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第1章 P勇者誕生の日

第3話 ンシャリ村のプリースト メリー

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 駆け出しのモンクとしてメリーさんの教会で働き始めて二日目。
 昨日は軽く仕事の説明を受けた後に、教会の裏手で畑作業をし、メリーさんが恒常業務である村人のライセンスの更新をしてるのを見学し、そしてメリーさんが暇な近所のおじいちゃんおばあちゃん達の話し相手になってるのを見学して、思っていた百倍楽な仕事だと分かった俺は、二日目にして寝坊、重役出勤をした。

「おはようございますメリーさん」

「おはようございます・・・というかもうお昼ですけど、何かあったんですか?、体調が優れないとか?」

 寝過ぎて偏頭痛になっているだけだが、メリーさんは心配したように俺に顔を近づけた。
 お袋の百倍フレッシュで、そして安心感を与えてくれるような優しい女性の香りが漂って来て、半覚醒状態ではあったが、少し目が覚めた。

 昨日は労働初日とあって幾分かの緊張感もあったが、今日からはこの村で一番見目麗しくそして優秀なメリーさんを好きなだけ視姦出来る、そんな気軽さで、覗き込んできたメリーさんの瞳をじっと見つめた。

 気まずい沈黙が流れるが、動じない事に関しては親父の教育で鍛えられていた為に、徐々に赤面していくメリーさんの反応をじっくりと観察する。
 どれだけ男と縁のない人生だったらここまで初心うぶに育つのかは分からないが、メリーさんに男への耐性をつけさせることは、メリーさんが将来悪い男に騙されないようにする為にも、協力者である俺の責任としてすべき事だろう。

 そんな事を考えながら不動の意思で見つめ合っていたら間もなくして、耐えきれなくなったメリーさんが視線を反らしながら離れた。

「あ、あの、ライアさん、目が少し死んでますけど、体調は大丈夫ですか」

「それは生まれつきです」

 無気力さを目は正直に語ってしまう、親父にはよくやる気を出せと怒られるが、性分なのだから仕方ない。
 別に無気力系男子とか本気を出すのが嫌という訳では無い。
 ただ単純に、自分が何もしなくて誰も困らないならそれでいいじゃないかと思っているだけだ。
 空気みたいに存在感を消して、必要な時だけ伏兵として手柄を上げる、その省エネな立ち回りが短い人生の中で習慣化されてしまったというだけ。
 詐欺師の息子である故に、目立たない事が必然としてアイデンティティとして確立していたという話である。
 それが【勇者】になってもその自覚が芽生えない理由の一つ。
 いや【勇者】には選ばれた責任がある事くらいは分かっているが、選ばれたからといってそれを果たす義務が何処にあるのかという話でもある。
 これが生まれた時から決まっている貴族や王族という立場なのならば、多少はその責務を果たそうという使命感もあったのかもしれないが、いつでも転職できる勇者に、それと同じだけの責任を求める事は出来ないだろう。
 つまり【勇者】という仕事に対してバイト感覚なのだ。
 

「それよりも、今日は何か依頼とかありませんでしたか」

 取り敢えず遅刻をした理由を聞かれる前に仕事へと話を切り替えた。

「依頼はありませんが・・・、そうですね・・・」

 メリーさんは俺に何か割り振れる仕事が無いかと思案すると、その沈黙を裂くように勢いよく扉が開かれて来客が訪れた。

「たのもー!、宣告をやってほしいのん!!」

 そう言って意気揚々と俺たちの前まで近づいて来た少女は、俺のよく知る人物だった。

 クローディア・カンベル、俺の幼馴染だ。

「クロ、宣告は16歳になってからだって教わらなかったか?、お前みたいな幼女が【炭鉱夫】や【漁師】みたいなガチできつい肉体労働系ジョブ引いても無駄だし、逆に【秘書】とか【プリースト】みたいな有能レアジョブ引いても宝の持ち腐れな上にレベル上げて転職する事も出来ないから、宣告は1人前になってからって教わっている筈だろ」

 豚に真珠の上級レアジョブ引いて自慢する分にはまだいい、だが【乞食】とか【ホームレス】みたいな最下級ジョブを引いた場合に、レベルを上げて転職するのが難しいから、若年者の宣告は推奨されていない。
 【乞食】は馬鹿にされ落伍者の烙印を押されるのと同義である為に、転職しないと恥となって家族に迷惑になるからである。
 その為、【乞食】を引いた者は転職する為に必死にレベル上げに勤しむというある種の逆転現象が起こるのが皮肉でもあるが。

「何を言っているのん、私だって14歳、貴族の愛人として見初められたりする分には立派なレディなのん、だから少なくとも童貞のライアにだけは言われる筋合いはないのん、だから宣告を頼むのん」

 クロは堂々とした態度でそう主張するが、彼女の体型、思考、趣味、その全てが幼女と形容するに相応しい。
 一つだけ取り柄があるとするのならば、俺が幼い頃から親父を見て詐欺師としてのスキルを磨いたように、クロは【悪代官】である村長に育てられていた為に不正や悪事を隠蔽する手腕に長けている事くらいか。
 クロは村では三英傑に勝るとも劣らないポテンシャルを持つ悪ガキであり、三英傑からも一目置かれるほどの有望な悪ガキだ。
 そして俺はクロからよく標的にされており、お気に入りのおもちゃを盗まれたり、村の物を壊した罪をなすりつけられたりと散々な目に合っている。
 その度に俺はクロがやったと弁明するのだが、クロのアリバイ偽装、俺のアリバイ不明、動機のこじつけや大人への心証工作などなど、あらゆる点に於いてクロは俺の弁明を上回り、そして俺は詐欺師の息子という事でいつも悪者にされてしまうという被害を受けていた。
 故に俺にとってクロは、村における唯一の敵と言える存在であり、幼女で無ければ憎しみを覚えていたかもしれない相手だが、相手が幼女なので被害は受けつつも敗北を認め大人の対応をしていた。
 いや、昔は俺に多少懐いていて、その面影が忘れられないから憎み切れないだけだが、それでも俺がクロに受けた仕打ちは108つ全部忘れられないくらいに鮮明に刻まれている。
 それでもクロの事を憎み切れないのは、昔仲良くしてた事に対する未練が捨てられないからで、女々しい事なのかもしれないが。

 そんなクロがこのタイミングで教会に来た理由くらい、俺には直ぐに思い至った。
 昨日親父は俺が【モンク】になった事を自慢して回っていたと言っていたからな。

「どうせ俺が【モンク】になったと聞いて、それで対抗しようと思ったからだろ、悪い事は言わない、やめとけ、仮にお前が【モンク】やそれより上の【プリースト】を引いたとしても、教会の聖書は難しいぞ、幼女に理解するのは無理だ、だから帰れ」

 悪ガキのクロが聖職者になったら少しは丸くなるのか気になる所だが、まぁ十中八九メリーさんの仕事を増やして困らせるだけだろう。

「ライアさんだって聖書読み始めて10分もしないうちに寝てたじゃないですか・・・」

 メリーさんはそんなツッコミを入れてくるが、俺はもともと【モンク】では無いし興味も無いので、不可抗力という事でいいだろう。

「うにゅ、絶対ライアよりすごいジョブを引いてライアより上だと証明するのん、だから宣告するのん」

 クロは俺の忠告など無かったように、ただの対抗心である事を認めた上で宣告をするようにメリーさんに迫る。

「あ、あの、でも、宣告には先ず予約を入れてもらわないと、儀式とか準備もありますし」

「それ以前にお前は宣告のお布施金払えないだろ、幼女は帰れ」

 宣告も慈善事業では無いので当然対価が発生する。
 ライセンス発行も含めて10万デン(貨幣単位、金貨なら1枚、銀貨なら20枚)かかる。
 俺が3年間村の農作業や街への荷運びを手伝って稼いだお金を、適度に遊興費にも費やしながらコツコツと貯蓄して、結局足りなくて半分以上親から借金してようやく捻出出来たのが10万デンだ、幼女が持っている訳が無い。

 そう言うとクロは懐から1枚の金貨を取り出した。

「ほい、これで文句無いのん、早く準備して宣告するのん」

「な、金貨だと、お前いったい何処でこんな金を・・・」

 金貨は貴族が使うお金であり、村に流通する量はゼロと言って差し支えない。
 そもそも村には10万デン以上の価値を持つ商品が無いし、10万デン以上の金のやり取りがあったとしても、それに金貨を使って銀貨の流通を減らす方が村にとっては不便だからである。
 だからこの金貨の出処があるとしたら、村に来た貴族、もしくは通りがかった貴族の落し物くらいしかないが。

「普通にジジイのへそくりから貰ってきたのん、ジジイは最近ボケて忘れてるみたいだし老い先も短いからバレる心配も少ないのん」

「それなら安心、なのか・・・?」

 確かに悪代官である村長のへそくりなら、千両箱くらいあっても不思議では無い。
 それにいつもみたく俺に責任転嫁される可能性が低いのはありがたいが。

「心配しなくてももしバレたらライアに脅されたと言っておくのん」

「今すぐ返して来いこのクソガキ」

 俺はクロを無理やり追い出そうとするが。

「ライアさん、宣告をしてあげましょう」

 メリーさんは何故か宣告に乗り気だった。

「え、なんでですか、こんな幼女、宣告をするなんて10年早いですよ、金も汚い金だし、聖職者が引き受けるような仕事じゃ無いですよ」

「確かに、平時であれば丁重にお断りするべきなのかもしれませんが、しかし今は乱世です、ここは村なので浸透していませんが、都では成人年齢などの引き下げが行われていますから、ですのでこの村では平時なら16歳が適齢とされているのならば、今は14歳で宣告を受けてもよいかと私は思います」

「む、確かにそれはそうかもしれませんが・・・」

 【勇者】として俺が誕生した事で、転職するまでに魔王軍に襲われるかもしれないという危惧も確かにある。
 ただ隠蔽する必要がある為に危機感を村人達に伝える訳にもいかないので、これまで通りでいて欲しいのがこちらの願望だが、それを押し付けていざ魔王軍が来た時に抵抗出来なかったとしたら、それはそれで問題か。

「うにゅ、【勇者】になって世界を救うのも悪くないのん、そうなったら雑用係兼ヒーラーとしてライアの事も雇ってやるのん」

「じゃあ代わってくれよ・・・」

「うにゅ?」

 馬鹿能天気な幼女の妄想を聞いていると、つい悩んでいる俺の鬱憤が噴出してしまう、幼女は黙っとれと言いたいくらいだが、流石にそこまでは言えない。

「ライアさん、何か言いました?」

「いえ、何も、まぁどうせ【遊び人】とか【おもちゃ使い】になるのがオチだろうし、とっと終わらせて帰らせるのが一番か」

「うにゅん、フラグを建ててくれてありがとうなのん、吠え面かくのが楽しみなのん」

 宣告する事が決まった俺は、早速メリーさんの指示で準備を手伝う。

 そこまで大掛かりな準備が必要という訳でも無いが、宣告を聞く為には神とのチャンネルを繋げる必要があるらしく、全国で大勢の人間が同時にチャンネルを繋げている場合には順番待ちとなる為に、予め教会本部に申請を出し調整された日時に行うのが形式らしい。
 今回は日時と結果を後から教会本部に送る、緊急時の事後報告式で宣告をするとの事だが、まぁ事後報告式でも何でも、教会から白紙のライセンスカードさえ送られてくるのならば、こちらとしては何も変わらない話だ。 
 今回はクロが村長の娘という事で祭事に必要という理由をでっち上げて取り敢えず緊急時の事後報告式で申請するそうだ。

 クロの宣告する理由について言えば、必要な要因は【勇者】である俺であり、メリーさんが偽装してくれる事に関しては感謝しなければならないな。
 俺の偽造ライセンスの発行の件といい、メリーさんは聖職者とは思えないくらいこういう形式ばった問題も柔軟に対応してくれるが、それはやはり、メリーさんが村で評判の超優秀なプリーストだからこそなのだろう。
 本当に、この過疎村には勿体無いくらいの人物だった。

 祭壇の上に神器である宝玉を置いて、メリーさんは宣告の儀式を始めた。

 魔法陣が発光し、その上に立つクロが照らされる。

 どうやらチャンネルは渋滞していなかったようだ、儀式はスムーズに執り行われた。

「・・・出ました、あなたの宣告されたジョブは」

 自信満々を装っていたクロだったが、運任せの勝負とあっては緊張するのだろう、祈るように目を閉じてメリーさんの言葉を待つ。

「────────【軍師】です」

「うにゅ?」

 ・・・【軍師】、か、幼女と軍師の組み合わせと言うのは、古今東西に於いてそう珍しいものでは無いのだが、【悪代官】の娘ならもっと日陰ジョブを引いて欲しいと願ってしまうのは俺の性格が悪いからなのか。

「やったのん!やったのん!、レアな上級職を宣告されたのん!クロの勝ちなのん♪」

 クロはまるで初めてサンタからクリスマスプレゼントを貰った子供のようにはしゃいだ。

 【軍師】は紛うことなき上級職であり、パーティを指揮し、味方との意思疎通や敵の策略を読む事に卓越した戦闘、政治、商売など、あらゆる面に於いて重宝される超大当たり職だ。
 正直【勇者】とどっちを選べるかと言われたら俺は絶対【軍師】を選ぶくらいに羨ましいが、態度には出さないでおく。

「本当に【軍師】なんですか、子供相手に嘘ついてもなんの得もありませんよ」

「ええ、私も驚いてます、宣告は沢山経験してますが、二回連続で激レアを引いたのは初めてなので・・・」

「うにゅ?【モンク】って【軍師】と同じくらいレアだったのん?」

 メリーさんがうっかり口を滑らせたのをクロが訝しんだので、俺は慌ててフォローした。

「まぁ、俺みたいなポンコツに与えれるジョブとしては最上級のジョブなのは間違いないだろう、【プリースト】の下とは言え、【モンク】だって立派な聖職者だしな」

「確かにライアに【モンク】は身の丈に合わない豚に真珠なのん、でもクロの【軍師】の方が上だったのん、負けた罰としてライアはこれからクロの家来になるのん♪」

「は?、なんだよ罰って、てか俺は教会の仕事で忙しいんだよ、用が済んだならとっとと帰れ!」

 上機嫌なクロを見てると嫉妬が隠せなくなりそうなので俺はぞんざいにクロを追い出した。

「うにゅ、また来るのん、あそうだ、宣告の費用については他言無用で頼むのん、適当に出世払いとか、ライアのへそくりで賄ったとか誤魔化して欲しいのん、それじゃ、バイバイなのん」

 クロは上機嫌に手を振って教会から出ていった。

「まさか、こんな事って・・・」

 立ち去ったクロの影法師でも見るように、メリーさんは神妙になって唸っていた。
 俺も似た気持ちだ、【勇者】の俺の幼なじみが【軍師】になった、これは偶然と呼ぶにはあまりにも作為的な話なのだから。

「・・・一応確認しておきたいんですけど、宣告って完全ランダムですよね、行うプリーストによって成功率に差があるとかは無いですよね」

 念の為にこれが偶然では無い可能性を確認しておく。

「そうですね、平時は農業職、戦時は戦闘職が出やすいとか、【大将軍】とか【大賢者】みたいな超上級職には数や条件に制限がある、って事以外は基本的にランダムで、最初の宣告で上級職が出るのは1000人に1人くらいだと言われています」

「だとしたら二連続で大当たりを引いたメリーさんは、確変中の超アゲマンプリーストなのかもしれませんね」

「・・・いえ、宣告が完全に運なのだとしても、ライアさんの身近で【軍師】のような有能な人材が発掘されたという事はきっと、神の思し召しなのだと私は思います」

「思し召しって、あんな幼女におおそれた事ができる訳がありませんよ、せいぜい夫婦喧嘩を調停したり、村人を扇動しておもちゃ祭りを開いたりするくらいが関の山ですよ」

 クロが有能な人材だった場合に、協力者として引き込んで魔王討伐の手伝いをさせるとか言い出しかねないのでキッチリ釘を刺しておく。

「そう言えば、随分仲が良さげでしたが、どう言った関係ですか?」

「向こうから一方的に攻撃を受けてるだけですけどね、主にイタズラされたり、嫌がらせを受けたりするだけの、古い腐れ縁ですよ」

「腐れ縁ですか。詳しく訊ねても構いませんか?、その、彼女の背景が少し気になったので」

「ああ確かに、それについては説明する必要があるかもしれませんね、村人は皆知ってることですが、あいつは10年前、近くの川に流されていたのを俺が拾ったんです、そして責任をもって面倒みられるって事で村長の家に預けられました」

「・・・なるほど」

 村長はお袋の叔父に当たる親戚であり、三英傑の師匠でもある村の英雄であるが故に、俺が拾ったクロの保護者として一番適切だとして白羽の矢が立ったのである。

 詳細を省いたかなり簡潔な俺の説明だったが、最低限必要な情報なんてこれくらいのものだ、だからメリーさんなら全部理解出来ただろう。

 メリーさんは再び考えこんでいた。
 おそらく【軍師】としてのクロを引き入れない手は無いが、幼女を巻き込んでいいものかという葛藤に悩んでいるに違いない。

「それじゃ俺はお昼時なんで適当にランチでも作りますね」

 勇者を辞めようとしている事を悟られても困るので、そんなメリーさんを俺は放っておいた。
 まだ同棲?して二日目だが、メリーさんが俺よりも知恵の回る上級者で厄介な相手なのは分かったので、余計な情報を与えたり、勘を働かせるような事は控えるべきだと学んだからである。


 パンとスープだけのランチを終えて、俺とメリーさんは午後の仕事に勤しんだ。



「そう言えばメリーさんって、歳いくつでしたっけ」

 特にする事も無かったので庭の掃除を二人でしていたが、退屈過ぎたのでそう切り出してみた。

「え、いきなり女性の年齢聞くんですか、失礼じゃないですか」

 メリーさんは怒ってみせるが、見た感じ、そんなに歳が離れているとも思わないので遠慮せずに突っ込んだ。

「相手がメリーさんじゃなければ気軽に聞いたりしませんが、俺とメリーさんの仲じゃないですか、隠し事はナシっすよ」

 メリーさんは敵、では無いが。
 それでもいずれ出し抜かないといけない相手として、どれだけ人生経験の差があるのか聞いておきたい所ではあった。

「うっ、そう言われると断りにくいですね、・・・誰にも言わないでくださいよ」

 メリーさんはキョロキョロと周囲を警戒しながらこちらに近づいて、物凄く小声で耳元で囁いた。

「───────にじゅうきゅうです」

「・・・へ?」

 29?、いやいやそんな訳が無い、19の聞き間違いだよな?、でも19歳ならここまで恥ずかしがる訳が無いし、そもそも男慣れしてないメリーさんが19でもちょっと予想外だけど・・・。
 見た目は18歳でも全然行けるくらい若々しい、だから29というのは流石に信じられなかった。

 でも。

 赤面しながら、両手で顔を隠すメリーさんの反応からすれば、19歳のイケイケの小娘の反応とは到底思えない。
 だとするのならば、アラサーの方がまだ妥当か。
 いや、メリーさんの故郷の風習で16過ぎて未婚だと恥ずかしいみたいな可能性もゼロでは無いが。
 ・・・取り敢えず、大きくて5歳差程度と思っていた予想を大きく超えたメリーさんの実年齢に衝撃を受けたものの。
 まぁこの村基準で言えばメリーさんが一番食べごろで魅力的な女性なのは間違いないので、俺のストライクゾーンから外れた訳でも無い。
 勇気を振り絞って教えてくれたメリーさんに、慰めのひとつくらいかけるべきなのかもしれない。

 俺はどうやったら恥ずかしがっているメリーさんのメンタルを回復させられるかを考えて、言葉を選んだ。

「教えてくれてありがとうございます、何を恥ずかしがっているのかは分かりませんが、メリーさんは若さもエロさも兼ね備えてるパーフェクト美人プリーストなんで、何歳だったとしてもめちゃくちゃ魅力的な人ですよ!ほんと見てるだけでいつもめっちゃムラムラしますッス!!」

 ちょっと過剰過ぎるくらいの社交辞令の美辞麗句を並び立てた感があるが、女を褒める時は可能な限り割り増すのがいいというのが親父の教えだ。
 なのでこれでも適正範囲以内だろう。

「・・・でも、私アラサーですよ、ライアさんから見たらおばさんに見えませんか」

 確かに、たまにお袋と似た匂いがする、みたいな、同年代からは感じられない雰囲気を感じる事はあるが、言葉にしないのが吉だろう。

「全然、むしろ大人の色気が感じられて、それなのに肌綺麗だし、若々しいし、いつも憧れちゃいますよ!」

 あ、やばい、今ので入っちゃった、入れてはいけないのに、村のマダム達を喜ばせるスイッチが入っちゃった。
 それってつまり、メリーさんをおばさんだと認める事と同義なのに、喜ばせようという一心でおばさんと同じに扱ってしまった。

 しかし俺の本心とは真逆に、ただの社交辞令でメリーさんは、「えへへ」とだらしない顔で嬉しそうに頬を緩ませている。
 なんと言うか、こんな社交辞令で喜ぶという事は相当男に縁の無い人生を送って来た事が伺えて、一周まわってまたメリーさんの可愛さを再確認した感じである。
 黙っていても黙っていなくても、10人中8人は振り返るレベルの美人なのだから、この村基準なら10人中10人は惚れない方がおかしい女性なのだけど。

 しかしこのままメリーさんのご機嫌取りを続けた場合に、メリーさんの事を女の子として見れなくなる可能性が出て来たので、危機回避の為に話題を変えた。

「そういえば前に言ってましたよね、任期が10年残ってるって、確か普通の聖職者の任期は一任期で8年とかだったと思うんで、それってやっぱメリーさんが超優秀なプリーストだから教会が手放したくないとか?」

 だいたい聖職者は8年でレベルがカンストし、そこから転職してアークプリーストとかその他の職業へと移り変わるシステムになっている。
 勿論転職するかは自由だが、聖職者は安定している代わりに薄給の割に激務だったりするので、まぁそこまで人気の職業という訳でも無いという話だ。
 聖職者として働いたノウハウを生かせば【会計士】や【税理士】みたいな事務職に転職する事は難しくないし、冒険者ギルドや商人ギルドからも歓迎される。
 なので激務な上に休みも無くてやりがいだけを死ぬほど要求される聖職者として生涯働ける人間はかなり希少なのだ。

「うっ、・・・よく覚えてましたね、そんなさり気ない情報を」

 メリーさんは再びバツが悪そうな様子だ。
 もしかしたらこの質問で俺の中にある村にやって来た美人で有能なプリーストというイメージが完全に壊れてしまう可能性を危惧したが、メリーさんの弱みを握る事は今の俺に必要な事なので遠慮せずに切り込んだ。

「まぁ前から気になってましたからね、メリーさんみたいに若くて美しい人が、なんでこの村に来たのか」

「・・・やっぱり不自然ですかね?、私がここにいる事って」

「まぁ前任と前前任がポンコツ過ぎて追い出されたので村人は皆歓迎してますけど、メリーさんが有能であればあるほど、不自然には思われてましたね、なんであんなに優秀な人がこの村にって感じで、一時期は実は若く見えるだけの美魔女だとか、キレるとヤバい地雷女とか、そんな噂もありましたけど」

「美魔女・・・地雷女・・・」

「まぁ、あくまで村人が勝手に言ってるだけですし、メリーさんはまだ若くて優しくて美しい素敵な女性だって俺は分かってるんで、今後そういう噂があっても俺が否定しておきますけど、それはそれとして、やっぱりメリーさんがこの村に来た理由は気になりますね」

「うう・・・」

 メリーさんは隠したがっていたが、流石に俺に対して秘密を作るのは協力者として気が引けるのだろう、「掃除が終わったら話します」と答えたので、俺は全速力で掃除を終わらせて、教会の中でメリーさんの話を聞いた。



 懺悔を聞くための告解室に二人で入る。
 俺は悪ノリして神父側に入り、メリーさんに懺悔者側に入るように促した。


「さぁ、信徒メリー、あなたの罪を全てここに告白なさい、【勇者】はあなたの罪を全て認め、お許しになるでしょう」

 そう促すとメリーさんは、かなり勇気がいる事だったのだろう、大きく深呼吸して胸を落ち着かせようと努める。

「・・・もしかしたらライアさんが私の前に現れた事、それこそが神の思し召しだった、のかもしれませんね」

 そう言うと観念したように、メリーさんは滔々と語り聞かせてくれた。



「・・・私は、王都の裕福な商人の娘として生まれました、平和な時代で何不自由無い暮らしをし、そして戦時中で餓死者がでるような時勢の中にあっても、私は貧困とは無縁の、三時のおやつにケーキが、週の楽しみにオペラがあるような、貴族と変わらない、そんな暮らしをしていました」

 王国が崩壊したのはつい最近の話だ、メリーさんの年齢からすれば、メリーさんが小さい頃から長い間裕福な暮らしをして、偏見と差別の中で生きていた姿が容易に想像出来た。

「小さい頃はお金持ちの家の友達と毎日お茶会をして、舞踏会では貴族に負けないくらい派手なドレスを着て、平民の男の子達を奴隷のように侍らせて、まるでお姫様みたいな暮らしを18歳の誕生日まで続けてました」

 18歳、アンデス王国における成人年齢、つまり宣告をされたという事。

「そこで私は宣告を受け【プリースト】に選ばれました、同級生の中でも抜群の大当たりを引いた私は、自分は選ばれた人間で、お姫様になるにふさわしい人間だと思い上がっていました、友達や同級生に自慢ばかりして、そして全て揃ってる私に沢山の人間が媚びおもねって、そんな生活に満足する傲慢な日々を過ごしていました。プリーストの仕事でミスや遅延が生まれても、それを全て部下に丸投げしたり揉み消したり、私自身のレベルは上がらないのに、悪知恵と悪事ばかり上手くなって、私の堕落はプリーストという地位を得た事で更に加速しました」

 ・・・まぁ封建社会末期に於ける貴族、特権階級の人間なんて大半は傲慢で無能で当然だろう。
 既得権益に胡座をかいている人間は、売家と唐調で書く三代目という言葉もあるように堕落しやすいものだから。

「ライセンスの偽装に留まらず、贖宥状免罪符を売って私腹を肥やしたり、悪口を言った平民に私刑を加えたり、巻き上げたお金で着飾って舞踏会で豪遊したり、やりたい放題好き放題やって、いつか自分に見合う王子様が現れるのを待ちながら、ダラダラと怠惰で悪辣な日々を過ごしていました、そして3年前、事件は起こりました」

 王国が滅んだのは道理だと思っていたが、身近にその崩壊の象徴的悪事をしていた人間がいるというのは、少しショックというか、なんとも言えない微妙な気持ちで、何を言ったら良いのか分からなかった。
 俺は貴族が全て駆逐されても別にいいと思っていたし、戦時にも関わらず、重税を課して贅沢をしている王族達は天罰が下るべきだと思っていたからだ。

 俺の失望や幻滅といったような気配を感じとったのだろう、メリーさんは申し訳なさそうな顔で続けた。

「あの日、私の運命は大きく変わりました、あれが無かったら私は今頃、革命でギロチンにかけられて死んでいたでしょう、そんな大きなターニングポイントが、あの日に起こったのです」

「・・・何が起こったんですか?」

 少なくとも長年の間に助長された価値観はそう変わらない、特権階級だったメリーさんが今の優しいメリーさんに変わるには、尋常じゃない相当大きな出来事が必要だと、容易に想像出来た。

「・・・妹が【聖女】に宣告されました、ご存知の通り、聖女とは教会に於ける象徴的存在であり、【勇者】や【魔王】と比肩する唯一無二のジョブ、それに私の妹が選ばれたのです」

「・・・なるほど」

 勇者や魔王と比肩出来るただ一つの職業、であれば勇者不在の現在の王国に於いて、どれだけの権限が与えられるかは想像に難くない。
 聖女の力は、加護、神託、統率、カリスマなど、勇者や魔王とほぼ同じ事が出来て、本人の戦闘力が劣る事以外は勇者と魔王に勝るとも劣らない資質を持つ。
 そんな聖女だからこそ王国の打倒という大義を果たせるし、メリーさんの人生を変える事など容易だった筈だ。

「私の妹は幼い頃から大人しい子で、私がお茶会や舞踏会に行ってる間も、ずっと家で本を読んだり、使用人とボードゲームをしたりするような内向的な子供でした。私はそんな妹の事をつまらない人間だとずっと見下していて、大きな事は何も成し遂げられない人間だと思っていました。私は14で既に両親の脱税や賄賂と言った悪事の手練手管を学んでいたのに、妹は16になっても家業に一切関わらなかったので、でもそれは妹が無能だったからでは無く、誰よりも高潔で、崇高な志を持っていたからでした」

 見下していた妹が自分より優れていて、そして気高く貴い美しい心を持っていたと知ったら、自分をお姫様だと思っていたメリーさんのプライドはきっと、その時に全て粉々になるのだろう。
 他の誰かでは他人事でも、同じ環境、同じ血統で育った妹が正しく綺麗に育った場合、それは同時に自分が醜く、醜悪な存在だと証明してしまうのだから。
 だからメリーさんにとって聖女となった妹の存在は、その目を覚まさせる劇薬となったのだろう。

「そして妹は聖女の地位を利用して父と母の不正を暴いて財産を没収し、最後まで抵抗していた二人をその手で処刑しました、妹は私に罪を問いませんでしたが、私はその時になって初めて自分の行いを悔い、生きているのが恥ずかしくなって、妹に醜い私を救ってくれ、この罪深く穢れた体を裁いてくれとみっともなく縋りました。そして妹はそんな私に言いました、「お姉ちゃんは長女としての役目を果たしていただけだから悪く無い」と、そして妹のその言葉を聞いて、私に虐げられたり理不尽を受けたりした誰もが、私を責めませんでした」

 聖女の言葉は教会の信者にとっては絶対だ、故にその言葉に逆らえる人間がいるとしたら魔王か勇者だけ、つまり不正を正した妹の独断で、メリーさんの罪は強引に揉み消された。
 それ故にメリーさんは、贖罪をする機会を失い、ずっと罪を抱えたまま生きてきたのだろう。

「そこで強引にでも自分の罪を認め、罰を与えるように訴えればよかったのに、卑怯な私は、妹のその優しさに甘えました、それから聖女の姉としての役割を必死に演じた私はいつしか、「悪徳商人の娘」では無く「聖女の姉」として優遇されて、また以前のように不自由の無い生活が始まりました、平民や貧民と差別し罵った口で彼らと何食わぬ顔で会話し、聖女の姉として崇拝され羨望を受けるような生活に耐えられなくなった私は、「悪人の村」として有名なここに志願し、罰を受ける為にこの村に来ました、任期が10年以上と言ったのはちょっとした自戒の気持ちです、・・・それで自罰として足りるかは分かりませんが、・・・これが、私の秘密の全てです」

「・・・話してくれてありがとう、メリーさん」

 悪人の村とか、不穏なキーワードも聞こえたが、今はツッコまないでおく。

 先ずここまで聞いた感想、想像の100倍くらい深刻な理由での出張で、返す言葉を用意してないし、なんと言うのが正しいのかさえ分からない。
 普通はもっと好感度を上げて、そろそろ一線越えようかな・・・、って段階でカミングアウトされるべきイベントの内容だ。
 しかし俺は初っ端から協力者という関係で強引に距離を詰めたし、勇者という地位を使って更に強引に自白を強要してしまった。
 だからメリーさんが今望んでいるのも、見ているのも、の言葉では無く、の言葉だ。
 勇者としての俺がどう思うか、メリーさんは糾弾されるべき存在かどうか、その答えをメリーさんは求めている。

 俺の言葉だったら答えは簡単だ、俺から見たメリーさんの姿が今の俺の全てであり、たとえ過去のメリーさんがアバズレで、クソ女で、奴隷を虐待死させるような人でなしの過去を持っていたとしても、今のメリーさんが俺にとって素敵で憧れの女性ひとであるのならば、俺に恥じることは無いし、俺にとっては過去は関係無く素敵な人という事実は揺るがないと言える。

 でも、そんなの言葉ではメリーさんは救われないし、その心に何も響かないだろう。

 そもそもカリソメの、一時しのぎの救いは既に、聖女の妹から与えられている。

 そもそもメリーさんからすれば俺なんて勇者でなければただの13歳も年下の男の子でしか無いのだから。

 だからその差を超越して、メリーさんやそれと同じ罪を背負う人達に届く言葉を探して、メリーさんに罰を与える事。

 それが【勇者】になった俺が二日目にして初めてする、【勇者】の役割になる訳だ。

 別に適当に答えるのもアリだろう、適当な勇者だと思われて、幻滅されてしまえば、もしかしたら転職する事すらも容認して貰えるかもしれない。

 むしろここはメリーさんの心に踏み込まずに、月並みな慰めや、巫山戯ておどけるような発言の方が、【勇者】の俺にとっては都合がいいはずだ。

 ──────────でも。



 ライアは勇者である前に詐欺師の息子で、超一級のひねくれ者だ。

 だから自分を騙すし、人を騙す。

 辛さを抱えるメリーの為に、自分が素晴らしい【勇者】であると騙りたくなるのだ。



 俺はメリーさんに向ける言葉を、真剣に考えた。

 聖女である妹さんの言葉「悪徳商人の娘の役割を果たしただけ」これも一面的には真実なのだろう、詐欺師の息子が詐欺師になるように、子は親の影響を強く受ける事は、俺も良く理解している。
 でもその言葉は半分正しくて、半分は欺瞞だ、なぜならメリーさんには正しい存在である妹の存在を見て己を正す機会があったからだ。
 それを審判の時までずっと目を背けていた事、自分より劣っているものとして興味を持たなかった事、それこそがメリーさんの怠慢という罪なのだろう。

 だけれど、多くの人は仮にそれが悪徳だとしても、満足している現状から脱する事は出来ない。
 それを怠慢だと言えるほど、世の中に勤勉な人間は多くないからだ。
 競走を必要とせず、ただ不正や法の抜け穴を少し学ぶだけで、膨大な法律や規則を学んでいる人間達を出し抜き、優位に立てると知ったら、多くの人間は我先にとそれを実践する筈だ。
 ただ今の社会においてそれを実践出来るのが限られた資産家や、商人や貴族だけだから露呈、及び流行していないというだけの話だ。
 不正と腐敗による繁栄などは、古代から長く存在するものだし、そもそも人間なんて自己中で我田引水する生き物だ。
 その結果から対立が生まれ、幾度となく戦争や紛争を繰り返してきた、それが人間の本質なのだ。

 だから人に迷惑かけようが悪徳を貪ろうがそれが人間の本質であり、裁かれるか裁かれないかは運命任せで、正しいか否かは本当の意味では測れないものだろう。

 仮にメリーさんの豪遊で千人の餓死者が出たとしても、理不尽ないじめで奴隷を直接殺したとしても、それはメリーさんにとっては副次的な結果であり、そして死んだ当人達にとっては、直接的に回避する事が可能だった話だ。

 戦争で自分を殺した相手を恨む前に、戦争を始めた政治家と、軍隊に徴兵された自分を恨めという話だ。

 餓死者も奴隷も、その死に様は自分で招いたものであり、他者に責任を求められる死などは、人間の食事として殺される家畜くらいのものだろう、往々にして結果の全ては、自身の行動の結果に過ぎないのだから。

 圧政が嫌なら革命をしろ、重税が嫌なら脱税をしろ、徴兵が嫌なら王国を捨てて自分で自分の身を守れ、それが真の自己責任だ。

 不慮の事故で亡くなった、なども、運が悪い、もしくは注意不足の自分が悪いとも言い換えられる。

 だから俺には、メリーさんが罪深い存在だとしても、それが悪だとは思わない。

 この腐った世の中に生まれた生き物として、人間らしく生きた結果に屍が積み上がったとしか思わないからだ。

 でも、それをそのまま伝えても、メリーさんの救いにはならないだろう。

 だから俺はメリーさんに訊いた。


「・・・メリーさんはどうしたいですか?」

「・・・どうしたい、ですか?」

「流石に漠然とし過ぎましたね、言い換えます、メリーさんはどんな罰を求めているんですか、例えば村人全員に石を投げられたり、罵られたり、唾を吐きかけられたり、全裸に卑猥な言葉を書き込まれたり、火あぶりにされたり、魔物の餌にされたり、そんな感じの話です」

「私は・・・死にたいです、自分に生きてる価値があるなんて思いませんから、だから苦難の先に、誰かの命と引き換えになって正しく死にたい、・・・あ、軍隊で憎くもない魔王軍相手に戦うのは無理です、憎まれて当然の誰かと戦い、そして力尽きたい、ずっと、そんな願望を抱いています」

「・・・なるほど」

 自殺願望があっても自殺は出来ないという矛盾、それを解決する為に聖人のような死に様が欲しいという話。
 とてもありきたりで、とても傲慢な願いだろう。
 自分を生きてる価値が無いと思っているのならば、死に価値を求める事すら烏滸がましいのだから。
 でも、そんなせめぎ合うような、アンビバレンス両面的な感情を抱えて生きるのもまた、人間という生き物なのだろう。
 この世の真理、指針となる正義は一つじゃないというのなら、一人の人間の中にある正義だって複数存在するのだから。

 だから何が正解かなんて、決める必要は無い事だろう。
 少なくとも俺は、いつも不確定なその日暮らしに生きている。

「メリーさん、先ず前提として、憎まれて当然の敵ってなんですか?」

「え・・・、そ、それは世界を滅ぼそうとする魔王とか、腐敗し堕落した権力者とか、人の命を狩る事しか考えない殺戮者とか、神でも救えない罪人の事、ですかね?」

「確かに、真性サイコパスや私利私欲で弱者を食い物にする者は憎まれて当然です、でもそれって、誰にとっての敵なんですか?」

「それは、殺された人達やその家族、もしくは狙われて犠牲や生贄にされてる人達、です」

「そうですね、被害者にとっては敵かもしれません、でも、その被害者を嫌ってる人間からすれば、味方です」

「・・・?」

「メリーさん、妹さんの事、愛してますか」

「え?、えっと、妹の事は・・・」

「苦手ですよね、というかむしろ妹さえいなければこんな思いしなかったのにって、恨んでるんじゃないですか」

「そ、そんな事、無い、とは言いきれませんが・・・」

「ですよね、メリーさんは妹のおかげで更生し反省しているけど、でも妹に感謝するどころか、未だに負の感情を抱いている、これが真実ですよね」

「う、そ、そうですけど、真実でもはっきり言われると・・・」

 それがよほど恥ずべき事だと内省するようにメリーさんは俯いて目を閉じるが、俺は畳み掛けるように言い放った。

「つまりこういう事なんです、メリーさんは表面上反省しているフリをしているけど、内心は自分が悪くないと思っている、妹さえいなければ革命も無く、一生お姫様のような幸せな暮らしを続けていられたと、心の中では恨んでいるんです」

 図星、というか、多分心の底から自分の罪を認め、贖罪の意識を持てる人間など存在しない。
 だからこそ、メリーさんは俺の言葉に動揺して青ざめていた。
 そんなメリーさんに、俺は安心させるような笑顔と優しい口調で言った。

「つまりメリーさんはどれだけ懺悔し、後悔、反省しても善人になりきる事は出来ない、それなのに善人であろうとするから、メリーさんは苦しいんです」

 別にメリーさんが自分を悔いていないとは言わないし、根っからの悪人だとも思わない、でも、悪人が善人に生まれ変わる事など容易では無いし、自分を騙してそう振舞ったとして過去の悪行が消える訳でも無い。
 ならそれは、シーツについたシミを懸命に隠しながら、汚れていると罵られながら真っ白だと振る舞うようなものであり、欺瞞だ。
 世の中の刑罰や更生が、そういった欺瞞で成り立っているのだとしても、それを果たさなくてはならない義務などにはない。

 そう、だからこそ、俺はメリーさんを救う道筋を見つけられた。

「だったらメリーさんは、悪人のままで構いません、悪人のメリーさんを、俺は受け入れます、自分の過去の反省などせず、自分勝手で我儘なメリーさんを、俺は受け入れます、何故かって、俺も悪人だからです、だからメリーさんの敵は、悪人じゃありません、メリーさんにとっては妹さんこそ諸悪の根源であり、倒すべき悪なのです、これで言ってる事、伝わりましたか?」

「─────────っ、そんははずは、だって私はずっと、昔の事を後悔して、ずっと、もっと早く妹の事に気づけばよかったと、妹を手本にすればよかったと、ずっとずっと、反省して来たんですから」

「それは付き合ってた元カレが実は石油王だったから、だから見かけだけで判断してその当時に上目の男に乗り換えた判断を悔いているだけみたいな話です、そんなものは失敗の反省であって、罪の反省では無いし、そもそも罪の反省なんて誰も強制してないのだからする必要もありません」

 被害者が求めているのは罰だけ、仮に加害者が心を入れ替えて聖人として振る舞うことで許される罪があるのだとしたら、それは被害者の憎悪が足りないだけの話。
 少なくとも俺が誰かに殺されたら、殺した奴は俺と同等程度には苦しんで死んで欲しいと願う。
 だから本質的には、罪には正当な罰を与えれば、感情や因縁を無視して清算されてしかるもの。

「・・・でも、私は、私はずっと、・・・それじゃあ、私が今日まで過ごした日々は何だったんですか、後悔や慚悔ざんかいは何だったんですか・・・」

「それはメリーさんが生き残るために必要だったからした事です、メリーさん、仮にメリーさんが【聖女】だったとして、妹さんと同じ事が出来ますか、過去に戻って妹さんと入れ変わったとして、妹さんと同じ事が出来ますか?」

「・・・それは多分、私には一生かけても、生まれ変わっても、同じ事は出来ないと思います」

「ですよね、メリーさんは一つ見落としている事があります、それは【聖女】という肩書きにバイアスされて、妹さんがする事の全てが絶対的に正しいという偏見を持っているという事です」

「確かに、それはあるかもしれませんが、でも妹は本当に人の為になる正しい事をしているし、幼い頃から分け隔て無い人格者で、非の打ち所の無い人間です」

「それは聖女バイアス偏見で見たあなたの視点からの感想であって、俺の感想は違います、先ず【聖女】になったからといっていきなり親を裏切って世直しするなんて普通じゃないし、親姉妹が悪徳に染まってる中で一人だけ善性を貫くというのも異常です、だから妹さんは異常な人間であり、異常な人間のせいで正常であるメリーさんやその他の特権階級の人達が苦しんでいる、つまり敵って事です」

「でも、妹のおかげで貴族制度は撤廃され、奴隷や貧しい人達も解放されて、過剰な搾取も改善されました、妹は正しい事をしています、だから私にとっては誇るべき存在です」

「いいえ、それは一面的な話です、貴族制度が撤廃されて一時的には良くなったように見えますが、実態は支配者を失い無秩序になり、その結果として聖女派と騎士派の対立と魔王軍との二面戦争という逆境、さらにその軍費を賄う為の追加徴収など、結果で見れば世の乱れを大きくしただけで、本当に救われた人間がいるのかは怪しい所です、救った数と同等以上の人間を殺した結果なのだから。
 ・・・少なくとも【聖女】なら魔王軍との戦いで戦功を立てて、その支持率を武器にして正当に王国を乗っ取る事だって出来たはずです、でも、それをせずに自分の都合で性急に革命を起こした、そこに真の正当性があるなんて俺は思いません、だからメリーさんは妹さんの事を恨んでいいし、妹さんの正義に染まらなくていいんです」

 仮に粛清される王族や貴族達が聖女に反抗するなり魔王軍に庇護を求めるなりすれば、世の中はもっと大きく乱れ、そして人々は更に苦しんでいたに違いない。

 だから聖女の起こした革命は、タイミングとしては乱世の引き金となる最悪のタイミングであり、そして現在騎士団派と対立している事から鑑みても、時期尚早だったというのが俺の意見。

 だから聖女だって絶対的に正しい訳では無い。

 これが俺の答えだ。

 罪も後悔も消せない、人生に、生き方についてきたような汚点なら、それはもう自分の体の一部と言って良いだろう。

 ひもじくてパンを盗んだり、憎くて人を傷つけたりするような行為とは違う、人間の欲やカルマに根付くような根源的な罪科ならば、それを切り離すのは人格の否定であり、記憶喪失になれないのなら、死ぬしかなくなる。
 罪を背負ったまま生き続けるのが罰だと言う考えもあるのかもしれない。
 でも、背負ったまま生き続けて、そしてその人が自分の死にたいように死んで、それで誰が報われるのかという話なのだ。
 結局それは、贖罪出来たという自己満足を当人に与えるだけのものであり、本当の意味で人を裁ける法などは、この世に存在しないのだから。
 罰などは抑止力に過ぎない、厳罰を科せば罪を犯す人間が減るというだけのシステムなのだから。
 だから、俺は、自分が自分の生きたい生き様を生きる為に、メリーさんの重荷をする事にしたのだ。

「・・・そんなの、おかしいですよ、だって私は罪人で、憎まれるべき人間なのに、聖女である妹を恨むなんて・・・」

「【聖女】だから正しいって言うのならば、【勇者】なら間違っている、っていう話になりますけど、俺の話は何もメリーさんの心には刺さりませんでしたか」

 俺の希望としては、メリーさんにはこのまま俺の協力者として、そして出来れば村のプリーストとして、長く良好な関係を築いていきたいと思っている。
 そう思ってメリーさんの心の枷になっている聖女の存在を真っ向から否定した。
 これでメリーさんの心が俺に靡かないのだとしたら、それまでの事だったと諦めよう。

 関係性だけは親密だが、好感度はそもそも全く上げていないのだから、俺の言葉は刺さらなくても仕方は無いが。

「・・・分からないんです、私には間違いを認める心があって、罪を認める心がある、だから救われていいし、生きててもいい、そう思って来ました、でも、罪を抱えて生きる事はとても辛い、自分のせいでどれだけの人間を不幸にしたかを考えると、とてもおぞましくなって、自分が生きている事さえ認められなくなる、そんな苦しみを一生抱えていく事が罰なんだと、そう思って生きていこうと思っていたんです、なのに」

「───────メリーさん」

 本当は抱きしめてやるのがセオリーなのだろうけど、告解室は仕切られているために俺は手だけ差し出した。

 おずおずと差し出されたメリーさんの右手を指を絡めるようにして掴んだ。

 そして強く握る。

「もしも何が正しいのか分からなくて、どうしたらいいのか分からない時は、俺を信じてください、この世に絶対も真の正義も無いですけど、俺がメリーさんの協力者で、メリーさんを守るメリーさんだけの勇者だって事は絶対に変わりませんから、だから一先ずは、俺を信じて、俺の言う事を信じてみるのはどうでしょうか」

「ライアさん・・・」

 ぎゅっと、戸惑っていたメリーさんの手に力が込められた。

「・・・妹の事を恨むのは多分、一生無理です、だって私には過ぎた妹ですし、本当に非の打ち所が無くて素晴らしい・・・私の理想、だから、妹の事は一生手本にします、でも、それとは別に、この先困った時や、辛くなった時や死にたくなった時、そんな時にライアさんの事を思い出して、頼りにさせて貰っても、いいですか」

「・・・欲張りですね【勇者】と【聖女】その両方に二股かけるって事ですか?」

 俺はおどけてそう言った、互いの右手は繋がったままだ、だからこんな意地悪も、右手の仕草ひとつで誘い文句に変えられる。

「・・・そうですね、私、生粋のお嬢様育ちですから、我慢とか妥協とか、本当はとても苦手な人間だったんです、だから、ライアさんがそんな私を肯定してくれるのなら、ライアさんの事は、
 ────────死ぬまで離しませんからね」

「──────────っ」

 愛の告白のような事を言われた俺は返答に窮して沈黙した。

 普段なら適当にはぐらかして誤魔化すような言葉もさらっと返せるのに、この時の俺は、その言葉の覚悟を示す様に強く握ってくれたメリーさんの手に心臓を掴まれるように動揺したからだ。
 
 当初はメリーさん秘密を握り、脅して行動を支配する為の布石にするつもりだった。
 だが結果としてはメリーさんを知れば知る程に惹かれ、強く絆を深める対話になってしまった。
 俺にはメリーさんの過去を利用する気が起こらなかったからだ。

 詐欺師の俺に、真の意味で心を開ける友人などいない、だけどメリーさんにはいつか、自身の告解を聞いてもらう日が来るのかもしれないと、そう思ってしまったのが俺の落ち度であり、妥協の理由。

 【勇者】ライアが、一番の隣人であり協力者であり仲間であるメリーさんを救えたのかは分からないし、メリーさんが今何を思っているのかも読み切れないが。
 でも、【勇者】ライアとして、詐欺師の俺には出来ない事をやり遂げた実感だけはあった。

 だからこの時から俺は、勇者も悪くないと漠然とだが確実に、思い始めてしまっていた。
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