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足りないんだけど

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 昨日カルロに渡された指輪の事を、部屋の掃除をしながらカミラさんに話た。
渡された指輪を見たカミラさんは「これは……」と小さく呟いてそっと袋に戻した。

「もしかして、その方はシャーロット様を好きでいらっしゃったのでは?」
「そんな⁈  男爵家では話をした事も無いですし、それに私はいつも、いない者の様に扱われていたんです。あり得ない……」

顔だって、あんなにしっかりと見たのは昨日が初めてだ。

「そうですか……。とにかく、この指輪は明後日ヴィクトール様がお帰りになってから、キチンとお話になられて、それからお返しする事にいたしましょう」

「やはりヴィクトール様に話さなければいけませんよね」
「そうですね、話辛いですか?」
「なんとなく……」
「エスター様とヴィクトール様はよく似ていらっしゃいますからね。でもエスター様がこの事を知ったら相手の方に激怒されるかも知れませんね、だったらヴィクトール様にお伝えし、返す方が良いと思いますよ 」
「そうでしょうか?」
「ええ、きっと」

 こんな事なら、昨日カルロから小袋を手渡された後すぐに、ヴィクトール様に言えばよかった。

「とにかく後の事はヴィクトール様が帰られてから、それまではそのままここに仕舞っておきますね」

 カミラさんは机の引き出しに指輪を仕舞おうとし、手を止めた。

「あら、コレは?」
「あ! それは……エスターに……」

 彼に宛てて書こうとして、上手く書けずにそのままにしていた手紙をその引き出しに入れていた。
白い便箋に書いたほんの数行の手紙。何度も書いては消して、もう捨ててしまおうかと思ったが、出来ずにそのままにしていたのだ。

「これを見たらエスター様は、お喜びになられると思いますよ」

カミラさんは優しく微笑むと、手紙と指輪を一緒にして引出しの中へ丁寧に仕舞った。




ーーーーーー*

 

 エスターからの連絡はまだ無い。
私からは連絡が出来ない。彼等が何処にいるかは詳しくは知らされていないからだ。
 昔、騎士の恋人が、討伐に行ったきり長く帰って来ない彼の下を訪ねて行き、魔獣に襲われ怪我を負った事があったらしい。それ以来、彼等がいる場所は家族にすら教えなくなったそうだ。
 騎士の恋人が、彼に会いに行った気持ちはとてもよく分かる。
……私も場所を知っていたら、きっと彼の下へ行ってしまう。
こんなに連絡も無く、他の騎士の家族や恋人達は不安ではないのだろうか。


 空は晴れ、雲一つない澄んだ青。エスターの瞳の色。
……会いたい、そう思っても彼が帰って来るまで待っている事しか出来ない。

 いつものように部屋の掃除をして、ローズ様とお話をする。
その後はお菓子作りだ。
ダーナさんに教わっているお菓子作りは順調に進んでいた。

「もう完璧です! これでエスター様がいつ帰ってきても準備は万端ですっ! うふふ」

「本当に食べてくれるんでしょうか?」
( 思いっきり野菜の色なんだけど……)

心配になって聞く私に、ダーナさんはニヤリと笑った。

「食べますよ、食べさせ方……教えますね」

(食べさせ方?)

その方法を聞いた私とローズ様は、二人して顔を赤くした。



ーーーーーー*




 一日がやっと終わる。入浴を済ませ、ベッドに入った。
ベッドサイドの橙色の灯りが部屋の中をほんのりと映し出している。

 ガイア公爵閣下の応援に行かれているヴィクトール様は、明後日には帰って来られる。
魔獣の討伐は終わっており、後処理を手伝ってから帰られるそうだ。


……エスター達がいる場所の魔獣討伐はまだ終わらないのだろうか。


あと何日待てば彼に会える?

一人では広すぎる客間のベッドの端に身を寄せて、ベッドサイドの灯りはそのままに、目を閉じた。


エスター……今……何をしているの?

私……

「エスター」

淋しいよ……









 なんだろう……背中が温かい

首にかかる髪が持ち上げられ柔らかな物が触れる。
くすぐったい……

「シャーロット……」
耳元で、愛しい人の甘く掠れた声がする。

チュ、チュ、と首筋に……肩に温かなものが触れる。

「……エスター?」

目を開けて振り向けば、会いたいと焦がれていたエスターが青い目で私を見つめていた。

「…………っ」
会えたことが嬉しくて、私はそのままぎゅっと彼に抱きついた。

「エスター……会いたかった……」
「僕もだ」

 彼は私を強く抱きしめると、髪に額に目尻に幾度もキスを落としていく。

「少し痩せたね……淋しかった?」

「うん……すごく」

 涙ぐむ私に、せつなげな表情をした彼が優しく唇を重ねた。
会えなかった時を埋めるかのように、何度も柔らかな口づけが落とされる。
彼の熱い舌先にゆっくりと開かれた唇からは、甘い吐息が漏れる。それが合図かのように、口づけは激しく深くなって、私達は互いに求め合うように唇を重ね続けた。

「いつ……帰って来たの?」
 
 口づけの合間に尋ねる私に、エスターは「余裕だな」と笑った。

いつのまにか彼の瞳は美しい金色に変わっている。

「さっき…………ここにくる前に体はしっかり洗ってきたから、臭くないと思うけど……」

 少し不安そうな顔でエスターが尋ねた。
私はクスッと笑って、彼の髪を両手で掻き上げながら、熱情のある金色の瞳を見つめた。熱く蕩けるようなその目にすべて溶かされてしまいたくなる。

「うん、いい匂いがする」
「よかった」

 そのまま、ねだるようにエスターに縋りつくと、優しく抱きしめ、全身を愛してくれた。

「つ、疲れて……いないの?」

 もう何度、快楽の果てへと押し上げられたか分からない。
彼は凄艶な顔で私を見下ろし、片手で髪を掻き上げながらフッと笑った。

「全然、よゆう」

エスターは艶やかな笑みを浮かべ、私の胸に顔を沈めていく。

「……はっ……あ……んんっ……」
「僕が満足する迄付き合って……」
「……ん…………」
( たぶん無理……)

 窓の外は段々と明るくなってきている。
最初優しかった彼の手は、だんだんと激しく求めてくる。衣擦れの音と甘くせつなげな息づかいが、二人が愛し合う部屋の中に淫靡に響いていた。

「ん…………ああっ……っ」
「まだ……まだだよ、シャーロット……」

私の唇から吐息とともに漏れる嬌声は、時とともに弱くなっていく。

「シャーロット……」

 求めるように名前を呼ばれる度、体の奥は甘く痺れるけれど彼の欲望に答える力は、私にはもうほとんどなかった。

「あっ…………エスター……」

甘えたように彼の名を呼ぶ声も、だんだんとか細くなっていく。

「エスター……ごめん……なさい……も……むり」

 そう告げた私はそのまま意識を手放した。
彼と離れている間、不安でよく眠れていなかったのだからしょうがない。会えた事で安心し、愛されて疲れきった私は、落ちるように眠りについた。


「えっ、シャーロット⁈  まだ僕、足りないんだけど……ちょっ……ええっ!」

 

 エスターの抑圧されていた欲望は限界を知らなかった。
( 竜獣人に限界など無いのだが……)

 頬を撫でても口づけてもシャーロットは起きない、ならばと艶かしくさらけだされたままの胸を悪戯に触ってみたが、体を捩るばかりで完全に寝てしまっている。
まだ睦あってそう時間は経っていない。
( エスターはそう思っている)

 17歳のエスターは、今回ばかりはちょっと我慢が出来そうになく、ガウンを着て部屋の中にあるはずの物を探した。
ーー回復薬がどこかにあるはずだーー

 レイナルド公爵家の全ての部屋には、何故か回復薬が最低でも一つは置いてある。
エスターは客間を見回した。
ベッドサイドの上にはガラスの水差しとグラスが一つだけ。
窓辺には花が飾られている…… 
棚には数冊の本しか入っていない。
引出しの中か……


「……何、これ」

机の引き出しには回復薬と手紙、そして小さな袋が入れてあった。

 
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