少女魔法士は薔薇の宝石。

織緒こん

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奇跡を起こして見せましょう!

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 ヴィラード国の王都は寂れていた。王都って王様のお膝下でしょ? 流通だってちゃんとしてるだろうし、流行だってここから生まれるものだと思うのよ。

 なにかしら、この西部劇感。荒野のなんたらみたいに人気ひとけはないし、建物は寂れているし、なんなら風が吹いたら砂埃がすごい。

 瘴気がなくなっても壊れたものが元に戻るわけじゃないし、古くなったものが新品になるわけじゃない。ただそのまんま、空気だけが綺麗になっても、降り積もった埃は誰かが掃除しないとなくならないのよ。

 王都にいた富裕層は、サープくんが禍ツ神としてチカラをつけ始めた頃、資産を持ってさっさと逃げ出したので、そのまま荒れ放題なんだそうだ。

 王城に入るとそこそこ綺麗だった。強奪とかもない。帝国の黒鯨騎士団こくげいきしだんがやってくるまで、王族が住んでいたんだから当然かぁ。

 出迎えてくれた黒鯨騎士団のバッカス団長は私を上座⋯⋯つまり玉座に誘おうとしたので、ジュリオさんを突き出した。ごめん、無理矢理で。

 ジュリオさんが玉座におずおずと、けれどしっかり座ったのを確認して、ヴィラード国の王族を呼んだ。北向きの使用人塔の近くの部屋に監禁されていた王妃は、身綺麗にしていてやつれも見えない。バッカス団長はきちんと食事を与えて、身の回りを世話する者もつけていたみたいね。

 旅の馬車の中、ザシャル先生とヒュー団長、それにジュリオさんと元王族をどうするか話し合った。

 前王は幽閉だから、その妻子が処刑とかはない。適当にほっぽりだすのもダメだと思う。野放しにしておくと、神輿に担がれるもの。

「おや、どうしてそう思うのですか?」

 ザシャル先生に問われて、アラサーOLの微妙な知識を披露する。

「王族のどこまで処刑するかですよね。末端の赤ちゃん、妊婦に至るまでってしたらどれだけ残虐な新王朝だと、民衆の避難を浴びるでしょう。前王に近い本流の王族だけ処刑しても、不満は出るでしょう? 残った傍流の王族を神輿に担いで、新王朝打倒に蜂起すると思います。かと言って、全員放逐しても、王妃、王子が自ら決起しそうじゃないですか?」

「よろしい」

 ザシャル先生が眠たげな目元をゆるめた。

「どうするのがいいと思いますか?」

「⋯⋯ある程度優遇して、程よい役職につけて飼い殺すのがいいかなぁ、と。自分の生活と生命は保障されているってわかったら、わざわざ面倒な反乱なんか起こさないんじゃないかと」

 それにあの王様、自分の身を削っても助けたい相手ではないだろうし。王妃を捨てて、若くて可愛いシーリアと結婚しようとしたような男だ。

 王妃は威厳ある眼差しで、玉座に座る自分の夫でない男を見た。そこは自分の夫のものだ、とは言わず、静かにジュリオさんをみる。

「国をよろしく頼みます」

 張りのある声で一言だけ言った。

 ここにも女王様がいたよ。前王なんかより、よっぽど肝が座ってる。命乞いも罪の擦り付けも一切ない。なんでこの人、あの王様の奥さんなんだろう。

 後ろに控える王子様、ミシェイル様とタタンの間くらいの年齢に見える。彼も静かに頭を垂れている。

「あの⋯⋯王妃様」

「わたくしはもはや王妃ではございません。マルグリットとお呼びくださいませ、陛下」

「あ、はい。マルグリット様」

「呼び捨ててくださいませ」

 長く国王の傍にあった女性の威厳は、下っ端役人と変わらない生活をしていたジュリオさんとは比べ物にならない。

「マ、マルグリット。第一王子⋯⋯で、あった方はどこに?」

「伏せっております。我が夫であった男が出兵するのを止めようとして傷を負い、それから⋯⋯。神の御許に召される日も近うございましょう」

 うわぁ、マルグリットさん、旦那斬って捨てた! そりゃそうよね。息子さんの命が危ないんだから!

「ザシャル先生、ジュリオさん、私が行きます!」

 この元王妃様、味方にしたら絶対心強い。そんな打算を抜きにしても、生きているうちに私が王都にたどり着いたってのは、神様が助けなさいって言ってるんだと思う。

「聖女様、今すぐお願いできますか?」

 マルグリットさんとの会談よりも元王子の容体を気にして、ジュリオさんがアタフタと立ち上がった。立場的には属国の傀儡王のジュリオさんより私の方が上だから、お願いされちゃう。

「バッカス団長、案内してください。マルグリット様もご一緒にいらしてください。私がご子息をお助けします」

「⋯⋯お医者様ですの?」

 黒鯨騎士団の団長を呼び寄せる私に、マルグリットさんは怪訝な目を向けた。医者にしては若すぎるから、不信感が募るんでしょうね。

「魔法士です」

「魔法? 魔術師とは違いますの?」

 うーん、なんか厳密に言うと魔術じゃないっぽいから、勝手に魔法士を名乗ることにした。似てるけど違うもの。

「聖女殿⋯⋯若い女性には辛いかもしれません。マルグリット殿も諦めている故、ご無理なさらず」

 先導しながらバッカス団長が眉を潜めて言った。部屋の手配をしたのは彼なので、姿を見たことがあるようだ。護衛についてきた兄様たちとタタンは、私の治癒を見たことがあるので団長とは対照的に余裕の表情だ。

 使用人棟に近い場所にある一室の扉の前に、見張りの黒鯨騎士団の人が立っている。見張りじゃないな、何かあったときのための見守りだわ。だって扉を開けると死臭がしたもの。

 焚き染めた香は腐る体から立ちのぼる死臭をごまかすためのものだ。

 禍ツ神に取り憑かれた前王に付けられた傷は、瘴気が染み込んですぐに腐り始めたのだと、マルグリットさんは言った。瘴気を払っても、腐った傷口は元に戻らない。王都の街並みが荒廃したままなのと理屈は同じ。

 青黒い顔色をしているのに、熱が高い。この熱が下がるのは、多分天に召されるときだ。

「⋯⋯静かに、逝かせてやりたいのです」

 マルグリットさんの静かな声。

「聖女殿、マルグリット殿の言う通りにいたしましょう」

 バッカス団長の声音は慈悲に満ちている。でも、言う通りになんかしないわ。

「私、失敗なんかしないわよ」

 美人天才外科医みたいな台詞を吐いて、もと王子の傍らに立つ。

「《解毒》《治癒》」

 大切なのはイメージ。腐った傷口から全身にまわった毒素を解毒して、全身を治癒する。

 苦しげな表情カオが穏やかになり、睫毛が震えた。開かれた目がぼんやりと私を見る。

「オレは死んだのか? 天使様がいる⋯⋯」

「死んでないわ。生きて、この国を立て直すのを手伝ってくれないかしら」

「あなたは?」

 元王子が緩慢な動きで起き上がった。

「あぁ」

 私の背後でマルグリットさんが身動いだ気配がした。ヨロヨロとベッドの淵までくると、息子の頬を両手で覆って顔を覗き込んだ。

「奇跡です⋯⋯。あぁ、もうお前の声は聞けないものと思っていました」

 溢れる涙を拭いもせず息子をただ見つめるマルグリットさんは、広間で見た凛とした元王妃ではなく、ひとりのお母さんだった。
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