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食べたい

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ユサユサと体が揺すられる。

「……ん」

 薄っすらと目を開くと、朝の光の中で煌めく銀色の髪に青い瞳のエスターが端麗な顔で私を見ていた。

ああ、本当に帰ってきてる、夢じゃなかったんだ……。

「エス……んっ」

 名前を呼ぼうとした瞬間に唇が重ねられた。
甘く……けれど飲みやすい、よく知った味の液体が口の中に入ってくる。
何度も飲んだことのあるコレは……

ーーそう、コレはーー 回復薬⁈

 ゴクリ、思い切り飲んでしまった。
それを見てエスターは妖しげな笑みを浮かべる。

「僕も少し飲んじゃった」
「…………!」

 さっきからエスターの笑顔がちょっと怖い。怖いぐらいカッコいい……
どうしたの?

「シャーロット、僕に話さないといけない事はない?」

 含み笑いをしてみせたエスターは、私にシーツを纏わせるとそのまま抱き抱え、隣にある浴室へと向かう。

 浴室に着くと、パッと体に巻いていたシーツを取り払われる。裸にされた私は、どうやら機嫌の悪そうなエスターに抱かれたまま浴槽に入った。
 私の後ろに座った彼の手が、ツウっと背中を撫で上げていき、首をくすぐるように触る。そのまま今度は髪をかきあげるように、ゆっくりと手櫛で梳いていく。
浴室にはチャプチャプとした音だけが響いていた。
( うわーっ……恥ずかしいを通り越して怖いっ、どうしたの? 私何かしたの⁈ )

 暫くすると「僕は先に出るからね」そう言ってエスターは浴室を出て行った。
温かなお湯に浸かっているはずなのに背筋が凍るような気がする……。
( 私は何をしたのでしょうか……? ずっと家で待っていただけなのに……?)


 用意されていた服を着て部屋に戻ると、ラフな格好をした彼が、足を組み長椅子に腰掛けていた。

私の方を見ると隣を指でトントンと叩く。

「座って」
「……はい」
( ううっ、悪い事をして叱られる子供みたい……)

言われた通り隣に腰掛けると、胸元に落ちる私の髪をサラリと後ろへ流した。

「これ、何かな?」

 彼の手には引き出しに仕舞ってあった、私の書いた手紙とカルロに渡された小さい袋がある。
私は思わずハッと息を呑んだ。

「そ、それは……」

話を聞かぬ間に、エスターは手紙を読み出した。
「会いたい。こんなに離れているなんて……あなたの側に行きたい」
読み終えると小袋から指輪を取り出す。

「コレをくれたヤツの側に行こうとしてたって事?」

手のひらの上で指輪を転がしながら、思い切り不機嫌な顔をして私に聞いてくる。

「ちっ、違うっ」
「昨夜はあんなに僕を求めたのに、僕が帰らなかったらコイツの所へ行こうとしてたんじゃないの?」

( どっどうしてそうなるのっ⁉︎ )

 エスターは指輪を親指と人差し指で挟むように持ち、私の目の前に掲げて見せた。

「これ、何が書いてあるか知ってるよね」
「え……」
( まさか、また古代文字⁈ )

知らないと首を横に振る私に、エスターは本当に?と言わんばかりに首を傾げる。

 二人の間に無言の攻防が繰り広げられている中、コンコンと部屋の扉がたたかれた。

「エスター様、シャーロット様入りますよ」
カミラさんがカートを持って入ってきた。

 私に指輪を突きつけているエスターを見て、アララと呆れた顔をすると、長椅子の前にあるテーブルに、紅茶と私が作ったクッキーを並べていく。

そこに開いて置いてあった手紙を見つけ、カミラさんはエスターに向け微笑んだ。

「お読みになったんですね、シャーロット様がエスター様にお書きになっていたお手紙」

「え……僕に?」

「そうですよ、何度も消しては書かれた跡が……あら、それは先日、無理矢理ディーバン男爵令息さまに渡された指輪ですね」

「アイツか」

バキバキッ

 カミラさんの言葉を聞いてすぐに、エスターによって指輪は割られた。
割れてしまった指輪をカミラさんは、ぱぱっと布に包んでポケットに仕舞うと「それでは、あまり無理をされませんように」と言って部屋を出て行った。

「……指輪……返そうと思っていたのに」
「ああ、そう……気にしなくていいよ、僕が返しておくから」
「……うん」

 部屋の中には何となく気まずい空気が流れている。
申し訳なさそうに、エスターが手紙を見ながら話をした。

「この手紙、僕にだったんだ」
「……上手く書けなくて、それに届け方もわからなくて」
「ごめん、僕……勝手に思い違いをして、嫉妬した」
「ううん、いいの」

テーブルに用意されたお茶を飲むと、エスターもカップを手に取った。

「……クッキー食べないの?」
「あ……うん」

 チラリと見て目を逸らしている。
野菜が入っているとわかるのだろう、緑色や橙色だものね……

「コレね、私が作ったの」
「え、シャーロットが?……でも、これ」

エスターは少しだけ目を顰めている。
……これは大変かも。

「食べてくれない?」
「……あの……僕こういうのはちょっと」

ダーナさんが言っていた通り、エスターは一口も食べようとしない。


……仕方ない。 あの方法を試すしかない。
だってせっかく作ったんだもの、食べて欲しい。
だから……恥ずかしいけどやってみよう

ダーナさん直伝のあの方法!

 決心した私は、緑色の細長いクッキーを口に咥えエスターに向けて突き出した。

「ん!」
「えっ……」
 思っても見なかっただろう私の行動に、彼は驚いている。けれどずっと目を離さないから……効果あり?

「んんんっ!」
( 食べて!)

「いや、えっ」

 少しずつ食べていき短くしていく。
( 『食べない時は少しずつ短くしていくんです、食べている口元は色気がありますからね!』とダーナさんに言われた方法……)

 エスターは私の口元を見ながらゴクリと唾を呑み込んだ。
( ん? 目の色が……)

 もうほとんど無くなりそうになった頃、ぱくりと私の唇を奪うように彼はクッキーを口にした。
ほんの少しだけ食べてペロリと舌舐めずりをする。

「あ……おいしい」

( やったっ! おいしいって言った‼︎ )

喜んでいる私の顔を見て、ニヤッとエスターが笑った。

「じゃあ次は僕の番だね」
 
 そう言うとエスターはオレンジのクッキーを口に咥える。
「ん、ん」

 さっき私がした様に口を突き出すエスター。
私が端をパクッと食べると、彼が食べて来てクッキーはあっという間に短くなり私達の唇は重なった。
クッキーの甘さが口の中に広がり溶かされていく。
ちゅぱんと唇が離されて、耳に唇を当てるようにエスターは甘く痺れるような声で囁いた。

「ごちそうさま、でもまだ全然足りないんだ」
「…………?」
( 何が? クッキー?)

 急に立ち上がり扉の鍵をかける。振り向いたエスターは金の瞳を輝かせ扇情的なまなざしでこちらを見ている。

「もっとシャーロットを食べたい」
「…………私?」


欲を欲する金の双方に捕らえられ、私は再びベッドへと運ばれた。





ーーーーーー*




 翌日、ダーナさんに結局クッキーは一つしか食べなかったと伝えた。

 彼女は初め、凄く残念そうな顔をしたがすぐに気を取り直した。
「そうですか……一つ、まぁ一つでもいいでしょう! 次は……そうだ!ジャムにします。うん、ジャムなら……ふふふ」

 何やら不敵な笑いをするダーナさん、まさかまたおかしな食べさせ方をするつもり?
それを聞いていたエスターが何故か頷いた。

「ジャムか……それいいね、うん楽しみにしてるよ」

「エスターはジャムが好きなの?」
( 食べているところは見た事がないけど?)

「塗るもの次第かな……」
「……?」

 よく分からない私に、エスターとダーナさんは謎めいた笑顔を見せるのだった。
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