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ご先祖様は自治会長。

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 さすがにローゼウス家の男たちは武張ぶばったことがお得意である。そうと決まれば戦の支度は早い。ものものしい中にもどこか高揚感が混じって、戦支度中ならではの空気だわ。

 そんな中、私は大人組を外した旅の仲間と共に、母様御用達の彫金師の工房に来ていた。親方に場所を借りて作るのは、カーラちゃんの護符。もちろんザシャル先生の許可は取ってある。

 カーラちゃん、存在が綺麗すぎて何にでも染まってしまうので、再び悪意を取り込む可能性はゼロじゃない。旅の間はミシェイル様にくっついていたけど、これから先死ぬまで一秒たりとも離れないとか不可能だもんね。

 表の意匠は親方が施した美しい紋様の中からミシェイル様が選んで、裏側に私が《漢字》を彫金する。これでめったなことがない限り、カーラちゃんが瘴気を溜め込むことはない。

「わたくしはミシェイルのそばにいられれば良いの」

 護符がなくてもミシェイル様のそばにいたいってのはわかるけど、生活に支障が出るからね。

「ダメ。女の子は好きな人には、秘密を持つの。内緒でお洒落して、驚かせたりしたくない?」

「それは⋯⋯したいかもしれない」

「わたくし、カーラ様の髪、一度結ってみたかったんですのよ。触れてもよろしくて?」

 私がひたすらカンカンたがねを打ち込んでいると、ユン、シーリア、カーラちゃんが女子トークをしている。うまい具合に護符を持たせる方向に話を進めている。

 ミシェイル様とタタンはちょっと居た堪れない様子だわ。お年頃の女の子の会話はちょっとドキドキするわよね。

 カーラちゃんぶん一枚だけだから、そんなに時間はかからなかった。よかった、今までで一番出来がいいわ。神様に渡すのに、へなちょこ文字じゃかっこつかないもの。

 出来上がった護符をミシェイル様に渡すと、はにかんだ笑顔を浮かべてカーラちゃんの首にかけた。向かい合うふたりが尊すぎて、めまいがするかと思ったわ。

 よし、これでひとまず、私がローゼウスでやらなきゃいけないことは終わった。

 親方に礼を言って工房を後にする。外で待っていたローゼウスの家人に囲まれて、領内を城砦に向かって歩く。領内とは言え皇子殿下と神様が一緒にだもの。一応護衛はつく。

「嬢さん、嬢さん。ヴィラード国はどんなでしたかね」

 家人が気安く口を聞いた。

「歩ける男は全員盗賊予備軍って感じ。もともと他国に侵攻して略奪するのが、ヴィラードのお家芸じゃない? 躊躇いがないのよね」

 国境沿いの住人は、最近でもちょこちょこ境界を超えてきてたし。ヴィラード国の南北にあった国々は侵略されて地図から消えて久しいもの。

「面倒だから、王さんの首、討っちまえばいいのにねぇ」

「それを決めるのは偉い人でしょうよ」

「ちげぇねぇや」

 軽い口調で話す私たちを、荷台を押した人々が追い抜いていく。歩きなれていないカーラちゃんに合わせて、私たちはずいぶんゆっくり進んでいる。

「食料が城砦に運ばれてるわね」

「いざと言う時の、蓄えですよ。騒動が収まれば、また返却されるし」

 略奪されそうなものは、先に城砦に預けちゃうのよ。本当は違うのよ。徴収とかそんなはずなんだけど、使わなかったら返すから、住民も気軽に出してくれる。それに本当に万が一の時は、住民も城砦に逃げ込んで籠城するもの。

「皆様、随分なれていらっしゃるわね」

 シーリアが感心したように言った。

「代々、避難訓練が続いているのよ」

「避難訓練?」

 ヴィラード国からの侵攻が頻繁なせいで、ローゼウス領の人々は危機感が強い。私兵を持つことを許されるような土地だもの。岩場での演習は欠かさないし、祭りやなんやとかこつけて、やたら炊き出し訓練をする。

 その際たるものが領主の誕生祝いよ。

「領主の誕生日はね、領をあげて避難訓練をするの」

「なんですか、それ?」

 タタンが不思議そうに首を傾げた。

「領内の城砦や砦から一斉に祝砲が上がるの」

「よく、ある」

 そう、よくあるわよ。

「その祝砲を敵襲の合図ってことにして、自分の家から一番近い砦に駆け込むのよ」

 各家で相談して、どこの砦に向かうか登録を義務付けている。名簿にある人がいなかったら、行方不明になってるってことだもの。

「で、皆で炊き出し訓練して、お腹いっぱい食べて、振る舞い酒を呑んで帰るの」

 ちなみに一番先に家族全員が揃った家庭には、ご褒美が出る。

「すごいのね」

「私が生まれるよりずっと前、本格的に危なかったことが数回あったらしいんだけど、逃げ遅れた人はひとりもいないのよ」

 逃げる場所もルートもわかってるから。

 年に一度の領をあげての避難訓練。侵攻を経験したお年寄りは、領主の誕生祭のありがたみをよくわかってくれている。

「帝都じゃ難しいな」

 ミシェイル様が歩きながら腕を組んで考えこんだ。多角形城砦ができた当時ならともかく、帝都の住民はお城に入りきれないものね。

「それ以前に帝都まで侵攻されていたら、すでに国は壊滅してます」

 タタンが苦笑して言った。そりゃそうだ。

 ローゼウス領は弓形に縦に長い領地なんで、端っこに住んでる領民は点在する砦に逃げるんだけどさ。この砦がまた便利に使われていて、村の結婚式とか寄り合いが開かれるときとか、会場になるのよ。そんな使われ方、帝都の公共の建物じゃ無理でしょ。

「もしかして、あなたのご先祖様かその側近の方、知識の宝珠だったのではなくて?」

「私も思ったわ」

 それも、めっちゃ自治会長な人よね。

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