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第2章 〇い〇く〇りん〇ックス
第1話 背徳の果実
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「いけない、いけないわジュリオス、私達は義理の兄妹で、あなたには愛すべき妻がいるというのに」
ロミアンは屋敷の物置部屋に自らを連れ込んだジュリオスの腕を拒む素振りを見せるが、その腕は添え物のように優しくジュリオスの腕を撫ぜるだけであり、そしてジュリオスも、仮にロミアンが本気で抵抗したとしてもその本能に身を任せた狼藉を止める理性は無かった。
「ああ!、ロミアン、なんという運命のいたずらだろうか、死んだと思っていたキミが、こうしてまた僕の前に現れたと思ったら、君は僕の弟の妻になっているなんて・・・」
「仕方無かったのよジュリオス、あの時の私達は自分の運命に抗う力が無かったもの、私はゲッシー公爵様の愛妾として見初められて、そこから抜け出す為には死んだ事にするしか無かったもの・・・」
「あの時の僕の絶望は死よりも辛い苦しみに身を引き裂かれるようなものだったよ・・・、そしてそんな僕の心の傷を優しく癒してくれたティポンヌ、彼女を裏切る事になるのはとても心苦しいが・・・、でもこうして再会した以上、今度は何が障害となっても僕は諦めない、だからロミアン、もう一度あのバラ色の青春を共に過ごそう」
「だめよジュリオス、だめ、こんなこと許されないわ、・・・だってあなたには、妻も子供もいるじゃない、私のお腹にも夫であるチャリオスの子供が・・・」
「分かってるさ、全部分かってる、それでも止まらないんだ僕の恋心は・・・、あれから10年たったけど、僕の心は今も変わらない、あの頃のままだ、だからロミアン、本気で僕を拒むのなら僕を殺してくれ、それ以外に僕を止めることは不可能なんだ」
ジュリオスの瞳にはロミアンしか映らない。
それを理解した時、ロミアンの中に燻っていた恋心は、この時に烈火の如くはげしく燃え上がるのであった・・・。
「ああ、ロミアン!ロミアン!」
「来てジュリオス、ジュリオス!」
それまでのやり取りがただの前戯に過ぎないものであったかのように、二人は一心不乱に互いを求め合う。
二人を縛る数々のしがらみも、その時だけは互いの情欲を掻き立てるスパイスでしか無かった。
そこにいるのはそれぞれの伴侶を持つ夫と妻ではなく一人の男と女に過ぎない、人間は恋に堕落する生き物に過ぎないとでも言うように、彼らが積み重ねてきた数々の苦難や善徳を生贄にして、茨の恋を成就させるのだ。
それが破滅に身を焦がす炎の熱ならば、それよりも体を熱くさせるものはこの世に存在しないだろう。
果たして不徳とは、倫理に未熟な者の犯す不倫なのか、はたまた倫理を超えた先にある悦楽なのか、それは誰にも分からない事だ。
だがこの時の彼らは、人生で知る中で極上の快楽と絶頂を、確かに感じていたのであった・・・・・・
「あーーー、背徳不倫セッ○スしてぇーーーっ!」
俺は読んでいた本を閉じると、開口一番そう感想を述べた。
今日もいつも通りの平常運転で教会にて怠惰を貪っていた俺は、教会にある前任のプリーストの遺物の整理をする傍ら、気になった本があったので読書に耽っていたのであった。
「!?、いきなり何を言い出すのん、犯罪宣告なのん?、そもそもライアにそんなアダルティーな昼ドラ展開は似合わないのん、ここは大人しく自室で妄想に耽りながら一人セッ○スでいたすのがいいのん」
クロが背徳不倫セッ○スという字面に若干引いた声でそうツッコミを入れてきた。
クローディア・カンベル、愛称はクロ、この人口千人足らずの辺鄙な村であるンシャリ村を代表する悪ガキであり、そしてそのジョブはなんと、押しも押されぬ【魔王】なのだが。
・・・まぁジョブの宣告がガチャである以上、幼女×魔王の組み合わせもそう珍しいものでも無いので、ただの確率の偏りの話であり、こいつの中身も性格も外見も趣味嗜好も、紛うことなき幼女に過ぎないので、畏まることは何も無い。
俺はクロのツッコミに、仲の良くない幼なじみ特有の微妙な距離感で返答した。
「・・・うるせぇな、俺が〝やる〟と決めたらそれがどんな険しい茨の道だろうとやるんだよ、あーー背徳不倫セッ○スしたい背徳不倫セッ○スしたい背徳不倫セッ○スしーたーいー!!」
「背徳不倫セッ○スと言葉にする事に快感を得ているのん、まるで言葉を覚えたての子供のように同じ単語を擦ってるのん、床を擦るお猿さん並の知性なのん、ライアが道を踏み外す前にクロが地獄に送ってあげるのん」
クロはそう言うと、自身のツインテールを縛る髪飾りを解いて、殺気を放った。
戦闘態勢への移行、そしてそれはクロが人間より遥かに強力な種族である魔族の力を解放する為の儀式だ。
クロは今まで自分が魔族である事をひた隠しにしてきたが、とある一件により露見し、以降は俺とその周辺の人間に対しては隠す事をやめたのであった。
リミッターを解除したクロの拳が、寝転んでいる俺の顔面に叩き込まれる。
だが俺はクロが【魔王】で魔族であり、パンチの威力を表現すれば大砲の砲弾並の破壊力を持つと知りつつも、それに対して悠々と構えた。
予備動作のうちに欠伸を一つする余裕すら見せつけて、クロの拳が飛んでくるのを待ち構えたのである。
幼女の放つこんな大ぶりのパンチなど、紙一重ギリギリで避ける事など容易いわ。
当然だ、何故なら俺は、俺のジョブは──────────
「へぶしっ」
「悪は成敗、なのん!、・・・って本当に死んでるのん、大変なのん、早く生き返らせるのん、メリー!!!、メリー!!!、早くヒールをかけるのん」
「・・・・・・はっ、俺は一体・・・?」
「目が覚めましたかライアさん、どこか痛みますか?」
「えーと、特には!、でも俺は一体なぜ半裸にされて、ベッドに寝かしつけられているのでしょうか」
俺は枕元に置かれた何故か血まみれに汚れた服を着ながら俺を介抱してくれたらしい教会の主で上司である【プリースト】のメリーさんに尋ねた。
村の見目麗しき美人プリーストのメリーさん、俺に【勇者】という身分不相応過ぎるジョブを宣告した、見目麗しきアラサープリーストにして、俺が【勇者】である事を知る俺の唯一の協力者。
メリーさんはその美人画のように整った女優顔を曇らせながら傍らに視線を送ると。
幼女特有の快活さで俺の質問にクロが答えた。
「ライアは淫猥な魔導書の悪魔に取り憑かれて大変な事になってたのん、だからクロが悪魔を成敗したのん、その時にライアは死んじゃったのん」
「死んじゃったのんって・・・、そんな簡単に俺を殺すなよ・・・、俺の命の価値、分かってんのか?、そこいらの【モブ】とは訳が違うんだぞ、そんな幼女のお茶目で容易く死んでいいような軽い命じゃないんだぞ、もっと俺を尊重しろよ!!」
俺のジョブは【勇者】、それは例え奇跡で手に入れた身の丈に合わない偽りの肩書きだろうと、この世界では何よりも尊ばれるべき存在であるという証なのである。
「穀潰し不能無能クソニートの分際で何をイキってるのん、自分の存在価値を示したいならせめて“黄金山地”での肉体労働に参加してから言うのん、【モンク】なんていても居なくても村の生活には影響無いのん、たとえモブでもクソヒモ野郎のライアよりマシなのん」
「おまっ・・・、貴様!、俺を侮辱しやがったな、俺に助けられた幼女の分際で、黒龍を倒した俺に楯突くとはいい度胸だ、歯向かった事、後悔させてやる・・・ッ!!」
そう、俺は自身が【勇者】である事を隠していた、それ故に俺の村での扱いとは中々に不憫で劣悪な物だったが、先の大仕事で勲章第一等に選ばれてもいいような働きをしたのだから、今後は一生不労所得で楽するくらいは許されてもいいものだろう。
俺はクロに【勇者】としての威厳、年上のお兄さんとしての威厳を見せつけるべく、対幼女秘密兵器その1を懐から取りだした。
「ふふん、ライア如きが何をしようとクロには効かないのん、クロは黒龍とも正面から殴り合った一人前のレディなのん、だからクロに歯向かうならもっかい地獄に返してやるのん」
「だから・・・そんなお前の傲慢を後悔させてやるってんだよ・・・っ!!!!!」
取り出したソレをクロの眼前に見せつけてやる。
それが何かを理解したクロは俺の予想通りの反応で応えた。
「───────それは、・・・『ナイト&ウィザード』レアカードなのん!、しかも新弾の最高レアの『時空の魔剣士・プロメテウス』なのん、しかもサイン付きなのん、かっこいいのん!、絶対欲しいのん!」
ナイト&ウィザード、街で最近流行っているカードゲームの一種なのではあるが、レアカードやカードパックの品薄によりコレクター価値があり、村でも出稼ぎに行った大人が子供へのお土産としてよく買ってくるおもちゃである。
それのSSRレアカード、『時空の魔剣士・プロメテウス』、これは俺がフエメがプロメテウス本人から渡された物を要らないから捨ててこいと渡された代物であったが、その時からこの時の為に大事に取っておいた切り札でもあった。
俺からすれば紙切れの一つに過ぎないが、巷ではこんな紙切れでもSSRだというだけで10万以上の値段がついたりする希少品なのである。
「正真正銘、プロメテウス本人がサインを書いた世界に一つだけのレアカードだ、これをクロへのプレゼントとして用意してたんだけどなぁ・・・」
「・・・!!?、絶対欲しいのん!、何でもするのん!、今後はライアが人の道を外れて背徳不倫セッ○スしても止めないのん、だからそれをクロにくださいなのん!」
クロはプライドを全て捨ててその場で土下座する。
それは魔族で魔王である前に、クロがただの幼女であるという事の表れだ。
・・・いや、14歳の少女を幼女と呼ぶのは少しばかり不自然だとは思うものの、クロはそれでも幼女なのだから仕方無いのだ。
魔族と人間とでは成長する速度が違うとかそういう話なのだろう、きっと、おそらく、多分・・・。
「おいおい、俺を一回殺したんだぞお前は、そんなんで誠意が足りてると思ってるのか?、自分が殺した相手にプレゼントをねだるなんてなんて図々しい奴なんだ、あと背徳不倫セッ○スってなんだよ!?、そんな際ど過ぎる単語を羅列して伏線にするんじゃねぇ、言霊って知ってるか?、背徳不倫セッ○スの事ばっか口にしてると本当に背徳不倫セッ○スになるんだよ、だから軽々しく背徳不倫セッ○スとか言うんじゃねぇ!!」
「うにゅ・・・ライアの方が沢山言ってるのん、まぁ良いのん、ならライアは何が望みなのん」
「【魔王】のお前が手に入れる事になるであろう世界の半分を俺に寄越せ、そして俺は一生働かずに不労所得で怠惰に過ごす、それでチャラだ、一生かけて罪を償うんだ、俺にな」
「・・・うにゅ、クロは【魔王】だけど世界を獲る力はまだ無いのん、黒龍にも勝てなかったのん、だからそのお願いはまだ叶えられないのん・・・」
「・・・そっか、あーあ、残念だなぁ、クロが誠意を見せてくれるなら、それで今回の件をチャラにしてプレゼントしようと思ったのに、クロには誠意が足りなかったかー、じゃあ交渉は決裂だな」
「待つのん、後生なのん、何でもするのん、靴でも床でも何でも舐めるのん、だからそのカードをクロにくださいなのん」
俺からすれば紙切れの形をしたただの金貨、しかしクロの目にはこのカードが世界に一つだけの宝物に写っているのだろう、倫理観的に言えば背徳不倫セッ○スすらも容易く犯すレベルでクロは必死に懇願してきた。
額を床に叩きつけながら懇願するクロを見下ろしながら、俺は言い放った。
「・・・お前に一つだけ教えてやろう、命って言うのはな、どんな生き物にも一つしか無いんだ、仮に不老不死や蘇生能力を持っていても、それより強い能力で殺されれば死ぬんだ、だから俺を殺した時点でお前は、俺に殺されるか、世界の半分を俺に寄越すかのどちらかしか許されないんだよ、だがこのカードがお前にとって大切なものだと言うのであれば、今回はこいつに罪を被ってもらう事で恩赦を与えてやるよ」
「ああ・・・、あああああああああああああああああああああ!!!!」
俺はクロの目の前で『時空の魔剣士・プロメテウス』を粉微塵、四分五裂に破り捨てる。
売れば10万はくだらない代物だったが、文字通りフエメに渡されたサイン付きの世界に一つだけの品物なので、売れば当然問題になるし、処分するしか無いものなのだ。
だから最初から破り捨てるという行為は予定調和されたものであり、それに最大限の効果値を付与する為に、クロの目の前で破り捨てたのであった。
繰り返しになるが、俺とクロは仲の良くない幼なじみだ。
昔は従兄弟叔父で義理の兄であるリューピンという共通の友人がいたから仲良くしていたが、そのリューピンが問題児として村を追い出されてしまい、現在では俺が一方的にクロからイタズラを受けるという構図に変わったのだ。
いじめをする子供にいじめは悪い事だからやめなさいと説いた所で、子供の倫理に善悪の価値観などまともに持ち合わせている筈もないので、そんな説得など無意味だが。
だが「いじめをすると馬鹿になるし、神様が将来天罰を与えるし、サンタさんもプレゼントをくれない」と言えば、どんな馬鹿な子供でもいじめをする事をやめるだろう。
単純な話だ、どんな馬鹿な子供でも、善悪の区別はつかなくても、損得の判断は出来るのだから。
だからいじめをやめれば得するけど今回はいじめをやったからプレゼントは無し、という損得のトラウマを、『時空の魔剣士・プロメテウス』を使って俺はクロに植え付けたのである。
幼女にいじめられた腹いせに物を使ってトラウマを与えるのが本当に【勇者】の姿なのか?、と多くの人間は思うだろうが、これが俺だ。
【勇者】の肩書きとか、幼女が相手だとか関係無い、その時その場で最も効率的な手段を探るだけだ。
だから俺はクロがその場に蹲り『時空の魔剣士・プロメテウス』の残骸を手に号泣するのを見ても全く心を痛める事無く、言い放った。
「SSRカードならまたどこかで手に入れる機会もあるだろうが、お前が俺に挽回出来る機会は一度きりだ、だからは次は後悔しないように、慎重に行動するんだな」
クロは俺の言葉など耳に入らないかのように泣きじゃくり、そしてメリーさんはそんなクロを見てオロオロしているが、俺はそんな二人を放置して教会を立ち去る。
早く自身の返り血で汚れた血なまぐさい服を洗濯し着替えたかったからだ。
周囲を欺く為の仮の姿である【モンク】としての仕事はこれで早退になるだろうが、まぁ日頃から大した仕事をしているわけでもないし、それを咎める人間もいなかった。
まぁ普通に考えれば黒龍を撃退するという大手柄を上げた俺は村の英雄として祀られてもいい存在だ、だったら不労所得で怠惰に暮らすくらい当然の権利として享受してしかるべきものだろう。
「しっかし、この血量、どう見ても頭部をぺしゃんこにしないと出ないような出血してるよな・・・」
幸か不幸かクロが俺をどうやって屠ったのかの記憶は無いが、だがあの幼女が自分で俺を殺したと言っていたのだから、俺は間違いなく殺されたのだろう。
黒龍や神狼との死闘という修羅場を紙一重でくぐり抜けた俺が、身内の幼女に呆気なく殺されるというのもまた、人の命の儚さを感じさせられる話だった。
だとするならば、やはり俺も、怠惰に惰性に生きるよりも、自分のやりたい事、夢を追いかけるべきなのかもしれない。
短い命を燃やし尽くすように生きるべきかもしれない。
世間知らずでなんのコネも権力も無い田舎小僧に何が出来るのかと、今までならば諦めていただろう、だが俺は奇跡と偶然と博打の結果だったとしても、災厄と呼ばれる、人類最強の名を冠する【勇者】と【魔王】よりも遥かに強大な存在である災厄、黒龍と神狼を倒したのだ。
だったら少しくらいは世界を変えるくらいの事は出来るのかもしれないと、少しだけ俺は思い上がった傲慢さを身につけていたのだ。
背徳不倫セッ○スでは無いけど、やりたい事をやらずして、本当の自分の人生を生きたと胸を張れるかは、甚だしく疑問に思う所があった。
だが今の俺は、俺が本当にやりたい事がなんなのかは分からない。
王都に行き、リューピンと共に革命の狼煙を上げるのも楽しそうだとは思うが、だが俺がいなくてもリューピンはなんやかんやうまくやるだろうからわざわざ何百里も離れた王都にいくのが面倒くさいし。
なら【勇者】として活躍して地位と財産とハーレムを作るのはどうかと言えば、なんの因果か【魔王】がクロである以上、【魔王】を倒すのは不可能な上に、よくよく考えれば地位と財産とハーレムもそれほど欲しいとは思わない。
金は一生働かなくて済むだけあればいいし、地位もガキどもが敬礼で挨拶してくれるだけあればいい、女も、顔も体も普通で全然構わないから、とびきりエロくてサキュバスよりエロエロな女が一人入れば俺は満足だ。
高望みはしない、並以下でも全然構わない、ただ自分の欲しい物と必要なものに不自由しなければそれで十分だ。
仮に高価な薬や医療が必要になった場合でも、自分で医者に弟子入りして自分で薬を使って自分で直すか、その時だけ本気で頑張ってお金を貯めればいい。
だから貧しくて火種ばかり抱えている癖に辺鄙な村で、戦時の過酷な徴収と戦禍で荒んだ時代に生きているが、俺は今に不満は無いし未来に絶望もしていない、現状で満足しているのだ。
俺の欲望のスケールを言えば、最低限の不労所得、つまりベーシックインカムさえあれば文句は無いし、性欲も人並みにはあるものの、まだ若いから30歳までに童貞卒業出来ればいいかなくらいの受け身でどちらかと言うとまだ大人の階段を登りたくないから童貞は卒業したくないというのが本音だ。
16歳の若い男子がこれでいいのかと自分でも思うのだが、それが俺なのだから仕方無いだろう、元来の性質を矯正する事を強要する社会の方が間違っている。
無気力、無関心、無節操、それ故に怠惰になったのだから。
だから多分、強制的に働かされる収容所にでも行かない限りは、俺は真面目に働こうとか、大人になろうとは思わないのだと思う。
まぁ今は【勇者】のステータスの暴力で、手頃な魔物を狩って日銭を稼ぐ事も出来るようになったし、路頭に迷うことが無いという点でも俺は全く危機感を感じていなかったのである。
だから俺は、人の命とは儚いものだとは思いつつも、結局は怠惰に過ごす惰性に流れていくのだった。
野にいる獣が、飢える事を恐れる事があるだろうか。
冬越しの為に食料を蓄える生き物も多く存在するが、それが繁栄とは対極の選択だとしても冬眠をする生き物が劣るという事にはならないだろう。
故に、環境に抗わずにいる事こそがこの世で最も自由なのだ。
そして自然に対する抵抗、それこそが不自然であり不自由なのである。
故に旅人は流され続ける、それが何よりも自由であると信じて、自分の生き物としての天分に従い生きるのだ。
自分の意志を持たないものは畜生と変わらないかもしれない。
だが、人が畜生より幸福であると説いた哲学者もまた存在しない。
だから旅人は誰よりも愚者であり、自由であり、幸福だった。
ロミアンは屋敷の物置部屋に自らを連れ込んだジュリオスの腕を拒む素振りを見せるが、その腕は添え物のように優しくジュリオスの腕を撫ぜるだけであり、そしてジュリオスも、仮にロミアンが本気で抵抗したとしてもその本能に身を任せた狼藉を止める理性は無かった。
「ああ!、ロミアン、なんという運命のいたずらだろうか、死んだと思っていたキミが、こうしてまた僕の前に現れたと思ったら、君は僕の弟の妻になっているなんて・・・」
「仕方無かったのよジュリオス、あの時の私達は自分の運命に抗う力が無かったもの、私はゲッシー公爵様の愛妾として見初められて、そこから抜け出す為には死んだ事にするしか無かったもの・・・」
「あの時の僕の絶望は死よりも辛い苦しみに身を引き裂かれるようなものだったよ・・・、そしてそんな僕の心の傷を優しく癒してくれたティポンヌ、彼女を裏切る事になるのはとても心苦しいが・・・、でもこうして再会した以上、今度は何が障害となっても僕は諦めない、だからロミアン、もう一度あのバラ色の青春を共に過ごそう」
「だめよジュリオス、だめ、こんなこと許されないわ、・・・だってあなたには、妻も子供もいるじゃない、私のお腹にも夫であるチャリオスの子供が・・・」
「分かってるさ、全部分かってる、それでも止まらないんだ僕の恋心は・・・、あれから10年たったけど、僕の心は今も変わらない、あの頃のままだ、だからロミアン、本気で僕を拒むのなら僕を殺してくれ、それ以外に僕を止めることは不可能なんだ」
ジュリオスの瞳にはロミアンしか映らない。
それを理解した時、ロミアンの中に燻っていた恋心は、この時に烈火の如くはげしく燃え上がるのであった・・・。
「ああ、ロミアン!ロミアン!」
「来てジュリオス、ジュリオス!」
それまでのやり取りがただの前戯に過ぎないものであったかのように、二人は一心不乱に互いを求め合う。
二人を縛る数々のしがらみも、その時だけは互いの情欲を掻き立てるスパイスでしか無かった。
そこにいるのはそれぞれの伴侶を持つ夫と妻ではなく一人の男と女に過ぎない、人間は恋に堕落する生き物に過ぎないとでも言うように、彼らが積み重ねてきた数々の苦難や善徳を生贄にして、茨の恋を成就させるのだ。
それが破滅に身を焦がす炎の熱ならば、それよりも体を熱くさせるものはこの世に存在しないだろう。
果たして不徳とは、倫理に未熟な者の犯す不倫なのか、はたまた倫理を超えた先にある悦楽なのか、それは誰にも分からない事だ。
だがこの時の彼らは、人生で知る中で極上の快楽と絶頂を、確かに感じていたのであった・・・・・・
「あーーー、背徳不倫セッ○スしてぇーーーっ!」
俺は読んでいた本を閉じると、開口一番そう感想を述べた。
今日もいつも通りの平常運転で教会にて怠惰を貪っていた俺は、教会にある前任のプリーストの遺物の整理をする傍ら、気になった本があったので読書に耽っていたのであった。
「!?、いきなり何を言い出すのん、犯罪宣告なのん?、そもそもライアにそんなアダルティーな昼ドラ展開は似合わないのん、ここは大人しく自室で妄想に耽りながら一人セッ○スでいたすのがいいのん」
クロが背徳不倫セッ○スという字面に若干引いた声でそうツッコミを入れてきた。
クローディア・カンベル、愛称はクロ、この人口千人足らずの辺鄙な村であるンシャリ村を代表する悪ガキであり、そしてそのジョブはなんと、押しも押されぬ【魔王】なのだが。
・・・まぁジョブの宣告がガチャである以上、幼女×魔王の組み合わせもそう珍しいものでも無いので、ただの確率の偏りの話であり、こいつの中身も性格も外見も趣味嗜好も、紛うことなき幼女に過ぎないので、畏まることは何も無い。
俺はクロのツッコミに、仲の良くない幼なじみ特有の微妙な距離感で返答した。
「・・・うるせぇな、俺が〝やる〟と決めたらそれがどんな険しい茨の道だろうとやるんだよ、あーー背徳不倫セッ○スしたい背徳不倫セッ○スしたい背徳不倫セッ○スしーたーいー!!」
「背徳不倫セッ○スと言葉にする事に快感を得ているのん、まるで言葉を覚えたての子供のように同じ単語を擦ってるのん、床を擦るお猿さん並の知性なのん、ライアが道を踏み外す前にクロが地獄に送ってあげるのん」
クロはそう言うと、自身のツインテールを縛る髪飾りを解いて、殺気を放った。
戦闘態勢への移行、そしてそれはクロが人間より遥かに強力な種族である魔族の力を解放する為の儀式だ。
クロは今まで自分が魔族である事をひた隠しにしてきたが、とある一件により露見し、以降は俺とその周辺の人間に対しては隠す事をやめたのであった。
リミッターを解除したクロの拳が、寝転んでいる俺の顔面に叩き込まれる。
だが俺はクロが【魔王】で魔族であり、パンチの威力を表現すれば大砲の砲弾並の破壊力を持つと知りつつも、それに対して悠々と構えた。
予備動作のうちに欠伸を一つする余裕すら見せつけて、クロの拳が飛んでくるのを待ち構えたのである。
幼女の放つこんな大ぶりのパンチなど、紙一重ギリギリで避ける事など容易いわ。
当然だ、何故なら俺は、俺のジョブは──────────
「へぶしっ」
「悪は成敗、なのん!、・・・って本当に死んでるのん、大変なのん、早く生き返らせるのん、メリー!!!、メリー!!!、早くヒールをかけるのん」
「・・・・・・はっ、俺は一体・・・?」
「目が覚めましたかライアさん、どこか痛みますか?」
「えーと、特には!、でも俺は一体なぜ半裸にされて、ベッドに寝かしつけられているのでしょうか」
俺は枕元に置かれた何故か血まみれに汚れた服を着ながら俺を介抱してくれたらしい教会の主で上司である【プリースト】のメリーさんに尋ねた。
村の見目麗しき美人プリーストのメリーさん、俺に【勇者】という身分不相応過ぎるジョブを宣告した、見目麗しきアラサープリーストにして、俺が【勇者】である事を知る俺の唯一の協力者。
メリーさんはその美人画のように整った女優顔を曇らせながら傍らに視線を送ると。
幼女特有の快活さで俺の質問にクロが答えた。
「ライアは淫猥な魔導書の悪魔に取り憑かれて大変な事になってたのん、だからクロが悪魔を成敗したのん、その時にライアは死んじゃったのん」
「死んじゃったのんって・・・、そんな簡単に俺を殺すなよ・・・、俺の命の価値、分かってんのか?、そこいらの【モブ】とは訳が違うんだぞ、そんな幼女のお茶目で容易く死んでいいような軽い命じゃないんだぞ、もっと俺を尊重しろよ!!」
俺のジョブは【勇者】、それは例え奇跡で手に入れた身の丈に合わない偽りの肩書きだろうと、この世界では何よりも尊ばれるべき存在であるという証なのである。
「穀潰し不能無能クソニートの分際で何をイキってるのん、自分の存在価値を示したいならせめて“黄金山地”での肉体労働に参加してから言うのん、【モンク】なんていても居なくても村の生活には影響無いのん、たとえモブでもクソヒモ野郎のライアよりマシなのん」
「おまっ・・・、貴様!、俺を侮辱しやがったな、俺に助けられた幼女の分際で、黒龍を倒した俺に楯突くとはいい度胸だ、歯向かった事、後悔させてやる・・・ッ!!」
そう、俺は自身が【勇者】である事を隠していた、それ故に俺の村での扱いとは中々に不憫で劣悪な物だったが、先の大仕事で勲章第一等に選ばれてもいいような働きをしたのだから、今後は一生不労所得で楽するくらいは許されてもいいものだろう。
俺はクロに【勇者】としての威厳、年上のお兄さんとしての威厳を見せつけるべく、対幼女秘密兵器その1を懐から取りだした。
「ふふん、ライア如きが何をしようとクロには効かないのん、クロは黒龍とも正面から殴り合った一人前のレディなのん、だからクロに歯向かうならもっかい地獄に返してやるのん」
「だから・・・そんなお前の傲慢を後悔させてやるってんだよ・・・っ!!!!!」
取り出したソレをクロの眼前に見せつけてやる。
それが何かを理解したクロは俺の予想通りの反応で応えた。
「───────それは、・・・『ナイト&ウィザード』レアカードなのん!、しかも新弾の最高レアの『時空の魔剣士・プロメテウス』なのん、しかもサイン付きなのん、かっこいいのん!、絶対欲しいのん!」
ナイト&ウィザード、街で最近流行っているカードゲームの一種なのではあるが、レアカードやカードパックの品薄によりコレクター価値があり、村でも出稼ぎに行った大人が子供へのお土産としてよく買ってくるおもちゃである。
それのSSRレアカード、『時空の魔剣士・プロメテウス』、これは俺がフエメがプロメテウス本人から渡された物を要らないから捨ててこいと渡された代物であったが、その時からこの時の為に大事に取っておいた切り札でもあった。
俺からすれば紙切れの一つに過ぎないが、巷ではこんな紙切れでもSSRだというだけで10万以上の値段がついたりする希少品なのである。
「正真正銘、プロメテウス本人がサインを書いた世界に一つだけのレアカードだ、これをクロへのプレゼントとして用意してたんだけどなぁ・・・」
「・・・!!?、絶対欲しいのん!、何でもするのん!、今後はライアが人の道を外れて背徳不倫セッ○スしても止めないのん、だからそれをクロにくださいなのん!」
クロはプライドを全て捨ててその場で土下座する。
それは魔族で魔王である前に、クロがただの幼女であるという事の表れだ。
・・・いや、14歳の少女を幼女と呼ぶのは少しばかり不自然だとは思うものの、クロはそれでも幼女なのだから仕方無いのだ。
魔族と人間とでは成長する速度が違うとかそういう話なのだろう、きっと、おそらく、多分・・・。
「おいおい、俺を一回殺したんだぞお前は、そんなんで誠意が足りてると思ってるのか?、自分が殺した相手にプレゼントをねだるなんてなんて図々しい奴なんだ、あと背徳不倫セッ○スってなんだよ!?、そんな際ど過ぎる単語を羅列して伏線にするんじゃねぇ、言霊って知ってるか?、背徳不倫セッ○スの事ばっか口にしてると本当に背徳不倫セッ○スになるんだよ、だから軽々しく背徳不倫セッ○スとか言うんじゃねぇ!!」
「うにゅ・・・ライアの方が沢山言ってるのん、まぁ良いのん、ならライアは何が望みなのん」
「【魔王】のお前が手に入れる事になるであろう世界の半分を俺に寄越せ、そして俺は一生働かずに不労所得で怠惰に過ごす、それでチャラだ、一生かけて罪を償うんだ、俺にな」
「・・・うにゅ、クロは【魔王】だけど世界を獲る力はまだ無いのん、黒龍にも勝てなかったのん、だからそのお願いはまだ叶えられないのん・・・」
「・・・そっか、あーあ、残念だなぁ、クロが誠意を見せてくれるなら、それで今回の件をチャラにしてプレゼントしようと思ったのに、クロには誠意が足りなかったかー、じゃあ交渉は決裂だな」
「待つのん、後生なのん、何でもするのん、靴でも床でも何でも舐めるのん、だからそのカードをクロにくださいなのん」
俺からすれば紙切れの形をしたただの金貨、しかしクロの目にはこのカードが世界に一つだけの宝物に写っているのだろう、倫理観的に言えば背徳不倫セッ○スすらも容易く犯すレベルでクロは必死に懇願してきた。
額を床に叩きつけながら懇願するクロを見下ろしながら、俺は言い放った。
「・・・お前に一つだけ教えてやろう、命って言うのはな、どんな生き物にも一つしか無いんだ、仮に不老不死や蘇生能力を持っていても、それより強い能力で殺されれば死ぬんだ、だから俺を殺した時点でお前は、俺に殺されるか、世界の半分を俺に寄越すかのどちらかしか許されないんだよ、だがこのカードがお前にとって大切なものだと言うのであれば、今回はこいつに罪を被ってもらう事で恩赦を与えてやるよ」
「ああ・・・、あああああああああああああああああああああ!!!!」
俺はクロの目の前で『時空の魔剣士・プロメテウス』を粉微塵、四分五裂に破り捨てる。
売れば10万はくだらない代物だったが、文字通りフエメに渡されたサイン付きの世界に一つだけの品物なので、売れば当然問題になるし、処分するしか無いものなのだ。
だから最初から破り捨てるという行為は予定調和されたものであり、それに最大限の効果値を付与する為に、クロの目の前で破り捨てたのであった。
繰り返しになるが、俺とクロは仲の良くない幼なじみだ。
昔は従兄弟叔父で義理の兄であるリューピンという共通の友人がいたから仲良くしていたが、そのリューピンが問題児として村を追い出されてしまい、現在では俺が一方的にクロからイタズラを受けるという構図に変わったのだ。
いじめをする子供にいじめは悪い事だからやめなさいと説いた所で、子供の倫理に善悪の価値観などまともに持ち合わせている筈もないので、そんな説得など無意味だが。
だが「いじめをすると馬鹿になるし、神様が将来天罰を与えるし、サンタさんもプレゼントをくれない」と言えば、どんな馬鹿な子供でもいじめをする事をやめるだろう。
単純な話だ、どんな馬鹿な子供でも、善悪の区別はつかなくても、損得の判断は出来るのだから。
だからいじめをやめれば得するけど今回はいじめをやったからプレゼントは無し、という損得のトラウマを、『時空の魔剣士・プロメテウス』を使って俺はクロに植え付けたのである。
幼女にいじめられた腹いせに物を使ってトラウマを与えるのが本当に【勇者】の姿なのか?、と多くの人間は思うだろうが、これが俺だ。
【勇者】の肩書きとか、幼女が相手だとか関係無い、その時その場で最も効率的な手段を探るだけだ。
だから俺はクロがその場に蹲り『時空の魔剣士・プロメテウス』の残骸を手に号泣するのを見ても全く心を痛める事無く、言い放った。
「SSRカードならまたどこかで手に入れる機会もあるだろうが、お前が俺に挽回出来る機会は一度きりだ、だからは次は後悔しないように、慎重に行動するんだな」
クロは俺の言葉など耳に入らないかのように泣きじゃくり、そしてメリーさんはそんなクロを見てオロオロしているが、俺はそんな二人を放置して教会を立ち去る。
早く自身の返り血で汚れた血なまぐさい服を洗濯し着替えたかったからだ。
周囲を欺く為の仮の姿である【モンク】としての仕事はこれで早退になるだろうが、まぁ日頃から大した仕事をしているわけでもないし、それを咎める人間もいなかった。
まぁ普通に考えれば黒龍を撃退するという大手柄を上げた俺は村の英雄として祀られてもいい存在だ、だったら不労所得で怠惰に暮らすくらい当然の権利として享受してしかるべきものだろう。
「しっかし、この血量、どう見ても頭部をぺしゃんこにしないと出ないような出血してるよな・・・」
幸か不幸かクロが俺をどうやって屠ったのかの記憶は無いが、だがあの幼女が自分で俺を殺したと言っていたのだから、俺は間違いなく殺されたのだろう。
黒龍や神狼との死闘という修羅場を紙一重でくぐり抜けた俺が、身内の幼女に呆気なく殺されるというのもまた、人の命の儚さを感じさせられる話だった。
だとするならば、やはり俺も、怠惰に惰性に生きるよりも、自分のやりたい事、夢を追いかけるべきなのかもしれない。
短い命を燃やし尽くすように生きるべきかもしれない。
世間知らずでなんのコネも権力も無い田舎小僧に何が出来るのかと、今までならば諦めていただろう、だが俺は奇跡と偶然と博打の結果だったとしても、災厄と呼ばれる、人類最強の名を冠する【勇者】と【魔王】よりも遥かに強大な存在である災厄、黒龍と神狼を倒したのだ。
だったら少しくらいは世界を変えるくらいの事は出来るのかもしれないと、少しだけ俺は思い上がった傲慢さを身につけていたのだ。
背徳不倫セッ○スでは無いけど、やりたい事をやらずして、本当の自分の人生を生きたと胸を張れるかは、甚だしく疑問に思う所があった。
だが今の俺は、俺が本当にやりたい事がなんなのかは分からない。
王都に行き、リューピンと共に革命の狼煙を上げるのも楽しそうだとは思うが、だが俺がいなくてもリューピンはなんやかんやうまくやるだろうからわざわざ何百里も離れた王都にいくのが面倒くさいし。
なら【勇者】として活躍して地位と財産とハーレムを作るのはどうかと言えば、なんの因果か【魔王】がクロである以上、【魔王】を倒すのは不可能な上に、よくよく考えれば地位と財産とハーレムもそれほど欲しいとは思わない。
金は一生働かなくて済むだけあればいいし、地位もガキどもが敬礼で挨拶してくれるだけあればいい、女も、顔も体も普通で全然構わないから、とびきりエロくてサキュバスよりエロエロな女が一人入れば俺は満足だ。
高望みはしない、並以下でも全然構わない、ただ自分の欲しい物と必要なものに不自由しなければそれで十分だ。
仮に高価な薬や医療が必要になった場合でも、自分で医者に弟子入りして自分で薬を使って自分で直すか、その時だけ本気で頑張ってお金を貯めればいい。
だから貧しくて火種ばかり抱えている癖に辺鄙な村で、戦時の過酷な徴収と戦禍で荒んだ時代に生きているが、俺は今に不満は無いし未来に絶望もしていない、現状で満足しているのだ。
俺の欲望のスケールを言えば、最低限の不労所得、つまりベーシックインカムさえあれば文句は無いし、性欲も人並みにはあるものの、まだ若いから30歳までに童貞卒業出来ればいいかなくらいの受け身でどちらかと言うとまだ大人の階段を登りたくないから童貞は卒業したくないというのが本音だ。
16歳の若い男子がこれでいいのかと自分でも思うのだが、それが俺なのだから仕方無いだろう、元来の性質を矯正する事を強要する社会の方が間違っている。
無気力、無関心、無節操、それ故に怠惰になったのだから。
だから多分、強制的に働かされる収容所にでも行かない限りは、俺は真面目に働こうとか、大人になろうとは思わないのだと思う。
まぁ今は【勇者】のステータスの暴力で、手頃な魔物を狩って日銭を稼ぐ事も出来るようになったし、路頭に迷うことが無いという点でも俺は全く危機感を感じていなかったのである。
だから俺は、人の命とは儚いものだとは思いつつも、結局は怠惰に過ごす惰性に流れていくのだった。
野にいる獣が、飢える事を恐れる事があるだろうか。
冬越しの為に食料を蓄える生き物も多く存在するが、それが繁栄とは対極の選択だとしても冬眠をする生き物が劣るという事にはならないだろう。
故に、環境に抗わずにいる事こそがこの世で最も自由なのだ。
そして自然に対する抵抗、それこそが不自然であり不自由なのである。
故に旅人は流され続ける、それが何よりも自由であると信じて、自分の生き物としての天分に従い生きるのだ。
自分の意志を持たないものは畜生と変わらないかもしれない。
だが、人が畜生より幸福であると説いた哲学者もまた存在しない。
だから旅人は誰よりも愚者であり、自由であり、幸福だった。
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