上 下
45 / 68

敵わない

しおりを挟む
 
 俺は城の北側にある館に住むことになっていた。

 その館は、姫様と兵士の幽霊が出ると有名な『北の塔』が見える場所にある。
俺に与えられた三階の部屋からは、そこがよく見えた。
見えたというより……窓を開けると真正面には林と北の塔しか見るものがない。

 誰も恐れて近づかないというその場所に、俺は興味を持った。毎夜、その塔を眺めたが、半年が過ぎても一度も幽霊など見ることはなかった。
( 噂だけか……だよなぁ)


 かなり高い塔だ。
まず外から入る事は不可能だろう。落ちたら命は無さそうだ。中から入る事は出来るが登るだけでも一苦労だな。
 あの周りは結界も薄くなっている。
多分上手く張れないんだろう、俺がもう少し力をつければ魔獣を呼び出せるほど薄いな……と考えていたその時、青銀色の光が塔の上へと登って行くのを見た。
俺は目がいい( 割とね)

「あれは……何だ?」

 小さな声で呪文を唱え、手のひらに光る魔獣を呼び出す。コイツらは悪さをする物ではない為、結界にも引っ掛かる事はなく呼び出せる。
光る魔獣、『ピカリム』( と俺は呼んでいる ) を北の塔へ向けて飛ばした。
「あの窓に飛んで行け」
「キュ」
風に乗る様にフワフワと飛んでいったピカリムが、塔の窓へたどり着いた時とほぼ変わらない時間。

タンッと音がしたと思った時には、部屋のベランダに、ピカリムを手に乗せた端麗な男が立っていた。

「君がコレを飛ばしたのかな?」

かなり棘のある言い方をされた。

「あ……はい、そうです」

その男は俺の手にピカリムを返す

「ちょっと……いま良いところなんだ、よければそっとして置いてくれ。……それから私があそこに居ることは秘密だからね、ジークくん」

 恐ろしい程美しいその男はそう言うと、トンッと軽くベランダを蹴り上げて北の塔へと飛んで行く。
青銀色の髪が月に照らされ、流星の様に輝いて見えた。

 後に、その人は竜獣人、マクディアス・ガイア公爵だと知った。

 俺は俄然、竜獣人に興味が湧いた。
エリーゼ王女の好きなヤツも竜獣人だ。
あんなに高い塔に軽々と登り、魔獣術師以外、簡単には触れる事の出来ないピカリムを、手のひらに乗せることが出来る、そんな種族。

すげぇ……

 
 そして俺は知った。竜獣人がいかに凄い種族なのか、それから成人した一部の獣人しか知らない竜獣人の『花』の事。
エリーゼ王女の想いは……たぶん届くことはない事を。

だったら

俺、諦めなくてもよくないか?


……いや、相手は王女様、それも第一位の継承権を持っている。
いつか彼女は婿をとる。侯爵以上の爵位を持った男、若しくは他国の王子と結婚するだろう。

 俺には爵位はない。その俺が、彼女と結婚するにはどうしたらいい?

ああ……
そうか、俺は貴重な魔獣術師なんだ。だったら……

 この国で召喚の出来る魔獣術師は、テス師匠一人、俺はまだ召喚が上手く出来ないから見習い扱いされているが、上手く出来る様になれば……爵位はなくともその地位は。

まだ子供だった俺はそんな風に考えた。


 そこから六年、俺は頑張った。魔獣討伐にも積極的に参加して、騎士が聖剣で始末する前に、片っ端から魔獣を捕まえて使役できる物を見つけた。

 魔力をもっと上げるために体も鍛えた。
元々女の子みたいだと言われるほど細く、小さかった体は、成長とともに身長も伸び、細身だが筋肉のついた体になった。

 容姿は……好みにもよるだろうが、割とイケてるんじゃないかな?
城で働く女の子達からも、かなり声をかけられる様になった。
貴重な魔獣術師だから……だけじゃないよな?

 けれど、俺が頑張って体を鍛えても、女の子達にチヤホヤされていても、たまにすれ違うエリーゼ王女は俺を見てはくれない。

 何年経っても、エリーゼ王女はやっぱりオスカー令息を好きだった。俺がどんなに彼女を想っていても、それはただの一方通行でしかない。
 自分が好きなだけじゃダメなんだ、と気付くのに一目惚れから三年もかかった。俺がどう足掻こうとも、彼女と結婚出来る可能性は限りなく低いことも知ってしまった。


 それからはエリーゼ王女の事を諦めるように、言い寄ってくる何人かの女の子と付き合ってみた。
……が、やっぱり違う。
 それに俺は忙しくて、中々付き合った彼女と会うこともままならない。すると彼女達は離れて行ってしまう。結局、俺はどの娘とも長くは続かなかった。




**



 エリーゼ王女はどんどん綺麗になっていく。

 侍女やメイド達は、彼女の事を陰で『ワガママ王女』だとか『一番じゃないとすぐ怒る』とか言っているけど、それの何処が悪いんだよ?

彼女は王女だ。将来、女王になるかも知れない、ワガママが言えるのは今だけだ。


 オスカー令息の事に関しては……確かに我儘かも知れないけど。
彼が登城すれば、何もかも放り出して会いに行くらしいから……それほど会いたいと思われるなんて、どんな奴なんだ……俺は未だ彼を見た事がない。

見たいとも思わない
……見る勇気がない、それが本音。





**




 魔獣を召喚する訓練は、城の一角にある訓練所で行われる。そこには特殊な結界が張ってあり、獰猛な魔獣を呼び出せるようになっていた。

 召喚訓練の時には、必ず騎士を側に置かなければならなかった。
コレは俺にとっては召喚訓練、騎士にとっては魔獣討伐の演習になる。それに魔獣駆除だな。
 始めたばかりの頃は小さな魔獣しか呼び出せず、騎士も一人か二人だったが、今はかなり大きな魔獣を呼び出せる為、側に置く騎士も四、五人は必要だ。

「あ、ジーク様! 召喚訓練ですか?」
 訓練の申請書を出した俺に、事務官の女性が首を傾げ、見上げながら聞いてくる。彼女にとってはかわいいポーズらしい。
……まぁ、悪くはない。

「ジーク様、今回は何人程お呼びしましょうか? また、ガイア公爵閣下でも大丈夫ですよ」

 先月、訓練の時にガイア公爵に来てもらった。
かなり獰猛な魔獣を呼び出したのに、あの人はあっと言う間に倒してしまう。それも一人で。
さすがというか……

「どうされますか? それとも獣人騎士を五人程呼びますか?」
事務官の女性は、俺のことを気に入っているらしく、いつもグイグイ寄って来て話す所がちょっと苦手。
( あんまりそっちから来られると引く……)

「……レイナルド公爵閣下とか呼べたりしますか?」

 ガイア公爵が来てくれるんだ、同じ竜獣人のレイナルド公爵でもいいだろう、そう思って聞いてみた。

「あ、だったらオスカー・レイナルドを呼びましょう。彼は今年、騎士になったばかりですが、あの人なら一人でいいですしね」
「えっ、オスカー……騎士になったのか」
「そうなんですよぉ。入って間もないけどね、やっぱり竜獣人だから強いんです。ただレイナルド公爵閣下の意向で一番下っ端からなんですよ、だからすぐ呼べます」



**



 当日現れたオスカー・レイナルドは、美しい少年だった。
凛とした顔、スラリとした体躯、清艶な青い目が意志の強さを表している……

こいつが……エリーゼ王女の好きなヤツか……



「本日はよろしくお願いします」
俺が挨拶をすると、オスカーは少し緊張した様に返事をした。

「は、はい。こちらこそ宜しくお願いします」

( ふうん、竜獣人でも緊張するんだ……)


「では、早速始める」

 俺は呪文を唱えながら手のひらを空へと向ける。
何も無かった空間に光の魔法陣が浮き上がる。
それを初めて見たオスカーは目を輝かせていた。

魔法陣の大きさで魔獣の大きさも変わる。とりあえず、中位の物を出した。
コレから出てくる魔獣はさほど強くはないはずだ。……それでも一般の騎士が三人がかりだろうが。
 そう思っていたが、現れた魔獣を、剣を抜いたオスカーがあっという間に消し去った。
彼の銀色の長い髪がサラッと靡く。

「……大丈夫か?」

 少し驚いてしまった。騎士に入って間もないと言うのに……やはり竜獣人は違うのか。

オスカーは俺に向けて爽やかに笑う。
「はい、全然大丈夫です!」

軽い感じで答えられてしまい、それに何故だかムッとした俺は手を上げ、またすぐに呪文を唱えた。
「……あっ」( ちょっと大きくなり過ぎた)
グウンッ、とさっきの倍程の魔法陣が広がり、結界がビキビキと音を立てる。

ズウウウンッ!とかなり獰猛な魔獣が出て来てしまった。

「マジか……」
 ボソッと呟いたオスカーの目には愉悦が見えた。
タタタッと走り地面を蹴ると、魔獣目掛けて跳び上がる。そのまま一撃を与えるが、魔獣は倒れずオスカーへ襲い掛かる。オスカーは攻撃をサラリと交わし、また剣を振った。三回ほど繰り返された攻防はもちろんオスカーが勝った。

「……ごめん、ちょっと間違えた」
「いいえ、問題ありません」

息も切らさず、爽やかに笑うオスカーに、俺は敵わないと思った。

 どんなに俺が努力しても、オスカーにはなれない。
生まれながらに彼が持つ美しさも強さも、俺にはない物だ。

 訓練を終え、二人で訓練所から城へと続く廊下に出ると、そこに青色のドレスを着たエリーゼ王女がいた。
満面の笑みを浮かべこちらを見ている。

「オスカー様!」

明るい声で彼女は好きな人の名前を呼ぶ。

「エリーゼ王女様」
王女に気付いたオスカーは騎士の礼をとった。
俺もエリーゼ王女に礼をする。

エリーゼ王女はオスカーを見た後、少しだけ俺に目を向けた。


「あら、ジークの演習でしたの? 上手く出来たのかしら?」
「はい……」

 返事をしたが、エリーゼ王女の視線は既にオスカーに向いていた。

( やっぱりね、俺にじゃないとわかっていたけど…… )
上手く出来たかと聞いたのは、オスカーに対してだ。

その日、エリーゼ王女は、そのままオスカーを連れて行った。


……俺は
いつになったら
君の目に、一番最初に映る事ができるだろう


 去っていく二人の背中を見送りながらそんな事を考えていると、俺の背後から鈴の様な声がした。

「ふうん……ジークって、エリーゼお姉様が好きなのねぇ」
「マリアナ王女様……」

ニンマリと笑うマリアナ王女がそこに居た。

「私が協力してあげるわ」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】元お飾り聖女はなぜか腹黒宰相様に溺愛されています!?

雨宮羽那
恋愛
 元社畜聖女×笑顔の腹黒宰相のラブストーリー。 ◇◇◇◇  名も無きお飾り聖女だった私は、過労で倒れたその日、思い出した。  自分が前世、疲れきった新卒社会人・花菱桔梗(はなびし ききょう)という日本人女性だったことに。    運良く婚約者の王子から婚約破棄を告げられたので、前世の教訓を活かし私は逃げることに決めました!  なのに、宰相閣下から求婚されて!? 何故か甘やかされているんですけど、何か裏があったりしますか!? ◇◇◇◇ お気に入り登録、エールありがとうございます♡ ※ざまぁはゆっくりじわじわと進行します。 ※「小説家になろう」「エブリスタ」様にも掲載しております(アルファポリス先行)。 ※この作品はフィクションです。特定の政治思想を肯定または否定するものではありません(_ _*))

眺めるだけならよいでしょうか?〜美醜逆転世界に飛ばされた私〜

波間柏
恋愛
美醜逆転の世界に飛ばされた。普通ならウハウハである。だけど。 ✻読んで下さり、ありがとうございました。✻

疲れきった退職前女教師がある日突然、異世界のどうしようもない貴族令嬢に転生。こっちの世界でも子供たちの幸せは第一優先です!

ミミリン
恋愛
小学校教師として長年勤めた独身の皐月(さつき)。 退職間近で突然異世界に転生してしまった。転生先では醜いどうしようもない貴族令嬢リリア・アルバになっていた! 私を陥れようとする兄から逃れ、 不器用な大人たちに助けられ、少しずつ現世とのギャップを埋め合わせる。 逃れた先で出会った訳ありの美青年は何かとからかってくるけど、気がついたら成長して私を支えてくれる大切な男性になっていた。こ、これは恋? 異世界で繰り広げられるそれぞれの奮闘ストーリー。 この世界で新たに自分の人生を切り開けるか!?

異世界で王城生活~陛下の隣で~

恋愛
女子大生の友梨香はキャンピングカーで一人旅の途中にトラックと衝突して、谷底へ転落し死亡した。けれど、気が付けば異世界に車ごと飛ばされ王城に落ちていた。神様の計らいでキャンピングカーの内部は電気も食料も永久に賄えるられる事になった。  グランティア王国の人達は異世界人の友梨香を客人として迎え入れてくれて。なぜか保護者となった国陛下シリウスはやたらと構ってくる。一度死んだ命だもん、これからは楽しく生きさせて頂きます! ※キャンピングカー、魔石効果などなどご都合主義です。 ※のんびり更新。他サイトにも投稿しております。

ただ貴方の傍にいたい〜醜いイケメン騎士と異世界の稀人

花野はる
恋愛
日本で暮らす相川花純は、成人の思い出として、振袖姿を残そうと写真館へやって来た。 そこで着飾り、いざ撮影室へ足を踏み入れたら異世界へ転移した。 森の中で困っていると、仮面の騎士が助けてくれた。その騎士は騎士団の団長様で、すごく素敵なのに醜くて仮面を被っていると言う。 孤独な騎士と異世界でひとりぼっちになった花純の一途な恋愛ストーリー。 初投稿です。よろしくお願いします。

告白さえできずに失恋したので、酒場でやけ酒しています。目が覚めたら、なぜか夜会の前夜に戻っていました。

石河 翠
恋愛
ほんのり想いを寄せていたイケメン文官に、告白する間もなく失恋した主人公。その夜、彼女は親友の魔導士にくだを巻きながら、酒場でやけ酒をしていた。見事に酔いつぶれる彼女。 いつもならば二日酔いとともに目が覚めるはずが、不思議なほど爽やかな気持ちで起き上がる。なんと彼女は、失恋する前の日の晩に戻ってきていたのだ。 前回の失敗をすべて回避すれば、好きなひとと付き合うこともできるはず。そう考えて動き始める彼女だったが……。 ちょっとがさつだけれどまっすぐで優しいヒロインと、そんな彼女のことを一途に思っていた魔導士の恋物語。ハッピーエンドです。 この作品は、小説家になろう及びエブリスタにも投稿しております。

【完結済】私、地味モブなので。~転生したらなぜか最推し攻略対象の婚約者になってしまいました~

降魔 鬼灯
恋愛
マーガレット・モルガンは、ただの地味なモブだ。前世の最推しであるシルビア様の婚約者を選ぶパーティーに参加してシルビア様に会った事で前世の記憶を思い出す。 前世、人生の全てを捧げた最推し様は尊いけれど、現実に存在する最推しは…。 ヒロインちゃん登場まで三年。早く私を救ってください。

【完結】神から貰ったスキルが強すぎなので、異世界で楽しく生活します!

桜もふ
恋愛
神の『ある行動』のせいで死んだらしい。私の人生を奪った神様に便利なスキルを貰い、転生した異世界で使えるチートの魔法が強すぎて楽しくて便利なの。でもね、ここは異世界。地球のように安全で自由な世界ではない、魔物やモンスターが襲って来る危険な世界……。 「生きたければ魔物やモンスターを倒せ!!」倒さなければ自分が死ぬ世界だからだ。 異世界で過ごす中で仲間ができ、時には可愛がられながら魔物を倒し、食料確保をし、この世界での生活を楽しく生き抜いて行こうと思います。 初めはファンタジー要素が多いが、中盤あたりから恋愛に入ります!!

処理中です...