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「おや、今朝は落ち着かれてますな」
騎士団長さま、開口一番それですか?
昨日の朝、膝から落ちていたのは、おれがブライトさまに抱えられていたからでなく、おれの体からダダ漏れるブライトさまの魔力のせいだったらしい。
「昨日はどんだけぶち込んだんだっていうくらい、ピッカピカでしたからね。昨夜は楽しまなかったんですねぇ」
「ヴァーリ殿、ハリーがユデダコになっています。勘弁してやってください」
騎士団長さま、日本人は羞恥で死ねる人種です。ミカエレさま、フォローしてくれてるけど、るぅ姉に教えてもらった言葉を、使いたいだけだよね。
「まぁ、挿れなくてもやることはやれますがね」
騎士団長さま、アンタそれが素⁈ イケオジっつうかチョイワル? チョイエロ? 騎士団長さまの後ろにジロー○モさんが見える!
「エンドレ・ヴァーリ騎士団長、そこまでです。これ以上余計なことを言うと、喉に風穴を開けますよ?」
ヒンヤリと冷気を纏って、おれの後ろに控えているロベルトさんが言った。一瞬ダイヤモンドダストが舞う。水と氷の属性を持っているので、比喩ではなくてホントに舞う。
何が怖いって丸腰に見えるロベルトさんだけど、空気中の水分を集めて氷柱を作り、それで突きをかますと言う、おっそろしい攻撃法を極めてるんだ。
辺境伯爵領は国防の要、家令と言えどそこらの田舎騎士より腕が立つ。得物はサーベル。突きを専門にした刃物だ。去年山菜採りに行って冬眠明けの熊に遭遇した時、氷柱のサーベルで熊の喉から脳味噌まで一直線に貫いていた。
「ジーンスワークの氷華の君に言われちゃなぁ。まったく、何でこんな手練れが家令なんかしてるんだか」
それはおれも思う。
「それはロブが美しすぎるからだな」
ミカエレさま、そのフォローも微妙です。言った本人も壮絶な美貌なので、ふたり並んでいると目がチカチカする。ジーンスワーク辺境伯爵領は顔面偏差値が高すぎる。
ロベルトさんは幼少期、騎士を目指したそうだ。幼い身であまりに強く、『火薔薇姫の秘蔵っ子』と王都で評判だったんだって。当時騎士団長はご領主さまで(びっくり)、小姓として常に側にいたとかで、当然人目につく。
輝く榛色の瞳を持つ銀髪の美少年。阿呆な貴族が護衛兼ゆくゆくは愛人に、と先を争って打診してきて、ご領主さまが激怒したそうな。ちょうどその頃、先代のご領主だったミカエレさまのお父上が亡くなって、ご領主さまが後を継いだ。その時一緒に帰領して、岩城の中に引っ込んだんだって。
「そこで引っ込まなくても良かったんじゃないかってことさ」
「最後の砦は家の中だと、気付いたもので」
次代を守り育てて行くのも、誉れだ。ロベルトさんは微笑んだ。ミカエレさまを、未来に於いてはそのお子を、自らを盾に守るのが努め。そう言ったロベルトさんはとても美しかった。
そんな話しをしていたら、隣の部屋で書状を読んでいたブライトさまがやって来た。王都から早馬で届けられたそれは、これからも定期的に来るらしい。ホントにおれと旅してて平気なのかな。旅先までお仕事が届けられるって、ちょっと凄くない?
「これを王都へ」
封をされた書類をマーサさんに渡すと、彼女は受け取って部屋を出て行った。早馬の手配をするんだろう。
それからおれたちは、ハイネン子爵邸に向かい、もてなしの礼と令嬢誘拐の見舞い、解決の祝いを与えた。王太子さまから賜るっていうていをとるのが大事らしい。当事者しか居ないけど、建前って大事。
ハイネン子爵はふくふくとした体を揺すって、半分泣きながらメアリーちゃんを助けたお礼を言った。メアリーちゃんも疲れた様子もなく、丁寧に淑女の礼をしてくれた。やっぱり天使だ。
それから家庭教師の先生。彼女は蔦に弾き飛ばされて怪我を負ってしまった。それを知ったメアリーちゃんは、昨日は泣いて大変だったみたい。先生の方も無事だったメアリーちゃんの姿に涙して、本当にいい先生だ。
はじめましてのジャックくん。るぅ姉が好きそうな、泥塗れの元気坊主でした。竹トンボをプレゼントしたら『知らない人には貰わないんだもん!』とぷるぷる泣いて、超可愛かった! 学習したね、いい子だね。恐縮する庭師に渡して、遊び方を教えてあげた。すぐに部屋から出て行ったけど、しばらくしたら庭から歓声が聞こえた。
子爵邸の皆さんに見送られて、一行は出発した。見送りの中にジャックくんもいて、竹トンボを振り回しながら『ありがとーっ』って叫んでた。うわぁ可愛い! おれって子ども好きだったんだな。
ブライトさまが合流することになったので、王都から侍従が数人追いかけて来た。騎士の人数も増えている。
侍従さんが牽いてきた王太子宮の馬車に、おれとブライトさまが乗る。ロベルトさんと小姓さんがひとり、世話のために同乗した。ブライトさまは少し不満そうだった。
「馬車は動く密室ですからね」
ロベルトさんが薄く笑った。キラキラと氷の花が舞って、馬車の中の温度が下がった。ブライトさまの小姓さんが『ぶふっ』と変な声を出して顔を背けていた。
密室だと何がダメなんだろう? 換気が悪い?
「窓開けたほうがいい?」
「いや⋯⋯どうかしたのか?」
「密室はよくないんでしょ? 空気の入れ替えしようと思って」
しばらく沈黙が流れた。ロベルトさんの榛色の瞳が見開かれ、小姓さんが俯いて肩を揺らしている。
「可愛い」
「ハリーはずっと、そのままでいましょうね」
「⋯⋯っく、ふ」
隣に座るブライトさまが手のひらにキスをくれた。ロベルトさんは優しい笑顔を向けてくれたけど、すぐにブライトさまに向き直って、おれの手を奪った。
「何をする、ロブ」
「いろいろ度が過ぎていらっしゃるようなので」
「くはっ」
小姓さん、めっちゃ苦しそう。もういっそ、笑ったほうが楽なんじゃないかな。小姓さんの立場じゃ不敬なんだけどさ。
おれが小姓さんを気にしていると、ブライトさまが気付いて紹介してくれた。名前はエットーレァくん。十四歳。
「君の話し相手になるかと思ってね」
「トレアとお呼びください」
トレアくんはニッコリした。目尻に涙が滲んでいる。⋯⋯何が理由か分からないけど、笑いを堪えるの泣くほど辛かったんだね。
「王太子宮に戻ったら玻璃付きになるから、侍従長が連れて来た」
馬車の旅は元々快適だったけど、王太子宮から運ばれた馬車に乗り換えて、ますます快適になった。小型の二階建てバスみたいな作りになっていて、二階席の寝椅子みたいな椅子に、ゆるっと座っている。
一階部分には簡易コンロや水の樽が積んであって、お茶の支度程度は出来るようになっている。バスというよりキャンピングカーなのかな。飲み物が欲しい時はトレアくんに言えばいいって言われたけど、自分で一回やってみたいな。
ジーンスワーク辺境伯爵領までのルートは、最初の予定とは変更された。ハイネン子爵邸のほかに三つの領主館とふたつの旅籠、一晩の夜営を計画していたけど、領主館を二箇所行かないことにした。そのうちの一箇所は準男爵領で、王太子の宿泊先に指定しては気の毒だった。
準男爵邸の膝元で夜営するのも馬鹿にした話なので、敢えてルートを変えて『他に寄り道することにした』と言う体裁を整えた。大きく迂回して風光明媚な湖の方を観光するよう見せかけるのだ。
ついでに『寄りたくないけどルートだから仕方なく滞在地に選ばれた伯爵領』はルートから外した。中央での権力欲が丸見えの年寄りが当主で、すでにあちらからのアピールで、宿泊の打診をされていたんだけど。
「お断りの馬を出しましょうね」
うわぁロベルトさんがニッコニコだ。よっぽどイヤだったんだね。
「十二歳だったわたしに、妾になれと言った変態ですからね。正直言ってハリーを会わせたくありませんでした」
「うむ、やはり共に行くことにしてよかった」
せっかくおっさん以上は克服しそうなのに、そんなエロジジイに会いたくないなぁ。ブライトさまの意見に全面的に同意する。コクコク頷いた。
「大丈夫。離れないから安心して」
ブライトさまがおれの腰を引き寄せたけど、今度はロベルトさんも邪魔はしなかった。ロベルトさんとトレアくんが見てるのが恥ずかしくて、そっと抜け出そうとしたけど、所詮ひ弱な現代っ子、騎士さまの力にかなうわけもなく⋯⋯。
「ふふっ、可愛い」
なんかのスイッチ押したかな。ブライトさまは上機嫌で、おれの顳顬やら髪の先やらにチュッチュし始めた。やめて~、顔から火が出るから。朝ので勘弁してください。
ブライトさまを迎えての旅は順調だった。ずっと馬車に乗っているのじゃなくて、なんと馬にも乗せてもらった。侍従長さんはブライトさまの愛馬のために、二人乗りの鞍を運び込んでいた。
侍従長さんはおれの前には顔を見せない。騎士団長さまと年が近いそうで、おれのトラウマを刺激しないよう、トレアくんを遣してくれて、彼を通じて乗馬の提案をしてくれた。
「外の景色が見られて、嬉しいです」
なんと侍従長さん、ブライトさまのサイズアウトした乗馬服を、一式揃えて持ってきてた。ロベルトさんに手伝ってもらって着替えたら、さっそくブライトさまが馬に乗せてくれた。
「実はカナリーさんたちまで騎馬だから、ちょっと羨ましかったんです」
「玻璃は可愛いことしか言わない。そうだ、玻璃にちょうどいい馬を探そうか」
「ダメです。馬って維持が大変なはずです。ブライトさまの妃の馬なら、いい仔を選ばないとダメだと思います。でも、ぼくみたいな素人にはただの無駄遣いです。国のお金をそんなことに使っちゃイヤです。⋯⋯それに自分の馬を貰ったら、ブライトさまに乗せてもらえないじゃないですか」
おれの言葉はゆっくりだ。日本語で同じことを言う三倍くらいの時間をかけて、考えながら言う。それをブライトさまは根気よく聞いてくれて、背中からギュッと抱きしめられた。
「そうだな、王太子妃なら、ひとりで馬に乗ることもあるまい」
公式行事でひとりで馬上に上がることなど、王太子妃にはない。
「遠乗りしたいときは、わたしが相乗りしよう」
「はい、是非」
風が気持ちいい。太腿とお尻、腹筋に、絶妙な負荷がかかるから長時間は無理。でも旅の間数時間ずつ、乗せてもらうことにした。
「ずっと馬車の中じゃ、病気になっちゃうし」
「ハリーさまは大袈裟ですな」
「大袈裟ではありません。『エコノミー症候群』と言う病気があるんですよ」
隣で馬を走らせていた騎士団長さんが笑うので、ちょっと唇を尖らせた。
「病名の翻訳は難しいです。じっとして体を動かさない時間が長いと、血や体液の巡りが悪くなって、体調を崩します。場合によっては命の危険もあるんですよ」
「わかった。明日も馬に乗ろう」
ブライトさまが被せ気味に言った。そんな焦らなくても、適度に休憩をとって柔軟したり、マッサージしたら大丈夫。
「要は血の巡りを良くすればいいんですよ」
ざっくり言えば、そんな感じ。ブライトさまがホッとした気配がした。
回り道をして立ち寄った湖は本当に綺麗だった。あんまり綺麗なものだから、勝手に涙が出てきて止まらなかった。みんなが驚いて慌てふためいたりしたけど、最後はブライトさまが『玻璃が可愛すぎる』と謎の言葉で締めくくった。
休憩も適度に入れて、無理のないスケジュールで進んだし、夜営はキャンプみたいだった。明るいうちに場所を確保すると、騎士さまたちがあっという間に天幕を張り、竈門を作る。
騎士団の訓練の時は、ブライトさまも騎士団長さまも一緒にするんだって。だけど何がすごいって、ルート変更した先の野営地まで王都から早馬がやってきて、ふたりは書類を覗き込んで仕事をしていた。
夜営は二晩行って、伯爵領で一泊し(晩餐会付きだった)、また夜営。最後の夜は旅籠に泊まる。最初に泊まったほどの高級感はないけど、おれには贅沢すぎる部屋だった。
夜営や領主館でもキスだけしてたけど、旅籠に入った途端、超エッチなキスをされた。
「待って、ロベルトさんがッ」
因みに侍女さんトリオとトレアくんもいるから!
マーサさんグッジョブです。そのままトレアくんの目を塞いでてください!
「ふふっ、可愛い。ちょっとだけ玻璃が不足してるんだ。今は口付けだけでいいから」
最後にぺろっと唇を舐められた。
「レオンさま、もう領地内に入っていますので、明日の朝はゆっくりしてくださって構いませんよ。わたしは早朝より先触れと共に発ちますが、後のことはカナリーたちに任せます」
ロベルトさんが止めない。なんかもう、当たり前の光景として流されている。慣れろ、ここは日本じゃないんだ! 半分抜けた腰でブライトさまに支えられながら、ソファーに座る。
「危なくなければ今夜発ってもいいが。良人はいいのか?」
ロベルトさんが一瞬止まった。その後柔らかい微笑みを浮かべると、陽だまりの幻が見えた。デレた! 榛色の瞳がとろりと溶けて、蜂蜜みたいだ。
トレアくんがポケっとしてる。わかるよ! おれも初めて見たとき、そうなった!
「マリク、喜ぶと思うよ。帰ってあげたら?」
「朝でいいのです。その方がお迎えの準備が捗りますから」
尻尾を振って大喜びするゴールデンレトリバーに、顔中舐めまわされる姿が脳裏に浮かぶ。
ちょっと考え込んでいたブライトさまが、苦笑して言った。
「ロブの言う通りにした方が良さそうだ。ロブの他にも優秀な者はたくさん居るが、出迎えに家令が居なくては、そちらの面子が立たぬな」
ご領主さまが王都にいて、ミカエレさまが俺たちと一緒に帰還するから、誰が出迎えるかって言ったら、ロベルトさんだ。だったら尚更、お家のベッドで疲れを取った方がいいんじゃないかな。ここにいたら、ロベルトさんは絶対に仕事から離れないし。
てなことを進言してみたら、トレアくんが『ぶふッ』と吹き出して、ロベルトさんが真っ赤になった。トレアくんの笑いのツボがわからない。そしてロベルトさん、なんでそんなにいたたまれなさそうなんだろう。
「玻璃、そんなに追い詰めてやらないで」
「???」
首を傾げていたら、ブライトさまがコソッと内緒話みたいに耳元で言った。
「わたしはたった二晩会えないだけで、君を朝まで手放せなかったんだ。マリクがロブを眠らせると思うかい?」
⋯⋯。
ゴールデンレトリバーに、全身を舐めまわされるロベルトさん。
「先触れの人員を選出してきます!」
彼はすごい速さで居間を出て行った。それでも足音がしない。身に染み付いた優雅な仕草は、こんなときでも剥がれないんだなぁ。
残されたおれも真っ赤になって固まった。そっか、そうだよ。ふっ夫婦だもんね。人のアレコレなんて、考えたことなかったよ。
「でね、ロブが明日の朝はゆっくりしろと言ったろう? 君の中の魔力が薄くなってる」
それはつまり、あの⋯⋯ゴニョゴニョのお誘いなのでしょうか?
「ふふっ、可愛い」
おれの返事待ちなのか? ブライトさまは、奪わないと約束してくれた。許して、与える意思表示を待ってるんだよね。
「⋯⋯魔力⋯⋯⋯⋯ください」
あと、TPOをわきまえてくれたら、何も言わずに奪ってくれた方が嬉しいです。早いとこ伝えなきゃ、この羞恥プレーが続くってことか?
ダメだ、恥ずかしすぎる。
ブライトさまは機嫌良くおれの顳顬にキスをしている。マーサさん、トレアくんの目隠しを! この程度じゃ気にしないのか⁈ トレアくんは実際気にする様子もなく、お茶の支度を手伝っていた。
そうしておれは、旅籠の夕食をギクシャクしながら食べたあと、さっさと部屋を去る侍女さんトリオとトレアくんを見送った。その後は、まぁ、お風呂に入ってベッドに横になったよ。眠らせてはもらえなかったけどね!
おれは数日ぶりに、ドロドロに溶けた。
騎士団長さま、開口一番それですか?
昨日の朝、膝から落ちていたのは、おれがブライトさまに抱えられていたからでなく、おれの体からダダ漏れるブライトさまの魔力のせいだったらしい。
「昨日はどんだけぶち込んだんだっていうくらい、ピッカピカでしたからね。昨夜は楽しまなかったんですねぇ」
「ヴァーリ殿、ハリーがユデダコになっています。勘弁してやってください」
騎士団長さま、日本人は羞恥で死ねる人種です。ミカエレさま、フォローしてくれてるけど、るぅ姉に教えてもらった言葉を、使いたいだけだよね。
「まぁ、挿れなくてもやることはやれますがね」
騎士団長さま、アンタそれが素⁈ イケオジっつうかチョイワル? チョイエロ? 騎士団長さまの後ろにジロー○モさんが見える!
「エンドレ・ヴァーリ騎士団長、そこまでです。これ以上余計なことを言うと、喉に風穴を開けますよ?」
ヒンヤリと冷気を纏って、おれの後ろに控えているロベルトさんが言った。一瞬ダイヤモンドダストが舞う。水と氷の属性を持っているので、比喩ではなくてホントに舞う。
何が怖いって丸腰に見えるロベルトさんだけど、空気中の水分を集めて氷柱を作り、それで突きをかますと言う、おっそろしい攻撃法を極めてるんだ。
辺境伯爵領は国防の要、家令と言えどそこらの田舎騎士より腕が立つ。得物はサーベル。突きを専門にした刃物だ。去年山菜採りに行って冬眠明けの熊に遭遇した時、氷柱のサーベルで熊の喉から脳味噌まで一直線に貫いていた。
「ジーンスワークの氷華の君に言われちゃなぁ。まったく、何でこんな手練れが家令なんかしてるんだか」
それはおれも思う。
「それはロブが美しすぎるからだな」
ミカエレさま、そのフォローも微妙です。言った本人も壮絶な美貌なので、ふたり並んでいると目がチカチカする。ジーンスワーク辺境伯爵領は顔面偏差値が高すぎる。
ロベルトさんは幼少期、騎士を目指したそうだ。幼い身であまりに強く、『火薔薇姫の秘蔵っ子』と王都で評判だったんだって。当時騎士団長はご領主さまで(びっくり)、小姓として常に側にいたとかで、当然人目につく。
輝く榛色の瞳を持つ銀髪の美少年。阿呆な貴族が護衛兼ゆくゆくは愛人に、と先を争って打診してきて、ご領主さまが激怒したそうな。ちょうどその頃、先代のご領主だったミカエレさまのお父上が亡くなって、ご領主さまが後を継いだ。その時一緒に帰領して、岩城の中に引っ込んだんだって。
「そこで引っ込まなくても良かったんじゃないかってことさ」
「最後の砦は家の中だと、気付いたもので」
次代を守り育てて行くのも、誉れだ。ロベルトさんは微笑んだ。ミカエレさまを、未来に於いてはそのお子を、自らを盾に守るのが努め。そう言ったロベルトさんはとても美しかった。
そんな話しをしていたら、隣の部屋で書状を読んでいたブライトさまがやって来た。王都から早馬で届けられたそれは、これからも定期的に来るらしい。ホントにおれと旅してて平気なのかな。旅先までお仕事が届けられるって、ちょっと凄くない?
「これを王都へ」
封をされた書類をマーサさんに渡すと、彼女は受け取って部屋を出て行った。早馬の手配をするんだろう。
それからおれたちは、ハイネン子爵邸に向かい、もてなしの礼と令嬢誘拐の見舞い、解決の祝いを与えた。王太子さまから賜るっていうていをとるのが大事らしい。当事者しか居ないけど、建前って大事。
ハイネン子爵はふくふくとした体を揺すって、半分泣きながらメアリーちゃんを助けたお礼を言った。メアリーちゃんも疲れた様子もなく、丁寧に淑女の礼をしてくれた。やっぱり天使だ。
それから家庭教師の先生。彼女は蔦に弾き飛ばされて怪我を負ってしまった。それを知ったメアリーちゃんは、昨日は泣いて大変だったみたい。先生の方も無事だったメアリーちゃんの姿に涙して、本当にいい先生だ。
はじめましてのジャックくん。るぅ姉が好きそうな、泥塗れの元気坊主でした。竹トンボをプレゼントしたら『知らない人には貰わないんだもん!』とぷるぷる泣いて、超可愛かった! 学習したね、いい子だね。恐縮する庭師に渡して、遊び方を教えてあげた。すぐに部屋から出て行ったけど、しばらくしたら庭から歓声が聞こえた。
子爵邸の皆さんに見送られて、一行は出発した。見送りの中にジャックくんもいて、竹トンボを振り回しながら『ありがとーっ』って叫んでた。うわぁ可愛い! おれって子ども好きだったんだな。
ブライトさまが合流することになったので、王都から侍従が数人追いかけて来た。騎士の人数も増えている。
侍従さんが牽いてきた王太子宮の馬車に、おれとブライトさまが乗る。ロベルトさんと小姓さんがひとり、世話のために同乗した。ブライトさまは少し不満そうだった。
「馬車は動く密室ですからね」
ロベルトさんが薄く笑った。キラキラと氷の花が舞って、馬車の中の温度が下がった。ブライトさまの小姓さんが『ぶふっ』と変な声を出して顔を背けていた。
密室だと何がダメなんだろう? 換気が悪い?
「窓開けたほうがいい?」
「いや⋯⋯どうかしたのか?」
「密室はよくないんでしょ? 空気の入れ替えしようと思って」
しばらく沈黙が流れた。ロベルトさんの榛色の瞳が見開かれ、小姓さんが俯いて肩を揺らしている。
「可愛い」
「ハリーはずっと、そのままでいましょうね」
「⋯⋯っく、ふ」
隣に座るブライトさまが手のひらにキスをくれた。ロベルトさんは優しい笑顔を向けてくれたけど、すぐにブライトさまに向き直って、おれの手を奪った。
「何をする、ロブ」
「いろいろ度が過ぎていらっしゃるようなので」
「くはっ」
小姓さん、めっちゃ苦しそう。もういっそ、笑ったほうが楽なんじゃないかな。小姓さんの立場じゃ不敬なんだけどさ。
おれが小姓さんを気にしていると、ブライトさまが気付いて紹介してくれた。名前はエットーレァくん。十四歳。
「君の話し相手になるかと思ってね」
「トレアとお呼びください」
トレアくんはニッコリした。目尻に涙が滲んでいる。⋯⋯何が理由か分からないけど、笑いを堪えるの泣くほど辛かったんだね。
「王太子宮に戻ったら玻璃付きになるから、侍従長が連れて来た」
馬車の旅は元々快適だったけど、王太子宮から運ばれた馬車に乗り換えて、ますます快適になった。小型の二階建てバスみたいな作りになっていて、二階席の寝椅子みたいな椅子に、ゆるっと座っている。
一階部分には簡易コンロや水の樽が積んであって、お茶の支度程度は出来るようになっている。バスというよりキャンピングカーなのかな。飲み物が欲しい時はトレアくんに言えばいいって言われたけど、自分で一回やってみたいな。
ジーンスワーク辺境伯爵領までのルートは、最初の予定とは変更された。ハイネン子爵邸のほかに三つの領主館とふたつの旅籠、一晩の夜営を計画していたけど、領主館を二箇所行かないことにした。そのうちの一箇所は準男爵領で、王太子の宿泊先に指定しては気の毒だった。
準男爵邸の膝元で夜営するのも馬鹿にした話なので、敢えてルートを変えて『他に寄り道することにした』と言う体裁を整えた。大きく迂回して風光明媚な湖の方を観光するよう見せかけるのだ。
ついでに『寄りたくないけどルートだから仕方なく滞在地に選ばれた伯爵領』はルートから外した。中央での権力欲が丸見えの年寄りが当主で、すでにあちらからのアピールで、宿泊の打診をされていたんだけど。
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「ふふっ、可愛い」
なんかのスイッチ押したかな。ブライトさまは上機嫌で、おれの顳顬やら髪の先やらにチュッチュし始めた。やめて~、顔から火が出るから。朝ので勘弁してください。
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侍従長さんはおれの前には顔を見せない。騎士団長さまと年が近いそうで、おれのトラウマを刺激しないよう、トレアくんを遣してくれて、彼を通じて乗馬の提案をしてくれた。
「外の景色が見られて、嬉しいです」
なんと侍従長さん、ブライトさまのサイズアウトした乗馬服を、一式揃えて持ってきてた。ロベルトさんに手伝ってもらって着替えたら、さっそくブライトさまが馬に乗せてくれた。
「実はカナリーさんたちまで騎馬だから、ちょっと羨ましかったんです」
「玻璃は可愛いことしか言わない。そうだ、玻璃にちょうどいい馬を探そうか」
「ダメです。馬って維持が大変なはずです。ブライトさまの妃の馬なら、いい仔を選ばないとダメだと思います。でも、ぼくみたいな素人にはただの無駄遣いです。国のお金をそんなことに使っちゃイヤです。⋯⋯それに自分の馬を貰ったら、ブライトさまに乗せてもらえないじゃないですか」
おれの言葉はゆっくりだ。日本語で同じことを言う三倍くらいの時間をかけて、考えながら言う。それをブライトさまは根気よく聞いてくれて、背中からギュッと抱きしめられた。
「そうだな、王太子妃なら、ひとりで馬に乗ることもあるまい」
公式行事でひとりで馬上に上がることなど、王太子妃にはない。
「遠乗りしたいときは、わたしが相乗りしよう」
「はい、是非」
風が気持ちいい。太腿とお尻、腹筋に、絶妙な負荷がかかるから長時間は無理。でも旅の間数時間ずつ、乗せてもらうことにした。
「ずっと馬車の中じゃ、病気になっちゃうし」
「ハリーさまは大袈裟ですな」
「大袈裟ではありません。『エコノミー症候群』と言う病気があるんですよ」
隣で馬を走らせていた騎士団長さんが笑うので、ちょっと唇を尖らせた。
「病名の翻訳は難しいです。じっとして体を動かさない時間が長いと、血や体液の巡りが悪くなって、体調を崩します。場合によっては命の危険もあるんですよ」
「わかった。明日も馬に乗ろう」
ブライトさまが被せ気味に言った。そんな焦らなくても、適度に休憩をとって柔軟したり、マッサージしたら大丈夫。
「要は血の巡りを良くすればいいんですよ」
ざっくり言えば、そんな感じ。ブライトさまがホッとした気配がした。
回り道をして立ち寄った湖は本当に綺麗だった。あんまり綺麗なものだから、勝手に涙が出てきて止まらなかった。みんなが驚いて慌てふためいたりしたけど、最後はブライトさまが『玻璃が可愛すぎる』と謎の言葉で締めくくった。
休憩も適度に入れて、無理のないスケジュールで進んだし、夜営はキャンプみたいだった。明るいうちに場所を確保すると、騎士さまたちがあっという間に天幕を張り、竈門を作る。
騎士団の訓練の時は、ブライトさまも騎士団長さまも一緒にするんだって。だけど何がすごいって、ルート変更した先の野営地まで王都から早馬がやってきて、ふたりは書類を覗き込んで仕事をしていた。
夜営は二晩行って、伯爵領で一泊し(晩餐会付きだった)、また夜営。最後の夜は旅籠に泊まる。最初に泊まったほどの高級感はないけど、おれには贅沢すぎる部屋だった。
夜営や領主館でもキスだけしてたけど、旅籠に入った途端、超エッチなキスをされた。
「待って、ロベルトさんがッ」
因みに侍女さんトリオとトレアくんもいるから!
マーサさんグッジョブです。そのままトレアくんの目を塞いでてください!
「ふふっ、可愛い。ちょっとだけ玻璃が不足してるんだ。今は口付けだけでいいから」
最後にぺろっと唇を舐められた。
「レオンさま、もう領地内に入っていますので、明日の朝はゆっくりしてくださって構いませんよ。わたしは早朝より先触れと共に発ちますが、後のことはカナリーたちに任せます」
ロベルトさんが止めない。なんかもう、当たり前の光景として流されている。慣れろ、ここは日本じゃないんだ! 半分抜けた腰でブライトさまに支えられながら、ソファーに座る。
「危なくなければ今夜発ってもいいが。良人はいいのか?」
ロベルトさんが一瞬止まった。その後柔らかい微笑みを浮かべると、陽だまりの幻が見えた。デレた! 榛色の瞳がとろりと溶けて、蜂蜜みたいだ。
トレアくんがポケっとしてる。わかるよ! おれも初めて見たとき、そうなった!
「マリク、喜ぶと思うよ。帰ってあげたら?」
「朝でいいのです。その方がお迎えの準備が捗りますから」
尻尾を振って大喜びするゴールデンレトリバーに、顔中舐めまわされる姿が脳裏に浮かぶ。
ちょっと考え込んでいたブライトさまが、苦笑して言った。
「ロブの言う通りにした方が良さそうだ。ロブの他にも優秀な者はたくさん居るが、出迎えに家令が居なくては、そちらの面子が立たぬな」
ご領主さまが王都にいて、ミカエレさまが俺たちと一緒に帰還するから、誰が出迎えるかって言ったら、ロベルトさんだ。だったら尚更、お家のベッドで疲れを取った方がいいんじゃないかな。ここにいたら、ロベルトさんは絶対に仕事から離れないし。
てなことを進言してみたら、トレアくんが『ぶふッ』と吹き出して、ロベルトさんが真っ赤になった。トレアくんの笑いのツボがわからない。そしてロベルトさん、なんでそんなにいたたまれなさそうなんだろう。
「玻璃、そんなに追い詰めてやらないで」
「???」
首を傾げていたら、ブライトさまがコソッと内緒話みたいに耳元で言った。
「わたしはたった二晩会えないだけで、君を朝まで手放せなかったんだ。マリクがロブを眠らせると思うかい?」
⋯⋯。
ゴールデンレトリバーに、全身を舐めまわされるロベルトさん。
「先触れの人員を選出してきます!」
彼はすごい速さで居間を出て行った。それでも足音がしない。身に染み付いた優雅な仕草は、こんなときでも剥がれないんだなぁ。
残されたおれも真っ赤になって固まった。そっか、そうだよ。ふっ夫婦だもんね。人のアレコレなんて、考えたことなかったよ。
「でね、ロブが明日の朝はゆっくりしろと言ったろう? 君の中の魔力が薄くなってる」
それはつまり、あの⋯⋯ゴニョゴニョのお誘いなのでしょうか?
「ふふっ、可愛い」
おれの返事待ちなのか? ブライトさまは、奪わないと約束してくれた。許して、与える意思表示を待ってるんだよね。
「⋯⋯魔力⋯⋯⋯⋯ください」
あと、TPOをわきまえてくれたら、何も言わずに奪ってくれた方が嬉しいです。早いとこ伝えなきゃ、この羞恥プレーが続くってことか?
ダメだ、恥ずかしすぎる。
ブライトさまは機嫌良くおれの顳顬にキスをしている。マーサさん、トレアくんの目隠しを! この程度じゃ気にしないのか⁈ トレアくんは実際気にする様子もなく、お茶の支度を手伝っていた。
そうしておれは、旅籠の夕食をギクシャクしながら食べたあと、さっさと部屋を去る侍女さんトリオとトレアくんを見送った。その後は、まぁ、お風呂に入ってベッドに横になったよ。眠らせてはもらえなかったけどね!
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お気に入りしてくれてる方、閲覧くださってる方、ありがとうございます。
精一杯書いていきます。
2022.05.15
閲覧、お気に入り、ありがとうございます。
読んでいただけてとても嬉しいです。
近々番外編をあげます。
良ければ覗いてみてください。
2022.05.28
今日で完結です。閲覧、お気に入り本当にありがとうございました。
次作も頑張って書きます。
よろしくおねがいします。

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