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あの手この手。
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シーリアはサープくんの手を引いて、陛下のもとへ歩みを進めた。とてつもないツンモードでヴィラード国王を一瞥すると、陛下に向き直った。
「陛下。この方、わたくしを便利な道具だと思っていらっしゃるのかしら?」
髭を剃ったヴィラード国王は、シーリアを妃にしようとした禍ツ神と同じ顔をしている。禍ツ神がヴィラード国王の顔を模していたんだけど、乙女にはそんなこと関係ない。
第一、サープ君目当てが見え見えの求婚だし、子供が生まれたら、自分の手に国権を移しやすい。どうしたってお産の前後は誰かに国璽を預けなきゃならないもの。
ヴィラード国王だって一国の主だもの。自国の有利に動くのは当たり前。だけど、シーリアはあげません!
「シーリア・ダフが首根っこを抑えるのは賛成ですが、女王に立つのはいただけませんね。復興の目処ついたら、帝国に帰還できるようにしておかなければ。⋯⋯そして、ヴィラード国王、彼女が何者なのか、知っておられるか?」
ザシャル先生が陛下に進言し、その口で、ヴィラード国王に質問を投げかけた。
「帝国の⋯⋯ダフ商会の令嬢であると。身分なら、巫女たる身で充分では?」
「調べが甘いですね。平民の娘なら、喜んで話に乗ると思われましたか?」
ザシャル先生の眠たげな眦が冷たくなった。
「残念でしたね。彼女は皇女孫ですよ。女王になるには充分すぎるほどの血筋ですが、属国の王如きが好きにできるはずもないでしょう?」
皇女孫の上、巫女。第三皇子であると同時に神子のミシェイル様とあんまり変わらない。ミシェイル様にそんな提案するかっていうと、しないだろう。つまり、小娘を侮ったわけね。
「わたくし、サープ様が穢してしまった大地を癒すのは、やぶさかではありませんのよ。でもサープ様の力を未来永劫、当てにされても困りますの。それではサープ様が健やかにお育ちになれませんわ」
育てかたを間違うと、また、禍ツ神になっちゃもんねぇ。
「聖女よ、其方はどう思う?」
癒すだけなら、私だけでも有りなのよね。でも、復興に必要なのは、カーラちゃんやサープ君のような、大地の守護者が最適かも。
でもなぁ、この王様ねぇ。力を失っていたとはいえ、加護宝珠をこれでもかと身に着けていたってことは、瘴気の存在を認識していたってことよね。そして自分の身だけ守ろうとしたんでしょ?
「ヴィラード国王様」
陛下とは呼ばない。さすがに呼び捨ては出来ないけど。
「あなたは、退位の意思があるんですね?」
「⋯⋯あ、ああ」
言い淀んだ。でも遅い、言質は取った。
「ヴィラード国の街道沿いの、最初の領主館に代官さんがいるんですよ。領民のために加護宝珠を払い下げてもらおうと、領主の言うことに従ってたんです。その人、育てて王様にしちゃったらどうでしょう?」
ヴィラード国王がビシッと固まった。
フン、一国の王が言質を取られるような真似をするからよ。
「陛下、私が浄化してシーリアとサープ君が大地を祝福して、その間にどなたかが代官さんを育てるというのはどうですか?」
「ふむ⋯⋯」
陛下が顎に手を当てて、考えるポーズをした。
「ユンは? 仲間外れ?」
ユンがほとんど黒に見える深い青色の瞳を揺らした。
「バロライのご領主様、なんで言うかな」
「ユンが言えば大丈夫。ユンも行く」
なら、守護龍さんも一緒だ。ヴィラード国王、ますます悪さ出来ないね~。白鷹騎士団は来るでしょ。シーリアが来るから、タタンも来るし。あとは代官さんの先生役。王様を育てるんだから、帝王学とかの先生だよね。陛下の伝手を頼るしかないかな。
「私も参りますよ。あの方を、王に育てるのでしょう?」
ザシャル先生がうっすらと微笑んだ。先生も代官さんのことは知ってるもんね。
「あの領主が、どんな表情をするのか楽しみですね」
「おお、其方がおったな。其方なら、新王の教育係として間違いない。どうせ教え子たちと共に行くのなら、その代官とやらを王位につけて国を立て直す手助けをするが良い」
あ、陛下、丸投げした。て言うか、小娘の思いつきみたいな案を採用しちゃっていいの? 陛下、代官さんに会ったことないでしょ?
「黄金の三枚羽⋯⋯いや、侯爵家の神童が育てると言っておるのじゃ。見込みはあるのだろうて」
丸投げでもなかった。ザシャル先生、そう言えば学院の客員講師だった。王家直属の魔術師の塔の最高位ってだけでなくて、侯爵家の三男でもあるんだっけ。皇家の血も引いてるし、適任なのかもしれない。
「恐れながら、陛下。ヴィラード国に聖女殿と巫女殿、そしてザシャル殿を派遣されるとなれば、白鷹騎士団だけではいささか、不安ではございませんか?」
ザトウクジラ⋯⋯じゃない、黒鯨騎士団のバッカス団長が真面目な顔で発言した。白鷹騎士団のフィッツヒュー団長は、苦虫を噛み潰したような表情はしてるけど、反論はしない。フィッツヒュー団長も不安はあるのね。
「⋯⋯ローゼウスの私兵団が張り切るんじゃないか?」
確かに。ただし、誰が私と一緒に行くかで、ものすごく揉めそうだけど。同じことを三兄様も思っているみたいで、明後日の方を見ている。一団の最後尾あたりにちゃっかり紛れ込んでいるアル従兄様も、微妙な表情をしている。
「彼らは国境の守護の要であろう。それにあくまでもローゼウス領の領民ではないか」
バッカス団長が正論を言った。フィッツヒュー団長は、ますます仏頂面になった。
「陛下、我ら黒鯨騎士団にヴィラード国の治安維持の任をお与えください」
「そうきやがったか!」
フィッツヒュー団長、一応ここ、陛下とヴィラード(辛うじて)国王の会談の場ですよ~。猫はかぶっときましょうね~。
それにしても、ほんとに『そうきやがったか』よね。白鷹騎士団は全騎士団の中でも一二を争う勇猛さらしいんだけど、ヴィラード国全土を見渡せるわけじゃないもの。どっかで反乱軍みたいなのが蜂起する可能性だってある。そんなとき、白鷹騎士団だけじゃどうにもならないもの。
「うむ。それもそうじゃ。黒鯨騎士団に命ずる、ヴィラード国に参る聖女を守護せよ」
「ははっ」
陛下、もうちょっと考えましょうよ!
そして、ヴィラード国王をほったらかしすぎ!
「陛下。この方、わたくしを便利な道具だと思っていらっしゃるのかしら?」
髭を剃ったヴィラード国王は、シーリアを妃にしようとした禍ツ神と同じ顔をしている。禍ツ神がヴィラード国王の顔を模していたんだけど、乙女にはそんなこと関係ない。
第一、サープ君目当てが見え見えの求婚だし、子供が生まれたら、自分の手に国権を移しやすい。どうしたってお産の前後は誰かに国璽を預けなきゃならないもの。
ヴィラード国王だって一国の主だもの。自国の有利に動くのは当たり前。だけど、シーリアはあげません!
「シーリア・ダフが首根っこを抑えるのは賛成ですが、女王に立つのはいただけませんね。復興の目処ついたら、帝国に帰還できるようにしておかなければ。⋯⋯そして、ヴィラード国王、彼女が何者なのか、知っておられるか?」
ザシャル先生が陛下に進言し、その口で、ヴィラード国王に質問を投げかけた。
「帝国の⋯⋯ダフ商会の令嬢であると。身分なら、巫女たる身で充分では?」
「調べが甘いですね。平民の娘なら、喜んで話に乗ると思われましたか?」
ザシャル先生の眠たげな眦が冷たくなった。
「残念でしたね。彼女は皇女孫ですよ。女王になるには充分すぎるほどの血筋ですが、属国の王如きが好きにできるはずもないでしょう?」
皇女孫の上、巫女。第三皇子であると同時に神子のミシェイル様とあんまり変わらない。ミシェイル様にそんな提案するかっていうと、しないだろう。つまり、小娘を侮ったわけね。
「わたくし、サープ様が穢してしまった大地を癒すのは、やぶさかではありませんのよ。でもサープ様の力を未来永劫、当てにされても困りますの。それではサープ様が健やかにお育ちになれませんわ」
育てかたを間違うと、また、禍ツ神になっちゃもんねぇ。
「聖女よ、其方はどう思う?」
癒すだけなら、私だけでも有りなのよね。でも、復興に必要なのは、カーラちゃんやサープ君のような、大地の守護者が最適かも。
でもなぁ、この王様ねぇ。力を失っていたとはいえ、加護宝珠をこれでもかと身に着けていたってことは、瘴気の存在を認識していたってことよね。そして自分の身だけ守ろうとしたんでしょ?
「ヴィラード国王様」
陛下とは呼ばない。さすがに呼び捨ては出来ないけど。
「あなたは、退位の意思があるんですね?」
「⋯⋯あ、ああ」
言い淀んだ。でも遅い、言質は取った。
「ヴィラード国の街道沿いの、最初の領主館に代官さんがいるんですよ。領民のために加護宝珠を払い下げてもらおうと、領主の言うことに従ってたんです。その人、育てて王様にしちゃったらどうでしょう?」
ヴィラード国王がビシッと固まった。
フン、一国の王が言質を取られるような真似をするからよ。
「陛下、私が浄化してシーリアとサープ君が大地を祝福して、その間にどなたかが代官さんを育てるというのはどうですか?」
「ふむ⋯⋯」
陛下が顎に手を当てて、考えるポーズをした。
「ユンは? 仲間外れ?」
ユンがほとんど黒に見える深い青色の瞳を揺らした。
「バロライのご領主様、なんで言うかな」
「ユンが言えば大丈夫。ユンも行く」
なら、守護龍さんも一緒だ。ヴィラード国王、ますます悪さ出来ないね~。白鷹騎士団は来るでしょ。シーリアが来るから、タタンも来るし。あとは代官さんの先生役。王様を育てるんだから、帝王学とかの先生だよね。陛下の伝手を頼るしかないかな。
「私も参りますよ。あの方を、王に育てるのでしょう?」
ザシャル先生がうっすらと微笑んだ。先生も代官さんのことは知ってるもんね。
「あの領主が、どんな表情をするのか楽しみですね」
「おお、其方がおったな。其方なら、新王の教育係として間違いない。どうせ教え子たちと共に行くのなら、その代官とやらを王位につけて国を立て直す手助けをするが良い」
あ、陛下、丸投げした。て言うか、小娘の思いつきみたいな案を採用しちゃっていいの? 陛下、代官さんに会ったことないでしょ?
「黄金の三枚羽⋯⋯いや、侯爵家の神童が育てると言っておるのじゃ。見込みはあるのだろうて」
丸投げでもなかった。ザシャル先生、そう言えば学院の客員講師だった。王家直属の魔術師の塔の最高位ってだけでなくて、侯爵家の三男でもあるんだっけ。皇家の血も引いてるし、適任なのかもしれない。
「恐れながら、陛下。ヴィラード国に聖女殿と巫女殿、そしてザシャル殿を派遣されるとなれば、白鷹騎士団だけではいささか、不安ではございませんか?」
ザトウクジラ⋯⋯じゃない、黒鯨騎士団のバッカス団長が真面目な顔で発言した。白鷹騎士団のフィッツヒュー団長は、苦虫を噛み潰したような表情はしてるけど、反論はしない。フィッツヒュー団長も不安はあるのね。
「⋯⋯ローゼウスの私兵団が張り切るんじゃないか?」
確かに。ただし、誰が私と一緒に行くかで、ものすごく揉めそうだけど。同じことを三兄様も思っているみたいで、明後日の方を見ている。一団の最後尾あたりにちゃっかり紛れ込んでいるアル従兄様も、微妙な表情をしている。
「彼らは国境の守護の要であろう。それにあくまでもローゼウス領の領民ではないか」
バッカス団長が正論を言った。フィッツヒュー団長は、ますます仏頂面になった。
「陛下、我ら黒鯨騎士団にヴィラード国の治安維持の任をお与えください」
「そうきやがったか!」
フィッツヒュー団長、一応ここ、陛下とヴィラード(辛うじて)国王の会談の場ですよ~。猫はかぶっときましょうね~。
それにしても、ほんとに『そうきやがったか』よね。白鷹騎士団は全騎士団の中でも一二を争う勇猛さらしいんだけど、ヴィラード国全土を見渡せるわけじゃないもの。どっかで反乱軍みたいなのが蜂起する可能性だってある。そんなとき、白鷹騎士団だけじゃどうにもならないもの。
「うむ。それもそうじゃ。黒鯨騎士団に命ずる、ヴィラード国に参る聖女を守護せよ」
「ははっ」
陛下、もうちょっと考えましょうよ!
そして、ヴィラード国王をほったらかしすぎ!
応援ありがとうございます!
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