ヤマトナデシコはじめました。

織緒こん

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 おれたちはモフモフ会議に参加している。

 違う、モフモフに囲まれて勉強会をしている。

 衝撃の騎士団鍛錬場での実験から七日、おれとるぅ姉は部屋から出して貰えなかった。その間に、南国の鳥男は大使の任を解かれて国に帰り、新しい大使が慌ただしく赴任してきた。

 新しい大使はシェランディア国王からの婚姻を申し込む親書を携えていて、図らずも鳥男の言う通りになった。シュザネットは副王殿下が直々に大使を呼び出し、正式に断りを入れたらしいが、大使はエルメル・ダビの非礼を丁寧に詫びて、その上で蝶々姫とシェランディア国王との婚礼は、別に考えて欲しいと頭を下げた。

 立場的にはシュザネット王国が上ではあるけれど、るぅ姉は王家に連なる姫では無い。礼節を持って申し込まれれば、臣下の養女の立場では理由もなく突っぱねるのは難しい。

 そんな重々しい空気の中、閉じ込めたままではかわいそうだと、今日から条件付きで部屋から出してもらえた。

 部屋の中でもカナリーさんの講義とか、することは色々あったし、ブライトさまが甘やかしてくれていた。特に不便は感じていないつもりだったけど、外の空気を吸ってみたら、なんとも言えない開放感があってびっくりした。そこそこストレス感じてたみたいだ。

 ブライトさまにエスコートされて、モーリンさんとアントニオさんをお供に騎士団に向かう。出迎えてくれたのは魔狼のユーリャちゃんを連れたアルノルドさんで、るぅ姉もすでに待っていた。るぅ姉の後ろにはご領主さまの下僕⋯⋯げふんげふん、崇拝者の騎士さまが控えている。

 詰所の会議室のテラスは鍛錬場を臨めるようになっていて、窓を開け放って敷物とクッションで寛ぎスペースが作られていた。テーブルではなく床に座るスタイルなのは、テラスに獣魔が待ち構えていたからだ。

 ユーリャちゃんの他に魔熊まゆうのエリシャちゃん、魔兎まとのレアンちゃんが寝そべっている。止まり木には新幹線ちゃんたちがいて、テラスに続く鍛錬場にはハヤテもいた。

 うわぁ、モフモフパラダイスだ!

 狼と熊、兎に鳥、仲良く寛いでいるなんて、どんな天国だ。アルノルドさんがニコニコして盛り盛りクッションとモフモフちゃんの間に招いてくれた。

 こうしておれたちは、ブライトさまが仕事や鍛錬をしている間、騎士団の会議室に陣取って勉強会をすることになった。

 魔獣たちは最高の護衛だと思う。

 お妃教育に必要なのは、国の歴史とか外交だけじゃなくて、国内の貴族の情報もだった。貴族名鑑とか言う分厚い名簿を見せられて、領地や家族構成、王城での派閥や勢力図を覚える。

 人の繋がりを見ていくと、土地の歴史もわかることがあって、別々に習うより覚えやすいかもしれない。〇〇さんと××さんが仲悪いのは、何代前のこんな事件が、とかとか。

 時にモフモフと戯れ、ブライトさまの休憩にはお茶に付き合い、就業時間には連れ立って王太子宮に帰る。

「リア充爆発しなさいな」

 騎士さまに護衛されて王妃宮へ帰るるぅ姉に言われた。笑ってたから、怒ってない。

「陛下が婚儀を早めようかとおっしゃった」

「民は不安になりませんか?」

 王太子宮に帰ってソファーで一息つくと、ブライトさまがおれを膝に乗せて言った。法務大臣が罷免され、騎士団が何かを探っている。そんな不安定な時に、いて婚儀を挙げる理由は何か? 女性ならデキ婚とかもあるけど、おれにはそれは無い。

 戦の原因になりそうだからさっさと結婚します、なんて言えるわけがない。

「わたしが玻璃に夢中で、待てないからって言ったら駄目かな」

「ダメです」

 なんだ、その残念なイケメンは。ブライトさまがクスクス笑って顳顬にキスを落とす。チュッチュッと音がして、ほっぺた、鼻の頭⋯⋯はい、ストップ!

「まだダメです。食事もお風呂も済んでません。騎士さまは体が資本です」

「おや、なにをされると思ったの?」

『⋯⋯エッチなこと』

 日本語で誤魔化すと、ブライトさまは益々笑みを深くした。もう、ニュアンスで通じてると思う。

「殿下はともかく、ハリーさまは召し上がらないと、体が持ちませんわ」

「さぁさ、食事になさいませ」

 侍女さんトリオが呼びに来た。⋯⋯エッチなキスしてなくて良かった。もう、お膝抱っこは諦めたけど。

 食事が終わると別々にお風呂に入る。ブライトさまは一緒に入りたがるけど、侍女さんトリオが許してくれない。一緒に入ると入浴後のヘアケアが出来なくなるって、ブライトさまに抗議してた。ほんと侍女さんトリオ、強いなぁ。

 髪の毛の手入れはほとんどマーサさんだ。丁寧に拭ってオイルを垂らして、仕上げにブラッシングしてくれる。たまに前髪だけ整えてくれるけど、後ろは伸ばしたままなので、朝の支度はマーサさんに頼りっぱなしだ。ゴムがないので、自分で括ることも出来ないんだよ。いっそ後ろも切って欲しい。

「マーサさん、今度後ろの髪も切ってくれる?」

「殿下のお許しが出ましたら」

「出さないなぁ」

 ブライトさまもお風呂から出たみたいだ。

「お許しは出してもらえないの?」

「この、指通りが好きなんだ」

 整えたばかりの髪に指を通しながら言われた。まだマーサさんがいるからダメ!

 スルリと逃げるとクスクス笑われた。騎士さまに本気出されたら逃げられるはずもない。わざと逃してくれたんだ。

「それでは、おやすみなさいませ」

 マーサさんが礼をして下がると、おれはすぐに捕まった。抱き上げられてベッドに移動する。

 太腿に跨るように向かい合って座ると、おれはほっぺたをブライトさまの胸にくっつけて凭れかかった。

「魔獣ちゃんたちと会わせてくれて、ありがとう。るぅ姉も喜んでいました」

「子猫が三匹、じゃれているみたいで可愛らしかったよ」

「猫ってなんですか。それじゃあのテラス、モフモフしかいないじゃないですか」

 それに一応、勉強会だったんだ。戯れてばかりいたわけじゃない。ちょっとはモフり倒して癒されたけど。レアンちゃん、可愛かったぁ! サイズ的にお布団で一緒に眠りたい。

「ルーリィ嬢について、少し失礼なことを聞いても良いだろうか?」

 ブライトさまの眉が申し訳なさげに下がった。頷いて続きを促す。

「母上に言ったそうだ。『子供が産めないって言ったらシェランディアは諦めてくれますか』とね。彼女は本当になのかい?」

 ああ、そのことか。

「⋯⋯その可能性はあるけど、とは限りません」

 おれは結婚してみないとわからない、としか言えない。それでもるぅ姉は、産めない可能性もあるから『彼』を受け入れないんだ。

「ぼくたちは異世界人だから、見た目が同じでも遺伝子的に同じかはわからないんです。ぼくとブライトさまの結婚は、授からないことが前提の結婚だけど、るぅ姉が結婚するときは違うでしょう? 跡取りを求められても、この世界の旦那さまの赤ちゃんを、育めるかわからない」

 地球の人間同士でも、授からない夫婦がいる。多分この世界にもそう言う夫婦はいるだろう。それでも、遺伝子レベルで同じ人類だと証明されている。

 るぅ姉とこの世界の男性が、交配できる確証はない。そして、おれがこの世界の女性と交配できるかもわからない。⋯⋯交配、イヤな言い方だけど、医学的・学術的に考えるとこうなっちゃうんだ。

 おれの場合、ブライトさま以外とこうなるつもりはないから、可能性もなにもないけど。

「それは、ルーリィ嬢がミケを伴侶にしない理由?」

 ミカエレさまは、跡取りを儲けなくてはいけない。ご領主さまが独身だから、血を繋ぐのはミカエレさまだけだ。他に血縁はいないらしい。

「るぅ姉は多分、ミカエレさまのことが好きです。でなきゃ、エスコートさせたりしません」

 ダメだ、涙が出てきそう。

 南国の鳥男には、あんだけ塩対応のるぅ姉が、ツンデレてるんだ。拒絶しきれないくらい、好きなんだと思う。

 おれがブライトさまのお妾さんになると勘違いして泣いたとき、心の底から怒ってくれた。でもるぅ姉は、自分がミカエレさまの気持ちを受け入れるときは、お妾さんになる覚悟でいると思う。子供を産んでくれる別の誰かを、お妾さんでいさせるわけにはいかないから。

 涙を堪えながら、考え考え、ブライトさまに伝えた。ブライトさまは時々、こぼれそうな涙を唇で拭ってくれた。

「玻璃はどうなったら嬉しい?」

「戦争なんか起きなくて、るぅ姉もミカエレさまも幸せになったら嬉しいです」

「じゃあ、ミケに頑張って貰わないとね。でも、大丈夫だと思うよ」

「?」

「ミケはわたしの従弟だからね」

 ⋯⋯なんか、納得した。

 顔立ちはご領主さまに似た美貌の持ち主だけど、中身はブライトさまに似てるかもしれない。俺のこと大事にしてくれるブライトさまに似てるなら、るぅ姉のこと、絶対大事にしてくれる。

「ありがとうございます。ブライトさまにそう言ってもらえて、安心しました」

「ふたりが纏まってくれるなら、怪鳥けちょうとやらも少しは役に立ったのではないかな」

「南国の鳥男です」

 ふたりでクスクス笑った。

 目を閉じると唇に小鳥のキス。もうなにも言わなくても奪ってくれる。

「玻璃、わたしの色に染まって」

 チュッとキスを交わしながら、寝間着の紐を解かれる。しばらくしていないから、魔力が抜けちゃったんだろう。実際、お腹の奥で燻る何かは、日に日に熱を失っている。

 肩から寝間着が落とされて、寒さに背中がふるえた。伸びた髪に指を差し込んで、引き寄せられる。

 いっぱいキスして、身体中触られて、舐められて、受け入れて。どろどろに溶けた。

 朝になって気怠い体を起こす。ブライトさまに引き寄せられて、裸の素肌が触れた。シャワーで流してくれたところまで、朧げな記憶はある。あと一歩先まで意識があったら、寝間着が着られるのに。

「なにを考えているの?」

「寝間着って寝室で着るから寝間着なのになって」

 朝から素肌を感じるのは心臓に悪い。ブライトさまは自分がイケメンさまだって、自覚してくれないかな。素っ裸のイケメンさまの威力、半端ないんだからね。

「ふふっ、拗ねても可愛いね」
「うわぁ」

 寝ているブライトさまのお腹の上に、引っ張り上げられた。胸にほっぺたをつけて、おれの胸もお腹もブライトさまにペッタリくっついた。

 ‼︎

 ブライトさま、なんで萌してるの⁈

「大丈夫、なにもしないよ」

 固まったおれの体の強張りで、気づいたことに気づいたブライトさまがクスクス笑った。

 おれのふんにゃりしたあそことブライトさまのバキバキのアレがくっ付いている。昨夜あんなにしたのに、なんでこんなに元気なの⁈ やっぱり世界が違うと体の構造も違うのかな⁈

「世界は関係ないと思うな。玻璃が可愛いからこうなるんだ」

「魔法って思ってることもわかるの?」

「⋯⋯玻璃は顔に出てるよ」

 恥ずかしい。おれ、ただのアホの子じゃん。今更か。

「お風呂は入るかい?」

「ブライトさまの後でね」

「残念」

 チュッと小鳥のキスをして、体から下ろされた。ブライトさまは堂々と裸のままベッドから出て行ったので、おれは帳の中で寝間着を着た。甚平の上だけ、丈を長くした寝間着だ。下着はない。すぐにお風呂に入るから、要らないっちゃ要らないけど、すうすうする。

 順番にお風呂に入って着替える。最近はブライトさまのお下がりばかり着ている。着物だと遠目からでもおれだと分かるからだって言ってた。

 朝食を食べて、今日のスケジュールを確認する。部屋で過ごすか、騎士団の詰め所に行くか、調整しないといけない。

 執事さんが侍従長さんに断って入室してきて、ブライトさまにそっと耳打ちをした。執事さんは公(仕事)関係の取りまとめをする秘書さんの長で、侍従さんは私(家の中)の仕事をする人だ。執事さんがプライベートな空間に入って来るなんて、おれが王太子宮に来てから初めてだった。

「今日は宮から出ないでね」

 顳顬にキス。

 なにかあったようだ。おれに出来ることは、余計なことに首を突っ込まないで、大人しくしていることだ。

「気をつけて」

 急いで出て行くブライトさまを見送って、溜息をつく。南国の鳥男が現れてから、息をつく暇がない。

「ルーリィさまも王妃宮に足止めですわね」

 カナリーさんがお茶の支度をしながら言った。るぅ姉はシェランディア国王に求婚されているから、俺より動けないんじゃないかな。

 そう言えば、南国の鳥男を宮に招く前日に、シェランディア王国について学んだんだっけ。国王には王子が三人いて、王太子のところにはさらに子供がいるはずだった。

「シェランディアからの申し込みって、王子の売り込みだったの?」

「いいえ、シェランディア王ご本人です」

「奥さん、亡くなってるの?」

 孫までいるお爺さんなら、あり得るけど、その年で二十歳のるぅ姉に求婚?

「王妃も息災でいらっしゃいます。それどころか、側妃ご三名、妾妃十二名もお元気に寵を競っていらっしゃるそうですわ」

 はぁ⁈

 奥さん十六人もいるの? そんで、るぅ姉にも求婚してるの? 馬鹿じゃないの、そのエロじじい。

「シェランディア王国では、黄金と妻の数で自身の富を知らしめますから」

 たくさんの奥さんを黄金で飾って侍らせるのが、ステータスってことか。絶対、イヤ。

「待って、それじゃあ、シェランディア王には跡取りがもう、いるってこと? るぅ姉の赤ちゃんは必要ないってこと?」

 断る口実が、ひとつ減るじゃないか。るぅ姉がどんな気持ちで王妃さまに打ち明けたのか、胸が痛くなる。

 シェランディア王は『子供のことよりもるぅ姉が好き』ってわけじゃない。金襴緞子きんらんどんすで飾った、異世界の蝶々姫をコレクションに加えたいだけだ。

「やっぱりるぅ姉は、ジーンスワークに隠れた方が良くない?」

「⋯⋯ジーンスワークは北でございます。岩城、或いは魔女さまの森に入ってしまえば守られますが、道中が危険です。南だけを警戒しているなら最良ですが、今となっては王城がいちばん安全かと」

 そうか、誘拐経験者のおれがいるんだ。百パーセント安全な旅なんてないのはよくわかる。

「王太子宮にルーリィさまを招いて、アルノルド殿を常駐させる計画を立てています」

「王妃陛下が、異世界の対人形は一緒にいた方が守りやすいのではないかと⋯⋯」

 そうか、モフモフちゃんたち、モフラーにとっては可愛いけど、騎士さまも恐れる獣魔なんだった。サロンのテラスの脇に突貫で獣舎を作るため、大急ぎで図面を引いているとか。⋯⋯突貫なのに丁寧だな。

「ハリーさま、くれぐれも御身大切になさいませ」

 ブライトさまの切ない微笑みを思い出して、おれは小さく頷いた。
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