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聖女はこうして作られる。
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大兄様と次兄様は妹の一大事と伝言されて、飛ぶように演習場にやって来た。捕虜を移送して来た再従兄弟のイライアス従兄様も呼ばれて、天然の牢屋の前は人であふれた。
「なんと言うことだ、知識の宝珠とはこのように尊きものなのか⁈」
「なにを言っているんですか、兄上。宝石姫は生まれたときから尊いではないですか」
「そうであったな。馬鹿なことを申したものだ」
安定のシスコン。恥ずかしいから、口を閉じてくれないかしら。
「俺が爺様から預かったときは、怖気が走るような気狂いっぷりだったんだけど。なんでこんなに健やかに眠っちゃってんの?」
イライアス従兄様が目を見開いた。
「これを踏まえて、ロージー・ローズを前線に向かわせる許可を、領主代理にいただこうかと思っております」
ザシャル先生がにっこり笑った。
それを受けた大兄様が、とろりと色気を滴らせた。
なんだろう。日本にいたとき、こういうのって『コブラvsマングース』って言わなかった? 二人の背後に幻のコブラとマングースが見える気がする!
「我らが宝石姫を? 前線に?」
うっそりと大兄様が言った。次兄様もイライアス従兄様も、眼差しがツンドラ気候!
「前線ってさ、あの気狂いの集団がいるんだよ。そんなところに俺たちの薔薇姫を連れて行けっていうの?」
イライアス従兄は大叔父様と一緒に、ニシン砦で敵兵⋯⋯難民を追い払っている。治癒をかける前の状態、違う、その前の瘴気に冒された状態の集団を見てるってことよね。
「薔薇姫じゃなくても、あそこに女の子を連れて行くなんて、狂気の沙汰だ」
チラッとシーリアとユンを見て、イライアス従兄様は付け足した。
シーリアがちょっと驚いている。シーリア、ローゼウスの男ども、私に対して重すぎる愛を持ってるだけで、常識はあるのよ。心の中でイライアス従兄様をそっとフォローしておく。
「敵の正体が、朧げながら見えてきたのですよ」
「ヴィラード国王がおかしくなっているという報告は来ているが?」
大兄様、ヴィラード国王がおかしいのは最初からだから。でなきゃ侵略国家になんかならないでしょ。
「そのおかしくなった理由です。イライアス殿は実際に見えた彼らを『気狂い』と言いましたね。彼らは瘴気に冒され、身体を使われているようなのですよ」
「瘴気って、蛇神は浄化したのだろう?」
そう、ザッカーリャはカーラちゃんになって、今後は純粋培養で育っていただく所存だわ。
「ザッカーリャ山の蛇神を隠れ蓑に、別の邪神が力を蓄えていたようなんですよ。バロライの守護龍殿のお墨付きですよ」
嫌なお墨付きね。でも守護龍さんは神龍だから、信憑性がある。ていうか、ほぼ神託じゃんね。
「これが瘴気の主です」
ザシャル先生は懐から折りたたんだ懐紙を出して、開いて見せた。さっき見つけた蛇の脱け殻が現れる。懐紙には私が書き込んだ《浄化》の文字が入ってるから、ザシャル先生に害はない。⋯⋯害はなくても私は懐になんか入れたくないけど。
「⋯⋯宝石姫でなくば駄目なのか?」
「守護龍殿は聖女を担げと」
「薔薇姫が『聖女』、『薔薇の聖女』とか⋯⋯惣領、なんか響きが良くね?」
イライアス従兄様、せっかくカッコ良かったのに、残念になってるわよ! アル従兄様といい、存在にオチを付けずにいられないのかしら⁈
「難民たちが力尽きたあと、おそらく蛇神の力を纏った本隊が来るでしょう。屍から発生した伝染病で苦しむローゼウスの領民は、あっという間に蹂躙されるでしょうね。そうならないためには、難民たちを根絶やしにして、遺体を全て焼いてしまわなくてはならない。罪のない⋯⋯かはわかりませんが、あの難民たちをそうすることができますか?」
ザシャル先生の言うことは、エゲツないけど真実だ。難民たちを皆殺しにするか、私が浄化して治癒をするか、ふたつにひとつ。
大兄様が舌打ちをした。どちらがより良いか、わかってるからよ。ローゼウスの男どもは、私に対する過剰な愛情以外は常識がある。
聖女なんてガラじゃないけど、私も腹を括るしかない。
人間の生命と羞恥心、天秤にかけるわけにはいかないもの。
「大兄様、次兄様。私がみんなを守るから、私を兄様たちが守って!」
うぎゃあぁ、恥ずかしいッ!
私は女優、可憐な女優なのよ!
「お願い、兄様たち。私これ以上、人々が苦しむのを見たくないの⋯⋯‼︎」
言い切ったわ!
胸の前で指を組んだ祈りのポーズ、身長差ゆえの上目遣い。これでどうだ!
「なんて尊い!」
「天使だ!」
「よし、城砦に戻って宝石姫の警護隊を編成しよう。フィッツヒュー殿にも協力を願おうか」
次兄様が素早く段取りを始めたのを見て、ユンがポツリとつぶやいた。
「チョロい⋯⋯?」
言わないでーーッ!
「なんと言うことだ、知識の宝珠とはこのように尊きものなのか⁈」
「なにを言っているんですか、兄上。宝石姫は生まれたときから尊いではないですか」
「そうであったな。馬鹿なことを申したものだ」
安定のシスコン。恥ずかしいから、口を閉じてくれないかしら。
「俺が爺様から預かったときは、怖気が走るような気狂いっぷりだったんだけど。なんでこんなに健やかに眠っちゃってんの?」
イライアス従兄様が目を見開いた。
「これを踏まえて、ロージー・ローズを前線に向かわせる許可を、領主代理にいただこうかと思っております」
ザシャル先生がにっこり笑った。
それを受けた大兄様が、とろりと色気を滴らせた。
なんだろう。日本にいたとき、こういうのって『コブラvsマングース』って言わなかった? 二人の背後に幻のコブラとマングースが見える気がする!
「我らが宝石姫を? 前線に?」
うっそりと大兄様が言った。次兄様もイライアス従兄様も、眼差しがツンドラ気候!
「前線ってさ、あの気狂いの集団がいるんだよ。そんなところに俺たちの薔薇姫を連れて行けっていうの?」
イライアス従兄は大叔父様と一緒に、ニシン砦で敵兵⋯⋯難民を追い払っている。治癒をかける前の状態、違う、その前の瘴気に冒された状態の集団を見てるってことよね。
「薔薇姫じゃなくても、あそこに女の子を連れて行くなんて、狂気の沙汰だ」
チラッとシーリアとユンを見て、イライアス従兄様は付け足した。
シーリアがちょっと驚いている。シーリア、ローゼウスの男ども、私に対して重すぎる愛を持ってるだけで、常識はあるのよ。心の中でイライアス従兄様をそっとフォローしておく。
「敵の正体が、朧げながら見えてきたのですよ」
「ヴィラード国王がおかしくなっているという報告は来ているが?」
大兄様、ヴィラード国王がおかしいのは最初からだから。でなきゃ侵略国家になんかならないでしょ。
「そのおかしくなった理由です。イライアス殿は実際に見えた彼らを『気狂い』と言いましたね。彼らは瘴気に冒され、身体を使われているようなのですよ」
「瘴気って、蛇神は浄化したのだろう?」
そう、ザッカーリャはカーラちゃんになって、今後は純粋培養で育っていただく所存だわ。
「ザッカーリャ山の蛇神を隠れ蓑に、別の邪神が力を蓄えていたようなんですよ。バロライの守護龍殿のお墨付きですよ」
嫌なお墨付きね。でも守護龍さんは神龍だから、信憑性がある。ていうか、ほぼ神託じゃんね。
「これが瘴気の主です」
ザシャル先生は懐から折りたたんだ懐紙を出して、開いて見せた。さっき見つけた蛇の脱け殻が現れる。懐紙には私が書き込んだ《浄化》の文字が入ってるから、ザシャル先生に害はない。⋯⋯害はなくても私は懐になんか入れたくないけど。
「⋯⋯宝石姫でなくば駄目なのか?」
「守護龍殿は聖女を担げと」
「薔薇姫が『聖女』、『薔薇の聖女』とか⋯⋯惣領、なんか響きが良くね?」
イライアス従兄様、せっかくカッコ良かったのに、残念になってるわよ! アル従兄様といい、存在にオチを付けずにいられないのかしら⁈
「難民たちが力尽きたあと、おそらく蛇神の力を纏った本隊が来るでしょう。屍から発生した伝染病で苦しむローゼウスの領民は、あっという間に蹂躙されるでしょうね。そうならないためには、難民たちを根絶やしにして、遺体を全て焼いてしまわなくてはならない。罪のない⋯⋯かはわかりませんが、あの難民たちをそうすることができますか?」
ザシャル先生の言うことは、エゲツないけど真実だ。難民たちを皆殺しにするか、私が浄化して治癒をするか、ふたつにひとつ。
大兄様が舌打ちをした。どちらがより良いか、わかってるからよ。ローゼウスの男どもは、私に対する過剰な愛情以外は常識がある。
聖女なんてガラじゃないけど、私も腹を括るしかない。
人間の生命と羞恥心、天秤にかけるわけにはいかないもの。
「大兄様、次兄様。私がみんなを守るから、私を兄様たちが守って!」
うぎゃあぁ、恥ずかしいッ!
私は女優、可憐な女優なのよ!
「お願い、兄様たち。私これ以上、人々が苦しむのを見たくないの⋯⋯‼︎」
言い切ったわ!
胸の前で指を組んだ祈りのポーズ、身長差ゆえの上目遣い。これでどうだ!
「なんて尊い!」
「天使だ!」
「よし、城砦に戻って宝石姫の警護隊を編成しよう。フィッツヒュー殿にも協力を願おうか」
次兄様が素早く段取りを始めたのを見て、ユンがポツリとつぶやいた。
「チョロい⋯⋯?」
言わないでーーッ!
応援ありがとうございます!
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