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母の祈り。

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 もと王子様はすっかり元気になって、ベッドから起き上がると、床に膝をついて臣下の礼をした。

 ヤダ、私あなたの主君にはならないわよ。

「天使様、このご恩は一生忘れません」

 もちろんよ。恩着せがましく要求しちゃうわよ。復興を手伝ってくださいって。ただし、新王の元でね。だからその臣下の礼は、ジュリオさんにとっておいて。そして天使様はやめてちょうだい。

 ホロホロと泣くマルグリットさんも、息子の隣に跪いた。胸の前で指を組んで、いわゆる祈りのポーズを組んでいる。

 涙する美魔女の祈り⋯⋯神々しいわぁ。ステンドグラスの幻が見える。この方、豪奢なドレスよりストイックな尼僧服シスタールックの方が美しさが増すんでないかい? 今もわきまえて地味なお衣装なんだけどさ。

「恩を感じるのなら、新たな王に。あなたを救うことを許してくださったのは陛下です」

 その陛下、私に逆らえないっていうのは言わない(笑)。

「では、天使様には心の中で感謝いたします」

 うわぁ、この元王子様、ほんまモンの王子様だぁ。伏せっていたから髪の毛もペタペタだし、膿の染みた寝巻きは異臭を放っている。なのに、こんなに爽やかなイケメン! 顔だけなら兄様たちのが整っているけど、内側からあふれる気品!

 鳶が鷹を産む。

 あれ? 産んだのはマルグリットさんね。鷹が鷹を産んだのかしら? 前王はもう、どうでもいい。

「まずは体を清めて食事をしてください。マルグリット様も付き添って差し上げて。弟君と妹君もご一緒に、今日はゆっくりなさって」

 完全にOLお仕事モードで語ると、ふたりはちょっと驚いた表情カオをした。十五歳の小娘の振る舞いじゃないけど、貴族教育ってことでスルーしてもらえると嬉しいわ。

「バッカス団長、手配を⋯⋯」

 うわぁっ。

 バッカス団長を振り返ると、でっかい鯨が泣いていた。滝のように流れる涙と恍惚とした表情カオ。ちょっとどころじゃなく、怖い。

 ⋯⋯滂沱って、絵面にしたらこうなるのね。

「聖女殿、私は今、猛烈に感動しております!」

 うん、そんな感じ。

「バッカス団長、わたしは陛下の元に戻ります。こちらの皆様のお部屋を客間に移動して、ゆっくり休んでいただいてください。お願いします」

「私に、願われるのですか?」

「はい。頼りにしています」

 私たち、まだ入城したばかりだから、使用人の指示形態もわからないし、間取りもさっぱりだもの。入城してしばらく経つバッカス団長の方が詳しいでしょ?

「必ずや、ご期待に応えましょう」

「よろしくお願いします」

 バッカス団長の後ろで、三兄様さんのにいさまとアル従兄様にいさまが難しい表情カオをしてバッカス団長の後頭部を睨んでいる。バッカス団長、世紀末に救世主が現れる世界にいそうな体格なんで、兄様たち、めっちゃ上目遣い。さすがのイケメンも、上目遣いは微妙だわ。

「兄様たち、タタン、ここはバッカス団長にお任せして、陛下のもとへ戻りましょう」

 正確には、ザシャル先生とシーリア、ユンのところね。

「私に⋯⋯任せて⋯⋯」

 なんかバッカスさんが噛み締めてるわぁ。もしかしてバッカス団長、バカ? 

 ダメダメ。バカなんて言ったらヒュー団長と同じお子さまレベルよ! とにかくバッカス団長に元王族の皆さんを任せて、私たちは玉座のある広間に戻ることにする。今後の相談もしなくちゃね。

「聖女殿、神命に誓って必ずや⋯⋯!」

 そんな大したこと頼んでないんだけど。ちょっと引くわぁ。

 曖昧に微笑んで(これぞジャパニーズスマイル)兄様たちを促すと、逃げるように居室を抜け出した。

「なんか凄い団長さんだね」

「凄いっていうか、暑苦しいっていうか」

 タタンとお喋りしながら廊下を歩く。⋯⋯兄様たちがタタンを邪険にしないわね。いつもなら私と距離が近いって怒り出すのに。禍ツ神との戦闘で、三兄様といい感じのコンビネーションを組んでたし、素直に指導を受けるから身内認定されたのかな。

 となりを歩くタタンをチラ見する。

 眼鏡の奥のくるんとした目。困ったような下がり眉。髭なんて産毛ですら見つけられないつるつるのほっぺた。控えめな性格は、私なんかよりよっぽど可憐だ。

 ごめん、タタン。兄様たち、あなたのこと男の子だと思ってないかも⋯⋯。シーリアやユンと一緒に仲良し4人組とか認識されたりして。

 広間に戻る途中、白鷹騎士団はくようきしだんの騎士さんが伝言を持ってやってきた。よかった、すれ違わなくて。元王族が部屋に引っ込むなら、広間で集まる意味はない。もっと狭い、執務室に来て下さいって、ザシャル先生からの言ってきた。

 執務室ってどこやねん。

 脳内でツッコミかます。口には出さない。そしたら伝言を伝えてくれた騎士さんが案内してくれた。広間の近くから渡り廊下を抜けて、見た目は役所みたいなところに案内される。

 王様の執務室だという場所は見事にホコリをかぶっていた。あの王様、いつからここで仕事してなかったんだろ? ジュリオさんが一生懸命、立派な机を拭いていた。その雑巾、どこから出したの?

「⋯⋯美魔女の神々しさとのギャップが激しすぎる」

 思わず呟く。ジュリオさんの威厳はこれから付いてくるにしても、王様が雑巾掛けするのはどうなんだろう。マルグリットさんはザシャル先生と一緒に、陛下の教育係になってもらおう。きっと、自分で掃除をするんじゃなくて、監督の仕方をレクチャーしてくれるはずだわ。

 なんにせよ、マルグリットさんは明日からね。

 私はそっと、ジュリオさんの手から雑巾を受け取ったのだった。

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