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鳥籠の囚人と歌う悪魔。

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 爽やかな風に吹かれながら、広いベランダで小鳥に餌をやる。聖女様とあがめられる俺はパン屑を小鳥に与えるだけで、垣間見た者に神聖な何かを感じさせるらしい。物陰で感動に打ち震えて涙するのは勘弁してほしい。

 籠の鳥だ。

 閉じ込められたのは、魔術師の塔だった。俺をさらったヌゥトが魔術師だから、本拠地なんだろう。ベランダは広くてお茶を飲むためのテーブルセットもあって、柵も蔦を模した優美なデザインだ。

 シュウさんは最初にこれを見たとき、貴人を込めるための檻だと静かに怒りを表した。そこはやっぱり異世界人の認識の違いだ。俺は転落防止の柵だと思ったんだけど、王族に仕える侍従のシュウさんは、俺を囚人めしうど扱いされていることに憤ったのだ。

 ここ、三階か四階だよ。落ちたら普通に死ぬから柵くらいつけるよね。地元の総合病院の屋上に設置されたフェンスを思い出して納得していたんだけど、シュウさんはそうではなかった。

 森の奥の古びた洋館で意識を失った俺は、目が覚めたらこのベランダがある部屋のベッドの上だった。室内は蔦や鳥籠をモチーフにした装飾が至る所に施されていて、シュウさんはこれにもおかんむりだ。

「蔦も鳥籠も、貴人をお込めする部屋をあらわす隠語です」

 どんな部屋だろうと、閉じ込められている事実が変わらないならどうでもいい。なんて思う俺は、大雑把な性格なんだろう。

「でもまぁ、鳥寄せは出来るからいいんじゃないかな」

 鳩っぽい鳥に揉みくちゃにされながらパン屑を撒いていたのに、袋の中が空っぽになったのに気づくと、薄情な鳥たちは飛んで行ってしまった。残った数羽も鉢植えの花をつついたり、勝手気ままにしている。どうでもいいけど鳩の目ってどこを見ているのかわからないよな。

 ここに閉じ込められてから四日経つ。ヨーコちゃんが鳩モドキや雀モドキを蹴散らしてやってきたのは、つい昨日のことだ。

 ヨーコちゃんの脚には小さな筒が取り付けられていて、中からミヤビンが書いた手紙が入っていた。それによるとススは傭兵団の宿舎でサイに治療されて無事だそうだ。

 お城にいるミヤビンがそれを知っているのは、ヤンジャンコンビが報告に来たからだって。ふたりは俺が誘拐されたのを知ったアロンさんに、ガチオコされてボコられたそうだ。

 なんか、ごめん。

 旅の途中の山賊相手なら、ヤンジャンなら無双だったと思うよ。俺たちが再び誘拐されたのは、宰相と侯爵が連れていた護衛たちがとんだへなちょこ野郎だったからだと思う。

 宰相と言えば⋯⋯ヌゥトは宰相の息子らしい。箒っぽい父親とは激しく似ていないな。宰相はかなり俗っぽかったが、ヌゥトは底冷えする冷酷さを持っている。

 甘やかに微笑むヌゥトの表情を思い出して、餌入れの袋に空気を溜めて潰した。むしゃくしゃしたから、ストレス解消だ。残っていた鳩モドキがビクーッと硬直した後、今度こそ一羽残らず飛び去った。

 ヌゥトはシュウさんを傷つけた。

 俺の目の前で、シュウさんの足を切り裂いたんだ。

 俺がこの部屋のベッド目覚めたとき、シュウさんはソファーに寝かされていた。起き抜けにヌゥトが部屋の中にいて、弾かれるように飛び起きた俺の目の前で、意識のないシュウさんの足を掴み上げたのを思い出す。

 彼は俺と目を合わせてにっこり笑うと、徐ろにシュウさんの足首にナイフを滑らせた。寝起きの動かない頭と身体でヌゥトの凶行を見せつけられて、茫然とするしか出来なくて⋯⋯。

 傷つけられた衝撃で覚醒したシュウさんは、唇を噛んで悲鳴を飲み込んだ。ヌゥトに跳ね起きた身体を押さえつけられて、何が起こっているのか瞬時に把握したようだった。

 この塔には貴人を世話する侍従のようなスキルを持った人はいないらしい。だからシュウさんは、俺の世話係として傍に置いておきたいようだ。けれど特別な訓練をした護衛でもある彼に、五体満足でいられたら都合が悪い。薬で眠っている間を狙われて逃げようがなかったし、その後、下手くそな治癒術で表面だけ塞がれたので腱は断裂したままだ。

 そして、ブチは見習い魔術師の宿舎に入れられてしまった。ベランダから見える別棟には魔術師の素養がある子どもが集められていて、そこにいる。

 たまに井戸から水を汲んでいる姿を見ることができる。三歳児にしか見えない五歳児は、大きすぎる木桶を担いでヨロヨロとしている。ヌゥトは「別に苦役を科しているわけじゃない」と笑った。彼はブチを見習いの一員として宿舎に突っ込んだだけで、よくある新人いびりには関与していないと嘯いた。

 まだ五歳の子ども、それも発育不良で三歳児くらいにしか見えないブチにあんなことをさせるなんて、いびりなんかじゃないだろう⁈ 立派な虐待だ!

 塔では魔力が全て。平気で『魔力が少ない子どもはいじめられて当然』なんて言う奴、大嫌いだ。だいたいブチは魔力を認められて塔にやってきた子じゃないだろう。自分の管轄で面倒を見切れないから、適当に子どもたちが大勢いるところに丸投げしたくせに。

 追い出したり決定的に害したりしないのは、俺に対する人質だからだ。ブチが元気なうちは、あの子の安全のためにおとなしくしているからな。

 ブチのことは絶対に助けなきゃ。もちろんシュウさんと俺も、これ以上の怪我をしないでここから出ていくんだ。ヨーコちゃんが来るってことは、ギィは俺がここにいることを知っている。青い空を抜ける風に髪を浚われながら、胸の内側でぎゅっと拳を握った。

「ルン様、ヌゥトが来ました」

 淡々とした口調でシュウさんが俺を呼ぶ。彼は決してヌゥトに尊敬語を使わない。宰相の息子っていうんなら伯爵子息なんだが、尊敬には値しないからな。

 ヌゥトは毎日ご機嫌伺いにくる。部屋の奥まで入れたくないから、さっさと出迎えに行くに限る。知らんぷりをしていると、遠慮なく入り込んでくるんだよ。左足を引き摺るシュウさんにゆっくり来るよう促して、入り口まで小走りで向かう。ブチから目を離したくないけどしょうがない。水汲みの時間はなんとなく把握したから、明日も無事な姿を確認しよう。

「聖女様、本日もご機嫌麗しゅう」
「絶賛不機嫌だよ」
「ふふふ、ぶっきらぼうなところも可愛らしいね」

 けっ。ソファーなんて勧めないしシュウさんにお茶を頼むこともしない。顔を見たらさっさとね! 

「おや、シュウ殿は?」

 何がシュウ殿だ。侍従のシュウさんに当てつけるみたいに。ヌゥトはずるりと足音を立ててやってきた彼を認めると、とろりと笑った。

「やぁ、シュウ殿。変わらず美しいね」

 シュウさんが美人なのは否定する余地がないが、お前に言われるとイラつく。シュウさんを見るな、減る! 彼は返事も返さなかった。

「今日は知らせを持ってきたよ。陛下が行方不明になられたそうだ。我が国は王族が少ないからねぇ、父が王城で代行を務めることになったよ」

 陛下ってコニー君のお父上だ。これでギィの計画も進む。王様さえ無事なら、大義はこっちにある。宰相が雇った破落戸ごろつきの犯行か、ギィたちが成功したのか。ヨーコちゃんが手紙を運んでくるまでは、安心できない。

 ヌゥトは俺とギィの繋がりを知らない。だから聖女は事情を何も知らないと思っているはずだ。

「宰相が?」

しらばっくれて、ヌゥトの表情を窺う。

「宰相ってあんたの父親だっていう、あの痩せたおっさんだろう?」
「暫定的に聖女様の保護者だったわけなんだけど、あの人が君を保護していたことは誰も知らないから、代行としては立場が弱いけれどねぇ」
「保護なんてされてないから。子どもを盾に脅されて、監禁されていただけだし。やってることは、あんたと変わらないな」

 事実と一緒に憎まれ口も叩く。

「神殿から行方不明になった聖女様を探し当てたのは、父に間違いないよね」

 笑顔で圧をかけてくる。

「何度も言っているだろう。俺は聖女じゃない」
「まだ力が顕現していないだけだよ。君の胸元に魔力が燻っているのを感じる。漆黒の鉱石に覚えはないかい?」

 微妙に覚えがあるから、誤魔化すのが難しい。燻る魔力はミヤビンの髪の毛に残る移り香だし、漆黒の聖蹟せいせき輝石きせきも見たことがある。もちろんそれもミヤビンのものだ。俺の視線が一瞬揺らいだのを見逃さず、ヌゥトは満足げに頷いた。

「ふふっ、覚えがあるようだね。君が異世界から持ってきたのは聖蹟せいせき輝石きせきといって、大きすぎる魔力を制御したり小さい魔力を安定して放出するのを手助けしてくれる媒体鉱石なんだよ。大事なものだから⋯⋯って、君、価値を知らずに誰かにあげたりしていないよね?」

 魔術師は饒舌だ。アロンさんが『魔術師っていう生き物は、息をするのと蘊蓄うんちくを垂れるのを、同じ階梯にあるものだと思っている』と言っていたのを思い出す。自分が優位に立っている自信があるからだろう。

「俺は聖女じゃないって言っているだろう。鉱石なんて、持っていない」
「あの貧民の子どもに聞いたよ。父が保護する前は、傭兵団で働いていたそうだね。そこに置いてきたのかい?」

 ヌゥトは宰相が俺を拉致した事実を知っているようだ。まぁ言葉を濁して、あくまでも保護にしておきたいんだろう。父が保護していた聖女が山賊に襲われて、それを救った英雄としてでも凱旋する気なんだろうか?

「王家に連なることもなく、聖女をかたわらにも置かぬ父は、所詮、政務を肩代わりするだけの国王代行にしかすぎないよ。陛下と一緒に印璽いんじも行方不明だから尚更だ。せいぜいまつりごとわたくししてもらって、奸臣の誹りを受けてくれればいいさ。玉座を奪った悪虐非道の父親を聖女様と共に泣く泣く討つ息子って、民衆は涙ながらに受け入れてくれると思わない?」

 そっちかよ。

 自分の父親の生命を奪う前提で語る、男の微笑みが心底怖い。無意識に一歩下がってしまったのは、仕方ないだろう。

「⋯⋯思わない」

 精一杯の虚勢で返事をしたものの、俺の声はひどくかすれて弱々しかった。
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