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ラピスラズリの溜息 06

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 花柳瑠璃、二十歳。弟が心配すぎてやたらめったら八つ当たりしたい心境ですが、なにか?

 何度か吐き戻したはーちゃんが、ぐったりと気を失ったのは、日が暮れて篝火が焚かれてすぐだった。まだ最初の夜も越えていないのに、唇は乾燥してひび割れて顔色は青黒い。

 天幕で待機している医者がすぐに呼ばれたけど、病気じゃないからどうにもならない。

「魔力の吸収を直ちにやめれば、じきによくなられましょうが⋯⋯」

 この場にいる全員が、それは重々承知している。けれど同じくらい、それができないことも知っている。

「吐瀉物が喉に詰まって窒息しないように気をつけなければ。水分はかならず摂らせてさしあげてください」

 医者からは、未来の王太子妃の命に関わっていることへの不安が滲み出ていた。はーちゃんにもしもがあったら自殺しそうだ。

 医者が下がると、モーリンが用意したお湯ではーちゃんの体を清めた。変な汗とかで襟元なんかぐっしょり濡れている。姉とは言え未婚女性がすることじゃないって言われて、脱がせたり拭いたりはロベルトさんがしてくれた。はーちゃんとなら混浴もへっちゃらだけど、はーちゃんの方が恥ずかしくて嫌がるだろう。手を握ったり足首を掴んだりして、邪魔にならないように後ろを向いて接触を続けた。

「器がどんどん大きくなる⋯⋯。魔力は溢れずに蓄積されていますね。わたしなら発狂してるでしょうね」

「キラキラしていないの?」

「まだ器に収まる量ですから、それほど。白い蛋白石オパールの輝きが時折漏れますが、拡張された器に収まると見えなくなります」

 見えるロベルトさんは痛ましげに眉根を寄せた。わたしにははーちゃんの器がどれほど大きくなったのか、蓄積された魔力がどれほどたくさんなのかわからない。

「拡げきった器は役目を終えたら、元の大きさに戻るのかしら」

「⋯⋯前例がないので、なんとも言えませんね」

 自分ではなんの魔力も持たないのに、他人の器だけ拡張する。魔術師塔の記録にもない、珍しい能力だもんね。広い帝国の何処かには存在するかもしれないけど、今のところ未確認。

「はーちゃんに悪影響がなければ、なんでもいいです」

 阿呆な襲撃者も悪影響だけどね!

 アォーンと狼の遠吠えが聞こえる。ユーリャちゃんの声、アルノルドさんからの敵襲の合図だ。ロベルトさんが立ち上がってサーベルを抜いた。美しいおもてに夜叉が宿る。控えるカナリーとモーリンが先に飛び出して、ガゼボを囲む騎士とマーサが身構えた。

「ルーリィ、怖かったら目を閉じていてください。逃げなさいと言えないのです。彼奴きゃつらに万が一は許しませんが、あなたの恐怖は救って差し上げられない」

「ありがとう。わたし、苛烈で鉄火と評判なの。気にせず阿保どもに一発ぶちかましてやってください」

「ぶちか⋯⋯淑女教育が足りませんでしたか。まぁいいでしょう。行って参ります」

 ロベルトさんはプラチナの長い髪を翻して行った。あまりガゼボに近づかせると、魔硝石に魔法が打ち込まれる恐れがある。

 戦闘が始まったのか、風に乗って斬撃の音と怒号、破裂音が聞こえる。獣の唸り声はユーリャちゃんとエリシャちゃんね。

 閃光が走って眩しさに目をすがめる。氷の壁が湧き上がって、光が弾けるように消えた。プロジェクションマッピングみたい。襲撃者がなにか光弾を撃ってきて、シールドで弾いてるのね。氷ってことはロベルトさん。他に氷の魔法使いはいたかしら。

「⋯⋯変ですね。あの光弾、属性を感じません。魔力の塊です」

「なにが違うの?」

 マーサは腰を落として、いつでも戦闘に入れるように待機している。怪訝そうに眉を寄せて呟くのを聞きとめた。

「ざっくりした説明になります。魔法使いは魔法を行使する際、自然の現象に干渉します。と言うより
、その干渉する行為を魔法あるいは魔術と言うのです。意思を持って魔力を放出する場合、特異な体質でない限りは、なんらかの属性を帯びるんです」

「なんでかって説明されてもわかんないけど、とにかく属性がないのは変なのね?」

「はい」

 要するに属性のない攻撃魔法はないってことね。てことは⋯⋯。

「魔導砲?」

 ここまで運んできたの? 

 また光った! 再びシールドにはじき返されたけど、そんな何度も撃てるものなの? 樹々の隙間を睨みつけ、襲撃者の姿が透視できないかと念を込める。残念ながら超能力は持っていないみたいだわ。チートってないのかしら。

 謎の光弾のせいか、さっきの襲撃より鎮圧に時間がかかっているみたい。ロベルトさんがシールドに専念できれば護りは堅いけど、攻撃力が下がる。こっちからは魔法で攻撃はしないって言ってたから、サーベルでの攻撃が主になる。でもそれに集中しすぎるとシールドが間に合わなくなるから、決定的な戦力になれないのね。

「ルーリィさま!」

 抜けてきた!

 色白で大柄な男が、茂みの中からぬっと姿を現した。戦闘中の奴らとは別働隊みたい。もしかして、あっちは囮なの⁈

「動くな!」

 甲高い声の後、茂みの緑が男の足を絡めた。マーサは木の魔法使いだから有利なのかしら。

 それよりも気になるのは、男が担いでいる黒光りする金属の筒だ。何だっけ、アレ。そう、テレビで高◯純次が早朝にぶっ放してたやつ。

 なんでバズーカなのよ!

 魔導って言うから、わたしもはーちゃんも大砲キャノンを想像してたじゃない! そんな持ち運び可能なコンパクトサイズだなんて、思いもよらなかったわよ!

 パソコンだって兵器だって、最初はバカでっかくて小型化や軽量化は後からついてくるものでしょ。今や片手のスマートフォンも、アタッシェケースかってほど大きかったんだし。

 コンパクトって言ったって、想像と形状が違っただけで、わたしじゃ1ミリだって持ち上げられないでしょうね。現れた男は、色白で背が高く、分厚い筋肉に覆われた体つきをしている。体格だけならヴィンチ殿っぽいわね。顔立ちは神経質そうだけど、山脈の向こうの特徴らしいわ。厳格な職業軍人みたいな見た目をしている。鉄の塊を担げるくらいには、体を鍛えているってことね。

「ツァージャイルの軍服です」

 職業軍人で正解だったのね。てことは、下っ端の最上官か任務に忠実な捨て駒か。⋯⋯上官なら指揮を執るか。なら、捨て駒の線が高いわね。

 騎士たちがガゼボと襲撃者の間に立った。横一列に並んで壁になって、魔導士がひとりその後ろに立つ。なにかの符を一枚持っている。

 足を取られている襲撃者が照準を合わせてきた。騎士は動かない。⋯⋯? バズーカを知らないから、あれからエネルギー弾が発射されるって分からないんだ!

「鉄の筒が魔導砲よ! 光弾がくる!」

 わたしの叫びに重なって、眩い光が打ち出された。目が眩む!

 咄嗟に目を閉じて灼かれるのを防いだけど、ちょっとチカチカする。ゆっくり目を開けると、土の壁がポロポロと崩れていくのが見えた。魔導士が掲げた符が一瞬で燃え上がって消えた。土魔法のシールドの符だったのね。

 魔導士は体力はあるけど運動能力は個々の力量によるらしい。魔法を使い続ける持久力は必要だけど、剣を振り回す必要はないから。俊敏性も期待できない。騎士が壁になっていたのは、シールドの発生前に魔導士が潰れるのを防ぐためね。

「ありがとう。防いでくれて」

「こちらこそ、ルーリィ嬢が叫んでくださらなかったら間に合いませんでした」

 魔導士が青い顔をして言った。

「ルーリィさま、次が来ます! チッ、アイツ火炎系ね!」

 マーサ、舌打ち!

 騎士の隙間から見えたのは、絡みつく緑の蔦が次々に焼き払われる様子だった。マーサが木の魔法で足止めしてるのを、火の魔法で焼いてるんだ。焼き払いながら腰に下げた袋から魔硝石を取り出している。バズーカに充填する気だ。

「次の符で最後です!」

「撃って出るか」

「侍女殿は後ろへ下がって」

 ちょっと不味い? 多分マーサは騎士と同等の、もしくはそれ以上の技量を持っている。彼らもそれを知っていて、マーサを下げるのは、最後の砦と思っているからだ。マーサが討たれたら、自分たちでは護り切れないってこと。だからマーサに回す前に、自分たちで相手を消耗させるつもりなんだわ。

「魔術師さん、そばへ」

 動けないから手招きする。カーペットに直に座っているので、立ち上がることもできない。握っていたはーちゃんの手を膝に乗せて接触を解かないようにしてから、魔術師さんに屈んでもらう。

「少しでも、力になりたいから」

 魔術師の両手を掌で包み込み、重なった拳に額をつける。

「器が⋯⋯」

 見えないけど、魔術師の戸惑った仕草を見て、成功したと思った。

「ありがたき幸せ。では、行って参ります」

「ガゼボを護って」

 マーサの時間稼ぎもそろそろ限界のようだった。木の魔法使いは戦闘において、火とは相性が良くない。

 魔術師を待って、騎士が駆け出した。ひとりに七人がかりなんて卑怯? 寝言は寝て言えってのよ。魔導砲の魔力が叩き込まれたら、襲撃者だって死ぬのよ。どっちに転んだって彼の死が免れないのなら、こっちは全力で行かなきゃ。

 襲撃者はテニスボールくらいの火炎弾を放ってくる。結構な魔力持ちみたいだけど、ステッラ副団長ほどじゃない。火の色が赤いもの。とは言え、人間に当たったらただじゃ済まない。中途半端な火が、衣服に移ったら火達磨だもの。

 騎士が弾きそびれた火炎弾は、魔術師が土の柱で塞いでいる。完全に消耗戦だわ。マリクさんが使うような土竜なら、炎ごと土に埋めてしまうんだろうけど、こんなガゼボの近くで土をえぐる魔法を使うなんて正気の沙汰じゃない。

 土の魔術師はガゼボの近くでは、地表の浅い部分にしか働きかけられない。とても不利だ。それでも彼は地表を薄く削ってシールド代わりの柱を乱立させている。最後の符は温存しているのかしら。

 不味い、向こうの戦闘がじりじりと場所を移している。襲撃者が何人かこちらへ向かってくる。死に物狂いな形相で、突撃と言うより敗走みたい。彼らの後ろから女性がふたり追ってきた。

 カナリーとモーリンね。

 円月刀チャクラムが鈍く輝きながら放たれ、放物線を描いて襲撃者の鼻先をかすめる。手元に戻ったそれを難なく手首に収めたカナリーは、優しげな微笑みで円月刀の刃をちろりと舐めた。

 その間にモーリンは二刀流の小刀を逆手に持ち、低い姿勢で襲撃者に飛びかかると背後から足首を斬りつけた。⋯⋯足の腱を狙ってるのね。

 ふたりとも足首が見えないほど長い、ゆったりしたキュロットでの足捌きとは思えない。

 侍女ズの追撃を仲間の犠牲によって免れていた数名が、バズーカ野郎と合流した。騎士がそちらにかかりきりになり、バズーカ野郎を阻むのはマーサの蔦だけになった。巻きついては燃えを繰り返しながら、新しい魔硝石を充填させる。燃える蔦の絡んだ腕で抱え直したものの、砲口ほうこうが定まらないみたい。魔術師がシールドを張るタイミングをはかっている。

 閃光と土壁の構築はほとんど同じタイミングだった。土壁の影になって目を灼かれずにすんだ。光弾は大きくそれて、天に向かって放たれた。土壁の上部が大きく崩れているから、そこを掠めたおかげで方向がずれたのね。奴がノーコンでよかった。まっすぐ打ち込まれてたら、軌道を逸らすなんて出来なかったでしょうね。

 土壁がポロポロと崩れ、その手前で魔術師が膝をついた。精も魂も尽き果てたような、どこか安堵した表情カオをしている。

 壁がなくなって視界が広くなると、そこにはロベルトさんがいた。

 熊の串刺し再び⋯⋯。

 いや、熊じゃないけど。人だけど。

 ロベルトさんのサーベルは、バズーカ野郎の鎖骨あたりに吸い込まれ、肩から剣身を突き出していた。熊の時は喉から脳味噌一直線だったから、今回は殺す気はなかったらしい。

 ロベルトさんはバズーカ野郎の腹に足をかけ、力任せにサーベルを引き抜いた。バズーカ野郎は呻き声を上げて崩れ落ちた。キラキラと霜が舞っている。血が吹き出さないところを見ると、ロベルトさんが傷口を凍らせたみたいね。

「⋯⋯なまりました。そばまで寄らせてしまってすみません」

 充分だと思うわ⋯⋯。

「誰も怪我はない? アルノルドさんは?」

 あっちで戦闘してた騎士たちも心配だけど、友人のことは気になるもの。姿が見えなくてちょっと焦る。

「あちらで捕虜を囲んでもらっています。ステッラ殿がいらっしゃると、捕虜の戦意を消失できて楽ですね」

 なるほど、捕虜の皆さんは野生の王国にご招待されているらしい。熊とか狼の群れに生きながら囲まれるって、どんな恐怖かしら。

「⋯⋯ん」

「はーちゃん!」

 やばい、うるさかった?

 薄く目を開けたはーちゃんの視界に入らないように、戦闘に汚れた騎士たちがガゼボの反対側に回った。直接参加しなかったマーサが手桶で手拭いを絞って、はーちゃんの額の汗を拭った。さりげなく視界を塞いでいる。

『なにかあった?』

「ちょこちょこ敵さんがね。みんなで撃退したわ」

 シュザネット語で考えるのも面倒そうね。なにもなかったと言うには、燻る植物の焦げる臭いなんかが邪魔だわ。事態をなるべく軽く伝える。魔女さまが帰ってくるまでは、何があってもここから動けないなら、不安は少ないほどいい。

『喉渇いた⋯⋯』

 はーちゃんの訴えに、すぐに水が用意された。ちょっと考えて、柑橘の果汁と蜂蜜、塩を用意してもらって、スポーツドリンクもどきを作る。サークルの先輩の甥っ子が、嘔吐下痢症に罹ったとき、経口補水液をスポイトで一滴ずつ与えたと言っていたのを思い出したの。

 煮沸した包帯の切れ端に染み込ませて、ちょっとだけ吸わせる。たとえ一口でも嚥下すると吐くから、ほんとに少量ずつよ。

 様子を見に来た医者が興味深そうにしていたけど後回し。

 差し込んだ包帯をチロチロ舐めていたのはわずかな時間で、すぐにはーちゃんの目は閉じられた。それから何度か目を覚ましたけど、自分が眠っている自覚はないようで、うつらうつらしている。ロベルトさんが凍らせたスポドリもどきを口に入れると、ほんにゃり幸せそうに微笑んだ。

 何度目かの襲撃で、びょうびょうと音を立てて風が吹き荒び、クッションと衝立が飛んだ。カーペットごとわたしとはーちゃんも吹き飛ばされそうだ。

「マーサッ、魔法使って!」

「かしこまりましたッ」

 マーサの蔦がはーちゃんを絡めとり、魔硝石に括り付けられた。はーちゃんが苦しげにえづいて接触が解かれているのに気づいて手を伸ばした。

「ごめん、はーちゃん!」

「ハリーさま、しばらくのご辛抱です」

 マーサとふたり、はーちゃんを庇うように立つ。風が強くてほとんどはーちゃんにしがみついてるみたいな格好だけど。新手の襲撃者が後ろの方から光弾を撃ち込んでいて、水の壁や氷の壁が相殺しては消えている。土の魔術師はシールドの符は使い切ったので、ロベルトさんとモーリンがシールドを張っている。

 さっきから火の魔法ばかり撃ち込んでくる。放火担当がそのまま攻撃部隊に回されたのかしら。

「ガゼボの四方結界が弛んでいます。支柱に亀裂が⋯⋯。魔力は通しませんが、風や雨は排除の対象ではないので通してしまうんです」

「相手も必死ね! 親玉捕まったんでしょ! いい加減諦めなさいよ!」

「⋯⋯密使は親玉ではありませんわ。本国に本物の大親玉がいて、逆らえないのでしょう」

「どちくしょう!」

 向こうでロベルトさんと侍女ズが凄い勢いで戦っている。うわぁアルノルドさんたら、ユーリャちゃんとエリシャちゃんの使い方が容赦ないわ。人間の頭って、獣の口に入るのね。

 感心してたら、はーちゃんの苦しげな呼吸が聞こえた。

「はーちゃんの呼吸が浅いわ。マーサ、蔦を弛められる?」

「ではルーリィさま、しっかり支えてくださいませ」

 戦闘よりもはーちゃんが保つか分からなくなってきた。なんとかして、一度はーちゃんから魔力を抜く方法がないかしら。

「玻璃!」

 その声は、風に乗って運ばれてきた。

 ドオオーーーンッ!

 空気を切り裂く雷鳴のような爆音と共に、空から男が降ってきた。言わずもがな、王太子さまである。パチパチと紫電を弾けさせながらガゼボに向かってまっすぐやって来る。

 だめだめだめ! 魔硝石に衝撃をあたえないで!
わたしの心の叫びなんか知ったこっちゃなく、王太子さまははーちゃんに覆いかぶさった。

「ぼくの輝ける黄金の獅子⋯⋯」

 はーちゃん、アンタどこの乙女なの⁈

「よく頑張ったね。もう大丈夫。魔力を少し抜くよ」

 王太子さまははーちゃんの唇を長々と奪う。しばらくして離れると、はーちゃんはさっきとは違った様子でぐったりしていた。そこの王子さま、未来のお姉さまの前でいい度胸ですこと!

「大丈夫、すぐに終わるよ。行ってくる。ルーリィ嬢、もうしばらく玻璃を頼むよ」

 言われなくてもそうするわよ! 王太子さまはもう一度はーちゃんの顳顬にキスをして、颯爽と去っていった。

 王太子さまが加わって、ロベルトさんがシールドを常時展開に切り替えたみたいだ。ガゼボごと氷のドームに覆われた。

 それはさて置き、はーちゃんはわたしの存在を覚えているんだろうか?

『おねーちゃんは、悲しい⋯⋯。可愛い弟が、エロ王子の餌食になっている』

 呟くとはーちゃんは真っ赤になって真っ青になった。やっぱりダーリンしか目に入ってなかったか。さっきまでの青黒い顔色とどっちがマシかしらね。

 氷の壁のおかげで風が止んだ。マーサに蔦を外してもらって魔硝石を背もたれがわりに座り込むと、はーちゃんはほっと息をついた。それと時をほぼ同じくして、ドーーンと雷が落ちる音がする。

 そして静寂。

「⋯⋯終わりはあっけないのね」

 ずしりと肩に重さがかかる。はーちゃんが目を閉じてもたれ掛かっていた。穏やかな寝顔に安心する。魔力を抜いてもらったことも良かったけど、王太子さまが帰ってきたことが一番の安心ね。

 魔女さまが帰ってくるまで、あと少し。がんばれ、はーちゃん。
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