少女魔法士は薔薇の宝石。

織緒こん

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綺麗にまとめるには、おっさんが邪魔。

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 男の子はキョトンとした表情カオで、あたりをキョロキョロ見回した。私たちを見つけると、コテンと首を傾げる。ふわふわした緑がかった茶色の髪が、ほっぺたに落ちかかった。

 動こうとして、べしょっと倒れる。

 手のひらを見て、グーパーして、擦り合わせ、マジマジと観察した。

「これは、なぁに?」

 マジか⋯⋯。手がわからないとか、人生⋯⋯じゃない、神生リセットしちゃったの?

 クルンとしたつぶらなお目目でこっちを見る。

「先生、どうしましょう。私、絶対に《沸騰》をかけられません」

「⋯⋯《フットウ》、先程の体液を煮立たせる魔術ですね」

「そうです、沸騰です」

 こっちの言葉で言い直すと、ザシャル先生がうなずいた。

「確かにあの惨たらしい魔術をかけるのは、躊躇する姿をしていますね」

 惨たらしくて悪かったですね! 私だって、心の底からそう思ってるわよ! 想像以上にグロかったわよ!

「ここは、どこ? もりにかえりたい。こんなヘンテコなカラダじゃ、どこにもいけない」

 びえびえと泣き出した。

 うぐっ、胸が痛い! 四~五歳くらいの男の子になってしまった禍ツ神を、大人が集団で虐めているようだわ!

「もう、害はなさそうですわ」

 一番はじめに驚愕から立ち直ったシーリアが、ツカツカとタタンに寄って上着をはぎ取ってから禍ツ神に歩み寄った。

「シーリア、いけません。其奴があなたをみめにする言ったのを忘れましたか?」

 ザシャル先生がシーリアの肩を掴んで引き留める。けれどシーリアはツンと顎を上げた。

「こんなお子様が、わたくしを妻にですって? 先生、可能だとお思いですの?」

 さすが淑女教育も完璧なシーリア、家に跡取りをもたらす重要性も叩き込まれている。妻と言う概念的な言葉に『男女のうにゃうにゃ』を含ませて、子どもには無理だと言い切った。

「しかし」

「坊や、お名前は?」

 シーリアはザシャル先生を無視して、すっぽんぽんの子どもにタタンから強奪した上着をかけた。剣を振り回しやすいように着丈が短かったけど、幼児の身体はすっぽりと収まった。

「なまえ? なに?」

 鬱陶しそうに上着を肩から落とそうともがきながら、しきりに首を傾げる。涙で濡れたほっぺたが真っ赤だ。

 うう、可愛い。

 どうしよう、困ったときのザシャル先生なんだけど、神様のことは守護龍さん神様に聞くべきかしら。

「あの子はもう、害はなさそうに見えるんですけど、まだ滅するべきなんでしょうか?」

 ユンにべったりしている守護龍さんに聞くと、彼は爬虫類の目でこっちをチラリと見ると、面白そうに笑った。

「見事に後退させたではないか。滅するより難しいぞ。ただの蛇から神に転じてすぐの姿であるな。蛇の姫と同じだ。これから慈愛と感謝だけを餌に育てば、良い神になるぞ。蛇の姫のように、良い神子を選べば良いが」

 って、守護龍さんは言うけど、なんかもう、シーリアで決まりな気がする。タタンの上着でくるんだ禍ツ神を膝に乗せて、背中をトントンしてるんだもん。禍ツ神もトロトロと目蓋をくっつけそうになっている。

「いいのよ、ねんねなさい」

「おねえちゃん、どこにもいかない?」

「ええ、起きるまで一緒にいるわ」

 シーリア、女神‼︎

 私よりナンボか聖女様よ!

 子ども相手にツンな要素は全く出ない。デレ全開でユラユラと身体を揺らしている。

「仕方ありませんね」

 ザシャル先生が溜息をついた。それと同時に、みんなの口から安堵の息が漏れた。

 私は腰が抜けて、へなへなとその場に座り込んだ。

 終わり?

 終わりよね?

 サーセン、私の仕事は残ってました! 

 瘴気にやられていたヴィラード国の兵士は、瘴気を全て禍ツ神が引き摺り出していたけど、敵味方合わせてみんなが怪我をしている。それをなんとかしなくちゃ。

 さて、まずはそこにいるアル従兄様にいさまに触れる。

「《浄化》」

 従兄様の身体から瘴気が抜けて、光が弾けてそれを打ち消す。

 抜けた腰をなんとかしゃんとさせて、今度は三兄様さんのにいさまの元へ行き、同じように《浄化》をかけた。斑らにどす黒く濁っていた肌が元に戻った。三兄様を膝枕しているタタンがホッと安堵の息を漏らした。途中から三兄様の護符がわりにくっついていたから、兄様の身体から瘴気が抜けて、ようやく微笑みを浮かべた。

「エリアス様、よかったぁ」

 いつもの気の弱い男の子だ。この子が魔法剣を振り回すなんて、いまだに信じられないけど。

 さて、最後の大仕事だ。

 天に向かって両手を掲げる。
 

「《癒光如薫風ゆこうかぜかおるがごとく》」


 揺蕩う治癒の光が緩やかな風に乗って流れていく。初めて治癒の風を吹かせたときと同じように、光るドライアイスが渦巻いて、光は人々を癒し終えるまで歌い、さざめいた。

 そうして、はじけて消えた。

 空は青い。風に揺れる樹々は鮮やかな緑。白い岩肌は所々無残にも抉られている。その中にあって、ひとりの男がむくりと起き上がった。

「ここは⋯⋯どこだ?」

 衣服である体裁を微塵も保っていない、鉤裂きだらけの王衣を纏った、髭面のおっさんが首を傾げた。

 ごめん、ヴィラード国王、全然可愛くない。同じ仕草で激烈可愛いスネちゃまを見たばっかりだし。

 スネちゃまって誰だって?

 蛇神⋯⋯スネークのスネちゃま。後でシーリアあたりが素敵な名前をつけてくれるわよ。

 それよりも、おっさん!

 立ち上がるな、こっち来るな、自分の格好を確認しろ!

 破れた上衣しか着てないでしょ⁈

 その、ぷらんぷらん、なんとかしてぇ‼︎
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