、それで重ねてにはなりますが、村には【勇者】に関する情報は一切ありませんでした、村を救って頂いたのにお力になれず、本当に申し訳ありません」
「いや頭を下げるなよこっちが申し訳なくなる、てか村を救ったのはお前だろ?、アタシは3人がかりで爪を破壊した程度で、黒龍を引き連れて村から出ていく条約を結んだのはお前だって聞いたぞ?」
「いえ、わたくしめは所詮、黒龍に頭を下げて頼み込んだだけの話です、黒龍が退いたのも、シェーン殿が命がけで戦って、人間と魔族の底力を見せてくれたから、勇者の末裔の村と戦うのは黒龍にとっても得では無いし、それを従えてこそ黒龍の名声も広がると説いただけの話であり、シェーン殿が一矢報いてくれたからこそ、黒龍もわたくしめのような卑小な人間の言葉にも耳を傾けてくれたのです、だから、真の功労者はシェーン殿以外にはありえませんし、それになんの労いもしなかったとしたら、それは村の名誉を著しく傷つけるという話になるという訳です。
・・・どうか、受け取っては頂けませんでしょうか?、これで名刀の代わりにしてくれというのも図々しい話に聞こえるかもしれませんが、形だけの誠意でも受け取ってもらわないと、シェーン殿の恩に報いるには村人が総出となって【勇者】を探して大陸中を捜索するしかなくなってしまいます、ですのでもしシェーン殿に慈悲があるのであれば、どうか受け取って頂きたい」
俺は誠心誠意、心を込めて頭を下げた。
本来の俺の性格であれば、フエメの金であるならば横領し、シェーンには半分だけ受け取らせてあとは自分の懐に入れるみたいな事もしただろうが、今回の俺は徹頭徹尾誠実な好青年を演じた。
何故か?、それは俺はこの女が受け取らないと分かっていたからだ。
「分かったよ、この金は受け取った、そんで、アンタに預けるよ、・・・アタシだって少しとはいえ村に住んでたから分かってるよ、あの村、みんな金に困ってるんだろ、魔族も貧しい所は悲惨なもんだけど、あの村もそれに似た貧しさの窒息感みたいなのを感じた。
・・・そんな村から金を貰ったら、今度はアタシが魔族の笑いもんだ、だから、・・・その金はアンタに預ける、アンタが正しいと思うものに使ってくれ、アタシはこう見えても裕福な家柄でな、それで今は金に苦労してねぇし、だから金はアンタに預けるよ、村が豊かになって人間と魔族が仲良く暮らせる世界になったときに返してくれればいいさ」
「・・・シェーン、殿っ」
俺は感銘を受けて号泣しすすり泣く演技をしながらその場に額をこすりつける。
俺の予想通り、シェーンは超一級のお人好しで、そして脳筋であるが故に、他人の考えの裏を読む事に全く配慮が回らない人間だ。
クロが【魔王】だと気づかないこと、そしてクロの為に命がけで黒龍という化け物と戦って、命より大事だという名刀を折ったにも関わらず、それに恩を着せるような事をしなかった事から。
シェーンが仮に大金を渡されたとしても、それを「貧乏な村が爪に火を灯すようにして集めたお金」だと思い込んで、受け取る事に躊躇するのは目に見えていたからだ。
だから俺は最初から横領する必要は無いと実直さの溢れる好青年を演じた訳である。
「男がみっともなく頭を下げるんじゃねぇよ・・・、お前がデカくなって返してくれればいいし、その方がお互いにとって得ってだけの話なんだからよ、それで、用はそれだけか?」
「・・・いえ、瑣末事ではありますが二つほど・・・、よろしいでしょうか?」
「ああ、構わねぇ、なンだ?」
「シェーン殿は、ミュトスという魔王について知っておられるでしょうか?」
「ああ、あのガキか、魔族は角の形でだいたいの家柄や階級なんかが分かるもんなんだが、あのガキの角の形はいびつ過ぎるし、ミュトスという名前にも心当たりがない、だが、あの力だけは、魔王と呼ぶに遜色ない確かな実力だと思うし、魔王から転生して魔神になったというのも多分本当なんだろうなと思う」
「なるほど、角の形で区別出来るという訳ですか、ならばクロのルーツなども、シェーン殿はご存知という事ですか?、私などには角の区別などは全くつかない話ではございますが・・・」
確かにミュトスの角は巨大でいびつだが、シェーンとクロの角の違いは大きさしかないと思えるくらい、見た目に差を感じなかった。
「ああ、・・・まぁな、でも、あいつに関しては別にいいだろ、だってあいつは人間として生きるんだろ、なら、どこの一族の血筋だなんて情報は、あいつにとっては関係ない話なんだから」
「とは言え、どんな事情があるにせよ、親がいるなら会ってみたいと、そう思うのもまた人情だと私は思うのですよ、いえ、出過ぎた差し出口かとは思いますが」
「それでもまだ、あいつが知るべき時じゃないと、アタシは思うし、・・・それに、時がくればきっと自然に知る事になるんだと思う、だから、そういう悲劇的な役割は、運命に任せるのがいい」
「悲劇・・・なるほど」
という事は、クロの親が生きている可能性は低そうだ。
故に、クロの家族は村長とリューピンだけになるという話、これはフエメにとっては好都合になる情報だろうかと、脳内でそろばんを弾いたが、教えてやるほど俺も義理堅い男では無かった。
「・・・口が滑ったな、内緒にしてくれ、それで、もう一つの話はなンだ?」
「・・・非常に申し上げにくいのですが、もう夜も更けてしまった事ですし、非力なわたくしめが一人で下山して村に帰るのも厳しいので、今晩は泊めて頂けませんでしょうか?」
そう、シェーンの刀鍛冶を見学している合間にとっくに荷馬車の便は帰還し、夜の配食も終わって休眠時間となっていた。
故に、今日は黄金山地に泊まるしか無いのだが、1億もの大金を持って他人の家に居候するのは少しばかりリスクがデカ過ぎる。
シェーンの家に泊まるのはノーリスクなのか?、という話だが、俺自身、彼女に対して満更でも無い気持ちを抱いている訳だし、そういう意味では望むところではあった。
「はァ!?、なんでアタシの掘っ建て小屋なンだよ!、普通に集落の仮設住宅にすればいいだろ、なんでわざわざ魔族のアタシの家に泊まろうとするんだ、気でも狂ってるのか!?」
「いえ、今日は集落の方には来客も多く、向こうも満員状態なのです、無論、シェーン殿が断るのであれば、私は馬小屋か野ざらしの地面で野宿する事になるでしょうが・・・、どうか、シェーン殿にお慈悲があるのであれば、一考してみては頂けませんでしょうか、無論、シェーン殿が望むのであれば、湯沸かしから添い寝まで御奉仕させて頂く所存でございます」
頭を下げられるのは好まないようなので、今度は胸を叩いて威風堂々と頼み込んだ。
「いや、御奉仕とかいらねぇよ!、・・・ちっ、しゃあねぇな、まぁこれも何かの縁だしな、この先も合縁奇縁で惹かれ合うものがあるのかもしれないし、今日は最後まで恩を売る事にしてやるよ」
「・・・っ、有難う御座います、シェーン殿!!」
翌日、俺はシェーンに村までの護衛まで頼んで、無事に下山したのであった。
シェーンから預かった1億は、これもメリーさんに預けようと思ったのだが、流石に俺の全財産である700万とは桁の違うお金だったので、教会を隠し場所にすると何かあった時に困るという話なので、メリーさんの計らいでそれらはメリーさんの縁のある商人に預けて間接的に取引するという投資に使われる事になった。
メリーさん曰く、今年は乱世により過去最高の物価高となるので、それで失業した商店の土地や品物を安く買い叩く絶好の好機らしいとの事だ。
メリーさんは王都の悪徳商人の娘兼プリースト時代に、自分でプリーストの権限で十五夜の日には青い服を着るべしという、土用の丑のようなしきたりを作って親の店の商品を売り捌く程に商売に熱心な人物だった故に、王都の外にもメリーさんと懇ろの人には言えない袖の下で繋がったようなビジネスパートナーが沢山いるんだとか。
そんな商売仲間の一人が、現在黄金山地のバブルによって一気に名を上げたフエメにコンタクトを取りに来ていたらしく、その旧知である彼女に全額預けるとの事。
その商人の娘はメリーさんの幼なじみであり竹馬の友とも言える存在で、それなりに信用していい人物らしい。
メリーさん曰く、今年の物価高は餓死者も出るような悲惨なものになるので、もし俺に慈悲の心があるのであれば、そんな餓死するかもしれない失業者に雇用を与えるような使い道にしてもいいかとも聞かれたが、俺は正直1億の方は自分の金とは思っていないので、使い道なんてどうでもよかったし、「メリーさんの心のままに」と答えたのであった。
これにより後にンシャリ村には、捨てられた魔族の奴隷や、借金を背負って売り飛ばされた失業者などが大量に流入し、ンシャリ村の人口がサマーディ村を上回るとともに、村を工場地帯とする計画なども持ち上がるのだが、それはまだまだ後の話。
ただ一つだけ言えるのは、メリーさんは知性や美貌、運だけでなく、お金にも物凄く愛されている女であり。
そして、それにより、いつのまにかンシャリ村の女神として称えられる存在になるという事である。
ここには魔族であるミュトスとシェーン、そして人足として働きに来ている村の(比較的)若者たちが今日もあくせくと金山の採掘に従事している訳だが、クロと仲の良かったシェーンにクロがフエメの家の子になった事を伝えるついでに、俺の願いを叶えるという事情でここで労働しているミュトスを解放しようと思ったからだ。
わざわざ直線距離で5キロ離れた山岳地帯まで登山するのはめんどくさい上につまらないタスクではあったが、面倒くさがりの俺でも最低限の放置出来ない仕事くらいは真っ先に消化しようという意識はあったが故の行動である。
黄金山地は元々人が住んでいた場所ではあったが、先日の黒龍との戦闘による影響でその殆どが焦土と化して更地となった場所に新たにインフラや住居を建設した、まだそんなに生活基盤の整ってない場所であり、食料なども村から輸送する必要があった。
だから俺はその輸送用の荷馬車に同行することで“殺戮の森”という凶悪な魔物の住んでいた地帯を超えて黄金山地へとやってきたのであった。
荷物を高床式倉庫の食料保管庫に移し終えてひと仕事終えた後に、俺は坑道から同じくひと仕事終えて昼休憩しに来たミュトスと挨拶する。
「こんにちはミュトス様!、今日も相変わらず愛くるしくて威厳に溢れるそのお姿、感服の至極で筆舌に尽くせぬものでございます!」
ミュトスの外見は幼女なので威厳などはあまり無いが、それでも元魔王らしいので顔を立ててご機嫌取りに社交辞令を述べた。
「・・・えーと、誰だっけ?」
「・・・え?、俺ですよ俺!、ミュトス様を封印から解いて自由と仕事を献上した、ミュトス様の第一の家臣である忠実な下僕、ライアですよ!」
「・・・・・・・、・・・ああ!、勇者か!、いやすまん、余も歳でな、人間の顔などいちいち覚えてられんのだ、それで、余に何か用か?」
ミュトスは俺の事を忘れていたようだが、確かに自己紹介した覚えは無いし、ミュトスと会話したのはもう一週間も前の話だし、ミュトスがこの鉱山の採掘という重労働に従事する内に俺の事を忘れても仕方の無い話か。
今日も元気に素手で鉱山を採掘したのだろう、泥と汗のついた額を首に巻いた手ぬぐいでひと拭きして、ミュトスは俺と一緒に炊事係の作った糧食の配給の列に並んだ。
「いえ、用というか、ミュトス様にお願いしていた鉱山の採掘についてなんですが、俺の取り分を既に得られたので、ミュトス様にはもうこれで十分だという事を伝えに来たんです、今までありがとうございました」
と、俺がそう発言すると、他の鉱夫達が一斉にざわついた。
「ふむ、そうか、ならこれで、次からは余が何度封印されようとも、お主の一族が一命をかけて封印を解いてくれると、そういう事でいいのだな?」
「はい、今後はミュトス様が誰にどのような封印をされてようとも、必ず俺の一族が封印を解いてみせます(まぁ俺の代で途絶えると思うが)、それだけの恩を、ミュトス様は俺に授けてくださいましたから!、この恩は我が一族の家訓にしてミュトス様の恩義に必ず報いようと思います!!!」
それを聞いたミュトスは上機嫌そうに頷き、「ならばこれで余はこれからは封印を恐れることなく覇道を往けるという訳だな」と大盛りに盛られた飯を頬張るが、そこで他の村人がミュトスを引き止めた。
「待ってくださいミュトス様、我々を見捨てるというのですか、今ミュトス様にいなくなられたら、我々はどうすればよろしいのでしょうか!!」
考えるまでもないが、元魔王であるミュトスの力はこの黄金山地に素手でインフラを開設し、坑道の穴も一気に2倍の大きさまで掘削する程だ、そのミュトス無しの人間の手だけによる作業では、この先危険が大きい割に効率も悪い微妙なものになるのは確かだろう。
爆薬や上級の攻撃魔法などが使える【ウィザード】がいればまだ楽なのだが、黄金山地は秘匿された場所である為に、村人以外の人間にそれを教えるのはリスクがあった。
故に、ミュトスをここで失うのは、村人にとっては大きな損失となるのは間違いないだろう。
まぁそういう実利を抜きにしても、魔族であるミュトスが村人達に慕われているというのは意外な話ではあったが。
「とは言っても、余は自由と闘争を愛する根っからいくさ人ゆえ、こんな山奥でいつまでものらりくらりとしているのは余の主義に反するというか、そろそろ体も鈍ってきたし、採掘作業にも飽きてきたしなぁ・・・」
ミュトスがそう言うと、そこで炊事係で配食していた1人の少女がミュトスに詰め寄る。
「待ってよミュトスちゃん、せっかくお友達になれたのに、これでお別れなんて寂しいよ、私、魔族は悪魔みたいに怖い人ばかりだと思ってたけど、ミュトスちゃんを見て変わったの、ミュトスちゃんみたいな強くて優しい女の子も魔族にはいるんだって、だから、ずっとここにいて欲しいとは言わないけどっ、あとほんの少しだけでいいからここにいてっ、ミュトスちゃんに食べてもらいたい人間界の名物料理、まだまだ沢山あるからっ、だからっ・・・!」
「む、むう、まさか犬猿の仲である筈の人間に引き留められるとは、これも余の偉大さと人徳の為せる技か!、しかし余はユリシーズに一刻も早く借りを返さねば気がすまぬ、どうしたものか」
悩むミュトスに俺は忠臣の進言っぽく語って見せた。
「ミュトス様、私に考えがあります!!」
「(発言を)許す、述べよ」
「ここは、一刻も早く鉱山の採掘を終わらせて、そして、人間の協力者を増やした上でユリシーズ様に宣戦布告するのは如何でしょうか、封印されていたミュトス様とユリシーズ様との間には200年もの差があります、今の勢いのままにユリシーズ様に立ち向かう行為は、蛮勇以外の何物でも無いでしょう。
・・・故にっ!、ミュトス様がここで徳の向上に務めている間、わたくしめがユリシーズ様の陣営の全貌を暴きに諜報活動をしに行きます、もしミュトス様が次こそは因縁を雪ぐ必勝を望むのであれば、今は雌伏のとき、力を蓄えて万全を期す事が大事では無いでしょうか!!」
「・・・なるほど、万全を期すか、確かにそれは大事な事だ、して、猶予はいかほど必要になるか?、流石に何ヶ月も待つほど悠長ではいられんぞ」
「ミュトス様、200年の差を見くびらない方がよろしいかと、この200年でミュトス様の知る風景も大きく変わっている筈です、その大きな変化を知るには、ひと月ふた月の猶予では残念ながら満足いく結果にはならないでしょう、最低でも1年は必要な計画です」
「1年もか・・・、いや今更1年くらいと思うかもしれんが、1年も人里で遊んでいては、この血に流れる闘争の記憶が薄れてしまうだろう、余にとっては封印された200年前はつい昨日の記憶だが、ここで過ごす1日は遥かに長いのだ、髀肉の嘆を嘆くくらいならば、また封印された方がマシにも思えるくらいにな」
「・・・分かりました、ならば半年でやり遂げてみせましょう、わたくしめの配下の全勢力(そんなものは無い)でもって、ミュトス様の本懐を遂げられるように尽くす所存です、それでいかかでしょうか!!」
俺が口先だけは忠臣っぽく熱く語ると、その熱に感化されたようにミュトスも「それならば」と頷いた。
そして周りの少女や鉱夫達も「それがいい」と頷き、これにてミュトスは鉱山労働半年の契約をあらためて交わす事になったのであった。
昼休憩が終わり、ミュトス達が元気に午後の仕事に向かうのを見送ってから、俺は住人にシェーンの所在を聞いてから、集落から少し離れた場所に仮設住宅を構えるシェーンの所へと向かう。
そこは黄金山地の居住区で唯一無傷だった場所であり、鍛治を行う工房だった場所だ。
そこでシェーンは鉄を叩いていた。
重厚でありながら澄んだ音を響かせる、金属同士がぶつかる反響音。
俺は薄着で刀鍛冶に没頭しているシェーンの姿に釘付けになった。
初見の時からそうだった話ではあるが、俺はどうやら彼女の体に並ならぬ興味があるらしい。
顔立ちは戦女神と形容されるべき、鮮烈でありながら苛烈な美貌だが、その体は屈強で筋肉質ではあるものの、女性的でしなやかなものだ。
しかし、それなのに脆いという印象は一切抱かせる事無く、それが完全で崇高な存在であると思わされる程に完全無欠なる芸術品なのである。
その体つきは人間の女では恐らく再現出来ない魔族であるが故の雄々しさと力強さだろう。
まるで抜き身の剣のように、鋭く尖った鋭利さを象徴しているのに、その体は女性的な機能も備えていて、男を魅了する事も出来る。
その相反するような二つの概念の調和が、俺がこうも男として彼女の姿に魅せられている原因なのかと冷静に分析しながら、俺は彼女の頭からつま先までを舐め回すように視姦していた。
「ふぅ、これで一段落だな・・・って、アンタ、えーと・・・」
「こんにちは!、・・・ってもうこんばんはですね、ライアです、ライア・ノストラダムス、クロの幼なじみの」
「そう、ライアだ、・・・なんだ、用があるなら言ってくれたら良かったのに、わざわざ日が暮れるまで待つ事もなかったろうに」
「いえ、こちらの都合で邪魔するのも気が引けたので、それに、刀鍛治をしている姿というのも新鮮で、見ていて飽きないものでしたから、別に待つのが退屈という事でもありませんでしたよ!」
俺はシェーンからは初対面で胡散臭い奴なのがバレているので、少しでも不信感を脱臭できるように爽やかに挨拶した。
「だったらいいが・・・、それで、何の用なンだ?、またアタシに何か頼みたい話とかあるって事なのか?」
「いえ、今日はお詫びと、クロがンシャリ村から隣村に引越しした事の報告に来たんです、クロはちょっと強くなり過ぎちゃったんで、あいつはンシャリ村で小さく纏まる器じゃないんで、夢を追いかける為に有力者のいる隣村に養子に出したって訳です」
クロが【魔王】である事はシェーンはまだ気づいていないらしい。
ウーナから聞いた話によると、先代【魔王】が過労死したのは聖女派の一部だけが知る非公開情報であり、恐らくそれより前に【勇者】の捜索をしているシェーンは知らない事なのである。
故に、シェーンがクロの師匠としてクロをウーナのメインディッシュに育て上げるように仕向ける為に、シェーンに【魔王】の事は秘密にするようにとウーナに助言されたのである。
「ふーん、引越しね、まぁあのガキの力なら王国でも魔王軍でも出世は約束されたようなもんだし、有力者の元に養子に出して家格を引き上げるのも今の時代なら普通の話か・・・了解。
・・・それで詫びってなんの話なンだ?、詫びて貰う事なんてあったか?、寧ろ初対面で無礼だったアタシの方こそ、アンタに詫びなきゃいけないだろ・・・、あの時は済まなかったな、とある情報収集の手がかりが全く無くて、それで気が立ってたんだ、許してくれ」
と、思いがけずシェーンに先に詫びられてしまったので、俺は慌てて頭を下げた。
「い、いえ、それはこちらの誠意が足りなかったのがいけない話ですし、それに結局わたくしめどもはシェーン殿のお眼鏡に叶うような勇者の遺産を支払う事が出来なかった、それについても何とお詫びしていいか・・・、金銭で解決できるのであればンシャリ村を救ってくださったシェーン殿にはそれなりの額をお支払い出来ます、これは、村長から預かってきたお金で、1億デンあります、シェーン殿が犠牲にされた名刀の価値とは比較になりませんが、先ずは一先ずの誠意の形として、お受け取りください」
そう言って俺は背中に背負った金貨の入った千両箱をシェーンの前に広げた。
金の出処はフエメで、フエメにシェーンが黒龍との戦いで名刀を破損した事を教えたのはクロだった。
価値を付ければ億は下らいそんな名刀をシェーンは犠牲にして戦ってくれたとクロが熱弁したので、それでそんなシェーンになんの保証もしないのは後の怨恨を残すかもしれないとフエメがポケットマネーで一応の補てんをしようという話であった。
フエメの羽振りがいいように見えるが、黄金山地の利権だけで黄金郷を作れる程の利ざやを既にフエメは得ているし、これはフエメにとってはほんの端金に過ぎないものでもあった。
「・・・いや、金なんかいらねぇよ、そりゃあればあるだけいいのは確かだが、アタシは金に困ってねぇし、ましてや刀の代わりだって貰えた訳だしな」
そう言ってシェーンは打たれたばかりの抜き身の黒刀を掲げてみせる。
それはシェーンの持つ名刀と同じ硬度の素材から作られた、間違いなく世界で最強と呼べる刀である。
「・・・とは言っても、黒龍の爪はシェーン殿が自力で黒龍と対峙してもぎ取った品物であり、わたくしめらが支払った物ではありませんし、それを報酬とされるのは村の威信に関わるというか、恥知らずで恩知らずな行いになるという話ですから、ですから形だけでも受け取って頂けませんか、シェーン殿の探し物、それに関する情報すらも、わたくしめらは何も提供出来ない訳ですから」
「それに関してはこちらの落ち度というか、アタシの探し物は機密事項だから、大っぴらにできないものだし、だから仕方ねぇよ」
「・・・いえ、シェーン殿が【勇者】に魔族との友好を頼みに来た和平の使者だということは、おおよそ殆どの人にバレている話です」
「な・・・」
「なんでそれを」と言ったふうにシェーンは鳩が豆鉄砲と瞠目するが、ここでシラをきる事すらしない時点でシェーンは諜報員としてのセンスが低過ぎるという話だ。
「まぁこの時期に人間の村を捜索する魔族の目的なんて、「勇者の抹殺」か「勇者の懐柔」くらいしか無いですし、友好的なシェーン殿なら和平の使者である方が自然という話です、それで重ねてにはなりますが、村には【勇者】に関する情報は一切ありませんでした、村を救って頂いたのにお力になれず、本当に申し訳ありません」
「いや頭を下げるなよこっちが申し訳なくなる、てか村を救ったのはお前だろ?、アタシは3人がかりで爪を破壊した程度で、黒龍を引き連れて村から出ていく条約を結んだのはお前だって聞いたぞ?」
「いえ、わたくしめは所詮、黒龍に頭を下げて頼み込んだだけの話です、黒龍が退いたのも、シェーン殿が命がけで戦って、人間と魔族の底力を見せてくれたから、勇者の末裔の村と戦うのは黒龍にとっても得では無いし、それを従えてこそ黒龍の名声も広がると説いただけの話であり、シェーン殿が一矢報いてくれたからこそ、黒龍もわたくしめのような卑小な人間の言葉にも耳を傾けてくれたのです、だから、真の功労者はシェーン殿以外にはありえませんし、それになんの労いもしなかったとしたら、それは村の名誉を著しく傷つけるという話になるという訳です。
・・・どうか、受け取っては頂けませんでしょうか?、これで名刀の代わりにしてくれというのも図々しい話に聞こえるかもしれませんが、形だけの誠意でも受け取ってもらわないと、シェーン殿の恩に報いるには村人が総出となって【勇者】を探して大陸中を捜索するしかなくなってしまいます、ですのでもしシェーン殿に慈悲があるのであれば、どうか受け取って頂きたい」
俺は誠心誠意、心を込めて頭を下げた。
本来の俺の性格であれば、フエメの金であるならば横領し、シェーンには半分だけ受け取らせてあとは自分の懐に入れるみたいな事もしただろうが、今回の俺は徹頭徹尾誠実な好青年を演じた。
何故か?、それは俺はこの女が受け取らないと分かっていたからだ。
「分かったよ、この金は受け取った、そんで、アンタに預けるよ、・・・アタシだって少しとはいえ村に住んでたから分かってるよ、あの村、みんな金に困ってるんだろ、魔族も貧しい所は悲惨なもんだけど、あの村もそれに似た貧しさの窒息感みたいなのを感じた。
・・・そんな村から金を貰ったら、今度はアタシが魔族の笑いもんだ、だから、・・・その金はアンタに預ける、アンタが正しいと思うものに使ってくれ、アタシはこう見えても裕福な家柄でな、それで今は金に苦労してねぇし、だから金はアンタに預けるよ、村が豊かになって人間と魔族が仲良く暮らせる世界になったときに返してくれればいいさ」
「・・・シェーン、殿っ」
俺は感銘を受けて号泣しすすり泣く演技をしながらその場に額をこすりつける。
俺の予想通り、シェーンは超一級のお人好しで、そして脳筋であるが故に、他人の考えの裏を読む事に全く配慮が回らない人間だ。
クロが【魔王】だと気づかないこと、そしてクロの為に命がけで黒龍という化け物と戦って、命より大事だという名刀を折ったにも関わらず、それに恩を着せるような事をしなかった事から。
シェーンが仮に大金を渡されたとしても、それを「貧乏な村が爪に火を灯すようにして集めたお金」だと思い込んで、受け取る事に躊躇するのは目に見えていたからだ。
だから俺は最初から横領する必要は無いと実直さの溢れる好青年を演じた訳である。
「男がみっともなく頭を下げるんじゃねぇよ・・・、お前がデカくなって返してくれればいいし、その方がお互いにとって得ってだけの話なんだからよ、それで、用はそれだけか?」
「・・・いえ、瑣末事ではありますが二つほど・・・、よろしいでしょうか?」
「ああ、構わねぇ、なンだ?」
「シェーン殿は、ミュトスという魔王について知っておられるでしょうか?」
「ああ、あのガキか、魔族は角の形でだいたいの家柄や階級なんかが分かるもんなんだが、あのガキの角の形はいびつ過ぎるし、ミュトスという名前にも心当たりがない、だが、あの力だけは、魔王と呼ぶに遜色ない確かな実力だと思うし、魔王から転生して魔神になったというのも多分本当なんだろうなと思う」
「なるほど、角の形で区別出来るという訳ですか、ならばクロのルーツなども、シェーン殿はご存知という事ですか?、私などには角の区別などは全くつかない話ではございますが・・・」
確かにミュトスの角は巨大でいびつだが、シェーンとクロの角の違いは大きさしかないと思えるくらい、見た目に差を感じなかった。
「ああ、・・・まぁな、でも、あいつに関しては別にいいだろ、だってあいつは人間として生きるんだろ、なら、どこの一族の血筋だなんて情報は、あいつにとっては関係ない話なんだから」
「とは言え、どんな事情があるにせよ、親がいるなら会ってみたいと、そう思うのもまた人情だと私は思うのですよ、いえ、出過ぎた差し出口かとは思いますが」
「それでもまだ、あいつが知るべき時じゃないと、アタシは思うし、・・・それに、時がくればきっと自然に知る事になるんだと思う、だから、そういう悲劇的な役割は、運命に任せるのがいい」
「悲劇・・・なるほど」
という事は、クロの親が生きている可能性は低そうだ。
故に、クロの家族は村長とリューピンだけになるという話、これはフエメにとっては好都合になる情報だろうかと、脳内でそろばんを弾いたが、教えてやるほど俺も義理堅い男では無かった。
「・・・口が滑ったな、内緒にしてくれ、それで、もう一つの話はなンだ?」
「・・・非常に申し上げにくいのですが、もう夜も更けてしまった事ですし、非力なわたくしめが一人で下山して村に帰るのも厳しいので、今晩は泊めて頂けませんでしょうか?」
そう、シェーンの刀鍛冶を見学している合間にとっくに荷馬車の便は帰還し、夜の配食も終わって休眠時間となっていた。
故に、今日は黄金山地に泊まるしか無いのだが、1億もの大金を持って他人の家に居候するのは少しばかりリスクがデカ過ぎる。
シェーンの家に泊まるのはノーリスクなのか?、という話だが、俺自身、彼女に対して満更でも無い気持ちを抱いている訳だし、そういう意味では望むところではあった。
「はァ!?、なんでアタシの掘っ建て小屋なンだよ!、普通に集落の仮設住宅にすればいいだろ、なんでわざわざ魔族のアタシの家に泊まろうとするんだ、気でも狂ってるのか!?」
「いえ、今日は集落の方には来客も多く、向こうも満員状態なのです、無論、シェーン殿が断るのであれば、私は馬小屋か野ざらしの地面で野宿する事になるでしょうが・・・、どうか、シェーン殿にお慈悲があるのであれば、一考してみては頂けませんでしょうか、無論、シェーン殿が望むのであれば、湯沸かしから添い寝まで御奉仕させて頂く所存でございます」
頭を下げられるのは好まないようなので、今度は胸を叩いて威風堂々と頼み込んだ。
「いや、御奉仕とかいらねぇよ!、・・・ちっ、しゃあねぇな、まぁこれも何かの縁だしな、この先も合縁奇縁で惹かれ合うものがあるのかもしれないし、今日は最後まで恩を売る事にしてやるよ」
「・・・っ、有難う御座います、シェーン殿!!」
翌日、俺はシェーンに村までの護衛まで頼んで、無事に下山したのであった。
シェーンから預かった1億は、これもメリーさんに預けようと思ったのだが、流石に俺の全財産である700万とは桁の違うお金だったので、教会を隠し場所にすると何かあった時に困るという話なので、メリーさんの計らいでそれらはメリーさんの縁のある商人に預けて間接的に取引するという投資に使われる事になった。
メリーさん曰く、今年は乱世により過去最高の物価高となるので、それで失業した商店の土地や品物を安く買い叩く絶好の好機らしいとの事だ。
メリーさんは王都の悪徳商人の娘兼プリースト時代に、自分でプリーストの権限で十五夜の日には青い服を着るべしという、土用の丑のようなしきたりを作って親の店の商品を売り捌く程に商売に熱心な人物だった故に、王都の外にもメリーさんと懇ろの人には言えない袖の下で繋がったようなビジネスパートナーが沢山いるんだとか。
そんな商売仲間の一人が、現在黄金山地のバブルによって一気に名を上げたフエメにコンタクトを取りに来ていたらしく、その旧知である彼女に全額預けるとの事。
その商人の娘はメリーさんの幼なじみであり竹馬の友とも言える存在で、それなりに信用していい人物らしい。
メリーさん曰く、今年の物価高は餓死者も出るような悲惨なものになるので、もし俺に慈悲の心があるのであれば、そんな餓死するかもしれない失業者に雇用を与えるような使い道にしてもいいかとも聞かれたが、俺は正直1億の方は自分の金とは思っていないので、使い道なんてどうでもよかったし、「メリーさんの心のままに」と答えたのであった。
これにより後にンシャリ村には、捨てられた魔族の奴隷や、借金を背負って売り飛ばされた失業者などが大量に流入し、ンシャリ村の人口がサマーディ村を上回るとともに、村を工場地帯とする計画なども持ち上がるのだが、それはまだまだ後の話。
ただ一つだけ言えるのは、メリーさんは知性や美貌、運だけでなく、お金にも物凄く愛されている女であり。
そして、それにより、いつのまにかンシャリ村の女神として称えられる存在になるという事である。
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