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 ブライトさまはジーンスワーク辺境伯爵領で大人気だった。特に騎士団の筋肉ダルマたちに。スケジュールにちょっとでも空きがあれば、すぐに鍛錬所に連れて行かれてしまう。マリクさんが騎士団に注意しに行って、ミイラ取りがミイラになり、それを叱りに行ったロベルトさんが更なるミイラになっていた。

 おれは鍛錬所の全体を見ることができるベランダから、ロベルトさんが騎士たちに引き摺り込まれるのを見ていた。マリクさんがロベルトさんを掴んだ男を殴り飛ばして、そこから乱闘が始まる。

 紫電を纏って剣を振るうブライトさま、超カッコいい。マリクさんも土竜どりゅうとか作り出しちゃって、騎士団と本気でやり合ってるし、ジーンスワークは奥向きの仕事をしている人も強いんだ。

 その筆頭、ロベルトさんが氷のサーベルで土竜どりゅうを突き崩し、マリクさんを引きずって退場しかけたところで、騎士団にもみくちゃにされている。辺境騎士団には日常の光景でも、王都からやってきた騎士団の人々は、従僕頭と家令の強さに度肝を抜かれていた。

 王都と辺境それぞれの騎士と、休憩中の従僕、侍従がしっちゃかめっちゃかになってやり合っている。よく見ると地面に嵌め込んだ煉瓦で境界線がひかれていて、負けた騎士がどんどん放り出されている。バトルロワイヤル方式みたい。

 あ、ミカエレさまが放り出された。メッチャ悔しそう。ミカエレさま、個人では強いけど、バトルロワイヤルで徒党を組んで掛かってこられて、不覚を取ったみたいだ。

 王都と辺境の騎士団長がタッグを組んで、ブライトさまに突っ込んでいった。軽くいなしたところにロベルトさんがサーベルを突き込んでる。マリクさんがロベルトさんにピッタリくっついてフォローしていて、幼馴染み三人で無双している。

 瞬く間に人数が減って、残ったのは幼馴染みチームと団長チームだった。脱落した人たちは観客になって、声援やらヤジやら飛ばしている。残った五人がどう戦うのかと思ったら、氷のサーベルを霧散させたロベルトさんが、ツカツカと辺境騎士団長のそばに寄って頭をはたいた。

「わたしは殿下を呼びに参ったのです! 下らない遊びに巻き込まないでください‼︎」

 風に乗って、ロベルトさんの声が聞こえる。おれの後ろに控えたカナリーさんが、風の魔法で声を寄せてくれている。

「ロブ嬢ちゃん、相変わらずつえな」

「⋯⋯何かおっしゃいましたか?」

 ロベルトさんの周りにキラキラと氷が舞った。ギャラリーが盛り上がり、境界線の中に躍り込む人も出てきて、バトルロワイヤル再びか? と言う空気が立ち込める。始まっちゃうと、ブライトさまも嬉々として参戦しそうだ。

 辺境騎士団長はロベルトさんに団員を鍛えてもらいたいものだから、わざと地雷を踏みまくる。ブチ切れたロベルトさんに、もう一戦やらせたいんだ。

 おれがマリクさんに頼んでブライトさまを呼びに行ってもらったのに、全然帰ってこない。

「ねぇカナリーさん、ぼくの声を風で飛ばすことってできるかな?」

「お任せください」

 カナリーさんが微笑んでくれたので、おれは声を飛ばしてもらった。

「ブライトさま、玻璃です」

 ブライトさまだけじゃなく、みんながキョロキョロしてる。ベランダから大きく手を振った。すぐにブライトさまがおれを見つけて手をあげた。

「王都から書状が着ました」

「すぐに行く。待っていて」

 あっちからも声が帰ってきた。ブライトさまが飛ばしてくれたんだな。聞こえなくなったけど、辺境騎士団長がなんか騒いでる。王都のヴァーリ団長もブライトさまが離脱するのにお供するようだ。それを引き留めようとしているらしい。

 ロベルトさんとマリクさんがしれっと抜けた。ブライトさまに伝言を頼んでいたけど、おれが直接伝えちゃったから、その場に止まる理由も無い。

 おれも客間に移動する。ブライトさまは汗を流しにお風呂を使うだろう。湯上りの飲み物を用意することにした。

 ジーンスワークでは好きに過ごして良いって。

 実家でくらい自由で良いんだって、魔女さまが決めた。なんと婚儀を挙げた後も里帰り中は好きにしていいって。考えてみたら辺境騎士団長の王太子さまの扱いも雑だ。おれ程度が厨房に篭ろうが、お茶汲みしようが、王都でボロを出さなきゃ問題ない。

 侍女さんトリオかトレアくん、誰かひとり以上を連れているのが条件だけど。

 客間の前で帰ってきたブライトさまとかち合う。鍛錬所から結構な距離があるけど、早いな。

「おかえりなさい」

「ただいま」

 チュッと小鳥のキス。

「汚れているから、続きは着替えてからね」

 ブライトさまは素早く浴室に消えた。おれは客間に添えつけてある簡易キッチンで、冷たい飲み物を用意する。控えていたトレアくんに、厨房から軽食を運んできてくれるよう頼む。好きにしていいとは言え、侍従さんに任せることも覚えなくちゃね。

 汗を流したブライトさまがソファーに腰を下ろすと、ニコニコしながら手を広げた。ハグですか? ⋯⋯お膝だっこですか。油断していたおれは、あっさりブライトさまの膝の上に収まった。

 早馬が持ってきた書状は法務大臣がなんたら、南部の情勢がなんたら、と言うものだった。いずれ王太子妃になるおれは、どこまで識っていなければならないんだろう。おれがまさかの婚姻可能年齢で、勉強のほうが追いついていないのが痛い。

「⋯⋯おや」

 何かあったのかな?

「大鷲を覚えている?」

「ぼくを攫ったあの子?」

 あのコンドルもどき、鷲だったのか。人間掴んで飛んでたけど、サイズおかしくない? 実はおれ、鷲と鷹と鳶の区別が付いてないんだけど。

「早馬の代わりに伝令の訓練を始めたんだ。この二、三日でジーンスワークに飛来するらしい」

「獣王の眼の騎士さま、あの子を完全に従えちゃったんですね」

 騎士にしては小柄な人だった気がする。

「アルノルドと言う。もともと馬の調教や伝書鳩の飼育などを担っているんだ。カルロッタ殿の指示で、わたしとヴァーリがこちらにいる間に、仕上がりを確認したいらしい」

 いくらなんでも、調教期間が短すぎるでしょ。ご領主さま、好きに騎士団使ってますね。アルノルドさん、お疲れ様です。

 とか思っていたら。

 翌日、背中にアルノルドさんを乗せて飛来した大鷲は、騎士団の鍛錬所に降り立つなり、彼にベッタベタに甘えまくって、褒めて褒めてとおねだりしていた。調教とか従属とかの言葉で片づけられない様子に、騎士団員がドン引きしていた。

 ジーンスワークの空に飛来した大鷲は、ヴァーリ団長の指示のもと鍛錬所に誘導された。鍛錬所には騎士団関係者の殆どが集合している。

 無事に着地した大鷲の背中から、小柄な騎士さんがひらりと飛び降りた。上空は寒いらしく、フードのついた厚手のマントを被っていた。

 フードを下ろすと目のくりくりした童顔が現れる。おれより少し背が高いけど、なんか親近感湧くな。

「アルノルド・ステッラでございます。ジーンスワーク辺境伯爵さまより総団長に、書状をお預かりして参りました」

 騎士の礼をして、懐からきぬに包まれた書状を差し出す。ブライトさまが鷹揚に頷いて、ヴァーリ団長が恭しく受け取った。

 中身の確認はしないみたい。今回は大鷲が使えるかが重要であって、書状自体に意味はない。空に障害物がないので、早馬よりずっと早く王都から到着した。その事実が大切なんだって。

「実用化出来そうか?」

 ヴァーリ団長がアルノルドさんに訊ねた。

「条件に寄ります。悪天候や冬場は飛べませんし、地上から矢を射掛けられたら腹がガラ空きです」

「そうか、ならば存在は秘匿しておくべきですな。最終連絡手段にすべきかと。陛下とカルロッタ殿も交えて協議いたしましょう」

 あれ、結構重要なこと話してるんじゃない? おれ、聞いていていいのかな?

「ご苦労」

「勿体のうございます」

 ブライトさまがアルノルドさんを労ってから、手をあげて騎士団員に合図をした。大鷲を遠巻きにして見守っていた人々が、各々訓練に戻って行った。中にはアルノルドさんのそばに寄って、彼の頭を引っ掻き回す人もいる。王都の連中だ。

 大鷲がアルノルドさんにちょっかいをかけている騎士の襟首を掴んで放り投げた。ごく軽く、ペイッて感じに捨てられている。まわりから、どっと笑いが起こった。

「ハヤテぇ、ダメだよ。お利口さんにしてなって」

 アルノルドさんがニコニコして大鷲の喉をかき回した。うふふ、あはは、って幻聴が聞こえる。

「ピューロロロ」

 大鷲の声も嬉しそうに聞こえる。

「ハヤテって言うんだ、この子」

「はい! ルーリィ嬢に名付けていただきました」

疾風ハヤテ。大空を駆けるこの子にはぴったりだね」

 和風な名前だと思ったら、るぅ姉がつけたのか。納得した。

 それにしても良く懐いている。元々詐欺団のおっさんが使っていた子だから、人には慣れていたんだろうけど、鞍まで載せてるって相当すごいよ。

「ジーンスワーク辺境伯爵さまにお口添えしていただいて、ルーリィ嬢にお会いしたんです」

 アルノルドさんがうっとりと言った。ミカエレさま、視線が怖いです。ミカエレさまがるぅ姉激ラブなのって、本人含めてジーンスワークでは周知の事実だ。彼の前でるぅ姉をうっとり語るアルノルドさんを辺境騎士団の面々は勇者を見る目で見た。

「あの方、とても素敵です。ぼくのユーリャを見ても怖がらないし、エリシャを撫でてくれたんですよ! レアンなんてオデコにキスまでしてもらっちゃいましたぁ」

 ミカエレさまの殺気が⋯⋯。おれ、魔力を感じることはできないけど、ミカエレさまの殺気は分かる気がする。傍らのブライトさまに寄り添うと、そっと腰を抱いてくれた。

「ユーリャ? エリシャ? レアン?」

 冷たい声でミカエレさまが言う。

「はい! ぼくの可愛い獣魔です! あの子たち騎士団員でも怖がって近づかないのに、一緒にモフモフしてくださったんです! モフ友になりました!」

 うっわあっ、ピッカピカの、笑顔!

 色気も毒気もない、なんなら汚れもない笑顔だ。

「それにぼく、モフモフのお世話してると自分のご飯とか忘れちゃうんですけど、旦那と一緒に叱ってくれたんですよ」

「旦那?」

「はい。ぼく人妻です!」

「ぜひ、お友達になってください!」

 思わず会話に割り込んだ。

 ミカエレさまもアルノルドさんのカミングアウトに殺気を霧散させてるし、騎士団員も脱力している。王都の騎士団員はアルノルドさんのご主人を知っているようで、ふむふむと頷いていた。

「ルーリィ嬢に似てる⋯⋯ハリーさま?」

「はい、ハリ・ハナヤギと申します。お友達になってください」

 アルノルドさんはおれの隣のブライトさまを窺った。まぁそうか、彼は総団長でもあるわけで、上司の奥さんの友達になるとか、突然すぎるだろうな。

 ブライトさまにちょっと屈んでもらって、耳元に口を寄せた。⋯⋯身長差が憎らしい。でも、カッコいい。

「男性の奥さんのお友達、いてくれたら心強いです
。ロベルトさんはジーンスワークに残りますし、アルノルドさんはすでにるぅ姉のお友達でしょ?」

 るぅ姉との出会いがご領主さまの紹介なら、これ以上の信頼はない。

「それにね」

 声を落とす。

ロベルトさんに相談するのが恥ずかしい、夜のこととか⋯⋯話せる相手になってくれたらいいなぁ」

 あれ、ブライトさまが固まった。

「うわぁ」

 突然抱き上げられた。

「ヴァーリ、後を頼む。ステッラ、これから玻璃と仲良くしてやってくれ。玻璃、ステッラとは後で時間を作ってあげるからね」
「ブライトさまッ」

 騎士団の皆さんの前では良く抱き上げられているけど、今はとっても元気だから! 皆さんモーゼじゃないんだから、道作らなくていいですぅ!

 コンパス長いから、歩くスピードが、半端ない。

 門を潜って石段を登り、扉を抜ける。あっという間に、人気のないところまで連れ去られた。

「玻璃が悪い」

「なにが⁈」

 耳元で色気ダダ漏れさせないで!

「ステッラに夜のなにを相談するの?」

「⋯⋯ッ」

 なにって⋯⋯。おれ、なんでブライトさまに言っちゃったの⁈ アホの子だ、おれはマジでアホの子だ! 何度言っても言い足りない! アホすぎて、穴を掘って埋まりたい。

「玻璃?」

 イヤーーッ、耳を甘噛みしないでぇ!

「可愛いことばかりして、本当に君は、わたしをどうしたいんだろう。夜の君は最高に魅力的で、誰かに相談することなんて、なにもないよ?」

「⋯⋯だって、ぼくマグロだし」

「まぐろ?」

「水揚げされた食用の魚です。鮮度が落ちないよう凍らせて市場に出すんですけど、凍ってるから転がってるだけなんです。⋯⋯ぼく、転がってされるがままだから、飽きられちゃうんじゃないかと」

 上に乗っかった時も、揺さぶられてグニャグニャになっただけだったし、おれから何かしてあげたことなんて、ほとんどない。スマホもPCもないから検索もできないし、兄さんがわりのロベルトさんに聞くのは恥ずかしい。るぅ姉なんて言語道断。

 アルノルドさんは年も近いし、体も比較的ちっちゃいし、奥さん側だし、嫁友あるあるでなんか解決策が出てくるかと思ったんだけど。

 あれ、またブライトさまが固まった。

「飽きる? わたしが? 玻璃に? それは物足りないと言うこと?」

「そんな訳ないです!」

 あれ以上は死んじゃいます!

「でも不安なんだろう? わたしの愛が足りないからでは?」

「そうじゃなくて。して貰ってばかりで、ぼくからはなにもしてないから⋯⋯。奥さんがなにをしたら旦那さんが喜ぶのか、先輩奥さんに聞いてみたかったんです」

 チュッと小鳥のキス。

「駄目だよ。君から何かされたら、わたしの最後の理性が壊れてしまう。今すぐ寝台に連れて行かれたいの?」

 こんな昼間っから、いけません!

 ブライトさまはクスクス笑って、止めていた足を再び動かした。今度はゆったり歩いて、到着した先はサロンだった。

「ゆっくりお茶をしておいで。わたしは鍛錬場に戻るよ。ステッラが王都に戻る前に会えるよう、調整してこよう」

 ブライトさまはおれをソファーに下ろすと、添え付けのベルを鳴らして女中を呼んだ。現れたのは侍女さんトリオで、彼はカナリーさんにお茶の支度を命じると、サロンを後にした。

「今夜、試してみる? ステッラに聞かなくてもわたしが教えてあげるよ。その代わり、いろいろ覚悟してね」

 ひゃあッ、また耳噛んだッ!

 だから色気ダダ漏れの声で、耳元に囁くのはやめてくれ!

 言い逃げされた⋯⋯。

 残されたおれは、侍女さんトリオの生温い視線に耐えると言う、辱めを受けたのだった。
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