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第1章 P勇者誕生の日
第8話 聖女派の聖騎士 ウーナ
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「ハイサイ、フエメ親方、お久しぶりサー」
正午、俺は予定通り、冒険者ギルドの入り口にてフエメと落ち合った。
勿論、フエメと会話する時の護身術として語尾も忘れない。
悠々と遅れてきたフエメは挨拶も返さずに俺を一瞥すると、隣に立っているディメアに視線を向ける。
「・・・その化け猫は一体何なのかしら、確か、昨日残飯を漁っていた野良の筈よね、まさかそれを飼うつもりなのかしら・・・?」
フエメのその発言からやはりディメアは他人には二足歩行をする人間サイズの猫に見えていると知り、客観的にそれがどれだけ珍妙な姿か想像してみるが、俺から見えるディメアの姿はどこまでも見目麗しいプリンセスなので、上手く想像するのは難しかった。
そして残飯漁りはやはりというか、フエメに気付かれる程に騒がしかったらしい、いや、あの残飯はもしかしたらフエメが仕掛けていたものの可能性もあるとこの時になって思い至ったが、だがフエメがそれをする理由も無いので多分無関係だろう。
「なんくるないサー、この子は猫の国のお姫様で、猫の国が魔王軍の襲撃で滅亡してそれで路頭に迷ってたサー、うちなんちゅは助け合いサー、だから面倒見る事にしたサー、ほらメア、挨拶するサー」
俺がそう促すと、ディメアは無感情に従って王族らしい丁寧な所作で挨拶した。
「初めまして、紹介に預かりました【姫君】、ディメア・アンデスと申します」
挨拶を受けたフエメの反応は驚いているようだった。
「まさか貴方、猫の言葉が分かるというの・・・?、いやまさか、・・・でもこの化け猫は明らかに犬の言葉に従っていた、つまり動物の言葉を理解出来るジョブかスキルであるという事になる・・・?」
この反応からして、ディメアが俺以外には猫に見えていて、言葉が通じないというのは間違い無いようだ。
フエメで試すのは賭けになったが、まぁいざとなれば誤魔化しようがあった故の賭けだった。
「フエメ親方、化け猫じゃなくてメアと呼んであげるサー、それにメアは賢いから人間の言葉を理解出来るサー、試しに何か話して見るサー」
取り敢えずフエメにメアが有用な存在である事をアピールして少しでも興味を持って貰えるように仕向ける。
そうすればメアの事をフエメがペットとして飼ってくれる可能性もあるかもしれないからだ。
俺がそう言うとフエメはディメアに嫌そうな顔で手を差し出した。
「・・・お手」
しかしメアは生気の無い瞳で虚空を見つめたまま動かなかった。
「どうしたメア、お手するサー、言葉は通じてる筈サー?」
俺は俯いたたまま微動だにしないディメアに早くしろと強要する。
「あの、私、これでも王女なんですよ、それなのにこんな人前で・・・」
と、ディメアは王女としては当然の、しかし俺の協力者としては不適切な言葉で答えた。
それに対して俺はディメアの耳元で小声で囁く。
「この場でお前を王女だと思ってる奴は俺を含めて一人もいない、だからやれ、俺達が生きる為に必要な事だからだ、それでもお前は王女としてのプライドの方が大事か、だったら俺にとってお前は不要だ、人語を理解する猫として見世物小屋に売り払ってやる」
と、本当はもっと血も涙もないセリフでプライドを粉々にした上で脅迫し、強要する事も出来たが、敢えて少しだけ言葉を選んで、自らやりたいと、やるしかないと思わせる方向性でけしかけた。
こう言うとディメアはぎゅっと目を閉じた後に、にゃあと鳴きながらお手をした。
「・・・なんだか、ものすごい背徳感のようなものを感じるのだけど、この化け猫、実は人間だったりとかはしないわよね」
鋭いフエメがそう言ったので俺は小声で「否定しろ」とディメアに囁き、ディメアは首を横に振ってそれを否定した。
「メアは猫の国のお姫様サー、だから王女としてのプライドがあったサー、でもフエメ親方に逆らうと怖いからって、事情を説明してお手させたサー、だからメアはプライドが邪魔して嫌がってただけサー」
「そうだったの、それは悪い事をしたわね・・・」
珍しくフエメが殊勝な態度を見せるが、それでメアの存在を納得したかは微妙な所だ。
故に俺は颯爽と話題を変える。
「それより冒険者についての情報交換するサー、時間は有限サー、メアの話なら帰り道でいくらでも出来るサー」
俺がそう言うと、フエメもメアに対する興味はそれほどでも無いのか「そうね」と頷いてギルドの中に入っていった。
「それで、一日も使ったのだから一つくらいは有用な情報を集めたのかしら」
俺はフエメが到着する前にギルドであらかたの情報を集めていたので自信満々に頷いた。
「勿論サー、冒険者パーティ「グリフォニア」20歳くらいの男女四人のパーティーで、若手の成長株サー、Bランクだが実力はカウカウワイバーンのネームドを倒すくらいでAランク相当の物があり、実力、評判ともに文句無しの今雇える中では最高の冒険者サー、さっきメンバーの一人と交渉してみたけど、400万デンなら喜んで引き受けるって言ってたサー、だから後はフエメが承認するだけでこの依頼はまとまるサー」
「Aランク相当のBランク、ね、まぁ無難な選択だと思うけれど、貴方の本気ならAランクの冒険者を雇う事だって出来るんじゃないのかしら、折角街まで連れてきてあげた上に時間まであげたのだからもう少し努力して欲しい所ね」
と、フエメは俺の苦労も知らずに暗に「気に入らないからもっと好条件の冒険者を見つけて来い」と告げた。
そう、これがフエメ・ファタール、【女傑】であり生粋の悪女である女の本領発揮なのである。
勿論俺は抗議した、ギルドの職員にも質問したが、今グリフォニア以上に優良な冒険者はいないとお墨付きも貰っていた、ここで反対しているのは単にフエメが退屈しているから、おそらくそれだけの理由なのだ。
「今街にいる中ではグリフォニアが一番強い、それに僕たちには時間が無いサー、だからここで冒険者を厳選して得られる利益よりも、『女王』によって村から奪われる被害を抑える方を優先するべきサー」
「ふぅん、一番強い、ね、じゃあもし、その低ランより強い人間が、この街にいるとしたら?」
その質問は謎かけのようだった。
少なくとも、ギルドに加入している冒険者においてはグリフォニアがもっとも優秀でバランスがいいのは確かだ。
そしてギルドに所属するAランク冒険者の多くはこの街のような王国の西側の商人からの依頼が多い街よりも、派閥である聖女の元で武功や名声を得る為に戦う為に中央の王都や魔王前線のある東方面に出向く。
だからこの街にいる強い人間と言われて思い浮かぶ存在などは俺の想像力では一人もいない。
だがフエメからしてみれば、彼女個人の実力ならばBランク相当の能力があってもおかしくない、だからBランクでは満足出来ない。
なぜフエメがそんなに強いのかというと、フエメの特産品であるロイヤルライチは食べるだけで経験値と魔力を底上げする事まで出来るので、それを毎日食べてるフエメのステータスは偏りがありつつも高ランク相応になっている筈だからである。
だからフエメの立場で言えば、自分より劣る人間に金を払って雇うのは気に食わない、という話なのかもしれない。
だとして、この街に単体でフエメより強い人間がいるか?、いや、【女傑】は超激レアジョブであり、それに比肩するようなレアジョブ持ちならば直ぐに噂が広まるし、周知される。
だからランク、レベル、ジョブのレア度、いずれかにしろフエメを上回る人間がこの街にいるとは到底考えられなかった。
俺は謎かけに降参しフエメに答えを聞いた。
「・・・僕は知らないサー、だからAランク相当の冒険者がいるのだとしたら教えて欲しいサー」
「そう、まぁ犬は所詮犬だものね、こういう情報戦には疎くても仕方ないか、メル」
手駒になる信者を千単位で持ち、各地にネットワークを持つようなフエメと情報戦で勝負になる訳無いのだから、わざわざ確認する手間など省いて教えてくれても良いのだが、俺は黙ってメルが呼びにいった何者かが到着するのを待った。
その人物は近くのホテルに宿を取っていたようで、メルが戻って来て数分後に遅れてやってきた。
ミスリル製の豪華な鎧に身を包んだ若い女が、やる気の無い半目の寝ぼけ眼でこちらと視線を重ねる。
どうやらこの覇気もやる気も感じられないような女騎士が、フエメの示した人物らしい。
確かに着ている鎧だけならAランク相当のものに間違いないが、ミスリルの鎧なら金さえあれば誰でも買える、故にランク詐欺装備の筆頭でもあった。
俺は先ず疑う事から始め、彼女が何者なのか、それを彼女の反応で確かめる事にした。
「───────失礼します」
神速のねこだまし、から、彼女の腰に下げられた剣の奪取。
本当は無礼討ちを恐れずにビンタかカンチョーくらいの直接的な攻撃で本気を引き出させてやりたいが、女性相手にそういうわざとプライドを傷つける駆け引きをするのは気が引けたので、仕方なく剣を奪う程度に抑えておく。
彼女はねこだましに怯みはしなかったが、剣を奪われる事に対応もしなかった。
わざわざ失礼しますと予告して動いたのに無反応、これは、強者故の余裕なのか、それとも能ある鷹は爪を隠すという奴なのか、どちらにせよ、俺の試みは全くの無意味となってしまった。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
互いに無言、女は半目で愛想笑いを浮かべているが、その感情は全く読めない。
俺はこのまま終わらせるべきか一瞬考えてから、取り敢えず抜き取った彼女の剣を観察して見る事にした。
少なくともAランク冒険者ならば、鎧よりも剣の方に金をかけて、いいものを使っていると思ったからだ。
「・・・白金の十字剣、という事はジョブは【聖騎士】で上位職、武器自体は珍しいものでは無いけど、高価な装備を買えるのならAランク相当なのは間違いない、か」
正直、装備だけで判断するのならば試すような仕掛けは必要無いのだが、これ以上の無礼は相手が本当にAランクだった場合に於いては命取りだ、故に俺は謝罪して剣を返すと女はにこにこと愛想笑いを浮かべたまま謝罪を受け入れた。
「いきなり仕掛けるなんて躾がなっていないわね、犬には見かけで実力を判断する能力が備わっていないのかしら」
「僕は嘘には敏感だけど人の本質や実力を見抜く能力は無いサー、だから試すしか無かったサー」
そう言うと女は少し思案した後にこう提案して来た。
「ふむ、事情は分かりませんが私の実力を疑われていたのですね、ならどうでしょう、私と一度手合わせしてみますか、そうすれば言葉より正確に語り合う事が出来ましょう」
と、女はいきなり好戦的な事を言い出した。
「あら、それは面白そうね、犬、やりなさい」
「待つサー、レベル7【モンク】の僕に高ランク冒険者の相手が務まる訳無いサー、実力を測るならフエメがやるべきサー」
「何言ってるの、私は彼女の実力なんて分かってるわよ、ただ躾のなっていない犬が蹴飛ばされる様を鑑賞したいだけ、だからやりなさい」
「嫌サー、昨日散々タダ働きさせられたのに、今日一発目から戦わされるなんて酷すぎるサー、せめてファイトマネーくらい出すサー」
「しょうが無いわね、だったら犬が私を楽しませる試合をしたなら、銀貨1枚くらいのチップはあげるわ、そうね、一矢報いるだけでいいわ、どんなに卑劣で虚弱な一撃でも、一撃与えるだけで犬の勝ちにしてあげる」
「それってつまり、僕がどんな手を使っても彼女に勝てる訳が無いと思っているサー?、つまり彼女は正真正銘Aランク以上の存在って事になるのかサー?」
まぁ一撃で終わるのなら悪い話でも無いが。
「それを説明する前に仕掛けたのは貴方でしょう、それに実力が知りたいのなら決闘するより早い方法なんて無いと思うけど」
確かに、小細工で実力を測ろうとした俺にも非があった。
ただ俺には人の本性を見抜く審美眼は無いが、直感的に胡散臭いと思える輩だけは同族の匂いみたいなのを感じ取れる。
それ故に彼女を胡散臭いと思い、試すしか無いと判断した訳である。
俺は彼女を試すなら好機と思い、ギルドで初心者に貸し出している銅の剣を二つ借り受けると、一つを女に渡してギルドの表に出た。
「おい、決闘するってよ」
「面白そうだな、賭けるか!」
「どう見ても女の方が強そうだろ」
「だが、男の方は一撃与えるだけでいいみたいだぞ」
話を聞いていたのかギルドにいた他の冒険者達も、野次馬となり俺達の決闘を見学し始めた。
注目されているとやり辛いが、まぁどうせ俺はまともに剣術を学んだ事も、達人と手合わせした経験も無い。
そんな俺にまともな試合を期待するだけ無駄だと言う事をギャラリー達に見せつけてやろう。
そんな心境で剣を構えると、女は不気味な愛想笑いを浮かべたまま話しかけて来た。
「剣術は素人ですか?、だとするのならばこちらは一太刀受けるまでは受けに回りましょう、どうぞ、お好きに打ち込んで来て下さい」
どうやら俺の構えの不格好さから俺が素人であると即座に見抜いたらしい、女は最初から全力を出す必要も無いという風に、こちらに先手を譲る。
「では、お言葉に甘えて、本気で行きますよ?」
俺はその言葉に精一杯甘える事にした。
これがただの手合わせならば、卑怯な手を使うまでも無く、素直に実力を発揮して、順当に負ければいい話であるが。
俺が知りたいのは得体の知れない女の本性であり、そこを暴きたいというのが俺の目的。
であるのならば、卑劣で反則的な手だとしても、女を追い詰められるのであればした方がいい。
だから俺は女のその言葉に甘えるが如く、一太刀与えられる間合いまで歩いて近づくと、女に背を向けて後ろ向きに構える。
「今から一太刀入れるので、そこから動かないでくださいね」
本気でやるということは勝つ為ならあらゆる手段を用いるという事だ。
女が一太刀受けるまでこちらに干渉して来ないというのなら、こちらはその一太刀に奇策と王道と全力を注ぎ込んで、一発勝負で決めると言うだけの話。
「おいおい、あんちゃん間合いに入ったと思ったら敵に背を向けて、何をするつもりだ」
「普通先手を譲って貰ったなら、助走をつけて全力の一撃を叩き込むのがセオリーだろ、なのに背を向けるなんて意味が分からないぜ」
「いや、普通ならそうするが、素人のあんちゃんが高ランクに勝てるとしたら、奇策、奇襲、邪道に頼るしかない、だから敢えて背を向ける事で敵に太刀筋を隠す目論見なんだろうよ」
「とは言ってもよう、相手の姿が見えないんじゃ振り向きざまに一撃放つとしてもあんちゃんが不利なんじゃないのか?相手はあんちゃんが振り向いてから後出しする権利があるんだぜ」
「そうだな、だが正攻法ならどう足掻いても素人のあんちゃんには勝ち目が無い、だから奇策を打つ、それこそ、先ず最初にするべき事、だから是非は結果が出るでは分からんさ」
野次馬達が口々に騒ぎ立てるが、俺は呼吸を整えて何処吹く風と言ったふうに脱力した。
これは、確実に不意打ちを作る為の策である。
例えば、目の前に銃口を突きつけられた状態でいつ来るか分からない攻撃の回避に三十分間集中し続けるのと、間合いの外から敵が動作に入ってから回避に集中するのとでは、その集中力の消耗には大きな差が生じる。
だから敢えて間合いの中でタメを作らずに、しかしいつでも一動作で攻撃が出来る状態を作り出す事。
それこそが相手に対してもっとも効果的でいやらしい手であり、俺に出来る最大限の策であった。
脱力した状態で相手が少しでも気を緩めるまでしばらく待機する、女の動きは気配で読むしかないが、背後にある気配は確かに感じられた。
しばらくそうしていると不審に思ったのか女が言葉をかけてきた。
「ふむ、奇襲をしたいという狙いは分かりますが、こちらはそもそも目を開けていないので、背中を向ける必要はありませんよ」
「な、暗闇の中でも敵が見えるという【心眼】スキル持ちなのか・・・、だとすれば確かに俺の奇策は通じないが」
「ええ、それもありますが、私には【身勝手の極意】が備わっていますから、もし仮に一撃加えたいとするのならば、技ではなくこの肉体をへし折るほどの力でねじ伏せるしか方法は無いですよ」
「・・・わざわざそれを俺に教えてくれるのか」
「ええ、ちょっとした手心です、私としては実力を見せるのが目的なのでそちらの引き出しの中にある最高の策をねじ伏せてこそ意味があるので、だから・・・本気で来てくださいね」
──────と、彼女が語りかけたその言葉には、得体の知れない強制力のようなものがあった。
威圧による脅威や、話術による誘導とは違う、もっと胡散臭くて強制的に働きかけるような何か。
そう、俺の感じた不信感の一端は、確かにその一言の中に片鱗を見せていた。
しかし俺はその強制力のある言葉に逆らえず、呼吸を消し、音を漏らさず、筋肉を指先まで操るような感覚で、時間が止まったとも思えるような思考の加速の中。
一種の覚醒、ゾーンに入ったかのような肉体の閃きに従い、半歩踏み込み、俺に放てる最高の一撃を、その強制力によって放ってしまう。
自分が洗脳的な命令をされたとも自覚出来ないほどの一瞬の閃きにして、取り返しのつかない思考誘導。
俺の体は間違いないなく人を殺せる速度で女に一撃を叩き込んでいた。
振り向き様に姿を捉えた女は構えておらず、そしてこちらを見てもいなかった。
このままでは女に致命傷を与えてしまう、だが、軌道を逸らせば鎧に当たって防ぐ事も叶う、故に俺は迷うこと無く振り抜く事にした。
それがコンマ1秒の世界で捉えた俺の認識。
だが、当然女はそれを上回り、ゼロゼロコンマ1秒を走る動作で、直撃する寸前の返しで、俺の一太刀を受け切る。
華麗に、見事に、完膚無きまでに、俺が放った俺には上出来過ぎる一撃を、女は戦闘技術の粋を集めたような流麗な動きで、一縷の無駄も無い洗練された動作で、こちらに反撃の糸口すら与えさせないカウンターでパリィした。
「─────セイっ」
この一連の動作だけで実力を示すには十分だと思ったのか、女はがら空きとなった俺の首筋に流れるような動作で斬りかかる。
──────ここで決着をつけておけば良かったと、後に俺は後悔する事になるが。
女の恐らく【挑発】もしくは【鼓舞】のスキルだろう、どんな細工かは知らないが、その時の俺は妙に冴えていて、その寸止めが約束されていた手ぬるい一撃に対して脅威を感じず、ならばとお小遣いの為に躱して一撃与える事を優先させてしまった。
単純な損得の話だった、拾える金は拾う、それくらいの軽はずみな気持ちで、俺は彼女の攻撃を見切って、一撃を返してしまう。
スローモーションのように映る世界の中で、女の剣は寸止めする為に両手で握り、短く振られているのを確認する。
故に俺はその弱点をつくように片手で握り込むと、間合いの外に逃れながら、剣の切っ先だけが彼女の胴体に触れるように、しかし半端な回避を許さない全力で思い切り打ち込んだ。
金属が折れる、耳障りで頬を刺すような重厚音が響いた。
そう、ミスリルの鎧に打ち込んだ銅の剣は、先端が触れただけのその衝撃で折れてしまっていた。
男女の体格差故に、俺の認識より僅かに深く、女の鎧に剣を届かせてしまったのだ。
・・・やってしまったと気づいたのは打ち込んだ後の話だった。
女の着ているミスリルの鎧は僅かだが抉れていた、それ程の衝撃なら、肉体へのダメージも相当のものだろう、完全にやり過ぎていた。
「くふっ、油断したのはこちらと言え、容赦なく肋の一本を持っていきましたね」
「・・・ごめんなさい、治療費はフエメが出すので、その・・・本当にすいませんでした」
ミスリルの鎧で無ければへし折られていたのは剣ではなく彼女の方だったろう、意外にも不器用に繰り出した俺の一撃にはそれだけの威力を秘めた感触があった、だから肋骨で済んだのは幸運と言っていい。
だがやはり初対面の女の肋骨を折るなど、流石に男子として許されない行いだ。
しかもただの手合わせで、こんな卑劣な不意打ちで全力を出していい訳が無い。
俺は卑怯でも相手の裏をかいたなら勝ってもいいと、それが本気で勝つと言う事だと、やる前までは正当化出来ていたのに、いざ実行してみればその後味の悪さにいたたまれなくなっていた。
しかし女は愛想笑いを絶やさず、されどどこか裏を感じさせるような調子で、ほほ笑みかける。
「いえ、素晴らしい一撃でした、尋常ならざるセンスのようなものを感じます、これで【モンク】なのだとしたら実に興味深い、剣術の心得などはあるのですか?」
その質問に自己流とか、今日初めて真面目に決闘したとか正直に言ってしまうと疑問を持たれると思い、「父親に教わって多少の心得がある」とだけ答えた。
「ふむ、ではそのお父上に引き合わせて頂けますか、そのお礼としてあなた方の頼み事を一つ承りましょう」
「・・・え?」
女はどこまでも得体の知れない愛想笑いを浮かべたまま、そう提案して来た。
いくら回復魔法で直ぐに直せると言えども、自分の肋骨を折った男に対してこの対応は不自然である、一方的に要求を申し入れてもいいくらいなのに、わざわざ条件を引き受けるというのか。
仮に彼女が剣術に人並外れた執着があり、剣の達人とあれば地の果てまで訪ねて弟子入りする、それくらいの事情でなければ納得できないような話だった。
俺は有り得ないような好条件を出した女に対して普通は二つ返事で引き受ける所を迷っていると、横からフエメが口出しして来た。
「何を心配しているのか知らないけれど、彼女が私達にとって害になる事は無いはずよ、そうよね」
フエメのその言葉に女は頷き、こう答えた。
「私は聖女様の密命を受けてちょっとした探し物をしているだけですから、世を救う為に動いてるだけで、心配する事は何もありませんよ」
「・・・探し物?」
聖女の捜し物だったら十中八九【勇者】か、そうでなければ最強の魔術師とか剣士などの腕の立つ人間だろうか。
だとして、この女を村に連れていく事には賛成出来ないどころか、俺にとっては脅威以外の何者でも無い。
しかし女はそんな俺の不安に対しての答えはくれなかった。
「ええ、故あって特命故に詳細は話せませんが、絶対に見つけなければいけないような、そんな探し物です、だから聖女様の為に、私に協力して頂けませんか、勿論、そちらの任務にも協力します」
聖女の為、そう言われて断れるような理由は簡単に出せるものでは無い。
故に仕方なく、俺は女の提案を一時的に引き受ける事にした。
まぁいざとなれば、片道50キロと言えども、村に来てから理由をつけて追い出すか、フエメに面倒みさせればいいだけの話だ。
「聖女の為とあっては【モンク】の俺にも協力する理由としては十分か、分かった、よろしく頼む、ンシャリ村の何でも屋の息子ライア・ノストラダムスだ」
「ではよろしくお願いします、【剣極】ウーナ・リッテラです」
【剣極】、【剣豪】でも【聖騎士】でも無いそのジョブの本領と、聖女の配下である彼女の本性を、この後俺は知ることになる。
正午、俺は予定通り、冒険者ギルドの入り口にてフエメと落ち合った。
勿論、フエメと会話する時の護身術として語尾も忘れない。
悠々と遅れてきたフエメは挨拶も返さずに俺を一瞥すると、隣に立っているディメアに視線を向ける。
「・・・その化け猫は一体何なのかしら、確か、昨日残飯を漁っていた野良の筈よね、まさかそれを飼うつもりなのかしら・・・?」
フエメのその発言からやはりディメアは他人には二足歩行をする人間サイズの猫に見えていると知り、客観的にそれがどれだけ珍妙な姿か想像してみるが、俺から見えるディメアの姿はどこまでも見目麗しいプリンセスなので、上手く想像するのは難しかった。
そして残飯漁りはやはりというか、フエメに気付かれる程に騒がしかったらしい、いや、あの残飯はもしかしたらフエメが仕掛けていたものの可能性もあるとこの時になって思い至ったが、だがフエメがそれをする理由も無いので多分無関係だろう。
「なんくるないサー、この子は猫の国のお姫様で、猫の国が魔王軍の襲撃で滅亡してそれで路頭に迷ってたサー、うちなんちゅは助け合いサー、だから面倒見る事にしたサー、ほらメア、挨拶するサー」
俺がそう促すと、ディメアは無感情に従って王族らしい丁寧な所作で挨拶した。
「初めまして、紹介に預かりました【姫君】、ディメア・アンデスと申します」
挨拶を受けたフエメの反応は驚いているようだった。
「まさか貴方、猫の言葉が分かるというの・・・?、いやまさか、・・・でもこの化け猫は明らかに犬の言葉に従っていた、つまり動物の言葉を理解出来るジョブかスキルであるという事になる・・・?」
この反応からして、ディメアが俺以外には猫に見えていて、言葉が通じないというのは間違い無いようだ。
フエメで試すのは賭けになったが、まぁいざとなれば誤魔化しようがあった故の賭けだった。
「フエメ親方、化け猫じゃなくてメアと呼んであげるサー、それにメアは賢いから人間の言葉を理解出来るサー、試しに何か話して見るサー」
取り敢えずフエメにメアが有用な存在である事をアピールして少しでも興味を持って貰えるように仕向ける。
そうすればメアの事をフエメがペットとして飼ってくれる可能性もあるかもしれないからだ。
俺がそう言うとフエメはディメアに嫌そうな顔で手を差し出した。
「・・・お手」
しかしメアは生気の無い瞳で虚空を見つめたまま動かなかった。
「どうしたメア、お手するサー、言葉は通じてる筈サー?」
俺は俯いたたまま微動だにしないディメアに早くしろと強要する。
「あの、私、これでも王女なんですよ、それなのにこんな人前で・・・」
と、ディメアは王女としては当然の、しかし俺の協力者としては不適切な言葉で答えた。
それに対して俺はディメアの耳元で小声で囁く。
「この場でお前を王女だと思ってる奴は俺を含めて一人もいない、だからやれ、俺達が生きる為に必要な事だからだ、それでもお前は王女としてのプライドの方が大事か、だったら俺にとってお前は不要だ、人語を理解する猫として見世物小屋に売り払ってやる」
と、本当はもっと血も涙もないセリフでプライドを粉々にした上で脅迫し、強要する事も出来たが、敢えて少しだけ言葉を選んで、自らやりたいと、やるしかないと思わせる方向性でけしかけた。
こう言うとディメアはぎゅっと目を閉じた後に、にゃあと鳴きながらお手をした。
「・・・なんだか、ものすごい背徳感のようなものを感じるのだけど、この化け猫、実は人間だったりとかはしないわよね」
鋭いフエメがそう言ったので俺は小声で「否定しろ」とディメアに囁き、ディメアは首を横に振ってそれを否定した。
「メアは猫の国のお姫様サー、だから王女としてのプライドがあったサー、でもフエメ親方に逆らうと怖いからって、事情を説明してお手させたサー、だからメアはプライドが邪魔して嫌がってただけサー」
「そうだったの、それは悪い事をしたわね・・・」
珍しくフエメが殊勝な態度を見せるが、それでメアの存在を納得したかは微妙な所だ。
故に俺は颯爽と話題を変える。
「それより冒険者についての情報交換するサー、時間は有限サー、メアの話なら帰り道でいくらでも出来るサー」
俺がそう言うと、フエメもメアに対する興味はそれほどでも無いのか「そうね」と頷いてギルドの中に入っていった。
「それで、一日も使ったのだから一つくらいは有用な情報を集めたのかしら」
俺はフエメが到着する前にギルドであらかたの情報を集めていたので自信満々に頷いた。
「勿論サー、冒険者パーティ「グリフォニア」20歳くらいの男女四人のパーティーで、若手の成長株サー、Bランクだが実力はカウカウワイバーンのネームドを倒すくらいでAランク相当の物があり、実力、評判ともに文句無しの今雇える中では最高の冒険者サー、さっきメンバーの一人と交渉してみたけど、400万デンなら喜んで引き受けるって言ってたサー、だから後はフエメが承認するだけでこの依頼はまとまるサー」
「Aランク相当のBランク、ね、まぁ無難な選択だと思うけれど、貴方の本気ならAランクの冒険者を雇う事だって出来るんじゃないのかしら、折角街まで連れてきてあげた上に時間まであげたのだからもう少し努力して欲しい所ね」
と、フエメは俺の苦労も知らずに暗に「気に入らないからもっと好条件の冒険者を見つけて来い」と告げた。
そう、これがフエメ・ファタール、【女傑】であり生粋の悪女である女の本領発揮なのである。
勿論俺は抗議した、ギルドの職員にも質問したが、今グリフォニア以上に優良な冒険者はいないとお墨付きも貰っていた、ここで反対しているのは単にフエメが退屈しているから、おそらくそれだけの理由なのだ。
「今街にいる中ではグリフォニアが一番強い、それに僕たちには時間が無いサー、だからここで冒険者を厳選して得られる利益よりも、『女王』によって村から奪われる被害を抑える方を優先するべきサー」
「ふぅん、一番強い、ね、じゃあもし、その低ランより強い人間が、この街にいるとしたら?」
その質問は謎かけのようだった。
少なくとも、ギルドに加入している冒険者においてはグリフォニアがもっとも優秀でバランスがいいのは確かだ。
そしてギルドに所属するAランク冒険者の多くはこの街のような王国の西側の商人からの依頼が多い街よりも、派閥である聖女の元で武功や名声を得る為に戦う為に中央の王都や魔王前線のある東方面に出向く。
だからこの街にいる強い人間と言われて思い浮かぶ存在などは俺の想像力では一人もいない。
だがフエメからしてみれば、彼女個人の実力ならばBランク相当の能力があってもおかしくない、だからBランクでは満足出来ない。
なぜフエメがそんなに強いのかというと、フエメの特産品であるロイヤルライチは食べるだけで経験値と魔力を底上げする事まで出来るので、それを毎日食べてるフエメのステータスは偏りがありつつも高ランク相応になっている筈だからである。
だからフエメの立場で言えば、自分より劣る人間に金を払って雇うのは気に食わない、という話なのかもしれない。
だとして、この街に単体でフエメより強い人間がいるか?、いや、【女傑】は超激レアジョブであり、それに比肩するようなレアジョブ持ちならば直ぐに噂が広まるし、周知される。
だからランク、レベル、ジョブのレア度、いずれかにしろフエメを上回る人間がこの街にいるとは到底考えられなかった。
俺は謎かけに降参しフエメに答えを聞いた。
「・・・僕は知らないサー、だからAランク相当の冒険者がいるのだとしたら教えて欲しいサー」
「そう、まぁ犬は所詮犬だものね、こういう情報戦には疎くても仕方ないか、メル」
手駒になる信者を千単位で持ち、各地にネットワークを持つようなフエメと情報戦で勝負になる訳無いのだから、わざわざ確認する手間など省いて教えてくれても良いのだが、俺は黙ってメルが呼びにいった何者かが到着するのを待った。
その人物は近くのホテルに宿を取っていたようで、メルが戻って来て数分後に遅れてやってきた。
ミスリル製の豪華な鎧に身を包んだ若い女が、やる気の無い半目の寝ぼけ眼でこちらと視線を重ねる。
どうやらこの覇気もやる気も感じられないような女騎士が、フエメの示した人物らしい。
確かに着ている鎧だけならAランク相当のものに間違いないが、ミスリルの鎧なら金さえあれば誰でも買える、故にランク詐欺装備の筆頭でもあった。
俺は先ず疑う事から始め、彼女が何者なのか、それを彼女の反応で確かめる事にした。
「───────失礼します」
神速のねこだまし、から、彼女の腰に下げられた剣の奪取。
本当は無礼討ちを恐れずにビンタかカンチョーくらいの直接的な攻撃で本気を引き出させてやりたいが、女性相手にそういうわざとプライドを傷つける駆け引きをするのは気が引けたので、仕方なく剣を奪う程度に抑えておく。
彼女はねこだましに怯みはしなかったが、剣を奪われる事に対応もしなかった。
わざわざ失礼しますと予告して動いたのに無反応、これは、強者故の余裕なのか、それとも能ある鷹は爪を隠すという奴なのか、どちらにせよ、俺の試みは全くの無意味となってしまった。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
互いに無言、女は半目で愛想笑いを浮かべているが、その感情は全く読めない。
俺はこのまま終わらせるべきか一瞬考えてから、取り敢えず抜き取った彼女の剣を観察して見る事にした。
少なくともAランク冒険者ならば、鎧よりも剣の方に金をかけて、いいものを使っていると思ったからだ。
「・・・白金の十字剣、という事はジョブは【聖騎士】で上位職、武器自体は珍しいものでは無いけど、高価な装備を買えるのならAランク相当なのは間違いない、か」
正直、装備だけで判断するのならば試すような仕掛けは必要無いのだが、これ以上の無礼は相手が本当にAランクだった場合に於いては命取りだ、故に俺は謝罪して剣を返すと女はにこにこと愛想笑いを浮かべたまま謝罪を受け入れた。
「いきなり仕掛けるなんて躾がなっていないわね、犬には見かけで実力を判断する能力が備わっていないのかしら」
「僕は嘘には敏感だけど人の本質や実力を見抜く能力は無いサー、だから試すしか無かったサー」
そう言うと女は少し思案した後にこう提案して来た。
「ふむ、事情は分かりませんが私の実力を疑われていたのですね、ならどうでしょう、私と一度手合わせしてみますか、そうすれば言葉より正確に語り合う事が出来ましょう」
と、女はいきなり好戦的な事を言い出した。
「あら、それは面白そうね、犬、やりなさい」
「待つサー、レベル7【モンク】の僕に高ランク冒険者の相手が務まる訳無いサー、実力を測るならフエメがやるべきサー」
「何言ってるの、私は彼女の実力なんて分かってるわよ、ただ躾のなっていない犬が蹴飛ばされる様を鑑賞したいだけ、だからやりなさい」
「嫌サー、昨日散々タダ働きさせられたのに、今日一発目から戦わされるなんて酷すぎるサー、せめてファイトマネーくらい出すサー」
「しょうが無いわね、だったら犬が私を楽しませる試合をしたなら、銀貨1枚くらいのチップはあげるわ、そうね、一矢報いるだけでいいわ、どんなに卑劣で虚弱な一撃でも、一撃与えるだけで犬の勝ちにしてあげる」
「それってつまり、僕がどんな手を使っても彼女に勝てる訳が無いと思っているサー?、つまり彼女は正真正銘Aランク以上の存在って事になるのかサー?」
まぁ一撃で終わるのなら悪い話でも無いが。
「それを説明する前に仕掛けたのは貴方でしょう、それに実力が知りたいのなら決闘するより早い方法なんて無いと思うけど」
確かに、小細工で実力を測ろうとした俺にも非があった。
ただ俺には人の本性を見抜く審美眼は無いが、直感的に胡散臭いと思える輩だけは同族の匂いみたいなのを感じ取れる。
それ故に彼女を胡散臭いと思い、試すしか無いと判断した訳である。
俺は彼女を試すなら好機と思い、ギルドで初心者に貸し出している銅の剣を二つ借り受けると、一つを女に渡してギルドの表に出た。
「おい、決闘するってよ」
「面白そうだな、賭けるか!」
「どう見ても女の方が強そうだろ」
「だが、男の方は一撃与えるだけでいいみたいだぞ」
話を聞いていたのかギルドにいた他の冒険者達も、野次馬となり俺達の決闘を見学し始めた。
注目されているとやり辛いが、まぁどうせ俺はまともに剣術を学んだ事も、達人と手合わせした経験も無い。
そんな俺にまともな試合を期待するだけ無駄だと言う事をギャラリー達に見せつけてやろう。
そんな心境で剣を構えると、女は不気味な愛想笑いを浮かべたまま話しかけて来た。
「剣術は素人ですか?、だとするのならばこちらは一太刀受けるまでは受けに回りましょう、どうぞ、お好きに打ち込んで来て下さい」
どうやら俺の構えの不格好さから俺が素人であると即座に見抜いたらしい、女は最初から全力を出す必要も無いという風に、こちらに先手を譲る。
「では、お言葉に甘えて、本気で行きますよ?」
俺はその言葉に精一杯甘える事にした。
これがただの手合わせならば、卑怯な手を使うまでも無く、素直に実力を発揮して、順当に負ければいい話であるが。
俺が知りたいのは得体の知れない女の本性であり、そこを暴きたいというのが俺の目的。
であるのならば、卑劣で反則的な手だとしても、女を追い詰められるのであればした方がいい。
だから俺は女のその言葉に甘えるが如く、一太刀与えられる間合いまで歩いて近づくと、女に背を向けて後ろ向きに構える。
「今から一太刀入れるので、そこから動かないでくださいね」
本気でやるということは勝つ為ならあらゆる手段を用いるという事だ。
女が一太刀受けるまでこちらに干渉して来ないというのなら、こちらはその一太刀に奇策と王道と全力を注ぎ込んで、一発勝負で決めると言うだけの話。
「おいおい、あんちゃん間合いに入ったと思ったら敵に背を向けて、何をするつもりだ」
「普通先手を譲って貰ったなら、助走をつけて全力の一撃を叩き込むのがセオリーだろ、なのに背を向けるなんて意味が分からないぜ」
「いや、普通ならそうするが、素人のあんちゃんが高ランクに勝てるとしたら、奇策、奇襲、邪道に頼るしかない、だから敢えて背を向ける事で敵に太刀筋を隠す目論見なんだろうよ」
「とは言ってもよう、相手の姿が見えないんじゃ振り向きざまに一撃放つとしてもあんちゃんが不利なんじゃないのか?相手はあんちゃんが振り向いてから後出しする権利があるんだぜ」
「そうだな、だが正攻法ならどう足掻いても素人のあんちゃんには勝ち目が無い、だから奇策を打つ、それこそ、先ず最初にするべき事、だから是非は結果が出るでは分からんさ」
野次馬達が口々に騒ぎ立てるが、俺は呼吸を整えて何処吹く風と言ったふうに脱力した。
これは、確実に不意打ちを作る為の策である。
例えば、目の前に銃口を突きつけられた状態でいつ来るか分からない攻撃の回避に三十分間集中し続けるのと、間合いの外から敵が動作に入ってから回避に集中するのとでは、その集中力の消耗には大きな差が生じる。
だから敢えて間合いの中でタメを作らずに、しかしいつでも一動作で攻撃が出来る状態を作り出す事。
それこそが相手に対してもっとも効果的でいやらしい手であり、俺に出来る最大限の策であった。
脱力した状態で相手が少しでも気を緩めるまでしばらく待機する、女の動きは気配で読むしかないが、背後にある気配は確かに感じられた。
しばらくそうしていると不審に思ったのか女が言葉をかけてきた。
「ふむ、奇襲をしたいという狙いは分かりますが、こちらはそもそも目を開けていないので、背中を向ける必要はありませんよ」
「な、暗闇の中でも敵が見えるという【心眼】スキル持ちなのか・・・、だとすれば確かに俺の奇策は通じないが」
「ええ、それもありますが、私には【身勝手の極意】が備わっていますから、もし仮に一撃加えたいとするのならば、技ではなくこの肉体をへし折るほどの力でねじ伏せるしか方法は無いですよ」
「・・・わざわざそれを俺に教えてくれるのか」
「ええ、ちょっとした手心です、私としては実力を見せるのが目的なのでそちらの引き出しの中にある最高の策をねじ伏せてこそ意味があるので、だから・・・本気で来てくださいね」
──────と、彼女が語りかけたその言葉には、得体の知れない強制力のようなものがあった。
威圧による脅威や、話術による誘導とは違う、もっと胡散臭くて強制的に働きかけるような何か。
そう、俺の感じた不信感の一端は、確かにその一言の中に片鱗を見せていた。
しかし俺はその強制力のある言葉に逆らえず、呼吸を消し、音を漏らさず、筋肉を指先まで操るような感覚で、時間が止まったとも思えるような思考の加速の中。
一種の覚醒、ゾーンに入ったかのような肉体の閃きに従い、半歩踏み込み、俺に放てる最高の一撃を、その強制力によって放ってしまう。
自分が洗脳的な命令をされたとも自覚出来ないほどの一瞬の閃きにして、取り返しのつかない思考誘導。
俺の体は間違いないなく人を殺せる速度で女に一撃を叩き込んでいた。
振り向き様に姿を捉えた女は構えておらず、そしてこちらを見てもいなかった。
このままでは女に致命傷を与えてしまう、だが、軌道を逸らせば鎧に当たって防ぐ事も叶う、故に俺は迷うこと無く振り抜く事にした。
それがコンマ1秒の世界で捉えた俺の認識。
だが、当然女はそれを上回り、ゼロゼロコンマ1秒を走る動作で、直撃する寸前の返しで、俺の一太刀を受け切る。
華麗に、見事に、完膚無きまでに、俺が放った俺には上出来過ぎる一撃を、女は戦闘技術の粋を集めたような流麗な動きで、一縷の無駄も無い洗練された動作で、こちらに反撃の糸口すら与えさせないカウンターでパリィした。
「─────セイっ」
この一連の動作だけで実力を示すには十分だと思ったのか、女はがら空きとなった俺の首筋に流れるような動作で斬りかかる。
──────ここで決着をつけておけば良かったと、後に俺は後悔する事になるが。
女の恐らく【挑発】もしくは【鼓舞】のスキルだろう、どんな細工かは知らないが、その時の俺は妙に冴えていて、その寸止めが約束されていた手ぬるい一撃に対して脅威を感じず、ならばとお小遣いの為に躱して一撃与える事を優先させてしまった。
単純な損得の話だった、拾える金は拾う、それくらいの軽はずみな気持ちで、俺は彼女の攻撃を見切って、一撃を返してしまう。
スローモーションのように映る世界の中で、女の剣は寸止めする為に両手で握り、短く振られているのを確認する。
故に俺はその弱点をつくように片手で握り込むと、間合いの外に逃れながら、剣の切っ先だけが彼女の胴体に触れるように、しかし半端な回避を許さない全力で思い切り打ち込んだ。
金属が折れる、耳障りで頬を刺すような重厚音が響いた。
そう、ミスリルの鎧に打ち込んだ銅の剣は、先端が触れただけのその衝撃で折れてしまっていた。
男女の体格差故に、俺の認識より僅かに深く、女の鎧に剣を届かせてしまったのだ。
・・・やってしまったと気づいたのは打ち込んだ後の話だった。
女の着ているミスリルの鎧は僅かだが抉れていた、それ程の衝撃なら、肉体へのダメージも相当のものだろう、完全にやり過ぎていた。
「くふっ、油断したのはこちらと言え、容赦なく肋の一本を持っていきましたね」
「・・・ごめんなさい、治療費はフエメが出すので、その・・・本当にすいませんでした」
ミスリルの鎧で無ければへし折られていたのは剣ではなく彼女の方だったろう、意外にも不器用に繰り出した俺の一撃にはそれだけの威力を秘めた感触があった、だから肋骨で済んだのは幸運と言っていい。
だがやはり初対面の女の肋骨を折るなど、流石に男子として許されない行いだ。
しかもただの手合わせで、こんな卑劣な不意打ちで全力を出していい訳が無い。
俺は卑怯でも相手の裏をかいたなら勝ってもいいと、それが本気で勝つと言う事だと、やる前までは正当化出来ていたのに、いざ実行してみればその後味の悪さにいたたまれなくなっていた。
しかし女は愛想笑いを絶やさず、されどどこか裏を感じさせるような調子で、ほほ笑みかける。
「いえ、素晴らしい一撃でした、尋常ならざるセンスのようなものを感じます、これで【モンク】なのだとしたら実に興味深い、剣術の心得などはあるのですか?」
その質問に自己流とか、今日初めて真面目に決闘したとか正直に言ってしまうと疑問を持たれると思い、「父親に教わって多少の心得がある」とだけ答えた。
「ふむ、ではそのお父上に引き合わせて頂けますか、そのお礼としてあなた方の頼み事を一つ承りましょう」
「・・・え?」
女はどこまでも得体の知れない愛想笑いを浮かべたまま、そう提案して来た。
いくら回復魔法で直ぐに直せると言えども、自分の肋骨を折った男に対してこの対応は不自然である、一方的に要求を申し入れてもいいくらいなのに、わざわざ条件を引き受けるというのか。
仮に彼女が剣術に人並外れた執着があり、剣の達人とあれば地の果てまで訪ねて弟子入りする、それくらいの事情でなければ納得できないような話だった。
俺は有り得ないような好条件を出した女に対して普通は二つ返事で引き受ける所を迷っていると、横からフエメが口出しして来た。
「何を心配しているのか知らないけれど、彼女が私達にとって害になる事は無いはずよ、そうよね」
フエメのその言葉に女は頷き、こう答えた。
「私は聖女様の密命を受けてちょっとした探し物をしているだけですから、世を救う為に動いてるだけで、心配する事は何もありませんよ」
「・・・探し物?」
聖女の捜し物だったら十中八九【勇者】か、そうでなければ最強の魔術師とか剣士などの腕の立つ人間だろうか。
だとして、この女を村に連れていく事には賛成出来ないどころか、俺にとっては脅威以外の何者でも無い。
しかし女はそんな俺の不安に対しての答えはくれなかった。
「ええ、故あって特命故に詳細は話せませんが、絶対に見つけなければいけないような、そんな探し物です、だから聖女様の為に、私に協力して頂けませんか、勿論、そちらの任務にも協力します」
聖女の為、そう言われて断れるような理由は簡単に出せるものでは無い。
故に仕方なく、俺は女の提案を一時的に引き受ける事にした。
まぁいざとなれば、片道50キロと言えども、村に来てから理由をつけて追い出すか、フエメに面倒みさせればいいだけの話だ。
「聖女の為とあっては【モンク】の俺にも協力する理由としては十分か、分かった、よろしく頼む、ンシャリ村の何でも屋の息子ライア・ノストラダムスだ」
「ではよろしくお願いします、【剣極】ウーナ・リッテラです」
【剣極】、【剣豪】でも【聖騎士】でも無いそのジョブの本領と、聖女の配下である彼女の本性を、この後俺は知ることになる。
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