ヤマトナデシコはじめました。

織緒こん

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ラピスラズリの溜息 02

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 花柳瑠璃、二十歳。わたしの大事な弟が、王子様に捕食されてしまいましたが、なにか?

 はーちゃんが喰われた。

 なんで知ってるかって? 侍女さんズの報告があったからよ。侍女さんズははーちゃんに仕えているだけでなく、ご領主さまやわたしとの連絡役も務めているもの。暗器も仕込んでいるし、王城の暗部の秘蔵っ子たちってとこでしょうね。

 モーリンの報告によると、最後までは致されてないらしい。けど、相当な執着っぷりで、初めてでそれはないだろうってほど、喘がされていたそうな。

 はーちゃんのセックスの知識は、兜合わせで止まってた。忠告はしといたわよ、王太子さまに。無理なことやらかさずに、ゆっくり行けって言ったつもりだったのに、そりゃまぁ、ねちっこく致してたんだとさ。痛いこと、嫌がること、急かすこと、一切なく、ただただ、甘く酔わせて喘がせたって、いったいどこのエロビデオよ。

「引くわー」

「ええ、ドン引きです」

 さよか、ただ引くだけじゃ足りないのね。

 高貴な方の寝室には、侍女や侍従が閨番をするための小部屋が設えられている。寝室の音がよく聞こえる構造になっていて、小さな覗き窓もあるらしい。当番は不寝番にあたり、音や声、時に覗き窓からの目視で、風呂の支度をしたり飲み物を準備したりする。また、妾妃が寝室ではかりごとをするのを監視する目的もある。

 モーリンは昨夜、その小部屋にいたのだ。

「ハリーさまはただお可愛らしくあられましたが、殿下のご執心ぶりは筆舌に尽くし難く。わたくし思わず、王妃陛下に告げ口してしまいました」

 クールビューティーなモーリンからブリザードが吹き荒れている。

 王太子さまには、何があっても小部屋の存在をはーちゃんに知らせるな、と言ってある。知ったら絶対、羞恥で死ぬ。て言うか、エッチさせない。

 はーちゃんの相手は国で三番目に高貴な人だから、警護の面でも小部屋の存在は仕方がない。庶民にしてみたら、見られながらなんて、変態行為も甚だしいけど。

 さて、今日モーリンが来たのは、はーちゃんのアラレもない姿を報告するためじゃない。寝室を共にした、くらいはミケさまに伝えてもいいけど、細かい内容はわたしだけで良い。と思ったら、ロックウェルさんが一緒に聞いてた(笑)。握り拳がブルブル震えている。うわぁお、怒りマックス! ご領主さまに報告に行ったわ。せめてオブラートに包んであげて。

 脱線したわ。とにかく、モーリンの用事よ。

 はーちゃんの帰領の荷造りに来たの。わたしは王都に残って社交界でパンダになってなきゃいけないけど、はーちゃんは一度、辺境伯爵領に帰って魔女さまに会いに行く。虹の光沢を放つ乳白色の髪をした魔女さまは、王太子さまの魔法の師匠でもあるそうだ。なので王太子さま、はーちゃんの支度に不備があっては申し訳が立たないらしい。

 振袖はおばあちゃんちにいくつか残ってるし、旅路は何があるか分からないから、動きやすいパンツスタイルがいい。宿泊はご領主さま馴染みの宿で⋯⋯。

 王太子のご婚約者さまなので、旅程の領主にご挨拶がてらお泊まりか。てことは、晩餐にご招待とかあるわけね。

「振袖は王城だけにしとこう。晩餐会には付け下げ持たせるよ。帯だけ飾り結びしよう。モーリン、侍女さんズで帯結びの特訓ね」

 はーちゃんにも、女物の自装の特訓申しつけとかなきゃ。男物にはない、長襦袢の襟の抜き方と裾の床上がりの位置決め。あとおはしょりの整え方かな。

「キモノの着付け方も教わりたいのですが」

「そりゃいずれは。十日で帯と両方いける?」

「三人で手分けをいたします」

「それならいけそうね。でも焦らなくても、はーちゃんに特訓させるよ?」

「多分、無理でございます」

 王太子さまがきっと夜にはりきっちゃうから、昼間は起き上がれないんじゃないかって⋯⋯。

 どんだけ執着してしてるのさ!

 それってアレよね、はーちゃんがジーンスワーク辺境伯爵領に帰っちゃうから、充電しとくってヤツよね。長旅の前に、疲れさせるんじゃねーよッ!

「今朝は?」

 なんか嫌な予感。

「ハリーさまがご自分でご起床なさるまで、そのままに、とのご指示でございます」

 あ~、モーリンの顔が能面のようだわ。朝から一発やらかしたかしら? そりゃ着付けのレッスンしてる時間がなくなりそうな予感がするわ。むしろ、それしかしないわ。

 気を取り直して長持ちを漁る。はーちゃんが王太子宮に住むので、昨日のうちにいくつか持たせてある。てか、アントニオに運ばせた。出立の挨拶は小紋でいいか。馬車に乗ること考えると男物のほうがいいけど、背中にリボン結びが欲しいな。市街地を出たらすぐに洋服に着替えさせればいいか。

「ねぇ、モーリン。はーちゃんのお着替えって、どっちの財源?」

 王太子妃予算が既に組まれているのか、嫁入り支度としてご領主さまが出すのか、養い親の魔女さまか。

「キモノ以外は王太子さまのお子様の頃のものをくださるそうです。足りないものは、私財から賄うそうです」

 きたよ、独占欲。はーちゃんは余計なお金が動くのを嫌がるから、単純に喜ぶだろう。王太子さまの思惑なんて考えもしないで。はーちゃんはアホの子だけど、人間として阿呆ではないから、もったいないオバケの標的になることはない。⋯⋯王族にお嫁入りするからには、そこら辺の意識改革も必要そうだけど。

 うちのおじいちゃんが言ってたわ。

 回せるものは回せ。
 勝負服は清水の舞台から飛び降りろ。

 呉服屋ならではの家訓に則って、長持ちからわたしの小紋と帯を引っ張り出す。公園を散歩したり、ちょっとしたお茶会用に持ってきた、可愛い系の紬と小紋は、はーちゃんに持たせることにした。道中のデモンストレーションに必要だろう。

 服でも着物でも、普段着は家族で回す。親戚でも回す。特に子供のうちは。これ基本。そのかわり、本当にいいものは吟味して揃える。

 この一年で増えたジーンスワーク領で作られた試作品は残す。こっちは新産業の宣伝のため、私が着て練り歩く(苦笑)。

「洗髪料や香油などは、王太子宮のものをお持ちします」

 現地調達じゃないんかーい。

 領主の城とか高級旅籠なら、いいもの用意してるでしょ。来るときは、そんな感じだったわよ。ご領主さまだって、土地土地の特産の香り石鹸とか楽しんでいらしたわよ。服だけじゃなく香りまで、自分のものを纏わせるって。

 溺愛と執着ぶりが怖いんだけど。

 うちの弟、何したら王子さまをここまで耽溺させるのよ。

 ⋯⋯なんにもしてないんだろうな。

 ふたりして能面顔で着物を長持ちに入れ替える。トランクに詰めると王城での仕分けが大変だから、長持ちごと運んでもらう。実際ジーンスワークからも、そうして荷馬車に積んできた。

 身の回りの細かいものは、既にはーちゃんと一緒に王城に持ち込まれている。侍女さんズは優秀なので、着物の畳み方は完璧だ。

 王都散策、まだ何もしてないから、はーちゃんと一緒に行きたかったけど、多分無理だわぁ。

 小物も含めてあらかた長持ちにまとめると、いいタイミングでミケさまがやって来た。レディの部屋なので先触れもノックもマナーのお手本のようだ。

「王城の騎士団から、先触れが来ましたよ。騎士団長が面会を求めています」

「わざわざミケさまがいらしたの? 言付けてくださればよかったのに」

 滴る美貌の次期辺境伯爵が、流れるようにわたしの手を掬った。手のひらに口付けようとしたので、ひらりと返す。ミケさまの唇が甲を掠めた。

「つれない異世界の花。わたしの蝶々姫、すぐに北の辺境へ戻るこの身に、切なくなることを言わないでください」

 優しげに言うけど、知ってる。ミケさまは外側も中身もご領主さまそっくりだ。優しいのは身内にだけ。なぜか懐かれて求婚されている。無理なこと言うなや。辺境伯爵家の跡取りを産める確証がないから、結婚なんかできません。

「はーちゃんを道中よろしくね。アホの子だから、王太子殿下の婚約者って立場、よくわかってないかもしれないから」

「ルーリィの願いなら、命に代えても叶えましょう」

 命懸けるな。跡取りを産む産まない以前に、ミケさまが死んだら意味ないでしょうが。日本と違って、剣だ魔法だってすぐ大太刀回りをやらかすから、命懸けるって言葉の綾じゃすまないのよ!

「命は大事にしてください。それよりもイケオジ騎士さまがいらっしゃるの? 何かしら」

「貴女がわたしの命を惜しんでくださるのは嬉しいが、ほかの男を親しげに呼ぶのは嫌ですね」

 笑顔が怖いったら!

「さすがに、王太子さまのお従弟ですね」

 モーリンその呟き、聞き流せないわ! 思わず視線で訴えたら、ミケさまがなんでもないようにのたまった。

「皆が知っているので、ルーリィも知っているものと思っていました。母上が王妃陛下の妹なのですよ」

 まさかの母系血縁!

 わたしへの執着ぶりに、王太子さまとの血の近さを感じる。⋯⋯気のせい。気のせいったら気のせいよ。

「ま、まぁ、それはともかく、イケオジ騎士さまがいらっしゃるんでしょう? 警護のために、辺境伯爵領までご同行くださるって聞きましたわ」

「別件で良くないことがあったようです」

 わたしがイケオジ騎士さまって言うたびに、煌めく緑の瞳が温度を下げる。視界の隅でモーリンの口が「ご愁傷様」って呟いたのを見た。逃げられる気がしない。

 それにしても、よくないことって何かしら?

 エスコートする気満々のミケさまを残してパウダールームに引っ込むことにする。

「なにもあんな男のために装わなくても⋯⋯」

「無防備な姿を見せたくないんです」

 ぶつぶつ言っているので適当にあしらったら、急に満面の笑みを浮かべた。どしたのよ。

「そうですね、無防備な姿はわたしの前だけでしましょうね」

 なんか脳内がお花畑になっている。放っておこう。パウダールームで軽くお化粧して、部屋着のワンピースをデイドレスに着替える。お貴族さまの養女なので、着替えの回数が多くて面倒くさい。まぁ、養殖の猫被りはこのくらいへっちゃらだけど。

 着替えると、ミケさまに手を引かれて応接間に向かう。迎賓室ほどのお客様ではないってことか。てことは、王太子さまのご用事でなく、騎士団のほうね。

 既にイケオジ騎士団長は応接間で待っていた。指先に軽く淑女への挨拶をされると、となりのミケさまから冷気が漏れた。騎士団長はしれっとしている。すごいわね、気づいていながら流してる。

 それからご領主さまがロックウェルさんと入室して、お決まりの挨拶を交わす。ロックウェルさん以外が着席すると、イケオジ騎士団長が頭を下げた。

「不届き者の処遇が決まりましてございます」

 お馬鹿ご一家の父は領地帰還の上三年間王都への立ち入り禁止、兄は爵位の剥奪の上領地にて蟄居、妹は修道院。お馬鹿な妹の婚約者は、爵位剥奪の上国外追放となった。

「裁判や施設での労働などはないのですか?」

 父親はまぁ、監督不行届とか教育に失敗したとか言われるだろうけど、犯罪を犯したわけじゃない。領地での謹慎で十分だろうし、妹もただのお馬鹿だ。王太子に対する不敬罪だし、直接王太子に暴言を吐いたわけじゃない。はーちゃんを貶めた言葉が王太子さまを怒らせただけらしい。

「コンラッド・なんちゃらとやらは、野放しですか?」

 爵位剥奪と言ったって、無一文で放り出されるわけじゃない。国外で悠々自適に過ごされても、腹立たしい。

「チェスター伯爵子息コンラッドですな。生温いですが、ハリーさまは事件当時、伯爵のご養子と言うご身分です。また、ハリーさまの不名誉となりますので、大々的に処罰ができないのです」

「それでも首まで締めてりゃ、殺人未遂でしょうに」

 わたしの言葉に、ミケさまが小さく息を吸った。

「寝台に押し倒して殴って首絞めて、高飛びしてお終いですか。それ、自分で国外逃亡するのとなにが違います?」

「ハリーはそんな目に遭っていたのですか⁈ ちょっとした傷害事件と聞いていましたよ! それではわたしを恐れても仕方がない⋯⋯」

「一応、監視は付きますが⋯⋯」

「美味しいもの食べて、お酒を楽しんで、可愛いお姉さん侍らせてるのを眺めているの? だったら国内で監禁して、一日中気が狂うまでコヨリでも作らせてりゃいいんだわ」

 被ってた猫、どっかに行きそうだわ。

「それに、わたしに乗っかってた馬鹿だって、実家に寄生して引きこもるだけじゃない。結局実害のなかった勘違いお嬢さまだけが、清貧の下で奉仕活動なの? 決めた人誰? 馬鹿じゃないの?」

 はーちゃん大好きな王太子さまが、あの茶髪野郎を許すはずがない。むしろこっそり暗殺しそうだ。お嬢さまは夜会の真っ最中、衆目の下でのご乱行なので対外的にも妥当な処罰なのね。男どもの犯行は表に一切出てないと見た。とかなんとか思案してたら、突然となりから手が伸びて来てガッツリ掴まれた。

「ひゃ、なに⁈」

「どういうことですか? ルーリィの上に乗った? わたしのルーリィに乱暴する外道がいたのですか?」

 美人が怒ると怖いっていうの!

「これ、ミケや。おとなしゅうしておれ。それにしても変じゃの。ミケの今の反応を見るに、殿下とてお心を乱されたであろうに、追放程度で済ませるなどおかしい」

「実は殿下はご存知ありません。お伝えすれば確実に首をはねに行くでしょうね」

「その前に、わたしがはねに行きますよ。ルーリィに無体を働いたのでしょう? 楽になんか死なせてあげませんよ」

「あなた方がそんなだから、私刑しないための措置だと法務大臣が決めました」

 イケオジ騎士団長がため息まじりに言った。

「私刑ねぇ。いくら表沙汰にできないからって、ほかにもやりようがあるんでしょうに」

「やれやれ、ルーリィは相変わらず苛烈じゃの」

「そこがいいのです、叔母上。辺境伯爵夫人として頼もしいではありませんか」

「おや、異世界の蝶々姫は売約済みですか?」

 話が脱線してるわよ!

「ミケさまとは結婚しません。そんなことより馬鹿どもの処遇です!」

 これで決定なのかしら? なんか嫌な予感がするのよね。あの馬鹿ども、絶対常習犯だもの。

「わたしは被害者として厳罰を求めます。恐らく彼らは常習犯です。私たちだけでなく、下位貴族の令嬢や市井の民には、未遂で済まなかった被害者がいると思われます。殴って脅して、人の尊敬を奪うような男、さかのぼって調査くらい、したんでしょうね」

 それをしてないなら、法務大臣とやらは無能か、奴らのお仲間だわ!

「これはまた、蝶々姫は勇ましい」

「ふざけないで。騎士団はそれでいいの? 騎士団が取り押さえたのに、総団長たる王太子殿下に内密でことを進めるなんてどうかしてるわ! 貴方それでも帝国の騎士ですか!」

 ヤバ、猫が三匹ほど逃げたかしら。大丈夫、まだ七匹くらいいるわよね。

 失敗したなぁとイケオジ騎士団長を見ると、ニヤリと人を喰ったような笑みを向けられた。

「ですから、告げ口に参ったのです。殿下が激昂するとチェスター伯爵邸が瓦礫の山になりそうです。伯爵邸の若い女中は軒並み被害者のようですから、一緒に瓦礫に埋れさせるわけにはいきませんからね。殿下のお耳に入れるまでに、ある程度の道を作っておきたいのですよ」

 くくっと嗤った。

 コイツもあかんヤツだったーっ!

「ジーンスワークの勇猛なる戦女神よ、わたしは華姫と共に貴女さまのご領地へ向かいます。その間、王都のことには目が行きません。故に、お任せしたいのです。騎士団はご自由にお使いください。なに、火薔薇姫が団長だった頃の部下たちは、全員喜んで従いますとも」

 ぶっ込んできたわね。ご領主さま、元騎士団長さまですか。イケオジ騎士団長の嗤いを受けて、ご領主さまが艶然と微笑んだ。

「好きにしてよいのじゃな?」

「御意」

 イケオジ騎士団長、アンタもご領主様の元部下か! なんとなく背筋が寒くなって、思わずとなりのミケさまにすり寄った。

 はーちゃんの知らない世界が広がっていく。わたしも知らないままでいたかった⋯⋯。
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