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少女魔法士は薔薇の宝石。

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シスコン騎士 × 巻き込まれ健気少年



 エリアス・ローゼウスは困惑していた。

 彼が所属する白鷹騎士団が帝国より離脱して聖女たる彼の妹の元に参じたのは、三年前のことだった。エリアスは帝国の辺境伯爵家の三男で、可愛い可愛い妹からは三兄様さんのにいさまと呼ばれている。

 女児が産まれにくい家系なのか百年単位で男ばかり産まれていて、それはもはや呪いではないかと思えるほどだ。そんなローゼウス家に産まれた歳の離れた妹は、天使のように可愛らしく、宝石のように輝いていて、薔薇のようにかぐわしかった。聖女として立つのも当然のことと、一族郎党涙を流して感激したものだ。無論、三人の兄たちはシスコンの名を甘受している。

 そんな一族の本家の三男として産まれたエリアスは、白鷹騎士団の副団長を務めている。奇跡の知識を持つ異世界の記憶持ちを探す旅をする聖女の護衛のためだ。

 聖女のそばには常に三人の少年少女がいた。四人で魔法学院の同級生だったのだ。四人は力を合わせて困難を乗り越え、素晴らしい偉業を成し遂げた。その紅の花々の中にある緑の若木がひとり、困惑するエリアスの前で眠っていた。

 前と言うか、職場でと言うか。

 ほとんど深夜に近い時間だが、一杯ひっかけての帰宅途中、騎士団詰所の窓が開いているのが見えて、不審に思って立ち寄ってみれば。

 窓から差し込む明るい満月の光が、机に臥して眠る少年を照らしている。横に向けた顔から眼鏡がずれて潰されそうになっている。

「おい、タタン。なんでお前がここに居るんだ?」

 体育会系の乱雑さで揺すり起こせば、タタンはハッと身を起こしてずれた眼鏡を外して、手櫛で乱れた髪を撫でつけた。それからあたふたと眼鏡をかけ直し、エリアスに向き直った。

「申し訳ありません! 居残りしているうちに、うとうとしてしまいました」

「なにが申し訳ないんだ? その書類、騎士団の今日締め切りの会計だろう?」

 タタンが身体を起こすとその下から現れたのは、きっちり並んだ数字が作成者の生真面目な性格を表す書類だった。

「会計士はどこ行った?」

「⋯⋯ご自宅です」

「今日締めの書類を放って?」

「奥様の具合が悪くて、お子様の面倒を見る人がいないのだそうです。奥様もお子様も大事ないといいのですが」

 心配そうに眉を寄せるタタンからは善良さが滲み出ている。エリアスはほぅとため息を漏らした。

 その会計士、さっきまで俺と一緒に飲み会に参加していたぞ、と胸の中でごちる。調子良く上役に酌をして歩いていたその男は、締め日を心配する同僚に『終わらせてきた』と笑顔で宣言していたのを見たのだから、間違いない。

 タタンが心配気に言うので、本当のことを言うのが可哀想になってきた。あの会計士は後で締めるとして、タタンには無闇に引き受けないように言っておかなければならない。

 エリアスは気持ち悪いくらいのシスコンだが、妹が絡まなければ優秀な副団長だった。そしてタタンは大商会の令嬢が頼みにする算盤係だ。騎士団長が青田買いしたがるほどの魔法剣の使い手でもある。聖女であるエリアスの妹の側付きも兼ねているために、聖女を守る騎士団の会計も手伝ってはいるが、正式な騎士団員ではない。なんならまだ学生だ。

「ありがたいけどな、それはお前の仕事じゃないだろう? 確かにお前の作る書類は正確だし、会計士がお前に任せたがったのはわかる。だがな、一応お前は部外者なんだよ。騎士団員がいるときに手伝ってくれるのはいいが、これはいただけないな」

 タタンがせっかく整えた髪の毛を、ぐちゃぐちゃとかき回す。

「申し訳ありません⋯⋯どなたかに相談するべきでした」

 タタンは己の非を認めてもう一度謝罪した。エリアスは鷹揚に頷いたが、内心では小狡い会計士をボコっていた。学生に仕事を押し付けて飲み会に参加していたクズだが、本当に妻の体調が悪かったのだとしても彼がすべきことは、上司に相談することだ。

「お前もこれから押し付けられそうになったら、俺に相談しろよ」

「そんな、ロージーの兄上に甘えるわけには⋯⋯」

 三人娘は強烈な個性の持ち主だが、この若木の少年は控えめで遠慮がちな性格だった。可愛い妹の友人だと言うことを差し引いても、なんとなく庇護欲をそそる。⋯⋯炎を纏わせた魔法剣を操る魔法剣士の卵であり、決して弱くはないけれど。

「まぁ、おいおいだな。もう今夜は遅い、話の続きは後日にしようや。飯は食ったか?」

「まだです」

「だと思った。この時間じゃ飲み屋しか空いてないが、奢るよ。酒はまだ飲ませてやんねぇがな」

「ええっ。飲んだりしませんよ⁈」

「⋯⋯まさか、親に隠れてこっそり飲んだこともないのか?」

「ありません」

 あまりにタタンが真面目で、エリアスは驚いた。この年頃で剣を振り回しているような奴は、好奇心で酒に手を出すのが通過儀礼だと思っていた。

「⋯⋯まぁ、ひとまず良い。取り敢えず
飯だ飯」

 エリアスはタタンの返事を待たずに戸締りをして、強引に詰所から引っ張り出した。手首を掴むとあまりの細さに驚く。筋肉が太くならないたちなのだろう。

 青白い月光がふたりを照らす。

宝石姫うちの妹がさ、今夜は満月だからお姫様が月に帰ってしまうかもしれないとか言ってたんだよな。前世の記憶にある昔噺らしいんだけど、案外あるかもな」

 歩きながら、エリアスは喋る。タタンは一歩下がって、それでも離れずに着いていく。

「お前さぁ、宝石姫の加護付きのタグ持ってるからって、普段から無理しすぎなんだよ。そのうちお迎えが来ちまうぞ」

「⋯⋯特別な加護は身に余ります。少しでも皆さんに還元出来たらいいのですが」

「そう言うとこだよ。お前、月の下でも顔色が悪いのがわかるぞ」

 エリアスは立ち止まってタタンの顔を覗き込んだ。眼鏡の下に潜り込むように親指を伸ばして、隈をなぞる。

「なぁんか、わかった気がする」

「あ、あの⋯⋯」

 タタンの戸惑った声が月光に吸い込まれた。

「ローゼウス家の男はさぁ、宝石姫が大事で大事で仕方がないんだけど、基本的には嫁馬鹿なんだ」

「それが⋯⋯?」

「いや、いつか出会う俺だけのお姫様は、どんな子なんだろうと思ってたんだけど、お姫様じゃなかったみたいだな」

「申し訳ありません。意味がちょっと掴めないのですが」

 ますます困惑を深めるタタンの額に自分の額を押し付けて、エリアスはグリグリとこすった。頭を両手で掴まれて、逃げることは叶わない。絶妙に加減されていて痛みはないが、タタンの頭の中は自分の理解が及ばない出来事に疑問符だらけだ。

「さっき事務所で月の光を浴びて眠ってるお前を見たとき、ゾクゾクしたんだ」

「ゾクゾク?」

「今はまだわからなくていい。ローゼウス家の男がしつこいことだけ覚えておけ」

 夜夜中。

 満月の下で恋が生まれる。



〈おしまい〉




『万緑叢中紅一点』

男性の中に女性がひとりだけいることを『紅一点』と言いますが、『一面緑の草むらの中に赤い花が一輪咲いています』というのが語源なのだそうです。なので、男の子のタタンは若木で表現しました。
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