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42 繋がりを手繰る糸

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「メリーナ、あのね……」

「なに?」
「メリーナを助け出す前にね、シリル様が母さんに結婚の挨拶をしたいと、言ってくれたの」
「シリルが……」

 メリーナはシリル様に、少し驚いたような目を向ける。
 彼はコクリと頷いた。

「みんなでお墓に行ったの。するとね、母さんの墓石に私の知らない絵が描かれていた。五枚の花びらの小さな花の絵だったの」

「小さな花、五枚の花びら……」


 ……あの絵は、屋敷の裏庭に咲いていた『リラ』だったんだ。


 母さんが……永遠の愛を誓った花。


「私はずっと、父さんは亡くなってると思ってた。リフテス王が父親だと知ってからは、母さんのことを古い屋敷に置いて、放ったらかしているあの人が嫌いだった。王妃様もいて、他にもたくさん側室を持って、子供だって……たくさんいて……悪いことばっかり言われている人……」

「……リラ」

 メリーナは涙目になっている。

「でも、違った……母さんはリフテス王を愛していて、彼も母さんを心から愛してくれていた。二人がいたから……メリーナがいてくれたから、私は生まれてこれた。シリル様にも出会うことが出来た……」


 私はあの日、リフテス王に言ってしまった言葉を思い出し後悔した。

「メリーナ、私……リフテス王に酷いこと言った。母さんの葬儀にも来なかったって、今まで放って置いたくせにって言っちゃった……」

「それは仕方がないわ、リラは本当の彼を知らなかった、私達も教えなかったんだもの」

「でも……私、謝らなきゃ、リフテス王に……会って謝らなきゃ……」

 涙が溢れてしまう、拭っても拭っても次々と溢れてくる。
 愛されていたと知った喜びと、酷い言葉を言ってしまった後悔と、父と母の会えなかった日々を考えると、胸が痛くて仕方なかった。


 メリーナは泣いている私を見て、なぜかクスリと笑う。

「もう、リラはすぐ泣くんだから。そういう所はマーガレットそっくりね」
「…………?」

 ……どういう事? 
 私は母さんが泣く所を見た事はない。

 どんな時でも、母さんは朗らかに笑っていた。

 亡くなる前日も『またね、リラ。おやすみなさい』と寝台の上で手を振って笑ってた。


「マーガレットが、アレクサンドル様の事を話したことがあるでしょう? 誕生日の日、ほら、一度会いに来ただけの酷い王様だって」

「……うん、言ってた」
「あの日の夜ね、マーガレットったら私の前で泣いちゃって大変だったの」







 リラが部屋に戻ったあと、メリーナとマーガレットはキッチンにいた。

 メリーナは、マーガレットの為に集めた薬草で、お茶を煮出していた。
 その様子を、椅子に座り眺めていたマーガレットが、突然泣き出した。

『マーガレット、どうしたの? 痛みがあるの⁈』

 メリーナは鍋の火を止め、マーガレットに駆け寄った。

『メリーナ、私酷いこと言っちゃった……あの日は、アレク具合が悪い中を駆け付けてくれたのに、本当は……リラを可愛いって、何度も言ってくれたのに……』

 ポロポロと涙を溢すマーガレットに、メリーナはハンカチを渡す。

『大丈夫よ、いつかきっと本当の事を話せる日が来るわ。その時にはリラも分かってくれる』

『でも……私その時まで、生きているか分からないのよ?』

 この時点でのマーガレットの余命は半年、メリーナは取り寄せた文献を読み漁り、毒を消す方法を模索していた。

『……いるわっ! いるに決まってるでしょ! 私が死にたいって言っても死なせないんだから、治してみせる! だから、そんな事言わないで……』

 諦めたようなマーガレットの言葉に、メリーナまで泣き出してしまった。

『ごめんなさい、ごめんなさい、メリーナ』
『もう、二度と悲しいこと言わないで』
『うん、絶対言わない。私生きるから、頑張るから』

 そのまま二人で号泣した。

 翌朝、泣き腫らした目をリラに見つからないように、二人で冷やしながら笑いあったことも、今では懐かしい思い出……けれど、それはまだ、たった一年前の事だ。







「そんな事があったの……」

 涙を拭いながら見ると、メリーナは泣きそうな笑顔を見せ頷いた。

「そうよ、マーガレットは意外と泣き虫なの。私の前ではよく泣くのよ。あ、それにアレクサンドル様もすぐ泣くわね。……リラは二人によく似ているわ」

「え、リフテス王も泣くの⁈」

 そう言った私を、メリーナは目を三角にして見る。

「……リラ、リフテス王の、アレクサンドル様のことは『お父様』と呼んであげて『リフテス王』じゃ可哀想だわ」

「……はい」


 二人で話していると、突然、シリル様が私の手を握った。

「リラ」
「はい……」

 キレイな黄金の目が、私を真っ直ぐに見つめる。

「俺も一緒に行く」
「……いいんですか?」
「もちろんだ。それに……俺の父上になる方なんだ、一緒に助けに行こう」
「…………はい、はい。シリル様」

 嬉しくて、私からシリル様に抱きついた。
「リラ……」
 シリル様はそっと背中に腕を回し、抱きしめ返してくれた。

「ありがとう、リラ、シリル」

 メリーナがシリル様ごと私をギュッと抱きしめた。


「リラ様、メリーナ様、僕も一緒に行くよ。モリーにシリル兄さんの事を頼まれているし、こういうのは多い方がいいでしょ?」とルシファ様は言う。

「私も行くわ、リラのお父様を見てみたいもの。きっとカッコいいわ」
「僕も行く、リラはお父さん似なんでしょう? だったら他の王女たちもかわいいはずだよね?」

 冗談を含ませながら、ラビー姉様とメイナード様も一緒に行くと言ってくれた。


 私とメリーナが皆にお礼を言うと、バーナビーさんまで、助けてもらった恩を返したい、自分も一緒に行くと言い出した。

「それはいけません。リフテス王が城の中のどこにいるのかもハッキリしない、魔法を使う魔王がどこに潜んでいるのかも分からないのです。見張りの兵も多くいるでしょう、どんな危険があるか分かりません」

「だったら尚更です。私の魔法は生活魔法ともう一つだけですが、きっと役に立てます。それに息子の魔法があれば、早く王様の居場所を探す事ができます」

 バーナビーさんはそう言って、ふわっと茶色の大きな尻尾を揺らした。


「息子さんの……魔法?」

「そうです。ニコ、あれを出してくれないかい?」

 バーナビーさんが言うと、息子のニコくんが右手を握りしめ、その手にチュとキスをした。

「お父さん、はい」

 ニコくんの手のひらの上に、一本の糸が乗っている。それをバーナビーさんに渡す。
 受け取ったバーナビーさんはニッコリと笑い、ニコくんの頭を優しく撫でた。

「ありがとう、ニコ」

バーナビーさんは手に持つその糸を、みんなに見せてくれた。

「それは?」
メリーナが不思議そうに尋ねる。

 手のひら半分ほどの長さの糸は、真っ白で薄らと光を帯びていた。

「これが息子の魔法です。私達の子供達は、魔力を持って生まれました。しかし、魔法自体は一つしか使えません。けれど、子供達は魔法を形にします。その形は、願いを聞き動くのです」

「まあ……それは珍しい……」

「このニコの糸は、手に持つ者が強く念じると、相手の下へと伸びていきます。娘の蝶は名前を書き入れればその名の繋がりを辿り飛んで行きますが、この糸はもっと強い繋がりが必要なんです」

 バーナビーさんは説明すると、私の手に糸を乗せた。

「これで城の中にいるあなたの父親、リフテス王を探します。ただ、先ほども言った様に、この糸は強い繋がりのある者へと伸びていく。強い繋がり、それは即ち血の繋がりです。だから、リラ様が強く念じると、糸はリフテス王とリラ様の兄弟全てに伸びるのです。リフテス王国には王子様がお二人、王女様がリラ様を除いて六人もいらっしゃる。という事は、糸は全部で九本に分かれ、伸びることになります」

 九本……血の繋がり……私はそこで、ある事を思い出した。

「あの、お腹の中にいる子供には伸びませんか? 監視の女の人から側室二人が孕っていると聞いたんです」

「おおっ……そうですか……だったら糸は全部で十一本、その中の一本がリフテス王になる。……ちょっと多いですね」

 すると、話を聞いていたニコくんが色をつければいいよと教えてくれた。

「色?」
「うん、えっとね、もう一度僕にかして?」

 私は、ニコくんに糸を渡した。
 すると、彼は糸に話しかけ始めた。

「男の人には青い糸になってあげて、女の人には赤くなってね」

 糸はフワッと一度光を放ち、元に戻る。

 その糸を私に渡すと
「これで大丈夫? 僕に出来るのはここまでなんだ。もし、まだ生まれてない赤ちゃんが二人とも男の子だったら青い糸は五本になっちゃう、でも、さっきより探しやすくなるでしょ?」

「ありがとう、すごく助かります」

 私はニコくんにお礼を言った。すると、メリーナがニコくんに尋ねる。

「その糸は亡くなった人には伸びないのかしら?」
「亡くなった人?」
「そうです」

 メリーナは母さんの事を言っているようだ。
母さんが亡くなったのはまだひと月ほど前、この国では、亡くなってから半年はこの世に魂が残ると言われている。
 ……だから……。

「完全に亡くなった方には伸びません。けれど、死んだように見せる魔法をかけられた人、薬を使い意識を奪われている人、いわゆる仮死状態の場合などには伸びていきます。まだこの世に繋がりが在れば、探す事が出来るのです」

 ニコくんの代わりに、バーナビーさんが話すと、メリーナは目を丸くした。

「死んだように見せる魔法なんて……どこで……お聞きになられたの?」

 ……どういうこと? と思っていたら、シリル様が小声で「死んだように見せる魔法というのは聞いた事がないんだ」と教えてくれた。


「実は『死んだように見せる魔法がある』という話は、私の祖父から聞いたのです。何代か前のマフガルド王がそれを出来たのだと言っていました」

「マフガルド王?」

「そのようです。どういった方法なのかは分かりません。ただ、それが出来るのは漆黒の毛を持つ者のみと聞きました」
「……その魔法には毛の色が関係あるの?」

 真剣な目を向け、メリーナが尋ねる。

「そのようです。当時のマフガルド王は漆黒の毛を持ち、その魔法を使えたのです。しかし、命を操る魔法は禁忌です。だから、その魔法の存在を知っている者は、殆どいないのだと聞きました」

 シリル様は驚いていた。自身も漆黒の毛を持っているのに、その魔法の存在を全く知らなかったのだ。

 メリーナは少し疑うように、バーナビーさんを見ている。

「…………そう、ではバーナビーさんのお祖父様は何故それを知っていらしたの?」

 メリーナに聞かれたバーナビーさんは、ニコくんに視線を移す。

「祖父もニコと似た魔法が使えました。祖父の場合は人には渡す事は出来ず、相手と手を繋ぐ必要がありましたが……その為、いろいろと調べたようです」

「その魔法を見た……という事かしら?」
「さぁ、そこまでは教えてくれませんでした」
「……そうですか……」

 メリーナは納得した様に頷き「たくさん話していただき、ありがとうございました」とバーナビーさんにお礼を言った。




「ところで、僕達はリフテス王を助け出すだけでいいの?」

 メイナード様は首を傾げる。
 それに対して、メリーナは首を横に振った。

「私は、助け出すのではなく、助けたいの。彼を王妃から解放しようと思ってる。彼の悪夢の始まりは前王の死と王妃との結婚よ。もしかしたら、全てのことに王妃とデフライト公爵、それに『魔王』が関わっているのかも知れないと私は考えているの」

「じゃあ、王妃を排除して、デフライト公爵の裏を暴き『魔王』を捕らえるって事?」

 メイナード様が、もう分からないよと言いながらメリーナに尋ねている。


 メリーナは私達を見て、ニッコリと笑みを浮かべた。

「そうね、今ならシリルもいるし、この際だからこの国から、『王妃』と『魔王』それに、リフテス王に害をもたらしてきた者達全てに、キレイさっぱり消えてもらおうかしら」


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