少女魔法士は薔薇の宝石。

織緒こん

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腹を括るのは女が先らしい。

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 ヴィラード国に入ったのは、皇帝陛下とヴィラード前国王が会談してから半月後のことだった。新しい王様は前国王とはなんの血縁関係もなく、王女を妻にもらったわけでもないので、ヴィラード国は新王朝の時代を迎えたわけなのよ。

 私はいま、歴史の只中に立っている!

 なんて感慨もない。いくさの責任を取る形で王朝を廃して、前国王は退位じゃなくて廃位、王都にいる国王一家もヴィラード国軍を連れて先発した黒鯨騎士団こくげいきしだんが拘束したと知らせが入った。

 やだ、バッカス団長、お仕事できるわね。

 ここにいない黒鯨のバッカス団長をうっかり褒めたら、白鷹騎士団はくようきしだんのフィッツヒュー団長が目に見えて拗ねた。

「そうだ、姫さん。俺のことはヒューと呼べ。次に奴の顔を見たとき、絶対悔しがるから」

 ヒューと呼ぶのはやぶさかではない。何故ならフィッツヒューって地味に舌を噛みそうだから。

「ヒュー団長? バッカス団長、それで悔しがるかしら?」

「自分も愛称で呼んでもらいたがるぜ。そしたら、『バカ』か『カス』だ。ザマァみろ」

 子どもだ⋯⋯デカイ図体した子どもがいる!

「団長⋯⋯うちの宝石姫に愛称で呼ばせるなんて、覚悟はできてるんでしょうね?」

 お約束の三兄様さんのにいさまとアル従兄様にいさまの天誅を楽しそうに受け流して、ヒュー団長は豪快に笑った。やっぱり腐っても鯛。団長を張るだけあってローゼウスの若手のエースを軽くいなしている。

 そんな騒ぎをしながら、私たちはヴィラード国の王都に向かって旅をした。前回の旅とは違って、陛下とローゼウスの大兄様おおにいさまが用意してくれた、クッション盛り盛りの馬車に積荷を積んだ荷馬車、大勢の騎士を従えて、ドレスでの旅よ。

 ザ・聖女様ご一行! というヤツですな。

 ミシェイル様とカーラちゃんはローゼウスに残った。帝都で教会の餌食になるのも嫌だし、幼い神様を二柱連れての旅は、人間には負担が大きいと守護龍さんからのアドバイスがあったから。

 ユン(守護龍さん付き)、シーリア(サープ君付き)、タタンの学生組とザシャル先生、アル従兄様が一行の中心になる。一緒に旅をしたアリアンさんは今回は騎士団の副団長の立場で騎士の指揮をとっている。たびたび顔を見せに来てくれるから、離れている感じはないけど。

 王都に向かう道すがら、一番はじめの領地でゲスい領主の館に立ち寄った。自国の王が廃されたことは伝わっていないのか、あまり変わった様子はない。早速聖女と勘違いしているユンの手を取ろうとして、守護龍さんに弾き飛ばされていた。

 あの領主、ユンに着せようとしてピンクのフリフリ段々重ねドレスを用意してたわ⋯⋯このロリコン野郎、滅びろ!

 とりあえずコイツはとっ捕まえて牢に突っ込んでから、代官さんを探す。館には居なくて、館の使用人に行方を尋ねると、畑を耕しに行っているという。代官さん、貴族だよね?

 私たちは半分信じられない気持ちで代官さんがいるという畑を目指すと、荒れた土地を懸命に耕す姿をみることができた。腰が全然入ってなくて、畑仕事なんかしたことないのがよくわかった。

 痩せ細った女性が数人、代官さんを拝むようにしている。この土地を耕してた男の人、どっか行っちゃったんだろうなぁ。元気な大人の男、全員盗賊みたいになってたもんね。

 そして私たちは代官さんを捕まえた。あ、捕縛とかしたんじゃないよ。代官さんとお話をする機会を得たってところ。

「聖女様⋯⋯ありがとうございます。おかげさまで空気が澄んできて、加護宝珠がなくとも外に出ることが叶いました」

 外に出られるようになって、最初に始めたのが畑を耕すことか。瘴気で苛ついていたのが穏やかな表情カオになっていて、小狡そうな前国王よりよっぽどいい面構えだと思うわ。

 王様になるにはちょっと気が弱そうだけど。

 代官さん、ジュリオさんというお名前で、奥さんと子どもが一男一女。いいんでないかい、新しいロイヤルファミリー。

「むむむむむ無理です! こここここ国王⁈ 誰が⁈ 私が⁈ ないです! ないないない‼︎」

 テンパってるなぁ。ゲスい領主にこき使われていた、代官とは名ばかりの下っ端役人。それがいきなり玉座をポンと与えられたら、こうなるわねぇ。

 増長したりはしゃいだりされても困るけど、地道に畑を耕そうとする誠実さは大事だわ。

「恐れ多い、私などよりよほど相応しい方はいらっしゃるだろうし、高位の貴族もいるでしょう⁈」

 そりゃもっともだけど、いかんせん私たちが知ってるヴィラード国民の中で、一番まともなのがあなたなの。次点でエセ勇者ってあたり、どうにもならんけど。

 あーだこーだ反論していたけど、それを見ていた奥さんがジュリオさんの頭を盛大にはたいた。

「しょぼくれてんじゃないよ、アンタ! こんな座礁した沈没間近な船なんて、誰も乗りたかないよ。嫌なことを、他人に押し付けるのかい? そんなに嫌なら、立て直してから高貴な方に譲ってあげりゃいいじゃないか!」

 奥さん! いえ、女王様! あなたが王様決定!

 ⋯⋯さすがにそんなわけにはいかないか。

 でも、この奥さんが王妃様ならイケる気がする!

 腰に手を当てて仁王立ちになった奥さんに、ジュリオさんは諦めたように肩の力を抜いた。

「やれるかな、俺」

 あら、奥さんの前では俺なのね。ジュリオさんは手のひらをじっと見た。

「違うわよ。死ぬ気でやるのよ」

 奥さんは容赦ない。

 そうして決心したジュリオさんとその家族を連れて、私たちは王都に向かったのだった。
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