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に。
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ガチャガチャと玄関の鍵を開ける音がして、ママが帰ってきたことに気づいた。
「たーだいま」
「おーかえり」
ママが歌うように言うから、スズも歌うように返す。リビングの引き戸が開いて、いつもと変わらないママが顔を出した。
なんだか胸がいっぱいになって、口からぽろっと言葉が出てしまった。
「ママ、乳がんなの?」
「⋯⋯なんで知ってるの?」
「パパが⋯⋯」
ママはガックリと膝をついた。
「ちょっとダーさん、こういうのはね、もっと真面目に、スズがショックを受けないように細心の注意を払ってだね」
「その心は?」
「悲劇のヒロインごっこしたかった!」
「ほら見ろ、スズ。ママは絶対死なないだろ?」
⋯⋯たしかに、悲劇のヒロインごっことか言ってる人は長生きしそうよね。
「あのね、ママは鬼嫁になるのよ!」
鬼嫁ってあの、料理上手で肝っ玉母さんの元プロレスラーの?
「そう、旦那さん尻に敷くふりして、実はちゃんと立ててるあの人も、ママとおんなじ病気だったのよ。元気にテレビに出てるでしょ」
乳がんて、本当に治るんだ。
がんって、絶対死んじゃう病気だと思ってた。
「市町村から送ってくるがん検診って、受けとくものね。今日、精密検査の結果聞いたんだけど、よく見つけたって感心されるくらい、初期も初期。今だって痛くも痒くもないし、へっちゃらよ」
「お医者さんがびっくりしたの?」
「そう、右のお胸のシコリは超小さいし、左のお胸のはうす~く広がってシコリなんて全くないのに、見つけた検査技師さんは神様級だって褒めてたよ」
「へぇ~、神様級なんだぁ」
って、そうじゃないでしょ? 右と左?
「ママ、両方のおっぱいなの?」
「うん」
それ、本当に治るの? 死んじゃったりしないよね?
「手術すれば、平気なんだよね?」
「もちろん」
「いつ?」
「あ、それ、俺も知りたい。打ち合わせの日にち、ずらさなきゃなんないかも」
もう、パパったら、なんでお仕事の話なの! いつもおうちでしてるんだから、どうでもいいじゃん!
「こぉら、スズ。パパのことにらまないの。よそ様との打ち合わせは大事なの。場合によっては理由も話さなきゃなんないからね」
ママは笑って鼻の頭をぷにゅっと押してきた。やめてよ、ブタさんになっちゃう。
「年明けて十八日」
「そんなに先? まだ二ヶ月半もあるから、調整は余裕だよ」
「待って。その前に、立ち合い検診あるから。年内どっかでダーさんも一日付き合って」
「オッケー」
なんなの、この映画にさそうような軽いノリ。
「そんなに先で大丈夫? 転移とかしない?」
「全然平気。そんなに危なかったら、ほかの患者さん押し除けて、緊急でつっこんでくれるよ。ママのがん細胞の袋はね、まだ破れてないの。外に浸潤⋯⋯えぇと、しみ出していないから、転移はしないよ」
そっかぁ。ちょっとだけ、安心。
「それよりさぁ、大事なことなんだけど」
なに? ママの眉毛が心配そうに下がった。胸がドキドキする。
「⋯⋯炊飯器、買う?」
は?
なに言ってんの?
「ほら、うち土鍋炊きじゃん」
あ、ママが入院中のご飯。
「買わなくていいんじゃね?」
パパ、土鍋で炊けるの? カップ麺作るところしか見たことないよ。
「よし、スズ。土鍋炊きの特訓しよう!」
え?
え?
スズが炊くの?
「ダーさんにできると思う?」
「失礼な! 電子レンジで一合なら炊けるぞ!」
「えぇい、このフードファイターめ。ダーさんが一食一合でたりるわけないでしょ! 普段私がどんだけ炊いてると思ってんの」
夫婦で漫才はじめちゃった。手術より炊飯器の心配だなんて、ママ、本当に乳がんなの?
いつもと変わらないママを見て、変な夢でも見てるのかと思ったけど、乳がんは本当の話だった。
「たーだいま」
「おーかえり」
ママが歌うように言うから、スズも歌うように返す。リビングの引き戸が開いて、いつもと変わらないママが顔を出した。
なんだか胸がいっぱいになって、口からぽろっと言葉が出てしまった。
「ママ、乳がんなの?」
「⋯⋯なんで知ってるの?」
「パパが⋯⋯」
ママはガックリと膝をついた。
「ちょっとダーさん、こういうのはね、もっと真面目に、スズがショックを受けないように細心の注意を払ってだね」
「その心は?」
「悲劇のヒロインごっこしたかった!」
「ほら見ろ、スズ。ママは絶対死なないだろ?」
⋯⋯たしかに、悲劇のヒロインごっことか言ってる人は長生きしそうよね。
「あのね、ママは鬼嫁になるのよ!」
鬼嫁ってあの、料理上手で肝っ玉母さんの元プロレスラーの?
「そう、旦那さん尻に敷くふりして、実はちゃんと立ててるあの人も、ママとおんなじ病気だったのよ。元気にテレビに出てるでしょ」
乳がんて、本当に治るんだ。
がんって、絶対死んじゃう病気だと思ってた。
「市町村から送ってくるがん検診って、受けとくものね。今日、精密検査の結果聞いたんだけど、よく見つけたって感心されるくらい、初期も初期。今だって痛くも痒くもないし、へっちゃらよ」
「お医者さんがびっくりしたの?」
「そう、右のお胸のシコリは超小さいし、左のお胸のはうす~く広がってシコリなんて全くないのに、見つけた検査技師さんは神様級だって褒めてたよ」
「へぇ~、神様級なんだぁ」
って、そうじゃないでしょ? 右と左?
「ママ、両方のおっぱいなの?」
「うん」
それ、本当に治るの? 死んじゃったりしないよね?
「手術すれば、平気なんだよね?」
「もちろん」
「いつ?」
「あ、それ、俺も知りたい。打ち合わせの日にち、ずらさなきゃなんないかも」
もう、パパったら、なんでお仕事の話なの! いつもおうちでしてるんだから、どうでもいいじゃん!
「こぉら、スズ。パパのことにらまないの。よそ様との打ち合わせは大事なの。場合によっては理由も話さなきゃなんないからね」
ママは笑って鼻の頭をぷにゅっと押してきた。やめてよ、ブタさんになっちゃう。
「年明けて十八日」
「そんなに先? まだ二ヶ月半もあるから、調整は余裕だよ」
「待って。その前に、立ち合い検診あるから。年内どっかでダーさんも一日付き合って」
「オッケー」
なんなの、この映画にさそうような軽いノリ。
「そんなに先で大丈夫? 転移とかしない?」
「全然平気。そんなに危なかったら、ほかの患者さん押し除けて、緊急でつっこんでくれるよ。ママのがん細胞の袋はね、まだ破れてないの。外に浸潤⋯⋯えぇと、しみ出していないから、転移はしないよ」
そっかぁ。ちょっとだけ、安心。
「それよりさぁ、大事なことなんだけど」
なに? ママの眉毛が心配そうに下がった。胸がドキドキする。
「⋯⋯炊飯器、買う?」
は?
なに言ってんの?
「ほら、うち土鍋炊きじゃん」
あ、ママが入院中のご飯。
「買わなくていいんじゃね?」
パパ、土鍋で炊けるの? カップ麺作るところしか見たことないよ。
「よし、スズ。土鍋炊きの特訓しよう!」
え?
え?
スズが炊くの?
「ダーさんにできると思う?」
「失礼な! 電子レンジで一合なら炊けるぞ!」
「えぇい、このフードファイターめ。ダーさんが一食一合でたりるわけないでしょ! 普段私がどんだけ炊いてると思ってんの」
夫婦で漫才はじめちゃった。手術より炊飯器の心配だなんて、ママ、本当に乳がんなの?
いつもと変わらないママを見て、変な夢でも見てるのかと思ったけど、乳がんは本当の話だった。
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