少女魔法士は薔薇の宝石。

織緒こん

文字の大きさ
上 下
58 / 87

聖女はどこに⁈

しおりを挟む
 ひとりずつ順番に《浄光照射》をぶつけると、瘴気の抜けた三人は、ぐったりと地面に倒れ伏した。涎を垂らしてはくはくと浅い呼吸をしていて、生命いのちがあるのが不思議に思える。

 正直言って見ていたい姿じゃない。

 瘴気が抜けても、飢えが満たされるわけじゃない。《治癒》とか《快癒》って唱えてみればいいんだろうか? それとも《状態異常解除》とか?

「ザシャル先生⋯⋯、こっちの人、話を聞く必要がありますか?」

 雑兵っぽいけど武具を着けている。ただの農民よりはなにかを知ってるかも。でもこの人たち、放って置いたら死んでしまいそうだもの。

「後の始末をなにも考えなくていいのなら、助けることができると思います」

 加減が出来ないから、話を聞く程度とかに留められないけど。だから一度治しちゃったら、ごまかしが効かない。

 ユンの守護龍さんにお手柄を押し付けるか、カーラちゃんの力ってことにしちゃうか、私の存在を明らかにするか。

 私がなにもしないなら、白鷹騎士団の従軍医を急いで呼んでこなくちゃ、この三人は刻一刻と死に向かっている。

 それに⋯⋯この人たちを見るに、南の砦を囲んでいる難民は、ほぼこの状態なんだと思う。なにかの力で無理矢理身体を動かしているとして、心臓がいつまで保つんだろう? 心臓が止まっても動くの?

 最悪、南の砦は朽ちたご遺体の山に囲まれて、そこから病気が広がる可能性もある。

 なにより、そんな光景見たくない。

「聖女に祀りあげられるかもしれませんよ?」

「こうなったら、ローゼウス一族の私に対する過剰な愛情に期待しましょう。全力で守ってくれると信じてます」

「そうですか⋯⋯むしろ神格化して祀ってしまえば、警護もしやすいかもしれませんね」

「先生、人を生き神様にしないでください」

 聖女になる気はないけれど、先生も捕虜を助けることに異存はないみたい。

 周りに影響を与えたくないので、不本意ながら直接手で触れることにする。幸い格子の近くに倒れているから、中に入らなくてもいい。雑兵と思しき人の足に手を乗せる。足をこっち向きに投げ出して倒れてるから、そこしか手が届かないのよ。

「《治癒》」

 見た目の変化はない。垢じみたシャツの襟は垢じみたままだし、脂で固まった髪の毛もそのまんま。それでも、ドロに汚れたほっぺたが丸くなって、胸が規則正しく上下し始めた。

 直すのは身体であって、衣類じゃない。清潔になる効果もない。

「ひとまず、成功ですね」

「残りのふたりはどうしますか?」

「このままにしておくのも、心が痛いですね」

 先生がポツリと言ったので、私は無言で格子の向こうに手を伸ばした。こうなったらひとりもふたりも三人も一緒だわ。

 農民ふたりを癒しても、私の魔力にはなんの変化もない。大したことない中の中しかない魔力なのに、漢字で唱えるぶんにはほとんど消費しないの。聖句なんてまともに唱えるだけで、発動もしないのにゴッソリ魔力を持っていかれるっていうのにね。

「決めたましたわ、ロージー。わたくし、あなたの話し相手コンパニオンになりますわ。タタンも小姓にお雇いなさい」

 突然シーリアが腰に手を当てて言い出した。

「急になに?」

「あなたの存在が世に出たら、神殿や教会が保護に名乗りを上げますわ。高位貴族からもこぞって釣り書きが届くでしょうね。囲い込んで隔離して、いいように使う算段をつけますわよ。ローゼウスの皆さまが許すはずもないでしょうけど、下衆はどこにでもいますもの。その前に、身辺を心の許せる者で固めてしまった方がよろしくてよ」

 なんやかや理由をつけて神殿なりに留め置かれる可能性かぁ。話し相手コンパニオンや小姓なら、共に連れて行くことができるのね。

「ユンは?」

 ちょっと不安そうに、ユンが身を乗り出した。バロライの巫女姫を話し相手コンパニオンにはできないわね。

「ユンは神龍様の巫女ですもの。聖女様の親友だと言ってゴリ押せば問題ありませんわ」

 シーリアお嬢様の口からゴリ押しって⋯⋯。

「あい」

 ユンが嬉しそうに返事してるから、いいのかしら。

「では、黄金の三枚羽が後見に名乗りをあげましょう。侯爵家の三男という看板もそこそこ大きいですよ」

 ザシャル先生まで乗ってきた!

「カーラ様に、神託もらう?」

 ユン、それ神託のヤラセだから! ミシェイル様を通じて頼めば、あっさりくれそうな気もするけど!

 なんでみんな、聖女製造計画に乗り気なの? 守護龍さんやカーラちゃんの神威とかって、誤魔化す方法だってあるんじゃ無いの⁈

「あの⋯⋯」

 ヤイヤイ言ってたら、タタンがおずおずと寄ってきた。そうよね、あなたも勝手に小姓にされたら大変よね!

「あれって⋯⋯気味悪くないですか?」

 指差した先に、カサッとした紙屑? 茶緑で斑模様が見える⋯⋯蛇の脱け殻の切れっぱし?

 小さくてよく見えなくて、話を中断してそばに寄ってみた。

 やっぱり蛇の脱け殻。

「ほう、隠れんぼをしていたのは、蛇神か。ザッカーリャの陰に潜むには、もってこいの禍ツ神であるな」

 え? 蛇の神様、もう一柱⁈

「聖女でも担がねば、面倒な相手だな」

 守護龍さん⁈

 なに言ってるの⁈
しおりを挟む
1 / 4

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

箱庭の支配人──稀人は異世界で自由を満喫します?

ファンタジー / 完結 24h.ポイント:21pt お気に入り:82

異世界で僕…。

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:0pt お気に入り:24

狗神村

ホラー / 完結 24h.ポイント:0pt お気に入り:1

BEGINNER's RACK

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:0pt お気に入り:0

最終兵器・王女殿下は一途過ぎる

恋愛 / 完結 24h.ポイント:35pt お気に入り:862

夫に「好きな人が出来たので離縁してくれ」と言われました。

恋愛 / 完結 24h.ポイント:3,500pt お気に入り:3,913

処理中です...