ヤマトナデシコはじめました。

織緒こん

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ラピスラズリの溜息 05

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 花柳瑠璃、二十歳。弟と別口で、更に面倒くさいことになっておりますが、なにか?

 はーちゃんが王太子さまと外遊デビューするにあたって、わたしは王城の王妃宮に引き続きご厄介になることになった。王妃さまのプライベートスペースなので男子禁制かと思ったけど、そうでもない。身内は別らしい。⋯⋯大奥とは違うのね。

 王妃さまの身内、甥御さまにあたるミカエレ・ジーンスワーク辺境伯爵継嗣は、堂々と王妃宮に入り浸っている。他の護衛が奥の間まで入れないので、都合がいいんだそうだ。

 メインの護衛はご領主さまの下僕⋯⋯げふんげふん、崇拝者のヴィンツェンツォ・ジャコモ卿。名前あったのよ、当たり前だけど。それからバルダッサーレ・ヴィンチ殿。元騎士で今は腕っこきの傭兵をしている。ふたりとも、ご領主さまが騎士団長をしていた頃の部下なんですって。

 ミケさまもご領主さまの甥なので、わたしの周りはご領主さまの関係者で埋め尽くされている。

 さて王妃宮に篭って数日で、することと言ったら王妃さまのお話相手と、モフモフちゃんたちを愛でに行くことしかない。愛でに行くというか散歩させるために行くのよ。

 獣舎の中に閉じ込めたままでは、運動不足で病気になってしまう。機嫌も悪くなって、餌当番を怪我させるかもしれない。それでも獣魔ちゃんは騎士団員の言うことを聞かないので、外に連れ出すことはできないのだった。わたしとはーちゃんには懐いてるけど。

 思うに最初から獣魔は怖いものだって、ビクついているのが良くないんじゃないかなぁ。

「ユーリャ、エリシャ、レアン、お散歩よ。お・さ・ん・ぽ」

 獣魔の獣舎は厩とは離れた場所にある。馬は繊細な生き物なので、獣魔の側では落ち着かないから。

 厳重に施錠されていた扉を開いて中に入ると、胸に衝撃を受けた。勢いによろめくと、背後に控えたミケさまが支えてくださる。

「危ないから、わたしが先に入ると言っただろう」

「ミケさまだったら、こんなものじゃすみませんわ」

 胸元で長い耳をピルピルさせている魔兎のレアンに頬擦りする。カーワーイーイー♡

 お利口にして待っている魔狼のユーリャの尻尾はバッサバッサと揺れているし、魔熊のエリシャも座ったまま体を伸ばしてアピールしている。このモフモフたち、ミケさまが最初に現れたら喉笛を狙うと思うわ。

「お散歩が終わったら、ブラッシングしましょうね」

 わたしの声を合図に、獣魔たちは立ち上がった。一般的な狼や熊より大きい。獣舎からいそいそと出ていく姿は散歩が待ち切れない子供のようだ⋯⋯と思ったのはわたしだけのようで、待っていた護衛のジャコモ卿とヴィンチ殿が「うおっ」と言ってのけぞった。

 護衛はミケさまを入れて三人だ。場所が場所だけに、付添人シャペロンはいない。獣魔に怯えて失神でもされたら困るので置いてきた。

「蝶々さん、その腕の中のは魔兎じゃないか?」

「そうよ、可愛いでしょ」

「いや⋯⋯見た目はともかく、蹴り足と切歯(前歯)は要注意なんだがな」

 デローンとぶら下がると結構なサイズだ。なかなか重量もある。お尻の下に手を入れて丸めるように抱き上げると、甘えて鼻をピスピス鳴らした。

 魔狼と魔熊がズルイと言うように体を擦り付けて来て、ミケさまは弾き飛ばされた。わたしは揉みくちゃになって土の上に転がされ、楽しくなって笑いが溢れた。

「こらぁ、これじゃお散歩にならないわ。レアンも自分で歩くのよ。運動しなくちゃご飯が美味しくないわよ」

 そりゃいつまでだって、こうして戯れていたいけど、運動させなくちゃ。アルノルドさんが帰ってくるまで、この子たちの健康を守らなきゃいけないのよ。

「なんつぅか、この姫さん、魔兎みたいだな。見た目と中身が違いすぎる」

 ヴィンチ殿、それって褒め言葉のつもりじゃないでしょ? 独り言のつもりかもしれないけど、バッチリ聞こえてますからね。

 二頭と一羽を騎士団の鍛錬場に放つ。魔法をぶっ放しても壊れない頑丈な作りになっているので、好きなだけ遊ばせられる。騎士たちの休息時間を融通してもらったの。

「ごめんなさいね、ジャコモ卿。騎士さまの鍛錬の場をお借りして」

「我々は時間をずらしますので、問題ありません。そもそも獣魔は騎士団の戦力です。緊急時にステッラ殿以外が馭せない方が問題なのです」

 キリッとしてまともなことを言う。ジャコモ卿はご領主さまが絡まないと、至極優秀な騎士さまだ。平民の出ながら騎士爵を賜るほどの実力の持ち主だと聞いた。ただの下僕じゃなかったわ。

「ルリ、キモノがすっかり汚れてしまった。やはりドレスの方が良かったのでは?」

「間に合わなかったのよ」

 今日のスタイルは和洋折衷、おばあちゃんが見たら絶句しそうなコーディネートなのよね。

 汚れてもいいように、侍女か侍従のお仕着せを着ようと思ったんだけど、王妃さまにも女官長さまにも大反対されたのよ。用意されたのは絹の女性用乗馬服。絶対ドロドロになるのに冗談じゃない。

 長持から洗濯機でも洗えるポリエステルの着物と半幅帯を引っ張り出した。フリルのついたスタンドカラーのブラウスを着て、着物は膝丈にする。帯は邪魔なのでぺったんこのカルタ結び。下に履いたペチパンツは裾のレースだけ見えていて、膝から下はジョッキーブーツ。和風パンクロッカーみたいな格好よね。

 この手のコーデって見る分には好きだけど、自分自身は古典的に着物を着たい派なので落ち着かない。けど、日本円でウン十万もするような絹服で、獣魔と戯れる度胸はない。庶民が使う木綿や麻の服を取り寄せてもらっている最中だ。

 とは言え、着物自体が高価なものだと思っているミケさまには納得できないらしい。ポリエステルの概念がないからね。

「魔鷲の散歩はいいのか?」

「怪我の様子を見てからですわ。獣医さまと鳥使いがおりますし、新幹線ちゃんたちにも見張らせてますから」

 魔鳥に見張られているのは鳥使いであって魔鷲のハヤテではない。鳥使いは詐欺誘拐団の一味だけど、アルノルドさんが帰ってくるまで、枷付きで罪人塔から出された。態度が良ければ執行猶予がつくかもしれない⋯⋯執行猶予の制度ってあるのかしら?

 ヴィンチ殿はエリシャとボール遊びを始めた。ボールと言っても古布を丸めて革で包んだもので、弾力はほとんどない。投げるより噛む玩具で、わんちゃんのホネホネか赤ちゃんの歯固めみたいなものらしい。

「すごいな、ヴィンチ殿。魔熊と渡り合っている」

「さすが暁の獅子と言うべきか」

 休憩の終わった騎士たちが遠巻きに見ている。ユーリャと駆け回るわたしに驚いている。犬科の動物って逃げると追いかけてくるでしょ? わたしが襲われているようにも見えるみたいで、ギョッとして剣に手をかけるので、ミケさまとジャコモ卿が止めて歩いていた。

 魔獣たちが満足するまで遊んで、獣舎の前でブラッシングをするといい時間になった。わたしも王妃宮の中は窮屈なので、思い切り走り回ってスッキリしたわ。最近合気道の型もやってないし、運動不足だったのよね。

 王妃宮に帰る前に、騎士団の詰所でヴィンチ殿が呼び止められた。二言三言言葉を交わすと、ヴィンチ殿は突然、詰所の壁に拳を叩きつけた。

「悪いが蝶々さん、リーノを王城で匿うことは可能か?」

 ヴィンチ殿が獰猛な獣みたいな表情カオで言った。罪人塔で初めて会った時の表情だ。

「マウリーノになにかあったのね?」

 マウリーノはヴィンチ殿の妻に納めた男爵家の元継嗣で、一連の騒動の被害者たる青年だ。最初は加害者として捕縛したのだけど、主犯であるコンラッド・チェスター伯爵継嗣に、長年虐待された被害者だと判明した。

 コンラッドが捕縛され、引き離されたことで支配を逃れ、幼馴染みのヴィンチ殿が引き取ったんだけど。

「昼間は女中とふたりで家にいるが、押し込み(強盗)があったらしい」

「すぐに帰ってあげてちょうだい」

 傭兵のヴィンチ殿を雇うに当たって、自宅の警護も契約に含まれる。心神喪失状態のマウリーノは、コンラッドを通じて、法務大臣と北の連邦国の重要機密を知っている可能性がある。だからヴィンチ殿がわたしの警護をしている間は、騎士団の王都警邏隊が注視しているのよ。

「押し込みはすぐに退散したらしいが、リーノが錯乱してるそうだ。騎士が家に入ると自傷しそうなんで、ばあさんが押し留めてるらしい」

 あー、はーちゃんと一緒だ。ヴィンチさんじゃなきゃダメなやつだ。でもその状態でお年を召した女中さんとふたりきりは危険よね。

 ミケさまと会わせたくないなぁ。マウリーノは被害者だって納得してくれてるかしら。

「ミケさま、王妃さまにお願いしてください。ヴィンチ殿はマウリーノを直ぐに連れて来てくださいね」

「感謝する」

 イラついていたヴィンチ殿は直ぐに詰所を出て行った。わたしはミケさまに向き直り、もう一度頼み込む。

「ミケさまは王妃さまの甥御さまです。直接お願いできるのは、ミケさまだけですから」

 とか言ったけど、マウリーノは重大な秘密を知るかもしれない存在なので、何処かに隠しておかなければならないだろう。ただの押し込みが『暁の獅子』の自宅を狙うはずがない。誰だって命は惜しい。それを押して事に及んだのなら、狙いはマウリーノと見て間違いない。

 話は直ぐに通り、マウリーノは王妃宮に保護されることになった。ヴィンチ殿が彼を連れてくる前に泥を落とし、ディドレスに着替える。

 王妃宮には入ったものの、王妃さまに対面させることはない。本来なら身分的にもこんな奥宮に上ることは許されていない。今回はあくまで保護だからね。

 護衛以外の男性が入れる範囲では最奥の客間が用意されて、そこでマウリーノと対面した。

 グレイがかった金髪の青年は、すっかり病みやつれてヴィンチ殿に抱かれていた。客間に入ったわたしの背後にいるミケさまを見るなり、引きつけるように呼吸を忘れ、ヴィンチ殿が背中をさすって耳元に何かを繰り返しささやいた。

 やがてヒッヒッと苦しげな呼吸をした後、涙を流しながら「ごめんなさい」と繰り返し始めた。

 付添人シャペロンを兼ねた王妃宮の侍女が、眠り香を焚き染めたハンカチーフを用意した。しばらくして規則的な寝息が聞こえてきて、ヴィンチ殿はマウリーノを寝室に運んだ。

 思いの外重症だわね。

「あれでは憎めない⋯⋯」

 ミケさまがかすれた声で言った。余程衝撃を受けたらしい。わたしを押し倒したマウリーノを、ミケさまはずっとご自分の手で処罰したいと表明していた。けれど彼がいちばんの被害者だと言うことを、目の当たりにしてしまった。

「せっかくマシになって来たのに、すっかり元に戻っちまった」

 マウリーノを侍女に任せて戻ってきたヴィンチ殿が、苦々しく言った。

「揺り戻しね」

「あれでは日常生活も儘ならぬだろうな」

「最初のうちは女中のばあさんが、赤ん坊を世話するみたいにしてたんだぜ」

 遅れてジャコモ卿がやって来た。マウリーノと顔を合わせなくてよかったかも。ジャコモ卿は騎士らしく精悍な顔つきと鍛えた体躯をしている。

「警邏の騎士からの報告を受けておりました。ヴィンチ殿は今は内部の報告は受けられませんが、副団長から閲覧の許可を得て来ましたよ」

 数枚綴られた報告書を差し出して、ジャコモ卿が言った。ホントにご領主さまが絡まないと、出来る男になるのね!

 ヴィンチ殿は報告書を受け取って、じっくりと目を通している。縦も横も大きい傭兵は、わたしの護衛をするにあたり、少し身綺麗にしてきた。なかなか様になっている。徽章や所属章がついてない騎士服みたいな服装だけど、こなれた感じに着こなしている。さすがに元騎士だ。書類をめぐる様子も堂に入っていて、結構高位まで階級を上げていたんじゃないかと思う。
 
「ばあさんの証言と近所の住人の目撃談だな。風貌は何処にでもいるような中年の男が四人か」

 普通の訪問者のように玄関から挨拶をし、通りの向かいに住む奥方は「お客さんなのね」としか思わなかったと言う。実際には玄関の外に出た女中が主人の不在を伝えて訪問を断った後、家に入ろうと扉を開けたところをついて押し入った。

 男は「マウリーノ・ロレッタを出せ」とはっきり言ったらしい。入籍してヴィンチ姓になっているけど、特に披露目をしていないので、貴族階級でも知っている人は少ないだろう。女中を引き倒して家中の部屋の扉を開けて、マウリーノを探し出し、玄関からぐったりした彼を担ぎ出したところで、なぜか通りすがりのエルメル・ダビが押し込みと応戦。警邏隊が到着しマウリーノを奪還したものの、押し込みには逃走された、と。

「で、南国の怪鳥を捕まえたのね」

「捕縛と言うか、勇気ある旅行者として丁重にお招きしてます」

 ジャコモ卿が訂正した。そうね、わたしに求婚したり、はーちゃんに色目使ったりしたのは犯罪じゃないわね。アルノルドさんを誘拐したのも怪鳥じゃないから、捕縛はできないのね。北と繋がっていたとして、北と彼の母国の問題であってシュザネットは関係ない⋯⋯今のところ。

 て言うか⋯⋯。

「その名前、ルリに不埒な真似をした男だな」

 ミケさまが面倒くさいことになってる!

 別に触られたりしてないから! 

 なんでこのタイミングで、南国の怪鳥が出てくるのかしら。彼は駐在大使の任を降りてもシェランディア王国の高位貴族だから、無碍に扱うことはできない。慌てて迎賓館に迎える手続きをしている最中とのことだ。

 わざわざ姿を表して騎士団に身を預けたってことは、何か目的があるんでしょうね。エリア・アレ公爵が暫定国主として出立したと聞いたから、エルメル・ダビの王位簒奪はほぼ不可能。身の振り方でも相談に来たのかしら。

 もうすぐはーちゃんと王太子さまが帰国する。ミケさまと王太子さまが揃うのか⋯⋯。そして南国の怪鳥が彼らと対峙するのね。

 うわぁ、一緒にいたくないわぁ。

 まぁ、高度に政治的なお話し合いに、地方伯爵の養女が立ち会うこともないわね。ミケさまだって未だ王都でお役目を持っているわけでもないから、直接会うことはないでしょう。⋯⋯ないわよね?

 さっきから視界の隅に、美しいおもての眉間に皺をきざんだミケさまがいるの。

 マウリーノだけで手一杯なのに、南国の怪鳥め。面倒くさいことになる予感しかない状態に、別れたばかりのモフモフたちに癒されたくなったのだった。

 

 
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