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皇子様は前を向く。
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テントを張って馬車を中心にベースキャンプを作る。ローゼウスの城砦に行く前に、三日ほど最終訓練をすることになった。
シーリアはザシャル先生と炎と風をミックスして使う訓練をして、大きな火柱を立てていた。うん、ここじゃなきゃ出来ないわ。
アリアンさんとアル従兄様はタタンを集中的に見ていた。特にアリアンさんは魔法剣士で、タタンが剣に振り回されないよう、魔力を通しての特訓を繰り返していた。
ユンは久々に守護龍さんを呼び出した。
「あんまり間隔が開くと、拗ねる」
多分神様な守護龍さん、拗ねるんだ⋯⋯。
そんな守護龍さんは愛しい巫女姫を、胡座を組んだ足の間に座らせてご満悦である。その姿勢のまま、ユンは黙々と木を削り出して矢を作っていた。
矢尻のない、削り出しだけの矢は結構えげつなかった。先を尖らせた上に返しを作る、カタカナの『レ』みたいな先端は、引き抜く時は多大な痛みを伴うだろう。バランスを取るための羽もつけない。
「その場で調達するのに、いちいち羽なんて探せない」
なんとも実践的な理由だった。
そのユンの作業をミシェイル様は隣でじっと見ている。
「ミシェイル様でも、使えるもの、探す?」
「えっ、良いの?」
ミシェイル様がパッと顔を輝かせた。ユンは手近に堆く積んだ乾いて硬くなった枝(シーリアに乾燥してもらった)を突き崩した。いくつか枝を見比べて、最終的にY字になった枝を選ぶと弦を張り、スリングショットを作った。
「あんまり大きいと、力が足りない。このくらいなら、当たれば、ウサギが獲れる」
日本では威力の弱いものは子どもの玩具(パチンコ)扱いだけど、本来は立派な猟具だもんね。
「ここ、広い。人に向けないなら、練習する場所、いっぱい」
「ありがとう!」
ミシェイル様はとても嬉しそうだ。やっぱりなにもしないでいるの、心に負担だったんだろうね。勇者だったふたり目の記憶が剣の使い方を教えてくれても、小さな体じゃ持ち上げも出来ないから、無理のない範囲でストレッチとかしてるんだもん。
礫は足元にいっぱい転がってる小石でいい。ユンの弓矢みたいに、矢を作り続けなくてもなんとかなる。
ザッカーリャを宥めることが出来るのは、殿下だけ。守護龍さんがユンにべったりなのを見れば納得する。
守護龍さんが言うには、ザッカーリャに次はない。眠らせるだけでは次に目覚めたとき、確実に邪神に落ちている。今はまだ、辛うじて行ったり来たりの状態なんだって。
この旅の終わりでミシェイル様がザッカーリャを正気に戻せなかったら、私たちは彼女を消滅させなければならない。スリングショットで邪神の卵相手になにが出来るかわからないけど⋯⋯。
ミシェイル様はユンに言われて、足元の小石を集め始めた。礫にするのにちょうどいい石を見つけて
辺りを見回す。誰かにぶつけたりしないように場所を選ぶと真剣な目でスリングショットに礫をつがえた。
玩具を手にした子どもじゃない。決意した男の子の目だ。
ザッカーリャが相手なら、私の魔法は結構イケるんじゃないかと思う。ザッカーリャ山は地震であちこち崩れて、人はほとんど近寄らないって言うもの。《暴風》とか《業火》とかガンガンいっても誰かに見られたり、巻き込んだりしないよね。
威力は見ておきたいけど、ザシャル先生に相談してからだなぁ。
後で燃やすとして、先生に見せるために思いつく言葉を書き出していく。
《暴風》
《業火》
《雷撃》
《竜巻》
《鉄砲水》
⋯⋯鉄砲水? ちょっと間抜けかしら?
漢字を書いた紙にこっちの言葉で意味を追加していく。
時々ミシェイル様をチラチラ見ながら書き連ねる。ミシェイル様はまじめにスリングショットを練習している。岩の上に拳大の石を置いて狙いを定める姿は真剣だ。
前世の記憶に押しつぶされなきゃいいんだけど。アラサーOLひとり分の記憶でも、混乱したんだもん。それが同一の魂だとしても、複数人。たった十歳の男の子が抱え切れるものじゃない。
記憶の中の神子たちが愛したザッカーリャを、屠らなければならないかもしれない。
一生懸命さが切ない。
わたしは書き散らかしていた手を止めて、ミシェイル様の後ろ姿を見つめたのだった。
シーリアはザシャル先生と炎と風をミックスして使う訓練をして、大きな火柱を立てていた。うん、ここじゃなきゃ出来ないわ。
アリアンさんとアル従兄様はタタンを集中的に見ていた。特にアリアンさんは魔法剣士で、タタンが剣に振り回されないよう、魔力を通しての特訓を繰り返していた。
ユンは久々に守護龍さんを呼び出した。
「あんまり間隔が開くと、拗ねる」
多分神様な守護龍さん、拗ねるんだ⋯⋯。
そんな守護龍さんは愛しい巫女姫を、胡座を組んだ足の間に座らせてご満悦である。その姿勢のまま、ユンは黙々と木を削り出して矢を作っていた。
矢尻のない、削り出しだけの矢は結構えげつなかった。先を尖らせた上に返しを作る、カタカナの『レ』みたいな先端は、引き抜く時は多大な痛みを伴うだろう。バランスを取るための羽もつけない。
「その場で調達するのに、いちいち羽なんて探せない」
なんとも実践的な理由だった。
そのユンの作業をミシェイル様は隣でじっと見ている。
「ミシェイル様でも、使えるもの、探す?」
「えっ、良いの?」
ミシェイル様がパッと顔を輝かせた。ユンは手近に堆く積んだ乾いて硬くなった枝(シーリアに乾燥してもらった)を突き崩した。いくつか枝を見比べて、最終的にY字になった枝を選ぶと弦を張り、スリングショットを作った。
「あんまり大きいと、力が足りない。このくらいなら、当たれば、ウサギが獲れる」
日本では威力の弱いものは子どもの玩具(パチンコ)扱いだけど、本来は立派な猟具だもんね。
「ここ、広い。人に向けないなら、練習する場所、いっぱい」
「ありがとう!」
ミシェイル様はとても嬉しそうだ。やっぱりなにもしないでいるの、心に負担だったんだろうね。勇者だったふたり目の記憶が剣の使い方を教えてくれても、小さな体じゃ持ち上げも出来ないから、無理のない範囲でストレッチとかしてるんだもん。
礫は足元にいっぱい転がってる小石でいい。ユンの弓矢みたいに、矢を作り続けなくてもなんとかなる。
ザッカーリャを宥めることが出来るのは、殿下だけ。守護龍さんがユンにべったりなのを見れば納得する。
守護龍さんが言うには、ザッカーリャに次はない。眠らせるだけでは次に目覚めたとき、確実に邪神に落ちている。今はまだ、辛うじて行ったり来たりの状態なんだって。
この旅の終わりでミシェイル様がザッカーリャを正気に戻せなかったら、私たちは彼女を消滅させなければならない。スリングショットで邪神の卵相手になにが出来るかわからないけど⋯⋯。
ミシェイル様はユンに言われて、足元の小石を集め始めた。礫にするのにちょうどいい石を見つけて
辺りを見回す。誰かにぶつけたりしないように場所を選ぶと真剣な目でスリングショットに礫をつがえた。
玩具を手にした子どもじゃない。決意した男の子の目だ。
ザッカーリャが相手なら、私の魔法は結構イケるんじゃないかと思う。ザッカーリャ山は地震であちこち崩れて、人はほとんど近寄らないって言うもの。《暴風》とか《業火》とかガンガンいっても誰かに見られたり、巻き込んだりしないよね。
威力は見ておきたいけど、ザシャル先生に相談してからだなぁ。
後で燃やすとして、先生に見せるために思いつく言葉を書き出していく。
《暴風》
《業火》
《雷撃》
《竜巻》
《鉄砲水》
⋯⋯鉄砲水? ちょっと間抜けかしら?
漢字を書いた紙にこっちの言葉で意味を追加していく。
時々ミシェイル様をチラチラ見ながら書き連ねる。ミシェイル様はまじめにスリングショットを練習している。岩の上に拳大の石を置いて狙いを定める姿は真剣だ。
前世の記憶に押しつぶされなきゃいいんだけど。アラサーOLひとり分の記憶でも、混乱したんだもん。それが同一の魂だとしても、複数人。たった十歳の男の子が抱え切れるものじゃない。
記憶の中の神子たちが愛したザッカーリャを、屠らなければならないかもしれない。
一生懸命さが切ない。
わたしは書き散らかしていた手を止めて、ミシェイル様の後ろ姿を見つめたのだった。
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