聖女の兄は傭兵王の腕の中。

織緒こん

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誘拐と更なる誘拐と見えない何か。

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「ねぇ、シュウさん。あの山賊モドキは暁傭兵団の偽装かなぁ?」

 見たことある顔なんて、ひとつもないけれど。小窓のシェードをちょっとだけずらして外を見ると、むさ苦しい⋯⋯いや、凶悪そうな面構えの男たちに取り囲まれていた。こんな金ピカの馬車、動く身代金みたいなものだ。狙われても仕方がないな。

 先を行く二台の馬車には宰相と侯爵がそれぞれ乗っている。利害が一致しなければ仲が悪そうだから、相乗りはしていない。俺と同乗する権利を争った結果、三台目の馬車を用意して俺にあてがったと言うわけだ。

 わぁわぁ叫びながら護衛の私兵団が剣を振り回している。悪漢は余裕を持ってそれを躱して、手入れの行き届いていなさそうな長いナイフを護衛に突き込んだ。

 チカっと脳裏で弾けたのは、朧に揺れるふたつの月と少年に向かって振り下ろされる剣だった。斬られそうになったコニー君の前に飛び出してしまったときの記憶だ。一瞬目の前が真っ暗になって、グッと堪える。ここで失神したら、シュウさんの足を引っ張ってしまう。それでなくても戦闘力のない俺はお荷物なんだから、せめて意識は保っておかなくちゃ。

「本物の破落戸ごろつきですね。ルン様、絶対に顔を見せてはいけませんよ。ブチから手を離さないで」
「わかった」

 目を覚ました幼子おさなごがキョロキョロと馬車の中を見渡している。ブチには外の様子を見せていないので、何が起こっているのかわからないようだ。こんな小さな子どもが次から次へと暴力沙汰に巻き込まれるなんて、あってはならないことだ。

「ブチ、ルン様から離れないでください。大きな声も出してはいけませんよ」
「あい」
「いい子です」

 シュウさんは神妙に返事をしたブチの頭をするりと撫でて、微笑んだ。

「わたくしが出ても、せいぜい三、四人しか相手にできません。ここはか弱い侍従のふりをして、ルン様と共におります」

 突っ込みたい点はあれど、黙って頷いておいた。シュウさんがどれだけ強いかわからないけれど、山賊たちは軽く二十人はいたように見えた。王都から宰相が連れてきた護衛も、侯爵家の私兵も動きは鈍い。俺はてんで素人だけど、ギィたちの鍛錬を見たことがあるから、違いはなんとなくわかった。

 ガツガツと争う音が続く間、俺たちはじっと息を潜めた。前の馬車が順番にあばかれている。「無礼者!」とか「儂を誰だと思っておる!」とか、空気を読まない怒声が聞こえてくる。山賊を刺激してどうするんだ。考えがあって挑発しているのなら勇気を讃えるが、箒とビア樽の阿呆さ加減じゃあ、それは絶対にない。

 馬が興奮気味にいなないている。時折ギシギシ馬車が揺れるのは、脚を踏み鳴らしているからだろう。御者はとっくに逃げ出したようで馬の暴走を心配する。暴走馬車の事故と破落戸ごろつきとの遭遇、どちらがより悲惨なんだろう。

 ついに俺たちが乗る馬車の扉が開かれた。

 逆光を背負って現れた山賊は、ずんぐりとしていて大きかった。顔中が髭に覆われている。清潔にしていないせいで脂と埃に塗れて塊になっていて、すえた臭いがした。

「こりゃ上玉だ。売り飛ばす前に、味見をするのもいいかもしれねぇなぁ」

 濁声で不愉快なことを言われた。

「馬鹿なこと言うなよ。値が下がるだろう」

 濁声が増えた。ひとまずの危険は回避されたけれど、あんまり嬉しくない。強奪品の俺たちは、どこかで金に変える算段がなされているようだ。

 腕の中でブチがひゅっと息を吸い込んで、小さな手のひらで口を覆った。シュウさんに言われたことを健気に守っている。強い子だ。

「綺麗なのと可愛いのと先が楽しみなのか。どれも好事家が喜びそうだ」

 下卑た輩の下卑た発言に、俺を背中に庇うシュウさんの肩が一瞬揺れた。それは近くにいた俺にしかわからないほど僅かなもので、彼がひどく怒っていることがわかる。

 それからしばらくは入れ替わり立ち替わり、似たような髭面ひげづらの山賊たちが馬車の中を見にきた。ヒュウと口笛を吹いたり、厭らしい言葉を投げかけてきたり、全く気持ち悪い奴らだった。けれど誰も俺たちを馬車から引き摺り出そうとしなかったのを不思議に思っていたら、疑問はすぐに解決した。馬車ごと誘拐されたんだよ。

 金ピカ馬車の装飾は本物の宝飾だから、立派な財産だ。この場でひっぺがすよりアジトで丁寧に作業をしたほうが、傷をつけずに分解できる。馬だって侯爵家の馬だから、見栄えのいい子たちだった。逃げ出したと思われた御者もすぐに捕まって御者台に括り付けられ、彼の手綱捌きで山賊のアジトに向かって発進した。

 その間、俺たちは三人で抱き合って震えていた。⋯⋯半分ふりだったけれど。

 シュウさんはもちろん、震えているはずがない。俺はひとまずの危機が去ったことに気が抜けて、ブチに至っては状況が理解できていないからだ。

「宰相たちの馬車は残しておくようですね」

 ばきんばきんと破壊音に混じって、おっさんたちが喚き散らす声と、山賊たちの歓声が聞こえる。あっちの馬車は金ピカを剥がして運ぶようだ。完品は一台で充分らしい。

「ですが妙です」

 走り出す馬車は宰相たちから離れていく。声もすぐに聞こえなくなって、本当に彼らから引き離されたのがわかる。その様子を気配で把握しながら、シュウさんが眉根を寄せた。

「生命を奪う気配がありません。生かしておいても足がつくだけですのに」
「身代金目的じゃないの?」
「捨てていくのですから、それはないです」

 それもそうか。なんかこう、もやっとしたもので胸が気持ちが悪い。解決しそうでしないイラつきに唇を尖らせる。

「わざと⋯⋯わざとだよな」
「それは間違いないです。ですがご安心ください。ジャンがビン様の魔力を追っていますから、我々を見失うことはありません」

 兄のアロンさんほどではないけれど、ジャンもそれなりの魔力持ちだそうだ。兄の凄さを見て育った彼は、自分の魔力は大したことがないと思い込んでいたし、ちまちまと文献を漁るのは性分でないと騎士を目指したんだって。結果、魔法も使える騎士と言う、非常にレアな存在になってしまったんだとか。彼なら俺が首から下げているミヤビンの魔力を辿れるはずだ。

 それから俺は、小窓をほんの少し⋯⋯本当に少しだけ開いて、手首の鳥笛を吹いた。人間の耳にはなにも聞こえない。開けた小窓に気づかれやしないかとドキドキする。ブチの温もりと励ますように頷いてくれるシュウさんに励まされて、数分おきにそれを繰り返す。

 しばらくしてバサバサと羽音がして、山賊どもが騒ぎ立てる声が聞こえた。

「ヨーコちゃんだ!」

 雌の鷹だから鷹子ようこちゃん、安直な名前だけれど賢くて美しい子だ。もう一度すかすかと鳥笛を鳴らすとすぐに外は静かになって、ヨーコちゃんが飛び去ったと見当をつける。山賊たちも猛禽に襲われる恐怖から脱したらしい。

 手紙は付けられなかったけれど、ギィのところへ向かうように合図をした。ギィがヨーコちゃんに気づいてくれますように。ジャンのことは信頼しているけれど、やっぱりギィの腕の中に勝る安心はない。

 食事かトイレの隙をついて逃げ出すことも考えたけれど、さほど時間もかからずに目的地に着いたようだ。今度こそ馬車から引き摺り出されて、アジトに連れ込まれた。抵抗はしない。下手に暴れてブチを奪われたら困る。シュウさんもチラリと目配せを寄越すに留まっているから、正解なんだろう。

 外観は古い洋館だった。この国に日本家屋なんてないから、何の特徴にもならないか。作業のための小屋じゃない。ちゃんと人が住むための家だな。ただし空き家になって何年か経っていそうだ。

 じっくり観察する間もなく、一階の奥まった部屋に押し込められた。窓は打ち付けられていて外の光は余り入ってこない。埃っぽいしジメジメしている。歩いている間、山賊にお尻を撫で回されて、めちゃくちゃ不快だった。電車の中だったら『痴漢です!』って大声を出してやったのに。

 見ればシュウさんはもっとあからさまに首を撫でられたり、口に汚い指を突っ込まれたりしている。彼が無表情で何の反応も返さないので、山賊は舌打ちをして指を引き抜いた。シュウさんは懐からハンカチを取り出してそこに唾を吐く。

「別嬪さん、随分舐めた真似をしてくれるじゃねぇか。そのちっせい尻にドデカイ魔羅を突っ込んで、ヒイヒイいわしてやろうか?」
「わーわーわーッ!」

 なんだってゲスいヤツらは小さな子どもの前で、お行儀の悪いことばかり言うんだよ! 思わず大声を出しながら、ブチの耳を塞いだ。

「かわい子ちゃんも黙りな」
「おっさんも黙れよ! 子どもに聞かせていい話じゃないだろう⁈」
「へぇ、お前は意味がわかってんだな」

 ニヤつくな、気持ち悪い!

「下のおクチは初物じゃないと値が下がるが、上のおクチはバレねぇんだぜ?」
「噛みちぎってやるから安心しろ」

 想像するだけで吐き気がするが、報復はしっかりしてやる。

「オッソロしいこと言うなよ! ひゅんってしたぞ!」
「勝手にしてろ」
「見た目は可愛いが、とんだじゃじゃ馬だな! 変なことしてみろ、そのガキをぶち殺してやるからな‼︎」

 うっかり挑発しすぎたか? 髭の隙間からわずかに見える皮膚がドス黒く色を変えた。清潔にしてたら紅潮して見えるんだろうが、激しく不潔なのでそうは見えない。俺に掴みかかろうとしたのか、山賊が大きく腕を振りかぶって⋯⋯ズドンと音を立てて前のめりに倒れ込んだ。

 シュウさんに素早く後ろに引いてもらったおかげで下敷きにならずに済んだけど、俺の視線は倒れた山賊の背中に釘付けになった。

 剣が生えている。

 足跡の残る埃まみれの床板に、山賊の身体から流れる血液が広がっていく。光採窓からわずかに差し込む光の筋に、舞い上がった埃がキラキラと輝いている。

「助けに来ましたよ、聖女様」

 そう言って微笑んだ男に向かって、俺は呆然と呼びかけた。

「誰?」

 と。
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