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空からの便りと小さな決意。
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ヌゥトの重苦しい自分語りを聞いても、俺が彼の意のままになる謂れはない。閨指南の制度を無くそうっていうのは大いに賛成するが、やり方を間違ったらダメだよな。ヌゥトと彼のお母さんがすることは、王様にお願いすることだったんだよ。聞けば王様と大公様も指南役とは同衾していないって話だ。大公様の出自がややこしいから、身を慎まれたんだろう。塔に逃げ込んだヌゥトのお祖母さんのこともご存じだったはずだし。
シュウさんの足の腱を容赦なく切ったり、山賊の生命を躊躇なく奪ったりと、ヌゥトは心のどこかが壊れている。彼をこういう風に育てたお母さんの呪いなんだろうか。
鬱屈した気分を振り払いたくて広いバルコニーに出る。お姫様扱いされている俺に充てがわれている部屋の区画内なら、比較的自由だ。外からの情報は全てシャットアウトされているがな。しかしそれは相手が人間だったらの話だ。青い空を優美に飛ぶヨーコちゃんのために、厨房から失敬してもらった生肉をテーブルに乗せる。最初は果物やパン屑を用意していたんだけど、それに釣られてやってくる小さな鳥を狙うので、最初から生肉を用意してもらうようになった。⋯⋯ヨーコちゃんの存在がバレそうだな。
ヨーコちゃんが届けてくれる手紙には、ミヤビンの字で細かな状況が書き込まれていた。だんだん字が綺麗になっていく。羽根ペンに慣れてきたのと、丁寧に書かないと小さな字が書けないので、情報をたくさん込められないからだろう。でも少しづつ漢字の間違いが増えている。一生懸命頑張っているが、曖昧にそれっぽい字で書かれたものもある。使わないし、新しい漢字にも出会わない。日本語は俺たちの中から確実に失われていくだろう。きっと、この世界の文字を覚えて自動翻訳の必要がなくなるときが、そのときになる。
僅かばかりの憐憫を覚えながら、小さな文字から情報を得る。王都から、食糧が消えた。商人が都を出て行ったからだ。食べるものが手に入らなくなって、王都の民も伝手を頼って都を捨てた。宰相たちは当然、それを俺たちに伝えることはない。むしろ、奴らの無能っぷりなら、自分達も知らないのかもしれない。
「シュウさん。俺たちの食事って、まだ、豪華だよね」
「そうですね⋯⋯。お下がりを食べるために、使用人が我々の食事の質を落とさないのでしょう」
俺たちの食事が豪華なままということは、宰相たちのも豪華だろう。状況がわかっていないのか? ⋯⋯さすがにそんなことはないよな。
それはさておき、なぜそんなことになったのか。ギィの暁傭兵団が王様を保護したって噂を流したからだ。その後姿を現した黒髪の童女。世界を渡ってきた童女は、傭兵団と共にいる。そして、その傭兵団の団長は王城に保護されている黒髪の少女の愛の君だと言う。城に連れていかれる聖女様が魂切るように愛を叫んだのを見た者も多い。童女と少女、どちらが本物でも傭兵団に正義があるのではないか⋯⋯と。俺の性別がナチュラルに間違われているのは気にしちゃいけない。
「俺に用意される食事の量が、何度言っても減らしてもらえないのはそういうことか。食事が廃棄されていないのならいいけど」
貴人用の食材を拝借して賄いを用意するのは窃盗になるが、食べ残しを施しとして受け取るのは慣いだそうだ。城に入ってくる食糧も使用人に行き渡るほどはないようだ。彼らは食いつなぐために、あえて俺たちの食事の量を増やしていると思われる。聖女様(仮)の食事の確保は最優先だろうからな。
城はわずかに残った商人から食糧を買い上げている。独占だってさ。それじゃあ食糧を買えない王都の民は、飢え死にしたくなかったら逃げ出すほかはない。
お城に納入されるものだって、いつまでもあると思わないんだけど。
「厨房の料理人が真っ先に、逃げ出しそうだね」
不足を最初に肌で感じるのは、それを調理する人たちだ。泥舟からはさっさと逃げ出したいだろう。
「ギィに唐揚げ、作ってあげたいな⋯⋯」
「すぐにその日がきますとも」
「ありがとう」
シュウさんに慰められた。あぁ、俺ってダメだなぁ。すぐに弱音が口に出る。
昼時になって控えめなノックの音がした。シュウさんがゆっくりと扉まで向かう。足を引きずっているので時間がかかる。申し訳なくて俺が代わりに行きたいけど、シュウさんの仕事を取っちゃうし、本人に「動かないと萎えてしまう」と至極真っ当なことを言われてしまったので、黙って浮かしかけた腰を元に戻した。
シュウさんが声を荒げることは少ないが、なにやら不穏な空気を醸し出している。扉の向こうの人と、押し問答をしているようだ。てっきり食事の支度ができて、給仕のワゴンが運ばれてきたと思ったんだけど。美味しそうな匂いもするから、それは間違いないはずだ。
「⋯⋯!」
突然よろめいたシュウさんが、尻餅をついた。扉の向こうにいるやつが、踏ん張ることができない彼を突き飛ばしたようだ。俺は今度こそ立ち上がり入り口に向かおうとして、入ってきた人物を見て足を止めた。
「樽⋯⋯」
ビア樽みたいな太鼓腹をした男は、芝居がかった仕草で両手を広げて部屋に乗り込んでくる。歩くより転がったほうが早いんじゃないか?
「聖女よ、せっかくなので晩餐を一緒にいかがかな」
「え、イヤです」
俺の間髪入れない拒否は見事に無かったことにされた。スルーだよ、スルー。床に座り込んだままのシュウさんを押し退けるようにして、ズカズカと奥までやってくる。その後ろからワゴンを押した侍従がやってきたが、バツが悪そうに眉毛を下げていた。心情的には樽のことが嫌いだが、侍従の立場では逆らえないってところだな。
俺にはビア樽モドキの侯爵を歓迎する理由がない。無視してシュウさんに駆け寄って抱き起こす。彼は申し訳なさそうに頭を下げた。シュウさんに落ち度はない。悪いのはビア樽だ。
摘み出したいのは山々だが物理的な腕力がないので、口で言って効果がない奴はどうしようもない。さっさと食事をとらせて追い出そう。とは言えビア樽の顔を見ながらなんて、ちっとも食欲が湧かない。給仕の侍従も俺に気を遣ってか、テーブルの端と端に席を用意してくれたので、もりもり食べる侯爵を半ば無視するように水を飲んだ。それにしてもよく食べるな。あの巨体を維持するためには必要な量なのか。
シュウさんが俺の後ろで控えている。足のことがあるから、あんまり長時間立たせっぱなしにはしたくない。そんな俺の心情など、ジージョエル侯爵は全く考慮しないがな!
「そんな細っこい身体では、丈夫な子は産めぬぞ。ほれほれ、たくさん食べねば」
キタコレ、セクハラ! 俺が太っていようが痩せていようがビア樽には関係ない。変態するかもわからないし。
「最近は我らの食事も貧相になったが、やはり聖女の食卓は豪勢だの」
「はあ⋯⋯」
なんだコイツ、飯をたかりに来たのか。どうやら王城で供される食事は、大臣や貴族より聖女が優先されるらしい。そりゃそうか、そもそも高位貴族だからと言って王城に住めるものじゃない。王族の住まいだからな。なんてこった、居住権を主張できる人が誰もいないぞ。目の前の男は偉そうに踏ん反り返っているが、貴族でしかない。俺に至っては一般庶民だ。
「どれ、儂が手ずから食べさせてやろうかの」
「腹、壊してるんでやめてください」
奴が腰を浮かしたので、半ばかぶせ気味に拒絶する。咄嗟に口から出た嘘だが、あの手で給餌されたら本当に腹を壊しそうだ。切り損ねた肉を手掴みしたり、脂に塗れた指をベチョベチョ舐めたりしてるんだよ。流民の子どものブチだって、最近はマナーを覚えて一生懸命綺麗に食べている。本当にコイツ、高位貴族か?
「なに? 体調が悪いのか? ならば早う、寝室に行って休んでおれ。儂のことは気にせずとも良い」
ビア樽侯爵は再び腰を落ち着けて食事を再開した。まだ食べるんかい⋯⋯。マジで飯をたかりにきたんだな。王城の食糧が尽きかかっているのは、俺たちの想像ではないかもしれない。ともあれこれ以上マナーのなっていない無礼なおっさんと同じ空間にいるのも嫌だ。
「お言葉に甘えて⋯⋯」
なんて口の中でモゴモゴ言って、さっさと食堂を抜け出す。寝室に閉じこもって鍵でも閉めたいところだが、残念ながら鍵はない。一応囚われの身なので、自主的に身を隠す手段は与えられていないのだ。廊下に出るための扉の鍵は、いつでもガッチリ閉まっているけどな!
寝室のベッドに座ると、サイドチェストにパンと果物が置かれた。シュウさんだ。
「くすねてきたの?」
「もともとルン様のための食事です。くすねにきたのはジージョエル侯爵のほうです」
ビア樽の食べっぷりを『くすねる』と表現するのも皮肉が効いてるな。そんな可愛い食べ方じゃないだろう。
「我らが思うより、王都の食糧難は深刻なようです。食事が提供されているうちに食べておかねば、殿下が助けにいらしたときに動けません」
「うん」
使用人の食事が足りないとか、考えてはいけない。俺の食べ残しを期待していたかもしれないが、ビア樽があの調子ではなにも残らないだろう。だが彼らはどうしてもダメとなったら、王城を捨てて逃げればいいのだ。この状況なら従業員が逃げ出したって、王様も怒らないだろう。
「お茶をお持ちします」
シュウさんがそう言って傍を離れた。俺はパンに手を伸ばす。彼が言う通り、食べておかなきゃならない。悲劇のヒロインごっこなんて死んでもするか。
そう思っていたのに。
ひとりきりでパンを齧っていた俺は、乗り込んできたビア樽にのしかかられて窒息しそうになったのだった。
◇ ◇ ◇
大変長らく放置で申し訳ありません。
あまりにお待たせしすぎているので、完結の目処が立ってから更新再開予定でいましたが、そのご報告をTwitterでしかしていないことに気づきました。
今回はイレギュラー更新です。
現在ストックもありますが、〈おしまい〉の文字を打てましたら順次更新いたします。
自分的にはストック分のほか、あと数話で終わる予定なのですが…
ゴールデンウィーク完結目指して頑張ります。
シュウさんの足の腱を容赦なく切ったり、山賊の生命を躊躇なく奪ったりと、ヌゥトは心のどこかが壊れている。彼をこういう風に育てたお母さんの呪いなんだろうか。
鬱屈した気分を振り払いたくて広いバルコニーに出る。お姫様扱いされている俺に充てがわれている部屋の区画内なら、比較的自由だ。外からの情報は全てシャットアウトされているがな。しかしそれは相手が人間だったらの話だ。青い空を優美に飛ぶヨーコちゃんのために、厨房から失敬してもらった生肉をテーブルに乗せる。最初は果物やパン屑を用意していたんだけど、それに釣られてやってくる小さな鳥を狙うので、最初から生肉を用意してもらうようになった。⋯⋯ヨーコちゃんの存在がバレそうだな。
ヨーコちゃんが届けてくれる手紙には、ミヤビンの字で細かな状況が書き込まれていた。だんだん字が綺麗になっていく。羽根ペンに慣れてきたのと、丁寧に書かないと小さな字が書けないので、情報をたくさん込められないからだろう。でも少しづつ漢字の間違いが増えている。一生懸命頑張っているが、曖昧にそれっぽい字で書かれたものもある。使わないし、新しい漢字にも出会わない。日本語は俺たちの中から確実に失われていくだろう。きっと、この世界の文字を覚えて自動翻訳の必要がなくなるときが、そのときになる。
僅かばかりの憐憫を覚えながら、小さな文字から情報を得る。王都から、食糧が消えた。商人が都を出て行ったからだ。食べるものが手に入らなくなって、王都の民も伝手を頼って都を捨てた。宰相たちは当然、それを俺たちに伝えることはない。むしろ、奴らの無能っぷりなら、自分達も知らないのかもしれない。
「シュウさん。俺たちの食事って、まだ、豪華だよね」
「そうですね⋯⋯。お下がりを食べるために、使用人が我々の食事の質を落とさないのでしょう」
俺たちの食事が豪華なままということは、宰相たちのも豪華だろう。状況がわかっていないのか? ⋯⋯さすがにそんなことはないよな。
それはさておき、なぜそんなことになったのか。ギィの暁傭兵団が王様を保護したって噂を流したからだ。その後姿を現した黒髪の童女。世界を渡ってきた童女は、傭兵団と共にいる。そして、その傭兵団の団長は王城に保護されている黒髪の少女の愛の君だと言う。城に連れていかれる聖女様が魂切るように愛を叫んだのを見た者も多い。童女と少女、どちらが本物でも傭兵団に正義があるのではないか⋯⋯と。俺の性別がナチュラルに間違われているのは気にしちゃいけない。
「俺に用意される食事の量が、何度言っても減らしてもらえないのはそういうことか。食事が廃棄されていないのならいいけど」
貴人用の食材を拝借して賄いを用意するのは窃盗になるが、食べ残しを施しとして受け取るのは慣いだそうだ。城に入ってくる食糧も使用人に行き渡るほどはないようだ。彼らは食いつなぐために、あえて俺たちの食事の量を増やしていると思われる。聖女様(仮)の食事の確保は最優先だろうからな。
城はわずかに残った商人から食糧を買い上げている。独占だってさ。それじゃあ食糧を買えない王都の民は、飢え死にしたくなかったら逃げ出すほかはない。
お城に納入されるものだって、いつまでもあると思わないんだけど。
「厨房の料理人が真っ先に、逃げ出しそうだね」
不足を最初に肌で感じるのは、それを調理する人たちだ。泥舟からはさっさと逃げ出したいだろう。
「ギィに唐揚げ、作ってあげたいな⋯⋯」
「すぐにその日がきますとも」
「ありがとう」
シュウさんに慰められた。あぁ、俺ってダメだなぁ。すぐに弱音が口に出る。
昼時になって控えめなノックの音がした。シュウさんがゆっくりと扉まで向かう。足を引きずっているので時間がかかる。申し訳なくて俺が代わりに行きたいけど、シュウさんの仕事を取っちゃうし、本人に「動かないと萎えてしまう」と至極真っ当なことを言われてしまったので、黙って浮かしかけた腰を元に戻した。
シュウさんが声を荒げることは少ないが、なにやら不穏な空気を醸し出している。扉の向こうの人と、押し問答をしているようだ。てっきり食事の支度ができて、給仕のワゴンが運ばれてきたと思ったんだけど。美味しそうな匂いもするから、それは間違いないはずだ。
「⋯⋯!」
突然よろめいたシュウさんが、尻餅をついた。扉の向こうにいるやつが、踏ん張ることができない彼を突き飛ばしたようだ。俺は今度こそ立ち上がり入り口に向かおうとして、入ってきた人物を見て足を止めた。
「樽⋯⋯」
ビア樽みたいな太鼓腹をした男は、芝居がかった仕草で両手を広げて部屋に乗り込んでくる。歩くより転がったほうが早いんじゃないか?
「聖女よ、せっかくなので晩餐を一緒にいかがかな」
「え、イヤです」
俺の間髪入れない拒否は見事に無かったことにされた。スルーだよ、スルー。床に座り込んだままのシュウさんを押し退けるようにして、ズカズカと奥までやってくる。その後ろからワゴンを押した侍従がやってきたが、バツが悪そうに眉毛を下げていた。心情的には樽のことが嫌いだが、侍従の立場では逆らえないってところだな。
俺にはビア樽モドキの侯爵を歓迎する理由がない。無視してシュウさんに駆け寄って抱き起こす。彼は申し訳なさそうに頭を下げた。シュウさんに落ち度はない。悪いのはビア樽だ。
摘み出したいのは山々だが物理的な腕力がないので、口で言って効果がない奴はどうしようもない。さっさと食事をとらせて追い出そう。とは言えビア樽の顔を見ながらなんて、ちっとも食欲が湧かない。給仕の侍従も俺に気を遣ってか、テーブルの端と端に席を用意してくれたので、もりもり食べる侯爵を半ば無視するように水を飲んだ。それにしてもよく食べるな。あの巨体を維持するためには必要な量なのか。
シュウさんが俺の後ろで控えている。足のことがあるから、あんまり長時間立たせっぱなしにはしたくない。そんな俺の心情など、ジージョエル侯爵は全く考慮しないがな!
「そんな細っこい身体では、丈夫な子は産めぬぞ。ほれほれ、たくさん食べねば」
キタコレ、セクハラ! 俺が太っていようが痩せていようがビア樽には関係ない。変態するかもわからないし。
「最近は我らの食事も貧相になったが、やはり聖女の食卓は豪勢だの」
「はあ⋯⋯」
なんだコイツ、飯をたかりに来たのか。どうやら王城で供される食事は、大臣や貴族より聖女が優先されるらしい。そりゃそうか、そもそも高位貴族だからと言って王城に住めるものじゃない。王族の住まいだからな。なんてこった、居住権を主張できる人が誰もいないぞ。目の前の男は偉そうに踏ん反り返っているが、貴族でしかない。俺に至っては一般庶民だ。
「どれ、儂が手ずから食べさせてやろうかの」
「腹、壊してるんでやめてください」
奴が腰を浮かしたので、半ばかぶせ気味に拒絶する。咄嗟に口から出た嘘だが、あの手で給餌されたら本当に腹を壊しそうだ。切り損ねた肉を手掴みしたり、脂に塗れた指をベチョベチョ舐めたりしてるんだよ。流民の子どものブチだって、最近はマナーを覚えて一生懸命綺麗に食べている。本当にコイツ、高位貴族か?
「なに? 体調が悪いのか? ならば早う、寝室に行って休んでおれ。儂のことは気にせずとも良い」
ビア樽侯爵は再び腰を落ち着けて食事を再開した。まだ食べるんかい⋯⋯。マジで飯をたかりにきたんだな。王城の食糧が尽きかかっているのは、俺たちの想像ではないかもしれない。ともあれこれ以上マナーのなっていない無礼なおっさんと同じ空間にいるのも嫌だ。
「お言葉に甘えて⋯⋯」
なんて口の中でモゴモゴ言って、さっさと食堂を抜け出す。寝室に閉じこもって鍵でも閉めたいところだが、残念ながら鍵はない。一応囚われの身なので、自主的に身を隠す手段は与えられていないのだ。廊下に出るための扉の鍵は、いつでもガッチリ閉まっているけどな!
寝室のベッドに座ると、サイドチェストにパンと果物が置かれた。シュウさんだ。
「くすねてきたの?」
「もともとルン様のための食事です。くすねにきたのはジージョエル侯爵のほうです」
ビア樽の食べっぷりを『くすねる』と表現するのも皮肉が効いてるな。そんな可愛い食べ方じゃないだろう。
「我らが思うより、王都の食糧難は深刻なようです。食事が提供されているうちに食べておかねば、殿下が助けにいらしたときに動けません」
「うん」
使用人の食事が足りないとか、考えてはいけない。俺の食べ残しを期待していたかもしれないが、ビア樽があの調子ではなにも残らないだろう。だが彼らはどうしてもダメとなったら、王城を捨てて逃げればいいのだ。この状況なら従業員が逃げ出したって、王様も怒らないだろう。
「お茶をお持ちします」
シュウさんがそう言って傍を離れた。俺はパンに手を伸ばす。彼が言う通り、食べておかなきゃならない。悲劇のヒロインごっこなんて死んでもするか。
そう思っていたのに。
ひとりきりでパンを齧っていた俺は、乗り込んできたビア樽にのしかかられて窒息しそうになったのだった。
◇ ◇ ◇
大変長らく放置で申し訳ありません。
あまりにお待たせしすぎているので、完結の目処が立ってから更新再開予定でいましたが、そのご報告をTwitterでしかしていないことに気づきました。
今回はイレギュラー更新です。
現在ストックもありますが、〈おしまい〉の文字を打てましたら順次更新いたします。
自分的にはストック分のほか、あと数話で終わる予定なのですが…
ゴールデンウィーク完結目指して頑張ります。
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