ヤマトナデシコはじめました。

織緒こん

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 シェランディア王国から帰国してすぐに、王様に謁見したおれたちは、事態が動いていることを知った。謁見の間で出迎えたのは、王さまや大臣たちのほかに、何故か南国の鳥男がいた。

 シュザネット風の衣装、おれたちが思うところの中世と近代の境目くらいのヨーロッパっぽい格好だ。羽と金環がないと、随分落ち着いて見える。南国の鳥じゃなくなってたよ。

 この謁見は、シェランディア王国外遊の報告会である。解体予定の属国の王族が伺候してるっておかしくないか? てか、どのツラ下げてシュザネットの王城にいるのさ?

 案の定、ブライトさまの機嫌がめっちゃ悪い。基本的におれのことは甘やかしてくれるので、いつもと違う様子はすぐわかる。シェランディアの廃王を見たときの視線よりはマシだけどね。

 王城に入る直前で、廃王をシェランディア大使館に込め、騎士団が篤く見張を立てた。元国王を留置所に入れるのも憚られての処置だった。大使館員は留められているので、世話人に不足はないはず。

 儀礼的な挨拶を終え、場所を王様の執務室に移すと、エルメル・ダビも同行する。やっぱりブライトさまと会談したいんだな。おれは一緒にいていいんだろうか?

 王様の執務室の机には使い込まれたペンとインクのセットが置いてあって、書類が何枚かペーパーウェイトで押さえてあった。職場って感じの佇まいに安心した。うちの王さまがまともな方でよかった。いや、廃王が酷すぎたんだけど。

 集められた顔ぶれは王さまを筆頭に副王さま、ブライトさまが王族。外務大臣と騎士団長と魔術師団長、北方守護の要であるジーンスワーク辺境伯爵、それと何故かエルメル・ダビとおれ。

 執務官が数人出入りしているけど、頭数には入れなくていいんだろうな。

 用意されたソファーに腰掛けると、上座に座った王様が疲れたように口を開いた。謁見の間で労いのお言葉は既にいただいているので、すぐに本題に入った。

「レオンよ、そのように恐ろしげな表情カオをするでない」

「お気になさらず」

 ブライトさまがしれっと言った。お父さまといえど相手は王さまだよ。

「此度集って貰ったは、シェランディアのエルメル・ダビ殿の話しを聞かせるべきだと思うてだな。ルーリィ嬢には女辺境伯爵カルロッタかレオンから伝えて貰おう。良いな」

「御意」

「承りましてございます」

 王妃宮にいるのに、なんで呼ばなかったのかな。外遊前の謁見では一緒にいたのに。

「ほほほ、そこの坊やちゃんがいてはルーリィは呼べまいな。ミケが大人しくしておるわけがない」

 なるほど。るぅ姉を呼んだら漏れなく護衛が付いてくるのか。ミカエレさまはるぅ姉のことが大好きだから、彼女に求婚している男の前に出すのは面倒くさい。ブライトさまだってこの状態だ、ふたり揃ったら目も当てられない。ご領主さまがエルメル・ダビを坊や呼ばわりするのは、全員がスルーしていた。

 騎士さまとか傭兵さんなら大丈夫なのではと思ったら、それはそれで障りがあるらしい。

 話はほとんど、ブライトさまとエルメル・ダビが進めた。胡散臭さの抜けた微笑みを浮かべるエルメルは、王太子宮でおれが対峙した男とは思えないほど、穏やかで誠実そうだった。憑物が落ちたってこんな感じなのか? 諦め切った瞳は誰かに似ていた⋯⋯サリエルさんだ。

 全部を引っ被って死を受け入れる人の瞳は、血のつながりのないはずの叔父君と同じだった。

 ブライトさまも同じことを感じたのか、彼を見つめる視線からトゲが取れた。このひと、おれのことを妻に迎えようなんて、今はこれっぽっちも思ってない。ブライトさまをシェランディアに連れて行く、その手段におれを使っただけだ。

「殿下の推測された通り、わたしの目的は果たされました。これ以上北に利用されてやる理由もございません。感謝と贖罪を込めて、皆さまがお知りになりたいことをお話しいたします」

 王位簒奪は、自らが王になるのが目的ではない。現在の王家を玉座から引き摺り下ろすのが目的だった。その後、誰が王になろうと興味はない。暫定国主がそのまま王になっても、国が解体されて宗主国の州に組み込まれても、民に不都合がなければそれでいい。

「信じよう。では聞く。そなたは何故、マウリーノ・ロレッタを訪ねた?」

 エルメルはマウリーノを訪ねた先で押し込みとかち合い、結果的に彼の救出に尽力したことになった。エルメルが騒ぎ立てなければ、向かいの住人は押し込みに気づかず、警邏隊への報告が遅れただろう。

「彼は⋯⋯北への貢ぎ物であったので、保護してもらった方がいいと、ご夫君に伝えたかったのです」

「貢ぎ物?」

 何やら不穏な言葉が出てきた。

「ハリーや、ちと聞き苦しい話になる故、そなたは席を外しても良いぞえ」

 ご領主さまに言われて、トラウマを刺激するような内容なんだと理解した。彼女は過日、騎士団の詰所で大まかな話を聞いているらしい。

 マウリーノ・ロレッタって、るぅ姉を押し倒してた人の名前だ。伝え聞いたところによると、コンラッド・チェスターに脅されて悪行に加担していたらしい。被害者だったってことだけど、詳しくは聞いてない。

「大丈夫です」

 おれはそれだけ言った。ブライトさまが手を握ってくれたので、安堵が広がった。

 王様が頷いて、エルメルを促した。

「貴国の法務大臣であったブランド・カロージェロ伯爵は、ツァージャイル共和国の密使の饗応をチェスター伯爵に一任していました。密使は⋯⋯その、玄人を好まなかったので、伯爵は息子の婚約者を差し出そうとしました。ロレッタ男爵令嬢イヴリンです」

 言葉を濁したけど、夜のお相手ってことだね。おれがブライトさまとすることを、好きでもない人とする。脳裏に一瞬、ハスキー犬の冷たい瞳が浮かぶ。背中がぶるっと震えるのを感じた。

「それを知ったイヴリン嬢の兄、マウリーノが身代わりになったわけだ」

 修道院に送られて俗世を離れて暮らすイヴリンは、兄の献身を知らない。ただ無知で無邪気な我儘娘だっただけだ。色んな悪事が発覚しつつある今、身分を剥奪されるほどの罪だったのだろうか。ピンクのドレスを着たフワフワした少女を思い出す。

「密使はマウリーノ殿に夢中になってしまって、どうしても欲しいと言い出したので、帰国の折には献上する手筈になっていました。先だっての押し込みは、ツァージャイルの密使の手の者でしょう。言葉に訛りがありました」

「バルダッサーレに聞かせるには配慮が必要じゃ。罪人塔に乗り込んで、カロージェロ伯爵とチェスター子爵の首をへし折られてはかなわぬ。まだ取り調べが終わっておらぬゆえ」

 取り調べが終わってたらいいんですか、ご領主さま。

「ともあれ、北の密使は帰国しようとしているのだな」

 ブライトさまが呟いた。お土産にマウリーノを拐おうとしたっていうのは、そういうことだ。

「ええ、その際、わたしも共に行くよう言われております。魔力の多いものを勧誘して歩いているようです」

 そう言えばステッラ副団長もスカウトされたって言ってたな。対シュザネットの戦力をシュザネット国内で確保するって、無謀じゃね?

 エルメルはブライトさまの予想通りに目的は宗主国の転覆ではないから、今更ツァージャイル共和国に赴く必要がない。なんなら全部ぶちまけて、見返りに死を賜る心づもりだ。
 
「魔導砲の動力のためだね。だが、魔導砲と言ってもどれ程の威力なのだろうか? 魔力の充填量から鑑みるに、複数所持しているとは思わぬが。北の山脈から王都は遠い」

 ブライトさまの疑念に、おれも思うところがある。想像では、漫画やアニメで見た大砲が魔導砲のイメージだ。映画ラスト◯ムライで見た、幕末みたいなのでもいい。そんなものを馬も越せない山、運んで来るのかな。人力で押す?

「それについてもお話が。ツァージャイルは王都を墜とすつもりはありません。ジーンスワーク辺境伯爵領です。密使はかの地を落とせば、シュザネットは壊滅すると言っていました」

「ジーンスワークを墜とすは楽ではないぞえ」

 岩壁を利用した堅牢な城を落とすのは、至難の技だ。それこそ、建国の頃より北方守護の要として、代々の辺境伯爵が守っていると歴史で習った。住んでいる領民もかなり強い。

 なんてったって家令のロベルトさんがアレで、従僕頭のマリクさんがソンナだから。粉屋のおかみさんだって暴れ羊一撃だし。北の連邦国家は長いことジーンスワークを攻めあぐねているって読んだけど⋯⋯。魔導砲一基でなんとかなるもんかな。


「惑わしの森の封印を破ると⋯⋯」

「!」

「!」

「!」

 魔女さまの森の⁈

 ジーンスワーク辺境伯爵領にある惑わしの森は、アレッシア・シュトーレン女伯爵が護る封印の地だ。おれとるぅ姉を養子にしてくれた魔女さまで、領地を持たない伯爵位を賜っている。ご領主さまことカルロッタ・ジーンスワーク女辺境伯爵の寄子よりこっぽく思われがちだ。

 るぅ姉が言うところの寄子って言うのは、戦国時代の武将の上下関係みたいなもので守護大名(寄親よりおや)と地侍(寄子)の関係が近いかな。中世日本の制度だからシュザネットには当てはめられないけど、うまいこと言えない。

 とにかく、ジーンスワークとあまり交流のない土地では、魔女さまとご領主さまの関係は、こんなふうに思われている。実際は魔女さまありきのジーンスワークなのだと聞いた。たとえご領主さまの血筋が途絶えても、アレッシア・シュトーレンはそこにあり続ける。

 惑わしの森の封印の魔女。

 森にある何かを封印するために、魔女さまは死ぬまであの地を離れることはないのだと言っていた。

「魔女さまは、なにを封じておられるのですか?」

 もしかしたら、養子になる時に説明されていたかもしれない。ただ王都に来るまでのおれのシュザネット語は、お喋りしはじめの幼児のようだったので、難しいことは覚えていないんだ。国の護りとか、結界の要とかあやふやだ。

「⋯⋯魔硝石だ。魔硝石を封じている」

 魔硝石って、洋燈らんぷの電池? そんでもって、北のツァージャイルがおれで代用しようとしてる? 東の領地で採掘してるって聞いたことあるけど。ジーンスワークでも採掘すれば、領の財政が助かるんじゃない?

「魔硝石って、封印するものなんですか?」

 ブライトさまはポカンとしたおれに、苦い笑みを向けた。

「惑わしの森の地面の下、ほぼ全体を埋め尽くす巨大な魔硝石だ。それも、世界創造より長の年月をかけて、大地の魔力を吸収し続けている、な」

 それって⋯⋯。

「魔硝石って、大きさに見合った魔力以上に取り込んだり、急激に充填したりすると、破裂しませんでした?」

 執務室にいる全員が白い顔をしていた。

「アレッシア殿は、わずかに地表に顔を出している魔硝石から、魔力が飽和しないよう、常に吸い出して身のうちに取り込んでいるんだ。彼女の不老の秘密だよ」

 そして、たおやかな女性が持つ、無尽蔵の魔力の秘密でもある。

 魔女さまは魔硝石の露出部分に結界を張って封印し、外部からの衝撃から護っている。結界を張り続けるための魔力は、魔硝石から絶えず流れ込んでくるから不足することはない。

 そんなふうに説明されたって⋯⋯。

「北は魔硝石に魔導砲を撃ち込んで、破裂させるつもりなのですか?」

 阿呆じゃないか⁈

 て言うか、大馬鹿だ‼︎

「魔硝石は、地下はどのくらいの深さまで有りますか⁈」

 おれは思わず立ち上がった。

「玻璃、深さが何か?」

「⋯⋯異世界の知識かや?」

「⋯⋯」

 この世界は、地球と同じような惑星なのだろうか。太陽があって、月があって、星々の瞬きがある。北は寒くて、南は温かい。酸素もあっておれは呼吸している。ハヤテに掴まれて空から見た空と大地の境目は、緩やかに曲線を描いていたように思う。魔法の有無以外は変わらないんじゃないか。

 では、この足の下は?

 理科の教科書にはカラーで、切り分けられた地球の断面図にオレンジ色のマントルが描かれている。プレートとか断層とか、習ったけどうろ覚えだ。

「ハリーや、何か思うところがあるのだな。申してみよ」

 王さまに促された。
 
「大丈夫、落ち着いて」

 ブライトさまがおれの腰を抱いて膝に乗せてくれた。こんな時でも通常運転だなぁ。ブライトさまがいつもと同じでちょっと落ち着いた。

「ぼくの国の知識になります。大地の成り立ちが同じかわかりませんので、ぼくの予想とちがう事になるかもしれませんし、るぅ姉の方がきちんとお話しできるかもしれません」

 前置きして、ゆったりと口を開いた。

「地震って、この国にありますか? 地面が揺れて、建物が壊れたりすることです」

「あぁ、地震じぶるいだね。神の怒りと言われているよ」

「ぼくの国では、原理が解明されていたんです」

 神さまのお仕置きとかじゃなく、きちんと科学的な根拠があった。地震大国日本で育ったおれは、小学校低学年のころのあの震災を、忘れることができない。

 地面の下に大地の重なりがあって、ズレると地表が揺れること。そのズレが大きいほど揺れも大きくなり、範囲も広がること。地下資源である魔硝石が破裂したら、大きさと深さ次第で、重なりがズレる可能性があること。また、火山に繋がる何かを刺激した場合、噴火の恐れもある。

 揺れは山も家も突き崩し、多くの人々が下敷きになる恐れ。時間帯によっては火災が発生しやすくなる。

 惑わしの森が震源地なら、ジーンスワークの岩城は崩れるだろう。地震が起きなくても魔硝石の破裂⋯⋯爆発の規模によっては、一瞬で瓦礫になるに違いない。

「国の高位学舎で学んだ学者さんが、何世代にも渡って研究している事なので、ぼくは上辺うわべしか説明できません。大地の重なりっていうのはですね⋯⋯」

 両手を胸の前で寝かせて重ね、プレートが下に入り込むゼスチャーをする。手の甲から腕にかけてを地表に見立て、下側の手をスルスルっと下方に動かす。

「何万年もかけて、ぼくの身長くらいを引き込みます。いっぱいまで引き込んだら⋯⋯バンって元に戻ろうとします。」

 スパンと元に戻した。

「この衝撃で地面の上にあるもの、つまり人が作ったものも自然に出来たものも大地ごと揺れるんです。それが地震の原理のひとつです」

「ひとつ、というのは他にもあるの?」

「はい。火山ってありますか? 南の保養地に温泉があるから、ありそうですけど」

「シェランディアとの境にある山が、二百五十年前に火と岩を噴いた。国史に記されているよ」

 活火山だね。かつては日本でも二百五十年くらい噴火していないと、休火山と呼ばれていたけど、地球規模の二、三百年は瞬きの間だ。結局休火山という名称は使われなくなった。なんとあの富士山、活火山なんだぜ。

「火山から噴き上がる火と岩は、地面のずっと奥でドロドロに溶けて繋がりあっているんです。外部からの刺激で連鎖したら、シュザネットだけの問題じゃなくなります」

 惑わしの森の魔硝石のサイズが、おれが思っているより小さかったらいい。けど、たいしたことのない魔硝石に、稀代の魔女を何年も封じているはずがない。みんな、おれが地震の話をする前から白い顔をしていたんだ。つまり魔硝石が破裂しただけでも、ジーンスワーク領が全て吹っ飛ぶくらいの想像してたんだろう。

 爆発の衝撃が地表にだけ向くわけがない。魔硝石の周り、三百六十度ぐるっとだろ。北の境の山脈だって隆起や陥没は免れないだろう。天地創造のころから溜め続けたエネルギーだ。下手すりゃビッグバン。この世界の滅亡じゃないか。

「王太子殿下のご婚約者は、まことの神の娘か⋯⋯」

 エルメル・ダビ、真実を見つけたように呟いてるけど、なんで娘かな! いい加減、誰かおれの性別突っ込んでよ!

「ツァージャイルは位置的に山脈よりずっと北西にあるから、自分のところには被害が少ないと思ってるのだと思います。そもそも、地下の大地の重なりや溶岩の概念が無いのです。ジーンスワークを潰して傀儡の王にしたダビ殿を使ってシェランディア王国と挟み、王都に圧力をかけるくらいしか思っていないんじゃないでしょうか」

 一月、三月、九月は震災ドキュメンタリー番組を多く見た。関西であった大きな地震時に撮られたヘリコプターからの映像は、崩れた瓦礫に燻る煙り。カラー撮影のはずなのに、全てが灰色に見えた。

「たった一基の魔導砲で、人が大勢死にます」

 おれの声が虚ろに執務室に響いた。
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