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第1章 P勇者誕生の日
第1話 詐欺師の息子 ライア
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広大な大陸に存在する二つの国、アンデス王国とヒマラーヤ帝国。
そこでは人間と魔族という二つの勢力が争い続けていた。
人間より遥かに強靭な身体能力と魔力と寿命を持つ魔族に対して、人間はその高い繁殖能力を用いて物量作戦、遅延戦術の長期戦を続ける事で応戦していたが。
敗戦に次ぐ敗戦により国力は疲弊し続け、市民たちは団結心を失い反乱し、アンデス王国は瓦解し、内戦と外戦を同時に行う二面戦争状態にまで至った。
それが魔王軍による策略だったと人間側が気づくのはもう少し先の話、この時において王国内では、軍事政権を樹立しようとする国内最大勢力である騎士団派と、各地の自警団的存在である冒険者ギルドを主体とする、戦争の中止と和睦を唱える聖女派に別れ。
圧倒的多数かつ王国の地盤を引き継いだ騎士団派は王国から奪取した領地と兵力で二面戦争を行い、聖女派は各地で連携して戦災や魔物に襲われた被災地での支援活動を行い、聖女派の名声と勢力の拡大を得る目的での魔物の討伐活動とナショナリズムに訴えかけるような演説で農民への扇動活動を行っていた。
この二つの勢力はアンデス王国の瓦解前までは協調していた。
「無能な貴族は不要」「圧政を打倒し富を再分配する」というスローガンの元、王国の打倒という目的に団結していたのだ。
それから袂を分かつ事になったのは、正義の対立のように崇高な物ではなく、ただ、次の権力者を誰にするかという問題で各々が自分を優先しようとした結果の話だった。
王国が滅んだのは策略だったとはいえ、当然の理だった、国力が疲弊した状況においても血税を浪費していた貴族に対する反感は年々昂っていたからだ。
魔王軍はそこを利用したに過ぎない。
こうしてアンデス王国は戦況が劣勢にも関わらず、政府の崩壊、内乱の二面戦争という更に過酷な局面に突入し、そのしわ寄せは重税を課せられた上で徴兵、追加徴収を受ける国民へと向けられているのであった。
しかしそんな混沌と混迷を極めた時代の中だったが、不思議と人々の目には活気があった。
何故なら人間側には最終兵器にして切り札である【勇者】の誕生によって、いつかは勝利が約束されていたからだ。
だから人々はむしろ、王国の崩壊という封建制度、特権階級の撤廃という革命に歓喜していたのだった。
これは勇者が魔王を倒すような
一人の救世主が新しい秩序をもたらすような
ありふれていて、面白味のない
繰り返され、読み古された物語である
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この世界における勇者とは、世襲された地位でも、神から特別な力を授かった者でも、運命に導かれるような特別な力を持った存在でも無い。
ただくじ引きを引くように、職業斡旋所も兼ねている教会に行き、そこで宣告されたジョブ、つまり職業が勇者だったもの、それが勇者になるのである。
つまりただの偶然であり、確率なのだ。
この宣告というシステムは、村一番の知恵者に愚者の役割を付与する事も、農村の腰の曲がった老婆に狂戦士の役割を付与する事もあるような、根本的なシステムがバグっているとしか言えないようなシロモノであり、勇者という役職は100年に1度くらいの頻度で現れるというだけで、それを付与する相手が誰かなどは何も規則性が無いと言われている。
だから俺がモラトリアムを終えて村の成人年齢である16歳になり、仕事を斡旋して貰う目的で宣告を受けた教会で勇者であると宣告を受けた時も、よく分からないけど当たりを引いた、くらいの気持ちでしか無かった。
「あの、もう一度言ってください、俺のジョブは・・・?」
「【勇者】です、【勇者】、間違いなく本物の」
【遊び人】や【乞食】みたいな変なジョブさえ引かなければいいなと思っていた俺は気の抜けた様子で、村の教会の唯一の職員である若い女のプリーストの宣告を聞いたのだが、興奮した様子のプリーストさんの様子とは裏腹に、俺の脳裏ではとてつもない面倒事に巻き込まれたという嫌悪感が渦巻いていた。
そんな俺の様子にプリーストさんは怪訝な表情で訊ねてきた。
「あの、喜びとか無いんですか?、【勇者】ですよ【勇者】、この世界を救い、導く役割を与えられたんですよ!」
強調するようにプリーストさんはそう繰り返すが、俺は全くはしゃぐ気にはならなかった。
確かに勇者が誕生して欲しいという願いは全人類共通の物であり、俺も「早く勇者が世界救ってくれねぇかなぁ~」、と星に願った回数は計り知れないが。
だが自分がなりたいか、世の中の面倒事や人類の希望、世界の命運などなど、そういった物を全部背負い込んで勇者になりたいかと言えばノーだ。
他人事にして応援する立場の方が何倍も楽で、無責任で、そして人生は充実している。
なんて、思った通りの言葉を吐露したかったが、今は勇者として飲み込んだ。
「・・・さぁ、あまりにも突拍子も無くて実感が湧きません、・・・けど、世界を救う為に頑張ろうと思います」
流石にいきなりやる気ないですと、成人したその日にニート宣言するのも得では無いので、社会不適合者の烙印を押されないようにそう答えた。
「あ、そうですよね、いきなりですもんね、普通は実感なんて無いですよね、でも念願の【勇者】ですから、喜ばずにはいられません、だって【勇者】なんて、世界に一人しかいない正真正銘の救世主なんですから」
プリーストさんはそう言って大袈裟に万歳を繰り返した。
きっと、勇者誕生の一報が流れれば、こんな風に皆が歓喜するのだろう。
魔王軍と戦争を始めて十年近く、年々領土が減少し、税金は増え、日々のおかずが減り閉塞感を感じていた王国民たちにとっては、勇者の誕生はその不幸を解決する特効薬のようなものだろうから。
だが俺はプリーストさんの肩を掴んで、言い聞かせるというよりは脅しをかけるように言った。
「喜ぶ気持ちは分かります、でも、俺が勇者になった事、二人だけの秘密にしてください」
「え、なんでですか、勇者が誕生したって知れば、みんな喜ぶし、きっと応援して貰えるのに」
「そうですね、みんな喜ぶと思います、でもダメなんです」
「ダメって、何がダメなんですか・・・?」
「先ずこの国の現状がダメです、もし王国が存在していれば、王国に招致して貰って、そこで護衛や支度金などを用立てて貰ってから、安全に勇者としての職務に励む事が出来たと思います、でも現状であれば、騎士団派と聖女派という二つの派閥の板挟みになって面倒事に巻き込まれてしまうでしょう」
「・・・っでも、それなら勇者が両者を取り持って、同盟を組ませる事だって出来るはずです、勇者なら、それくらいは容易に出来る影響力はあるはずですから!」
「確かに、全盛期の勇者なら、敵も味方も全部まとめて解決する事は難しくないでしょう、【勇者】のジョブは神格化されていますから、その言葉に逆らう可能性も低いでしょうし」
原則というか慣例的に、勇者は最強の存在であり無敵の存在だ、対抗出来るのは魔王だけであり、だからこそ勇者のジョブは人間側に於いて大きな影響力がある。
でも、そこには一つ懸念点がある。
「でも、今代の魔王は既に10年近く、この世に君臨し続けている。
・・・先代の勇者は魔王の遅延戦術に足止めをくらいつつも、ギリギリの所で魔王を倒し、魔王が発動させようとした世界を滅ぼす威力を秘めた人類絶滅装置の発動を阻止しました、だけど今代に至っては、魔王軍は戦況が危うくなればいつでもカタストロフを発動させる事が出来る上に、勇者が誕生したと知られたならば、俺を直接抹殺する事すらも可能、何せ俺は聖剣や頼れる仲間どころか、資金も自衛能力も無いレベル1の駆け出し勇者なのだから。
・・・だから俺が勇者に選ばれた事は、一先ずの間だけ、秘密にしてください」
俺は再度念を押すようにプリーストさんに繰り返した。
プリーストさんの肩を掴む俺の手は、真剣味を伝える為にかなり力を込めていた。
そんな俺の迫力に圧されたのか、それとも俺の説明に納得したのかは分からないが、プリーストさんは頷いてくれた。
「・・・分かり、ました、確かに生まれたての勇者を危険に晒すような事は出来ませんね・・・、でもそれじゃあいつまで秘密にすれば良いですか、勇者様の職業証明書はどうすれば」
ライセンスとは成人した凡そ全ての国民がもつカードの事だ、これを作れるのは上級職である【プリースト】だけ、教会はこれを発行する権利を独占し、そしてライセンスにレベルやステータスの更新などをする事を主な業務としている。
分かりやすく言うと年一で健康診断的な事をして、レベルやスキルなどの技能を数値化してくれるのが仕事であり、その証明書のようなものがライセンスなのである。
だから大抵の仕事はライセンスを参考にして審査されるし、信用に関わる事なので、多額の賄賂、もとい寄付金を送らない限りはライセンスの改竄は御法度でもあるが、抜け穴も存在している事を俺は知っていた。
それ故に【勇者】を秘密にするのならライセンスの【ジョブ】をどうするのかというプリーストさんの問いに俺はこう答えた。
「そうですね、取り敢えず俺は【モンク】だったという事にして、明日からここで働かせてください、そして教会の活動をしながらレベルを上げて、スライム・・・いや人喰いウサギより強い敵を倒せるレベルになったら村を出ようと思います、秘密は村を出る時にでも明かそうと思います、それと俺の事は勇者じゃなくてライアと呼んでください、バレてしまうので」
ライア・ノストラダムス、それが俺の名前だ。
「・・・分かりましたライアさん、私の事はメリーとお呼びください、ライアさんが無事に村を出られる日まで、私、出来る限りの協力をしますから、その日まで、一緒に頑張りましょうね」
そう言うメリーさんの瞳は使命感に燃えるように輝いていて眩しかった。
メリーさんは万人受けのする女優顔の美人さんなので、そんな風に微笑まれると俺も満更でも無い気もするが、それでも俺は肝心の詰めを怠らなかった。
「ありがとうございますメリーさん、最後にもう一度確認しますけど、絶対に、誰にも話さないでください、もし話したら、その時はあなたを魔王軍のスパイとみなして、一生かけてでもあなたとあなたの家族に生き地獄を見せますから、だから絶対に誰にも話さないでくださいね、約束ですよ」
笑顔で脅迫する俺にメリーさんは顔を引き攣らせているが、これは冗談でも脅しでもない、マジで殺る気の本気だった。
自分に害なす存在の芽は潰しておく、【勇者】になった俺が一番最初に行ったのは、唯一の泣き所になりかねない秘密を知る存在への脅迫だった。
「そこまで強く念を押さなくても私、聖職者ですから、秘密は守りますし誰かに言いふらしたりもしませんよ」
「いえ、メリーさんが迂闊に秘密を漏らすというような心配はしていません、ただ、メリーさんが魔王軍に捕まって拷問されたり、目の前で無関係な住民が虐殺されたりした時に、頭の片隅に秘密を漏らした時の方が自分へのリスクが高いと思ってくれたなら、それで自制心が働くかなという程度の気持ちですよ」
「・・・え、それってつまり家族とライアさんを天秤にかけられてもライアさんを選ばなくちゃいけないって事ですか!?」
「別にそこまでしろとは言ってませんよ、ただ頭の片隅に家族を人質に取られてることを思い出して欲しいだけで、小の虫・・・じゃなくて、小事に拘りて大事を忘るな、ですよ、家族や友人も大事ですけど、勇者の協力者であるという事はつまり世界を救う使命を帯びているのと同じですから、それを自覚して欲しいだけです!」
「今小の虫を殺してって言おうとした!、絶対私に家族を犠牲にしてでも秘密を守れって言おうとしました!、罪の無い弱い人間を見捨てるなんて、ライアさんはそんな勇者でいいんですか!」
最強の存在である【勇者】が冷酷である事をメリーさんは許せないのだろう、諭すような口ぶりで俺に抗議する。
だが俺はもう【勇者】を下りると決めていた、だから他人を救う気もなければ、我が身だいじに作戦で、逃げ切る為に全力を尽くすだけである。
「もちろん、メリーさんが俺の善き協力者である限りは俺も勇者として頑張りますよ!、ただ、俺を裏切る人間なら、それは勇者の、引いては人類全体の敵だって事をメリーさんに分かって貰いたいだけで・・・」
「うわぁ・・・、それってつまり、足を引っ張る人はそれが子供でも容赦しないって事ですよね、本来守るべき弱者を見捨てるって事ですよね、ライアさんは勇者がそんなんで本当にそれでいいんですか」
「ち、違いますよ、ただいざと言う時に魔王の味方になるか、勇者の味方になるかを聞いているだけで、子供は関係無いですよ!」
上手く丸め込んでいいように説得しようと思っていたのに、メリーさんは流石にエリート職の【プリースト】だからか、簡単には説き伏せられなかった。
話してみた感じからして、聖職者らしく正義感が強い人柄なのだろう。
故に安易に迂闊に俺が俺の事しか考えていない事がバレてしまえば、メリーさんは俺に反感を持ち、協力もしてくれないに違いない。
最悪、俺が死んで別の人間に【勇者】が移った方がいいという考えになってしまうかもしれない。
普段は自分より知識の浅い人間とばかり話をして煙に巻く事を日常にしていたせいで、屁理屈もそれっぽく話せば理屈として通るという詭弁術が身に染み付いていたのを反省しつつ、ではどうやったらここからメリーさんを説き伏せられるかを考えた。
やはりエリート職のプリーストであるメリーさんに屁理屈は通じない、ならもう一度理屈をこねる?、否、俺の方が年下で学も人生経験も浅い、だったら他で勝負するしかない。
長年ペテン師として生きていたおかげで道化を演じる種類なら、乞食の老人から貴族の愛人まで演じられる
───────それが俺の特技だった。
「メリーさんっ!」
俺は壁ドンした。
「え、え、いきなりなんですか!?」
メリーさんは聖職者、つまり、こんな風に誰かに壁ドンされて迫られる経験なんて普通に過ごしていたら無いだろう。
普通の女性でも中々無い経験を禁欲と純潔を尊ぶ聖職者がしている可能性は低い。
そしてここは村の教会で職員は地方から派遣されたメリーさん一人でありここには今二人きりだった。
このシチュエーションならば間違いなく俺が主導権を握れて有利。
だから投げやり気味の最終手段として、メリーさんを愛の弾丸で落とすことにしたのだ。
「俺と魔王、どっちの味方するんですか、俺はメリーさんと話すのは今日が初めてですけど、2年前にメリーさんがこの村に来た時からずっと、綺麗なお姉さんだなって、憧れてました、だからメリーさんには、何があっても俺の味方をして貰いたいというか、メリーさんの事は何があっても俺が守るから、メリーさんには最期まで俺を信じ抜いて欲しい、俺が聞きたいのはメリーさんの覚悟なんです、メリーさん、俺の生涯の協力者になってくれませんか」
キリッと目力を込めた力強い眼差しで囁くようで芯のある低い声で尋ねる。
息が溶け合うほどの至近距離、俺は初心な女の平常心を粉砕する一手でメリーさんに詰めをかけた。
「え、あ、あの、困ります、いくら勇者であるライアさんの頼みとは言え、私、まだ任期が10年以上残ってますし、で、でも決して嫌という訳では無くて、そんなに昔から私の事を意識してくれたんだと思うと嬉しくてこっちも意識するというかなんというか・・・」
あたふたと慌てふためくメリーさんは、年上のお姉さんとは思えないくらいに愛らしくて、その反応だけで俺も理性が外れて抱きしめてしまいそうになるくらいの可憐さだったが。
だが流石にそこまで踏み込んでしまうと手を切る時に後腐れしまくるので、動揺を抑えながらシナリオを遂行する意志を持ち直した。
「メリーさん、辛い事や苦しい事がいっぱいあるかもしれません、でもメリーさんの事は必ず俺が守りますから、だから、メリーさんは俺を信じて、俺だけの味方になってください。
・・・これは、メリーさんにしか頼めない事で、メリーさんにしか出来ない事なんです、お願いします、全部終わったら、メリーさんの事は必ず俺が幸せにしますから」
最初は俺様系で相手に頼れる男アピールをしつつ、頼み事をする時は相手の母性本能をくすぐるように「私が支えないといけない」と思わせる事。
これがロクでもない親父から教わった、ホストや結婚詐欺師がよく使うような、そんな俺の処世術だった。
そんな実績と歴史を持つ親父直伝の営業スマイルに初心な聖職者でしかないメリーさんに抗う術があるはずも無く。
「───────っ。
・・・わ、分かりました、そうですよね、私しかいませんもんね、ライアさんだって家族や友人に秘密を抱えて生きていく覚悟をしているんだから、私だって同じくらいの覚悟しないとライアさんを支える事なんて出来ないですもんね、じゃあこれからは、私がライアさんを支えます!!」
メリーさんは白い肌を熟れるように赤面させながら、俺の望んだ言葉を発し、協力者になる事を受け入れてくれた。
本来ならここで礼をいいながら抱き締めると完璧なのだろうけど、あまり勘違いさせ過ぎると、全てが終わった後でメリーさんに逆襲を受ける可能性があるので、あくまで憎しみに変換されないバランスを保ってこれからもメリーさんを誑かさなくてはいけないのである。
そう、勇者になった俺の目的は魔王を倒すことでは無い。
レベルを99まで上げて転職し、勇者を辞める事、それが俺の真の目的なのであった。
宣告は完全にランダムに選ばれたジョブを割り振るシステムだが、転職は自分で選択する事は出来ないまでも、現在のジョブで磨き上げたスキルや適正などを参考にして選ばれる故に、転職すれば勇者を辞める事は可能だ。
今の俺が転職したらジョブはおそらく【乞食】や【詐欺師】になるのがオチだろうが、魔王と戦って殺されるオチよりはマシだろう。
だから当面の目標はレベルを上げて転職する事。
その為に俺はメリーさんを上手く利用してレベル99になるだけ早く到達する。
魔王の討伐などは、後任の勇者に任せればいい。
つまりここまでは茶番で、ここから先もただの茶番なのであった。
胸踊る大冒険や英雄伝説なんて、俺の柄じゃないからな、出来ない事はやらない、これは逃げでは無く冷静で現実的な判断だ。
「ありがとうございますメリーさん、一緒に頑張りましょう」
俺は内面の腹黒さを覆い隠すくらい爽やかな笑顔でメリーさんと握手して、協力関係を結んだのであった。
「ただいま」
メリーさんに偽装したライセンスを発行して貰い受け取ると日が暮れていたので、俺は面倒事を避ける為に寄り道せずに帰宅した。
「おう、おかえり、なんか機嫌良さそうだな、ジョブはせめて【村人】くらいは引けたのかよ」
「まあね、【モンク】だったよ、それで明日からは聖職者として教会のお手伝いをする事になったよ」
そう言って親父にモンクと書かれたピカピカのライセンスを見せびらかす、勿論モンクを引き当てて浮かれている演技だが。
「へぇ、俺はてっきり【乞食】か【素浪人】辺りが妥当かと思っていたが、まさかモンクとはなぁ、トンビが鷹を産んだって奴か?、まさかお祝いが必要になるとはなぁ」
親父は感心した風に俺の頭を撫でた。
親父も俺がモンクという薄給とは言え公務員の勝ち組職になるとは思っていなかったのだろう。
何故なら我が家は父親のジョブは【詐欺師】で母親のジョブは【空き巣師】で、しかも2人とも運のステータスが最低のGで不幸な目に遭いまくるという、神に見放された悲しい業を背負った負け組ジョブ極貧一家だったからだ。
だが負け組ジョブの【詐欺師】とは言っても、親父は世間一般の負け組ジョブの人間みたく盗賊団やギャングみたいな反社会組織に所属して犯罪行為を行っている訳では無い。
親父はこの村で何でも屋の詐欺師を請け負って生計を立てているのだ。
村長に雇われて村が豊作だった時の脱税に手を貸したり、村に野党集団が寄り付こうとした時に野党の頭領を扇動して隣の村を襲うように誘導したり、隣の村と戦争になりかけた時に、村民の感情を印象操作して上手く宥めすかしたり。
この総人口1000人に満たない小さな村を存続させるに事に於いて、詐欺師の何でも屋という親父の存在は不可欠なものであり、【詐欺師】という仕事が負け組ジョブでありながらも世界には必要とされる物であると実感させてくれる偉大な存在でもあった。
そんな親父に育てられたからこそ、世の中には不要な仕事は無いとして、【遊び人】や【乞食】を引いても甘んじて受け入れる土壌はあったんだがな。
そんな負け組ジョブでしかも詐欺師の親父を欺いて勇者を辞めるのは心苦しいが、詐欺師の息子が勇者だったとしても他の村人はあまり歓迎しないだろう。
我が家は間違いなくこの村の最下層のカーストにいるのだから。
親父は村長と縁戚であるが故に村の権力者に認知され、何でも屋として村に貢献する仕事をしているものの、世間一般の常識で言えば負け組ジョブの詐欺師や空き巣屋なんかは職業差別され迫害されてもおかしくない存在なのだ。
だからきっと、俺が【乞食】や【引きこもり】だったとしても親父は反社会的な負け組ジョブじゃないだけで喜んだに違いないし、勇者だと知ったならば泣いて喜んだかもしれないのだ。
そう思うと俺は何とも親不孝な息子だった。
「・・・・・・まぁお祝いなんて要らないよ、こんなご時世だし、祝うって言ってもパンのステーキくらいしか作れないでしょ、なら別に気持ちだけでいい」
この村は他所に比べたら牧場も田園もブドウ畑もあってそこそこ裕福な方だが、それでも戦争の影響により日々の食事は一汁一菜となって久しい。
無論、村の中でも富める者は富んでいるのだが、大多数の村人が極貧で、かつ、それに不満を抱かないように全員が貧困で無ければ脱税の時に役人を欺く事は出来ないし、村人もこの貧しい過疎村に定住しようとは考えない。
故にこの村の多くの村人は生かさず殺さずのギリギリのラインを見極められて、たまに村長から祝いの品を貰っては都合よく喜びながら、怠惰で極貧な生活を享受している人間ばかりなのであった。
だから年に数度、教会の地下に蓄えられた村の隠し財産であるワインを収穫祭で楽しむのが唯一の贅沢となるくらいには慎ましやかで牧歌的な日常を送っているほどに村人は困窮している。
そうなったのも全て、戦費による徴兵と重税のせいである、故に我が家にも祝う余裕が無い事は分かっていた。
親父のコレクションしていた「お宝」もいつの間にか無くなって俺は密かにしんみりしていたし、だからこそ爪に火を灯すような家計に負担をかけてまで祝ってもらいたいとは思わない。
・・・そもそも、村において成人の儀のようなものでもある宣告の費用を、普通は自分で働いて稼ぐ所を俺は親に借りて半分くらい借金して用立てた。
この時点でだいぶ親不孝なので、これ以上負担をかけるのも忍びなかったのだ。
「でもなぁ、宣告なんて一生に一度の事だし、それでいい結果が出たなら祝ってやるのが親としての義務というか、なぁ母さんはどう思う?」
「そうねぇ、まぁ母さんはライアにお祝いの品用意してるからなんでもいいんだけど」
そう言ってお袋は自室にプレゼントを取りに行き、俺に金のロザリオをくれた。
「え、お袋、こんな高価そうなもの一体どこで手に入れたんだよ・・・」
お袋の職業は【空き巣師】、負け組ジョブだが、村では唯一の盗賊ジョブであり、お袋がその気になれば村では無双状態なのでどこでも空き巣し放題盗り放題になるのだ。
つまりこのロザリオは間違いなく盗品なのだが。
「ほら、前任の教会のプリーストの人、セクハラしたり寄付の催促が五月蝿かったりめちゃくちゃ嫌われてたでしょ、だから追い出す為に司祭の委任状と一緒に脱税の証拠とかも取ってきたんだけど、このロザリオは物凄い加護があって持ってる人間に無敵の加護を授けるらしいから、それ持ったままだと犯人がバレた時に厄介だから父さんに盗ってきてって頼まれて盗ったんだけど使い道無かったし良い機会だと思ってね」
「物凄いいわく付きの代物過ぎて素直に喜べないんだけど・・・」
てか前のプリースト、評判悪いと思ってたらいつの間にか消えて見目麗しいメリーさんに入れ替わってると思ってたけど、追い出したのはうちの両親だったのかよ。
グッジョブといいたい所だが、村社会の闇を感じて素直に喜べない。
でも無敵の加護ってのがなんなのか気になるし興味がそそられる品でもあった。
「ああ、母さんずるい、俺も何かヘソクリを渡したい所だけどこのご時世だしな、足のつかない金目のもんは全部売っちまってこれくらいしか無いぜ」
親父は俺が生まれる前から集めていた「お宝」、音楽を奏でたり子守唄を聞かせてくれるような音楽関係の魔道具を蒐集していたが、戦時による貧困によりいつの間にかコレクションは全て手放していた。
だから親父にへそくりを期待するほど俺も無知で無遠慮でも無いが、気持ちだけだと男として格好がつかないのだろう、親父は俺に埃の被った剣をくれた。
「で、何の盗品だよ?」
「失敬な、これは昔魔王の軍勢がこの村に攻めてきた時に、父さんが【剣聖】のフリをして撃退した時に使った小道具で、言わば、この村を救った英雄の剣とも言える一品だぞ」
「鞘は埃まみれ、刀身は錆まみれ、重さ的にはそこそこちゃんとした素材の剣だとは思うが、流石にこれは打ち直さないと使えないレベルのゴミなのでは?」
せめてちゃんと手入れしてくれていたならば有難く頂戴していたのに、物干し竿としての役割しかない棒切れを物々しいエピソードの曰くつきにより付加価値を付与して渡されても困る。
いや、詐欺師の親父らしいと言えばそれらしい行いなのだが。
「刀身は最初からサビサビだったぞ、昔は村の岩に封印されていた悪魔を封じる為の護封剣だったんだが、いつの間にか封印が解けて剣だけ残ってたから、それで剣聖を演じる時の小道具として利用させて貰ったワケよ、だから一応村に伝わる由緒正しい名剣で、サビサビだが岩を斬るくらいの攻撃力はあるんだぜ」
「錆びてても銅の剣より強いのはすごいけど・・・、てかだとしたら元々村の公共物で勝手に譲渡していいものじゃないだろ」
「いや、その剣は「父さんが命がけで魔王軍を退けた」、その対価として貰ったものだ、まぁ当時は錆びた棒切れ一つで俺の働きが労われるのかと発狂しかけたが、今思えば村も大変な被害を被ったという時に満足なお礼なんてして貰える訳も無かったんだよな。
・・・あれ以来父さんは、キツい仕事は何がなんでも報酬を先払いして貰うって自分に誓ったよ」
「それはまぁ、ご愁傷さまっていうか、同情するけどさ、でも、こんなの貰っても使い道無いんだけど」
「そうか?、この村には冒険者ギルドが無いから村の若いのがボランティアで害になるモンスターの駆除をしてるが、宣告されて教会の人間になったんなら、お前が駆除を任される事もあると思うぞ」
教会の業務は町医者のような事をメインにしているが、ここ最近は若者の徴兵やら出稼ぎやらで過疎が進んでおり、確かに教会に就職する事になった俺にそういった雑用を回される可能性は高い。
とは言え、こんな錆びた剣が魔物の討伐に役立つか、という話なんだが。
「村には冒険者ギルドが無いもんなぁ、というか、よくそれで今までやってこれたもんだ」
「ふっ、村の三英傑が昔から平和を守ってきたからな、自慢にしていいぞ」
「自慢よりも頼りにさせて貰いたいけどな」
ちなみに村の三英傑とは、【詐欺師】のペテンスト(親父)、【当たり屋】ダイナモ、【覗き魔】トムタクの三人の事であり、全員が負け組ジョブで昔から三馬鹿として村で悪名を馳せた悪ガキだったが、今では村の治安維持を担うヒーロー的な存在としてそう称える人もいる。
主に自称する呼び方ではあるが。
普段は大人のくせに子供に混じって馬鹿ばっかやっているが、近所の子供たちから三馬鹿として認知されてる率があまりにも高いので、馬鹿にされつつもその人気とヒーローぶりは侮れないのが憎めない所だ。
俺が勇者に選ばれたのも、意外と親父のそういう英雄的な性質を受け継いでるのだとすれば、適正があるのだから悲観するレベルのものでも無いのかもしれない。
そう思いつつも、現実的に考えれば村の田舎モンに世界を救える訳が無いので、さっさと人知れずにリタイアするのが吉だろう。
こんな乱世と世紀末がいっぺんに来た様な世界で、ただ一人の英雄、救世主なんておおそれた役割、どれだけ想像した所で俺にこなせる可能性は思い浮かばない。
せめて超有能な軍師がいて、ついでに最強の剣聖やら賢者やら聖騎士なんかが味方にいてくれれば話は別だが。
だが今の世の中の実力者はそのほとんどが騎士派と聖女派に属し、もう一方を敵視する犬猿の仲という状況だ。
だから俺にそんな権謀術数渦巻く謀略の狭間で海千山千の猛者達を取り纏めるなどという、円卓の騎士並に破綻する事が分かりきってるような仕事をこなせる訳が無いのである。
だから俺は、この救い難い世界を救う役割なんて、いらない。
いや16歳になって間もない若者ならば、もう少し現実に夢を見るべきなのかもしれないが。
だが、親父がこの小さな村を命がけで、時には他者を裏切り、時に見殺しにする事を繰り返して、なんとか存続させていく姿を見てきたせいで。
正義のヒーロー、その理想像が身近で現実主義なものになっていたのだ。
だから俺はこの村を救う英雄になっても、世界を救う英雄にはならないし。
過分な責任も役割も、そんなものはもっと相応しい人間が担うべきだと現実的に放棄する事を即決したのだった。
例えるならそう、ある日突然、君は救世主になれると神から啓示を受けたとして、それを受け入れる奴は最初から救世主で、言われなくても世界を救うし、救世主じゃなくても世界を救う。
神から啓示を受けたのは後付けに自分が救世主である正当性、大義名分を得る為の方便である事の方が多い。
少なくとも第六天魔王とか、神の声を聞いた聖女みたいな存在にとっては、彼らが神仏の加護を本当に受けているかどうかなど、些細な問題に過ぎないように。
そして俺は、そういう点でどこまでも凡人であり、身の程を弁えていたというだけの話である。
その後、祝杯と呼ぶには少し寂しい、発酵しきらない麦のジュースで乾杯し、その日はそのままいつも通りに夜更かしして熟睡した。
そこでは人間と魔族という二つの勢力が争い続けていた。
人間より遥かに強靭な身体能力と魔力と寿命を持つ魔族に対して、人間はその高い繁殖能力を用いて物量作戦、遅延戦術の長期戦を続ける事で応戦していたが。
敗戦に次ぐ敗戦により国力は疲弊し続け、市民たちは団結心を失い反乱し、アンデス王国は瓦解し、内戦と外戦を同時に行う二面戦争状態にまで至った。
それが魔王軍による策略だったと人間側が気づくのはもう少し先の話、この時において王国内では、軍事政権を樹立しようとする国内最大勢力である騎士団派と、各地の自警団的存在である冒険者ギルドを主体とする、戦争の中止と和睦を唱える聖女派に別れ。
圧倒的多数かつ王国の地盤を引き継いだ騎士団派は王国から奪取した領地と兵力で二面戦争を行い、聖女派は各地で連携して戦災や魔物に襲われた被災地での支援活動を行い、聖女派の名声と勢力の拡大を得る目的での魔物の討伐活動とナショナリズムに訴えかけるような演説で農民への扇動活動を行っていた。
この二つの勢力はアンデス王国の瓦解前までは協調していた。
「無能な貴族は不要」「圧政を打倒し富を再分配する」というスローガンの元、王国の打倒という目的に団結していたのだ。
それから袂を分かつ事になったのは、正義の対立のように崇高な物ではなく、ただ、次の権力者を誰にするかという問題で各々が自分を優先しようとした結果の話だった。
王国が滅んだのは策略だったとはいえ、当然の理だった、国力が疲弊した状況においても血税を浪費していた貴族に対する反感は年々昂っていたからだ。
魔王軍はそこを利用したに過ぎない。
こうしてアンデス王国は戦況が劣勢にも関わらず、政府の崩壊、内乱の二面戦争という更に過酷な局面に突入し、そのしわ寄せは重税を課せられた上で徴兵、追加徴収を受ける国民へと向けられているのであった。
しかしそんな混沌と混迷を極めた時代の中だったが、不思議と人々の目には活気があった。
何故なら人間側には最終兵器にして切り札である【勇者】の誕生によって、いつかは勝利が約束されていたからだ。
だから人々はむしろ、王国の崩壊という封建制度、特権階級の撤廃という革命に歓喜していたのだった。
これは勇者が魔王を倒すような
一人の救世主が新しい秩序をもたらすような
ありふれていて、面白味のない
繰り返され、読み古された物語である
━━━━━━━━━━━━━━━
この世界における勇者とは、世襲された地位でも、神から特別な力を授かった者でも、運命に導かれるような特別な力を持った存在でも無い。
ただくじ引きを引くように、職業斡旋所も兼ねている教会に行き、そこで宣告されたジョブ、つまり職業が勇者だったもの、それが勇者になるのである。
つまりただの偶然であり、確率なのだ。
この宣告というシステムは、村一番の知恵者に愚者の役割を付与する事も、農村の腰の曲がった老婆に狂戦士の役割を付与する事もあるような、根本的なシステムがバグっているとしか言えないようなシロモノであり、勇者という役職は100年に1度くらいの頻度で現れるというだけで、それを付与する相手が誰かなどは何も規則性が無いと言われている。
だから俺がモラトリアムを終えて村の成人年齢である16歳になり、仕事を斡旋して貰う目的で宣告を受けた教会で勇者であると宣告を受けた時も、よく分からないけど当たりを引いた、くらいの気持ちでしか無かった。
「あの、もう一度言ってください、俺のジョブは・・・?」
「【勇者】です、【勇者】、間違いなく本物の」
【遊び人】や【乞食】みたいな変なジョブさえ引かなければいいなと思っていた俺は気の抜けた様子で、村の教会の唯一の職員である若い女のプリーストの宣告を聞いたのだが、興奮した様子のプリーストさんの様子とは裏腹に、俺の脳裏ではとてつもない面倒事に巻き込まれたという嫌悪感が渦巻いていた。
そんな俺の様子にプリーストさんは怪訝な表情で訊ねてきた。
「あの、喜びとか無いんですか?、【勇者】ですよ【勇者】、この世界を救い、導く役割を与えられたんですよ!」
強調するようにプリーストさんはそう繰り返すが、俺は全くはしゃぐ気にはならなかった。
確かに勇者が誕生して欲しいという願いは全人類共通の物であり、俺も「早く勇者が世界救ってくれねぇかなぁ~」、と星に願った回数は計り知れないが。
だが自分がなりたいか、世の中の面倒事や人類の希望、世界の命運などなど、そういった物を全部背負い込んで勇者になりたいかと言えばノーだ。
他人事にして応援する立場の方が何倍も楽で、無責任で、そして人生は充実している。
なんて、思った通りの言葉を吐露したかったが、今は勇者として飲み込んだ。
「・・・さぁ、あまりにも突拍子も無くて実感が湧きません、・・・けど、世界を救う為に頑張ろうと思います」
流石にいきなりやる気ないですと、成人したその日にニート宣言するのも得では無いので、社会不適合者の烙印を押されないようにそう答えた。
「あ、そうですよね、いきなりですもんね、普通は実感なんて無いですよね、でも念願の【勇者】ですから、喜ばずにはいられません、だって【勇者】なんて、世界に一人しかいない正真正銘の救世主なんですから」
プリーストさんはそう言って大袈裟に万歳を繰り返した。
きっと、勇者誕生の一報が流れれば、こんな風に皆が歓喜するのだろう。
魔王軍と戦争を始めて十年近く、年々領土が減少し、税金は増え、日々のおかずが減り閉塞感を感じていた王国民たちにとっては、勇者の誕生はその不幸を解決する特効薬のようなものだろうから。
だが俺はプリーストさんの肩を掴んで、言い聞かせるというよりは脅しをかけるように言った。
「喜ぶ気持ちは分かります、でも、俺が勇者になった事、二人だけの秘密にしてください」
「え、なんでですか、勇者が誕生したって知れば、みんな喜ぶし、きっと応援して貰えるのに」
「そうですね、みんな喜ぶと思います、でもダメなんです」
「ダメって、何がダメなんですか・・・?」
「先ずこの国の現状がダメです、もし王国が存在していれば、王国に招致して貰って、そこで護衛や支度金などを用立てて貰ってから、安全に勇者としての職務に励む事が出来たと思います、でも現状であれば、騎士団派と聖女派という二つの派閥の板挟みになって面倒事に巻き込まれてしまうでしょう」
「・・・っでも、それなら勇者が両者を取り持って、同盟を組ませる事だって出来るはずです、勇者なら、それくらいは容易に出来る影響力はあるはずですから!」
「確かに、全盛期の勇者なら、敵も味方も全部まとめて解決する事は難しくないでしょう、【勇者】のジョブは神格化されていますから、その言葉に逆らう可能性も低いでしょうし」
原則というか慣例的に、勇者は最強の存在であり無敵の存在だ、対抗出来るのは魔王だけであり、だからこそ勇者のジョブは人間側に於いて大きな影響力がある。
でも、そこには一つ懸念点がある。
「でも、今代の魔王は既に10年近く、この世に君臨し続けている。
・・・先代の勇者は魔王の遅延戦術に足止めをくらいつつも、ギリギリの所で魔王を倒し、魔王が発動させようとした世界を滅ぼす威力を秘めた人類絶滅装置の発動を阻止しました、だけど今代に至っては、魔王軍は戦況が危うくなればいつでもカタストロフを発動させる事が出来る上に、勇者が誕生したと知られたならば、俺を直接抹殺する事すらも可能、何せ俺は聖剣や頼れる仲間どころか、資金も自衛能力も無いレベル1の駆け出し勇者なのだから。
・・・だから俺が勇者に選ばれた事は、一先ずの間だけ、秘密にしてください」
俺は再度念を押すようにプリーストさんに繰り返した。
プリーストさんの肩を掴む俺の手は、真剣味を伝える為にかなり力を込めていた。
そんな俺の迫力に圧されたのか、それとも俺の説明に納得したのかは分からないが、プリーストさんは頷いてくれた。
「・・・分かり、ました、確かに生まれたての勇者を危険に晒すような事は出来ませんね・・・、でもそれじゃあいつまで秘密にすれば良いですか、勇者様の職業証明書はどうすれば」
ライセンスとは成人した凡そ全ての国民がもつカードの事だ、これを作れるのは上級職である【プリースト】だけ、教会はこれを発行する権利を独占し、そしてライセンスにレベルやステータスの更新などをする事を主な業務としている。
分かりやすく言うと年一で健康診断的な事をして、レベルやスキルなどの技能を数値化してくれるのが仕事であり、その証明書のようなものがライセンスなのである。
だから大抵の仕事はライセンスを参考にして審査されるし、信用に関わる事なので、多額の賄賂、もとい寄付金を送らない限りはライセンスの改竄は御法度でもあるが、抜け穴も存在している事を俺は知っていた。
それ故に【勇者】を秘密にするのならライセンスの【ジョブ】をどうするのかというプリーストさんの問いに俺はこう答えた。
「そうですね、取り敢えず俺は【モンク】だったという事にして、明日からここで働かせてください、そして教会の活動をしながらレベルを上げて、スライム・・・いや人喰いウサギより強い敵を倒せるレベルになったら村を出ようと思います、秘密は村を出る時にでも明かそうと思います、それと俺の事は勇者じゃなくてライアと呼んでください、バレてしまうので」
ライア・ノストラダムス、それが俺の名前だ。
「・・・分かりましたライアさん、私の事はメリーとお呼びください、ライアさんが無事に村を出られる日まで、私、出来る限りの協力をしますから、その日まで、一緒に頑張りましょうね」
そう言うメリーさんの瞳は使命感に燃えるように輝いていて眩しかった。
メリーさんは万人受けのする女優顔の美人さんなので、そんな風に微笑まれると俺も満更でも無い気もするが、それでも俺は肝心の詰めを怠らなかった。
「ありがとうございますメリーさん、最後にもう一度確認しますけど、絶対に、誰にも話さないでください、もし話したら、その時はあなたを魔王軍のスパイとみなして、一生かけてでもあなたとあなたの家族に生き地獄を見せますから、だから絶対に誰にも話さないでくださいね、約束ですよ」
笑顔で脅迫する俺にメリーさんは顔を引き攣らせているが、これは冗談でも脅しでもない、マジで殺る気の本気だった。
自分に害なす存在の芽は潰しておく、【勇者】になった俺が一番最初に行ったのは、唯一の泣き所になりかねない秘密を知る存在への脅迫だった。
「そこまで強く念を押さなくても私、聖職者ですから、秘密は守りますし誰かに言いふらしたりもしませんよ」
「いえ、メリーさんが迂闊に秘密を漏らすというような心配はしていません、ただ、メリーさんが魔王軍に捕まって拷問されたり、目の前で無関係な住民が虐殺されたりした時に、頭の片隅に秘密を漏らした時の方が自分へのリスクが高いと思ってくれたなら、それで自制心が働くかなという程度の気持ちですよ」
「・・・え、それってつまり家族とライアさんを天秤にかけられてもライアさんを選ばなくちゃいけないって事ですか!?」
「別にそこまでしろとは言ってませんよ、ただ頭の片隅に家族を人質に取られてることを思い出して欲しいだけで、小の虫・・・じゃなくて、小事に拘りて大事を忘るな、ですよ、家族や友人も大事ですけど、勇者の協力者であるという事はつまり世界を救う使命を帯びているのと同じですから、それを自覚して欲しいだけです!」
「今小の虫を殺してって言おうとした!、絶対私に家族を犠牲にしてでも秘密を守れって言おうとしました!、罪の無い弱い人間を見捨てるなんて、ライアさんはそんな勇者でいいんですか!」
最強の存在である【勇者】が冷酷である事をメリーさんは許せないのだろう、諭すような口ぶりで俺に抗議する。
だが俺はもう【勇者】を下りると決めていた、だから他人を救う気もなければ、我が身だいじに作戦で、逃げ切る為に全力を尽くすだけである。
「もちろん、メリーさんが俺の善き協力者である限りは俺も勇者として頑張りますよ!、ただ、俺を裏切る人間なら、それは勇者の、引いては人類全体の敵だって事をメリーさんに分かって貰いたいだけで・・・」
「うわぁ・・・、それってつまり、足を引っ張る人はそれが子供でも容赦しないって事ですよね、本来守るべき弱者を見捨てるって事ですよね、ライアさんは勇者がそんなんで本当にそれでいいんですか」
「ち、違いますよ、ただいざと言う時に魔王の味方になるか、勇者の味方になるかを聞いているだけで、子供は関係無いですよ!」
上手く丸め込んでいいように説得しようと思っていたのに、メリーさんは流石にエリート職の【プリースト】だからか、簡単には説き伏せられなかった。
話してみた感じからして、聖職者らしく正義感が強い人柄なのだろう。
故に安易に迂闊に俺が俺の事しか考えていない事がバレてしまえば、メリーさんは俺に反感を持ち、協力もしてくれないに違いない。
最悪、俺が死んで別の人間に【勇者】が移った方がいいという考えになってしまうかもしれない。
普段は自分より知識の浅い人間とばかり話をして煙に巻く事を日常にしていたせいで、屁理屈もそれっぽく話せば理屈として通るという詭弁術が身に染み付いていたのを反省しつつ、ではどうやったらここからメリーさんを説き伏せられるかを考えた。
やはりエリート職のプリーストであるメリーさんに屁理屈は通じない、ならもう一度理屈をこねる?、否、俺の方が年下で学も人生経験も浅い、だったら他で勝負するしかない。
長年ペテン師として生きていたおかげで道化を演じる種類なら、乞食の老人から貴族の愛人まで演じられる
───────それが俺の特技だった。
「メリーさんっ!」
俺は壁ドンした。
「え、え、いきなりなんですか!?」
メリーさんは聖職者、つまり、こんな風に誰かに壁ドンされて迫られる経験なんて普通に過ごしていたら無いだろう。
普通の女性でも中々無い経験を禁欲と純潔を尊ぶ聖職者がしている可能性は低い。
そしてここは村の教会で職員は地方から派遣されたメリーさん一人でありここには今二人きりだった。
このシチュエーションならば間違いなく俺が主導権を握れて有利。
だから投げやり気味の最終手段として、メリーさんを愛の弾丸で落とすことにしたのだ。
「俺と魔王、どっちの味方するんですか、俺はメリーさんと話すのは今日が初めてですけど、2年前にメリーさんがこの村に来た時からずっと、綺麗なお姉さんだなって、憧れてました、だからメリーさんには、何があっても俺の味方をして貰いたいというか、メリーさんの事は何があっても俺が守るから、メリーさんには最期まで俺を信じ抜いて欲しい、俺が聞きたいのはメリーさんの覚悟なんです、メリーさん、俺の生涯の協力者になってくれませんか」
キリッと目力を込めた力強い眼差しで囁くようで芯のある低い声で尋ねる。
息が溶け合うほどの至近距離、俺は初心な女の平常心を粉砕する一手でメリーさんに詰めをかけた。
「え、あ、あの、困ります、いくら勇者であるライアさんの頼みとは言え、私、まだ任期が10年以上残ってますし、で、でも決して嫌という訳では無くて、そんなに昔から私の事を意識してくれたんだと思うと嬉しくてこっちも意識するというかなんというか・・・」
あたふたと慌てふためくメリーさんは、年上のお姉さんとは思えないくらいに愛らしくて、その反応だけで俺も理性が外れて抱きしめてしまいそうになるくらいの可憐さだったが。
だが流石にそこまで踏み込んでしまうと手を切る時に後腐れしまくるので、動揺を抑えながらシナリオを遂行する意志を持ち直した。
「メリーさん、辛い事や苦しい事がいっぱいあるかもしれません、でもメリーさんの事は必ず俺が守りますから、だから、メリーさんは俺を信じて、俺だけの味方になってください。
・・・これは、メリーさんにしか頼めない事で、メリーさんにしか出来ない事なんです、お願いします、全部終わったら、メリーさんの事は必ず俺が幸せにしますから」
最初は俺様系で相手に頼れる男アピールをしつつ、頼み事をする時は相手の母性本能をくすぐるように「私が支えないといけない」と思わせる事。
これがロクでもない親父から教わった、ホストや結婚詐欺師がよく使うような、そんな俺の処世術だった。
そんな実績と歴史を持つ親父直伝の営業スマイルに初心な聖職者でしかないメリーさんに抗う術があるはずも無く。
「───────っ。
・・・わ、分かりました、そうですよね、私しかいませんもんね、ライアさんだって家族や友人に秘密を抱えて生きていく覚悟をしているんだから、私だって同じくらいの覚悟しないとライアさんを支える事なんて出来ないですもんね、じゃあこれからは、私がライアさんを支えます!!」
メリーさんは白い肌を熟れるように赤面させながら、俺の望んだ言葉を発し、協力者になる事を受け入れてくれた。
本来ならここで礼をいいながら抱き締めると完璧なのだろうけど、あまり勘違いさせ過ぎると、全てが終わった後でメリーさんに逆襲を受ける可能性があるので、あくまで憎しみに変換されないバランスを保ってこれからもメリーさんを誑かさなくてはいけないのである。
そう、勇者になった俺の目的は魔王を倒すことでは無い。
レベルを99まで上げて転職し、勇者を辞める事、それが俺の真の目的なのであった。
宣告は完全にランダムに選ばれたジョブを割り振るシステムだが、転職は自分で選択する事は出来ないまでも、現在のジョブで磨き上げたスキルや適正などを参考にして選ばれる故に、転職すれば勇者を辞める事は可能だ。
今の俺が転職したらジョブはおそらく【乞食】や【詐欺師】になるのがオチだろうが、魔王と戦って殺されるオチよりはマシだろう。
だから当面の目標はレベルを上げて転職する事。
その為に俺はメリーさんを上手く利用してレベル99になるだけ早く到達する。
魔王の討伐などは、後任の勇者に任せればいい。
つまりここまでは茶番で、ここから先もただの茶番なのであった。
胸踊る大冒険や英雄伝説なんて、俺の柄じゃないからな、出来ない事はやらない、これは逃げでは無く冷静で現実的な判断だ。
「ありがとうございますメリーさん、一緒に頑張りましょう」
俺は内面の腹黒さを覆い隠すくらい爽やかな笑顔でメリーさんと握手して、協力関係を結んだのであった。
「ただいま」
メリーさんに偽装したライセンスを発行して貰い受け取ると日が暮れていたので、俺は面倒事を避ける為に寄り道せずに帰宅した。
「おう、おかえり、なんか機嫌良さそうだな、ジョブはせめて【村人】くらいは引けたのかよ」
「まあね、【モンク】だったよ、それで明日からは聖職者として教会のお手伝いをする事になったよ」
そう言って親父にモンクと書かれたピカピカのライセンスを見せびらかす、勿論モンクを引き当てて浮かれている演技だが。
「へぇ、俺はてっきり【乞食】か【素浪人】辺りが妥当かと思っていたが、まさかモンクとはなぁ、トンビが鷹を産んだって奴か?、まさかお祝いが必要になるとはなぁ」
親父は感心した風に俺の頭を撫でた。
親父も俺がモンクという薄給とは言え公務員の勝ち組職になるとは思っていなかったのだろう。
何故なら我が家は父親のジョブは【詐欺師】で母親のジョブは【空き巣師】で、しかも2人とも運のステータスが最低のGで不幸な目に遭いまくるという、神に見放された悲しい業を背負った負け組ジョブ極貧一家だったからだ。
だが負け組ジョブの【詐欺師】とは言っても、親父は世間一般の負け組ジョブの人間みたく盗賊団やギャングみたいな反社会組織に所属して犯罪行為を行っている訳では無い。
親父はこの村で何でも屋の詐欺師を請け負って生計を立てているのだ。
村長に雇われて村が豊作だった時の脱税に手を貸したり、村に野党集団が寄り付こうとした時に野党の頭領を扇動して隣の村を襲うように誘導したり、隣の村と戦争になりかけた時に、村民の感情を印象操作して上手く宥めすかしたり。
この総人口1000人に満たない小さな村を存続させるに事に於いて、詐欺師の何でも屋という親父の存在は不可欠なものであり、【詐欺師】という仕事が負け組ジョブでありながらも世界には必要とされる物であると実感させてくれる偉大な存在でもあった。
そんな親父に育てられたからこそ、世の中には不要な仕事は無いとして、【遊び人】や【乞食】を引いても甘んじて受け入れる土壌はあったんだがな。
そんな負け組ジョブでしかも詐欺師の親父を欺いて勇者を辞めるのは心苦しいが、詐欺師の息子が勇者だったとしても他の村人はあまり歓迎しないだろう。
我が家は間違いなくこの村の最下層のカーストにいるのだから。
親父は村長と縁戚であるが故に村の権力者に認知され、何でも屋として村に貢献する仕事をしているものの、世間一般の常識で言えば負け組ジョブの詐欺師や空き巣屋なんかは職業差別され迫害されてもおかしくない存在なのだ。
だからきっと、俺が【乞食】や【引きこもり】だったとしても親父は反社会的な負け組ジョブじゃないだけで喜んだに違いないし、勇者だと知ったならば泣いて喜んだかもしれないのだ。
そう思うと俺は何とも親不孝な息子だった。
「・・・・・・まぁお祝いなんて要らないよ、こんなご時世だし、祝うって言ってもパンのステーキくらいしか作れないでしょ、なら別に気持ちだけでいい」
この村は他所に比べたら牧場も田園もブドウ畑もあってそこそこ裕福な方だが、それでも戦争の影響により日々の食事は一汁一菜となって久しい。
無論、村の中でも富める者は富んでいるのだが、大多数の村人が極貧で、かつ、それに不満を抱かないように全員が貧困で無ければ脱税の時に役人を欺く事は出来ないし、村人もこの貧しい過疎村に定住しようとは考えない。
故にこの村の多くの村人は生かさず殺さずのギリギリのラインを見極められて、たまに村長から祝いの品を貰っては都合よく喜びながら、怠惰で極貧な生活を享受している人間ばかりなのであった。
だから年に数度、教会の地下に蓄えられた村の隠し財産であるワインを収穫祭で楽しむのが唯一の贅沢となるくらいには慎ましやかで牧歌的な日常を送っているほどに村人は困窮している。
そうなったのも全て、戦費による徴兵と重税のせいである、故に我が家にも祝う余裕が無い事は分かっていた。
親父のコレクションしていた「お宝」もいつの間にか無くなって俺は密かにしんみりしていたし、だからこそ爪に火を灯すような家計に負担をかけてまで祝ってもらいたいとは思わない。
・・・そもそも、村において成人の儀のようなものでもある宣告の費用を、普通は自分で働いて稼ぐ所を俺は親に借りて半分くらい借金して用立てた。
この時点でだいぶ親不孝なので、これ以上負担をかけるのも忍びなかったのだ。
「でもなぁ、宣告なんて一生に一度の事だし、それでいい結果が出たなら祝ってやるのが親としての義務というか、なぁ母さんはどう思う?」
「そうねぇ、まぁ母さんはライアにお祝いの品用意してるからなんでもいいんだけど」
そう言ってお袋は自室にプレゼントを取りに行き、俺に金のロザリオをくれた。
「え、お袋、こんな高価そうなもの一体どこで手に入れたんだよ・・・」
お袋の職業は【空き巣師】、負け組ジョブだが、村では唯一の盗賊ジョブであり、お袋がその気になれば村では無双状態なのでどこでも空き巣し放題盗り放題になるのだ。
つまりこのロザリオは間違いなく盗品なのだが。
「ほら、前任の教会のプリーストの人、セクハラしたり寄付の催促が五月蝿かったりめちゃくちゃ嫌われてたでしょ、だから追い出す為に司祭の委任状と一緒に脱税の証拠とかも取ってきたんだけど、このロザリオは物凄い加護があって持ってる人間に無敵の加護を授けるらしいから、それ持ったままだと犯人がバレた時に厄介だから父さんに盗ってきてって頼まれて盗ったんだけど使い道無かったし良い機会だと思ってね」
「物凄いいわく付きの代物過ぎて素直に喜べないんだけど・・・」
てか前のプリースト、評判悪いと思ってたらいつの間にか消えて見目麗しいメリーさんに入れ替わってると思ってたけど、追い出したのはうちの両親だったのかよ。
グッジョブといいたい所だが、村社会の闇を感じて素直に喜べない。
でも無敵の加護ってのがなんなのか気になるし興味がそそられる品でもあった。
「ああ、母さんずるい、俺も何かヘソクリを渡したい所だけどこのご時世だしな、足のつかない金目のもんは全部売っちまってこれくらいしか無いぜ」
親父は俺が生まれる前から集めていた「お宝」、音楽を奏でたり子守唄を聞かせてくれるような音楽関係の魔道具を蒐集していたが、戦時による貧困によりいつの間にかコレクションは全て手放していた。
だから親父にへそくりを期待するほど俺も無知で無遠慮でも無いが、気持ちだけだと男として格好がつかないのだろう、親父は俺に埃の被った剣をくれた。
「で、何の盗品だよ?」
「失敬な、これは昔魔王の軍勢がこの村に攻めてきた時に、父さんが【剣聖】のフリをして撃退した時に使った小道具で、言わば、この村を救った英雄の剣とも言える一品だぞ」
「鞘は埃まみれ、刀身は錆まみれ、重さ的にはそこそこちゃんとした素材の剣だとは思うが、流石にこれは打ち直さないと使えないレベルのゴミなのでは?」
せめてちゃんと手入れしてくれていたならば有難く頂戴していたのに、物干し竿としての役割しかない棒切れを物々しいエピソードの曰くつきにより付加価値を付与して渡されても困る。
いや、詐欺師の親父らしいと言えばそれらしい行いなのだが。
「刀身は最初からサビサビだったぞ、昔は村の岩に封印されていた悪魔を封じる為の護封剣だったんだが、いつの間にか封印が解けて剣だけ残ってたから、それで剣聖を演じる時の小道具として利用させて貰ったワケよ、だから一応村に伝わる由緒正しい名剣で、サビサビだが岩を斬るくらいの攻撃力はあるんだぜ」
「錆びてても銅の剣より強いのはすごいけど・・・、てかだとしたら元々村の公共物で勝手に譲渡していいものじゃないだろ」
「いや、その剣は「父さんが命がけで魔王軍を退けた」、その対価として貰ったものだ、まぁ当時は錆びた棒切れ一つで俺の働きが労われるのかと発狂しかけたが、今思えば村も大変な被害を被ったという時に満足なお礼なんてして貰える訳も無かったんだよな。
・・・あれ以来父さんは、キツい仕事は何がなんでも報酬を先払いして貰うって自分に誓ったよ」
「それはまぁ、ご愁傷さまっていうか、同情するけどさ、でも、こんなの貰っても使い道無いんだけど」
「そうか?、この村には冒険者ギルドが無いから村の若いのがボランティアで害になるモンスターの駆除をしてるが、宣告されて教会の人間になったんなら、お前が駆除を任される事もあると思うぞ」
教会の業務は町医者のような事をメインにしているが、ここ最近は若者の徴兵やら出稼ぎやらで過疎が進んでおり、確かに教会に就職する事になった俺にそういった雑用を回される可能性は高い。
とは言え、こんな錆びた剣が魔物の討伐に役立つか、という話なんだが。
「村には冒険者ギルドが無いもんなぁ、というか、よくそれで今までやってこれたもんだ」
「ふっ、村の三英傑が昔から平和を守ってきたからな、自慢にしていいぞ」
「自慢よりも頼りにさせて貰いたいけどな」
ちなみに村の三英傑とは、【詐欺師】のペテンスト(親父)、【当たり屋】ダイナモ、【覗き魔】トムタクの三人の事であり、全員が負け組ジョブで昔から三馬鹿として村で悪名を馳せた悪ガキだったが、今では村の治安維持を担うヒーロー的な存在としてそう称える人もいる。
主に自称する呼び方ではあるが。
普段は大人のくせに子供に混じって馬鹿ばっかやっているが、近所の子供たちから三馬鹿として認知されてる率があまりにも高いので、馬鹿にされつつもその人気とヒーローぶりは侮れないのが憎めない所だ。
俺が勇者に選ばれたのも、意外と親父のそういう英雄的な性質を受け継いでるのだとすれば、適正があるのだから悲観するレベルのものでも無いのかもしれない。
そう思いつつも、現実的に考えれば村の田舎モンに世界を救える訳が無いので、さっさと人知れずにリタイアするのが吉だろう。
こんな乱世と世紀末がいっぺんに来た様な世界で、ただ一人の英雄、救世主なんておおそれた役割、どれだけ想像した所で俺にこなせる可能性は思い浮かばない。
せめて超有能な軍師がいて、ついでに最強の剣聖やら賢者やら聖騎士なんかが味方にいてくれれば話は別だが。
だが今の世の中の実力者はそのほとんどが騎士派と聖女派に属し、もう一方を敵視する犬猿の仲という状況だ。
だから俺にそんな権謀術数渦巻く謀略の狭間で海千山千の猛者達を取り纏めるなどという、円卓の騎士並に破綻する事が分かりきってるような仕事をこなせる訳が無いのである。
だから俺は、この救い難い世界を救う役割なんて、いらない。
いや16歳になって間もない若者ならば、もう少し現実に夢を見るべきなのかもしれないが。
だが、親父がこの小さな村を命がけで、時には他者を裏切り、時に見殺しにする事を繰り返して、なんとか存続させていく姿を見てきたせいで。
正義のヒーロー、その理想像が身近で現実主義なものになっていたのだ。
だから俺はこの村を救う英雄になっても、世界を救う英雄にはならないし。
過分な責任も役割も、そんなものはもっと相応しい人間が担うべきだと現実的に放棄する事を即決したのだった。
例えるならそう、ある日突然、君は救世主になれると神から啓示を受けたとして、それを受け入れる奴は最初から救世主で、言われなくても世界を救うし、救世主じゃなくても世界を救う。
神から啓示を受けたのは後付けに自分が救世主である正当性、大義名分を得る為の方便である事の方が多い。
少なくとも第六天魔王とか、神の声を聞いた聖女みたいな存在にとっては、彼らが神仏の加護を本当に受けているかどうかなど、些細な問題に過ぎないように。
そして俺は、そういう点でどこまでも凡人であり、身の程を弁えていたというだけの話である。
その後、祝杯と呼ぶには少し寂しい、発酵しきらない麦のジュースで乾杯し、その日はそのままいつも通りに夜更かしして熟睡した。
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誰一人帰らない『奈落』に落とされたおっさん、うっかり暗号を解読したら、未知の遺物の使い手になりました!
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旧題:巻き込まれ召喚されたおっさん、無能で誰一人帰らない場所に追放されるも、超古代文明の暗号を解いて力を手にいれ、楽しく生きていく
高校生達が勇者として召喚される中、1人のただのサラリーマンのおっさんである福菅健吾が巻き込まれて異世界に召喚された。
高校生達は強力なステータスとスキルを獲得したが、おっさんは一般人未満のステータスしかない上に、異世界人の誰もが持っている言語理解しかなかったため、転移装置で誰一人帰ってこない『奈落』に追放されてしまう。
しかし、そこに刻まれた見たこともない文字を、健吾には全て理解する事ができ、強大な超古代文明のアイテムを手に入れる。
召喚者達は気づかなかった。健吾以外の高校生達の通常スキル欄に言語スキルがあり、健吾だけは固有スキルの欄に言語スキルがあった事を。そしてそのスキルが恐るべき力を秘めていることを。
※カクヨムでも連載しています
スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活
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この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。
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これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。
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