僕だけの番

五珠 izumi

文字の大きさ
上 下
2 / 5

後で来るって言ったのに

しおりを挟む
「えっ番に出会ったの?」

 その夜、家に帰った僕は『番』に出会った事を、一緒に暮らす姉さんに話した。

「同性だった……それってアリ?」

 不安もあって、声が小さくなる。
 姉さんは男前で頭が良くって何でも知ってる人だ。

『番』の事は僕も一応知ってる。
 だけど、同性でも『番』があるのかは分からなかった。

 だって『番』って伴侶だよ?


 僕は男で、番のカイルも男だった。
 コレって、おかしな事じゃない?

 番が同性だった事に戸惑う僕の顔を見て、姉さんはにっこりと笑った。

「同性の番ね、他は知らないけれど鳥獣人ならアリよ。なんなら兄弟の番だっているし」

 結構多いわ、と頷いた。
 その姿にホッとする。
 僕だけかと不安だったから。

「よかった、僕だけがおかしいのかと思った。でも……兄弟?」

 驚きながら姉さんに聞くと「鳥獣人には兄弟の番は多くいる。けれど、皆隠しているの」と小声で教えてくれた。
 親族間、ましてや兄弟の番は他の獣人にはない事で、人族や魔人族には禁忌とされているから、だって。

「それで? どんな人なの?」

 姉さんは楽しそうに目を細め、カイルの事を聞いてくる。

「あのね」
 姉さんには隠し事をしないって決めてる。
 だから、これまでの事を全て話す事にした。

「カッコいい……けど、彼女がいる」

 そう口に出すと、昼間見たカイルの彼女が脳裏に浮かんだ。

 可愛いけど、ちょっと意地悪な感じの子だったな。

 彼女がいると聞いた姉さんは、はっと動きを止めた。
 しばらくすると目を顰め「はあっ? 彼女?」と、甲高い声を上げて。
 その後、さらに詳しく話を聞いた姉さんは、連絡先すら聞いていなかった僕に呆れた。

 でも、
「ミック、彼女がいようと、あんたは『番』なんだから、その女から奪ってしまえばいいわ! 何ならアタシが手を貸そうか?」
 そう言って、自分は絶対に僕の味方だからと頭を撫でてくれた。

 ◇

(カイル……)

 あれから二日、彼の姿を見ていない。


 一応、鳥獣人の僕にも『番』の匂いくらいは分かる。

 でも、残念ながら近くにいてくれないと無理、遠く離れてしまったら、まったく分からない。

 それにあの日だって、彼が店を訪れてくれなかったら、店の前を通っただけだったなら、僕は番が近くにいると気づく事はなかっただろう。

 番の匂いを敏感に感じる狼や犬の獣人なら、少しぐらい遠くにいてもすぐに分かるだろうけど。

 羨ましいな。
 同じ獣人でも、僕には無理な事だから。

 カイル。
 会いたい……。
 会いたくてたまらない……。

 今、どこにいるんだろう?

 家にいてもバイト中も、この二日間は何をしていてもカイルの事だけを考えてしまっている。

 だけど考えているだけで、僕には彼を待つ事しか出来ない。
 会いたいからって探しに行く暇はない。
 バイトは大事。休めない。
 僕は、姉さんと二人暮らし。贅沢はできない、それに何をするにもお金は必要だ。


 その日の夕方、店に一組の男女が入ってきた。

 背の高い男性の姿が目に入った途端、僕の視界は輝いた。
 ーー彼だ。僕の番、カイル。

 カイルは僕を見て、妖艶な赤い目を少し細める。

「ミック、アイスカフェモカ一つ」
「はい」

 来てくれた! 名前も! 呼んでくれた! 嬉しい!

 会えなかった寂しさは、声を聞いたと同時に一気に吹き飛んだ。

 ……だけど、カイルの横には彼女が当たり前のようにくっ付いている。

 それに、僕を見る彼女はめちゃくちゃ不機嫌な顔をしてる。
 お前なんか嫌いだと体で表していて。

 ーー僕だって同じ気分だ。

 でも今、僕は仕事中で彼女のように気持ちを態度に出す事は出来ない。
 どうにか平静を装い口角を上げる。

 僕にとって彼女は、嫌な女。
 けれど、彼女から見れば僕の方が後から現れた嫌な男なんだ。
 ーー分かってるけど。

「それから、アイスレモンティー氷なしで」

 カイルは当然のように彼女の分も注文した。

「はい」

 カイルの好きなカフェモカと、彼女の分のドリンクにストローを挿し、二人の前にそっと置いた。

 彼女は不機嫌な感じで、氷なしのアイスレモンティーをパッと手に取った。
 それを見たカイルはクスリと笑いながら自分の分を手にし、そのままグッと僕に近づいた。

「後で来る」
「はい、分かりました」

 めちゃくちゃ嬉しかったけど、他のお客さんの前ではしゃぐ訳にもいかず、僕は淡々と返事をした。

 二人はドリンクを手に、店を出ていった。
 その後ろ姿を見ても、嫌な気分にはならなかった。

 何よりも嬉しいが優勢だったから。

 それからのバイトの時間はあっという間に過ぎた。


「お疲れ様でした!」
 
 いつもより明るい声で挨拶をして、店の裏口を出る。

 この前カイルが待っていてくれたオープンスペースを見たけれど、彼はいなかった。

「後で来るって言ったのにな」

 まだ彼女と一緒かな?

 僕との約束、忘れてないよね? なんて、女々しく考えてしまう。

「違う、僕がこの前より少し早く出て来たから……」

 つまんない言い訳を口にして自分を誤魔化した。

 早いと言っても二、三分だ、
 もしかしたらカイルは、本当に僕との約束を忘れてるのかも。

 ……でも、もう少し待っていたら来てくれるかも知れない。
 ……かも知れないばかりだ。

 本当は、今すぐに思い出してここに来て欲しい。

(カイル、約束したよね?)

 僕から会いに行きたいけど、匂いも辿れないし連絡先も聞いてないから、どうする事もできない。

 ーー待つしかない。

 それから僕は一時間程、来るかわからない彼を待っていた。

 ーーポッ。
 不意に頬が濡れた。

(雨だ……)

 天気予報は一日中晴れマークだったから、傘は持ってきてなくて。

 ーー帰る?
 でも、すぐに止むかも知れない。

 だけど雨はすぐにポッポッと音を立て降りはじめた。
 降り止む気配のない雨の中、僕はカイルを待ち続けた。

 ーーどうしても、会いたかった。

 もう一度、もう一目でいい。
 カイルの姿を目にしたら、そうしたら帰るから。

 けれど、雨は段々と強くなってきて……。

 まだ大丈夫、まだ、まだ……。

 降り続く雨の中で佇む僕を、人々は気の毒そうな顔をして遠巻きに見ていく。

 雨が降り出し一時間ほど経った頃には、僕はびしょ濡れだった。


 ーー帰ろう。

 きっと、カイルは来ない。

 今なら防水加工されているリュックの中は大丈夫。
 獣人は体が丈夫だから、このくらい濡れたからってどうって事ない。
 
 そんな風に、いろいろな事を考えていたら、だんだん悲しくなってきて、泣きそうになって下を向いた。

 濡れた髪が顔に張りつき惨めな気持ちが増す。

 ーーカイルは来ない。

 こんな雨の中、僕が待ってるなんて思ってもいないはず。

 だから、もう……。

 帰ろう、そう思った時。

「ミック」

 一番聞きたかった人の声が頭上から聞こえた。

「びしょ濡れだな」

 顔を上げたそこに、カイルがいた。
 傘を片手に、もう一方の手を伸ばし僕の濡れた髪を指で梳くようにかきあげて。

「ごめん。アイツが中々離してくれなくて、ずっと待ってたんだろ?」

 僕は頷いて、それから首を横に振った。

 来てくれた。
 それだけでいい。嬉しくて、寂しかった事も雨に濡れた事もどうでもよくなった。

 ただ、本当は抱きつきたかった。
 でも、濡れているから出来なくて……。

 ……それに、離してくれなくてって?
 何してたんだろう……。(ううっ)

 想像したら泣きそうになって、唇を噛んで我慢した。

「ん? お前、拗ねてんの?」

 カイルは僕の頬を片手で挟むようにして顔を覗き込む。
(うー、変な顔になるからやめてほしい……)

「拗ねてないよぅ」(……たぶん)

 そんな僕の表情に満足したのか、カイルは満面の笑みを浮かべて、でもすぐにスッと目を顰めた。

「めちゃくちゃ冷たくなってる。ミック、どれくらいここで俺の事待ってた?」
「……一時間くらいかな。もう帰ろうかと思ってたら雨降ってきちゃって」

 へへっと笑う僕をカイルは抱きしめる。

「バカだな。こんなに震えて。俺なんか……待つなよ」
「どうして? 待つよ。僕はカイルの番なんだから」

 カイルの腕の中に抱かれた僕は、ただ幸せだった。

「ミック」

 名前を呼ばれ顔を上げると、僕を見つめるカイルと視線が絡んだ。
 熱を孕んでいるみたいなカイルの赤い目。

 持っていた傘を地面に落とし、カイルは僕の頬を両手で挟むようにして唇を重ねた。
 僕は、この前みたいに力を抜いて。
「それでいい、俺に掴まれ」
 甘く囁くカイルのシャツを言われた通りに握った。
 すぐにキスは激しくなった。

「ん……っ……ん」

 掴まっていなければ立っていられないほど。

「んはっ……あ」

 苦しいぐらいの深いキスに息を切らす僕を見て、赤い瞳が輝いた。

「コレくらいでそんなになって、俺とやっていけるのか?」
「うん……いく」

 クスッと笑ったカイルは、僕を強く抱きしめた。

「なんでだろう、お前といるとめっちゃキスしたくなる……それに何でかな、すげー気持ちいいし」

 ーーうん、僕もだよ。
 きっと『番』だからだよ。
 だから早く、僕だけのカイルになって……。

 彼女と……。

 別れてと言いたかったけど、言わずにただ笑って見せた。

 僕を見て、カイルもクスリと笑った。
 そして僕たちはまた唇を重ねた。
 何度も角度を変えて、降り続く雨の中、キスをして。

 カイルが不意に何かに気づいたように顔を離した。その視線の先には、赤い傘をさした女の人が立っていた。

 その人は、カイルの彼女だった。
 凄い形相で、僕を睨みつけている。

 そうだよね、彼がキスしてる場面を見たんだ、僕が逆の立場なら同じような顔になる。

「何してるのよ! カイル、本気でそいつと付き合うつもりなの⁈」

 金切り声をあげる彼女に、カイルは僕を抱きしめたまま話をした。

「ああ、そう言っただろう? お前ともコイツとも同じように付き合うって。それでもいいと言ったのはサミア、お前だ」

 彼女はワナワナと震える。

「……わかってるわよ」

 低い声で話し落ちていたカイルの傘を拾うと、僕に突き出した。
 咄嗟に受け取った僕に向け「あんたはコレさして一人で帰りなさいよ! あたしがカイルと帰るんだから、行こう! カイル」

 そう叫んで、カイルの腕を取り去ろうとする。

 ーーはっ、ダメだ!
 これじゃ、また……!

「待って、カイル、待って! 僕あなたの連絡先を知らないんだ」

 焦って声をかけた僕に、カイルは微笑む。

「明日また店に来るよ」

 そう告げて、彼女の傘に入った。去り際、振り返った彼女がニヤリと笑った。



 また、僕の番は連れて行かれた。

 番いでもない、ただの女に。
 僕の『番』なのに。

(あの女さえいなければ……)

 僕の心に、はじめて嫉妬という黒い感情がわいてきた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】雨を待つ隠れ家

エウラ
BL
VRMMO 『Free Fantasy online』通称FFOのログイン中に、異世界召喚された桜庭六花。しかし、それはその異世界では禁忌魔法で欠陥もあり、魂だけが召喚された為、見かねた異世界の神が急遽アバターをかたどった身体を創って魂を容れたが、馴染む前に召喚陣に転移してしまう。 結果、隷属の首輪で奴隷として生きることになり・・・。 主人公の待遇はかなり酷いです。(身体的にも精神的にも辛い) 後に救い出され、溺愛されてハッピーエンド予定。 設定が仕事しませんでした。全員キャラが暴走。ノリと勢いで書いてるので、それでもよかったら読んで下さい。 番外編を追加していましたが、長くなって収拾つかなくなりそうなのでこちらは完結にします。 読んでくださってありがとう御座いました。 別タイトルで番外編を書く予定です。

【完結】転生じぃちゃん助けた子犬に喰われる!?

湊未来
BL
『ななな、なんで頭にウサギの耳が生えているんだぁぁぁ!!!!』  時の神の気まぐれなお遊びに巻き込まれた哀れな男が、獣人国アルスター王国で、絶叫という名の産声をあげ誕生した。  名を『ユリアス・ラパン』と言う。  生を全うし天へと召された爺さんが、何の因果か、過去の記憶を残したまま、兎獣人へと転生してしまった。  過去の記憶を武器にやりたい放題。無意識に、周りの肉食獣人をも魅了していくからさぁ大変!  果たして、兎獣人に輪廻転生してしまった爺さんは、第二の人生を平和に、のほほんと過ごす事が出来るのだろうか?  兎獣人に異様な執着を見せる狼獣人✖️爺さんの記憶を残したまま輪廻転生してしまった兎獣人のハートフルBLコメディ。時々、シリアス。 ※BLは初投稿です。温かな目でご覧頂けると幸いです。 ※R-18は出てきません。未遂はあるので、保険でR-15つけておきます。 ※男性が妊娠する世界観ですが、そう言った描写は出てきません。

狼くんは耳と尻尾に視線を感じる

犬派だんぜん
BL
俺は狼の獣人で、幼馴染と街で冒険者に登録したばかりの15歳だ。この街にアイテムボックス持ちが来るという噂は俺たちには関係ないことだと思っていたのに、初心者講習で一緒になってしまった。気が弱そうなそいつをほっとけなくて声をかけたけど、俺の耳と尻尾を見られてる気がする。 『世界を越えてもその手は』外伝。「アルとの出会い」「アルとの転機」のキリシュの話です。

婚約破棄したら隊長(♂)に愛をささやかれました

ヒンメル
BL
フロナディア王国デルヴィーニュ公爵家嫡男ライオネル・デルヴィーニュ。 愛しの恋人(♀)と婚約するため、親に決められた婚約を破棄しようとしたら、荒くれ者の集まる北の砦へ一年間行かされることに……。そこで人生を変える出会いが訪れる。 ***************** 「国王陛下は婚約破棄された令嬢に愛をささやく(https://www.alphapolis.co.jp/novel/221439569/703283996)」の番外編です。ライオネルと北の砦の隊長の後日談ですが、BL色が強くなる予定のため独立させてます。単体でも分かるように書いたつもりですが、本編を読んでいただいた方がわかりやすいと思います。 ※「国王陛下は婚約破棄された令嬢に愛をささやく」の他の番外編よりBL色が強い話になりました(特に第八話)ので、苦手な方は回避してください。 ※完結済にした後も読んでいただいてありがとうございます。  評価やブックマーク登録をして頂けて嬉しいです。 ※小説家になろう様でも公開中です。

神獣様の森にて。

しゅ
BL
どこ、ここ.......? 俺は橋本 俊。 残業終わり、会社のエレベーターに乗ったはずだった。 そう。そのはずである。 いつもの日常から、急に非日常になり、日常に変わる、そんなお話。 7話完結。完結後、別のペアの話を更新致します。

婚約破棄王子は魔獣の子を孕む〜愛でて愛でられ〜《完結》

クリム
BL
「婚約を破棄します」相手から望まれたから『婚約破棄』をし続けた王息のサリオンはわずか十歳で『婚約破棄王子』と呼ばれていた。サリオンは落実(らくじつ)故に王族の容姿をしていない。ガルド神に呪われていたからだ。 そんな中、大公の孫のアーロンと婚約をする。アーロンの明るさと自信に満ち溢れた姿に、サリオンは戸惑いつつ婚約をする。しかし、サリオンの呪いは容姿だけではなかった。離宮で晒す姿は夜になると魔獣に変幻するのである。 アーロンにはそれを告げられず、サリオンは兄に連れられ王領地の魔の森の入り口で金の獅子型の魔獣に出会う。変幻していたサリオンは魔獣に懐かれるが、二日の滞在で別れも告げられず離宮に戻る。 その後魔力の強いサリオンは兄の勧めで貴族学舎に行く前に、王領魔法学舎に行くように勧められて魔の森の中へ。そこには小さな先生を取り囲む平民の子どもたちがいた。 サリオンの魔法学舎から貴族学舎、兄セシルの王位継承問題へと向かい、サリオンの呪いと金の魔獣。そしてアーロンとの関係。そんなファンタジーな物語です。 一人称視点ですが、途中三人称視点に変化します。 R18は多分なるからつけました。 2020年10月18日、題名を変更しました。 『婚約破棄王子は魔獣に愛される』→『婚約破棄王子は魔獣の子を孕む』です。 前作『花嫁』とリンクしますが、前作を読まなくても大丈夫です。(前作から二十年ほど経過しています)

貧乏大学生がエリート商社マンに叶わぬ恋をしていたら、玉砕どころか溺愛された話

タタミ
BL
貧乏苦学生の巡は、同じシェアハウスに住むエリート商社マンの千明に片想いをしている。 叶わぬ恋だと思っていたが、千明にデートに誘われたことで、関係性が一変して……? エリート商社マンに溺愛される初心な大学生の物語。

【完結・BL】DT騎士団員は、騎士団長様に告白したい!【騎士団員×騎士団長】

彩華
BL
とある平和な国。「ある日」を境に、この国を守る騎士団へ入団することを夢見ていたトーマは、無事にその夢を叶えた。それもこれも、あの日の初恋。騎士団長・アランに一目惚れしたため。年若いトーマの恋心は、日々募っていくばかり。自身の気持ちを、アランに伝えるべきか? そんな悶々とする騎士団員の話。 「好きだって言えるなら、言いたい。いや、でもやっぱ、言わなくても良いな……。ああ゛―!でも、アラン様が好きだって言いてぇよー!!」

処理中です...