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はじめましての人が、眩しげにおれを見ている。⋯⋯何度目ですか、恥ずか死ねる。
ジーンスワーク岩城の広間に、旅装のままの一団がいた。王太子であるブライトさまに謁見を申し込んできたのは、東の結界の守護魔術師⋯⋯の遣いの魔法使いさん。本人はうちの魔女さま同様、結界石を離れることができないそうだ。
とは言え、この人もそこそこの魔力持ちさんというわけで、おれから駄々漏れるブライトさまの魔力をしっかりはっきり見ているワケだ。
うっすら頬を赤くして「このような小さき方に⋯⋯」って呟いたの聞こえたからね! ブライトさまの眉が一瞬ピクッとした。藍色の瞳が物騒な光を孕む。
ヤバイ、るぅ姉にちょっかいかける男を見るミカエレさまの目と、おんなじイロしてる。おれはブライトさまの袖を引いて、こっちに注意を向けさせた。
「東の守護魔術師⋯⋯東西南北に守護結界の要があるのですよね。北以外にも魔硝石があるのですか?」
東は流通している魔硝石の産地ではあるけれど、おれが言っているのは惑わしの森の地下すべてに広がるほどのものだ。
「いや、北以外の結界石は、国に結界を張るために人工的に作られたものなのだ。アレッシア殿は特別な魔女だが、他は王都の魔術師団から数名づつ派遣されている」
魔術師団の団長さまに近いレベルの人が、二、三人組で勤めるらしい。ステッラ副団長って、団長さまより魔力多いのに副団長なのは、性格がアレだからって聞いた。
で、この魔法使いさん、東の結界に攻撃があったので、その報告に来てくれたんだって。
「結界は四点で調和しているのです。北の守りが固いので、その他から崩すつもりでしょう。南と西にも使者を出しています」
「東西南の辺境伯に、騎士団を出させよう」
「ありがとう存じます。東の結界を襲った下手人に、蝶を放ちました。今朝ほどから動きがありませんので潜伏先を定めたかと。こちらのご指示もいただけますか」
うわ、それって大収穫じゃん。潜伏先に部品の持ち込みしてないかな。
それにしても、魔法を使う人々は蝶々が大好きらしい。ステッラ副団長の通信符も発動すると蝶々だし、具現化しやすいんだろうな。
「して場所は?」
「ファビオ・ガビーノ伯爵領の領主館でございます」
誰? また知らない人が出てきた。
「ブランド・カロージェロ伯爵の妻は、ガビーノ家の娘であったな」
ブランド・カロージェロは北と繋がってる法務大臣だった人だから、ガビーノ伯爵の領主館はビンゴじゃないか? 地図が無いとどこら辺かわからないけど、東に襲撃するのに都合がいい場所なのかな。
と、広間の入り口の方からすぅっと冷気が漂ってきた。家令として入り口に控えていたロベルトさんが能面みたいな表情をして、空気を凍らせているのが見えた。きらきら光って綺麗だけど、どうしたんだろう⋯⋯って、あ!
「美少年好きのスケベ領主!」
ヤベ、声に出た。広間に集まったみんなが、ギョッとした顔でおれを見た。もちろん、ブライトさまもだよ。ロベルトさんだけが、「おや」って表情してるんだよ。冷気が少し緩む。
「ブライトさま、前回のジーンスワーク領への御行の途中、旅程の変更で宿泊を断りましたよね」
「領地はそこで間違いない。そうか、あの時ロブがそんなことを言っていたね」
騎士見習い中の幼き日のロベルトさんに、妾になれと言ったエロジジイ。カタカナの名前って覚えにくいけど、インパクトありすぎて心に残ってたんだよ。
「あれ? そしたらぼく、あの時ハヤテに連れて行かれなかったら、ガビーノ伯爵に拉致されてました?」
広間にいる面子はあの時の顔ぶれも揃っている。みんな「あ」って表情をした。
ハイネン子爵家の天使のメアリーちゃんの誘拐に巻き込まれて詐欺団に拐かされたんだけど、駆けつけてくれたブライトさまがその後の道程を共にしてくださることになった。
ブライトさまとご一緒することで警護の騎士も増え(強いからいらないけど、体裁は必要だよね)、ルート変更をして観光を楽しんだ⋯⋯って建前で、エロジジイを回避したんだ。
「ロブ、ガビーノ伯爵からの玻璃への招待は、どう言った様であった?」
入り口に控えていたロベルトさんは進み出て、東の魔法使いさんの隣で臣下の礼を取った。
「はい、かなり執拗でございました。当たり障りなくお断りしておりましたが、未来の王太子妃は地方領主を蔑ろにしているのかと匂わせをなされましたので、止むを得ず招待を受けました。伯爵の少年愛は裏では有名です。万一の時はわたしが伯爵を手にかける算段でございました」
ヴァーリ団長も頷いてる! おれの知らないところでおっそろしい計画してたんだね! 会ったこともないエロジジイだけど、熊を一突きで仕留めたロベルトさんを思い出してちょっと同情した。
「魔導砲の所在は調査が必要だが、いずれにせよガビーノ伯爵は要注意であるな」
それにしても法務大臣、嫁の実家の当主がショタコンって、政治家には致命的なスキャンダルじゃないか? いっぱい被害者いそうだし。チェスター伯爵のと一緒に揉み消してんじゃね? ⋯⋯ん? もしかして法務大臣飛び越えて、ガビーノ伯爵とチェスター伯爵って仲良しなのか? と思ってたら、ブライトさまが渋い表情をして言った。
「チェスター伯爵はイロイロ斡旋していたようだが、ガビーノ伯爵は顧客ではないのか?」
「むしろ共犯では?」
ヴァーリ団長の表情も渋い。やっぱり繋げて考えるよねー。
「罪人塔のカロージェロ、チェスター両伯爵とガビーノ伯爵を調べよ。魔術師と騎士でうまく組め。詳細は場所を変えて詰めるとする」
ブライトさまが締めて、謁見は終わった。この後の話は謁見案件じゃなくて、軍議とか執政にあたるからおれは一緒には行かない。ロベルトさんと一緒にるぅ姉たちと合流する。とか言いつつ、おれってそもそも謁見について来て良かったんだろうか?
それから五日は、なにもなかった。おれは変わらず女子会会場みたいなサロンでるぅ姉やマウリーノさんとまったりする。
レアンちゃん効果もあって、マウリーノさんが安定している。ロベルトさんの意見もあって、ちょっと運動してもらうことになった。移動はほとんどヴィンチさんが抱き上げているから、足がすっかり萎えているんだ。
マウリーノさんがレアンちゃんを追いかけて歩く。レアンちゃんは少し先まで跳ねていくと、ピスピス鼻を鳴らしながら待っている。捕まるギリギリでまた跳ねて、マウリーノさんが追いかける。レアンちゃんはマウリーノさんがホントに疲れて倒れる前に捕まってくれる。マウリーノさんがレアンちゃんを抱っこできたら終了だ。
リハビリ姿が、悶えるほど可愛い。
「どうしましょう、ハリーさま。わたくし、なんだかとっても尊いモノを見ている気がいたします」
カナリーさん、おれもそう思うよ。
サロンのソファーやテーブルを支えに、ゆっくり歩くマウリーノさんは、白い肌をうっすら桜色に染めて、一生懸命だ。レアンちゃんとリハビリを始めてから、お茶請けのお菓子を摘む量が増えてきた。おれたちへの遠慮も少しずつとれて、ふんわり微笑んでくれるようにもなった。
レアンちゃん、ありがとう。
今日のノルマを終えたマウリーノさんに座ってもらって、ふくらはぎのマッサージを始める。モーリンさんが手際良く盥にお湯を作って、足湯をさせようとパンツの裾を膝までまくり上げた。
充分温めてから、ふくらはぎをマッサージする。おれもやってもらったことあるけど、モーリンさんのゴールドフィンガー最高なんだ。マウリーノさんもうっとりして、目を細めている。
カナリーさんが人の気配を察して部屋の入り口に向かうと、岩城の女中がブライトさまからの言付けを持って来たところだった。ここの女中さん普通に剣の鍛錬とかしてるから、気配を消すの上手いのに、王妃さま直属の侍女さんトリオはさらにその上をいく。すごいなぁ。
「ヴィンチ夫人の午睡の時間に合わせて、皆さまに報告があるそうです」
「ガビーノ伯爵のことかなぁ」
おれが無意識に呟いたとき。
「あああぁああぁっ!」
その悲鳴は、魂が裂けるようだった。
「おやめください、ファビオさま! やっ、痛い⋯⋯そんなの入らなっ⋯⋯あぁっ! ごめんなさい、なんでもします⋯⋯もうお許しください⋯⋯⋯⋯コンラッドさま打たないでッ⋯⋯ルードリィフさま、やあぁぁッ!」
「ヴィンチ殿を呼んできて! なにやってても最優先で!」
るぅ姉が叫んでいる。マーサさんが部屋を出て、カナリーさんは近くの怪我をしそうなものを排除した。一番傍にいたモーリンさんは暴れるマウリーノさんを支えていて⋯⋯おれは、背中を這う悪寒とチカチカする視界に動けなかった。
「バル兄さま! バル兄さま!」
マウリーノさんがヴィンチさんを呼んでいる。
「眠り香はヴィンチ殿が来てからよ。ヴィンチ殿を認識させてからでないと、目覚めたとき、恐慌が続くわ」
「かしこまりました。ご用意だけいたしますね」
「バル兄さまはすぐに来るわ。大丈夫よ、バル兄さまがあなたを助けに来てくれるの。バル兄さまのこと、信じられるでしょ?」
るぅ姉はヴィンチさんの名前を何度も繰り返した。マウリーノさんが一番安心できる相手の名を口にすることで、彼を落ち着けようとしている。
さっきまで、マウリーノさんはレアンちゃんとニコニコしてたのに、怯えて、苦しんでいる。
そして、マウリーノさんのこの姿は、過去の分岐で辿るかも知れなかったおれの姿。もしかしたら、起こり得る未来でもある。
「失礼します!」
「リーノ!」
ロベルトさんが礼節ギリギリの声をかけながら扉を開き、ヴィンチさんが飛び込んできた。るぅ姉とモーリンさんがすぐに場所を譲り、ヴィンチさんはマウリーノさんを抱きしめた。
「リーノ、リーノ、リーノ」
「兄さま? ごめんなさい⋯⋯ごめんなさい、兄さま。純潔じゃなくて、ごめんなさい⋯⋯」
侍女さんトリオが目配せしあって、モーリンさんを残してサロンを出て行く。るぅ姉がレアンちゃんを抱いておれにも退出を促した。背中に走る悪寒ともつれる脚のせいでうまく歩けなくて、ロベルトさんが支えてくれた。
ピスピス鼻を鳴らしたレアンちゃんが、気遣わしげにマウリーノさんとおれを見比べているのが見えた。
サロンを出るとおれはすぐに、ブライトさまに抱き上げられた。マウリーノさんのために廊下で待っていたみたいだ。
「いかがした?」
「心的外傷が発動ってところです。マウリーノさんに引きずられて、はーちゃんも」
抱き上げられたまま別のサロンに移る間、ブライトさまはずっと背中をあやすようにトントンしてくれた。歩きながら顳顬にもチュッチュッとキスをしてくれて、震えは少しずつ治まった。
サロンのソファーにブライトさまごと腰を下ろした頃にはやや落ち着いていて、みんなをほっとさせた。
「まず言っておくわ。マウリーノさんのことは、はーちゃんのせいじゃない。わかった?」
るぅ姉が言いながら、レアンちゃんをずいっと突き出した。咄嗟に受け取って膝に抱く。ピスピスと鼻を鳴らしながら、労わるように身を寄せてくれる。一般的なウサギの五倍くらいあるので重さがあるけど、温もりが心地いい。
「わかった、るぅ姉。ブライトさまも、心配してくれてありがとう」
「大丈夫。少し、眠る? 嫌なことは吐き出しちゃった方が楽かい? 玻璃の心が安まる方を選ぼうか」
「話します」
ブライトさまはおれとレアンちゃんの体重をものともせず、穏やかに微笑んで先を促してくれた。おれはるぅ姉と記憶をすり合わせながら、さっきの出来事を話した。
「女中さんがブライトさまの伝言を持ってきてくれて⋯⋯」
マウリーノさんのお昼寝時間に合わせてお話しって聞いて、るぅ姉やロベルトさんも参加するんだって思った。そしたら内容は多分、北のこととか東のこととかだろうなって。あとはガビーノ伯爵についてなにか調べがついたのかと。
「ぼくが何の気なしに、ガビーノ伯爵って言ったんです」
「その瞬間ですね。マウリーノさんが恐慌状態に陥りました」
「ガビーノ伯爵って、ファビオって名前でしたよね? 『おやめください、ファビオさま』って切れ切れに⋯⋯」
マウリーノさんは、寸前まで桜色だった頬が真っ白だった。目を開けているのにどこも見てなくて、痙攣してるのかと思うほど震えていた。
「名前で呼んだのか?」
「男爵継嗣が目上の伯爵を名前呼びなど、よほど親しくなければ許されるわけがない」
るぅ姉の護衛役を他人に譲りたくないミカエレさまは、ちゃっかり隣に陣取っている。マウリーノさんがるぅ姉を救ったらしいと聞いてから、彼はマウリーノさんに同情的だ。今もわずかな疑問点も漏らすまいとしている。
ブライトさまとふたり、眉間に皺を寄せている。
「わたしも昔、そう呼べと言われましたよ。尻を触られながらですが」
「おい、ロブ」
「あのとき土に還しておけば良かったと、心の底から思っております。ガビーノ伯爵はヴィンチ夫人を愛でていたようですね。ご本人にとっては虐待ですが」
氷の華がキラキラと舞う。ロベルトさんがすっごく怒っている。
「ルリもいるのだ。少し言葉を選んでくれないか?」
「玻璃のことも、もう少し落ち着けたいのだが」
「失礼しました」
主筋のふたりに嗜められたロベルトさんだけど、氷の華は減らない。
「大丈夫ですわ。わたし『四十八手で山手線ゲーム』出来ますもの。女学生の酒席なんてそんなものですから」
知りたくなかったよ。憧れの女子大生、食事会でそんなかよ。るぅ姉のお友達の可愛い系のあの人や綺麗系のあの人も、そうなんだね。
「ジジュウハッテ? ヤマノテ⋯⋯?」
ミカエレさまが首を傾げてる。そこ、日本語だったからわからないんだね。ちなみにおれ、四十八手がエロい用語なのは知ってるけど、中身は知らない。
話がそれちゃったけど、その分おれのマイナス思考も上向きになって、体の強張りはすっかり取れた。
「るぅ姉、マウリーノさん、知らない名前も言ってたね」
「ルードリィフ、ね。シュザネット公用語の響きじゃないみたい」
名前は三人出てきた。ガビーノ伯爵とコンラッド・チェスター、それとルードリィフ。
「ルードリィフはツァージャイル語の男性名だね」
「ツァージャイル」
また北が出てきた。ガビーノ伯爵への疑惑は、もう疑惑じゃないんじゃないかな。
「午後に伝えようと思っていたが、ガビーノ伯爵は黒であったよ」
やっぱり。
ブライトさまは苦々しく言った。昨夜遅く、闇に紛れて帰還した間諜が、ガビーノ伯爵邸の隠し部屋で、魔導砲らしき組み立て中の魔道具を見たとのことだ。並べられていた部品の中から、小さなものを三つほど拝借してきたものを、証拠として提出したという。
「それから、カロージェロ伯爵の継嗣が滞在している。表向きは父親の謹慎のため心ない中傷に耐えきれず、祖父を頼って身を寄せているそうだ」
謹慎て⋯⋯収賄で投獄されてんでしょ。国家の転覆を企んでる叛逆罪は、まだ証拠が揃ってないんだっけ?
「息子が黒かは不明だが、身元不明のもうひとりの客人と、頻繁に面会しているようだ」
もうひとりの客人と?
おれの疑問がわかったのか、ブライトさまが淡く笑った。背中をポンポンしながら続けてくれる。
「身元は不明だが、エルメル・ダビの報告書にあった北の密使と身体的特徴が一致した。密使はヴィンチ夫人を待っているようだ。⋯⋯名前はルードリィフなのだろうな」
ガビーノ伯爵邸に魔導砲がある。それさえ壊してしまえば、結界が一時的に解除されてもなんとかなる。ブライトさまは伯爵邸を制圧する計画を立てるという。
王太子の立場では勝手は出来ない。王都に座す陛下と連絡を密に取り、計画を進めて行かなきゃならない。
おれが不安に揺れたのを感じてくれたのか、ブライトさまはそっと小鳥のキスをくれた。
ジーンスワーク岩城の広間に、旅装のままの一団がいた。王太子であるブライトさまに謁見を申し込んできたのは、東の結界の守護魔術師⋯⋯の遣いの魔法使いさん。本人はうちの魔女さま同様、結界石を離れることができないそうだ。
とは言え、この人もそこそこの魔力持ちさんというわけで、おれから駄々漏れるブライトさまの魔力をしっかりはっきり見ているワケだ。
うっすら頬を赤くして「このような小さき方に⋯⋯」って呟いたの聞こえたからね! ブライトさまの眉が一瞬ピクッとした。藍色の瞳が物騒な光を孕む。
ヤバイ、るぅ姉にちょっかいかける男を見るミカエレさまの目と、おんなじイロしてる。おれはブライトさまの袖を引いて、こっちに注意を向けさせた。
「東の守護魔術師⋯⋯東西南北に守護結界の要があるのですよね。北以外にも魔硝石があるのですか?」
東は流通している魔硝石の産地ではあるけれど、おれが言っているのは惑わしの森の地下すべてに広がるほどのものだ。
「いや、北以外の結界石は、国に結界を張るために人工的に作られたものなのだ。アレッシア殿は特別な魔女だが、他は王都の魔術師団から数名づつ派遣されている」
魔術師団の団長さまに近いレベルの人が、二、三人組で勤めるらしい。ステッラ副団長って、団長さまより魔力多いのに副団長なのは、性格がアレだからって聞いた。
で、この魔法使いさん、東の結界に攻撃があったので、その報告に来てくれたんだって。
「結界は四点で調和しているのです。北の守りが固いので、その他から崩すつもりでしょう。南と西にも使者を出しています」
「東西南の辺境伯に、騎士団を出させよう」
「ありがとう存じます。東の結界を襲った下手人に、蝶を放ちました。今朝ほどから動きがありませんので潜伏先を定めたかと。こちらのご指示もいただけますか」
うわ、それって大収穫じゃん。潜伏先に部品の持ち込みしてないかな。
それにしても、魔法を使う人々は蝶々が大好きらしい。ステッラ副団長の通信符も発動すると蝶々だし、具現化しやすいんだろうな。
「して場所は?」
「ファビオ・ガビーノ伯爵領の領主館でございます」
誰? また知らない人が出てきた。
「ブランド・カロージェロ伯爵の妻は、ガビーノ家の娘であったな」
ブランド・カロージェロは北と繋がってる法務大臣だった人だから、ガビーノ伯爵の領主館はビンゴじゃないか? 地図が無いとどこら辺かわからないけど、東に襲撃するのに都合がいい場所なのかな。
と、広間の入り口の方からすぅっと冷気が漂ってきた。家令として入り口に控えていたロベルトさんが能面みたいな表情をして、空気を凍らせているのが見えた。きらきら光って綺麗だけど、どうしたんだろう⋯⋯って、あ!
「美少年好きのスケベ領主!」
ヤベ、声に出た。広間に集まったみんなが、ギョッとした顔でおれを見た。もちろん、ブライトさまもだよ。ロベルトさんだけが、「おや」って表情してるんだよ。冷気が少し緩む。
「ブライトさま、前回のジーンスワーク領への御行の途中、旅程の変更で宿泊を断りましたよね」
「領地はそこで間違いない。そうか、あの時ロブがそんなことを言っていたね」
騎士見習い中の幼き日のロベルトさんに、妾になれと言ったエロジジイ。カタカナの名前って覚えにくいけど、インパクトありすぎて心に残ってたんだよ。
「あれ? そしたらぼく、あの時ハヤテに連れて行かれなかったら、ガビーノ伯爵に拉致されてました?」
広間にいる面子はあの時の顔ぶれも揃っている。みんな「あ」って表情をした。
ハイネン子爵家の天使のメアリーちゃんの誘拐に巻き込まれて詐欺団に拐かされたんだけど、駆けつけてくれたブライトさまがその後の道程を共にしてくださることになった。
ブライトさまとご一緒することで警護の騎士も増え(強いからいらないけど、体裁は必要だよね)、ルート変更をして観光を楽しんだ⋯⋯って建前で、エロジジイを回避したんだ。
「ロブ、ガビーノ伯爵からの玻璃への招待は、どう言った様であった?」
入り口に控えていたロベルトさんは進み出て、東の魔法使いさんの隣で臣下の礼を取った。
「はい、かなり執拗でございました。当たり障りなくお断りしておりましたが、未来の王太子妃は地方領主を蔑ろにしているのかと匂わせをなされましたので、止むを得ず招待を受けました。伯爵の少年愛は裏では有名です。万一の時はわたしが伯爵を手にかける算段でございました」
ヴァーリ団長も頷いてる! おれの知らないところでおっそろしい計画してたんだね! 会ったこともないエロジジイだけど、熊を一突きで仕留めたロベルトさんを思い出してちょっと同情した。
「魔導砲の所在は調査が必要だが、いずれにせよガビーノ伯爵は要注意であるな」
それにしても法務大臣、嫁の実家の当主がショタコンって、政治家には致命的なスキャンダルじゃないか? いっぱい被害者いそうだし。チェスター伯爵のと一緒に揉み消してんじゃね? ⋯⋯ん? もしかして法務大臣飛び越えて、ガビーノ伯爵とチェスター伯爵って仲良しなのか? と思ってたら、ブライトさまが渋い表情をして言った。
「チェスター伯爵はイロイロ斡旋していたようだが、ガビーノ伯爵は顧客ではないのか?」
「むしろ共犯では?」
ヴァーリ団長の表情も渋い。やっぱり繋げて考えるよねー。
「罪人塔のカロージェロ、チェスター両伯爵とガビーノ伯爵を調べよ。魔術師と騎士でうまく組め。詳細は場所を変えて詰めるとする」
ブライトさまが締めて、謁見は終わった。この後の話は謁見案件じゃなくて、軍議とか執政にあたるからおれは一緒には行かない。ロベルトさんと一緒にるぅ姉たちと合流する。とか言いつつ、おれってそもそも謁見について来て良かったんだろうか?
それから五日は、なにもなかった。おれは変わらず女子会会場みたいなサロンでるぅ姉やマウリーノさんとまったりする。
レアンちゃん効果もあって、マウリーノさんが安定している。ロベルトさんの意見もあって、ちょっと運動してもらうことになった。移動はほとんどヴィンチさんが抱き上げているから、足がすっかり萎えているんだ。
マウリーノさんがレアンちゃんを追いかけて歩く。レアンちゃんは少し先まで跳ねていくと、ピスピス鼻を鳴らしながら待っている。捕まるギリギリでまた跳ねて、マウリーノさんが追いかける。レアンちゃんはマウリーノさんがホントに疲れて倒れる前に捕まってくれる。マウリーノさんがレアンちゃんを抱っこできたら終了だ。
リハビリ姿が、悶えるほど可愛い。
「どうしましょう、ハリーさま。わたくし、なんだかとっても尊いモノを見ている気がいたします」
カナリーさん、おれもそう思うよ。
サロンのソファーやテーブルを支えに、ゆっくり歩くマウリーノさんは、白い肌をうっすら桜色に染めて、一生懸命だ。レアンちゃんとリハビリを始めてから、お茶請けのお菓子を摘む量が増えてきた。おれたちへの遠慮も少しずつとれて、ふんわり微笑んでくれるようにもなった。
レアンちゃん、ありがとう。
今日のノルマを終えたマウリーノさんに座ってもらって、ふくらはぎのマッサージを始める。モーリンさんが手際良く盥にお湯を作って、足湯をさせようとパンツの裾を膝までまくり上げた。
充分温めてから、ふくらはぎをマッサージする。おれもやってもらったことあるけど、モーリンさんのゴールドフィンガー最高なんだ。マウリーノさんもうっとりして、目を細めている。
カナリーさんが人の気配を察して部屋の入り口に向かうと、岩城の女中がブライトさまからの言付けを持って来たところだった。ここの女中さん普通に剣の鍛錬とかしてるから、気配を消すの上手いのに、王妃さま直属の侍女さんトリオはさらにその上をいく。すごいなぁ。
「ヴィンチ夫人の午睡の時間に合わせて、皆さまに報告があるそうです」
「ガビーノ伯爵のことかなぁ」
おれが無意識に呟いたとき。
「あああぁああぁっ!」
その悲鳴は、魂が裂けるようだった。
「おやめください、ファビオさま! やっ、痛い⋯⋯そんなの入らなっ⋯⋯あぁっ! ごめんなさい、なんでもします⋯⋯もうお許しください⋯⋯⋯⋯コンラッドさま打たないでッ⋯⋯ルードリィフさま、やあぁぁッ!」
「ヴィンチ殿を呼んできて! なにやってても最優先で!」
るぅ姉が叫んでいる。マーサさんが部屋を出て、カナリーさんは近くの怪我をしそうなものを排除した。一番傍にいたモーリンさんは暴れるマウリーノさんを支えていて⋯⋯おれは、背中を這う悪寒とチカチカする視界に動けなかった。
「バル兄さま! バル兄さま!」
マウリーノさんがヴィンチさんを呼んでいる。
「眠り香はヴィンチ殿が来てからよ。ヴィンチ殿を認識させてからでないと、目覚めたとき、恐慌が続くわ」
「かしこまりました。ご用意だけいたしますね」
「バル兄さまはすぐに来るわ。大丈夫よ、バル兄さまがあなたを助けに来てくれるの。バル兄さまのこと、信じられるでしょ?」
るぅ姉はヴィンチさんの名前を何度も繰り返した。マウリーノさんが一番安心できる相手の名を口にすることで、彼を落ち着けようとしている。
さっきまで、マウリーノさんはレアンちゃんとニコニコしてたのに、怯えて、苦しんでいる。
そして、マウリーノさんのこの姿は、過去の分岐で辿るかも知れなかったおれの姿。もしかしたら、起こり得る未来でもある。
「失礼します!」
「リーノ!」
ロベルトさんが礼節ギリギリの声をかけながら扉を開き、ヴィンチさんが飛び込んできた。るぅ姉とモーリンさんがすぐに場所を譲り、ヴィンチさんはマウリーノさんを抱きしめた。
「リーノ、リーノ、リーノ」
「兄さま? ごめんなさい⋯⋯ごめんなさい、兄さま。純潔じゃなくて、ごめんなさい⋯⋯」
侍女さんトリオが目配せしあって、モーリンさんを残してサロンを出て行く。るぅ姉がレアンちゃんを抱いておれにも退出を促した。背中に走る悪寒ともつれる脚のせいでうまく歩けなくて、ロベルトさんが支えてくれた。
ピスピス鼻を鳴らしたレアンちゃんが、気遣わしげにマウリーノさんとおれを見比べているのが見えた。
サロンを出るとおれはすぐに、ブライトさまに抱き上げられた。マウリーノさんのために廊下で待っていたみたいだ。
「いかがした?」
「心的外傷が発動ってところです。マウリーノさんに引きずられて、はーちゃんも」
抱き上げられたまま別のサロンに移る間、ブライトさまはずっと背中をあやすようにトントンしてくれた。歩きながら顳顬にもチュッチュッとキスをしてくれて、震えは少しずつ治まった。
サロンのソファーにブライトさまごと腰を下ろした頃にはやや落ち着いていて、みんなをほっとさせた。
「まず言っておくわ。マウリーノさんのことは、はーちゃんのせいじゃない。わかった?」
るぅ姉が言いながら、レアンちゃんをずいっと突き出した。咄嗟に受け取って膝に抱く。ピスピスと鼻を鳴らしながら、労わるように身を寄せてくれる。一般的なウサギの五倍くらいあるので重さがあるけど、温もりが心地いい。
「わかった、るぅ姉。ブライトさまも、心配してくれてありがとう」
「大丈夫。少し、眠る? 嫌なことは吐き出しちゃった方が楽かい? 玻璃の心が安まる方を選ぼうか」
「話します」
ブライトさまはおれとレアンちゃんの体重をものともせず、穏やかに微笑んで先を促してくれた。おれはるぅ姉と記憶をすり合わせながら、さっきの出来事を話した。
「女中さんがブライトさまの伝言を持ってきてくれて⋯⋯」
マウリーノさんのお昼寝時間に合わせてお話しって聞いて、るぅ姉やロベルトさんも参加するんだって思った。そしたら内容は多分、北のこととか東のこととかだろうなって。あとはガビーノ伯爵についてなにか調べがついたのかと。
「ぼくが何の気なしに、ガビーノ伯爵って言ったんです」
「その瞬間ですね。マウリーノさんが恐慌状態に陥りました」
「ガビーノ伯爵って、ファビオって名前でしたよね? 『おやめください、ファビオさま』って切れ切れに⋯⋯」
マウリーノさんは、寸前まで桜色だった頬が真っ白だった。目を開けているのにどこも見てなくて、痙攣してるのかと思うほど震えていた。
「名前で呼んだのか?」
「男爵継嗣が目上の伯爵を名前呼びなど、よほど親しくなければ許されるわけがない」
るぅ姉の護衛役を他人に譲りたくないミカエレさまは、ちゃっかり隣に陣取っている。マウリーノさんがるぅ姉を救ったらしいと聞いてから、彼はマウリーノさんに同情的だ。今もわずかな疑問点も漏らすまいとしている。
ブライトさまとふたり、眉間に皺を寄せている。
「わたしも昔、そう呼べと言われましたよ。尻を触られながらですが」
「おい、ロブ」
「あのとき土に還しておけば良かったと、心の底から思っております。ガビーノ伯爵はヴィンチ夫人を愛でていたようですね。ご本人にとっては虐待ですが」
氷の華がキラキラと舞う。ロベルトさんがすっごく怒っている。
「ルリもいるのだ。少し言葉を選んでくれないか?」
「玻璃のことも、もう少し落ち着けたいのだが」
「失礼しました」
主筋のふたりに嗜められたロベルトさんだけど、氷の華は減らない。
「大丈夫ですわ。わたし『四十八手で山手線ゲーム』出来ますもの。女学生の酒席なんてそんなものですから」
知りたくなかったよ。憧れの女子大生、食事会でそんなかよ。るぅ姉のお友達の可愛い系のあの人や綺麗系のあの人も、そうなんだね。
「ジジュウハッテ? ヤマノテ⋯⋯?」
ミカエレさまが首を傾げてる。そこ、日本語だったからわからないんだね。ちなみにおれ、四十八手がエロい用語なのは知ってるけど、中身は知らない。
話がそれちゃったけど、その分おれのマイナス思考も上向きになって、体の強張りはすっかり取れた。
「るぅ姉、マウリーノさん、知らない名前も言ってたね」
「ルードリィフ、ね。シュザネット公用語の響きじゃないみたい」
名前は三人出てきた。ガビーノ伯爵とコンラッド・チェスター、それとルードリィフ。
「ルードリィフはツァージャイル語の男性名だね」
「ツァージャイル」
また北が出てきた。ガビーノ伯爵への疑惑は、もう疑惑じゃないんじゃないかな。
「午後に伝えようと思っていたが、ガビーノ伯爵は黒であったよ」
やっぱり。
ブライトさまは苦々しく言った。昨夜遅く、闇に紛れて帰還した間諜が、ガビーノ伯爵邸の隠し部屋で、魔導砲らしき組み立て中の魔道具を見たとのことだ。並べられていた部品の中から、小さなものを三つほど拝借してきたものを、証拠として提出したという。
「それから、カロージェロ伯爵の継嗣が滞在している。表向きは父親の謹慎のため心ない中傷に耐えきれず、祖父を頼って身を寄せているそうだ」
謹慎て⋯⋯収賄で投獄されてんでしょ。国家の転覆を企んでる叛逆罪は、まだ証拠が揃ってないんだっけ?
「息子が黒かは不明だが、身元不明のもうひとりの客人と、頻繁に面会しているようだ」
もうひとりの客人と?
おれの疑問がわかったのか、ブライトさまが淡く笑った。背中をポンポンしながら続けてくれる。
「身元は不明だが、エルメル・ダビの報告書にあった北の密使と身体的特徴が一致した。密使はヴィンチ夫人を待っているようだ。⋯⋯名前はルードリィフなのだろうな」
ガビーノ伯爵邸に魔導砲がある。それさえ壊してしまえば、結界が一時的に解除されてもなんとかなる。ブライトさまは伯爵邸を制圧する計画を立てるという。
王太子の立場では勝手は出来ない。王都に座す陛下と連絡を密に取り、計画を進めて行かなきゃならない。
おれが不安に揺れたのを感じてくれたのか、ブライトさまはそっと小鳥のキスをくれた。
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