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ほったらかされてます。

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 父様とフィッツヒュー団長との面会は、日延になった。団長さんはどっかの居酒屋店員ばりに「喜んで!」とか言ったらしいけど、どっかから待てがかかったんですって。

 騎士団預かりになる話しは具体的に説明されないまま、私と三人のクラスメイト、プラス人外のイケメンは、学院で隔離授業を受けていた。なんか、不登校学生の保健室登校みたいになってるけど、学院長がビビりまくってこうなったみたい。

 教員はザシャル先生しか来ない。

「⋯⋯一般教養はいいのかしら」

 魔術理論や魔力誘導の訓練はザシャル先生が適任かもしれないけど、一般教養や格技、剣術は専門外なのよね。

 守護龍さんが天空そらから降ってきた姿は、学院からも見えていたらしい。学院の偉い人は教育者なだけあって、バロライの守護龍についての文献も勉強していた。

 その強大な力の持ち主が、未成年の少年少女に混じって教室で和気藹々と戯れる姿など、想像できない。見目良い巫女姫キ・ハ・ユンに、守護龍基準で無礼を働く生徒がいないとも言い難い。恋文を渡した学生が抹殺などされては困る。

 と言う説明を、相変わらず眠たげな目元をしたザシャル先生が淡々としてくれた。

 結局、守護龍さんが現れてから十日ほどはその状況が続いて、その間にシーリアは魔力の制御を完璧にし、タタンは地味に筋トレと素振りと剣に魔法を通す訓練を繰り返した。

 ユンは静かに一般教養の自習をしている。バロライ領は自治区の様相を呈しているので、習う歴史はバロライ側から見たものだし、算術はあまり重要視されていないということで、帝国の常識に準じていないところがある。そこを埋めるために学院に来たらしいのに、授業を受けさせてもらえないのはかわいそうだ。ときどきシーリアに質問している。

 私は魔術理論の教科書に載っている基本の聖句を、漢字変換しては先生に見せて、先生はすぐに紙を燃やした。万が一紛失したら困るから、そこは徹底している。

『麗しき女神の生みし命の粒よ、目覚めてこうべを上げ給え。陽光眩しくその身に浴びて、健やかなることの喜びよ。芳しき香気が満ちるとき、その翼を大きく広げ給え』

 なにがしたいのか、さっぱりわからないでしょ?

 これを私なりに咀嚼して漢字一文字にするとだね。

〈咲〉

 植木鉢に種を植えて、一言呟いたら、芽が出て茎が伸び葉っぱが生えて花が咲きましたとさ。

 聖句を分解して噛み砕く。

『麗しき女神の生みし命の粒よ』が種子。

『目覚めてこうべを上げ給え』が発芽。

『陽光眩しくその身に浴びて』で光合成して。

『健やかなることの喜びよ』は元気に育てよってとこ。

『芳しき香気が満ちるとき』はもう十分育ったでしょ。

『その翼を大きく広げ給え』で花びらを開きなさい。

 あぁもう、イライラする! 精霊が喜びそうな言葉選びって、誰か精霊に確認とった? 本当に彼らはこんなおべんちゃらみたいな遠回しで、綺麗なだけで意味不明な言葉を喜ぶの?

 って言う意識の働く私は、普通の魔術が使えない。要するに最終的に花が咲けば良いんだとばかりに、〈さけ〉って言葉に魔力を乗せてみた。

 種子のままじゃ咲けないからか、咲くためにどんどん成長する。聖句だと成長過程もひとつずつ入れないといけないけど、漢字だと結果だけ指示すれば良いみたい。

「ふむ、この魔術なら、私が試してみても害はなさそうです」

 先生が紙を燃やさずに手に取って、何個か用意されていた植木鉢の土に種を押し込んだ。

「⋯⋯。本当に魔力がほとんど要らないんですね。これならキ・ハ・ユンにも使えるかもしれません」

 ザシャル先生は、聖句を唱えずに咲かせた花をつつきながら言った。

 それにしても、なんでさっきから野菜の種なんだろう。私が咲かせたピーマンの花と、先生が咲かせたナスの花。思わず〈実〉と呟いたら、あっという間に光沢のあるピカピカのピーマンとナスが収穫期まで育ってしまった。

「これはまた、立派ですね」

 そりゃそうだ。魔法はイメージが大事。わたしの脳裏にあったのは、日本の勤勉で優秀な農家さんが出荷する、肉厚で甘味のあるお野菜だもの。

「これ、ユンが持って帰るかしら」

 自炊なら使ってくれるかも。

「⋯⋯のんびりしてますね。これでまた、あなたの価値が上がったと言うのに」

「価値?」

「飢饉の心配が減りますよ。日照りが続いて作物が育たないとき、雨呼びの魔術をすっ飛ばして作物そのものを収穫できるまで育ててしまうんですから」

「はぁ」

 私、チート? ヒャッハーーって叫ぶべきかしら?

 私のトリセツ、本人が熟読したいんですけど。ザシャル先生、どこに売ってるか知りませんか?
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