ヤマトナデシコはじめました。

織緒こん

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調子に乗ってみた。

地図より広い、君の世界。III

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《ドゥラン×フィオレ》

 フィオレはあれから何度かドゥランに外出に誘われて、予定が合う限りは一緒に出かけた。自分を口説いていると言う背の高い従軍獣医は、生き物が相手の仕事をしているだけあって、時間の捻出が難しいはずなのに。

 なぜか以前より頻繁に図書室に現れるようになった獣王姫が、ニコニコしながら言った。

「順調にデートを重ねているみたいだね。どう? ドゥランのこと好きになりそう?」

「すすす、好き?」

「そう」

 フィオレは地図を書き写していたペン先を、盛大に滑らせた。

「ひゃあ、変な線描いちゃったじゃないですか!」

 吸い取り紙に余計なインクを吸わせて乾くのを促す。乾く前に修正しようとすると、広がってもっと酷いことになる。乾かしてから専用のナイフで紙を薄く削ればなんとかなりそうだ。

「もう、フィオレ。いちいち可愛すぎるよ。ひゃあってなに? 目だってウルウルさせてさ、ドゥランが心配するのわかる気がする」

 アルノルドはぐるっと視線を巡らせた。あちこちの本棚の陰でバサバサドタドタ音がした。

「?」

「ホラ、そんなとこ。ボンヤリにも程があるよ」

「??」

「⋯⋯ダメだ、これ」

 アルノルドがこれみよがしに肩を竦めて見せたけれど、フィオレはキョトンとしたままだった。

 そんなある日のこと。

 フィオレは背の高い男性三人に囲まれて、外壁に追い込まれていた。騎士としては小柄なフィオレより背が低い者は、騎士団にはほとんどいないけれど。

 なんでこうなったかなぁ、とフィオレはのほほんとと考えた。

 地図の模写を続けて肩が凝ったので、ちょっと樹々と戯れようと思っただけなのに。騎士団の訓練場の外れにあるこの場所は、緑も多いし人も来ないし、昼寝には絶好の場所なんだけど。

 三人もいっぺんに来るってことは、ここって意外とみんなに知られた休憩場所なんだろうか? 今日のところは諦めて屋内の仮眠室に行こうと思ったとき、三人の男に囲まれた。訓練の途中なのか、髪の毛の先から汗が滴っている。自分が訓練していたころは、この時間には相当へばっていたと思う。フィオレは今思えば、まるで騎士に向いていなかった。

「あの⋯⋯? 休憩するなら、場所あけますよ?」

 ここの外壁は背もたれにちょうどいいのだ。

「やっべ、ちっちゃくてマジ可愛い」

 真ん中の男が真っ赤な顔で言った。フィオレはムッとした。彼は小さくない。シュザネット男性の平均⋯⋯よりはちょっとだけ小さい。

 それにしても、三人の騎士に囲まれるというのは結構な圧迫感だ。ちょっと怖い。フィオレは自分も騎士だと言うことを棚に上げまくった。

「あの⋯⋯俺と付き合ってくれませんか?」

 真ん中の騎士が言った。少し前のフィオレなら『どこかお買い物ですか?』とかベタなボケをかましただろうが、現在ドゥランに申し込まれている最中だ。目の前の騎士そっちのけでドゥランを思い出して、茹で蛸のように赤くなった。

「お、脈ありじゃね?」

「マジか⁈」

「あ、違います。あなたじゃなくて」

 騎士がソワソワし始めたので、フィオレはバッサリ切って捨てた。もちろん自覚はない。

「俺じゃないって、誰ですか⁈ あなたにそんなカオさせるのは、噂の従軍獣医殿ですか⁈」

「ええぇ、ドゥラン様は、あの、その、関係なくてですね」

「まだ付き合っていないんですね?」

「付き合うだなんて⋯⋯そんな」

 フィオレはなんとなくモジモジした。自分の気持ちがさっぱりわからない。今までは地図さえあれば、ほかにはなにも要らなかったのに。

「すんません、獣医殿と付き合ってないんなら、コイツとお試しでお友だちからどうっすか?」

「⋯⋯友だち?」

 フィオレは幼少期、無自覚に変な子どもだったので、友だちが少ない。たいていの子どもは綺麗な石ころに興味を持っても、その採掘場所や溶岩流の痕跡には興味がない。話が合わないのでなんとなく敬遠されていた。

「おれ、話が合わないと思うけど」

「体の会話があれば問題ないっす」

 ボディランゲージでもすればいいのか? 手旗信号は履修していない。フィオレは困惑した。

「(言質をとって体から落としちまえよ)」

「(寝ちまえばこっちのもんだろ? おぼこそうだから、最初の男に骨抜きになりそうじゃね?)」

「(そんな⋯⋯っ、この方はそんなふうにしていい人じゃない!)」

「(なら俺がヤっちまおうか? たまになら貸してやるよ)」

「あの⋯⋯ほかに用がなければ、おれ、行きます」

 騎士たちが自分をほったらかしてコソコソ話をしているので、これ幸いとこの場を離れることにしたのに、端の騎士に手首を掴まれた。

「待ってよ、製図士ちゃん。君、獣王姫殿と仲がいいってホント?」

「たまに部屋に泊まりにきますけど⋯⋯それが?」

 たまにというが、実際はドゥランが夜勤の日である。フィオレは知らないが、隣の部屋に住む従軍獣医の不在を狙って、部屋の前をうろつく男は多い。

「おれの髪が傷んでるとか、前髪伸びすぎとか言って、手入れしにくるんですよ」

「そっかぁ、まじ友だちなんだ。(製図士ちゃん落としたら、出世できるんじゃね?)」

「(獣王姫って、王太子妃の親友って、言われてんだろ? 殿下にも取り入れるんじゃね?)」

「(ダメだ、ダメだ!)」

 なにやら内輪で揉め出した。いい加減に手を離してほしいのだが。

「ちょっと、喧嘩はやめなよ」

 コソコソ話していたと思ったら、フィオレを捕まえていない方の騎士が、付き合ってくれとか言い出した騎士を捕縛用の携帯手枷で拘束した。すごい早技だった。ちなみにフィオレも騎士団に入団した当初は必死で練習したが、全く身につかなかった技である。

「ねぇ製図士ちゃん、こいつ超ヘタレだからさ、試しに俺と付き合わない? 天国見せてあげるよ?」

「いや」

 よくわからなかったが、とてもよくないことを誘われている気がする。フィオレの兄は閨事や求愛の指南書は貴族の習いに則って与えたが、俗語や淫語の類いは教えなかった。

 天国と言うからには死にそうな目に合わせてやろうと言われたのだと解釈して、フィオレはとっさに拒否をした。

「俺が二等騎士だからって下に見てんのか?」

「いえ、おれも二等です」

 ただし上級二等騎士で限りなく一等騎士に近い。訓練用の隊服のラインを見るに、三等から上がったばかりの平騎士のようだ。

「⋯⋯そろそろ訓練に戻らなくていいんですか?ヴァーリ団長、怒るとおっかないですよ」

 一応忠告はした。

「そしたら団長に、製図士ちゃんの恋人だって紹介してよ」

 言ってる意味がわからない。この人は、あっちの縛られている人の応援をしていたのじゃないのだろうか? 縛った人はニヤニヤしてこちらを見ていて気持ち悪いし、自分の手を掴んでいる男はニチャニチャしていてもっと気持ち悪い。

「いやです! あなたが二等騎士だと言うなら、弁えなさい! おれは将官待遇の上級二等騎士です。威張るつもりはありませんが、あなたが階級にこだわるなら相応の態度をお取りなさい!」

「なにを⁈」

 このときフィオレは失敗した。この手の輩は図星をさされると逆ギレするのである。騎士としては小柄な体は、あっという間に芝の上に転がされた。

 殴られると思って歯を食いしばって目を閉じると、ベルトに手をかけられた。

「?」

「はっ、ここまでされても、まだわからないのかよ? おぼこいにも程が⋯⋯」

「おい、逃げるぞ!」

「なんだよ、いいところなんだ」

「うぎゃっ」

「なんだってん⋯⋯だ? ぎゃあっ」

 不意に騎士が慌てふためいて、フィオレの上から退いた。恐る恐る目を開けるとそこにいたのは巨大な熊⋯⋯。

「あ、エリシャだ。久しぶり~」

 獣王姫のアルノルドが可愛がっている魔熊のエリシャが仁王立ちで威嚇のポーズを取っていた。その影からフィオレの上に乗っていた騎士の腕をひしいだドゥランが身を乗り出した。

「久しぶり~、じゃない。ちょっと目を離した隙に、なにを襲われているんだ」

「ドゥランさま!」

 フィオレは慌てて体を起こした。急に立ち上がったのでよろめくと、ドゥランは騎士をエリシャに向かって放り投げて、フィオレの体をキャッチした。

「ひとり逃げたのは、ユーリャが追ってるよ」

ひょっこりアルノルドが顔を出した。

「もう、この子たちに感謝してよね。散歩の途中で急に進路変更するから何かと思ったら、フィオレが襲われてるんだもん」

 獣魔の健康診断の一環で散歩の様子を見ていたドゥランは、エリシャの視線の先にある光景を見て走り出した。なぜ獣医をしているのかわからない身体能力を発揮して、生垣を乗り越えながら抜刀する後ろ姿を見て、アルノルドは咄嗟にエリシャをけしかけた。

 魔熊がドゥランを追い抜いて騎士にたどり着いたので、ドゥランは彼らを斬り捨てそびれた。結果的に無駄な人殺しをせずにすんだのは僥倖だった。縛られて転がされた騎士は、完全に巻き添えだからだ。

 フィオレは腰を抜かしてドゥランにしがみついた。胸に顔を埋めて息を吸い込む。動物とドゥランの匂いの混じった、晴れやかな草原のような匂いがした。

「あぁ、ドゥラン様だ」

 うっとりとした声が思わず口から出て、フィオレは自分でびっくりした。

「おれ、付き合ってくれって言われたんです」

「え、それ、彼の前で言う?」

 アルノルドがドゥランの殺気を感じて、エリシャに踏まれている騎士をチラ見した。

「そしたら⋯⋯ドゥラン様のことで胸がいっぱいになって⋯⋯⋯⋯、おれ、ドゥラン様じゃなきゃ、イヤみたいです」

 考えながら、訥々と自分の胸を曝け出すフィオレは、とても幼なげだった。地図ばかりに夢中になって、二十歳を超えてようやく恋を知ったばかりだ。

「でもおれ、地図とか石の話ばっかりで、ドゥランさま、つまらなくないですか?」

「岩ばかりの土地にも生き物は住んでいるだろう? その生態はどんなものか実地で調べるのはとても楽しい。地図の上に、そこに住む生き物が載っていたら、とても役に立つと思わない?」

「あ⋯⋯」

 地図とドゥランが繋がった。分布図とかいいかもしれない。フィオレの瞳がキラキラ輝いた。

「地図に危険な動物の生息地が載っていたら、旅人が襲われる事故が減るかもしれない。逆に人間が住処を広げて土地の形を変化させる過程で、住めなくなった動物もいるかもしれない」

「気候や地形は生き物と密接に関わっているんだ。それをふたりで見に行くのもいい。もちろん、一生をかけてね」

 心を地図に飛ばしたフィオレを、甘い声で追い詰める。ドゥランは彼が地図を一番に考えていても気にしない。自分の腕の中で夢見るように地図を見ていればいいと思う。好きなことに夢中になっているフィオレがとても可愛いからだ。

「あのさ、一応、ぼくもいるんだけど。そんで、この縛られてる二等騎士くん、ふたりのイチャイチャ見て、血の涙を流してるんだけど」

 もちろん血の涙は比喩だが、一番の貧乏くじを引いたのは彼だった。告白した相手には本人の自覚なしに断られ、友人には裏切られ、最終的に他の男の腕の中で、安心し切って甘えている恋する相手を見せられている。

 そんなことお構いなしに、甘い美形の従軍獣医は、小動物のような戦術地形製図士を熱い瞳で見つめている。

フィオレが小さく頷いた。

「ふふっ、捕まえた⋯⋯ってことでいいかな?」

 ドゥランは腕の中の小柄な騎士の額に、チュッと小鳥のキスを落としたのだった。

(おしまい)

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