【勇者】が働かない乱世で平和な異世界のお話

aruna

文字の大きさ
上 下
10 / 55
第1章 P勇者誕生の日

第9話 帰郷

しおりを挟む
「勇者様・・・、私、もう限界です、休ませてください」

 ディメアとウーナを連れて村へと帰る帰り道の途中。
 ウーナは馬車に、ディメアは俺と徒歩で帰郷する事になった。

 流石に走る馬車にディメアがついていける訳もない、なので俺とディメアはフエメ達に置いていかれて、暗くなった夜道をゆっくりと歩いて帰ることになった。

 【勇者】のジョブ補正によるステータスの底上げで、鉄人的なマラソンをして50キロを走破するのに約半日。

 普通に歩いていけば、一日30キロと仮定して二日かかってしかるような道中である、しかし一日も魔物のいる荒野に取り残されるのは、俺にとってはそれだけで多くのリスクだ。

 ディメアが泣き言を言っても仕方ないような過酷な行軍だったが、俺は強行させた。

「もう少しで村に着くから、あと少し頑張れ、王女のプライドがあるなら俺に見せろ、大丈夫、お前は出来る子だ、だから出来るさ」

「そう言って休み無しでずっと歩き続けたのに、景色はずっと草原と山ばかりで、村の輪郭すら見せてくれないじゃないですか、今度は本当に限界なんです、足が痛くて歩けないんです」

 ちなみに呼び方は「王子様」から「勇者様」に変わっていた、ディメアの心境を考えれば妥当な所ではあるが、俺としては勇者として扱われるのも嫌なので、この呼び方も好感度を調節して変えたい所である。

「・・・そう言っても、こんな人通りも少ないような魔物の縄張りで野宿なんてしたら、明日の朝には魔物の餌だしなぁ、足が痛くても死にたくなければ頑張って貰わないと」

「勇者様ならその辺の魔物くらい簡単にやっつけられるでしょう、勇者様が寝ている間は私が不寝番をしますから、だから一先ず休みましょう、後生ですから」

「いや、この辺の魔物は殺人キックグラスホッパーや人喰いカミキリみたいなCランクの昆虫モンスターが多いんだ、もし大群に襲われたら俺一人では相手にならないし、だから少しでも早く村についた方が安全だ」

「・・・村まであとどれくらいなんですか?」

 昼から夕暮れまで歩き通しだが、本当はまだ半分も進んでいないと知ったならば、ディメアは絶望して泣いてしまうだろうか。
 確かにディメアの肉体が二足歩行の猫に変わっているのだとしたら、四足歩行では無い分、人間より歩く行為が苦痛だとしても不思議では無いのだが。
 だとしても俺は、心を鬼にしてディメアを欺いた。

「─────あと少しだよ。そうだな、夜空の星々を数えながら歩いてたら、そのうち着くんじゃないか、だから遠く無いし、簡単だよ」

「うぅ、距離を言わないって事は、本当はまだかかるって事なんですね・・・」

「いやいや、本当にあと少しだって、だから一緒に頑張ろう、ディメアは出来る子だし、星を数えている間に終わると思うから、王女なんだし根性を見せてよ」

「王女に根性を要求しないでくださいよ・・・」

 ディメアは泣き言を言いつつも、必死に俺の後をついてきた。

 そしてディメアはそこから3キロくらい頑張ったけれど、次第に足取りはふらふらとした千鳥足となり、前かがみに倒れた。

「・・・!、おいディメア、大丈夫か?」

 俺は倒れたディメアを揺さぶるが、本当に限界まで歩ききったようで、白目で涎を垂らしながら、息も絶え絶えにディメアは気絶していた。
 強要したのは俺とは言え、家族を処刑されて天涯孤独となった少女に対してかなり惨い仕打ちをしているという自覚はあった為に、少しだけ申し訳無さを感じて労わってやる。

「お前の根性、見せて貰ってぜ。・・・すげぇよ、気絶するまで歩くなんて、お前はやっぱり出来る子だ、よくやった」

 勿論気絶してるディメアに聞こえる訳もないが、俺は気絶したディメアを背中に担いだ。



 ここは弱肉強食で、飢えた獣達が蔓延る殺伐とした荒野だ。
 手負いの獲物の匂いを嗅ぎつけて、それを狙う魔物の群れが、俺とディメアを取り囲む。



「シャドウウルフの群れか、少なくとも10匹はいるな・・・、そしてこっちは空手で武器と呼べるのはクロがくれた臭い玉だけと、・・・こんな事になるなら、何がなんでもフエメに引き取らせるべきだったかな」

 ディメアを守りながら戦うのも、背負いながら逃げるのも、どちらも絶望的だが、それでも絶望的な選択肢から一つを選んで絶望を跳ね除けるしかない。

 そしてディメアを馬車に乗せたらという過程においても、ディメアの正体を見抜ける人間がいるとしたら、その筆頭に当たる人間がフエメだ、だからそちらも危ない橋という意味では同じ。

 【勇者】がバレたならば結局、魔王と戦う為にもっと危ない橋を渡らせられるし、命も狙われる。

 だから結局、どちらにしても遅かれ早かれ俺が実害を被るのは同じ、ならばよりリスクの低い方を選ぶのは結果的にマイナスだとしても、それは当然の選択だろう。

 だからこうなる覚悟は出来ていたし、今更泣き言を言うつもりは無い。

 ・・・いや、一つ泣き言を言わせてもらえば

 ──────昨日の強行軍からの一日労働の疲れは抜けて無いし、寝不足で頭は痛いし、ディメアのせいで俺が食う分が減って腹は減ってるし、人生最大の大仕事を前にして、俺のコンディションは最悪もいい所だが。

「・・・こいよクソ犬、俺の怒りの全てを込めて蹴飛ばしてやんよ」

 最悪で最低な運命ならば、その怒りを力に変えて戦うしかない。

 俺も「」でシャドウウルフだ、犬畜生同士、仲良く潰しあおうじゃないか。

 俺は死を覚悟しながら、シャドウウルフと死闘を繰り広げた。

 ちなみにシャドウウルフは群体と言えど、単体のランクはE、狂犬化してD、駆け出しの冒険者でも一匹ずつ倒せば勝てる相手だが、ロクにレベルを上げていない俺にとってはそれでも脅威だった。






 チュンチュン。

「くかー・・・はっ、ぽへぇ・・・、あれ、朝?、それよりお腹がすきました、ご飯が食べたいです、勇者様は何処に・・・」

 翌朝、目覚めたディメアは、自分が見知らぬ場所にいると気づき辺りを観察した。

 古びた石造りの建物、しかし祭壇とその場に流れる静謐な空気は、どこであっても不思議と同じ場所のように感じてしまう。

「ここ、教会ですか・・・、という事は勇者様が私を運んでくれたのですね」

 気絶するまで歩かされた時はライアの事を鬼や悪魔のように思えたが、気絶して大荷物となった自分を背負って村まで運んでくれたのならば、多少の感謝は不本意であっても不可抗力として感じてしまう。

 ライアの事はすごく嫌な人間だと既に苦手意識を持っていたが、それでも【勇者】である事に変わりない。

 【勇者】を補佐する王族の使命に殉じる事、今はそれが復讐でも王家の名誉の挽回でも無い、ディメアがなすべきと思った使命だった。

 取り敢えずディメアは教会の何処かにライアがいるかと思い探してみるが、誰もいなかったので中で待つ事にした。

 これまでの経験上、大型の猫の姿は人からは虎や魔物と間違われて恐れられる。

 故に夜闇に紛れて行動し残飯を漁るのがディメアの猫となってからの日常であり、不要なトラブルを避けようと思ったからだ。



 ガチャ。



 頑丈に作られた教会の扉を開けて誰かが入ってきた。
 ライアかと思い、ディメアは弾んだ表情で振り向く。

 しかし、来訪者はライアでは無かった。

「わぁ、でっかいにゃんこなのん、初めて見るのん、ふわふわでツヤツヤの綺麗な毛をしてるのん、触ってみたいのん」

 そう言って少女はでっかいにゃんこである自分を怖がる事無く、こちらに近づくと体を撫で始めた。

「にゃ、にゃ、にゃ、にゃ、にゃあ~(やん、ちょ、やめ、あまり、引っ張らないで~)」


 ぶちっ。


「いっぱい取れたのん、やっぱり綺麗なお毛毛をしてるのん、沢山とって枕に入れたら絶対気持ちいいのん」

「!?、にゃあにゃあ、にゃあにゃあ、にやぁあああ(や、やめてください、抜かないでください、毛を奪らないでぇえええ)」

「抵抗しても無駄なのん、クロは一度決めたら曲げないのん、だから大人しく毛を差し出すのん」

「にゃ、にやぁあああああああああああ(だ、誰か助けてぇえええええええええ)」

 にゃーにゃーと激しく抵抗するディメアを床に押し倒し、クローディアはその毛をむしり取った。

 そして背中の毛をひとしきり毟られたディメアはしくしくと泣き始めたが、クローディアはそれに構わずディメアのふわふわの体に顔を埋めて気持ちよさそうに匂いを嗅いでいた。

 そこに教会の主であるメリーが、洗濯というひと仕事を終えて戻って来た。

「あら、クロさんいらっしゃい、ふふ、メアちゃんとも仲良くなったみたいですね」

「おっすなのんメリー、ぬふふ、これだけ毛を貰えたら羽毛に包まれるより絶対気持ちいいのん、猫ちゃんありがとうなのん」

 クローディアは感謝を示すようにディメアの頭を撫でるが、幼女に好きなようにされて王女のプライドを傷つけられたディメアにとっては、傷口に塩を塗る行為でしか無かった。

「それでメリー、ライアはどうしたのん?村から帰ってきたならここに来るはずなのん、早く『女王』を倒した自慢話をしたいのん」

 と、そこでクローディアはディメアが一番気になっている質問をメリーに尋ねた。

 どうやら微かに既視感を覚えるような女優顔で美人のプリーストがメリー、そして無慈悲に自分の毛をむしり取った残酷で野蛮な幼女がクロというようだった。

「ああ、それなんですが・・・」

 と、そこでメリーは悲しそうに目を伏せた。
 その表情が真に迫るような深刻さで、クロとディメアはそれぞれ身構えてメリーの言葉を待った。

「昨夜、メアちゃんを連れて村に帰る道の途中で、の大群に襲われて、ライアさんは心と体に大怪我を負ってしまったんです、それで、今は自宅療養中です」

「ケロベロスバウンドドッグ、シャドウウルフより上のCランクの強敵なのん、それに逃げ切るなんてライアも中々やるのん」

「にゃお・・・(嘘・・・)」

 ディメアはあれだけ厳しかったライアの強行軍が、実は本当に自分を守る為のものだったと知り、己の愚かさ、浅ましさを恥じずにはいられなかった。

 勿論真実は嘘なのだが、気絶していたディメアに真相を知る事は不可能だ、故にライアは、フエメの条件にある『女王』狩りへの参加を逃れる為に、仮病を使って辞退しようとしていた訳である。

「にゃにゃにゃにゃ、にゃあ!(私を勇者様の所に連れて行ってください、せめて看病くらいは!)」

 【勇者】を補佐する為の存在である筈の自分が足を引っ張った事に負い目を感じ、せめてできる事だけでもして挽回したいとディメアは熱く語った。

「猫ちゃんはお腹すいてるみたいなのん、そう言えばお弁当代わりに持ってた非常食があったのん、お毛毛のお礼にあげるのん」

「にゃあ、にゃにゃあ(違います、お腹が空いている訳では)」

 と、ディメアは否定しようとしたが、常人の倍以上の馬力がある代わりにそれ以上に燃費が悪いディメアの体は、昨夜の強行軍による消耗もあり、確かに飢えていた。

「はいどうぞなのん、昨日取ったイナゴの塩焼きなのん、食べるのん」

「にゃ!?にゃにゃあ!?、にゃにゃにゃにゃにゃにゃあ(虫!?、虫ですか!?、無理です無理です絶対無理です!)」

 ディメアは無理矢理クロに口をこじ開けられて、口にイナゴを突っ込まれてしまった。

 初めて食べたイナゴの味は、口の中でイナゴの脚や胴体がひと噛みする事に分解されていく感触の方が鮮明で、無味無臭で塩で味付けされたイナゴの本来の味を感じる余裕は無かった。

 しかし空腹に勝るスパイスは存在しない、イナゴを口に入れられた瞬間に求められた胃袋の要求に、ディメアは抗えずに飲み込んでしまう。

「にゃあ、にゃにゃにゃあ・・・、にゃ、にゃにゃあ(嘘、食べちゃった・・・、私、王女なのに)」

 ディメアは本日二度目のショックを受けているが、クロは気にせずに持っていた「お弁当」をディメアの口に放り込む。

「面白いのん、入れたそばから飲み込んでいくのん、面白いのん!クロ、この猫ちゃん飼いたいのん、お毛毛もふわふわだし、クロの座布団にするのん」

「にゃ、にゃにゃにゃにゃあ、にゃあ!(私は、勇者様のサポートをする存在であって、ペットじゃないです!)」

「餌付けしたし猫ちゃんはもうクロのペットなのん、これからはクロのペットになるのん、絶対ライアより可愛がるのん、ご飯も毎日お腹いっぱい取ってくるのん、だからメリー、猫ちゃんをクロにくださいなのん!」

 ディメアは嫌がって見せるが、言葉が通じないのでそれをクロに伝える事は難しかった。

「ええと、一応ライアさんには私に世話を一任されてますが、クロさんなら預けても大丈夫でしょうか・・・?、メアちゃんは人間の言葉を理解する非常に賢い猫との事なので、だからペットとして飼うなら人間と同じように敬って上げてくださいね」

 メリーはプリーストの仕事であまり構って上げられない自分よりも、村で一番自由に動き回れるクロの方が、散歩に連れて行ったり、餌を狩ったりと世話係として適任であるように思えた為に任せる事にした。
 メリーは村で一番優秀であるが故に一番忙しい、なのでメアの世話をするのにあまり時間が取れない故に不安もあったのだ。

 それに、いくら人の言葉を理解していると言っても、メアの存在感は虎と同じほどに圧力がある、故に教会に置いておくにしても来訪者を怖がらせてしまうかもしれないし、そういう点でも寛容で包容的なクロの家の方が都合がいいだろう。

 クロが『女王』を倒した事は村長の意向でまだ広まってはいないものの、クロが『女王』と一戦構えた末に超手練の冒険者を連れて帰って来た事は既に広まっている。

 故に今村の中で一番注目されているのがクロであり、それ故に魔物のような化け猫であるメアを受け入れる土壌もあって最も適任であると言える。

 故にメリーはクロにメアを預けても良いかと納得したが、当然メアはそれに抗議した。

「にゃあ、にゃあにゃあ、にゃにゃにゃあ!(私は勇者様にお仕えする者であってペットではありません!)」

 が、にゃーにゃーと鳴くだけでは、クロの意志を曲げる事は能わない。

「やったのん、やったのん、これでクロのものなのん、ありがとうメリー!、これからよろしくなのん、メア!」

「・・・っ!」

 そう言ってクロは、むしり取った毛とメアの手を取ると教会から連れ出した。

 外に出るとフード付きの見隠しマントで体を隠した不審な人物が待っていた。

「よう、クロ、用事はもう終わったのか・・・って、なんだよその化け猫」

 クロに気安く声をかけるその声は女のものであったが、その人物から漂うオーラは只者じゃ無いと直感で分かるほどに威圧感があった。

「クロのペットのメアなのん、ちょっと待つのん、家までこの毛を置いてくるのん、だからもうちょっと待つのん」

 そう言うとクロは脱兎の勢いでその場から立ち去っていく。
 取り残されたメアは顔も見えないのに身の危険を感じる女と二人きりにされた。

「・・・なンだぁ、こんな魔物、世界中旅したけど見た事ねぇなァ、お前、この辺の魔物か?、って、猫に通じる訳無ぇか」

 女は自問自答してはははと快活に笑うが、メアに興味はあるようで値踏みするような視線をメアに向けた。

「へぇ、その辺の畜生とは目の輝きが違うな、どことなく知性的で、品もある、そこらのドラゴンより賢そうだ」

「にゃ、にゃあ・・・」

 女のその視線の鋭さにメアは萎縮し、生まれて初めて本心から猫の言葉を発し、猫のフリをしようと試みた。
 暫く女の視線にさらされて背汗をかきながらクロが来るのを待っていると、近所の子供達に見つかってしまう。

「わぁ、でっかいお化け猫がいるぞー」

「うわきもっ、こっちみたし、睨んでるし」

「僕知ってるよ、猫は二足歩行なんてしない、だからこれは着ぐるみの偽物で中に人が入ってるんだよ」

「なんだお化け猫じゃないのか、ってなんだコイツ、背中の毛ハゲてるし、化け猫じゃなくてハゲ猫かよ」

「ほんとだすっごいハゲてる、ハゲ猫だぁ」

「ハゲ猫だ」「ハゲ猫」「こいつの名はハゲ猫だな」

「にゃにゃん・・・(ハゲ猫・・・)」

 いきなり不名誉なあだ名をつけられたメアは落ち込むが、子供達はお構い無しとメアを取り囲んでもみくちゃにした。

「しかしこの中、一体誰が入ってるんだろ?」

「ふん、どうせ三英傑かそのバカ息子の誰かっしょ、どうでもいいし」

「おいハゲ猫、正体現せ、オラオラオラ」

「くらえ、ツインクロスラリアット!」

 と、子供達は普段三英傑を相手にするようにプロレス技をメアにかける。

 子供の力なので本気で抵抗すれば対した痛みも感じないが、だが生まれて初めて殴られた痛みが子供から与えられたものであった事は、既に折れかけていたメアの心にさらに甚大なダメージを与えた。

「にゃあにゃあにゃあ!(やめてください、私は着ぐるみじゃないです)」

 メアは子供達から逃れようとジタバタと暴れるが、子供達は許してくれなかった。
 その時に初めてメアは、王女としての尊厳など自分には無かった事を自覚した。

 尻尾を引っ張られ、腹筋にエルボーを左右から貰い、背中からドロップキックを食らって、・・・その他数十にも及ぶ責め苦を受け、最後にジャーマンスープレックスで締められて。
 無様に大股を晒すように大地にひっくり返された自分にはもう、王女の誇りというものは微塵も無いのだと、そこで思い至ったのであった。



「ただいま~なのん、うにゅ、メアがボロボロになってるのん、何があったのん?」

 程なくして駆け足でクロが戻ってきた。
 数分の内に風変わりしたメアの様子を訝しんで、クロは同行していた女に訊ねた。

「・・・子供は残酷って事だ、ここのガキは本当に躾がなってない奴が多いな」

 女は自分に絡まれるのが嫌だったので即座に身を隠し一部始終を伺っていたのであった。
 ちなみにメアは関節の柔らかい猫の体だけあって、肉体的なダメージは見た目ほど多くはない。

「うにゅ?まぁいいのん、それよりおねーさん、今日はおねーさんの用事を済ませるのん、約束なのん、それでクロは何をすればいいのん・・・?」

「その用事は出来れば他の誰にも聞かれたくねぇンだが・・・まぁ幼女と猫相手ならいいか・・・、実は・・・」

 女はクロに単刀直入に要件を伝えた。
 【勇者】を探しているという直接的な言葉では無く、この辺に特別な力を持った人間、もしくは最近目立った活躍をしている人間はいないか、そんな間接的な表現でクロに訪ねたのであった。

「目立った活躍をしてる人間?、それってクロなのん、おねーさんの捜してる人はクロなのん?」

「いや、確かにたった二週間でレベルを30上げてデモンベアを討伐する【軍師】のお前は凄いし馬鹿げているが、アタシが探してるのはそれ以上の存在、生まれた時から最強で、見るだけで人を惹きつけるような、そんな圧倒的な存在だ、村を救ったりするような凄い奴はいないのか?知ってる事は何でもいいから言ってくれ」

「うーん、凄い人って言われても隣の村にフエメっていう物凄いお嬢様がいる事と、・・・あとはクロのライバルのライアくらいなのん」

「ライア?」

「おねーさんと初めて会った時に一緒に居た男の子なのん、戦闘力はからきしだけど、弁舌と逃げ足は目を見張るものがあるのん、昨日もフエメと一緒に街からすごい冒険者を雇ってきたらしいのん、しかもメアを抱えてケロベロスバウンドドッグから逃げ切ったのん、これはクロにも出来ないのん、それにライアはクロよりちょっとだけ顔が広いし、人探しならライアに聞いた方が早いのん」

「あの蛆虫か・・・、しかし一流は一流を知る、お前のライバルだっていうなら、あの坊主もそれなりのタマって事になるかもな」

 女は蛆虫の間の抜けた顔を思い出すが、記憶の中のライアは今の話を聞いて少し美化されていて、確かに微塵も恐怖や怯えと言った負の感情を感じさせない違和感のようなものを感じていた気がした。
 なので女は気は進まなかったが、クロの案内でライアに会いに行く事にした。

 そしてメアは、目の前の女が【勇者】を探しているライアの敵であるにも関わらず、子供達から受けたトラウマにより半ば心神喪失していた為に、ライアのアシストをする所か会話さえ聞いていなかったのであった。

「家から首輪とってきたのん、メアにつけてあげるのん、これでメアはクロのペットなのん」

 こうしてメアは、ドナドナとクロのリードで連行されて行った。



「ここなのん、ここがライアの家なのん」

 何の変哲もないよくある田舎の茅葺き屋根の平屋、それがライアの家だった。

「にゃにゃ~(犬小屋よりもボロくさい所ですね・・・)」

 メアは【勇者】の家が思っていたよりも貧相で拍子抜けしてしまった。

 そしてそこには来客がもう一人。

「すいません、ここがライア殿のご自宅で合っているでしょうか?」

「?、おねーさん誰なのん?」

「私は街からライア殿とフエメ殿に雇われて来た者で、名をウーナ・リッテラと言います、以後お見知り置きを」

 ウーナはいつもの如く半眼で愛想笑いを浮かべながら挨拶した。

「おねーさんが街から来た冒険者なのん!、よろしくなのん、クロ達も次の「」のメンバーなのん、それとライアの家はここで合っているのん」

「左様でしたか、では今後ともよろしくお願いします、そちらの方は名をなんと仰るのですか」

 ウーナはクロの後ろに控えていた女とメアを見比べて首を傾げて見せた。

「こっちの猫はメアというのん、クロのペットなのん、こっちのおねーさんは・・・」

「悪いな、こっちは名乗る程の名前は持ち合わせちゃいない、適当に名無しとでも呼んでくれ」

「左様でございますか、ふむ、ではここで出会ったのも何かの縁、私と一太刀交わしてくださいますか」

 と、ウーナは愛想笑いを浮かべたままさらりとそう言った。
 当然女も引き受ける理由は無いと突っ撥ねるが。

「アタシゃ面倒事は嫌いなんでね、そもそもなんでそんな事しなくちゃいけないんだ」

「理由なんてありませんよ、ただ、目の前に私が戦いたいと思う相手がいる、そんな相手など世界に5人もいませんから、だからあなたは私と戦うべきなのです、あなただって持っているのでしょう、この世に二つと無い名剣名刀、その天下無双の一振りを」

「・・・なるほど、つまりあんたはこいつの声を聞いたってワケか」

 そう言って女はマントを羽織ったまま刀を取り出した。

 それはクロに渡した妖刀とは違う、名匠が生涯をかけて作り上げた、唯一無二の、まさに天下無双の逸品であった。

「ええ、優れた剣士同士は惹かれ合うもの、そしてその剣を交えてこそ剣士は真価を問われ、己の生を全うする事が出来るというモノですから、呼吸をするのに理由が要らないのと同じで、私達には戦う理由など不要でしょう?」

 ウーナのその売り文句を、女は心意気で買い取った。

「へぇ、人間にも骨のある奴ってのはいるんだな、いいぜ、相手になってやる、場所はここでいいのか」

「ええ、私には一太刀で十分ですから」

「大した自信だな、言っておくが、アタシだってそう簡単にやられる気は無いぜ、気が変わった、シェーンだ、こいつの銘は『十六夜ノ雲切』、全力で行くぜ」

 シェーンはマントを脱いで体を晒した。

「にゃにゃあ・・・(ま、魔族・・・!?)」

 しかしそれに驚くのはメアだけだった。
 【心眼】を持つウーナにすれば、最初から分かっていた事だからだ。

「名乗ってくれるとは有難い、私はウーナ、この剣は無銘のモノでございますが、私には一太刀で十分ですので関係ありません、では」

 作法に則り名乗りを上げるとウーナは剣を抜き中段に構える。

 シェーンはウーナの言葉を自惚れやハッタリと見誤らなかった。
 ウーナが本気を出せば確かに一太刀で決着が着くと、長年の経験や直感が、自身とウーナとの実力の差を告げてくれたからである。

 ウーナは剣術を極めし者であり、シェーンは強さを求めし者。

 型の決まっている剣術と違い、強さに際限など無い、だからシェーンは剣の道では無く強さを求めた。
 しかしだからこそ、剣を極めし相手には剣で敵う道理もない、それがこの決闘の前提だ。
 シェーンの勝算など最初からゼロに等しい勝負、それでもシェーンはそれを受け入れた。

「互角の相手を下すより、格下を踏み潰すより、格上の喉元に食らいつく瞬間こそ、魔族の本懐だもんなァ、久々に血が滾るぜ」

 それが魔族の本能であり存在証明だ。

 未開の大地を開拓し、人間と魔物が蔓延る大陸に帝国を築き上げた魔族の血が、困難に挑めと、圧政に抗えと、強敵を前にして熱く滾るのである。

 強敵や理不尽を前にしてしり込みし、逃げ出すものは淘汰されるべき存在である。

 それこそが古くから力を絶対とする魔族に根付いた思想であり、魔族の美学だ。

 だから逃げ出すくらいなら潔く踏み潰されるべき、抗えないなら自ら命を絶つべきだと、そういう覚悟でシェーンは今日まで生きてきていた。

 それ故に人生最大の危機がある日突然、前触れも無く訪れた事に対してもシェーンは理不尽を感じずに、ただ受け入れたのである。



「────────行くぜ」



 その言葉は強敵に対する予告では無く、死出の旅に向かう己の肉体に対する命令だ。

 シェーンは覚悟一つで己の肉体を練り上げて、全身全霊、粉骨砕身する120%の出力を繰り出して見せた。

 何時いかなる時でも全力を出せる事、それは確かに常在戦場の心得を持つ達人としての資質であった。

「────素晴らしいっ」

 故にウーナは、その一撃が己が断ち切るに相応しい本物であると認め、心を昂らせた。

 ウーナは一太刀で十分と言ったが、その言葉は表面の意味だけが本質では無い。

 ──────ウーナにとっては、剣は無銘の一本でよく、間合いは問わず、そして、剣を振るう猶予も瞬きの一瞬でよいという、もっと絶対的で、圧倒的な、無差別で無慈悲で残酷な一撃を放てるが故の言葉であった。

 Sランクの名刀とSランクに相当するステータスを持って繰り出される、魔族の中ににおいて間違いなく最強を冠するその一太刀。

 それさえもウーナは余裕を持って正面から受けられてしまう。
 そして微動だにせず構えたまま

 ───────見切った。


「───────っ!?」

 中段に構えたウーナに対して、シェーンは遠慮も忖度も無く、上段から叩き潰すような一撃を神速で放った。

 しかし、刀を振り切る直前、間合いに入るほんの寸前で、シェーンの肉体が慟哭し、全身が震え慄いた。

 〝 〝 死〟〟

 凡人には決して嗅ぎ取れず、そして達人であってもそれを視認する事は容易ではない、ほんの瞬きの刹那に、だが確かに存在する死の予兆。

 肌が痺れるような死の振動、それを嗅ぎ取ったシェーンは、間合いに入る直前に防御の構えを取って飛び退く。

「・・・・・・っ、ハァハァ」
「・・・・・・」

 紙一重の判断の差で間違いなく死んでいた、それは正面から受け止められるものでは無かった、それを理解した時シェーンは、自分の首がまだ繋がっていることを確認した。

「ふむ、残念です、『十六夜』の担い手ならば、迷わず飛び込んでくれると思ったのですが」

「ハァハァ、悪いな、剣であんたと力比べする気は無い、ルール無用の殺し合いなら受けてやるが、自慢の名刀をただで折られるには少し都合が悪いんでな」

 シェーンの本懐は【勇者】を見つけ出し、懐柔する事、それ以外の余分な行動で命を落とすなど、例え魔族の本懐であってもあってはならぬ事だ。

「左様でございますか、こちらもにかまけて本懐を忘れる訳にはいきませんので殺し合いは承知しかねますゆえ、なら決着は次の機会に致しましょう」

 二人は共に戦闘オタクではあったが、共に宮仕えの身であり、迂闊に騒動を起こすような事は控える程度の理性はあった。

 そして、剣は交わらなかったとしても、互いの実力は今の応酬だけで十分に理解した。

 故にそれ以上のやり取りは不要だと両者共に断じたのである。

「もしかしてウーナは、シェーンよりも強いのん?」

 そんな決着に不満を持ったクロは、不可解そうにシェーンに訊いた。

「いきなり呼び捨てかよ・・・、まぁいいや、そうだなあいつは間違いなく【剣聖】や【剣帝】に匹敵するアタシの格上だ、だから剣では一生かけても勝てねェ、そんな相手だよ」

 シェーンのジョブである【剣鬼】は【剣聖】や【剣帝】の下であり、それ故に剣の戦いに於いては格落ちするのは仕方ない事だった。

「そんなすごい人をライアはスカウトして来たのん?やっぱりライアはすごいのん!、ウーナはライアとどういう知り合いなのん?」

「そうですね、・・・初対面でシェーン殿と同じように一本勝負をし、肋骨を折られた関係、ですかね」

「・・・嘘だろ、アイツがこんなすごい奴の肋骨を折ったとか、絶対有り得ねぇ」

「!?、じゃあライアはウーナよりも強いのん!?、つまりライアがシェーンの捜し人なのん!?」

「い、いや、確かにアタシは目立つ奴を探してるって言ったが、アイツだけは有り得えないんだよ、あんな目が腐った奴がアタシが探してる人間の筈がねぇ」

「おや、あなた方も人探しをしているのですか、しかも目立つ人間を探していると、なるほど・・・」

「!?、という事はひょっとしてお前もなのか・・・!?」

「さぁどうでしょう、偶然の一致が同一人物を示すとは限りませんが、ただ、もしあなた方が本当に重要人物の捜索をしているのであれば、私としては情報の裏付けにもなって好都合という事になりますね」

 情報の裏付け、それは十中八九【勇者】の誕生が予言された事であると、シェーンは内心で舌打ちした。
 人間側に魔王軍のスパイが紛れ込んでいるように、当然の如く魔王軍にも人間側のスパイは紛れ込んでいる。
 それを粛清しないのは一重に、両方に情報をもたらしてくれる二重スパイという存在が、有益であると両者から黙認されている為であろう。
 だから仮に魔王直属の信用出来る幹部にしか伝わっていない情報が漏れたとしても仕方ない事だと、シェーンはそう思った。

 そしてウーナが余裕を持っているのも、魔族である自分よりも数段格上だと力の差を見せつけたからだ、もし仮に【勇者】を見つけたとしても、それはウーナに力ずくで連れていかれて交渉の機会すら持たせて貰えない。

「・・・しくじったな」

 仮にウーナとの勝負が正々堂々とした決闘では無く、反則も不意打ちも罠も問われないような、対象を「狩る」為の討伐であればやりようはあった。

 しかしシェーンは【勇者】を懐柔する為に人間に恩を売って善良な魔族を演じる事で交渉の機会を貰おうと考えていた、それ故にウーナというイレギュラーはシェーンの計画に於いて完全な裏目となってしまった訳である。

(しかし、騎士派か聖女派かは分からんが、もし魔王軍から情報が漏れたのではなく人間側も勇者の存在を認識しているのだとしたら、その存在はほぼ確定と言って間違い無いのかもしれねぇな)

 約二週間、殆ど手がかりの無い状態から宛もない旅を続けていたシェーンからすれば、自分と同じ境遇の人間がいた事自体は、雲を掴むように漠然として広大無辺な捜索に一筋の光明が指すように、信ぴょう性を感じるようなものでもあった。

 それに【勇者】の存在は未だにその存在の手がかりすら見つからない状態だ。

 ならウーナを出し抜くような手立ても探せばきっとある筈だ、だからまだ諦めるには早い。

(そうだ、そもそも戦いに来た訳では無い、なら魔族だとしても聞く耳を持ってくれる可能性はある筈だ)

 ウーナの存在を疎ましく思いつつも、彼女すらも上手く利用出来る手立てが無いかと、シェーンは苦手な知恵を必死に働かせた。

 対するウーナはと言うと。




(『十六夜ノ雲切』、素晴らしい太刀でしたね、しかもシェーン殿の太刀筋も素晴らしい、あのように素晴らしい一太刀など、世界中探しても二人といないでしょう、正に天下無双、なんとかもう一度果たし合いを申し込む事は出来ないでしょうか・・・、いやいや、それより先ずはライア殿の師匠と手合わせし、楽しみは後に取っておきましょう、ええ、メインディッシュは最後に取っておくものですから)

 そう、ウーナは見た目通り、常に気だるげで半眼な人を食った態度が示す通りに、物凄く不真面目な人間なのであった。
 彼女が目指すのは剣のきわみ、それゆえの【剣極ソードマイスター】なのである。
 聖女からこの特命を命じられたのも、実態はただの厄介払いなのであった。

 シェーンはウーナの視線に悪寒を感じつつも、マントを着直してクロに促した。

「手間を取らせて悪いが家主を呼んでくれねェか、あまり長居するつもりも無いンでな」

「分かったのん、ライアー!お客さんなのん、出てくるのん!」

 クロはライアの家の扉を無遠慮に叩いた、すると中から小さな声で「今出る」と声がした。

 それから間もなくして、扉を開けてライアは現れた。



「あ・・・、どうも皆さんお集まりのようで、立ち話もなんですから、先ずは上がってください」

 ニコッと、ライアは幸の薄いやつれた顔で客人を招く。

 しかしその場にいた全員が、ライアの姿に驚愕していた。


「「・・・ラ、ライア!?(にゃん!?)」」

 クロとメアがライアの姿を見て思わず声を上げた。
 そう、それほどに現れたライアの姿は珍奇な様相をしていたのである。

「全身包帯で松葉杖までついて、一体どうしたのん?、まさかそんな大怪我を負っていたのん?、しかも顔もボコボコに腫れて凄い事になってるのん!」

 そう、ライアは仮病で「殲滅作戦」から逃れる為に、仮病じゃないレベルで自分の顔面を床に叩きつけて腫れさせて、その上で全身に包帯と松葉杖というカモフラージュを装備したのである。
 ライアは本気だった、Sランクの冒険者を連れて行われる「殲滅作戦」など、『女王』とは比較にならない程注目されるに決まっているし危険も伴う。
 故に絶対参加する訳にはいかない、そしてそれ以上にサティ市で死ぬ程働かされた上で体がもうこれ以上働きたくないと悲鳴を上げていた、故にそんなライアが取る行動は一つだった。
 ライアは詐欺師のスキルを十全に発揮して、一切の嘘の匂いを感じさせること無く重傷者を演じて見せた。
 それは【心眼】を持つウーナでさえ見抜けない程に精巧で、本物と区別がつかないものだった。

「ははっ、大した怪我じゃないんだけどね、昨日ケロベロスバウンドドッグから逃げる途中で崖から落ちちゃってね、まぁその時は頑張れば歩けない程じゃ無かったんだけど、まぁ痛いなぁって思ってメリーさんに見て貰ったらやっぱり折れてて・・・、回復魔法で治療もして貰ったんだけど、やっぱり治るのに時間かかるみたいで、それで今はちょっと見苦しい格好になった訳なんだ」

「こんな大怪我を追うほどの激闘だったのん?、しかも折れた脚でメアを抱えて逃げ切ったのん?」

「ははっ、流石に崖の下までは追って来なかったよ、それに折れたって言っても途中から痛みなんて感じなかったし、・・・っと、ごめん服の中に虫が入ったみたいなんだ、クロ、取ってくれるかな」

「分かったのん、服をめくるのん」

 クロは松葉杖で両手が塞がってるライアに代わり、ライアの服の中にいる虫を取ろうと服を捲った。
 そしてそこで更に戦慄する。

「服の下、歯型でいっぱいなのん、全身に噛み跡がついいてて、膿んで腫れてるのん、虫じゃないのん、膿なのん・・・っ!」

 シャツを捲って露になったライアの胴体、それは直視に耐えない程に無数の魔物の歯型が付けられていた。
 一体何体の魔物を相手に戦ったのか、その胴体を見るだけでライアの激闘が嘘では無いと、噛み跡が如実に語ってくれる。
 クロはその生々しい傷を見せられてべそをかき始めた。

「ああ、ごめん、そんなつもりじゃなかったんだけど・・・、蛆でも湧いてるのかな、体が痒くて仕方ないんだ、ほんと、怖がらせるつもりは無かったんだよ、まぁマゴットセラピーとも言うし、蛆くらいは我慢するよ、ごめんねクロ、嫌な事頼んで」

「うぅ・・・、嫌じゃないのん、ライアが頼むなら蛆くらい取ってあげるのん、だからライア、死んじゃ嫌なのん!」

 クロはそこで大べそをかきながらライアに抱きついた。
 ライアは内心でガッツポーズをしながら演技を続ける。

「ははっ、大袈裟だなぁクロは、父さんなんてドラゴンに襲われて全身複雑骨折から生還したんだし、こんなのかすり傷みたいなもんだよ、でもありがとうクロ、こんな俺の事を心配してくれて、おかげで早く治さなきゃって元気が湧いてくるよ」

「うわあああああああああん」


「ゆ、勇者様・・・」

 今度はメアが話しかけた。
 勿論、この場で言葉が通じてるのはライアだけである。

「ああ、メア、よかった、無事だったんだね、怪我は無かったかい?」

「はい、お陰様で・・・、あの、私!」

 メアはライア一人に負担を押し付けた事、補佐する役目なのに重荷になってしまった事、ライアは正しかったのに反抗してしまった事、その全てに詫びようとして言葉を探したが見つからず、どうしようも無くて涙を流した。

「私、その、ぐすっ、勇者様に、謝りたくて・・・っ、ひくっ」

 そんなメアにライアは、爽やかで裏表の無い菩薩のような笑顔で微笑みかけた。

「メア、何も気にしなくていいんだよ、だってお互い無事に帰ってこれたじゃないか、メアだって辛かったのに気絶するまで歩いてくれたし、俺はメアはよくやったと褒めたいくらいで、謝る事なんて何も無いよ」

 仮病なのだから気にするもクソも無いのだが、ライアは最大限自分の好感度を上げつつ恩を着せられる言葉を選んで発した。

 それによりメアは、このただ一度の嘘だけで、いつ命を賭けてもいいと思えるくらいに

 ──────────落ちた。

「ううっ、うっ、勇者様、これからは私、何があっても勇者様に従います!、もう二度と勇者様を疑ったりしません、何処へでも一生ついて行きます!」

 ライアは内心で2度目のガッツポーズをしながら演技を続ける。
 順調過ぎて笑いを堪えるのに必死になって来ているが、【心眼】持ちのウーナがいる為に微塵の緩みも見せる訳にはいかなかった。

 そんなライアの様子にすっかり絆され騙されてウーナとシェーンも同じように、ライアの株を上げてしまっていた。

「まさか猫の為に命を懸けるなんて、本当に、常識では測れないお人ですね、賞賛に値しますよ」

「ああ、お前すごい奴だよ、詫びさせてくれ、お前は蛆虫なんかじゃねぇ、魔族の中でも胸を張れる、立派なおとこだ」

「そんな・・・、俺は賞賛されるような事は何もしていませんし、手柄だって立てちゃいない、むしろ殲滅作戦から外れて心苦しいばかりですよ」

「だとしとても、あなたの勇気と気高さは、賞賛に値します」

「そうだ、命が懸かった状況で他人の命を背負えるなんて並大抵の神経じゃ出来ねぇ、だからお前はすごいし、誇ってもいいんだ、アタシが保証する、お前は凄い奴だ」

 これから上手く欺いて誘導する予定である二人から思いがけず信用を得られた事に内心ほくそ笑みながら、笑いを必死に堪えてライアは演技を続けた。

「ありがとうございます、そう言って貰えると、俺も少し救われた気持ちです・・・、おっと無駄話が過ぎましたね、用があるのでしょう、先ずは上がってください」

 一行はライアに促されるままに敷居を跨いだ。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる

よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です! 小説家になろうでも10位獲得しました! そして、カクヨムでもランクイン中です! ●●●●●●●●●●●●●●●●●●●● スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。 いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。 欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・ ●●●●●●●●●●●●●●● 小説家になろうで執筆中の作品です。 アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。 現在見直し作業中です。 変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。

男女比がおかしい世界の貴族に転生してしまった件

美鈴
ファンタジー
転生したのは男性が少ない世界!?貴族に生まれたのはいいけど、どういう風に生きていこう…? 最新章の第五章も夕方18時に更新予定です! ☆の話は苦手な人は飛ばしても問題無い様に物語を紡いでおります。 ※ホットランキング1位、ファンタジーランキング3位ありがとうございます! ※カクヨム様にも投稿しております。内容が大幅に異なり改稿しております。 ※各種ランキング1位を頂いた事がある作品です!

貴族家三男の成り上がりライフ 生まれてすぐに人外認定された少年は異世界を満喫する

美原風香
ファンタジー
「残念ながらあなたはお亡くなりになりました」 御山聖夜はトラックに轢かれそうになった少女を助け、代わりに死んでしまう。しかし、聖夜の心の内の一言を聴いた女神から気に入られ、多くの能力を貰って異世界へ転生した。 ーけれども、彼は知らなかった。数多の神から愛された彼は生まれた時点で人外の能力を持っていたことを。表では貴族として、裏では神々の使徒として、異世界のヒエラルキーを駆け上っていく!これは生まれてすぐに人外認定された少年の最強に無双していく、そんなお話。 ✳︎不定期更新です。 21/12/17 1巻発売! 22/05/25 2巻発売! コミカライズ決定! 20/11/19 HOTランキング1位 ありがとうございます!

誰一人帰らない『奈落』に落とされたおっさん、うっかり暗号を解読したら、未知の遺物の使い手になりました!

ミポリオン
ファンタジー
旧題:巻き込まれ召喚されたおっさん、無能で誰一人帰らない場所に追放されるも、超古代文明の暗号を解いて力を手にいれ、楽しく生きていく  高校生達が勇者として召喚される中、1人のただのサラリーマンのおっさんである福菅健吾が巻き込まれて異世界に召喚された。  高校生達は強力なステータスとスキルを獲得したが、おっさんは一般人未満のステータスしかない上に、異世界人の誰もが持っている言語理解しかなかったため、転移装置で誰一人帰ってこない『奈落』に追放されてしまう。  しかし、そこに刻まれた見たこともない文字を、健吾には全て理解する事ができ、強大な超古代文明のアイテムを手に入れる。  召喚者達は気づかなかった。健吾以外の高校生達の通常スキル欄に言語スキルがあり、健吾だけは固有スキルの欄に言語スキルがあった事を。そしてそのスキルが恐るべき力を秘めていることを。 ※カクヨムでも連載しています

スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活

昼寝部
ファンタジー
 この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。  しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。  そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。  しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。  そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。  これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。

処理中です...