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 忠臣さん改め、サリエル・ダビさん。なんと南国の鳥男の叔父さんだった。ゴツい体に髭面で、控えめに首に下げた金環も相まって、ツキノワグマにも見える。すらっとしたイケメンと、似たところがどこにも無い。あ、異母兄の国王とも似てないか⋯⋯いや、あっちは体が細いところだけ似てるか?
 
 おれたちは謁見の間から場所を移して、王の執務室、とやらに移動した。奇麗なものだったよ。使った形跡まるでなし。つまりはあの国王、仕事してなかったってことだ。

 突き当たりに立派な机があって、その手前に応接スペースがある。ドラマで見る校長室みたいな間取りだな。もちろん、それよりずっと広くてキラキラしいけど。

 応接セットの座面の低いソファーにブライトさまと並んで座る。ヴァーリ団長と外務の管理官さんが斜め後ろに立ち、ロベルトさんが入り口の扉の前に控えた。入り口から入って右手にある扉は文官の執務室に繋がっているらしく、そこにも騎士さまがひとり配置された。侵入者に備えてだ。

 サリエル・ダビさんは結局ひとりでやってきた。まともに話の出来るひとが他にいなかったからだ。

「非公式な会談だ。座るがいい」

 ブライトさまに促され、慄き恐縮しながら、サリエルさんが向かいに座った。床に平伏したそうなそぶりが見えるけど、国の要人だからね。内務卿、とやらだって。

 侍女さんトリオが座っている人数分のお茶を煎れて、音もなく去っていく。流れるような作業が美しい。⋯⋯この空気の中、平然とお茶だけ出して行くって、すごい胆力だと思う。

「前国王⋯⋯廃位は決定だが、異論はあるまいな」

「寛大なご配慮を賜り、篤く御礼申し上げます」

 廃位で寛大。サリエルさんはよく分かっている。属国の王が在位中に宗主国より死を賜ると言うことは、国が滅びるのと一緒だ。退位とか譲位でなく、廃位ってところが罪人扱いなんだと思う。

「前王の我が伴侶への狼藉と、侯爵夫人誘拐については仔細調査する。証言が取れるかはわからぬが、それが終わるまでは生かしておこう。前王以外の者も、聴取が終わるまで宮殿に留め置く」

 逃亡や証拠隠滅を防ぐには、入り口の封鎖は基本だ。謁見の間にいた大勢の家臣たちは、全員の話を聞き終わるまで解放されない。

「素直に応じない者の処遇は、こちらで好きにするが良いな?」

「承りました」

 管理官さんが言うと、サリエルさんは素直に頷いた。

「それでは殿下、わたくしは家臣たちの聴取に参ります。人数が多いので、お時間を頂戴いたします」

 管理官さんは優雅に礼をして執務室を辞し、おれたちはそれを見送った。しばらく沈黙が流れて、ブライトさまが冷めたお茶に手を伸ばした。

 茶碗ティーカップがわずかに音を立てた。

「さて、こっからは形式は取っ払います。非公式なんでね」

「ヴァーリ殿、砕けすぎです」

「いや、まどろっこしいと話が進まないのでね」

「いいよ、ロブ。わたしもさっさと話を進めたい」

 ブライトさまがロベルトさんを愛称で呼んだ。一気に空気が変わる。

 それを待っていたようにカナリーさんとモーリンさんが入って来て、扉を警戒していた騎士さまと入れ替わった。騎士さまは何も言わずに恭しく礼をして退出する。事前の打ち合わせがあったのかな。

 とにかく、これで執務室の中はサリエルさん以外はおれの身内だけになった。ヴァーリ団長⋯⋯ギリ身内だよ。

「玻璃、おいで」

 おいでって言われても、すでに隣に座ってるんだけど⋯⋯お膝っすか! 非公式だけど、属国の要人の前っすよ! うにゃーッ!

 顔から火が出る⋯⋯。

 多少は抗ってたけど、サリエルさんの前で暴れるわけにもいかず、おれはブライトさまの膝の上に乗せられた。横抱きにされて足をソファーの座面に下ろす。草履って思ったら、カナリーさんがススッと寄って、脱がせた草履を揃えて元の位置に戻って行った。くノ一ですか?

「さて、ダビ殿。我らがシェランディアに参ったは、アルノルド・ステッラ侯爵夫人の救出は勿論だが、其方の甥、エルメル・ダビの謀反に関わることで詳しく話をしたい」

「謀反⋯⋯」

 サリエルさんの表情カオが、今日一番辛そうに歪んだ。

「此度の騒動、エルメル・ダビがジーンスワークの蝶々姫に求婚したことが発端である」

 るぅ姉に求婚しただけなら、なんの問題もなかった。今となってはシュザネット国外には、絶対にお嫁にいけないけど、あの時点では、るぅ姉の結婚はるぅ姉本人の意思に任せる意向だったんだ。受けても受けなくても、縁談がひとつ持ち上がって、消えただけの話だった。

 その後おれと二股かけたあたりから、エルメル・ダビの背後がきな臭くなって来た。

 エルメル・ダビが起ったのは、おれと言う存在が大きいのだと思う。それまでも計画は練られていたんだろうけど、魔硝石の代わりになるおれを知ったことで、計画が動いた。

 見えるひとなら、おれから溢れるブライトさまの魔力はすぐに感じたはずだし、北との繋がりで魔導砲のことを知っていれば、利用できそうだとも思うだろう。

 おれひとりで、国を三つ動かせる。

 何という、自惚れ!

 ないないない、ってノリツッコミしたいけど、すでに二つの国は動いている。三つ目、北のツァージャイルも、多分。

「エルメルは⋯⋯甥ではありますが、血縁関係はありません。先王、いえ、先々王が兄の妻に産ませた子にございます」

 その辺りは調べの通りだ、って、似てないと思ったら他人だったのか。

「兄の婚礼の夜、花嫁は王に拐われました。誓いは為され、神にも人臣にも認められた正式な婚姻です。相手が王でさえなければ、兄は夫の権利を行使し、花盗人を殺していたでしょう」

 結婚式当日⁈

 あまりのことに、全員の視線がサリエルさんに集中した。意外と怒りの沸点が低いロベルトさんが、美しい顔を般若にしている。

 サリエルさんの話は続く。

「半年ほどして、義姉は唐突に公爵家に帰ってきました。着の身着のまま『飽いた』と放り出されたのです。虚ろな目をして、膨れた腹で⋯⋯」

 彼女は十歳で足入れ婚し、十五歳で婚姻するまで清いまま、公爵の掌中の珠と大切に育てられた。腹の子は王の子で間違いなかった。

「わたしの目から見ても、兄と義姉は仲が良かった。兄は歳の離れた幼い花嫁が、心身共に大人になるのを待っていた。義姉も初恋を実らせた幸せな花嫁で、温かな未来しか見えないはずだったのに」

 公爵はエルメル・ダビを大切に育てた。愛しい妻が産んだ、自分の息子として。エルメルには何も伝えず育てるはずが、王宮の意地悪なおしゃべり雀のせいで、彼が七歳の時には全てを理解していたようだ。

 先々王が崩御し先王が即位した頃、義姉の心は自邸の庭までなら出ることができるまで回復していた。それを壊したのは、先王だった。サリエルと共に出仕したエルメルの姿を見て、父が手折った花に興味が湧いたのだという。愛妾として差し出すよう公爵家に宣旨があったのはすぐだった。

「ダビ公爵家は、国の要を自負しておりました。それ故に政敵が多くございます。彼らはダビ家に直接仇成す愚を冒さず、先王、先々王が幼少の頃より、耳に優しい言葉ばかりを与えて養育することで、我が家は筆頭家臣でありながら、口煩いだけで役に立たないものとされました。⋯⋯役に立たないならせめて女でも納めろ、と直に言われたのでございます」

 義姉は自ら命を絶った。

 エルメル・ダビが王位の簒奪を決意したのは、恐らくそのときだ。

「エルメルは、我が兄を苦しめた王家を⋯⋯ひいては自らを厭うております」

「それで北と繋がったの?」

 ポロリと口から言葉がこぼれた。

 育ての父を愛しているんだろうなぁって思う。復讐の為に選んだ北のツァージャイル共和国が、どんな危険な国か知っているんだろうか。

 おれだって、侍女さんトリオに最近レクチャーしてもらったばかりで、詳しく知っているわけじゃない。それでも魔導砲とやらが危険な兵器だってことは想像できる。外交官になれる程外交に詳しい人が、その危険に気付かないはずがない。

「すべて承知の上でございましょう」

「それは、我がシュザネットが計画を阻止することまで含めてか」

「恐らくは⋯⋯」

 シェランディア王国を滅ぼすために、宗主国を引き摺り出そうとしたってこと?

「内乱では長く決着がつかず、国内が荒れて民が疲弊する。最初からわたしを担ぎ出して、国を平らげさせたかったか」

「恐れ多いことでございます」

 ブライトさまの苦々しい声に、サリエルさんの絞り出すような声が重なった。
 
「ねぇブライトさま」

「なに?」

「エルメル・ダビは国王の前にブライトさまを引っ張り出したことで、目的を達成したんでしょう? ツァージャイル共和国は侵攻を止めると思いますか?」
 
 沈黙が降りた。

「⋯⋯⋯⋯やめないでしょうね」

 おれも思った。ヴァーリ団長、溜息の数だけ幸せが逃げちゃうよ。って、おれが変な質問ぶっ込んだせいだけど。

「ツァージャイルはハリーさまの存在を知ってしまいましたからね。魔導砲さえ使いものになれば、寒い北の地を捨てて南下し、シェランディアもろともシュザネットを手に入れたいでしょうね」

「植民地にでもするのかな」

「しょくみんち?」

 植民地、通じなかった。説明が難しいな。帝国と属国の関係とも違うしね。属国は国家として成り立ってるけど、植民地は⋯⋯奴隷の土地版? 歴史の座学で奴隷制度の廃止を習ったから、奴隷の概念はあるみたいだ。

「土地も住んでる人も、纏めて奴隷扱い? 住まないで、搾取だけする感じ? ごめんなさい、うまく意味が伝えられないです」

「属国とは違う⋯⋯みたいだね」

「属国だと自治が認められてますよね? 植民地って、それがないんです」

「自治ね。ツァージャイル共和国が帝国を植民地にするって、なんで思ったんだ?」

 ヴァーリ団長が探るように言った。

「だって、ツァージャイル共和国って、連邦の奥っ側にあるんでしょう? 帝国を平らげたって、間にある沢山の小国が邪魔で飛地になるし、帝国を小分けにして小国に分配するなんて、非現実的だし。だったら搾取した富だけ分配した方が楽でしょ? それに絶対、ツァージャイル共和国に住んでる人は、こっちに移住して来ないと思う」
「根拠があるの?」

 チュッ。ブライトさま、今、顳顬チュウは必要ですか?

「ツァージャイルって、旅行ならともかく、そんな寒いとこ住みたくないじゃないですか。その逆です。あちらの民にとっては、暑くて辛い灼熱の国なんですよ。特にシェランディアの気候は」

 国の偉い人は、王城や宮殿で威張っていればいいけど、実際に働かされる民は慣れた土地から離れないと思う。それよりは、搾取した物資を分配してもらった方が嬉しいだろう。一旗上げたい、フロンティア精神に富んだ人なら山越えにも挑むだろうけど、大半の人はそうじゃない。

「なんと、ご伴侶さまは政に明るくていらっしゃる」

 サリエルさんが目を見張った。

「やはり王太子殿下のご伴侶さまとなれば、特別なご教育をなされるのでしょう」

 強張った表情カオを弛めるのを見て、なんとなく察した。この国のハーレムのお妃さまたち、サリエルさんの政敵が送り込んだお馬鹿さんか、悪い方向に頭の良い人ばかりなんだろうな。

 日本の社会科の授業と、ここ最近の付け焼き刃の勉強会の知識で、こんなに驚かれるなんて、よっぽどだよ。

「ハリーさまの資質です。実のところ、ようやくシュザネット公用語を覚えられたばかりですから」

「それは⋯⋯天の国からの御使いさま、正しく神の娘でいらっしゃる」

 ロベルトさん、謎のドヤ顔やめてください! サリエルさん、日本の義務教育のおかげだから! ブライトさま、顳顬チュウは、人前では慎みましょう!

 そう言えば、シュザネットを出てくる前、シェランディア王国は国として残す気はないような話になってたな。これは植民地ではなくて、単に領土に取り込んで、民は税金の納め先が変わるだけだ。

 なんかエルメル・ダビの目論見通りで悔しい。民は困らず、王家は断絶する。⋯⋯あれ、前王って、息子いたよね。断絶はしないのか。その人、使い物になるのか?

「前国王の後継って、この会談に呼ばなくても良いんですか?」

「⋯⋯王太子位は空位にて。王子は複数おりますが、いずれもお胤が定かでないと」

 いるって聞いてたけど、ちゃんと決まってなかったのか。それにしても、人妻拐ってきたり、身持ちの悪い奥さんだったりで、王子たちは真実王家の血を継いでいるのか分からないとか。

「⋯⋯気持ち悪い」

 ここは日本じゃない。政治的に奥さんがいっぱいいるのは仕方がないとして、その中におれを加えようとしたんだろ? マジでないわー。

 そんで執務室は綺麗なまんま、仕事もしないでサリエルさんに丸投げかぁ。ダビ家の皆さん、なんで亡命とかしなかったんだろ。⋯⋯国民のためかなぁ。

 おれの心情を察したのか、腰を支えるブライトさまの手に、力がこもった。

「取り敢えず、シェランディアの統治は外務の者に任せよ。サリエル・ダビ、其方にも意見を求めよう。北のこともある。わたしたちはシュザネットに帰るが、ステッラ侯爵夫妻を置いていく」

 アルノルドさん、騎士団員としてじゃなく、侯爵夫人として置いていくのか。被害者が番犬付きで国内にいるって、誘拐の実行犯の人、いつ報復に来られるか不安で仕方ないだろうな。侯爵夫人に射掛けるって、いつ処刑されてもおかしくないもん。

 日本人的にはちゃんと逮捕して、ちゃんと裁判して、ちゃんと刑罰を与えて欲しいところだけど、『日本の常識非常識』な場合もあるから、口出しはできない。

「殿下、廃王は連れて帰るんですよね。身の回りのことはどうしますか?」

「ふむ、自分ではなにも出来ぬか」

 おれの想像する、典型的な駄目坊っちゃん育ちなんだろうか。自分で着替えられないとか? まさかね?

「マリクかアントンではどうですか? 躾くらいしてくれるでしょう」

 ジーンスワークの従僕頭と侍従が推薦された。ロベルトさんの薄い笑みが怖い。

「わたくしどもでも構いませんが」

 今まで口を閉じていたカナリーさんが言い出した。ロベルトさんと同じくらい、微笑みが冷たい。絶対『躾』する気だ!

「いや、君たちは母上からの預かりものだ。マリクに任せよう」

 ブライトさま、アントニオさんじゃないところが、作為を感じます。あの国王、ロベルトさんに余計なこと言ったから、マリクさんいろいろ容赦しないと思う。基本、気の良いお兄さんだけど、奥さんが絡むと人が変わるからね。

 シェランディア王国内務卿、サリエル・ダビさんとの非公式な会談は、こんな感じで終わった。

 国王、てか廃王、もげろ! って思ったの、しょうがなくね? マリクさんに精々躾けられればいいさ!
 
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