ヤマトナデシコはじめました。

織緒こん

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 どうしてこうなったのかなぁ。目の前でお茶を飲む南国の鳥男、ダビさんを見つめた。

 王太子宮に遣いが来たのは昨日のこと。おれへの面会願いにブライトさまは渋ったし、おれ自身も会いたい相手じゃない。でも外交上、表から正しい手順を踏んで面会を申し込まれたら、断るのは難しい。

 使者に了承の返事を持たせ、今日に備えた。侍女さんトリオがものすごい力の入れようだった。

「ハリーさまの外交デビューですわ」

 言われてみれば、その通りだ。⋯⋯最初が南国の鳥男って微妙だけど。

 お茶の支度もおれの装いも完璧にすると、モーリンさんがニッコリと微笑んだ。目が怖い。

 狭い空間で男性客と会うのは却下と言われたけど、サロンは充分に広いと思う。代わりに提案されたのは庭に面したテラスで、テーブルはふたりしか使わないのに大きなものが用意された。なるべく遠くに座れるようにだって。超嬉しい。

 木陰には騎士が配置された。アルノルドさんが獣魔のユーリャちゃんを散歩させている。⋯⋯ユーリャちゃん魔狼なんで、散歩なんてめっちゃ不自然なんだけど。

 おれは例によって女物の小紋で、海老茶に桜柄のちょっと大人っぽい色だ。

 南国の鳥男、もといダビさんは、約束の時間ぴったりに訪ねてきた。挨拶も手土産の花束も完璧だった。

 ⋯⋯その胡散臭い微笑みさえ無ければ。

「蝶々姫もいいけど、華姫もいいですねぇ。皇太子殿下から、わたしに乗り換えませんか?」

 は?

 爽やかな風が吹き抜けるテラスは、陽の光が眩しいくらいだ。紅茶は風で飛ぶことを考慮して、香りよりも味に特徴があるものを選んだ。イギリスのアフタヌーンティーに似たスタイルで、ディッシュタワーにはスコーンにサンドゥイッチ、プチケーキが盛られている。

 上品な柄の茶器を傾けていたおれは、危うくお茶を吹き出すところだった。

「いえね、我が国は一夫多妻が許されるのですよ。蝶々姫と華姫、おふたりでわたしに侍ってくださったら、とても良いと思いまして」

 しれっと何言ってやがるんだ、コイツ?

 南国の鳥男は今日も頭に極彩色の羽をつけて、首の付く部位全てに金銀の環を着けている。彼が身動ぎするたびに、シャラシャラと音がした。

「ダビ殿、ぼく、今日は朝から耳鳴りがしているんですよ」

 言質なんか取られてたまるか。何にも聞いてません、聞こえません。東村山が産んだ国民的芸人ばりに「あんだって?」と言ってやりたいくらいだ。おバカな殿様ごっこしてやろうか。

 激怒して追い返しても良い発言なんだろうけど、初めての外交で客を叩き出すのは外聞が悪い。どうしたものかとさりげなく視線を巡らせると、カナリーさん、アントニオさんと並んで控えていたトレアくんが、開け放ったテラスの窓から室内に入る姿が見えた。

「華姫は随分美しく茶器を持たれますね。付け焼き刃な感じがしない。異界より落ちてきたと言われておりますが、何処か遠国のやんごとなき姫なのではないですかな?」

 やんごとある(?)異世界人です。トータルマナーコーディネーターの川田さまに、しょっちゅうお茶に誘われただけだ。川田さま、着物好きなアラフォーおひとりさまで『きものぶらり会』なるものを主宰してて、街歩きしたり、ケーキと紅茶の専門店、色んなお店のを食べ比べしたよ。

 でも遠国から来たって言うのは、しょうがないかな。異世界なんてにわかに信じがたいし、帝国より外の国交のない小国の方が、よっぽどありそうだ。

 あとね、るぅ姉が言うには、この世界って地球より文化水準が低いんだって。帝国の宗主国でも、移民には字が読めない者も少数ながらいる。平民が俺たちみたいに六三三ろくさんさんでほぼ十二年、働きもしないで勉学に費やす事は、実質有り得ない。

 小姓のトレアくんだって、まだ十四歳なのに仕事をしている。

 食べると言う行為そのものに必死な人は、マナーなんか知ったこっちゃないはずだ。食べられるときに食べるから、他人に奪われないよう早食いだし、おれみたいにのんびり茶を啜ったりしない。⋯⋯と鳥男が言った。

 魂が口から出そうなくらい美辞麗句で飾られたけど、ぶっちゃけそう言うことだよね。

「蝶々姫の夜会での装いを拝見するに、お国ではさぞかし名のある名家のご出身でしょう」

 脳裏にるぅ姉の振袖姿でも浮かべているんだろうか。うっとりと目を細めている。どっちかと言うと整った顔してると思うんだけど、なんか気持ち悪い。

「金銀を惜しげもなく胴巻に織り込んで、ドレスにも金の花を散らしておられた。あれほど金銀を潤沢に手に入れられるとは⋯⋯」

 あ、コイツ、おれたちの背中に金脈を探してるんだ。

 昨日訪問の打診を受けてからカナリーさんに講義してもらって、シェランディア王国を少し学んだ。鳥男の装いからも分かるように、首、手首、足首、それぞれに、ジャラジャラと金銀の環を重ねて着けている。金銀の環を、どれだけ所有しているか、すなわちその家の財力は如何程のものか、見せびらかしているのだ。

 おれに言わせりゃ、歩く身代金だ。物騒なことこの上ない。

 それにしても、胴巻って帯のことだよね。るぅ姉、西陣織か綴れでもしてたのかな。たしかに貴重で高価な品だけど、お店の横流し品なんだよね。厳密に言うとおれやるぅ姉の持ち物じゃない。

 ばあちゃんのもので、商品だったんだ。個人所有していたんじゃない。それに花柳家は一般家庭だ。遠国の金持ち娘の、持参金をアテにされても困る。

「ぼくも姉も、ジーンスワークの惑わしの森の魔女さまの養い子です。魔女さまは辺境より離れることができぬ身ですが、ぼくたちの心強い後見人です。ダビ殿のお申し出は、遠いかの地には届かぬやもしれませんね」

 舌噛みそう。お前の世迷言なんて、うちの保護者が聞くわけねぇよ、って言ってやる。

「いずれの折か、ジーンスワーク辺境伯爵領にも訪ねてみたいものです」

 そんでミカエレさまに叩きのめされてください。るぅ姉に求婚してる貴方は、ライバルです。いやマジで、ミカエレさまが王都にいたら、南国の鳥男に喧嘩をふっかけていただろう。るぅ姉が嫌がっていたから、余計に。

「北の地はダビ殿にはお寒いかもしれません。お風邪をひかれては大変です」

 シュザネット王国の境にある保養地よりも、ずっと南の首都から来たんだろう。寒いから来んな! て言うか、今すぐ帰れ!

 さっきから目を細めて薄笑いしているのが、怖い。コイツおれのこと嫁認定してから、視線がねちっこいんだ。椅子を離してテーブルセッティングしてくれて、ホント良かった。

「なんとお優しい。心配をしてくださいますか。これは良い花嫁におなりだろう」

「レオンブライトさまにもそう言っていただけるよう、精進いたします」

 だからアンタは引っ込んでろ。国に帰れ!

 ⋯⋯言ってやりたいけど、さすがに口には出せないな。こいつマジで何しに来たんだろう。てっきりるぅ姉のことで、弟を味方に引き込みに来たんだと思ったのに、おれに鞍替え⋯⋯違う、二股宣言。

 シェランディア王国は帝国の属国だ。仮に鳥男が王族に連なる血筋としても直系でなし、おれが伯爵子息とは言え身分はだと思う。自国の伯爵家ならともかく、宗主国の伯爵だからだ。そんな伯爵家の姉弟をまとめて寄越せとは、阿保じゃないか?

 第一ここは王太子宮だ。陛下の御前で、正式に王太子殿下の婚約者となり、足入れ婚の蜜月中なんだけど。

 おれの姉に求婚する許しを請う、そのための訪問だと言うから断れなかったのだ。宮の主人の婚約者を口説くなど、あってはならない。これ以上は新たな国際問題だ。どう言って、この場をお開きにしようか。

 どうしようかなぁ、視線を泳がせる。あ、トレアくん帰って来た。隣に侍従長さんも一緒だ。呼びに行ってくれたんだね。

「ご歓談中失礼します。宮の主人がサロンでお待ちしております。外は気持ちの良い天気ではありますが、お妃さまのお肌が火傷しては大変と⋯⋯」

 侍従長さんが意味深に目配せを遣したので乗ってみた。

「ブライトさまが、ぼくを心配してくださったのですか? 嬉しい。ダビさま、サロンに参りましょう」

 さっさと席を立つ。南国の鳥男がエスコートを言い出す前に、侍従長さまの手を取った。ダビさんは鼻白らんだけど、すぐに取り繕って立ち上がった。

 勝った!

 サロンには新しいお茶が用意されていて、ブライトさまが待っていた。仕事の途中だったろうに、誰かが呼んでくれたんだろう。

「玻璃、ダビ殿との歓談は楽しいかい」
「ええ、とても」

 ブライトさまはシェランディアの大使よりも、おれを優先した。手を広げてハグをして、顳顬こめかみにチュッと唇を落とす。おれの周りでパチパチと紫電がはじけた。

 綺麗。

 おれを守るように張り巡らされた紫電は、ブライトさまの怒りを伝えてくる。

 腰を抱かれてソファーに導かれて、自然に膝の上におろされた。ちょっと待って。さすがに恥ずかしい。他国の大使の前で、これはない。

「ブライトさま」

「言いたいことは後でね」

 チュッと小鳥のキス。

 だから、これがダメなの! 超恥ずかしくて、うつむいた。侍女さんトリオの前だとギリ諦めがつくけど、ほとんど初めましての人の前で、何してくれるんですか!

「ダビ殿、いささか無礼が過ぎるようだが?」

 ブライトさまの声がひんやりしている。南国の鳥男に着席を勧めないってことは、もう客だと思ってないなぁ。

「わたしの妃に後宮へ入れなど、宗主国の名に泥を塗る気か? ましてそなたは一大使に過ぎぬ身。自国の益には微塵もならぬ」

「華姫の愛らしさゆえ、少々戯言が過ぎました。ご容赦くださいませ」

「ならぬな。妃の姉君への求婚も無かったことにはせぬ。その上で、正式に貴国へ断りの書状を送ろう。無論、我が妃への無礼もきちんとしたためさせていただくがな」

 国際問題にする気だな。シェランディア王国に直接、告げ口しちゃうってことだね。

「それでは我が国の陛下より、蝶々姫に求婚する親書が送られてくるでしょう。わたしが求婚した相手となれば、陛下は無関心ではいられませぬ」

 どんな自信だ。女を見る目があると言いたいのか? るぅ姉は確かに人間的に好ましいと思うけど、この男は本質を見たわけじゃない。着物の豪華さを見て取り、目が眩んだだけだ。

 ブライトさまは不愉快気に口を閉ざした。鳥男が求婚した相手が気になると言うなら、おれも求婚の対象になるからだと思う。

 本人とその婚約者を前に、しゃあしゃあと言ってのける鳥男が気持ち悪い。整った顔に軽薄な微笑みを浮かべているけど、チャラさは感じない。ドロリとした澱が水底に降り積もるような不快感だ。

 さっさと帰って欲しい。けど、おれは何も言わない。ブライトさまが帰って来てくれた時点で、おれの全てはブライトさまに委ねたからだ。他力本願? 依存? なんとでも。妃教育が完了していないうちは、いかなるボロも出せないんだよ。こう言う時は、黙っているのが吉。

「ふふふ、華姫は愛らしゅうございますね。殿下がお帰りになられてから、ご安心されて、全てを委ねていらっしゃる。なればこそ、懐いてくださったらどれほどのことか」

 ドロリと色が滴った。

 ヤダ‼︎

 こいつハスキー犬野郎と一緒だ! 怖い⋯⋯けど、震えは来ない。ブライトさまの体温が、おれの恐怖を和らげてくれている。ジーンスワークでずっと一緒にいたから、この暖かさは絶対に安心できるものと、体で知っている。

 るぅ姉の真似をして、ツンと顎を上げて鳥男を無視してやった。くつくつとブライトさまが笑う。

「そなたに懐くことは、一生かけても無さげであるな。そろそろ足も疲れたことだろう。大使館でゆるりと休まれよ」

 つまり王太子宮から出て行けってことだ。

「お気遣いありがとうございます」

 うわ、すっごい嫌味返して来た! ブライトさまもそれに気付いているだろうに、鷹揚に頷いている。

「それでは、御前失礼仕る」

「うむ」

 どっちも見事な上っ面だな。

 南国の鳥男、もといエルメル・ダビは優雅に一礼し、シャラシャラと涼し気な音を立てて去って行った。頭に挿した羽が揺れている。

 扉が閉まると我慢ができなくなって、おれはカナリーさんに言った。

「玄関に塩撒いてください!」

「塩⋯⋯でございますか?」

「何か意味があるの?」

 皆んなが不思議そうにおれを見た。

「おきよめ。ニホンでは穢れや邪悪を払うまじないに塩を使うんです。気休めだけど、嫌なやつを追い払ってやったって言う、達成感が得られます」

「なるほど、溜飲が下がるな」

「では早速、皆で撒いてきます」

 侍女さんトリオにトレアくん、アントニオさんまで出て行った。

「わたしの分も撒いておいてくださいね」

 侍従長さんが、アントニオさんに頼んでいた。⋯⋯代表のひとりでいいんだけど。ま、いいか。

 サロンにはおれとブライトさん、それから侍従長さんだけが残った。人の気配が減ったのを見計らったかのように、ブライトさまがおれの顎を持ち上げた。膝の上に横向きに座っていたのを思い出して、顔が熱くなる。なんだかんだ言いながら、膝に乗るのが当たり前になっていることに気付いてしまった。

「怖い思いをさせたね」
「ブライトさまが来てくださったから、平気。それよりも、お仕事中にごめんなさい」
「大丈夫、ヴァーリの許可は得たよ。残念ながら抜けた時間の分だけ、夜が遅くなるけどね」
 
 そりゃそうだろう。寂しいけど、きちんと仕事をするブライトさまはカッコいい。

 チュッと唇に小鳥のキス。待って、侍従長さんが⋯⋯いない。察して外してくれたのか。うわぁ、それも恥ずかしいんだけど。

「トレアがカリオの伝言を持ってきたときは、心臓が止まるかと思ったよ」

 カリオ⋯⋯侍従長さんの名前だっけ。トレアくんを遣いに出してくれたんだ。

「わたしの腕の中にいてくれて嬉しい」

 チュッともう一度。唇、顳顬、おでこ、鼻の頭、もう一度唇。ぺろっと舐められて、口を開いた。

 甘い舌を味わう。

「んっ⋯⋯」

 喉から甘えた声が漏れる。クチュクチュと舌を絡めあって、胸に縋り付く。もうちょっとだけ、近くにいて欲しい。ブライトさまが来てくれたとはいえ、やっぱりあの種類の男は怖かった。

「なるべく早く帰ってくるから、待っていて」

 ブライトさまの吐息が熱い。おれは小さく頷いた。

 がしょん。

 何⁈

「アウン」

「ごめんなさいッ」

 テラスに通じる窓が大きく開いて、魔狼がひょっこり顔を出していた。その背中にちんまりとアルノルドさんが乗っている。

「ダメだよ、ユーリャ。ハリーさまは今、殿下と愛し合ってるんだから。遊んでもらうのは、また今度!」

 愛し合ってない! いや、愛し合ってるけど、合体してな⋯⋯うわぁ、違う! そうじゃない! えと、その、最中じゃないから!

 アルノルドさん、さも当たり前みたいに、平然としないでください! ブライトさまも堂々としてますね!

「ステッラ、庭の警備は終了だ。一度詰所に戻って、ヴァーリの指示を仰げ」

「かしこまりました」

 キリッとして返事をするアルノルドさんだけど、モフモフの背中の上じゃ締まらないよ。そのくりくりの目もダメかも。騎士には見えない可愛さだ。

「いくよ、ユーリャ」

「キュウン」

 魔狼が甘えた声を出す。ひとりと一頭は登場と同じように、唐突に去って行った。テラスの窓は開け放ったまま。

「仕方ない、わたしも戻るか」

 ブライトさまは最後にもう一度小鳥のキスを落として、サロンを出て行ったのだった。残されたおれは呆然と見送って⋯⋯テラス警備の騎士と目があう。

 デカい図体で、モジモジする騎士。

 全部見られてた⋯⋯。
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