少女魔法士は薔薇の宝石。

織緒こん

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現実の惨状。

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 帝国とヴィラード国は仲が悪い。ちょっかいさえかけてこなければ、帝国側は気にしないんだけど、あちら的に帝国はとても気になる国なのだ。主に資源的問題で。仲良くして支援を求めた方が建設的だと思うんだけど、そこは偉い人の考えることよ。

 下々の者は搾取されることに疲れ果て、気力のある人は国を捨てる。気力のない人は、搾取されるままで一生を終える。それも帝国の平均よりもかなり短い年月で。

 私たちは国境の関所を堂々と抜けた。このために冒険者ギルドに登録したんだもの。名前(ニックネーム可)とランク、所属ギルドが表に記載されている。他の細かい情報は裏面にあって、そっちは特殊なシールドが掛かっていて、ギルドで装置にかけないと読み取りができない。

 ギルドマスターが「コジンジョウホウホゴとやらのためって、初代が決めたんだ」と言っていた。もう絶対、初代の人オタクな日本人でしょ。

 ともかく、その便利なギルドカードによって身元が証明された私たちは、ヴィラード国の街道をゆるゆる進んだ。あまり急ぎすぎて、悪目立ちするのも嫌だ。

 冒険者らしく人助けをしたりなんかして、人目のあるところでは慎ましく夜営をした。

 馬車の荷台に隠れるように座っているミシェイル様が、日に日に元気をなくしていく。東に進むごとに増える物乞いと浮浪児たちに、心が押しつぶされそうになっているのがわかる。

「以前に潜入した時も酷かったが、ここまでじゃなかったよ」

 アル従兄様が苦い声で言った。

 何度もヴィラード国に潜入調査している実績を買われて、父様に推薦されて一緒に来ているんだけど、その従兄様が眉を顰めている。従兄様とふたり乗りで騎乗しているんだけど、従兄様が絶えず緊張しているのがわかる。いい装備を持った私たちは、略奪の対象になるんだわ。

 馬だって立派な食糧だもの。

「どんなに小さな子どもでも、食べ物をあげちゃダメ」

 馬車に乗ったユンがポソリと言って、ミシェイル様がうなずいた。

 誰かひとりになんて許されない。ひとりに渡せばあっという間に囲まれちゃうだろうし、最初のひとりが無事でいられるかもわからない。暴力の果てに奪われるのが想像できる。

 街道の真ん中に寄ってくるのは子供ばかりだ。大人は離れたところから覗き見ていて、幼い子どもの飢えた様を見せて同情を誘っているんだろうな。

 こっそり何かできないかな。

「ダメですよ、ロージー・ローズ。こんなのでも国として機能しているんです。街道沿いに浄化なんてして歩いたらその先頭にいる私たちなんて、すぐに怪しまれますよ」

 ザシャル先生、先に釘を刺してくれてありがとう。内緒で呟いちゃうところだったわ。

 反省⋯⋯。

「さて、そろそろ今夜の夜営地を決めねばなりませんね。人目があって手出しされにくい人里の近くと、何かあっても隠蔽出来そうな森の入り口、どちらにします?」

 アリアンさんがいい笑顔で言った。この人爽やかなんだけど、ちょいちょい黒いのよね。

「シーリア・ダフ。あなたの意見は?」

 ザシャル先生が講義の口調で言った。シーリアは私とは馬車を挟んだ反対側にいて、アリアンさんとふたり乗りで騎乗している。チラッと後ろを向いてアリアンさんを見ると、爽やかに微笑まれてな鼻白んでいた。

「わたくしなら森の入口にします。人里は全員が加害者になったら、人目もなにもありませんわ。飢えを前にして良心は脆く、また、集団心理が働くことも考えられます。幼い子どもの飢えを満たすという、彼らなりの正義に則るでしょうしね」

 ふわぁ、これが成人前の少女が考えることなの⁈ この辺を治める領主より、ちゃんと考えてるんじゃないしら。

 ザシャル先生が満足そうにうなずいた。

「反対意見は?」

 誰からも出ない。私としては「ぐぅの音も出ないわよ!」って叫びたいくらいよ。

 後をついてくる子どもたちも家から離れるのは不安なのか、森の入り口までは来なかった。馬を繋いでテントを張り、アル従兄様がユンとミシェイル様をつれて森に入った。従兄様は腰の剣、ユンとミシェイル様はそれぞれ弓矢とスリングショットを手にしている。従兄様、狩りに剣は不向きではないの?

「領民があれだけ飢えているのに、獲物が残っているんでしょうか?」

 タタンが不安そうに言った。この子、気が弱そうな割に、世の中をよく知っている。剣の腕といい、商会長の秘書の息子と言うには謎が多い。

「⋯⋯緑は豊かに見えますが」

 土地が痩せて作物が育たないんじゃなかったっけ?

 疑問に思いながらも、私は馬車の荷台によじ登った。幌の中で土の入った麻袋を開いて種を撒く。外からは、なにをやっているのか見えない。

 収穫した後は、シーリアが荷台の外から覗き込んで、風の聖句を唱えて茎を乾燥させてくれた。これは火を焚くときの焚き付けになる。タタンがその辺で拾ってきた柴も全部まとめて乾燥させるので、シーリアがいると焚き付けに困らない。ありがたや~。

 野菜を煮込んでスープを作っていると、狩りに行った三人が戻ってきた。兎と雉をぶら下げている。丸々太っていて、どうして人間が飢えているのか理解できない。

「瘴気のせいで、体力も思考力も低下しているのかもしれません。狩りが上手くいかないのでしょう」

「動物も同じ空気を吸ってますよ?」

「⋯⋯ザッカーリャ様が憎いのは、人間の男だけですから」

 最初の神子を殺した、人間の男。

 なるほど、瘴気に蝕まれるのは、大人の男性が中心なのね。働き盛りが瘴気に冒されて、狩猟も農耕も滞って、女子どもも飢えるのか。

 推測はそこまでにして、私たちは思いの外豪華になった夕食を摂ることに専念した。
 
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