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第1章 P勇者誕生の日
第5話 サマーディ村の令嬢 フエメ
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「はぁはぁ、ライアさん、着きました」
「えっと、・・・ありがとうございました」
俺はメリーさんに負ぶわれてサマーディ村まで辿り着いた。
道中何体かの魔物に絡まれたが、メリーさんは素手でワンパンして押し通った・・・俺を背負った状態で。
置いていったクロの事は気がかりだったが、今日までに上げまくったレベルがただの数字で無いのなら、なんやかんやうまくやるだろう、それにクロなら魔族の女に殺される事もないと思う。
なので俺たちは後ろを振り返らずに、『女王』についての情報を報告する為にサマーディ村の権力者の下へと急いだ。
これが相手が村長とかなら話は早いのだが、サマーディ村は共和制であり、村の代表やトップという人物は存在しない。
故に情報の伝達や連絡、意思の決定に於いてのレスポンスが遅い。
その代わりンシャリ村のように元英雄の村長による独裁僭主制にはならず、元老院的な老人会が手綱を握るので穏健かつ保守的な方針に舵を取っている。
そのおかげで大事な物事の決定は先に計画を都合つけるンシャリ村が強引に主導し、都合よくサマーディ村に雑用を押し付ける形になっているのだが、権力者たちは自分たちの地位を失ってまで改革しようとは思わないからこの体制はあと10年は続くだろう。
サマーディ村はンシャリ村より遥かに人口が多く発展した村ではあるが、いつも雑用を押し付けられるサマーディ村の村人たちには同情も感じるが。
しかし最近はンシャリ村への婚姻による移住者もぼちぼち増え始めて、そろそろ居心地の悪さという問題が表面化して来たと言ってもいい。
だから村人たちもじきに村の行政的腐敗に気づく、その時誰が改革をするか、それを知る事がンシャリ村にとっては一番大事な話であり、故にサマーディ村の行く末には常に気を配っている。
そういう点も踏まえて俺は、自分と一番縁の深い人物の元に先ず向かった。
「俺だ、大事な話があって来た」
俺は扉を叩きながら大声で家主を呼ぶ。
サマーディ村で一番大きな屋敷に住む人物、取り敢えずはその人物に話をつけて、ついでに宿も借りる魂胆だ。
敬語を使わないのは気のおけない仲だからという訳では無く、単純に同い年であり、敬語を使う必要が無いというだけの話。
特別仲がいい訳でも無いが、彼女が街に出る時などは度々、歳が近くて案内人もこなせる俺が護衛として雇われたりするので、嫌われているという訳でも無い。
なぜ隣村の俺が護衛に選ばれたのかというと、彼女は人気があり過ぎる為に、人選を自分の村から選ぶと角が立つからだ。
だから隣村の村長の親戚で、同い年で暇そうにしてる俺は、しばしば村長から雑用がてら護衛兼接待係に任命される訳だ。
そういう理由で、俺と彼女はそれなりの交流があり、友人と呼べる程親しい訳では無いが、ビジネスライクよりは密接に、ある程度親交を深めている相手だ。
俺の呼び出しからしばらくして、やや間を空けてから彼女は出てきた。
俺と後ろに立っているメリーさんを見比べて怪訝そうに首を傾げながら、彼女は口を開いた。
「・・・求婚の申し込みなら何度もお断りしたはずなのだけど」
「いやプロポーズなんてした事ないし、そもそも後ろのプリーストは神父役じゃなくて護衛だから」
開口一番ボケて来られるとは思わなかったが、彼女の日常を考えれば、それがネタで言ったとも言いきれないのが彼女の妙だ。
なぜなら彼女は美貌と才覚と家柄、その全てを持ってしてこの村の若い男達を虜にする生粋の悪女。
俺と同い年でありながら既に富も地位も名声も(村の中限定で)手にしている女、それこそがサマーディ村の豪族の令嬢、フエメ・ファタールその人なのだから。
まぁ豪族と言っても所詮は村単位の話なのでプチ豪族と言った感じだが、豪農として小作人や私兵などをそれなりに雇って権威を示しているのだから、そこはちゃんと豪族と呼んであげるのが情だろう。
俺はこほんと咳払いをして、仕切り直すようにして話した。
「夜分にすまない、だが急用で、大事な話なんだ、『女王』が“殺戮の森”から出てきた、今は“帰らずの林”にいるらしいが、このまま人里に降りてくる事だって考えられるだろう、『女王』は人間を恨んでいるし、何より人間の味を覚えてしまっている、だから緊急で警告を出す必要があると思って、今日はサマーディ村に来たんだ」
単刀直入に『女王』の危険性と、村に周知する事の緊急性だけ伝える。
わざわざ夜中に訪ねてきたのだから、俺が虚言や裏があってこんな事を言いに来たとは考え無いだろう、少なくともそれくらいの信用はある筈だ。
フエメは俺の言葉に少し思案して見せた。
「『女王』が“殺戮の森”を・・・?、新しいボスが生まれた・・・?、いや、生態系の変化や人間への復讐も考えられるわね、情報の確度は?ねぇ、誰が『女王』を目撃したの?」
フエメは分析するには情報が足りないようでそう催促してくるが、こちらも推測しか出来てない故に確かな事は言えなかった。
「目撃したのは“帰らずの林”で修行してたレベル30の【軍師】だ、そいつが言うには『女王』は手負いで“殺戮の森”を追い出されたんじゃないかって話だった」
「【軍師】?、確かンシャリ村の上級職は教会の【プリースト】と村長に勘当された【奇術師】だけだったはず、ならいったいどこの【軍師】なのかしら」
そう、上級職はレアなので村に一人いるだけでも珍しい存在だ、だから必然的に上級職の人間は注目され特定されるものだった。
故にまさかたった2週間でレベルを30まで上げて『女王』から逃げ切る出来たてほやほやの軍師がいるとは想像出来ない話だろう。
「まぁその話はまた今度にして、取り敢えず『女王』の対策をどうするか、その方針を決めるのが先じゃないか」
「方針と言っても、二つの村の戦力を合わせても『女王』を討つ事は容易では無いし、そもそも『女王』が村を襲いに来たら、ンシャリ村はどうするつもりなの、対抗手段なんて無いはずよね」
村には魔物を遠ざける罠や柵があるとは言え、『女王』ならば容易に城門突破して村を壊滅させられるだろう、故に安全策という手立てが存在しない問題であり、それ故に今まで『女王』は野放しとなり放置されていた。
「こちらはまた街で冒険者を雇って討伐隊を編成するっていうのが主な方針、かな、勿論ものすごく金がかかるから、そちらとカンパするなり、各々が別の冒険者雇って貰って確実性を高めてもらうなりの協力はして貰うつもりだが」
冒険者を雇うのはンシャリ村の決定事項では無いにしろ、解決手段としてはそれしかない。
そして俺が真っ先にフエメの下を訪れたのも、俺が村長と親戚であることを知り、交渉役として信用してくれる人物であることに加え。
フエメがこの村の豪族であり、最も資産と戦力を持つ存在だからでもあった。
「討伐隊、ね、・・・・・・前回雇った人達はBランクを名乗っている癖に実力も品位も劣るような無能だったけど、今回はちゃんとした冒険者を雇ってくれるのかしら」
前回はンシャリ村から最初の犠牲者が出た為に、偵察隊も兼ねた先遣部隊をンシャリ村から、そして主力となる本隊を各村の実力者の混成にした最大戦力で組んだ。
その結果雇った冒険者は『女王』と正面戦闘をさせられ全員死亡、各村の実力者達も『女王』の軍勢と消耗戦をした為に壊滅、なんとか罠に引き込んで『女王』にダメージを与える事は出来たものの、討伐には至らず、20人の大部隊のうち、無事に帰って来れたのは約半数という惨憺たる有様だった。
それ故にンシャリ村が主導する事に対してフエメが不信感を抱くのも無理は無い。
「前回は村に余裕が無くて急ぎで冒険者を見繕って来たからな、それに戦力を温存してたのはそちらも同じ話だろう」
俺は核心的な真実には触れず、仕方ない事だとでも言うような調子で返す。
サマーディ村も厄介払いのような人選で村の荒くれ者をフエメが煽動してけしかけたから、討伐部隊自体が烏合の衆と化していたのも事実だ。
まぁ自分にとっての最善が、他者にとって最悪になるなんてよくある話だ。
だから村においては発言力や有事の危機管理能力が何よりも生存に必要となるもの。
「私は自分に最低限の護衛をつけただけで戦力を出し惜しんだ訳では無いわ、まぁいかに手負いと言えども、本気で『女王』を討伐したいなら最低でもAランクの冒険者を雇って欲しい所ね、それならこちらも協力は惜しまない所よ」
「こっちだって出来るならそうしたいさ、でもAランク冒険者は相場で金貨50枚(貨幣価値500万デン)、銀貨なら1000枚必要だ、そんな金がド田舎の小さな村にあると思うか?、うちは王室御用達という箔がついた貴族サマ向けの太い商売がある訳じゃないんでね」
フエメ家の豪族としての地位を確立させた、王室御用達になっていた高級ライチなどの特産品。
それは美容、魔力回復、滋養強壮とあらゆる面に効能のついたパワーフードであり、それでいて味も極上なのだから、高レベル冒険者、貴族両方に売れる濡れ手で粟のボロい商売なのだが。
その分農園を管理するのに手間がかかるので、警備する兵士も必要不可欠であり、24時間体制の監視がついているほどだ。
そしてそのロイヤルライチと名付けられた高級ライチは、貴族の無くなった今においても、卓越したフエメの営業手腕により、街のセレブや高ランク冒険者などの高給取り相手に大口の契約を取っていて、その売上はひと月あたりでンシャリ村の年間における正規の全収入を超える1000万は軽くあると言われている。
まぁそれでもサマーディ村は元老院的な老人会の圧力が強くて若者に自由は無いし、それ故に富豪であるフエメの家にも権力は集中しないのだが。
これだけの権力と財力があってなぜフエメの家が村長では無く豪族の地位に留まっているのか不思議に思うかもしれないが。
それはサマーディ村には30年ほど前に地方領主にして村長だった男爵の圧政に耐えかねて殺して財産と土地の権利を奪った血塗られた過去があるからであり、そこで共和制をとる事で罪を分配し、抜け駆けを無くした故に、共和制という欠陥体制から長く抜け出せずにいるからだ。
だがまぁ、流行病や戦時による早死にで過去の歴史の当事者もほとんどがいなくなった今となっては、フエメがサマーディ村の覇者になるのは時間の問題だとは思うが。
だからこそ、フエメが村長に立候補する為の実績としても、そう悪い話では無い筈だった。
「つまり、私に費用を負担して欲しいと、そう受け取ってもいいのかしら」
「まぁ前回はこちらが自腹を切った訳だし、そうしてくれてもいいとは思っている、もちろん納得しないなら折半でも構わないが」
そもそも俺に決定権は無いし、ここでの会話あくまでそれっぽく話してるだけで、俺はただの伝令でありここに交渉役として来た訳でも無い、だから理想としてはフエメには自主的に冒険者を雇って討伐隊を組む方針を取って貰いたい所だ。
少なくともンシャリ村の10倍くらいは栄えてる訳だし、ンシャリ村には虎の子を引き出すような身銭でも、フエメにとっては痛くも痒くもない端金なのは間違いない。
「随分と回りくどい言いまわしね、それとも私の機嫌を損ねて破談になるのを恐れているのかしら、はっきり言ってくれないとこの場で私が意見を示す事は出来ないわ」
しかしフエメも交渉術というものを心得ている故に、この場ではこちらの言質だけを引き出してそれで収めようと考えているらしい、故に俺は返答に困り、話題を打ち切った。
「今回はお嬢様の支持者として話を持ちかけてるだけだからな、実績作りに興味が無いならそれでもいいさ、それじゃあ今から他の有力者達にも話伝えて役目果たしてくるから終わったら宿借りてもいいか?」
俺は別にフエメが主導しようとそうでなかろうとどっちでも良かった。
フエメが主導してくれれば明確に得だが、だが仮にフエメがやらなかったとしても、『女王』の問題はサマーディ村にとっても看過出来ないものなので誰かが出資してくれるのは間違い無い。
だからフエメに恩を売りつつサマーディ村に負担して貰うのが最善ではあるが、それ以外でも何とかなるなら別に無理してそこを追求するつもりは無い、という話。
そんななげやりな俺の態度を見てフエメは譲歩する事にしたようだ、自分の利を求めるのであれば俺を無視するのも損なのだから。
「・・・・・・いいわ、『女王』の件、引き受けましょう、その代わり幾つかの条件をつけさせてもらうわ」
条件、という事は恐らく前向きに討伐を主導し、村の支配者になる為の布石にする戦略の条件、って話になるのだろう。
ならば予定通りの話であったので、俺は頷いた。
「なんだ」
「まず一つ目として、その【軍師】が第一発見者だとして、情報の信ぴょう性を上げるためにあなたが第二発見者として私に真実を伝えた、という事にしましょう、そして私の口から今日、村人達に『女王』の脅威を伝える事にするわ」
恐らくこれはサマーディ村内で『女王』の討伐を主導する正当性の問題だろう、フエメの口から伝える事、フエメと馴染みのある俺が第二発見者となる事、これによりフエメが『女王』の討伐を主導することに正当性が生まれる。
「そして二つ目として、冒険者の選別はあなたにやって貰うわ、明日街に二人で出かけて冒険者を雇いに行く、これにより、あなたが私の手駒である事を周りに示して第二発見者である意味を強化する」
これもまぁ妥当な話だ、冒険者を雇うノウハウを知らないフエメが身内を雇うよりも、街のアングラに繋がりがある俺を使った方が効率がいいし、一緒に行った方が確実だからだ。
「そして三つ目、これはあなたに対する貸しとする、次に私が困った時は、あなたが死ぬ気で頑張って私を助ける事、この条件でどうかしら」
「三つ目いるか?、なんでそっちにも利益をもたらしているはずなのにこっちの借りになるんだよ」
いや、別に借りにするのが嫌という訳では無いし、それで『女王』が討伐できるのならば、俺が『女王』相手に体張るよりもよほど楽な条件なのだが、流石に納得出来ないものをすんなり了承するのも嫌だった。
「あら、不服かしら、こちらとしては最大限譲歩したつもりなのだけれど、別に条件に今回使用した金額分だけ私に奉仕するを付け加えてもいいのよ」
「む、それなら・・・、って、いやでもやっぱり納得出来ねぇ、なんで俺に負債が行くんだよ、何のメリットも無いし、夜遅くに命懸けで村まで来たんだからせめてご褒美くれてもいいだろ」
「何言ってるの、私を口説き落として交渉をまとめたならば、それは明確にあなたの実績となりメリットと言えるでしょう、その対価なのだから、次に私の為に命を張るくらいはしてもらってもいいはずよ」
確かにンシャリ村の財政を考えれば、ここでサマーディ村に討伐を委任した俺の功績は計り知れないし、村長の親戚という事で、後で個人的に村長から報酬を受け取る事も出来るが。
だが、俺は今【勇者】の隠匿という秘事を隠し通す事に心血を費やしている。
故に村長には自分の手柄として報告せず、ただフエメの気まぐれとして伝えるつもりだし、目立つような事を何も望んでいない。
だから俺自身にメリットを付与する事を俺が拒んでいるような状況、なのだが、流石にここで拒否するのもかえって怪しまれるか。
普通に考えれば見返りの方が大きい条件だ、それを普通の人間が拒む理由が無いのだから。
「分かった、どうやら俺は損得の勘定が出来てなかったようだ、副次的に考えれば俺自身にも大きなメリットがあるし、それを考えれば条件も妥当なものだった、受けよう」
内心はタダ働きになるか、トホホ、って具合だが、まぁこの苦労も隠匿の為の必要な経費といえなくも無いか。
そう、勇者を隠したまま転職という難題の為にはいかなる犠牲も払う覚悟だし、それを終えた時には俺は報われてきっと【勇者】より素敵なジョブに転職できる、だからこの苦労もその幸福を味わうためのスパイスなのだ。
「・・・私はてっきり、焦らしてこちらにもっといい条件を引き出す為の交渉術だと思っていたし、その為にわざわざ夜間に出向いて来たと思ったのだけど、あなたの本音はどうやら本気で条件をつけられる事を嫌がってたようね、損得で無いのならどういう事かしら?」
と、フエメは俺が了承したのにも関わらず核心をつく追求をしてきた。
フエメのジョブは【女傑】。
上級職であり、傾国傾城の美女にも、万夫不当の英雄にもなれて、更に転職に成功すれば【女帝】となる激レア職。
そんな【女傑】の観察眼からすれば、俺の挙動不審などお見通しという訳か。
俺はどうしたものかと一瞬逡巡するが、適当に答えてお茶を濁す事にした。
「いや単純にお嬢様の頼み事だったらどんな無茶ぶりを受けるか不安だっただけだ、小市民の俺には宴会芸でもてなすスキルも、嫌いな冒険者を粛清する戦闘力も無いからな」
傾国レベルの人気者のフエメの周りにいると内から外から面倒事に見舞われるので、その苦労自体も倦厭する理由としては十分なのが悲しい所だった。
「・・・まぁいいわ、部屋を用意するから少し待ってなさい」
フエメは俺の挙動不審を些事と思ったのか、それだけ言って踵を返した。
待たされるとの事なので今のうちに俺は多分詳しく事情を知らないであろうメリーさんに小声で説明する。
「だいたいは承知かもしれませんがフエメはこの村の大富豪で、ついでに俺とはビジネスパートナー的な付き合いがあったんです、それで今回は彼女の目的、サマーディ村の支配者になる野望への布石として『女王』の討伐という手柄を彼女に立てさせる事になった訳です」
「話の流れでなんとなくは伝わりましたが、・・・本当に大丈夫でしょうか、悪魔の契約のような得体の知れない不安を感じるのですが」
フエメは【女傑】であり悪女だ、誑かし、惑わした男の数は齢16にして2桁は優に超える。
街のチェリーボーイな貴族たちを流し目一つで篭絡し、自分の手駒に変える女なのだ。
だがそれは熟女キラーと呼ばれる俺も同じ事であり、それ故に同族として見てる部分もあり、リスクを調節出来る自信もあった。
「まぁ彼女に男として利用されたなら破滅まで一直線かもしれませんけど、俺はあくまで仕事上の付き合いですからね、無茶を頼まれたら断るだけなのでなんとかなります」
「なるほど、確かに仕事の付き合いを本気と勘違いして自爆する人っていますもんね・・・」
実際には断るという選択肢を与えられないだろうが、メリーさんに不安を煽っても仕方無いし、そうなったら死なない程度に頑張って見せるだけ。
そういう演技は俺の十八番である。
頑張る事になったら頑張る演技で乗り切ればいい。
そう考えれば気楽なものだ。
その後俺とメリーさんはフエメの豪邸にて宿を取った。
「おはようございますメリーさん!、元気無いみたいですが、もしかしてあの日ですか・・・?」
翌朝、俺はフエメの家の洗面所にて鉢合わせた元気の無いメリーさんを元気づけようと、一日一回、感謝のセクハラで挨拶した。
「・・・い、いえ、その、クロさんが危険な目に遭っててしかも野宿していると思ったら、すごくいたたまれなくて、せめて無事に帰ってくる事をずっと祈ってました」
「おお、やっぱり【プリースト】ともなるとその慈愛と精神力も並外れてますね、俺はクロの事だから何とかなると思って爆睡してましたけど」
シリアスを一蹴する為の変なテンションだが、メリーさんはにこりともしなかった。
大富豪の豪邸の客間ともあればベッドの沈む深さも実家のものよりずっと深かったし、布団も羽毛に包まれるように柔らかくて、普段夜更かししている俺ですら抗えないような心地よさだった。
そのおかげで今日は普段より寝起きがよく、しかも早起き出来て気持ちも活発になっていた。
「確かにクロさんは【逃亡者】のスキルがあるので何とかなるかもしれませんが、でも年長者である私が年少者であるクロさんを囮にして自分だけ暖かいベッドで寝るなんて、聖職者として許せなくて」
という事はメリーさんは一睡もしていないらしい、かつては我儘で自分勝手な人間だったと言うが、今のメリーさんにその頃の面影は感じられなかった。
「まぁ今回はクロが囮になってくれたおかげで助かったのも事実ですけど、メリーさんはタダで毎日クロのライセンスの更新をしてあげた恩もありますし、そもそも勝手に付いてきたのはあいつなんで、なんも気にする必要ないっスよ、逆の立場だったとして俺やクロがベッドでぐっすり眠ってても、メリーさんは怒らないでしょう」
「そうですけど・・・」
昔やんちゃだったと告白した割にはメリーさんは人が良すぎるが、多分流されやすい性格なだけで、やっぱり根は善人なのだろう。
故にその葛藤も理解出来るし、悩むなと言うのも無理な話だ。
なので俺はメリーさんの事は気にせずに普段通りに振る舞い、メリーさんに心配している自分が異常なのかもしれないと思わせる方向性でいいかなと、匙を半分投げた。
顔を洗って身だしなみを整えて、昨晩洗濯し魔法具で乾かした衣服に着替えると、朝食の準備が出来たと使用人にダイニングに呼ばれた。
「グッモーニンフエメ、今日も相変わらず綺麗だね☆、爽やかな朝に乾杯☆、オークのお姫様もきっと君の美貌には敵わないと鼻でため息をつくよ☆」
俺は先に席に着いていたフエメに、少々キツめのテンションで挨拶した。
なんとなく、普通におはようと言うのが癪だったからだ。
もしも挨拶したくない相手に挨拶する方法のマニュアルがあったならそれを実践していただろうが、今回は慇懃無礼の極限、礼儀正しいけどウザいキャラで相手を呆れさせる方向性でやり過ごす事にしたのである。
ちなみにこのキザなナルシスト系キャラを選んだ理由は、目覚めが良すぎて気持ちが活発になっていたからだ。
「・・・・・・」
当然の如くフエメは無視。
これで俺の作戦、家主にちゃんと挨拶したけど無視されたからこれ以降は特に挨拶や礼儀を気にせず勝手に出来る作戦が成功したという話だ。
「あらら、今日のフエメはご機嫌ナナメみたいだね☆、じゃあ僕も今日は大人しくしておこうかな☆」
ここで大人しくすると断言せずに、しない可能性も残しておいて牽制しておく。
今日はフエメとお使いに行く段取りになっているが、水汲んでこいとか面倒な雑用や、馬車の中でご機嫌取りをしろと言われたら非常にめんどくさい。
勝負は既に始まっている、俺は我儘なお嬢様のご機嫌とりなんてしたくないので、好感度を下げつつウザキャラを演じる事で予防線を張ろうという訳である。
フエメは男を召使いとしか思ってないような生粋の人でなしだ、だから俺はフエメの好感度管理に関してだけは常に細心の注意を払っている。
仮にマウントを取られていいなりにされたなら、その瞬間から召使いとしてこき使われるのは確定しているからだ。
俺は今にも鼻歌で歌い出しそうな調子で、脳内でサンバのリズムを流し、頭をそれに合わせて振り回すガンギマッた様相で自分の席に着席した。
──────────スッ。
「ずこぉおおおおっ!?」
椅子に座ろうとした瞬間に背後に控えていた使用人に椅子を引かれて床に尻を強かに打ち付ける。
「てめぇ、メル、なにしやが・・・じゃなくて、何をするんだい、僕のプリティヒップがフカフカの絨毯が敷かれたオーソリティーフロアにメルティクラッシュしたじゃないか、お茶目だなぁメルは、イタズラ好きなダーティなメイドさんめ☆、おいたをする悪い子にはお仕置しちゃうぞ☆」
不意打ちを食らって憤激しかけたものの、なんとか取り繕ってキャラを保った。
今しがた俺を転ばせたメイドの名はメル。
フエメの幼なじみにして専属の従者であり、その忠誠心は己の命も顧みないほどに高い忠実なる側近であり、故にその行動はフエメの意思と考えても差し支えない。
ちなみに歳は俺たちの一つ上で、一年早く宣告を受けて結果は【ナイト】と珍しさは無いが無難に嬉しいジョブを引いていた。
そんなメルは、淡々とした様子で俺と目線すら合わせずに答えた。
「お嬢様から「もしもライアがわざと不敬な態度を取ったり、不審な奇行でこちらを混乱させるような事をしたら、その場で制裁を与えるように」と申しつかっていましたから」
「は?、どういうことだってばよ・・・ミ☆」
フエメに俺が不敬を取ることを読まれていたのは誤算であること以上に、フエメの手のひらに掌握されているという恐怖、不安な出来事である。
故にこの俺の奇行が擬態だと見破られるのは非常に困るし、この場だけでもやり過ごしたいものではあるが。
俺の問いかけにフエメも、こちらを見ずに淡々と答えた。
「昨日、あなたは自分の手柄と天秤にかけてもなお、私の条件に不満を持っていた、考えられる理由は二つ、『女王』の話が嘘だった場合においては自分にメリットが存在しないから、もしくは、そもそも『女王』の事を自分の手柄にするつもりが無いから」
フエメは見透かしたような事を、こちらに目線も向けずに話している。
「虚言だったとしてじゃあ何のために私を利用しようとしたのかって話だけど、これがあなたに依頼されて私を村から連れ出す目的なのだとしても、その報酬としては十分釣り合っているし、それが私を陥れる目的ならばそもそも対価を気にする必要も無い、だから嘘の可能性は低い」
フエメは優雅に紅茶を一口含んでから続ける。
「ならば自分の手柄にするつもりが無いから、という事になるけれど、では何故自分の手柄にするつもりが無いからか、それが手柄を譲るべき相手がいるのでは無いとするのならば、自分が目立つ事を避ける為、そして、あなたの隠したい事があるとするのならば、・・・確か、2週間前だったわよね、あなたの誕生日、そこで「宣告」を受けて、【軍師】になった、しかし【軍師】と知られれば面倒事を押し付けられて昼まで寝過ごし遊び歩くような放蕩生活を送れなくなる、だから怠惰なあなたは自分の平穏を守る為に、【軍師】の身分を隠す事にした」
すごい、【軍師】の部分以外全部当たってる、流石【女傑】である、短期間で完全に俺を分析出来ている、本質を見抜く事に関してはフエメは名探偵になれる洞察力を持っている事が伺える。
しかしこれで下手に認めて【軍師】ではないことまでバレてしまっては、致命傷も致命傷、一番秘密を知られるとマズイ相手に弱みを握られる事になる、だから僅かな隙も、疑問も抱かせてはいけない。
俺は演じる道化のスイッチを適当から超適当に切り替えた。
本気モードになったら最早それが正解だと自白しているようなもの、ならば、誤魔化すのでは無く何も考えずに発言した方が洞察力の鬼であるフエメに対しては効果的だろう。
まさか昨日の僅かなやりとりからそこまでこちらの核心を見抜くとは思わなかったが、フエメがそこまでの名探偵なら、俺も詐欺師の息子のプライドにかけて全力でフエメを騙すしかない。
「ははっ☆、すごい推理だね☆、君は名探偵、いや推理作家にでもなった方がいいんじゃないのかい☆、でも残念、僕のジョブは【モンク】さ☆、【軍師】は村の札付きのバッドガールのクローディアちゃんだよ☆、僕がフエメの条件を拒んだ理由は簡単、単純にものすごく面倒くさいと思ったからさ☆」
嘘と真実を全く同じトーンで同じ調子で語る。
ここから俺が【勇者】である事を見抜くなんて無理だろう。
そして【モンク】は俺が自分を偽装するに一番都合がいいと思って選んだジョブ、どう詰問されようと、ボロが出る事は無い。
「・・・【モンク】?あなたが?、ありえないわ、【乞食】か【ならず者】、運が良くて【諜報員】か【詐欺師】が関の山のあなたが、その予想の正反対の【モンク】だなんて、まるでもっと有り得ない上位職に選ばれたから、取り敢えず【モンク】といって誤魔化そうという安直さしか感じない話よ」
「まぁ怠惰に見える僕も本質的には勤勉で信心深いという話じゃないかな☆、【モンク】なんて実際、誰でもなれるジョブだしさ、僕が選ばれる事に意外性はあっても、不可能では無いよね☆」
「そう、誰でもなれる汎用、一般ジョブが【モンク】、でも、だからこそ、あなたには一番縁のない物よ、だってあなたには一般常識もそこらの凡人に取って代わられるような普遍性もない、完全なる異常者、異常者が正常なジョブに選ばれる事はほぼ無い、これは宣告における確定的な真実、異常者に異常者のレッテルを貼るのが宣告なのだから、だからあなたが【モンク】になるなんて、【勇者】になるよりも有り得ない事よ」
・・・本当に何が見えているのか、普段何を考えていたらそこまで物事の本質を見抜く力が養われるのか不明だが、フエメの言葉は、これ以上なく俺の核心をついてきている、こちらの失言がある訳でも、俺の過去を知る訳でもないのにだ。
だからと言って素直に引き下がる訳にもいかず、俺は初志貫徹すべく適当な解答を続けた。
「【勇者】よりも、ね、そこまで買い被ってくれるのは嬉しいけど、これで僕が平凡な凡人だったと認めてくれる訳にはいかないのかな☆、僕は確かに人より小賢しくてせこい人間だけど、でもそれは何よりも僕が小物である事の証で、実際その通りだったってだけの話だよね☆、それに宣告なんて規則性もあればランダム性もある、神様のサイコロで決められたものなんだから、気まぐれな神様の悪ふざけで僕が【モンク】になる事だってあるよね☆」
俺はここからの舌戦、少しでも隙を見せたら負けると思い、ボイスパーカッションで謎のリズムを取りつつ、脳内で謎の音楽が流れてる設定のヤバい奴を演じて、フエメを威嚇しながらフエメの返答に耳を傾ける。
「・・・そうね、例外は何事も存在する、ただ、その例外にも理由はあるという話だし、私の見立てならば、あなたには最低でも【遊び人】、当たりを引けば【催眠術師】や【闇魔道士】のような人を洗脳したり欺く事に特化した異常者のテーブルに入ってるのは間違いない、仮にモンクなのだとしたら、今はレベルは幾つ?」
「7だね☆、魔物はまだ10匹くらいしか倒してないよ☆」
まぁ倒したのはメリーさんで、俺は囮になったりして養殖させて貰っただけなんだけど。
「じゃあ次の『女王』の討伐、あなたもパーティに入って、それでレベルを上げて転職しなさい、それで次に何のジョブになるかで、あなたのテーブル、地金が露わになるわ、私はあなたが【モンク】である事を認めないし、だからこれを証明する事が最後の条件、取引の対価という事でいいわ、私はあなたに興味なんて無いけれど、【モンク】のあなたは嫌でも気に障る、だからあなたは自分が【モンク】の器では無い事、それを証明する事が私からあなたに求める望みの全てという事でいいわ」
「は?・・・☆」
という事でいいわって、そんなに俺が異常者でいて欲しいという事だろうか。
これが恋愛感情に基づくような甘酸っぱい動機から生じる好奇心では無い事は分かっているので、ならば何故という疑問しかないが。
先ず俺とフエメは、互いの人となりは村社会特有の噂話などでそれなり理解しているが、こんな風に面と向かって会話した事などほとんど無く、仕事上の事務的な会話しかない。
それは俺がサマーディ村の『姫』であるフエメに対して危機管理として距離を置いていた為だが、そんな俺に対して好意を持つ可能性など、俺が絶世の超絶イケメンでも無ければ有り得ない話だ。
だから好意は有り得ないし、他に考えられるとしたら、フエメが俺の秘密を、俺と過ごした僅かな時間から見抜いたという事。
一生正義の味方にはなれない、悪人になるしかないようなそんな俺の過去を、俺の言動から見抜いたのだとしたら、フエメの洞察力は間違いなく本物であり、【勇者】に選ばれた事も容易く見抜くに違いない。
例えるなら自分の思考を盗聴されてるような気分だ。
ものの例えだが仮に自分が昨日何回自慰行為に耽って、誰をオカズにして自慰をしたかを予想できるような人間がいたら、その相手に恐怖と嫌悪感を抱かずにはいられないだろう。
故に俺は昔からフエメに自分を晒す事を忌避し、フエメを疎ましく思っていたし。
その長年に及ぶ天敵、宿敵のような関係性が、ここに来て俺の最大の障害となって阻んで来た訳だ。
味方に引き入れたり、上手く懐柔したりするのは無理だ、フエメはひとでなしにして覇道を征く生粋の支配者であり、自分が譲歩する事など言葉の上でしかない。
仮に自分が遅刻しても謝らないし、人に理不尽を強いる事になっても感謝すらしないような人間だからだ。
フエメに求婚する為に命懸けでドラゴンの宝玉や不死鳥の尾羽を取ってきた冒険者たちに対して、もっと大きいのが欲しい、もっと綺麗なのが欲しい、私に見合うものを持ってきたらデート一回くらいはしてあげると返すくらいには、フエメは自分が誑かした男に対して無関心なのだ。
故に彼女の価値観の中には、おそらく人間は利用価値のみでしか測られていない、故に【勇者】の俺の利用価値を示す事は同時に、使役する為に管理される事を意味する。
フエメがという事でいいわと会話を打ち切ったせいで、俺は問答無用で『女王』討伐隊に組み込まれる事になってしまったが、まぁなんとかメリーさんに護衛してもらおう。
幸い冒険者も今回はフエメの金で一流を雇える事だし、危険性はそこまで高くない思う、そう考えれば楽してレベル上げられてそう悪い話でもない。
俺はデザートに出てきたライチをしこたま食い貯めて、その後フエメと街まで出かけた。
「えっと、・・・ありがとうございました」
俺はメリーさんに負ぶわれてサマーディ村まで辿り着いた。
道中何体かの魔物に絡まれたが、メリーさんは素手でワンパンして押し通った・・・俺を背負った状態で。
置いていったクロの事は気がかりだったが、今日までに上げまくったレベルがただの数字で無いのなら、なんやかんやうまくやるだろう、それにクロなら魔族の女に殺される事もないと思う。
なので俺たちは後ろを振り返らずに、『女王』についての情報を報告する為にサマーディ村の権力者の下へと急いだ。
これが相手が村長とかなら話は早いのだが、サマーディ村は共和制であり、村の代表やトップという人物は存在しない。
故に情報の伝達や連絡、意思の決定に於いてのレスポンスが遅い。
その代わりンシャリ村のように元英雄の村長による独裁僭主制にはならず、元老院的な老人会が手綱を握るので穏健かつ保守的な方針に舵を取っている。
そのおかげで大事な物事の決定は先に計画を都合つけるンシャリ村が強引に主導し、都合よくサマーディ村に雑用を押し付ける形になっているのだが、権力者たちは自分たちの地位を失ってまで改革しようとは思わないからこの体制はあと10年は続くだろう。
サマーディ村はンシャリ村より遥かに人口が多く発展した村ではあるが、いつも雑用を押し付けられるサマーディ村の村人たちには同情も感じるが。
しかし最近はンシャリ村への婚姻による移住者もぼちぼち増え始めて、そろそろ居心地の悪さという問題が表面化して来たと言ってもいい。
だから村人たちもじきに村の行政的腐敗に気づく、その時誰が改革をするか、それを知る事がンシャリ村にとっては一番大事な話であり、故にサマーディ村の行く末には常に気を配っている。
そういう点も踏まえて俺は、自分と一番縁の深い人物の元に先ず向かった。
「俺だ、大事な話があって来た」
俺は扉を叩きながら大声で家主を呼ぶ。
サマーディ村で一番大きな屋敷に住む人物、取り敢えずはその人物に話をつけて、ついでに宿も借りる魂胆だ。
敬語を使わないのは気のおけない仲だからという訳では無く、単純に同い年であり、敬語を使う必要が無いというだけの話。
特別仲がいい訳でも無いが、彼女が街に出る時などは度々、歳が近くて案内人もこなせる俺が護衛として雇われたりするので、嫌われているという訳でも無い。
なぜ隣村の俺が護衛に選ばれたのかというと、彼女は人気があり過ぎる為に、人選を自分の村から選ぶと角が立つからだ。
だから隣村の村長の親戚で、同い年で暇そうにしてる俺は、しばしば村長から雑用がてら護衛兼接待係に任命される訳だ。
そういう理由で、俺と彼女はそれなりの交流があり、友人と呼べる程親しい訳では無いが、ビジネスライクよりは密接に、ある程度親交を深めている相手だ。
俺の呼び出しからしばらくして、やや間を空けてから彼女は出てきた。
俺と後ろに立っているメリーさんを見比べて怪訝そうに首を傾げながら、彼女は口を開いた。
「・・・求婚の申し込みなら何度もお断りしたはずなのだけど」
「いやプロポーズなんてした事ないし、そもそも後ろのプリーストは神父役じゃなくて護衛だから」
開口一番ボケて来られるとは思わなかったが、彼女の日常を考えれば、それがネタで言ったとも言いきれないのが彼女の妙だ。
なぜなら彼女は美貌と才覚と家柄、その全てを持ってしてこの村の若い男達を虜にする生粋の悪女。
俺と同い年でありながら既に富も地位も名声も(村の中限定で)手にしている女、それこそがサマーディ村の豪族の令嬢、フエメ・ファタールその人なのだから。
まぁ豪族と言っても所詮は村単位の話なのでプチ豪族と言った感じだが、豪農として小作人や私兵などをそれなりに雇って権威を示しているのだから、そこはちゃんと豪族と呼んであげるのが情だろう。
俺はこほんと咳払いをして、仕切り直すようにして話した。
「夜分にすまない、だが急用で、大事な話なんだ、『女王』が“殺戮の森”から出てきた、今は“帰らずの林”にいるらしいが、このまま人里に降りてくる事だって考えられるだろう、『女王』は人間を恨んでいるし、何より人間の味を覚えてしまっている、だから緊急で警告を出す必要があると思って、今日はサマーディ村に来たんだ」
単刀直入に『女王』の危険性と、村に周知する事の緊急性だけ伝える。
わざわざ夜中に訪ねてきたのだから、俺が虚言や裏があってこんな事を言いに来たとは考え無いだろう、少なくともそれくらいの信用はある筈だ。
フエメは俺の言葉に少し思案して見せた。
「『女王』が“殺戮の森”を・・・?、新しいボスが生まれた・・・?、いや、生態系の変化や人間への復讐も考えられるわね、情報の確度は?ねぇ、誰が『女王』を目撃したの?」
フエメは分析するには情報が足りないようでそう催促してくるが、こちらも推測しか出来てない故に確かな事は言えなかった。
「目撃したのは“帰らずの林”で修行してたレベル30の【軍師】だ、そいつが言うには『女王』は手負いで“殺戮の森”を追い出されたんじゃないかって話だった」
「【軍師】?、確かンシャリ村の上級職は教会の【プリースト】と村長に勘当された【奇術師】だけだったはず、ならいったいどこの【軍師】なのかしら」
そう、上級職はレアなので村に一人いるだけでも珍しい存在だ、だから必然的に上級職の人間は注目され特定されるものだった。
故にまさかたった2週間でレベルを30まで上げて『女王』から逃げ切る出来たてほやほやの軍師がいるとは想像出来ない話だろう。
「まぁその話はまた今度にして、取り敢えず『女王』の対策をどうするか、その方針を決めるのが先じゃないか」
「方針と言っても、二つの村の戦力を合わせても『女王』を討つ事は容易では無いし、そもそも『女王』が村を襲いに来たら、ンシャリ村はどうするつもりなの、対抗手段なんて無いはずよね」
村には魔物を遠ざける罠や柵があるとは言え、『女王』ならば容易に城門突破して村を壊滅させられるだろう、故に安全策という手立てが存在しない問題であり、それ故に今まで『女王』は野放しとなり放置されていた。
「こちらはまた街で冒険者を雇って討伐隊を編成するっていうのが主な方針、かな、勿論ものすごく金がかかるから、そちらとカンパするなり、各々が別の冒険者雇って貰って確実性を高めてもらうなりの協力はして貰うつもりだが」
冒険者を雇うのはンシャリ村の決定事項では無いにしろ、解決手段としてはそれしかない。
そして俺が真っ先にフエメの下を訪れたのも、俺が村長と親戚であることを知り、交渉役として信用してくれる人物であることに加え。
フエメがこの村の豪族であり、最も資産と戦力を持つ存在だからでもあった。
「討伐隊、ね、・・・・・・前回雇った人達はBランクを名乗っている癖に実力も品位も劣るような無能だったけど、今回はちゃんとした冒険者を雇ってくれるのかしら」
前回はンシャリ村から最初の犠牲者が出た為に、偵察隊も兼ねた先遣部隊をンシャリ村から、そして主力となる本隊を各村の実力者の混成にした最大戦力で組んだ。
その結果雇った冒険者は『女王』と正面戦闘をさせられ全員死亡、各村の実力者達も『女王』の軍勢と消耗戦をした為に壊滅、なんとか罠に引き込んで『女王』にダメージを与える事は出来たものの、討伐には至らず、20人の大部隊のうち、無事に帰って来れたのは約半数という惨憺たる有様だった。
それ故にンシャリ村が主導する事に対してフエメが不信感を抱くのも無理は無い。
「前回は村に余裕が無くて急ぎで冒険者を見繕って来たからな、それに戦力を温存してたのはそちらも同じ話だろう」
俺は核心的な真実には触れず、仕方ない事だとでも言うような調子で返す。
サマーディ村も厄介払いのような人選で村の荒くれ者をフエメが煽動してけしかけたから、討伐部隊自体が烏合の衆と化していたのも事実だ。
まぁ自分にとっての最善が、他者にとって最悪になるなんてよくある話だ。
だから村においては発言力や有事の危機管理能力が何よりも生存に必要となるもの。
「私は自分に最低限の護衛をつけただけで戦力を出し惜しんだ訳では無いわ、まぁいかに手負いと言えども、本気で『女王』を討伐したいなら最低でもAランクの冒険者を雇って欲しい所ね、それならこちらも協力は惜しまない所よ」
「こっちだって出来るならそうしたいさ、でもAランク冒険者は相場で金貨50枚(貨幣価値500万デン)、銀貨なら1000枚必要だ、そんな金がド田舎の小さな村にあると思うか?、うちは王室御用達という箔がついた貴族サマ向けの太い商売がある訳じゃないんでね」
フエメ家の豪族としての地位を確立させた、王室御用達になっていた高級ライチなどの特産品。
それは美容、魔力回復、滋養強壮とあらゆる面に効能のついたパワーフードであり、それでいて味も極上なのだから、高レベル冒険者、貴族両方に売れる濡れ手で粟のボロい商売なのだが。
その分農園を管理するのに手間がかかるので、警備する兵士も必要不可欠であり、24時間体制の監視がついているほどだ。
そしてそのロイヤルライチと名付けられた高級ライチは、貴族の無くなった今においても、卓越したフエメの営業手腕により、街のセレブや高ランク冒険者などの高給取り相手に大口の契約を取っていて、その売上はひと月あたりでンシャリ村の年間における正規の全収入を超える1000万は軽くあると言われている。
まぁそれでもサマーディ村は元老院的な老人会の圧力が強くて若者に自由は無いし、それ故に富豪であるフエメの家にも権力は集中しないのだが。
これだけの権力と財力があってなぜフエメの家が村長では無く豪族の地位に留まっているのか不思議に思うかもしれないが。
それはサマーディ村には30年ほど前に地方領主にして村長だった男爵の圧政に耐えかねて殺して財産と土地の権利を奪った血塗られた過去があるからであり、そこで共和制をとる事で罪を分配し、抜け駆けを無くした故に、共和制という欠陥体制から長く抜け出せずにいるからだ。
だがまぁ、流行病や戦時による早死にで過去の歴史の当事者もほとんどがいなくなった今となっては、フエメがサマーディ村の覇者になるのは時間の問題だとは思うが。
だからこそ、フエメが村長に立候補する為の実績としても、そう悪い話では無い筈だった。
「つまり、私に費用を負担して欲しいと、そう受け取ってもいいのかしら」
「まぁ前回はこちらが自腹を切った訳だし、そうしてくれてもいいとは思っている、もちろん納得しないなら折半でも構わないが」
そもそも俺に決定権は無いし、ここでの会話あくまでそれっぽく話してるだけで、俺はただの伝令でありここに交渉役として来た訳でも無い、だから理想としてはフエメには自主的に冒険者を雇って討伐隊を組む方針を取って貰いたい所だ。
少なくともンシャリ村の10倍くらいは栄えてる訳だし、ンシャリ村には虎の子を引き出すような身銭でも、フエメにとっては痛くも痒くもない端金なのは間違いない。
「随分と回りくどい言いまわしね、それとも私の機嫌を損ねて破談になるのを恐れているのかしら、はっきり言ってくれないとこの場で私が意見を示す事は出来ないわ」
しかしフエメも交渉術というものを心得ている故に、この場ではこちらの言質だけを引き出してそれで収めようと考えているらしい、故に俺は返答に困り、話題を打ち切った。
「今回はお嬢様の支持者として話を持ちかけてるだけだからな、実績作りに興味が無いならそれでもいいさ、それじゃあ今から他の有力者達にも話伝えて役目果たしてくるから終わったら宿借りてもいいか?」
俺は別にフエメが主導しようとそうでなかろうとどっちでも良かった。
フエメが主導してくれれば明確に得だが、だが仮にフエメがやらなかったとしても、『女王』の問題はサマーディ村にとっても看過出来ないものなので誰かが出資してくれるのは間違い無い。
だからフエメに恩を売りつつサマーディ村に負担して貰うのが最善ではあるが、それ以外でも何とかなるなら別に無理してそこを追求するつもりは無い、という話。
そんななげやりな俺の態度を見てフエメは譲歩する事にしたようだ、自分の利を求めるのであれば俺を無視するのも損なのだから。
「・・・・・・いいわ、『女王』の件、引き受けましょう、その代わり幾つかの条件をつけさせてもらうわ」
条件、という事は恐らく前向きに討伐を主導し、村の支配者になる為の布石にする戦略の条件、って話になるのだろう。
ならば予定通りの話であったので、俺は頷いた。
「なんだ」
「まず一つ目として、その【軍師】が第一発見者だとして、情報の信ぴょう性を上げるためにあなたが第二発見者として私に真実を伝えた、という事にしましょう、そして私の口から今日、村人達に『女王』の脅威を伝える事にするわ」
恐らくこれはサマーディ村内で『女王』の討伐を主導する正当性の問題だろう、フエメの口から伝える事、フエメと馴染みのある俺が第二発見者となる事、これによりフエメが『女王』の討伐を主導することに正当性が生まれる。
「そして二つ目として、冒険者の選別はあなたにやって貰うわ、明日街に二人で出かけて冒険者を雇いに行く、これにより、あなたが私の手駒である事を周りに示して第二発見者である意味を強化する」
これもまぁ妥当な話だ、冒険者を雇うノウハウを知らないフエメが身内を雇うよりも、街のアングラに繋がりがある俺を使った方が効率がいいし、一緒に行った方が確実だからだ。
「そして三つ目、これはあなたに対する貸しとする、次に私が困った時は、あなたが死ぬ気で頑張って私を助ける事、この条件でどうかしら」
「三つ目いるか?、なんでそっちにも利益をもたらしているはずなのにこっちの借りになるんだよ」
いや、別に借りにするのが嫌という訳では無いし、それで『女王』が討伐できるのならば、俺が『女王』相手に体張るよりもよほど楽な条件なのだが、流石に納得出来ないものをすんなり了承するのも嫌だった。
「あら、不服かしら、こちらとしては最大限譲歩したつもりなのだけれど、別に条件に今回使用した金額分だけ私に奉仕するを付け加えてもいいのよ」
「む、それなら・・・、って、いやでもやっぱり納得出来ねぇ、なんで俺に負債が行くんだよ、何のメリットも無いし、夜遅くに命懸けで村まで来たんだからせめてご褒美くれてもいいだろ」
「何言ってるの、私を口説き落として交渉をまとめたならば、それは明確にあなたの実績となりメリットと言えるでしょう、その対価なのだから、次に私の為に命を張るくらいはしてもらってもいいはずよ」
確かにンシャリ村の財政を考えれば、ここでサマーディ村に討伐を委任した俺の功績は計り知れないし、村長の親戚という事で、後で個人的に村長から報酬を受け取る事も出来るが。
だが、俺は今【勇者】の隠匿という秘事を隠し通す事に心血を費やしている。
故に村長には自分の手柄として報告せず、ただフエメの気まぐれとして伝えるつもりだし、目立つような事を何も望んでいない。
だから俺自身にメリットを付与する事を俺が拒んでいるような状況、なのだが、流石にここで拒否するのもかえって怪しまれるか。
普通に考えれば見返りの方が大きい条件だ、それを普通の人間が拒む理由が無いのだから。
「分かった、どうやら俺は損得の勘定が出来てなかったようだ、副次的に考えれば俺自身にも大きなメリットがあるし、それを考えれば条件も妥当なものだった、受けよう」
内心はタダ働きになるか、トホホ、って具合だが、まぁこの苦労も隠匿の為の必要な経費といえなくも無いか。
そう、勇者を隠したまま転職という難題の為にはいかなる犠牲も払う覚悟だし、それを終えた時には俺は報われてきっと【勇者】より素敵なジョブに転職できる、だからこの苦労もその幸福を味わうためのスパイスなのだ。
「・・・私はてっきり、焦らしてこちらにもっといい条件を引き出す為の交渉術だと思っていたし、その為にわざわざ夜間に出向いて来たと思ったのだけど、あなたの本音はどうやら本気で条件をつけられる事を嫌がってたようね、損得で無いのならどういう事かしら?」
と、フエメは俺が了承したのにも関わらず核心をつく追求をしてきた。
フエメのジョブは【女傑】。
上級職であり、傾国傾城の美女にも、万夫不当の英雄にもなれて、更に転職に成功すれば【女帝】となる激レア職。
そんな【女傑】の観察眼からすれば、俺の挙動不審などお見通しという訳か。
俺はどうしたものかと一瞬逡巡するが、適当に答えてお茶を濁す事にした。
「いや単純にお嬢様の頼み事だったらどんな無茶ぶりを受けるか不安だっただけだ、小市民の俺には宴会芸でもてなすスキルも、嫌いな冒険者を粛清する戦闘力も無いからな」
傾国レベルの人気者のフエメの周りにいると内から外から面倒事に見舞われるので、その苦労自体も倦厭する理由としては十分なのが悲しい所だった。
「・・・まぁいいわ、部屋を用意するから少し待ってなさい」
フエメは俺の挙動不審を些事と思ったのか、それだけ言って踵を返した。
待たされるとの事なので今のうちに俺は多分詳しく事情を知らないであろうメリーさんに小声で説明する。
「だいたいは承知かもしれませんがフエメはこの村の大富豪で、ついでに俺とはビジネスパートナー的な付き合いがあったんです、それで今回は彼女の目的、サマーディ村の支配者になる野望への布石として『女王』の討伐という手柄を彼女に立てさせる事になった訳です」
「話の流れでなんとなくは伝わりましたが、・・・本当に大丈夫でしょうか、悪魔の契約のような得体の知れない不安を感じるのですが」
フエメは【女傑】であり悪女だ、誑かし、惑わした男の数は齢16にして2桁は優に超える。
街のチェリーボーイな貴族たちを流し目一つで篭絡し、自分の手駒に変える女なのだ。
だがそれは熟女キラーと呼ばれる俺も同じ事であり、それ故に同族として見てる部分もあり、リスクを調節出来る自信もあった。
「まぁ彼女に男として利用されたなら破滅まで一直線かもしれませんけど、俺はあくまで仕事上の付き合いですからね、無茶を頼まれたら断るだけなのでなんとかなります」
「なるほど、確かに仕事の付き合いを本気と勘違いして自爆する人っていますもんね・・・」
実際には断るという選択肢を与えられないだろうが、メリーさんに不安を煽っても仕方無いし、そうなったら死なない程度に頑張って見せるだけ。
そういう演技は俺の十八番である。
頑張る事になったら頑張る演技で乗り切ればいい。
そう考えれば気楽なものだ。
その後俺とメリーさんはフエメの豪邸にて宿を取った。
「おはようございますメリーさん!、元気無いみたいですが、もしかしてあの日ですか・・・?」
翌朝、俺はフエメの家の洗面所にて鉢合わせた元気の無いメリーさんを元気づけようと、一日一回、感謝のセクハラで挨拶した。
「・・・い、いえ、その、クロさんが危険な目に遭っててしかも野宿していると思ったら、すごくいたたまれなくて、せめて無事に帰ってくる事をずっと祈ってました」
「おお、やっぱり【プリースト】ともなるとその慈愛と精神力も並外れてますね、俺はクロの事だから何とかなると思って爆睡してましたけど」
シリアスを一蹴する為の変なテンションだが、メリーさんはにこりともしなかった。
大富豪の豪邸の客間ともあればベッドの沈む深さも実家のものよりずっと深かったし、布団も羽毛に包まれるように柔らかくて、普段夜更かししている俺ですら抗えないような心地よさだった。
そのおかげで今日は普段より寝起きがよく、しかも早起き出来て気持ちも活発になっていた。
「確かにクロさんは【逃亡者】のスキルがあるので何とかなるかもしれませんが、でも年長者である私が年少者であるクロさんを囮にして自分だけ暖かいベッドで寝るなんて、聖職者として許せなくて」
という事はメリーさんは一睡もしていないらしい、かつては我儘で自分勝手な人間だったと言うが、今のメリーさんにその頃の面影は感じられなかった。
「まぁ今回はクロが囮になってくれたおかげで助かったのも事実ですけど、メリーさんはタダで毎日クロのライセンスの更新をしてあげた恩もありますし、そもそも勝手に付いてきたのはあいつなんで、なんも気にする必要ないっスよ、逆の立場だったとして俺やクロがベッドでぐっすり眠ってても、メリーさんは怒らないでしょう」
「そうですけど・・・」
昔やんちゃだったと告白した割にはメリーさんは人が良すぎるが、多分流されやすい性格なだけで、やっぱり根は善人なのだろう。
故にその葛藤も理解出来るし、悩むなと言うのも無理な話だ。
なので俺はメリーさんの事は気にせずに普段通りに振る舞い、メリーさんに心配している自分が異常なのかもしれないと思わせる方向性でいいかなと、匙を半分投げた。
顔を洗って身だしなみを整えて、昨晩洗濯し魔法具で乾かした衣服に着替えると、朝食の準備が出来たと使用人にダイニングに呼ばれた。
「グッモーニンフエメ、今日も相変わらず綺麗だね☆、爽やかな朝に乾杯☆、オークのお姫様もきっと君の美貌には敵わないと鼻でため息をつくよ☆」
俺は先に席に着いていたフエメに、少々キツめのテンションで挨拶した。
なんとなく、普通におはようと言うのが癪だったからだ。
もしも挨拶したくない相手に挨拶する方法のマニュアルがあったならそれを実践していただろうが、今回は慇懃無礼の極限、礼儀正しいけどウザいキャラで相手を呆れさせる方向性でやり過ごす事にしたのである。
ちなみにこのキザなナルシスト系キャラを選んだ理由は、目覚めが良すぎて気持ちが活発になっていたからだ。
「・・・・・・」
当然の如くフエメは無視。
これで俺の作戦、家主にちゃんと挨拶したけど無視されたからこれ以降は特に挨拶や礼儀を気にせず勝手に出来る作戦が成功したという話だ。
「あらら、今日のフエメはご機嫌ナナメみたいだね☆、じゃあ僕も今日は大人しくしておこうかな☆」
ここで大人しくすると断言せずに、しない可能性も残しておいて牽制しておく。
今日はフエメとお使いに行く段取りになっているが、水汲んでこいとか面倒な雑用や、馬車の中でご機嫌取りをしろと言われたら非常にめんどくさい。
勝負は既に始まっている、俺は我儘なお嬢様のご機嫌とりなんてしたくないので、好感度を下げつつウザキャラを演じる事で予防線を張ろうという訳である。
フエメは男を召使いとしか思ってないような生粋の人でなしだ、だから俺はフエメの好感度管理に関してだけは常に細心の注意を払っている。
仮にマウントを取られていいなりにされたなら、その瞬間から召使いとしてこき使われるのは確定しているからだ。
俺は今にも鼻歌で歌い出しそうな調子で、脳内でサンバのリズムを流し、頭をそれに合わせて振り回すガンギマッた様相で自分の席に着席した。
──────────スッ。
「ずこぉおおおおっ!?」
椅子に座ろうとした瞬間に背後に控えていた使用人に椅子を引かれて床に尻を強かに打ち付ける。
「てめぇ、メル、なにしやが・・・じゃなくて、何をするんだい、僕のプリティヒップがフカフカの絨毯が敷かれたオーソリティーフロアにメルティクラッシュしたじゃないか、お茶目だなぁメルは、イタズラ好きなダーティなメイドさんめ☆、おいたをする悪い子にはお仕置しちゃうぞ☆」
不意打ちを食らって憤激しかけたものの、なんとか取り繕ってキャラを保った。
今しがた俺を転ばせたメイドの名はメル。
フエメの幼なじみにして専属の従者であり、その忠誠心は己の命も顧みないほどに高い忠実なる側近であり、故にその行動はフエメの意思と考えても差し支えない。
ちなみに歳は俺たちの一つ上で、一年早く宣告を受けて結果は【ナイト】と珍しさは無いが無難に嬉しいジョブを引いていた。
そんなメルは、淡々とした様子で俺と目線すら合わせずに答えた。
「お嬢様から「もしもライアがわざと不敬な態度を取ったり、不審な奇行でこちらを混乱させるような事をしたら、その場で制裁を与えるように」と申しつかっていましたから」
「は?、どういうことだってばよ・・・ミ☆」
フエメに俺が不敬を取ることを読まれていたのは誤算であること以上に、フエメの手のひらに掌握されているという恐怖、不安な出来事である。
故にこの俺の奇行が擬態だと見破られるのは非常に困るし、この場だけでもやり過ごしたいものではあるが。
俺の問いかけにフエメも、こちらを見ずに淡々と答えた。
「昨日、あなたは自分の手柄と天秤にかけてもなお、私の条件に不満を持っていた、考えられる理由は二つ、『女王』の話が嘘だった場合においては自分にメリットが存在しないから、もしくは、そもそも『女王』の事を自分の手柄にするつもりが無いから」
フエメは見透かしたような事を、こちらに目線も向けずに話している。
「虚言だったとしてじゃあ何のために私を利用しようとしたのかって話だけど、これがあなたに依頼されて私を村から連れ出す目的なのだとしても、その報酬としては十分釣り合っているし、それが私を陥れる目的ならばそもそも対価を気にする必要も無い、だから嘘の可能性は低い」
フエメは優雅に紅茶を一口含んでから続ける。
「ならば自分の手柄にするつもりが無いから、という事になるけれど、では何故自分の手柄にするつもりが無いからか、それが手柄を譲るべき相手がいるのでは無いとするのならば、自分が目立つ事を避ける為、そして、あなたの隠したい事があるとするのならば、・・・確か、2週間前だったわよね、あなたの誕生日、そこで「宣告」を受けて、【軍師】になった、しかし【軍師】と知られれば面倒事を押し付けられて昼まで寝過ごし遊び歩くような放蕩生活を送れなくなる、だから怠惰なあなたは自分の平穏を守る為に、【軍師】の身分を隠す事にした」
すごい、【軍師】の部分以外全部当たってる、流石【女傑】である、短期間で完全に俺を分析出来ている、本質を見抜く事に関してはフエメは名探偵になれる洞察力を持っている事が伺える。
しかしこれで下手に認めて【軍師】ではないことまでバレてしまっては、致命傷も致命傷、一番秘密を知られるとマズイ相手に弱みを握られる事になる、だから僅かな隙も、疑問も抱かせてはいけない。
俺は演じる道化のスイッチを適当から超適当に切り替えた。
本気モードになったら最早それが正解だと自白しているようなもの、ならば、誤魔化すのでは無く何も考えずに発言した方が洞察力の鬼であるフエメに対しては効果的だろう。
まさか昨日の僅かなやりとりからそこまでこちらの核心を見抜くとは思わなかったが、フエメがそこまでの名探偵なら、俺も詐欺師の息子のプライドにかけて全力でフエメを騙すしかない。
「ははっ☆、すごい推理だね☆、君は名探偵、いや推理作家にでもなった方がいいんじゃないのかい☆、でも残念、僕のジョブは【モンク】さ☆、【軍師】は村の札付きのバッドガールのクローディアちゃんだよ☆、僕がフエメの条件を拒んだ理由は簡単、単純にものすごく面倒くさいと思ったからさ☆」
嘘と真実を全く同じトーンで同じ調子で語る。
ここから俺が【勇者】である事を見抜くなんて無理だろう。
そして【モンク】は俺が自分を偽装するに一番都合がいいと思って選んだジョブ、どう詰問されようと、ボロが出る事は無い。
「・・・【モンク】?あなたが?、ありえないわ、【乞食】か【ならず者】、運が良くて【諜報員】か【詐欺師】が関の山のあなたが、その予想の正反対の【モンク】だなんて、まるでもっと有り得ない上位職に選ばれたから、取り敢えず【モンク】といって誤魔化そうという安直さしか感じない話よ」
「まぁ怠惰に見える僕も本質的には勤勉で信心深いという話じゃないかな☆、【モンク】なんて実際、誰でもなれるジョブだしさ、僕が選ばれる事に意外性はあっても、不可能では無いよね☆」
「そう、誰でもなれる汎用、一般ジョブが【モンク】、でも、だからこそ、あなたには一番縁のない物よ、だってあなたには一般常識もそこらの凡人に取って代わられるような普遍性もない、完全なる異常者、異常者が正常なジョブに選ばれる事はほぼ無い、これは宣告における確定的な真実、異常者に異常者のレッテルを貼るのが宣告なのだから、だからあなたが【モンク】になるなんて、【勇者】になるよりも有り得ない事よ」
・・・本当に何が見えているのか、普段何を考えていたらそこまで物事の本質を見抜く力が養われるのか不明だが、フエメの言葉は、これ以上なく俺の核心をついてきている、こちらの失言がある訳でも、俺の過去を知る訳でもないのにだ。
だからと言って素直に引き下がる訳にもいかず、俺は初志貫徹すべく適当な解答を続けた。
「【勇者】よりも、ね、そこまで買い被ってくれるのは嬉しいけど、これで僕が平凡な凡人だったと認めてくれる訳にはいかないのかな☆、僕は確かに人より小賢しくてせこい人間だけど、でもそれは何よりも僕が小物である事の証で、実際その通りだったってだけの話だよね☆、それに宣告なんて規則性もあればランダム性もある、神様のサイコロで決められたものなんだから、気まぐれな神様の悪ふざけで僕が【モンク】になる事だってあるよね☆」
俺はここからの舌戦、少しでも隙を見せたら負けると思い、ボイスパーカッションで謎のリズムを取りつつ、脳内で謎の音楽が流れてる設定のヤバい奴を演じて、フエメを威嚇しながらフエメの返答に耳を傾ける。
「・・・そうね、例外は何事も存在する、ただ、その例外にも理由はあるという話だし、私の見立てならば、あなたには最低でも【遊び人】、当たりを引けば【催眠術師】や【闇魔道士】のような人を洗脳したり欺く事に特化した異常者のテーブルに入ってるのは間違いない、仮にモンクなのだとしたら、今はレベルは幾つ?」
「7だね☆、魔物はまだ10匹くらいしか倒してないよ☆」
まぁ倒したのはメリーさんで、俺は囮になったりして養殖させて貰っただけなんだけど。
「じゃあ次の『女王』の討伐、あなたもパーティに入って、それでレベルを上げて転職しなさい、それで次に何のジョブになるかで、あなたのテーブル、地金が露わになるわ、私はあなたが【モンク】である事を認めないし、だからこれを証明する事が最後の条件、取引の対価という事でいいわ、私はあなたに興味なんて無いけれど、【モンク】のあなたは嫌でも気に障る、だからあなたは自分が【モンク】の器では無い事、それを証明する事が私からあなたに求める望みの全てという事でいいわ」
「は?・・・☆」
という事でいいわって、そんなに俺が異常者でいて欲しいという事だろうか。
これが恋愛感情に基づくような甘酸っぱい動機から生じる好奇心では無い事は分かっているので、ならば何故という疑問しかないが。
先ず俺とフエメは、互いの人となりは村社会特有の噂話などでそれなり理解しているが、こんな風に面と向かって会話した事などほとんど無く、仕事上の事務的な会話しかない。
それは俺がサマーディ村の『姫』であるフエメに対して危機管理として距離を置いていた為だが、そんな俺に対して好意を持つ可能性など、俺が絶世の超絶イケメンでも無ければ有り得ない話だ。
だから好意は有り得ないし、他に考えられるとしたら、フエメが俺の秘密を、俺と過ごした僅かな時間から見抜いたという事。
一生正義の味方にはなれない、悪人になるしかないようなそんな俺の過去を、俺の言動から見抜いたのだとしたら、フエメの洞察力は間違いなく本物であり、【勇者】に選ばれた事も容易く見抜くに違いない。
例えるなら自分の思考を盗聴されてるような気分だ。
ものの例えだが仮に自分が昨日何回自慰行為に耽って、誰をオカズにして自慰をしたかを予想できるような人間がいたら、その相手に恐怖と嫌悪感を抱かずにはいられないだろう。
故に俺は昔からフエメに自分を晒す事を忌避し、フエメを疎ましく思っていたし。
その長年に及ぶ天敵、宿敵のような関係性が、ここに来て俺の最大の障害となって阻んで来た訳だ。
味方に引き入れたり、上手く懐柔したりするのは無理だ、フエメはひとでなしにして覇道を征く生粋の支配者であり、自分が譲歩する事など言葉の上でしかない。
仮に自分が遅刻しても謝らないし、人に理不尽を強いる事になっても感謝すらしないような人間だからだ。
フエメに求婚する為に命懸けでドラゴンの宝玉や不死鳥の尾羽を取ってきた冒険者たちに対して、もっと大きいのが欲しい、もっと綺麗なのが欲しい、私に見合うものを持ってきたらデート一回くらいはしてあげると返すくらいには、フエメは自分が誑かした男に対して無関心なのだ。
故に彼女の価値観の中には、おそらく人間は利用価値のみでしか測られていない、故に【勇者】の俺の利用価値を示す事は同時に、使役する為に管理される事を意味する。
フエメがという事でいいわと会話を打ち切ったせいで、俺は問答無用で『女王』討伐隊に組み込まれる事になってしまったが、まぁなんとかメリーさんに護衛してもらおう。
幸い冒険者も今回はフエメの金で一流を雇える事だし、危険性はそこまで高くない思う、そう考えれば楽してレベル上げられてそう悪い話でもない。
俺はデザートに出てきたライチをしこたま食い貯めて、その後フエメと街まで出かけた。
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