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後で来るって言ったのに
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「えっ番に出会ったの?」
その夜、家に帰った僕は『番』に出会った事を、一緒に暮らす姉さんに話した。
「同性だった……それってアリ?」
不安もあって、声が小さくなる。
姉さんは男前で頭が良くって何でも知ってる人だ。
『番』の事は僕も一応知ってる。
だけど、同性でも『番』があるのかは分からなかった。
だって『番』って伴侶だよ?
僕は男で、番のカイルも男だった。
コレって、おかしな事じゃない?
番が同性だった事に戸惑う僕の顔を見て、姉さんはにっこりと笑った。
「同性の番ね、他は知らないけれど鳥獣人ならアリよ。なんなら兄弟の番だっているし」
結構多いわ、と頷いた。
その姿にホッとする。
僕だけかと不安だったから。
「よかった、僕だけがおかしいのかと思った。でも……兄弟?」
驚きながら姉さんに聞くと「鳥獣人には兄弟の番は多くいる。けれど、皆隠しているの」と小声で教えてくれた。
親族間、ましてや兄弟の番は他の獣人にはない事で、人族や魔人族には禁忌とされているから、だって。
「それで? どんな人なの?」
姉さんは楽しそうに目を細め、カイルの事を聞いてくる。
「あのね」
姉さんには隠し事をしないって決めてる。
だから、これまでの事を全て話す事にした。
「カッコいい……けど、彼女がいる」
そう口に出すと、昼間見たカイルの彼女が脳裏に浮かんだ。
可愛いけど、ちょっと意地悪な感じの子だったな。
彼女がいると聞いた姉さんは、はっと動きを止めた。
しばらくすると目を顰め「はあっ? 彼女?」と、甲高い声を上げて。
その後、さらに詳しく話を聞いた姉さんは、連絡先すら聞いていなかった僕に呆れた。
でも、
「ミック、彼女がいようと、あんたは『番』なんだから、その女から奪ってしまえばいいわ! 何ならアタシが手を貸そうか?」
そう言って、自分は絶対に僕の味方だからと頭を撫でてくれた。
◇
(カイル……)
あれから二日、彼の姿を見ていない。
一応、鳥獣人の僕にも『番』の匂いくらいは分かる。
でも、残念ながら近くにいてくれないと無理、遠く離れてしまったら、まったく分からない。
それにあの日だって、彼が店を訪れてくれなかったら、店の前を通っただけだったなら、僕は番が近くにいると気づく事はなかっただろう。
番の匂いを敏感に感じる狼や犬の獣人なら、少しぐらい遠くにいてもすぐに分かるだろうけど。
羨ましいな。
同じ獣人でも、僕には無理な事だから。
カイル。
会いたい……。
会いたくてたまらない……。
今、どこにいるんだろう?
家にいてもバイト中も、この二日間は何をしていてもカイルの事だけを考えてしまっている。
だけど考えているだけで、僕には彼を待つ事しか出来ない。
会いたいからって探しに行く暇はない。
バイトは大事。休めない。
僕は、姉さんと二人暮らし。贅沢はできない、それに何をするにもお金は必要だ。
その日の夕方、店に一組の男女が入ってきた。
背の高い男性の姿が目に入った途端、僕の視界は輝いた。
ーー彼だ。僕の番、カイル。
カイルは僕を見て、妖艶な赤い目を少し細める。
「ミック、アイスカフェモカ一つ」
「はい」
来てくれた! 名前も! 呼んでくれた! 嬉しい!
会えなかった寂しさは、声を聞いたと同時に一気に吹き飛んだ。
……だけど、カイルの横には彼女が当たり前のようにくっ付いている。
それに、僕を見る彼女はめちゃくちゃ不機嫌な顔をしてる。
お前なんか嫌いだと体で表していて。
ーー僕だって同じ気分だ。
でも今、僕は仕事中で彼女のように気持ちを態度に出す事は出来ない。
どうにか平静を装い口角を上げる。
僕にとって彼女は、嫌な女。
けれど、彼女から見れば僕の方が後から現れた嫌な男なんだ。
ーー分かってるけど。
「それから、アイスレモンティー氷なしで」
カイルは当然のように彼女の分も注文した。
「はい」
カイルの好きなカフェモカと、彼女の分のドリンクにストローを挿し、二人の前にそっと置いた。
彼女は不機嫌な感じで、氷なしのアイスレモンティーをパッと手に取った。
それを見たカイルはクスリと笑いながら自分の分を手にし、そのままグッと僕に近づいた。
「後で来る」
「はい、分かりました」
めちゃくちゃ嬉しかったけど、他のお客さんの前ではしゃぐ訳にもいかず、僕は淡々と返事をした。
二人はドリンクを手に、店を出ていった。
その後ろ姿を見ても、嫌な気分にはならなかった。
何よりも嬉しいが優勢だったから。
それからのバイトの時間はあっという間に過ぎた。
「お疲れ様でした!」
いつもより明るい声で挨拶をして、店の裏口を出る。
この前カイルが待っていてくれたオープンスペースを見たけれど、彼はいなかった。
「後で来るって言ったのにな」
まだ彼女と一緒かな?
僕との約束、忘れてないよね? なんて、女々しく考えてしまう。
「違う、僕がこの前より少し早く出て来たから……」
つまんない言い訳を口にして自分を誤魔化した。
早いと言っても二、三分だ、
もしかしたらカイルは、本当に僕との約束を忘れてるのかも。
……でも、もう少し待っていたら来てくれるかも知れない。
……かも知れないばかりだ。
本当は、今すぐに思い出してここに来て欲しい。
(カイル、約束したよね?)
僕から会いに行きたいけど、匂いも辿れないし連絡先も聞いてないから、どうする事もできない。
ーー待つしかない。
それから僕は一時間程、来るかわからない彼を待っていた。
ーーポッ。
不意に頬が濡れた。
(雨だ……)
天気予報は一日中晴れマークだったから、傘は持ってきてなくて。
ーー帰る?
でも、すぐに止むかも知れない。
だけど雨はすぐにポッポッと音を立て降りはじめた。
降り止む気配のない雨の中、僕はカイルを待ち続けた。
ーーどうしても、会いたかった。
もう一度、もう一目でいい。
カイルの姿を目にしたら、そうしたら帰るから。
けれど、雨は段々と強くなってきて……。
まだ大丈夫、まだ、まだ……。
降り続く雨の中で佇む僕を、人々は気の毒そうな顔をして遠巻きに見ていく。
雨が降り出し一時間ほど経った頃には、僕はびしょ濡れだった。
ーー帰ろう。
きっと、カイルは来ない。
今なら防水加工されているリュックの中は大丈夫。
獣人は体が丈夫だから、このくらい濡れたからってどうって事ない。
そんな風に、いろいろな事を考えていたら、だんだん悲しくなってきて、泣きそうになって下を向いた。
濡れた髪が顔に張りつき惨めな気持ちが増す。
ーーカイルは来ない。
こんな雨の中、僕が待ってるなんて思ってもいないはず。
だから、もう……。
帰ろう、そう思った時。
「ミック」
一番聞きたかった人の声が頭上から聞こえた。
「びしょ濡れだな」
顔を上げたそこに、カイルがいた。
傘を片手に、もう一方の手を伸ばし僕の濡れた髪を指で梳くようにかきあげて。
「ごめん。アイツが中々離してくれなくて、ずっと待ってたんだろ?」
僕は頷いて、それから首を横に振った。
来てくれた。
それだけでいい。嬉しくて、寂しかった事も雨に濡れた事もどうでもよくなった。
ただ、本当は抱きつきたかった。
でも、濡れているから出来なくて……。
……それに、離してくれなくてって?
何してたんだろう……。(ううっ)
想像したら泣きそうになって、唇を噛んで我慢した。
「ん? お前、拗ねてんの?」
カイルは僕の頬を片手で挟むようにして顔を覗き込む。
(うー、変な顔になるからやめてほしい……)
「拗ねてないよぅ」(……たぶん)
そんな僕の表情に満足したのか、カイルは満面の笑みを浮かべて、でもすぐにスッと目を顰めた。
「めちゃくちゃ冷たくなってる。ミック、どれくらいここで俺の事待ってた?」
「……一時間くらいかな。もう帰ろうかと思ってたら雨降ってきちゃって」
へへっと笑う僕をカイルは抱きしめる。
「バカだな。こんなに震えて。俺なんか……待つなよ」
「どうして? 待つよ。僕はカイルの番なんだから」
カイルの腕の中に抱かれた僕は、ただ幸せだった。
「ミック」
名前を呼ばれ顔を上げると、僕を見つめるカイルと視線が絡んだ。
熱を孕んでいるみたいなカイルの赤い目。
持っていた傘を地面に落とし、カイルは僕の頬を両手で挟むようにして唇を重ねた。
僕は、この前みたいに力を抜いて。
「それでいい、俺に掴まれ」
甘く囁くカイルのシャツを言われた通りに握った。
すぐにキスは激しくなった。
「ん……っ……ん」
掴まっていなければ立っていられないほど。
「んはっ……あ」
苦しいぐらいの深いキスに息を切らす僕を見て、赤い瞳が輝いた。
「コレくらいでそんなになって、俺とやっていけるのか?」
「うん……いく」
クスッと笑ったカイルは、僕を強く抱きしめた。
「なんでだろう、お前といるとめっちゃキスしたくなる……それに何でかな、すげー気持ちいいし」
ーーうん、僕もだよ。
きっと『番』だからだよ。
だから早く、僕だけのカイルになって……。
彼女と……。
別れてと言いたかったけど、言わずにただ笑って見せた。
僕を見て、カイルもクスリと笑った。
そして僕たちはまた唇を重ねた。
何度も角度を変えて、降り続く雨の中、キスをして。
カイルが不意に何かに気づいたように顔を離した。その視線の先には、赤い傘をさした女の人が立っていた。
その人は、カイルの彼女だった。
凄い形相で、僕を睨みつけている。
そうだよね、彼がキスしてる場面を見たんだ、僕が逆の立場なら同じような顔になる。
「何してるのよ! カイル、本気でそいつと付き合うつもりなの⁈」
金切り声をあげる彼女に、カイルは僕を抱きしめたまま話をした。
「ああ、そう言っただろう? お前ともコイツとも同じように付き合うって。それでもいいと言ったのはサミア、お前だ」
彼女はワナワナと震える。
「……わかってるわよ」
低い声で話し落ちていたカイルの傘を拾うと、僕に突き出した。
咄嗟に受け取った僕に向け「あんたはコレさして一人で帰りなさいよ! あたしがカイルと帰るんだから、行こう! カイル」
そう叫んで、カイルの腕を取り去ろうとする。
ーーはっ、ダメだ!
これじゃ、また……!
「待って、カイル、待って! 僕あなたの連絡先を知らないんだ」
焦って声をかけた僕に、カイルは微笑む。
「明日また店に来るよ」
そう告げて、彼女の傘に入った。去り際、振り返った彼女がニヤリと笑った。
また、僕の番は連れて行かれた。
番いでもない、ただの女に。
僕の『番』なのに。
(あの女さえいなければ……)
僕の心に、はじめて嫉妬という黒い感情がわいてきた。
その夜、家に帰った僕は『番』に出会った事を、一緒に暮らす姉さんに話した。
「同性だった……それってアリ?」
不安もあって、声が小さくなる。
姉さんは男前で頭が良くって何でも知ってる人だ。
『番』の事は僕も一応知ってる。
だけど、同性でも『番』があるのかは分からなかった。
だって『番』って伴侶だよ?
僕は男で、番のカイルも男だった。
コレって、おかしな事じゃない?
番が同性だった事に戸惑う僕の顔を見て、姉さんはにっこりと笑った。
「同性の番ね、他は知らないけれど鳥獣人ならアリよ。なんなら兄弟の番だっているし」
結構多いわ、と頷いた。
その姿にホッとする。
僕だけかと不安だったから。
「よかった、僕だけがおかしいのかと思った。でも……兄弟?」
驚きながら姉さんに聞くと「鳥獣人には兄弟の番は多くいる。けれど、皆隠しているの」と小声で教えてくれた。
親族間、ましてや兄弟の番は他の獣人にはない事で、人族や魔人族には禁忌とされているから、だって。
「それで? どんな人なの?」
姉さんは楽しそうに目を細め、カイルの事を聞いてくる。
「あのね」
姉さんには隠し事をしないって決めてる。
だから、これまでの事を全て話す事にした。
「カッコいい……けど、彼女がいる」
そう口に出すと、昼間見たカイルの彼女が脳裏に浮かんだ。
可愛いけど、ちょっと意地悪な感じの子だったな。
彼女がいると聞いた姉さんは、はっと動きを止めた。
しばらくすると目を顰め「はあっ? 彼女?」と、甲高い声を上げて。
その後、さらに詳しく話を聞いた姉さんは、連絡先すら聞いていなかった僕に呆れた。
でも、
「ミック、彼女がいようと、あんたは『番』なんだから、その女から奪ってしまえばいいわ! 何ならアタシが手を貸そうか?」
そう言って、自分は絶対に僕の味方だからと頭を撫でてくれた。
◇
(カイル……)
あれから二日、彼の姿を見ていない。
一応、鳥獣人の僕にも『番』の匂いくらいは分かる。
でも、残念ながら近くにいてくれないと無理、遠く離れてしまったら、まったく分からない。
それにあの日だって、彼が店を訪れてくれなかったら、店の前を通っただけだったなら、僕は番が近くにいると気づく事はなかっただろう。
番の匂いを敏感に感じる狼や犬の獣人なら、少しぐらい遠くにいてもすぐに分かるだろうけど。
羨ましいな。
同じ獣人でも、僕には無理な事だから。
カイル。
会いたい……。
会いたくてたまらない……。
今、どこにいるんだろう?
家にいてもバイト中も、この二日間は何をしていてもカイルの事だけを考えてしまっている。
だけど考えているだけで、僕には彼を待つ事しか出来ない。
会いたいからって探しに行く暇はない。
バイトは大事。休めない。
僕は、姉さんと二人暮らし。贅沢はできない、それに何をするにもお金は必要だ。
その日の夕方、店に一組の男女が入ってきた。
背の高い男性の姿が目に入った途端、僕の視界は輝いた。
ーー彼だ。僕の番、カイル。
カイルは僕を見て、妖艶な赤い目を少し細める。
「ミック、アイスカフェモカ一つ」
「はい」
来てくれた! 名前も! 呼んでくれた! 嬉しい!
会えなかった寂しさは、声を聞いたと同時に一気に吹き飛んだ。
……だけど、カイルの横には彼女が当たり前のようにくっ付いている。
それに、僕を見る彼女はめちゃくちゃ不機嫌な顔をしてる。
お前なんか嫌いだと体で表していて。
ーー僕だって同じ気分だ。
でも今、僕は仕事中で彼女のように気持ちを態度に出す事は出来ない。
どうにか平静を装い口角を上げる。
僕にとって彼女は、嫌な女。
けれど、彼女から見れば僕の方が後から現れた嫌な男なんだ。
ーー分かってるけど。
「それから、アイスレモンティー氷なしで」
カイルは当然のように彼女の分も注文した。
「はい」
カイルの好きなカフェモカと、彼女の分のドリンクにストローを挿し、二人の前にそっと置いた。
彼女は不機嫌な感じで、氷なしのアイスレモンティーをパッと手に取った。
それを見たカイルはクスリと笑いながら自分の分を手にし、そのままグッと僕に近づいた。
「後で来る」
「はい、分かりました」
めちゃくちゃ嬉しかったけど、他のお客さんの前ではしゃぐ訳にもいかず、僕は淡々と返事をした。
二人はドリンクを手に、店を出ていった。
その後ろ姿を見ても、嫌な気分にはならなかった。
何よりも嬉しいが優勢だったから。
それからのバイトの時間はあっという間に過ぎた。
「お疲れ様でした!」
いつもより明るい声で挨拶をして、店の裏口を出る。
この前カイルが待っていてくれたオープンスペースを見たけれど、彼はいなかった。
「後で来るって言ったのにな」
まだ彼女と一緒かな?
僕との約束、忘れてないよね? なんて、女々しく考えてしまう。
「違う、僕がこの前より少し早く出て来たから……」
つまんない言い訳を口にして自分を誤魔化した。
早いと言っても二、三分だ、
もしかしたらカイルは、本当に僕との約束を忘れてるのかも。
……でも、もう少し待っていたら来てくれるかも知れない。
……かも知れないばかりだ。
本当は、今すぐに思い出してここに来て欲しい。
(カイル、約束したよね?)
僕から会いに行きたいけど、匂いも辿れないし連絡先も聞いてないから、どうする事もできない。
ーー待つしかない。
それから僕は一時間程、来るかわからない彼を待っていた。
ーーポッ。
不意に頬が濡れた。
(雨だ……)
天気予報は一日中晴れマークだったから、傘は持ってきてなくて。
ーー帰る?
でも、すぐに止むかも知れない。
だけど雨はすぐにポッポッと音を立て降りはじめた。
降り止む気配のない雨の中、僕はカイルを待ち続けた。
ーーどうしても、会いたかった。
もう一度、もう一目でいい。
カイルの姿を目にしたら、そうしたら帰るから。
けれど、雨は段々と強くなってきて……。
まだ大丈夫、まだ、まだ……。
降り続く雨の中で佇む僕を、人々は気の毒そうな顔をして遠巻きに見ていく。
雨が降り出し一時間ほど経った頃には、僕はびしょ濡れだった。
ーー帰ろう。
きっと、カイルは来ない。
今なら防水加工されているリュックの中は大丈夫。
獣人は体が丈夫だから、このくらい濡れたからってどうって事ない。
そんな風に、いろいろな事を考えていたら、だんだん悲しくなってきて、泣きそうになって下を向いた。
濡れた髪が顔に張りつき惨めな気持ちが増す。
ーーカイルは来ない。
こんな雨の中、僕が待ってるなんて思ってもいないはず。
だから、もう……。
帰ろう、そう思った時。
「ミック」
一番聞きたかった人の声が頭上から聞こえた。
「びしょ濡れだな」
顔を上げたそこに、カイルがいた。
傘を片手に、もう一方の手を伸ばし僕の濡れた髪を指で梳くようにかきあげて。
「ごめん。アイツが中々離してくれなくて、ずっと待ってたんだろ?」
僕は頷いて、それから首を横に振った。
来てくれた。
それだけでいい。嬉しくて、寂しかった事も雨に濡れた事もどうでもよくなった。
ただ、本当は抱きつきたかった。
でも、濡れているから出来なくて……。
……それに、離してくれなくてって?
何してたんだろう……。(ううっ)
想像したら泣きそうになって、唇を噛んで我慢した。
「ん? お前、拗ねてんの?」
カイルは僕の頬を片手で挟むようにして顔を覗き込む。
(うー、変な顔になるからやめてほしい……)
「拗ねてないよぅ」(……たぶん)
そんな僕の表情に満足したのか、カイルは満面の笑みを浮かべて、でもすぐにスッと目を顰めた。
「めちゃくちゃ冷たくなってる。ミック、どれくらいここで俺の事待ってた?」
「……一時間くらいかな。もう帰ろうかと思ってたら雨降ってきちゃって」
へへっと笑う僕をカイルは抱きしめる。
「バカだな。こんなに震えて。俺なんか……待つなよ」
「どうして? 待つよ。僕はカイルの番なんだから」
カイルの腕の中に抱かれた僕は、ただ幸せだった。
「ミック」
名前を呼ばれ顔を上げると、僕を見つめるカイルと視線が絡んだ。
熱を孕んでいるみたいなカイルの赤い目。
持っていた傘を地面に落とし、カイルは僕の頬を両手で挟むようにして唇を重ねた。
僕は、この前みたいに力を抜いて。
「それでいい、俺に掴まれ」
甘く囁くカイルのシャツを言われた通りに握った。
すぐにキスは激しくなった。
「ん……っ……ん」
掴まっていなければ立っていられないほど。
「んはっ……あ」
苦しいぐらいの深いキスに息を切らす僕を見て、赤い瞳が輝いた。
「コレくらいでそんなになって、俺とやっていけるのか?」
「うん……いく」
クスッと笑ったカイルは、僕を強く抱きしめた。
「なんでだろう、お前といるとめっちゃキスしたくなる……それに何でかな、すげー気持ちいいし」
ーーうん、僕もだよ。
きっと『番』だからだよ。
だから早く、僕だけのカイルになって……。
彼女と……。
別れてと言いたかったけど、言わずにただ笑って見せた。
僕を見て、カイルもクスリと笑った。
そして僕たちはまた唇を重ねた。
何度も角度を変えて、降り続く雨の中、キスをして。
カイルが不意に何かに気づいたように顔を離した。その視線の先には、赤い傘をさした女の人が立っていた。
その人は、カイルの彼女だった。
凄い形相で、僕を睨みつけている。
そうだよね、彼がキスしてる場面を見たんだ、僕が逆の立場なら同じような顔になる。
「何してるのよ! カイル、本気でそいつと付き合うつもりなの⁈」
金切り声をあげる彼女に、カイルは僕を抱きしめたまま話をした。
「ああ、そう言っただろう? お前ともコイツとも同じように付き合うって。それでもいいと言ったのはサミア、お前だ」
彼女はワナワナと震える。
「……わかってるわよ」
低い声で話し落ちていたカイルの傘を拾うと、僕に突き出した。
咄嗟に受け取った僕に向け「あんたはコレさして一人で帰りなさいよ! あたしがカイルと帰るんだから、行こう! カイル」
そう叫んで、カイルの腕を取り去ろうとする。
ーーはっ、ダメだ!
これじゃ、また……!
「待って、カイル、待って! 僕あなたの連絡先を知らないんだ」
焦って声をかけた僕に、カイルは微笑む。
「明日また店に来るよ」
そう告げて、彼女の傘に入った。去り際、振り返った彼女がニヤリと笑った。
また、僕の番は連れて行かれた。
番いでもない、ただの女に。
僕の『番』なのに。
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