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ちゃんと言うから待ってて
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「結婚しよう……か」
客間の長椅子に腰掛けて、カミラさんに用意して貰ったハーブティーを飲みながら、私は昼間ソフィアに言われた事を思い出していた。
ソフィアが帰ってから……ううん、正確にはプロポーズの話がでてからエスターがぎこちなくなった。
……私が覚えていない振りをしたのがバレたのかな……
昼間、ソフィアの前では言えなかったけど、『結婚しよう』と言われたことはあった。
……そう、北の塔で……
二人きりのあの場所で……
甘く掠れた声のエスターに耳元で囁かれた。
『結婚……しよう……』
『んっ……』
思い出すだけで体が痺れる感じがする
でも言えない……人には言えないよっ
それに……返事もちゃんと出来ていないもの
あの日の事を思い出した私は、赤く染まった顔を押さえしばらく身悶えていた。
ーーーーーー*
チャプン……チャプン……チャプチャプ
バシャッ
「ああ……」
レイナルド公爵邸の浴室では、一人でお湯に浸かりながらエスターが思い悩んでいた。
いつもならシャーロットと一緒に入るのだが、レオンの妻、ソフィアに言われたあの言葉が気になり、たまには別々に入ろうと自分から言ったのだ。
『結婚しよう』その言葉。
以前オスカーにも言われていた。
〈 ちゃんと伝えているのか?〉
僕は……言ったつもりだったが、アレではダメだったのか……
あの状況で言うべきではないのか……
いや、シャーロットが覚えていないのなら言ったことにはならない。
ちょうどいい、やり直そう。
レオンより……せめて同じぐらい思い出に残る様なプロポーズにする。
そう心に決めたエスターは浴室を出た。
濡れた髪を両手で掻き上げ天を仰ぐ。
服の上からでは分からない、彼のしなやかで鍛え上げられた体の上を水滴が玉の様に転がって流れていく。
「エスター!」
まだ体を拭いている時にオスカーが突然入ってきた。
こんな所まで入ってくるとは、かなり慌てている様だ。
「オスカー帰ってたんだ」
変わらず冷静にエスターは話をした。
「今すぐ俺と来てくれ!」
「なぜ? 僕は今、シャーロットから離れられない」
「彼女の事なら大丈夫だ。マリアナ王女は彼方に行くまで城に閉じ込めてある。それより急に出て来た魔獣の数がヤバいんだよ、父さんはガイア公爵の方へ応援に向かったからお前は俺と来い! これは隊長命令だ!」
珍しく焦っているオスカーに、これまでとは何か違うと感じたエスターは頷いた。
「……わかった、シャーロットに言って来るから少しだけ待ってて」
急いで隊服に着替えて彼女の元へと向かう。
……帰ってからちゃんと言おう……
ーーーーーー*
お風呂から部屋に戻ってきたエスターは、何故か隊服を着て剣帯をしていた。
「エスター、何処かへ行くの?」
「うん、ちょっと仕事に行ってくる」
エスターは私の頬にそっと手を添えると、スッと親指で頬を撫でて優しい笑顔をくれた。
「帰ってから、ちゃんと言うから待ってて」
「えっ」
頬に軽くキスを残してエスターはすぐに出て行ってしまった。
月が照らす道を、数頭の馬に跨る騎士達が走り去っていく。
それを私は二階の客間の窓から眺めていた。
ーーーーーー*
エスターが魔獣討伐へと出て行ってから八日が過ぎた。
レイナルド公爵邸に来てから私達がこんなに離れたのは初めてだ。
ヴィクトール様は一度帰って来られ、私達の安全を確認するとまたすぐにガイア公爵の応援へと向かわれた。
ガイア公爵閣下には二人の息子がいるが、まだ長男が十歳、次男は三歳と小さく、今回の討伐はヴィクトール様の応援無しでは対処出来ないという事だった。
ヴィクトール様が討伐へと出て行かれた後、ローズ様がお茶でも飲みましょうと誘ってくださった。
「シャーロットちゃん、大丈夫?」
彼に会えず心細いと思っていたのがやはり顔に出ていたのだろうか、ローズ様が心配そうに声を掛けられる。
「はい」
出来るだけ平静を装って笑顔を見せた。
上手く出来ているかはわからないけれど……
「……さっき聞いたんだけどね、小さいのと小さくて飛んでいる魔獣がたーくさん出ているらしいの」
邸の南側にあるテラスにテーブルと椅子が用意されていた。
ローズ様は珈琲にお砂糖を入れてスプーンでクルクルかき混ぜ一口飲む。
「小さい魔獣……ですか?」
「そう、大きければねスパンってやっちゃえばいいんだけど、小さいから聖剣で一つ一つ退治していくのが大変なんだと言っていたわ」
「そうですか……」
「オスカー達のいる所も同じらしいのよ、こんな風に大量に出るのは何十年かに一度らしいんだけど。収拾するのには、ひと月ぐらいはかかると思うと言っていたわ……」
ローズ様は私をチラと見てなんともし難い顔をされた。
「エスターも、一度くらい帰ってくればいいのにね」
ローズ様は、カミラさんに私の珈琲にミルクを足すように伝えてから、自分のカップに砂糖をもう一つ入れてかき混ぜる。
「今回行かれている場所が少し遠いですからね、さすがにエスター様でも帰れないのかも知れませんね」
珈琲にミルクを注ぎながら、カミラさんが騎士団の仕事について教えてくれた。
「騎士団は普段、各地を交代で見回り魔獣を討伐したり人々を警護したりなされています。侵略から国を守ることも致しますね、それとレイナルド公爵家は王族の護衛も任される事が多いです」
「たくさんの事をするのですね」
今現れている小さくて動きの早い魔獣は田畑や家畜に害をなす、時に人を襲う事がある。また繁殖力が非常に高く、一匹でも逃せば次の日には十倍に増えてしまう。そしてその魔獣を狙って大型の魔獣まで現れるらしかった。
( 大型の魔獣は小さな魔獣を食べるのかしら⁈ )
「今回出た魔獣は、とにかく徹底して駆逐しないといけないのです。騎士の皆様には頑張って頂くしかありませんね」
それを聞いていたローズ様が頷かれている。
「私、詳しい事は知りませんでした……彼等のお陰で平和に暮らせいたんですね」
城や街中にいる騎士達は皆朗らかでのんびりしているように見えていた。
エスター達もしょっちゅう城へ来ていたし……。
(王女様達に呼び出されていただけらしいけど)
彼等が討伐している小さい魔獣ってどんな見た目なのかな……
人の役に立ってくれる魔獣は、毛がふわふわでかわいい顔をした物が多いから……
害をもたらすものならばやっぱり大型魔獣みたいに怖い感じなのかな?
エスター、怪我したりしていないよね?
……強いから大丈夫だよね……?
「……でも、このタイミングで現れなくてもいいのにね、この分だと二人の結婚式は先に延ばさないと行けなくなっちゃうわ」
ローズ様は、私のウエディングドレス姿を楽しみにしているのだと微笑まれた。
そんな話をした翌日、マリアナ王女様は同盟国へと向かわれた。
これで安心だとソフィアは言っていた。
確かにもう私が何かされる事も、王女様がエスターを追いかけてくる事もなくなるだろう。
しかし王女様は、好きな人を無理矢理忘れなければならず、その上お嫁に行かされたのだ。彼女の胸の内を思うと少し複雑な気持ちになった。
客間の長椅子に腰掛けて、カミラさんに用意して貰ったハーブティーを飲みながら、私は昼間ソフィアに言われた事を思い出していた。
ソフィアが帰ってから……ううん、正確にはプロポーズの話がでてからエスターがぎこちなくなった。
……私が覚えていない振りをしたのがバレたのかな……
昼間、ソフィアの前では言えなかったけど、『結婚しよう』と言われたことはあった。
……そう、北の塔で……
二人きりのあの場所で……
甘く掠れた声のエスターに耳元で囁かれた。
『結婚……しよう……』
『んっ……』
思い出すだけで体が痺れる感じがする
でも言えない……人には言えないよっ
それに……返事もちゃんと出来ていないもの
あの日の事を思い出した私は、赤く染まった顔を押さえしばらく身悶えていた。
ーーーーーー*
チャプン……チャプン……チャプチャプ
バシャッ
「ああ……」
レイナルド公爵邸の浴室では、一人でお湯に浸かりながらエスターが思い悩んでいた。
いつもならシャーロットと一緒に入るのだが、レオンの妻、ソフィアに言われたあの言葉が気になり、たまには別々に入ろうと自分から言ったのだ。
『結婚しよう』その言葉。
以前オスカーにも言われていた。
〈 ちゃんと伝えているのか?〉
僕は……言ったつもりだったが、アレではダメだったのか……
あの状況で言うべきではないのか……
いや、シャーロットが覚えていないのなら言ったことにはならない。
ちょうどいい、やり直そう。
レオンより……せめて同じぐらい思い出に残る様なプロポーズにする。
そう心に決めたエスターは浴室を出た。
濡れた髪を両手で掻き上げ天を仰ぐ。
服の上からでは分からない、彼のしなやかで鍛え上げられた体の上を水滴が玉の様に転がって流れていく。
「エスター!」
まだ体を拭いている時にオスカーが突然入ってきた。
こんな所まで入ってくるとは、かなり慌てている様だ。
「オスカー帰ってたんだ」
変わらず冷静にエスターは話をした。
「今すぐ俺と来てくれ!」
「なぜ? 僕は今、シャーロットから離れられない」
「彼女の事なら大丈夫だ。マリアナ王女は彼方に行くまで城に閉じ込めてある。それより急に出て来た魔獣の数がヤバいんだよ、父さんはガイア公爵の方へ応援に向かったからお前は俺と来い! これは隊長命令だ!」
珍しく焦っているオスカーに、これまでとは何か違うと感じたエスターは頷いた。
「……わかった、シャーロットに言って来るから少しだけ待ってて」
急いで隊服に着替えて彼女の元へと向かう。
……帰ってからちゃんと言おう……
ーーーーーー*
お風呂から部屋に戻ってきたエスターは、何故か隊服を着て剣帯をしていた。
「エスター、何処かへ行くの?」
「うん、ちょっと仕事に行ってくる」
エスターは私の頬にそっと手を添えると、スッと親指で頬を撫でて優しい笑顔をくれた。
「帰ってから、ちゃんと言うから待ってて」
「えっ」
頬に軽くキスを残してエスターはすぐに出て行ってしまった。
月が照らす道を、数頭の馬に跨る騎士達が走り去っていく。
それを私は二階の客間の窓から眺めていた。
ーーーーーー*
エスターが魔獣討伐へと出て行ってから八日が過ぎた。
レイナルド公爵邸に来てから私達がこんなに離れたのは初めてだ。
ヴィクトール様は一度帰って来られ、私達の安全を確認するとまたすぐにガイア公爵の応援へと向かわれた。
ガイア公爵閣下には二人の息子がいるが、まだ長男が十歳、次男は三歳と小さく、今回の討伐はヴィクトール様の応援無しでは対処出来ないという事だった。
ヴィクトール様が討伐へと出て行かれた後、ローズ様がお茶でも飲みましょうと誘ってくださった。
「シャーロットちゃん、大丈夫?」
彼に会えず心細いと思っていたのがやはり顔に出ていたのだろうか、ローズ様が心配そうに声を掛けられる。
「はい」
出来るだけ平静を装って笑顔を見せた。
上手く出来ているかはわからないけれど……
「……さっき聞いたんだけどね、小さいのと小さくて飛んでいる魔獣がたーくさん出ているらしいの」
邸の南側にあるテラスにテーブルと椅子が用意されていた。
ローズ様は珈琲にお砂糖を入れてスプーンでクルクルかき混ぜ一口飲む。
「小さい魔獣……ですか?」
「そう、大きければねスパンってやっちゃえばいいんだけど、小さいから聖剣で一つ一つ退治していくのが大変なんだと言っていたわ」
「そうですか……」
「オスカー達のいる所も同じらしいのよ、こんな風に大量に出るのは何十年かに一度らしいんだけど。収拾するのには、ひと月ぐらいはかかると思うと言っていたわ……」
ローズ様は私をチラと見てなんともし難い顔をされた。
「エスターも、一度くらい帰ってくればいいのにね」
ローズ様は、カミラさんに私の珈琲にミルクを足すように伝えてから、自分のカップに砂糖をもう一つ入れてかき混ぜる。
「今回行かれている場所が少し遠いですからね、さすがにエスター様でも帰れないのかも知れませんね」
珈琲にミルクを注ぎながら、カミラさんが騎士団の仕事について教えてくれた。
「騎士団は普段、各地を交代で見回り魔獣を討伐したり人々を警護したりなされています。侵略から国を守ることも致しますね、それとレイナルド公爵家は王族の護衛も任される事が多いです」
「たくさんの事をするのですね」
今現れている小さくて動きの早い魔獣は田畑や家畜に害をなす、時に人を襲う事がある。また繁殖力が非常に高く、一匹でも逃せば次の日には十倍に増えてしまう。そしてその魔獣を狙って大型の魔獣まで現れるらしかった。
( 大型の魔獣は小さな魔獣を食べるのかしら⁈ )
「今回出た魔獣は、とにかく徹底して駆逐しないといけないのです。騎士の皆様には頑張って頂くしかありませんね」
それを聞いていたローズ様が頷かれている。
「私、詳しい事は知りませんでした……彼等のお陰で平和に暮らせいたんですね」
城や街中にいる騎士達は皆朗らかでのんびりしているように見えていた。
エスター達もしょっちゅう城へ来ていたし……。
(王女様達に呼び出されていただけらしいけど)
彼等が討伐している小さい魔獣ってどんな見た目なのかな……
人の役に立ってくれる魔獣は、毛がふわふわでかわいい顔をした物が多いから……
害をもたらすものならばやっぱり大型魔獣みたいに怖い感じなのかな?
エスター、怪我したりしていないよね?
……強いから大丈夫だよね……?
「……でも、このタイミングで現れなくてもいいのにね、この分だと二人の結婚式は先に延ばさないと行けなくなっちゃうわ」
ローズ様は、私のウエディングドレス姿を楽しみにしているのだと微笑まれた。
そんな話をした翌日、マリアナ王女様は同盟国へと向かわれた。
これで安心だとソフィアは言っていた。
確かにもう私が何かされる事も、王女様がエスターを追いかけてくる事もなくなるだろう。
しかし王女様は、好きな人を無理矢理忘れなければならず、その上お嫁に行かされたのだ。彼女の胸の内を思うと少し複雑な気持ちになった。
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