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やって来ました王城です!
今日も今日とて、朝からがっつりお手入れされて、昼食後に振袖を着付けられた。今日の振袖は全体に白っぽい。裾と袖の先だけ紫で、帯は粉屋の女将さんと針子のアンジェラさんの合作だ。髪の毛はマーサさん、着付けはるぅ姉、メイクはカナリーさんとモーリンさん。
帯結びの最後に帯締めにブローチが飾られた。昨日の結納の中に入っていたものだ。みごとな青い宝石で、多分日本で言うところのサファイアだ。とても濃い青で、藍色にも見える。
「独占欲に引くって!」
るぅ姉がやれやれと肩をすくめた。
「結納っていうか、結婚を申し込むのって、もともと独占欲を感じる相手にするものじゃないの?」
「そりゃそうだけど、モノには限度ってものがあるのよ。自分の瞳と同じ色の宝石、それもこのサイズで髪飾りと指環まで誂えて、期間はたったの十日。ダイヤモンドあたりなら色も揃えやすいけど、サファイアじゃ相当無理したでしょうね」
そうなのか。
「とにかくこれから、王太子さまに挨拶して、サクサク陛下のところまで行くわよ」
「るぅ姉そんな流れ作業じゃないんだから」
「だってほとんど形骸化した張ったり行事なんでしょ。彼女に会いに行って、ついでにご両親に挨拶するくらいの気持ちでいきなさいよ。でないと緊張しすぎて倒れちゃうわ」
それもそうか。
「大丈夫よ。今日は王太子さまが一緒でしょ。それだけで、怖いことなんか、なぁんにもないわ」
なんて、るぅ姉とおでこをくっつけながら話していたら、エスコートのためにやって来たミカエレさまに引き剥がされた。
「だから、お前たち姉弟は近すぎる! 同じ顔でいちゃつくな」
そしてるぅ姉に頭を叩かれていた。領地で三番目に強い人だけど、それで良いのか?
昨日と同じようにロベルトさんに手を引かれ、ミカエレさまはるぅ姉の手を引いて、玄関に向かう。おれたちに一歩遅れてご領主さまが夜のドレスで現れた。着物と違って、昼と夜で仕様が違うらしい。おれにはさっぱりだ。
「今日も可愛らしゅうして貰うたの。良い良い。これミケや、万が一、馬車が襲われでもしたら、其方がなんとかせねばならぬ。心せよ」
ミカエレさまは力強く頷いているけど、そこは安心している。だって同じ馬車にるぅ姉がいるんだ。何がなんでもなんとかすると思う。第一、王城から騎士団が護衛で派遣されている。あぁほら、代表者がご領主さまに挨拶に来た。
「あら、イケオジ騎士さま、お久しぶりですわ」
るぅ姉がよそ行きの声で言った。ひっ、ミカエレさま、顔怖くなってるよ!
「ルーリィ嬢、エンドレ・ヴァーリと申します。イケなんたらはおやめください」
まじめ腐って言っていけど、口元がピクピクしてますよ~。アントニオさんと同じニオイがする。うん、田舎の駐在さんぽいヤツ。と思ったら、騎士団長さまだった。ブライトさまが総団長だから、そのすぐ下の部下ってことだ。そんな大物、護衛にしちゃっていいの? 指揮官は後ろで構えていなくちゃ。
「ハリーや、そなた充分要人じゃからな。ヴァーリくらい顎で使うてやれ」
「え? ぼくなにも言ってないです」
「顔に出ておる。騎士団長の護衛など、恐れ多いとでも思うておったじゃろう」
バレてら~。
馬車は先にご領主さま、真ん中に姉弟とミカエレさまとロベルトさん。後に侍女さんトリオとロックウェルさんが乗っている。
前二台の左右は騎馬が挟み込み、列の前衛に三頭、後衛に四頭、全部で十三騎が護衛に遣わされている。おれが怖がらないよう、ヴァーリさんの挨拶も距離が充分とられていたし、他の騎士様はおれたちが馬車に乗るまで離れていた。
気遣いが申し訳ない。
市街地に入ると、沿道に人だかりができていた。王城の騎士団に黄色い声を上げる若い女性の姿や、物見遊山の老若男女がひしめいている。
おれはおれの恐怖心と警備の都合から引きこもっていたわけだけど、るぅ姉はたびたび街を散策していたので聞いてみる。
「王都ってこんなに人がいるの? 今日は特別?」
「はーちゃんを見に来てるのよ。良く聞いてごらんなさい」
馬車の扉は明かり取りのため、大きな窓が付いている。防犯のため中が見えないよう、レースのカーテンが下げられている。何より魔法で防護壁が張られているらしい。
カーテンに耳を寄せて、喧騒に集中する。騎士さまを賛辞する声に混じって、ご領主さまを讃える声がする。そして、訳わからんのが。
「華姫さま! お幸せに!」
「蝶々姫さま! 蝶々姫さま!」
華姫? 蝶々姫?
「夜会の後でね、はーちゃんたら、花のように可憐な姫だって噂が広がってね~。王太子さまに嫁がれるなら花じゃなくて華ねって、城下の若い女性を胸キュンさせちゃったみたいよ」
「ぼく、華姫なの? じゃあ蝶々姫は?」
「花の周りで元気に舞う蝶々ですって。マダム・バタフライみたいで微妙よね」
さすがのるぅ姉もゲンナリしている。マダム・バタフライ、いわゆる蝶々夫人はおれでも知ってる有名なオペラだ。日本に仕事で来た外国の将校が、現地妻として囲った女性で、最後は捨てられる。悲劇の女性で、西洋人が思うジャパニーズヤマトナデシコの姿だけど、るぅ姉のキャラじゃない。
生物としての蝶は縄張り意識が強い生き物で、二頭(蝶は匹って言わないんだ)でヒラヒラしてる姿は綺麗だけど、本当はメッチャ喧嘩してるんだって。こっちの人はオペラの蝶々夫人を知らないから、気性の荒いるぅ姉にはぴったりな気がする。言ったらコロサレルけど。
「蝶々姫だなんて、ルーリィにはぴったりじゃないか」
ミカエレさまがニコニコしている。彼は常々カジュアル着物のるぅ姉を見て、蝶の翅みたいと言っていた。半幅帯で背中にリボンを背負ったように見えるから、それを蝶に見立ててご満悦である。
「この観衆では賊の襲撃はないでしょう。むしろ興奮した人々が馬車道になだれ込んでくる方が危険です」
ロベルトさんが言った。
すごいなぁ、ロイヤルウェディングのパレードみたいだ。
結局、ミカエレさまが大活躍する機会はなく、無事に王城にたどり着いた。馬車の中でヴェールを被り、扉を開けてもらう。はじめにロベルトさんが出て、次にミカエレさま。ミカエレさまはるぅ姉に手を貸して馬車から下ろし、おれはミカエレさまと場所を入れ替わったロベルトさんに手を貸して貰った。
扉の脇に控えていたのは、侍女さんだった。多分ブライトさまの指示だね。従僕だと怖がるから徹底している。先に馬車を降りていたご領主さまとおれたち四人は王太子宮に向かった。最後の馬車に乗っていた四人はべつの降車場から入城するらしい。
ロベルトさんに手を引かれ、しずしず歩く。
謁見の間までたどり着くと正面の一段高いところに椅子があり、その手前で立ち止まった。ロベルトさんはそこで下がっていき、ミカエレさまがおれの隣に立った。るぅ姉は一歩下がって控えている。
すぐにブライトさまが入ってきて、正面の椅子に腰掛けた。視線はおれだけに向けられていて、うっすらと優しい笑みを浮かべている。昨日は会えなかったから、嬉しい。
ブライトさまと一緒に入ってきた宰相さまが鷹揚に頷くと、ご領主さまが口上を述べた。
「国王陛下より王太子妃内定の宣旨を賜りまして、まかり越しましてございます。我らが小さき花、幾久しく愛でて頂けますよう、伏してお願い申し上げまする」
「良く仕えるよう望む」
ブライトさまが答えて、呆気なく終わった。ミカエレさまが差し伸べた手に指先だけチョンとつけて、正面に移動する。ミカエレさまは高座には上れないので、宰相さまに引き渡された。変なドキドキが止まらない。
大きくて怖いけれど、女官長の尻に敷かれてヘタれた姿を思い出して気を紛らわせた。⋯⋯なんか色々ごめんなさい。
ブライトさまの前まで行くと、立ち上がった彼がヴェールを上げて頬に口付けた。チュッて音がした。ブライトさまのフレグランスが薫ってドキドキする。宰相さまへのドキドキとは全く違って、ちょっと可笑しくなった。
「これより我が伴侶となる華人よ、幾久しくともにあることを望む」
「わたくしの生命ありますかぎり、お側に侍り奉ります」
ヤバイ、舌噛みそうだ。これをもって、おれの沈黙は終わるそうな。
で、このまんま、王城の大広間に移動して陛下との謁見に移る。今度は、王太子が国王に婚約を許可してくださった礼と、婚約者の紹介をするためだ。おれの儀式と言うより、ブライトさまの儀式だな。だからご領主さまたちはここで一旦、晩餐の席までお別れだ。
大広間までは宰相さまの先導で行く。この間の夜会があった広間のいちばん奥の部分だった。使わない時は、仕切りでいくつかの広間に分けられている。旅館の宴会場みたいだな、と思ったけど、言わない。
大広間には既に副王殿下夫妻、ならびに諸侯が並び、副王殿下夫妻の下手に宰相さまが立った。おれとブライトさまは玉座に向かって立ち、陛下御成の合図とともに頭を下げた。
両陛下がお出ましになり、正面の玉座に腰を落ち着けられる。
「次代の礎たる王太子に良き配偶者を迎える運びとなり、心より嬉しく思う」
「これなるジーンスワークの玻璃・花柳・シュトーレンとの婚姻を迎える運びとなりました。陛下のご厚情に深く感謝をいたします」
ブライトさまが、おれの被りなおしていたヴェールを上げて、合図した。微笑んで会釈をすると広間に集う諸侯からどよめきが起こった。
ななな、なんだよ。失敗した?
諸侯たちの反応に内心でビクつきながら、努めて笑顔を試みる。日本人の必殺技、曖昧な薄笑いだ。
「玻璃にございます。此度、王太子妃内定の宣旨を賜りましたこと、身に余る光栄と存じまする」
舌を噛みそうなので、ゆっくり喋る。国王陛下はうむと頷き、王妃陛下は微笑ましく見守ってくださった。
それから国王陛下は諸侯をグルリと見渡すと、
「臣たちよ、華人が驚いているではないか。華の精が人の世を怖がって華の国に帰ってしまってはどうする。我が王太子が振られてしまうではないか」
と言った。
なんですのん、それ? 華の国の華の精って、おれ人間のつもりですが。異世界人だけど。
多分陛下の発言はアドリブだ。ブライトさまが苦笑してるし、王妃さまなんか口元を扇で隠しているけど肩が揺れてる。なんか急に恥ずかしくなって、思わず口が滑った。
「振ったりなんかしません! ぼくの方が振られる心配してます!」
一瞬、静寂が広がった。
やってもうたーーッ!
次の瞬間、どっと広間が湧いた。ブライトさまが挑発的に諸侯に目を向けてから、おれの額にキスをした。さらに歓声が湧き、おれはもうゆでダコ状態でふらついて、ブライトさまが支えてくださった。て言うか、これって神聖な儀式じゃないのか?
「わたしが振ることもないよ。それより華の国に帰らないでほしいな」
こそっとブライトさまが耳打ちしてくださったけど、その華の国ネタ、なんとかなりませんかね。あと、耳元で喋るのなしで! 腰が抜けそうになるから!
大騒ぎの謁見を終えて晩餐の席につく。王城の大食堂で、長い食卓の両側に、ずらりと招待客が並んでいる。国王陛下ご夫妻は上座に並んでいて、王太子さまとおれはそのすぐ下座。向かいは副王殿下夫妻が座っている。ご領主さまはその隣にいらして、ミカエラさまとるぅ姉はもうちょっと下座だ。横並びだから、よく見えない。正確な場所までは確認できそうもない。
料理はとても美味しくて、おれはしっかり味わった。謁見の間と違って主役は料理だから、誰もおれを見ていない。袋帯がちょっと苦しいけど、和装自体は慣れているから気にせず食べる。男子高校生の食欲舐めるな。
食事が終わって晩餐会がお開きになると、近しい人たちだけでサロンに集まった。男性にはお酒が饗され、女性とおれには果実水(果汁を水で割ったもの)が出されている。
近しい人と言っても、王族の皆さまと辺境伯爵家のメンツだ。おれとるぅ姉、ここにいて大丈夫かな。うわぁ、るぅ姉馴染んでる!
「それにしても、ハリーは美しく食事をするのね。驚いたわ」
王妃さまがおっしゃった。え? 考えたことなかった。どちらかと言うと、洋食のマナーは苦手なんだけど。和食と違って器を手に持てないから、こぼしそうになるんだよね。
「それはわたしも思った。ハリーとルーリィはニホンでは貴族だったのかい?」
副王さまも言った。それ、一年前にご領主さまにも聞かれた(笑)。
金銀錦のドレスを大量に所持した、手足の白い子供。手づかみで食事をせず、入浴の習慣がある。言葉は通じないが、母国の文字は書ける。という事は、母国ではきちんと教育を受けていたわけだ。
貴族ではなくても、いずれ貴族に差し出すために育てられた裕福な家庭に育ったと思われたのだった。ちなみにこの解釈はるぅ姉だ。おれはそこまで頭が回らない。
おれはるぅ姉がご領主さまに説明した内容を思い出しながら答えた。
「ぼく自身は違います。ドレスメーカーを営む祖母が身分ある方に商いをしていました。ぼくは祖母のお供をして、身分ある方々のお茶会に招かれたり、孫のように可愛がっていただいたりしました」
英語を必死で訳したみたいな文章だな。呉服屋はドレスメーカーじゃないんだけど、細かく言っても伝わらないし、ざっくりで。
「まぁ、では自然に身についたのね。歩く姿も美しいし、これから楽しみね」
「そうですわね」
王妃さまと副王妃さまがニコニコしている。なにかのハードルが上がった気がした。
取り留めなく歓談しているうちに、儀式についての話になった。聞きたいけどまだ聞けなかった事、聞けるかな。
「陛下への謁見、最後はあんな風でしたが、神聖な儀式ではないのですか?」
聞き方が不敬だったかな。
「教会での式でなし、問題ない。人前の披露目のようなものだし、古くは我が帝国が領土を広げていた頃の名残だからの」
おれの失礼な物言いなんて気にしないで、国王さまが答えてくれた。
「制圧されて属国となった国々から送られてくる姫たちを迎える儀式で、こちらが許して貰ってやる、と言う形を示すためのものだ。当時は妃の席が足りず、新たに側妃や妾妃の制度を作ったのだ。そんな中、他の妃と争ったり、属国同士の覇権争いに優劣を付けるために、儀式は必要であったとのことだ。今となっては形骸化して、ただのしきたりか惰性かになってしまったがな」
うわぁ、最後ミカエラさま並みのまとめ方だな! しきたりはともかく、惰性はないでしょ。
「他国の姫を迎える際は、もう少し手順を踏むぞ」
手順、踏んでなかったんですか? え、色々すっ飛ばした? 一日でも早く迎えたかった? 恥ずかしいじゃないか、そんなこと色気だだ漏れの声で付け加えないで、ブライトさま!
副王殿下がちょっとニヤニヤしておっしゃった。
「婚約を交わした姫たちは、そのまま伴侶となる者の宮に住まう。足入れ婚だな」
「足入れ婚?」
「正式に婚姻を結ぶより一足先に婚家に入ることだよ。国の作法に馴染めるか、姑と馴染めるか、婚約期間中に確認するんだ。それに、他国から嫁ぐ姫は婚姻までの間、自国と往復するのも大変だからね」
ブライトさまが説明をしてくださった。そしたら副王殿下がまたもおっしゃる。
「おいおい、レオン。説明が足りてないぞ。体の相性がいいかも確認するんだろう」
「叔父上!」
「あなた!」
ブライトさまと副王妃さまから叱責が飛んだ。副王妃さまは靴の踵で副王さまの足を踏んづけていらっしゃる。副王さまは悶えているけど、妊娠中のためヒールが低くて幸いだ。
おれはと言えば⋯⋯。
「はーちゃん、ゆでダコ」
「ゆでダコとはなんじゃ?」
「タコはニホン近海に生息する生き物なんですが、食用で、茹でると茶色い体が真っ赤になるんです。そんなわけで、紅潮するさまをゆでダコみたいと比喩するんです」
「ルーリィの国の言葉は面白いね」
辺境伯爵組、タコはいいから! おれで遊ばないでぇ!
今日も今日とて、朝からがっつりお手入れされて、昼食後に振袖を着付けられた。今日の振袖は全体に白っぽい。裾と袖の先だけ紫で、帯は粉屋の女将さんと針子のアンジェラさんの合作だ。髪の毛はマーサさん、着付けはるぅ姉、メイクはカナリーさんとモーリンさん。
帯結びの最後に帯締めにブローチが飾られた。昨日の結納の中に入っていたものだ。みごとな青い宝石で、多分日本で言うところのサファイアだ。とても濃い青で、藍色にも見える。
「独占欲に引くって!」
るぅ姉がやれやれと肩をすくめた。
「結納っていうか、結婚を申し込むのって、もともと独占欲を感じる相手にするものじゃないの?」
「そりゃそうだけど、モノには限度ってものがあるのよ。自分の瞳と同じ色の宝石、それもこのサイズで髪飾りと指環まで誂えて、期間はたったの十日。ダイヤモンドあたりなら色も揃えやすいけど、サファイアじゃ相当無理したでしょうね」
そうなのか。
「とにかくこれから、王太子さまに挨拶して、サクサク陛下のところまで行くわよ」
「るぅ姉そんな流れ作業じゃないんだから」
「だってほとんど形骸化した張ったり行事なんでしょ。彼女に会いに行って、ついでにご両親に挨拶するくらいの気持ちでいきなさいよ。でないと緊張しすぎて倒れちゃうわ」
それもそうか。
「大丈夫よ。今日は王太子さまが一緒でしょ。それだけで、怖いことなんか、なぁんにもないわ」
なんて、るぅ姉とおでこをくっつけながら話していたら、エスコートのためにやって来たミカエレさまに引き剥がされた。
「だから、お前たち姉弟は近すぎる! 同じ顔でいちゃつくな」
そしてるぅ姉に頭を叩かれていた。領地で三番目に強い人だけど、それで良いのか?
昨日と同じようにロベルトさんに手を引かれ、ミカエレさまはるぅ姉の手を引いて、玄関に向かう。おれたちに一歩遅れてご領主さまが夜のドレスで現れた。着物と違って、昼と夜で仕様が違うらしい。おれにはさっぱりだ。
「今日も可愛らしゅうして貰うたの。良い良い。これミケや、万が一、馬車が襲われでもしたら、其方がなんとかせねばならぬ。心せよ」
ミカエレさまは力強く頷いているけど、そこは安心している。だって同じ馬車にるぅ姉がいるんだ。何がなんでもなんとかすると思う。第一、王城から騎士団が護衛で派遣されている。あぁほら、代表者がご領主さまに挨拶に来た。
「あら、イケオジ騎士さま、お久しぶりですわ」
るぅ姉がよそ行きの声で言った。ひっ、ミカエレさま、顔怖くなってるよ!
「ルーリィ嬢、エンドレ・ヴァーリと申します。イケなんたらはおやめください」
まじめ腐って言っていけど、口元がピクピクしてますよ~。アントニオさんと同じニオイがする。うん、田舎の駐在さんぽいヤツ。と思ったら、騎士団長さまだった。ブライトさまが総団長だから、そのすぐ下の部下ってことだ。そんな大物、護衛にしちゃっていいの? 指揮官は後ろで構えていなくちゃ。
「ハリーや、そなた充分要人じゃからな。ヴァーリくらい顎で使うてやれ」
「え? ぼくなにも言ってないです」
「顔に出ておる。騎士団長の護衛など、恐れ多いとでも思うておったじゃろう」
バレてら~。
馬車は先にご領主さま、真ん中に姉弟とミカエレさまとロベルトさん。後に侍女さんトリオとロックウェルさんが乗っている。
前二台の左右は騎馬が挟み込み、列の前衛に三頭、後衛に四頭、全部で十三騎が護衛に遣わされている。おれが怖がらないよう、ヴァーリさんの挨拶も距離が充分とられていたし、他の騎士様はおれたちが馬車に乗るまで離れていた。
気遣いが申し訳ない。
市街地に入ると、沿道に人だかりができていた。王城の騎士団に黄色い声を上げる若い女性の姿や、物見遊山の老若男女がひしめいている。
おれはおれの恐怖心と警備の都合から引きこもっていたわけだけど、るぅ姉はたびたび街を散策していたので聞いてみる。
「王都ってこんなに人がいるの? 今日は特別?」
「はーちゃんを見に来てるのよ。良く聞いてごらんなさい」
馬車の扉は明かり取りのため、大きな窓が付いている。防犯のため中が見えないよう、レースのカーテンが下げられている。何より魔法で防護壁が張られているらしい。
カーテンに耳を寄せて、喧騒に集中する。騎士さまを賛辞する声に混じって、ご領主さまを讃える声がする。そして、訳わからんのが。
「華姫さま! お幸せに!」
「蝶々姫さま! 蝶々姫さま!」
華姫? 蝶々姫?
「夜会の後でね、はーちゃんたら、花のように可憐な姫だって噂が広がってね~。王太子さまに嫁がれるなら花じゃなくて華ねって、城下の若い女性を胸キュンさせちゃったみたいよ」
「ぼく、華姫なの? じゃあ蝶々姫は?」
「花の周りで元気に舞う蝶々ですって。マダム・バタフライみたいで微妙よね」
さすがのるぅ姉もゲンナリしている。マダム・バタフライ、いわゆる蝶々夫人はおれでも知ってる有名なオペラだ。日本に仕事で来た外国の将校が、現地妻として囲った女性で、最後は捨てられる。悲劇の女性で、西洋人が思うジャパニーズヤマトナデシコの姿だけど、るぅ姉のキャラじゃない。
生物としての蝶は縄張り意識が強い生き物で、二頭(蝶は匹って言わないんだ)でヒラヒラしてる姿は綺麗だけど、本当はメッチャ喧嘩してるんだって。こっちの人はオペラの蝶々夫人を知らないから、気性の荒いるぅ姉にはぴったりな気がする。言ったらコロサレルけど。
「蝶々姫だなんて、ルーリィにはぴったりじゃないか」
ミカエレさまがニコニコしている。彼は常々カジュアル着物のるぅ姉を見て、蝶の翅みたいと言っていた。半幅帯で背中にリボンを背負ったように見えるから、それを蝶に見立ててご満悦である。
「この観衆では賊の襲撃はないでしょう。むしろ興奮した人々が馬車道になだれ込んでくる方が危険です」
ロベルトさんが言った。
すごいなぁ、ロイヤルウェディングのパレードみたいだ。
結局、ミカエレさまが大活躍する機会はなく、無事に王城にたどり着いた。馬車の中でヴェールを被り、扉を開けてもらう。はじめにロベルトさんが出て、次にミカエレさま。ミカエレさまはるぅ姉に手を貸して馬車から下ろし、おれはミカエレさまと場所を入れ替わったロベルトさんに手を貸して貰った。
扉の脇に控えていたのは、侍女さんだった。多分ブライトさまの指示だね。従僕だと怖がるから徹底している。先に馬車を降りていたご領主さまとおれたち四人は王太子宮に向かった。最後の馬車に乗っていた四人はべつの降車場から入城するらしい。
ロベルトさんに手を引かれ、しずしず歩く。
謁見の間までたどり着くと正面の一段高いところに椅子があり、その手前で立ち止まった。ロベルトさんはそこで下がっていき、ミカエレさまがおれの隣に立った。るぅ姉は一歩下がって控えている。
すぐにブライトさまが入ってきて、正面の椅子に腰掛けた。視線はおれだけに向けられていて、うっすらと優しい笑みを浮かべている。昨日は会えなかったから、嬉しい。
ブライトさまと一緒に入ってきた宰相さまが鷹揚に頷くと、ご領主さまが口上を述べた。
「国王陛下より王太子妃内定の宣旨を賜りまして、まかり越しましてございます。我らが小さき花、幾久しく愛でて頂けますよう、伏してお願い申し上げまする」
「良く仕えるよう望む」
ブライトさまが答えて、呆気なく終わった。ミカエレさまが差し伸べた手に指先だけチョンとつけて、正面に移動する。ミカエレさまは高座には上れないので、宰相さまに引き渡された。変なドキドキが止まらない。
大きくて怖いけれど、女官長の尻に敷かれてヘタれた姿を思い出して気を紛らわせた。⋯⋯なんか色々ごめんなさい。
ブライトさまの前まで行くと、立ち上がった彼がヴェールを上げて頬に口付けた。チュッて音がした。ブライトさまのフレグランスが薫ってドキドキする。宰相さまへのドキドキとは全く違って、ちょっと可笑しくなった。
「これより我が伴侶となる華人よ、幾久しくともにあることを望む」
「わたくしの生命ありますかぎり、お側に侍り奉ります」
ヤバイ、舌噛みそうだ。これをもって、おれの沈黙は終わるそうな。
で、このまんま、王城の大広間に移動して陛下との謁見に移る。今度は、王太子が国王に婚約を許可してくださった礼と、婚約者の紹介をするためだ。おれの儀式と言うより、ブライトさまの儀式だな。だからご領主さまたちはここで一旦、晩餐の席までお別れだ。
大広間までは宰相さまの先導で行く。この間の夜会があった広間のいちばん奥の部分だった。使わない時は、仕切りでいくつかの広間に分けられている。旅館の宴会場みたいだな、と思ったけど、言わない。
大広間には既に副王殿下夫妻、ならびに諸侯が並び、副王殿下夫妻の下手に宰相さまが立った。おれとブライトさまは玉座に向かって立ち、陛下御成の合図とともに頭を下げた。
両陛下がお出ましになり、正面の玉座に腰を落ち着けられる。
「次代の礎たる王太子に良き配偶者を迎える運びとなり、心より嬉しく思う」
「これなるジーンスワークの玻璃・花柳・シュトーレンとの婚姻を迎える運びとなりました。陛下のご厚情に深く感謝をいたします」
ブライトさまが、おれの被りなおしていたヴェールを上げて、合図した。微笑んで会釈をすると広間に集う諸侯からどよめきが起こった。
ななな、なんだよ。失敗した?
諸侯たちの反応に内心でビクつきながら、努めて笑顔を試みる。日本人の必殺技、曖昧な薄笑いだ。
「玻璃にございます。此度、王太子妃内定の宣旨を賜りましたこと、身に余る光栄と存じまする」
舌を噛みそうなので、ゆっくり喋る。国王陛下はうむと頷き、王妃陛下は微笑ましく見守ってくださった。
それから国王陛下は諸侯をグルリと見渡すと、
「臣たちよ、華人が驚いているではないか。華の精が人の世を怖がって華の国に帰ってしまってはどうする。我が王太子が振られてしまうではないか」
と言った。
なんですのん、それ? 華の国の華の精って、おれ人間のつもりですが。異世界人だけど。
多分陛下の発言はアドリブだ。ブライトさまが苦笑してるし、王妃さまなんか口元を扇で隠しているけど肩が揺れてる。なんか急に恥ずかしくなって、思わず口が滑った。
「振ったりなんかしません! ぼくの方が振られる心配してます!」
一瞬、静寂が広がった。
やってもうたーーッ!
次の瞬間、どっと広間が湧いた。ブライトさまが挑発的に諸侯に目を向けてから、おれの額にキスをした。さらに歓声が湧き、おれはもうゆでダコ状態でふらついて、ブライトさまが支えてくださった。て言うか、これって神聖な儀式じゃないのか?
「わたしが振ることもないよ。それより華の国に帰らないでほしいな」
こそっとブライトさまが耳打ちしてくださったけど、その華の国ネタ、なんとかなりませんかね。あと、耳元で喋るのなしで! 腰が抜けそうになるから!
大騒ぎの謁見を終えて晩餐の席につく。王城の大食堂で、長い食卓の両側に、ずらりと招待客が並んでいる。国王陛下ご夫妻は上座に並んでいて、王太子さまとおれはそのすぐ下座。向かいは副王殿下夫妻が座っている。ご領主さまはその隣にいらして、ミカエラさまとるぅ姉はもうちょっと下座だ。横並びだから、よく見えない。正確な場所までは確認できそうもない。
料理はとても美味しくて、おれはしっかり味わった。謁見の間と違って主役は料理だから、誰もおれを見ていない。袋帯がちょっと苦しいけど、和装自体は慣れているから気にせず食べる。男子高校生の食欲舐めるな。
食事が終わって晩餐会がお開きになると、近しい人たちだけでサロンに集まった。男性にはお酒が饗され、女性とおれには果実水(果汁を水で割ったもの)が出されている。
近しい人と言っても、王族の皆さまと辺境伯爵家のメンツだ。おれとるぅ姉、ここにいて大丈夫かな。うわぁ、るぅ姉馴染んでる!
「それにしても、ハリーは美しく食事をするのね。驚いたわ」
王妃さまがおっしゃった。え? 考えたことなかった。どちらかと言うと、洋食のマナーは苦手なんだけど。和食と違って器を手に持てないから、こぼしそうになるんだよね。
「それはわたしも思った。ハリーとルーリィはニホンでは貴族だったのかい?」
副王さまも言った。それ、一年前にご領主さまにも聞かれた(笑)。
金銀錦のドレスを大量に所持した、手足の白い子供。手づかみで食事をせず、入浴の習慣がある。言葉は通じないが、母国の文字は書ける。という事は、母国ではきちんと教育を受けていたわけだ。
貴族ではなくても、いずれ貴族に差し出すために育てられた裕福な家庭に育ったと思われたのだった。ちなみにこの解釈はるぅ姉だ。おれはそこまで頭が回らない。
おれはるぅ姉がご領主さまに説明した内容を思い出しながら答えた。
「ぼく自身は違います。ドレスメーカーを営む祖母が身分ある方に商いをしていました。ぼくは祖母のお供をして、身分ある方々のお茶会に招かれたり、孫のように可愛がっていただいたりしました」
英語を必死で訳したみたいな文章だな。呉服屋はドレスメーカーじゃないんだけど、細かく言っても伝わらないし、ざっくりで。
「まぁ、では自然に身についたのね。歩く姿も美しいし、これから楽しみね」
「そうですわね」
王妃さまと副王妃さまがニコニコしている。なにかのハードルが上がった気がした。
取り留めなく歓談しているうちに、儀式についての話になった。聞きたいけどまだ聞けなかった事、聞けるかな。
「陛下への謁見、最後はあんな風でしたが、神聖な儀式ではないのですか?」
聞き方が不敬だったかな。
「教会での式でなし、問題ない。人前の披露目のようなものだし、古くは我が帝国が領土を広げていた頃の名残だからの」
おれの失礼な物言いなんて気にしないで、国王さまが答えてくれた。
「制圧されて属国となった国々から送られてくる姫たちを迎える儀式で、こちらが許して貰ってやる、と言う形を示すためのものだ。当時は妃の席が足りず、新たに側妃や妾妃の制度を作ったのだ。そんな中、他の妃と争ったり、属国同士の覇権争いに優劣を付けるために、儀式は必要であったとのことだ。今となっては形骸化して、ただのしきたりか惰性かになってしまったがな」
うわぁ、最後ミカエラさま並みのまとめ方だな! しきたりはともかく、惰性はないでしょ。
「他国の姫を迎える際は、もう少し手順を踏むぞ」
手順、踏んでなかったんですか? え、色々すっ飛ばした? 一日でも早く迎えたかった? 恥ずかしいじゃないか、そんなこと色気だだ漏れの声で付け加えないで、ブライトさま!
副王殿下がちょっとニヤニヤしておっしゃった。
「婚約を交わした姫たちは、そのまま伴侶となる者の宮に住まう。足入れ婚だな」
「足入れ婚?」
「正式に婚姻を結ぶより一足先に婚家に入ることだよ。国の作法に馴染めるか、姑と馴染めるか、婚約期間中に確認するんだ。それに、他国から嫁ぐ姫は婚姻までの間、自国と往復するのも大変だからね」
ブライトさまが説明をしてくださった。そしたら副王殿下がまたもおっしゃる。
「おいおい、レオン。説明が足りてないぞ。体の相性がいいかも確認するんだろう」
「叔父上!」
「あなた!」
ブライトさまと副王妃さまから叱責が飛んだ。副王妃さまは靴の踵で副王さまの足を踏んづけていらっしゃる。副王さまは悶えているけど、妊娠中のためヒールが低くて幸いだ。
おれはと言えば⋯⋯。
「はーちゃん、ゆでダコ」
「ゆでダコとはなんじゃ?」
「タコはニホン近海に生息する生き物なんですが、食用で、茹でると茶色い体が真っ赤になるんです。そんなわけで、紅潮するさまをゆでダコみたいと比喩するんです」
「ルーリィの国の言葉は面白いね」
辺境伯爵組、タコはいいから! おれで遊ばないでぇ!
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