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愛の形と共にある理由。
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「で、どうして殿下と一緒にルン様がお出ましになることになったんでしょうかね?」
キノさんの顳顬がピクピクしている。とても怒っているようだ。その怒りは、俺がギィと一緒に傭兵団に潜伏することに対してじゃない。王子殿下ともあろう人が、成人した男を膝に乗せてご満悦だからだ。俺はひたすらに恥ずかしい。
昨夜はグズグズ泣きながらギィの胸に縋りついて寝入ってしまい、気づけば朝だった。とても成人した男のすることじゃない。この世界ではもちろん、元の世界だって成人年齢が引き下げられるんだから、俺は立派な大人のはずなのに。
シュウさんから連絡が行ったんだろう。寝室の扉の向こうからギィの侍従さんの声で『湯殿の支度が整いました』って声が掛けられてメチャクチャびっくりした。昨夜は俺がひっついて眠ってしまったから、ギィはお風呂に入りそびれたようだ。
俺もシュウさんに連れられて自室に戻り、準備されていたお風呂に突っ込まれた。ギィの革鎧についていた泥で、俺も結構汚れていたようだ。⋯⋯てことはシーツも汚れているだろう。洗濯係さんに申し訳なく思いながら入浴を終えると、ギィが待ち構えていた。
すっかり身支度が整えられたギィは、傭兵の名残はどこにも見当たらない。『すぐに城砦を出て行くから、あまり身綺麗になると不自然なんだが』なんて言いながら、ナチュラルに俺を抱き上げた。とても自然な仕草だったので逃げそびれた。
その後書斎に場所を移しても、俺の足が床に着くことはなかった。朝食も移動もずっと抱っこだ。⋯⋯朝食がギィの部屋に用意されていたのは幸いだった。いつもの食堂でミヤビンとコニー君に見られていたら、フォークで喉を突いていたかもしれない。
「キノ、俺とルンは真名を交わした」
身分のある人は、真名を交わした相手が正式な婚姻相手とは限らない。詳しくは聞いていないけれど、ラノベ知識では王族や貴族には側室やら第二夫人やらがいて、騒動の種になったりしている。普通に考えて、俺は身分的にそうなっただろう。愛情の在処は別として、ド庶民だから仕方ない。
けれど俺には『聖女の兄』という、この世界における超ド級無敵な肩書きがある。聖女本人が王太子と真名を交わした現在、王様の甥にあたるギィは大手を振って俺を娶れるらしい。
⋯⋯娶れるって、俺が嫁か。まぁ、王子様が相手ならそうなるよな。
「それはおめでとうございます。であればルン様のお立場も考えられて、大人の男性として礼節を持たれますよう進言いたします」
「王族の地位や聖女の名を利用するのは嫌厭するところだが、ルンを手に入れるためなら何でも使おう」
キノさんが恭しく頭を下げたのに、ギィは彼の言葉をまるっと無視した。俺を抱っこするのに王族の権威は関係ない。ギィの吹っ切れ方が振り切れていて、俺は顔が火照るのを止められない。
一晩のうちに俺がギィと行くことは決定していて、話し合いは誰を共に行かせるかに終始した。治癒士のサーヤさんは、赤ちゃんを産んだばかりなので城砦に残る。フィーさんは立候補したけれど、ギィが却下した。コニー君の側付きだからってこともあるけど、体調的に。
「ですが、ルン様の身の回りのお世話はどうなさいますか?」
フィーさんは俺をお妃様扱いすることに決めたらしい。自分でできることは自分でするつもりなんだけどな。それとこれとは別物なんだろう。
「お前、コニーとビンの面倒を見てるから、母性が強くなって性別が揺らいでるだろう? ここでルンの守護役に就いたら、また反動がくるぞ。これ以上の変態は流石に良くない」
言われてみたらフィーさんは、髭を剃ったせいだけじゃなくて、傭兵団長を装っていた時よりも優しい雰囲気になっている。知的でダンディなのにまろい感じって言ったら通じるかな?
「それは⋯⋯」
言葉を詰まらせた彼は、自覚があるようだ。
「僕も反対だよ。治癒士としては許しません。どうしてもと言うなら、僕も行きますからね」
「ずるいです。それを言われると何も反論できなくなります。あなたには天使がいるではありませんか。」
サーヤさんがツンと顎を上げて言うと、フィーさんは苦笑した。天使ちゃんをほったらかして同行すると言われたら、折れるしかない。誰もサーヤさんがそれを実際にするとは思っていないけど、実際にはもっと酷かった。
「なんだ、うちの可愛いお姫様を父親に会わせてやろうと思ったのに」
⋯⋯フィーさんが無理についてきたら、赤ちゃん連れで参戦する気だったらしい。笑えない冗談だ。
「城砦にはコニーとビンを残して行くから、フィーはキノとふたりで万事取り計らってくれ。父上から城代は任せるとの書状を預かっている。コニーは王太子というだけでなく、大事な従弟だ。信頼している者にしか任せられない」
「わかりました。コニー殿下と聖女様のことはお任せください」
フィーさんがようやく留守居をすることに納得してくれた。ホッとしたのも一瞬で、今度はアロンさんとヤンが面倒臭いことになった。
「俺はここで聖女ちゃんを指導するから、一緒に行けない。代わりにヤンを連れて行け」
「⋯⋯ルン様をお守りできるのは光栄の極みですが、私はしばらくアロンと離れたくありませんよ」
アロンさんがぶっきらぼうに言ったら、ヤンが微笑んで拒否をした。⋯⋯笑顔が寒い。
「残ってる面子の中じゃ、お前とジャンが一番の手練れじゃないか。ルン君が心配だから、俺の安心のためにお前が行け」
「⋯⋯酷いことをおっしゃいますね。もちろんそれが最善ならば否やはありませんが、あなたの口から簡単に離れ離れになる提案をされるなんて、とても悲しいのですが」
「お前が強いのが悪い。俺はお前以上に頼れる騎士を知らないんだ。だからルン君の傍にいてくれって頼んでるんじゃないか」
アロンさんの言葉は盛大な惚気にしか聞こえない。聞いてるこっちが恥ずかしくなってきて、俺はギィの膝の上という自分の状態を棚に上げた。
アロンさんの弟のジャンは無の境地みたいな表情をして、視線はまるでブラックホールに吸い込まれているようだ。
ヤンジャンコンビは個々では並の騎士の一・五人分くらいの技量なんだそうだ。ふたり揃うと五人分の働きをすると聞いた。
「フィーを置いていく代わりにふたりがルンの傍にいるのなら、俺も安心だな」
「なぁ、ギィ。お前もそう思うよな!」
ギィが独り言のようにボソリと言った。ジャンのことは誰も何も言っていないのに、すでに頭数に入っているらしい。彼の表情は既に悟りを開いた修行僧だ。ギィの言葉を耳ざとく聞きつけたアロンさんが大袈裟に声を張り上げると、向かいあっていたヤンの顳顬がピクリと震えるのが見えた。彼はこちらに身体を向けながらアロンさんの手首をガッチリと掴んだ。
「殿下、出発は明日の朝ですか?」
イケメンが爽やかに笑った。
「そうだ。いつもの準備だけしてあればいい」
「畏まりました。では、今から明日の朝まで休暇をいただきます。いつもの時刻に支度を済ませて待機いたしますので、詳細が決まりましたらジャンにお伝えください」
「⋯⋯まぁ、加減はしてやれ」
「それはアロン次第です」
「は? あ? え?」
ギィがため息をついて、アロンさんはギィとヤンを交互に見て目を白黒させている。あれよという間にヤンに書斎から連れ出されてしまった。
「えっと、アロンさん、大丈夫かな?」
「加減は⋯⋯無理だろうな」
⋯⋯この後のアロンさんがどうなるのかなんて、昨日までの俺なら気づかなかっただろう。彼が寝込んでいた数日、ヤンに献身的にされていたのは看病ではなかったのではと、思い至る。
もともとギィの膝の上にいるのが恥ずかしくて仕方なかったのに、彼の逞しい体躯を意識して身体がこわばった。ヤンとアロンさんは婚約者同士で、俺も昨夜はギィとキスをした間柄で⋯⋯彼氏彼氏? って変だな。こ、こ、恋人同士とか? うわぁ、恥ずかし過ぎて軽く死ねる。
「どうした、ルン? 百面相をして」
「ふひゃっ」
背中をトントンされて、ビクッとなる。
「ふふふ、可愛いな」
可愛いとかいらないから下ろしてくれないかな。そんな俺の願いは聞き届けられることもなく、膝の上に乗せられたままだ。ギィってば『どうした』なんて言ってるけど、絶対に察しているだろう。目尻が下がってるのバレバレだぞ!
「ギィ殿下」
俺がモダモダしているのをみんなが生温く見ているのを感じていたら、キノさんがギィに声をかけた。
「仲がよろしくて喜ばしい限りではございますが、私はルン様が殿下と行動を共になさるのは、反対したいのが本音です。真名を交わされたというのなら、なおさら、大切にお守りせねばならぬお方になられました」
フィーさんだけでなく、キノさんも俺をお妃様扱いすることにしたようだ。
「ルン様、ただ殿下と離れ難くお思いになって共に行かれるのならば、私はあなたをお諌めしなければなりません」
キノさんの言うことは正しい。それは俺も考えたことだ。ギィに我が儘を言うのは俺の特権だとしても、城砦のみんなに心配や迷惑をかけるのを、当然のことだと受け止めちゃいけない。キノさんだけじゃなく、ギィも納得させる理由が必要だろう。
「傭兵団の食事問題は深刻です。でもその程度じゃ、俺がギィと一緒に行く理由としては弱いですよね。俺じゃなくても、厨房から有志を募ったっていいですし。⋯⋯俺じゃなければできないことをしに行きます。それなら納得してくれますか?」
「それが本当にあなたでなければならないなら」
キノさんは真っ直ぐに俺を見ている。ギィの膝に乗ったままでは格好がつかないので、下ろしてもらう。ギィはイヤそうにしていたけど、さすがに空気を読んで俺のお腹に回していた腕を弛めてくれた。
「政治でも戦いでも、勝敗を左右するのは情報だと思うんです。味方と頻繁に情報をやり取りして戦況を把握するのはとても重要ですよね? でも、その情報は時に敵の手に渡ったりする危険があるでしょう?」
「そのために暗号があるのですよ」
「その暗号も、解読合戦をしているんじゃないですか?」
暗号ってなんらかの規則性がないと、味方にも解読出来ないんだよね。謎解きもそうなんだけど、わからない人でもわかる人に解読の糸口を教えてもらうと、一気に理解できちゃったりするんだよ。
「暗号じゃなくて、全く未知の言語でやり取りしたら、手紙を盗まれてもなんとかなるんじゃないかと思うんです」
平仮名、片仮名、漢字からなる日本語だ。
「俺が書いた手紙をビンが声を出して読めば、自動的にジュナイヴ語に通訳されるでしょう?」
その逆も有りだ。ミヤビンはまだ小学生だから使える漢字は限られるし、あまり殺伐とした内容は読ませるわけにはいかないけれど、ある程度の情報交換は可能だと思う。
これは俺だけの価値だ。
キノさんが頬を弛めたのを合図に、俺は許された安堵で肩の力を抜いた。
キノさんの顳顬がピクピクしている。とても怒っているようだ。その怒りは、俺がギィと一緒に傭兵団に潜伏することに対してじゃない。王子殿下ともあろう人が、成人した男を膝に乗せてご満悦だからだ。俺はひたすらに恥ずかしい。
昨夜はグズグズ泣きながらギィの胸に縋りついて寝入ってしまい、気づけば朝だった。とても成人した男のすることじゃない。この世界ではもちろん、元の世界だって成人年齢が引き下げられるんだから、俺は立派な大人のはずなのに。
シュウさんから連絡が行ったんだろう。寝室の扉の向こうからギィの侍従さんの声で『湯殿の支度が整いました』って声が掛けられてメチャクチャびっくりした。昨夜は俺がひっついて眠ってしまったから、ギィはお風呂に入りそびれたようだ。
俺もシュウさんに連れられて自室に戻り、準備されていたお風呂に突っ込まれた。ギィの革鎧についていた泥で、俺も結構汚れていたようだ。⋯⋯てことはシーツも汚れているだろう。洗濯係さんに申し訳なく思いながら入浴を終えると、ギィが待ち構えていた。
すっかり身支度が整えられたギィは、傭兵の名残はどこにも見当たらない。『すぐに城砦を出て行くから、あまり身綺麗になると不自然なんだが』なんて言いながら、ナチュラルに俺を抱き上げた。とても自然な仕草だったので逃げそびれた。
その後書斎に場所を移しても、俺の足が床に着くことはなかった。朝食も移動もずっと抱っこだ。⋯⋯朝食がギィの部屋に用意されていたのは幸いだった。いつもの食堂でミヤビンとコニー君に見られていたら、フォークで喉を突いていたかもしれない。
「キノ、俺とルンは真名を交わした」
身分のある人は、真名を交わした相手が正式な婚姻相手とは限らない。詳しくは聞いていないけれど、ラノベ知識では王族や貴族には側室やら第二夫人やらがいて、騒動の種になったりしている。普通に考えて、俺は身分的にそうなっただろう。愛情の在処は別として、ド庶民だから仕方ない。
けれど俺には『聖女の兄』という、この世界における超ド級無敵な肩書きがある。聖女本人が王太子と真名を交わした現在、王様の甥にあたるギィは大手を振って俺を娶れるらしい。
⋯⋯娶れるって、俺が嫁か。まぁ、王子様が相手ならそうなるよな。
「それはおめでとうございます。であればルン様のお立場も考えられて、大人の男性として礼節を持たれますよう進言いたします」
「王族の地位や聖女の名を利用するのは嫌厭するところだが、ルンを手に入れるためなら何でも使おう」
キノさんが恭しく頭を下げたのに、ギィは彼の言葉をまるっと無視した。俺を抱っこするのに王族の権威は関係ない。ギィの吹っ切れ方が振り切れていて、俺は顔が火照るのを止められない。
一晩のうちに俺がギィと行くことは決定していて、話し合いは誰を共に行かせるかに終始した。治癒士のサーヤさんは、赤ちゃんを産んだばかりなので城砦に残る。フィーさんは立候補したけれど、ギィが却下した。コニー君の側付きだからってこともあるけど、体調的に。
「ですが、ルン様の身の回りのお世話はどうなさいますか?」
フィーさんは俺をお妃様扱いすることに決めたらしい。自分でできることは自分でするつもりなんだけどな。それとこれとは別物なんだろう。
「お前、コニーとビンの面倒を見てるから、母性が強くなって性別が揺らいでるだろう? ここでルンの守護役に就いたら、また反動がくるぞ。これ以上の変態は流石に良くない」
言われてみたらフィーさんは、髭を剃ったせいだけじゃなくて、傭兵団長を装っていた時よりも優しい雰囲気になっている。知的でダンディなのにまろい感じって言ったら通じるかな?
「それは⋯⋯」
言葉を詰まらせた彼は、自覚があるようだ。
「僕も反対だよ。治癒士としては許しません。どうしてもと言うなら、僕も行きますからね」
「ずるいです。それを言われると何も反論できなくなります。あなたには天使がいるではありませんか。」
サーヤさんがツンと顎を上げて言うと、フィーさんは苦笑した。天使ちゃんをほったらかして同行すると言われたら、折れるしかない。誰もサーヤさんがそれを実際にするとは思っていないけど、実際にはもっと酷かった。
「なんだ、うちの可愛いお姫様を父親に会わせてやろうと思ったのに」
⋯⋯フィーさんが無理についてきたら、赤ちゃん連れで参戦する気だったらしい。笑えない冗談だ。
「城砦にはコニーとビンを残して行くから、フィーはキノとふたりで万事取り計らってくれ。父上から城代は任せるとの書状を預かっている。コニーは王太子というだけでなく、大事な従弟だ。信頼している者にしか任せられない」
「わかりました。コニー殿下と聖女様のことはお任せください」
フィーさんがようやく留守居をすることに納得してくれた。ホッとしたのも一瞬で、今度はアロンさんとヤンが面倒臭いことになった。
「俺はここで聖女ちゃんを指導するから、一緒に行けない。代わりにヤンを連れて行け」
「⋯⋯ルン様をお守りできるのは光栄の極みですが、私はしばらくアロンと離れたくありませんよ」
アロンさんがぶっきらぼうに言ったら、ヤンが微笑んで拒否をした。⋯⋯笑顔が寒い。
「残ってる面子の中じゃ、お前とジャンが一番の手練れじゃないか。ルン君が心配だから、俺の安心のためにお前が行け」
「⋯⋯酷いことをおっしゃいますね。もちろんそれが最善ならば否やはありませんが、あなたの口から簡単に離れ離れになる提案をされるなんて、とても悲しいのですが」
「お前が強いのが悪い。俺はお前以上に頼れる騎士を知らないんだ。だからルン君の傍にいてくれって頼んでるんじゃないか」
アロンさんの言葉は盛大な惚気にしか聞こえない。聞いてるこっちが恥ずかしくなってきて、俺はギィの膝の上という自分の状態を棚に上げた。
アロンさんの弟のジャンは無の境地みたいな表情をして、視線はまるでブラックホールに吸い込まれているようだ。
ヤンジャンコンビは個々では並の騎士の一・五人分くらいの技量なんだそうだ。ふたり揃うと五人分の働きをすると聞いた。
「フィーを置いていく代わりにふたりがルンの傍にいるのなら、俺も安心だな」
「なぁ、ギィ。お前もそう思うよな!」
ギィが独り言のようにボソリと言った。ジャンのことは誰も何も言っていないのに、すでに頭数に入っているらしい。彼の表情は既に悟りを開いた修行僧だ。ギィの言葉を耳ざとく聞きつけたアロンさんが大袈裟に声を張り上げると、向かいあっていたヤンの顳顬がピクリと震えるのが見えた。彼はこちらに身体を向けながらアロンさんの手首をガッチリと掴んだ。
「殿下、出発は明日の朝ですか?」
イケメンが爽やかに笑った。
「そうだ。いつもの準備だけしてあればいい」
「畏まりました。では、今から明日の朝まで休暇をいただきます。いつもの時刻に支度を済ませて待機いたしますので、詳細が決まりましたらジャンにお伝えください」
「⋯⋯まぁ、加減はしてやれ」
「それはアロン次第です」
「は? あ? え?」
ギィがため息をついて、アロンさんはギィとヤンを交互に見て目を白黒させている。あれよという間にヤンに書斎から連れ出されてしまった。
「えっと、アロンさん、大丈夫かな?」
「加減は⋯⋯無理だろうな」
⋯⋯この後のアロンさんがどうなるのかなんて、昨日までの俺なら気づかなかっただろう。彼が寝込んでいた数日、ヤンに献身的にされていたのは看病ではなかったのではと、思い至る。
もともとギィの膝の上にいるのが恥ずかしくて仕方なかったのに、彼の逞しい体躯を意識して身体がこわばった。ヤンとアロンさんは婚約者同士で、俺も昨夜はギィとキスをした間柄で⋯⋯彼氏彼氏? って変だな。こ、こ、恋人同士とか? うわぁ、恥ずかし過ぎて軽く死ねる。
「どうした、ルン? 百面相をして」
「ふひゃっ」
背中をトントンされて、ビクッとなる。
「ふふふ、可愛いな」
可愛いとかいらないから下ろしてくれないかな。そんな俺の願いは聞き届けられることもなく、膝の上に乗せられたままだ。ギィってば『どうした』なんて言ってるけど、絶対に察しているだろう。目尻が下がってるのバレバレだぞ!
「ギィ殿下」
俺がモダモダしているのをみんなが生温く見ているのを感じていたら、キノさんがギィに声をかけた。
「仲がよろしくて喜ばしい限りではございますが、私はルン様が殿下と行動を共になさるのは、反対したいのが本音です。真名を交わされたというのなら、なおさら、大切にお守りせねばならぬお方になられました」
フィーさんだけでなく、キノさんも俺をお妃様扱いすることにしたようだ。
「ルン様、ただ殿下と離れ難くお思いになって共に行かれるのならば、私はあなたをお諌めしなければなりません」
キノさんの言うことは正しい。それは俺も考えたことだ。ギィに我が儘を言うのは俺の特権だとしても、城砦のみんなに心配や迷惑をかけるのを、当然のことだと受け止めちゃいけない。キノさんだけじゃなく、ギィも納得させる理由が必要だろう。
「傭兵団の食事問題は深刻です。でもその程度じゃ、俺がギィと一緒に行く理由としては弱いですよね。俺じゃなくても、厨房から有志を募ったっていいですし。⋯⋯俺じゃなければできないことをしに行きます。それなら納得してくれますか?」
「それが本当にあなたでなければならないなら」
キノさんは真っ直ぐに俺を見ている。ギィの膝に乗ったままでは格好がつかないので、下ろしてもらう。ギィはイヤそうにしていたけど、さすがに空気を読んで俺のお腹に回していた腕を弛めてくれた。
「政治でも戦いでも、勝敗を左右するのは情報だと思うんです。味方と頻繁に情報をやり取りして戦況を把握するのはとても重要ですよね? でも、その情報は時に敵の手に渡ったりする危険があるでしょう?」
「そのために暗号があるのですよ」
「その暗号も、解読合戦をしているんじゃないですか?」
暗号ってなんらかの規則性がないと、味方にも解読出来ないんだよね。謎解きもそうなんだけど、わからない人でもわかる人に解読の糸口を教えてもらうと、一気に理解できちゃったりするんだよ。
「暗号じゃなくて、全く未知の言語でやり取りしたら、手紙を盗まれてもなんとかなるんじゃないかと思うんです」
平仮名、片仮名、漢字からなる日本語だ。
「俺が書いた手紙をビンが声を出して読めば、自動的にジュナイヴ語に通訳されるでしょう?」
その逆も有りだ。ミヤビンはまだ小学生だから使える漢字は限られるし、あまり殺伐とした内容は読ませるわけにはいかないけれど、ある程度の情報交換は可能だと思う。
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キノさんが頬を弛めたのを合図に、俺は許された安堵で肩の力を抜いた。
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