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揺れる大地と商人の閃き。
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代官を領主の元に帰して、私たちは旅を続けた。手ぶらで帰って領主に叱責を受けるかもしれないけど、それは私たちの責任じゃない。
ユンは聖女じゃない。少なくとも、彼らが求める便利な加護宝珠のかわりにはならない。守護龍さん、ユンが自我を保てないほどのピンチ(死にかけるとか)に陥ったら、自分の存在の消滅を賭けてでも無召喚で飛び出して来るかもしれないので、結果的にあのゲスい領主の命を救うことにもなる。
同じことを思ったのか代官を見送ったあと、ユンがポツリと言った。
「フェイに館を、めちゃくちゃにして貰えばよかった?」
「下働きの人が、路頭に迷うからダメですよ~」
タタン、気配りの子!
進めば進むほど、土地が荒れて来る。乾いて枯れてるんじゃなくて、人間の手が入っていない、放置田畑ばかりってこと。かつては畝があったであろう畑はボウボウに草が茂り、その一角を女性と子どもが耕していた。六畳ほどのそこだけ、畑の体を成しているけど、作物は実っていない。
「女性は正気のようですね」
体力も気力も限界に見えるけど、なんとかしようと言う意思は見える。
男性の姿は見えなくて、多分伏せっているか既に他界しているかなんでしょうね。
ヴィラード国に潜入調査をしていたアル従兄さまの案内で、領主館の周りは迂回して進む。あのゲスい領主みたいなのには引っかかりたくないもの。
ザッカーリャ山はそこそこ標高がある。山頂にはいつも黒い雲がかかっている。地面も時折揺れる。東の方から夜逃げのように荷車を押して来る一家とすれ違うことも多いけど、彼らは私たちになんて目もくれない。
馬も馬車も、なにより健康そうな私たちすらも気にする様子がない。これって異常だと思う。お腹が空いているときに、食べるものを持っていそうな一団がいて、一瞬でも心が揺れないはずないもの。
「今日は早めに休みましょう」
馭者台からザシャル先生が言った。チラチラと幌の中を気にしている。
この二~三日、ミシェイル様の体調が良くない。瘴気の影響はない。でもたった十歳で、しかも王城で守られて育った皇子様が、半月近くも馬車に揺られて移動しているんだもの。
ヴィラード国に入ってからは、夜もずっと土の上で眠っているし、一緒のテントで護衛しているアリアンさんが言うには、夜中に何度もうなされているらしい。疲れが溜まっても仕方がない。
こんなとき、ミシェイル様は強がったり遠慮したりしない。そうすることで結果的に、今よりさらに迷惑をかけることを理解しているからよ。上に立つ者の教育がしっかり行き届いている。
「馬車が停まっても、ずっと揺れているみたい」
青い顔をしたミシェイル様が、ウッとえづいた。疲労に馬車酔い、それに地震酔いってとこね。三半規管がやられちゃっんだわ。地面が揺れるのはどうしようもない。
前世なら、迷わず車酔いの薬を飲ませるんだけど、そんなものはない。
「ミシェイル様は良く頑張っておられます。焦らず休養をとりましょう」
ミシェイル様を馬車の荷台に寝かせたままテントの支度をして、準備ができたらアリアンさんが抱いて移動した。
このままペースを落として進んでも、あと三日くらいでザッカーリャ山の麓に着く。問題はその後よ。
大人は三合目付近までしか登れない。それも平時のこと、ザッカーリャが目覚めている今、どこまで登れるのかわからない。
子どもだけで、自力で歩けないミシェイル様を連れて行ける?
シーリアも竈門に乗せた鍋をかき回しながら何かをずっと考えている。やがて彼女は薄く微笑んだ。商売人の顔だわ。
「ねぇ、ロージー。商談はこちらから出向くばかりじゃなくてよ。あちらに出向いていただけばよろしいのよ」
「出向いてもらう?」
「向こうにとって、出向くだけの価値があれば、飛んできますわよ」
ザッカーリャにとっての、価値あるもの。
「ザッカーリャの神子が麓まで来ていると教えて差し上げればよろしくてよ」
なるほど。そりゃ飛んでくるわ。
学生四人で登って、誘き出すのね。
うまくすれば最終決戦にザシャル先生たちを引っ張り出せる。
先生たちは反対はしないだろう。元々ミシェイル様も含めた子ども五人で登るはずだったんだもの。特にアリアンさん、大事な皇子様の負担を減らすんなら、大賛成でしょうよ。
シーリアが大きく頷いたので、私も笑った。
ユンは聖女じゃない。少なくとも、彼らが求める便利な加護宝珠のかわりにはならない。守護龍さん、ユンが自我を保てないほどのピンチ(死にかけるとか)に陥ったら、自分の存在の消滅を賭けてでも無召喚で飛び出して来るかもしれないので、結果的にあのゲスい領主の命を救うことにもなる。
同じことを思ったのか代官を見送ったあと、ユンがポツリと言った。
「フェイに館を、めちゃくちゃにして貰えばよかった?」
「下働きの人が、路頭に迷うからダメですよ~」
タタン、気配りの子!
進めば進むほど、土地が荒れて来る。乾いて枯れてるんじゃなくて、人間の手が入っていない、放置田畑ばかりってこと。かつては畝があったであろう畑はボウボウに草が茂り、その一角を女性と子どもが耕していた。六畳ほどのそこだけ、畑の体を成しているけど、作物は実っていない。
「女性は正気のようですね」
体力も気力も限界に見えるけど、なんとかしようと言う意思は見える。
男性の姿は見えなくて、多分伏せっているか既に他界しているかなんでしょうね。
ヴィラード国に潜入調査をしていたアル従兄さまの案内で、領主館の周りは迂回して進む。あのゲスい領主みたいなのには引っかかりたくないもの。
ザッカーリャ山はそこそこ標高がある。山頂にはいつも黒い雲がかかっている。地面も時折揺れる。東の方から夜逃げのように荷車を押して来る一家とすれ違うことも多いけど、彼らは私たちになんて目もくれない。
馬も馬車も、なにより健康そうな私たちすらも気にする様子がない。これって異常だと思う。お腹が空いているときに、食べるものを持っていそうな一団がいて、一瞬でも心が揺れないはずないもの。
「今日は早めに休みましょう」
馭者台からザシャル先生が言った。チラチラと幌の中を気にしている。
この二~三日、ミシェイル様の体調が良くない。瘴気の影響はない。でもたった十歳で、しかも王城で守られて育った皇子様が、半月近くも馬車に揺られて移動しているんだもの。
ヴィラード国に入ってからは、夜もずっと土の上で眠っているし、一緒のテントで護衛しているアリアンさんが言うには、夜中に何度もうなされているらしい。疲れが溜まっても仕方がない。
こんなとき、ミシェイル様は強がったり遠慮したりしない。そうすることで結果的に、今よりさらに迷惑をかけることを理解しているからよ。上に立つ者の教育がしっかり行き届いている。
「馬車が停まっても、ずっと揺れているみたい」
青い顔をしたミシェイル様が、ウッとえづいた。疲労に馬車酔い、それに地震酔いってとこね。三半規管がやられちゃっんだわ。地面が揺れるのはどうしようもない。
前世なら、迷わず車酔いの薬を飲ませるんだけど、そんなものはない。
「ミシェイル様は良く頑張っておられます。焦らず休養をとりましょう」
ミシェイル様を馬車の荷台に寝かせたままテントの支度をして、準備ができたらアリアンさんが抱いて移動した。
このままペースを落として進んでも、あと三日くらいでザッカーリャ山の麓に着く。問題はその後よ。
大人は三合目付近までしか登れない。それも平時のこと、ザッカーリャが目覚めている今、どこまで登れるのかわからない。
子どもだけで、自力で歩けないミシェイル様を連れて行ける?
シーリアも竈門に乗せた鍋をかき回しながら何かをずっと考えている。やがて彼女は薄く微笑んだ。商売人の顔だわ。
「ねぇ、ロージー。商談はこちらから出向くばかりじゃなくてよ。あちらに出向いていただけばよろしいのよ」
「出向いてもらう?」
「向こうにとって、出向くだけの価値があれば、飛んできますわよ」
ザッカーリャにとっての、価値あるもの。
「ザッカーリャの神子が麓まで来ていると教えて差し上げればよろしくてよ」
なるほど。そりゃ飛んでくるわ。
学生四人で登って、誘き出すのね。
うまくすれば最終決戦にザシャル先生たちを引っ張り出せる。
先生たちは反対はしないだろう。元々ミシェイル様も含めた子ども五人で登るはずだったんだもの。特にアリアンさん、大事な皇子様の負担を減らすんなら、大賛成でしょうよ。
シーリアが大きく頷いたので、私も笑った。
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