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旅の終わりにブライトさまが言った。
「休暇は終わりだけれど、蜜月は続くんだよ」
ジーンスワーク辺境伯爵領から王都への旅路は、いろいろ面倒くさいことは飛ばして、殆どが野営になった。馬車はキャンピングカーみたいに広くて快適だし、天幕も遊牧民のゲルじゃないかってほど立派だから、下手に気を使わない分、領主館に泊まるより楽だった。おれだけじゃなく、ブライトさまも同じ意見らしい。
ロベルトさん、ミカエレさまはジーンスワークでお別れだった。
ロベルトさんは最後におれを抱きしめながら、ブライトさまに延々説教していた。いやもう、顔から火が出るほど恥ずかしい内容で。ハリーは小柄だから無理させないとか、三日以上は日を空けることとか、マリクさんがおれの状態に気付いて止めてくれなかったら、どんだけ続いたことか⋯⋯。
ミカエレさまからはるぅ姉に贈りものを預かった。用を作って出来るだけ会いに行く、と伝言をされた。頑張れ、ミカエレさま。
ロベルトさんがいない旅だったけど、侍女さんトリオの完璧な采配で不便はなにもなかった。トレアくんはブライトさまの侍従長さまとジーンスワークのアントニオさんの下で、チョコマカと元気に働いていた。
侍従長さまとアントニオさん、克服したよ! て言うか、ジーンスワークにいる間に他の男性にも慣れて、初見でなければ普通に会話できるようになった。元々知り合いの辺境騎士団のおっさんたちに弄りまわされているうちに、ヴァーリ団長も平気になって、あとは気づけばって感じ。
初めましての方はちょっと身構えるけど、いきなりハグしたりとか常識に考えてないから。パーソナルスペースが以前より広い気がするけど、おれの身分も変わるから問題ない。
旅の途中で何度かアルノルドさんとお話をした。ほとんどモフ話で、護衛の騎士さまにドン引きされたけど。おれも動物好きなんだよね。
領主館に宿泊しないのは、ハヤテの存在も大きかった。旅の間も空の上から、移動した旅の一行を発見する訓練をしていたんだ。今のところアルノルドさんしか乗せてくれないので、ハヤテの訓練と言うより、アルノルドさんの偵察訓練みたいだ。
最後の夜は、思い出深くなってしまったハイネン子爵領の旅籠に宿泊した。昼の早い時間に着いたので、メアリーちゃんに会いたくて先触れを出して貰った。先方は快く訪問を許してくれたので、可愛い天使に会いに行った。
旅籠に戻ると、前回も宿泊した部屋でのんびり過ごす。お風呂も終わってソファーでトレアくんに髪の毛を手入れしてもらう。ブライトさまと合流してから、風の魔法で一気に水気を飛ばして貰っていたけど、マーサさんにメッチャ怒られたんだ。ただ水を飛ばすだけじゃ、必要な水分も飛ばして大事な養分も抜けちゃうって。
それからマーサさんと、彼女の指導を受けたトレアくんが、おれの髪の毛の手入れをする。ブライトさま、旅の一行で誰よりも身分が高いのに、あっさりマーサさんに言いくるめられていた。
オイルで毛先を整えて、トレアくんが満足げに吐息を漏らしたタイミングで、ブライトさまが風呂から出てくる。ブライトさまの髪はすっかり乾いている。ズルイ、自分で水気を飛ばしたようだ。
トレアくんが礼をして下がると、ブライトさまはすぐにおれを膝に乗せた。小鳥のキスから唇を舐められて、そっと歯列を開いた。
捻じ込まれた舌に口内を舐られ、唇を甘噛みされる。弾んでいく息を止められない。
「ん、はっ。⋯⋯明日、王城に⋯⋯あん、帰ったら、ぼくも勉強、しなくちゃ。ブライトさまも、お仕事、頑張って⋯⋯ひゃん」
寝間着の裾から手が入ってきて、脇腹を探られる。
「休暇は終わりだけれど、蜜月は続くんだよ。次の休暇まで蜜月だ」
「次の休暇が終わったら?」
「新しい蜜月が始まるよ」
それじゃあ、一生蜜月が終わらない。
「蜜月のまんまでお爺ちゃんになって、ブライトさまと一緒に星になろう」
うん、それがいい。
魔女さまへのご挨拶の旅は、おれの誘拐騒動で当初の予定とは違うものになったけど、結果オーライと言うことで。
そんなふうに、最後の旅籠でブライトさまとイチャイチャして、朝からヴァーリ団長に揶揄われたり、すっかりみんなと仲良くなった。
旅籠を出るときには、久々の女装だ。王都で窓の大きな箱馬車に乗り替えて、ブライトさまとの仲をアピールするらしい。
小豆色のお召しは侍女さんトリオに却下されて、若草色の更紗小紋になった。帯は象牙色に短冊模様の名古屋帯で、小福良雀に結ばれた。帯揚げ帯締めはピンクだ。⋯⋯おれDKなんだけどな。
カナリーさんてば研究熱心で、るぅ姉の帯結びレッスン本を見つけて練習していたんだって。お太鼓系の帯なので、馬車の背もたれにつっかえることもない。
王城の馬車だまりには、るぅ姉と騎士団の副団長さん、アルノルドさんがお出迎えしてくれた。るぅ姉は未婚女性なので、もちろん付添人を兼ねた侍女さんも控えている。
「はーちゃん、おかえりなさい」
「ただいま、るぅ姉」
向かい合ってハグして、お互いの腰に腕を回しておでこをこっつん。あぁ、るぅ姉だぁ。
「これはミケが妬くのが分かるな。姉弟の距離が近すぎるとは、このことか」
ため息混じりのブライトさまの声。アルノルドさんがクスクス笑っている。
「うん、あの若さま、ルーリィ嬢のことだけは、超心が狭そうだったもんね」
「あの方、何かやらかしまして?」
おれとハグしたまま、るぅ姉がアルノルドさんに顔を向けた。
相変わらず、目がくりくりしてて可愛いな。おれより少し背が高いけど、騎士団員の中にいると、まるで子供だ。年は十九歳だって。
「ぼくに旦那がいるって知るまで、ルーリィ嬢の話をしたらめちゃくちゃ睨まれてた」
あっけらかんと言い放つ。
「そう、ま、いいわ。陛下方をお待たせしちゃうから、行きましょうか」
ミカエレさま、不憫。ま、いいわ、で済まされた!
ピンク地に小花の散った小紋を着たるぅ姉と並んで歩く。あちこちから「対人形が揃った」「花華蝶々だ」とヒソヒソ声が聞こえた。るぅ姉、王城にしっかりと存在を刻み込んでいるようだ。
謁見の間で王都帰還のご挨拶をして、王太子宮に戻る途中、鳥の羽根みたいな髪飾りを付けた派手な男に呼び止められた。ジャラジャラと金銀のアクセサリーが鳴って、南国の鳥みたいな派手な民族衣装だ。
「皇太子殿下におかれましては、ご機嫌麗しゅう存じます。お久しぶりにございます。ご婚約者さまはお初にお目にかかります。シェランディア王国大使、エルメル・ダビと申します」
シュザネット風の礼をしたダビと言う男は、ずいっと身を乗り出して、おれに向かってにっこり笑った。
うわぁ、胡散臭い!
ブライトさまを皇太子殿下って呼ぶのは、彼が属国の大使だからだ。シェランディアは南の保養地がある国だ。なんでこのタイミングで王城に居るんだろう。
「ダビ殿、殿下は永の旅より帰都なさったばかり、ご用があるなら日を改められよ」
侍従長さんが冷たく言った。そもそもこんな風に突撃しちゃいかんだろ。
「いえ、実は蝶々姫に面会を求めて参ったところ、偶然にも殿下のお姿を拝見して、ご挨拶仕った次第です」
「わたしは会いたくありません。では、ご機嫌よう」
るぅ姉が塩対応でそっぽを向いた。ツンと顔を上げて、子供っぽく振る舞っている。これ、わざとだ。南国の鳥男に、自分を侮られようとしている。
「では改めて、ジーンスワーク辺境伯爵さまに、申し込みをいたしましょう。しからば、殿下。ご無礼仕りました」
引き際はあっさりしていた。結局、ブライトさまとおれは、ひとことも喋らずに終わった。おれはともかくブライトさまは、直接言葉を掛けてやる必要はない。なんと言っても、身分が高い。
「ルーリィ嬢、彼は何をしに参ったのだ?」
それ、おれも知りたい。王都を留守にした一ヶ月弱で、変な鳥を引っ掛けたものだ。
「シェランディア王国の王妃になって欲しいんですって」
「るぅ姉に?」
「異世界の蝶々姫に」
あの人、最初の申し込みは大失敗したんだね。るぅ姉本人でなく、蝶々姫を所望したんだ。そりゃ断るよ。
「込み入った話になりそうだ。我が宮のサロンに行こう」
ブライトさまの気遣いでサロンに移動する。すぐにお茶とお菓子がサーブされて、侍従長さまと侍女さんトリオが残った。他の侍女さん、侍従さんはすぐに下がっていく。
『⋯⋯はーちゃん、それデフォなの?』
るぅ姉、久々の日本語デスネ。はい、デフォルトです。おれは真っ赤になって頷いた。
ブライトさまがナチュラルにお膝抱っこするから、るぅ姉が半眼になってる。
「さて、ルーリィ嬢。ダビ殿はなぜ、あなたに婚姻を申し込むのだろう」
いろんなこと無視して、いきなり本題に入ったな。るぅ姉が諦めたように溜息をついて、ひとまずおれのポジションは無視することにしたようだ。
「⋯⋯殿下がはーちゃんと合流した後のことです」
るぅ姉がハスキー犬野郎の被害者に話を聞きに行ったことは聞いていた。なんかおれへの乱暴事件は、思わぬところに広がったんだって。早馬でブライトさまが受けてた報告は、殆どそれがらみだったらしいけど。
法務大臣がハスキー犬野郎の父親に賄賂を貰ってたとか、ハスキー犬野郎の父親が、北の連邦国家に情報漏洩してたとか、法務大臣がそれに一枚噛んでたとか。それって国家を揺るがす大事件じゃね?
そんな中、チェスター伯爵はなぜ息子を南に逃がそうとしたのか不審に思ったのがるぅ姉だった。北に伝があるなら北に行くだろうに、どうして南なのか。
物見遊山の計画をたてているよう装って、南の保養地の情報を集めていたところ、それを聞きつけたシェランディア大使が引っかかったと。
「蝶々姫のおねだりと聞いて、大使が直々に連絡してきたんですが、あの大使、ただの大使じゃ無さそうです」
「ダビ殿は王族に連なる方だよ」
やっぱり、とるぅ姉が呟いた。
「王妃になれ、と言うか、自分の妻になったらいずれ王妃になれる、と求婚なさいましたので」
そんな王位簒奪を声高に言う男なんて、信用できないじゃないか。今は王族に連なると言うだけで、継承権が低いから大使に就任してるんだよね?
帰ってきていきなり、ものすごい国際問題に直面してるな。法務大臣の収賄事件も大ニュースなのに、実の姉が国際問題の中心にいるってどう言うことだ。
「陛下はなんと?」
「ダビ殿を個人的に好ましいなら、嫁すもよし、と」
めっちゃイヤそうに言った。さっきの塩対応からも、好きじゃないのがよく分かる。
「カルロッタ殿は?」
「⋯⋯出来ればジーンスワークに引き上げるようにと」
なるべく南から離れて、北の岩城に逃げ込めってことか。
「るぅ姉、ジーンスワークなら魔女さまに匿って貰えるよ」
北の封印の要、惑わしの森の魔女さまなら、るぅ姉を隠してくれるだろう。大使の野望がどうであれ、るぅ姉にその気がないなら魔女さまのところに行ってもいいと思う。
それにミカエレさまだって、喜ぶ。
ツンデレ気味なるぅ姉は、絶対ジーンスワークに帰らないって言い出すから、言わないけど。
「ダビ殿がうろちょろし始めてから、ハヤテにも会いに行けないのよ」
「え、それ一大事じゃないか」
呟いたるぅ姉に思わず突っ込む。
「そうなのよ、鳥便は機密扱いになったから、不用意にハヤテに近づけられないのに、わたしのいるところ、フラッと現れるんだから!」
「またストーカーホイホイしてるの?」
「失礼ね。好きで変態引き寄せてるんじゃないわ」
「アルノルドだって、わたしがモフるとハヤテもユーリャも毛艶が良くなるって、すごく喜んでくれるのに」
「発言をお許しください」
控えめなカナリーさんの声が出て割って入った。
「許す」
ブライトさまが許可を与える。会話の途中で侍女さんが割り込むなんて、普通はない。特に侍女さんトリオは王妃さま子飼いのエリートだ。よほどの事だろう。
「恐れながら、ルーリィさまは魔力増幅の器をお持ちの可能性がございます」
「魔力増幅?」
なんだそれ? 言われたるぅ姉もキョトンとしている。ブライトさまに先を促されて、カナリーさんは言葉を紡いだ。
「私ども、ルーリィさまのお世話をさせていただいた後は、僅かなりとも魔力が増えます。また、先程 ステッラ殿の獣魔の毛艶が良くなったと仰いました。獣魔は魔力を持った生き物です。増幅されて状態が良くなったのではないでしょうか」
「条件は接触か?」
「おそらく」
日本人のるぅ姉はよほど親しくないと、ハグなんてしない。いちばんくっつくおれには魔力はないし、ジーンスワークに引っ込んでるうちは、そんなことどうでも良かっただろう。あの領地の人々は「そんなん知ってたけど、それがどうした」くらい言いそうだ。特にマリクさんとか騎士団長とか。
「それから推測ですが、ハヤテはルーリィさまが名付けられたと聞きました。ルーリィさまが名付け、愛でることで、大幅に魔力を増幅させ、知能も向上したものと思われます」
たしかに、いくら獣王の眼でアルノルドさんになついたとは言え、主人を変えたばかりの鳥が、あんなに賢く人の言葉を理解するだろうか。
「辺境伯爵さまは、ルーリィさまのお力をご存知ではないでしょうか。その上で、ジーンスワークにお帰りになるようおっしゃられたのでは?」
「⋯⋯ご領主さまに、尋ねてみるわ」
るぅ姉が呆然としている。
「まだカナリーの憶測に過ぎないが、コレは母上がジーンスワークから連れてきた腹心の血縁だ。信頼していい」
休暇が終わった途端、お仕事フルスロットルだ。連続強姦事件からの大臣の収賄に、属国のお家騒動。さらにるぅ姉の不思議体質疑惑。
おれの体質、なんにもない⋯⋯よね?
「休暇は終わりだけれど、蜜月は続くんだよ」
ジーンスワーク辺境伯爵領から王都への旅路は、いろいろ面倒くさいことは飛ばして、殆どが野営になった。馬車はキャンピングカーみたいに広くて快適だし、天幕も遊牧民のゲルじゃないかってほど立派だから、下手に気を使わない分、領主館に泊まるより楽だった。おれだけじゃなく、ブライトさまも同じ意見らしい。
ロベルトさん、ミカエレさまはジーンスワークでお別れだった。
ロベルトさんは最後におれを抱きしめながら、ブライトさまに延々説教していた。いやもう、顔から火が出るほど恥ずかしい内容で。ハリーは小柄だから無理させないとか、三日以上は日を空けることとか、マリクさんがおれの状態に気付いて止めてくれなかったら、どんだけ続いたことか⋯⋯。
ミカエレさまからはるぅ姉に贈りものを預かった。用を作って出来るだけ会いに行く、と伝言をされた。頑張れ、ミカエレさま。
ロベルトさんがいない旅だったけど、侍女さんトリオの完璧な采配で不便はなにもなかった。トレアくんはブライトさまの侍従長さまとジーンスワークのアントニオさんの下で、チョコマカと元気に働いていた。
侍従長さまとアントニオさん、克服したよ! て言うか、ジーンスワークにいる間に他の男性にも慣れて、初見でなければ普通に会話できるようになった。元々知り合いの辺境騎士団のおっさんたちに弄りまわされているうちに、ヴァーリ団長も平気になって、あとは気づけばって感じ。
初めましての方はちょっと身構えるけど、いきなりハグしたりとか常識に考えてないから。パーソナルスペースが以前より広い気がするけど、おれの身分も変わるから問題ない。
旅の途中で何度かアルノルドさんとお話をした。ほとんどモフ話で、護衛の騎士さまにドン引きされたけど。おれも動物好きなんだよね。
領主館に宿泊しないのは、ハヤテの存在も大きかった。旅の間も空の上から、移動した旅の一行を発見する訓練をしていたんだ。今のところアルノルドさんしか乗せてくれないので、ハヤテの訓練と言うより、アルノルドさんの偵察訓練みたいだ。
最後の夜は、思い出深くなってしまったハイネン子爵領の旅籠に宿泊した。昼の早い時間に着いたので、メアリーちゃんに会いたくて先触れを出して貰った。先方は快く訪問を許してくれたので、可愛い天使に会いに行った。
旅籠に戻ると、前回も宿泊した部屋でのんびり過ごす。お風呂も終わってソファーでトレアくんに髪の毛を手入れしてもらう。ブライトさまと合流してから、風の魔法で一気に水気を飛ばして貰っていたけど、マーサさんにメッチャ怒られたんだ。ただ水を飛ばすだけじゃ、必要な水分も飛ばして大事な養分も抜けちゃうって。
それからマーサさんと、彼女の指導を受けたトレアくんが、おれの髪の毛の手入れをする。ブライトさま、旅の一行で誰よりも身分が高いのに、あっさりマーサさんに言いくるめられていた。
オイルで毛先を整えて、トレアくんが満足げに吐息を漏らしたタイミングで、ブライトさまが風呂から出てくる。ブライトさまの髪はすっかり乾いている。ズルイ、自分で水気を飛ばしたようだ。
トレアくんが礼をして下がると、ブライトさまはすぐにおれを膝に乗せた。小鳥のキスから唇を舐められて、そっと歯列を開いた。
捻じ込まれた舌に口内を舐られ、唇を甘噛みされる。弾んでいく息を止められない。
「ん、はっ。⋯⋯明日、王城に⋯⋯あん、帰ったら、ぼくも勉強、しなくちゃ。ブライトさまも、お仕事、頑張って⋯⋯ひゃん」
寝間着の裾から手が入ってきて、脇腹を探られる。
「休暇は終わりだけれど、蜜月は続くんだよ。次の休暇まで蜜月だ」
「次の休暇が終わったら?」
「新しい蜜月が始まるよ」
それじゃあ、一生蜜月が終わらない。
「蜜月のまんまでお爺ちゃんになって、ブライトさまと一緒に星になろう」
うん、それがいい。
魔女さまへのご挨拶の旅は、おれの誘拐騒動で当初の予定とは違うものになったけど、結果オーライと言うことで。
そんなふうに、最後の旅籠でブライトさまとイチャイチャして、朝からヴァーリ団長に揶揄われたり、すっかりみんなと仲良くなった。
旅籠を出るときには、久々の女装だ。王都で窓の大きな箱馬車に乗り替えて、ブライトさまとの仲をアピールするらしい。
小豆色のお召しは侍女さんトリオに却下されて、若草色の更紗小紋になった。帯は象牙色に短冊模様の名古屋帯で、小福良雀に結ばれた。帯揚げ帯締めはピンクだ。⋯⋯おれDKなんだけどな。
カナリーさんてば研究熱心で、るぅ姉の帯結びレッスン本を見つけて練習していたんだって。お太鼓系の帯なので、馬車の背もたれにつっかえることもない。
王城の馬車だまりには、るぅ姉と騎士団の副団長さん、アルノルドさんがお出迎えしてくれた。るぅ姉は未婚女性なので、もちろん付添人を兼ねた侍女さんも控えている。
「はーちゃん、おかえりなさい」
「ただいま、るぅ姉」
向かい合ってハグして、お互いの腰に腕を回しておでこをこっつん。あぁ、るぅ姉だぁ。
「これはミケが妬くのが分かるな。姉弟の距離が近すぎるとは、このことか」
ため息混じりのブライトさまの声。アルノルドさんがクスクス笑っている。
「うん、あの若さま、ルーリィ嬢のことだけは、超心が狭そうだったもんね」
「あの方、何かやらかしまして?」
おれとハグしたまま、るぅ姉がアルノルドさんに顔を向けた。
相変わらず、目がくりくりしてて可愛いな。おれより少し背が高いけど、騎士団員の中にいると、まるで子供だ。年は十九歳だって。
「ぼくに旦那がいるって知るまで、ルーリィ嬢の話をしたらめちゃくちゃ睨まれてた」
あっけらかんと言い放つ。
「そう、ま、いいわ。陛下方をお待たせしちゃうから、行きましょうか」
ミカエレさま、不憫。ま、いいわ、で済まされた!
ピンク地に小花の散った小紋を着たるぅ姉と並んで歩く。あちこちから「対人形が揃った」「花華蝶々だ」とヒソヒソ声が聞こえた。るぅ姉、王城にしっかりと存在を刻み込んでいるようだ。
謁見の間で王都帰還のご挨拶をして、王太子宮に戻る途中、鳥の羽根みたいな髪飾りを付けた派手な男に呼び止められた。ジャラジャラと金銀のアクセサリーが鳴って、南国の鳥みたいな派手な民族衣装だ。
「皇太子殿下におかれましては、ご機嫌麗しゅう存じます。お久しぶりにございます。ご婚約者さまはお初にお目にかかります。シェランディア王国大使、エルメル・ダビと申します」
シュザネット風の礼をしたダビと言う男は、ずいっと身を乗り出して、おれに向かってにっこり笑った。
うわぁ、胡散臭い!
ブライトさまを皇太子殿下って呼ぶのは、彼が属国の大使だからだ。シェランディアは南の保養地がある国だ。なんでこのタイミングで王城に居るんだろう。
「ダビ殿、殿下は永の旅より帰都なさったばかり、ご用があるなら日を改められよ」
侍従長さんが冷たく言った。そもそもこんな風に突撃しちゃいかんだろ。
「いえ、実は蝶々姫に面会を求めて参ったところ、偶然にも殿下のお姿を拝見して、ご挨拶仕った次第です」
「わたしは会いたくありません。では、ご機嫌よう」
るぅ姉が塩対応でそっぽを向いた。ツンと顔を上げて、子供っぽく振る舞っている。これ、わざとだ。南国の鳥男に、自分を侮られようとしている。
「では改めて、ジーンスワーク辺境伯爵さまに、申し込みをいたしましょう。しからば、殿下。ご無礼仕りました」
引き際はあっさりしていた。結局、ブライトさまとおれは、ひとことも喋らずに終わった。おれはともかくブライトさまは、直接言葉を掛けてやる必要はない。なんと言っても、身分が高い。
「ルーリィ嬢、彼は何をしに参ったのだ?」
それ、おれも知りたい。王都を留守にした一ヶ月弱で、変な鳥を引っ掛けたものだ。
「シェランディア王国の王妃になって欲しいんですって」
「るぅ姉に?」
「異世界の蝶々姫に」
あの人、最初の申し込みは大失敗したんだね。るぅ姉本人でなく、蝶々姫を所望したんだ。そりゃ断るよ。
「込み入った話になりそうだ。我が宮のサロンに行こう」
ブライトさまの気遣いでサロンに移動する。すぐにお茶とお菓子がサーブされて、侍従長さまと侍女さんトリオが残った。他の侍女さん、侍従さんはすぐに下がっていく。
『⋯⋯はーちゃん、それデフォなの?』
るぅ姉、久々の日本語デスネ。はい、デフォルトです。おれは真っ赤になって頷いた。
ブライトさまがナチュラルにお膝抱っこするから、るぅ姉が半眼になってる。
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いろんなこと無視して、いきなり本題に入ったな。るぅ姉が諦めたように溜息をついて、ひとまずおれのポジションは無視することにしたようだ。
「⋯⋯殿下がはーちゃんと合流した後のことです」
るぅ姉がハスキー犬野郎の被害者に話を聞きに行ったことは聞いていた。なんかおれへの乱暴事件は、思わぬところに広がったんだって。早馬でブライトさまが受けてた報告は、殆どそれがらみだったらしいけど。
法務大臣がハスキー犬野郎の父親に賄賂を貰ってたとか、ハスキー犬野郎の父親が、北の連邦国家に情報漏洩してたとか、法務大臣がそれに一枚噛んでたとか。それって国家を揺るがす大事件じゃね?
そんな中、チェスター伯爵はなぜ息子を南に逃がそうとしたのか不審に思ったのがるぅ姉だった。北に伝があるなら北に行くだろうに、どうして南なのか。
物見遊山の計画をたてているよう装って、南の保養地の情報を集めていたところ、それを聞きつけたシェランディア大使が引っかかったと。
「蝶々姫のおねだりと聞いて、大使が直々に連絡してきたんですが、あの大使、ただの大使じゃ無さそうです」
「ダビ殿は王族に連なる方だよ」
やっぱり、とるぅ姉が呟いた。
「王妃になれ、と言うか、自分の妻になったらいずれ王妃になれる、と求婚なさいましたので」
そんな王位簒奪を声高に言う男なんて、信用できないじゃないか。今は王族に連なると言うだけで、継承権が低いから大使に就任してるんだよね?
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「陛下はなんと?」
「ダビ殿を個人的に好ましいなら、嫁すもよし、と」
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「カルロッタ殿は?」
「⋯⋯出来ればジーンスワークに引き上げるようにと」
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「るぅ姉、ジーンスワークなら魔女さまに匿って貰えるよ」
北の封印の要、惑わしの森の魔女さまなら、るぅ姉を隠してくれるだろう。大使の野望がどうであれ、るぅ姉にその気がないなら魔女さまのところに行ってもいいと思う。
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ツンデレ気味なるぅ姉は、絶対ジーンスワークに帰らないって言い出すから、言わないけど。
「ダビ殿がうろちょろし始めてから、ハヤテにも会いに行けないのよ」
「え、それ一大事じゃないか」
呟いたるぅ姉に思わず突っ込む。
「そうなのよ、鳥便は機密扱いになったから、不用意にハヤテに近づけられないのに、わたしのいるところ、フラッと現れるんだから!」
「またストーカーホイホイしてるの?」
「失礼ね。好きで変態引き寄せてるんじゃないわ」
「アルノルドだって、わたしがモフるとハヤテもユーリャも毛艶が良くなるって、すごく喜んでくれるのに」
「発言をお許しください」
控えめなカナリーさんの声が出て割って入った。
「許す」
ブライトさまが許可を与える。会話の途中で侍女さんが割り込むなんて、普通はない。特に侍女さんトリオは王妃さま子飼いのエリートだ。よほどの事だろう。
「恐れながら、ルーリィさまは魔力増幅の器をお持ちの可能性がございます」
「魔力増幅?」
なんだそれ? 言われたるぅ姉もキョトンとしている。ブライトさまに先を促されて、カナリーさんは言葉を紡いだ。
「私ども、ルーリィさまのお世話をさせていただいた後は、僅かなりとも魔力が増えます。また、先程 ステッラ殿の獣魔の毛艶が良くなったと仰いました。獣魔は魔力を持った生き物です。増幅されて状態が良くなったのではないでしょうか」
「条件は接触か?」
「おそらく」
日本人のるぅ姉はよほど親しくないと、ハグなんてしない。いちばんくっつくおれには魔力はないし、ジーンスワークに引っ込んでるうちは、そんなことどうでも良かっただろう。あの領地の人々は「そんなん知ってたけど、それがどうした」くらい言いそうだ。特にマリクさんとか騎士団長とか。
「それから推測ですが、ハヤテはルーリィさまが名付けられたと聞きました。ルーリィさまが名付け、愛でることで、大幅に魔力を増幅させ、知能も向上したものと思われます」
たしかに、いくら獣王の眼でアルノルドさんになついたとは言え、主人を変えたばかりの鳥が、あんなに賢く人の言葉を理解するだろうか。
「辺境伯爵さまは、ルーリィさまのお力をご存知ではないでしょうか。その上で、ジーンスワークにお帰りになるようおっしゃられたのでは?」
「⋯⋯ご領主さまに、尋ねてみるわ」
るぅ姉が呆然としている。
「まだカナリーの憶測に過ぎないが、コレは母上がジーンスワークから連れてきた腹心の血縁だ。信頼していい」
休暇が終わった途端、お仕事フルスロットルだ。連続強姦事件からの大臣の収賄に、属国のお家騒動。さらにるぅ姉の不思議体質疑惑。
おれの体質、なんにもない⋯⋯よね?
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