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寸胴鍋と怪魚と蛙。

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 ひとまず傷も癒えたことになって、ギィさんと改めて今後のことを話すことになった。最初に決めごととして言われたのは、付けを止めることだった。世話になるし、歳上だろうし、大人を呼び捨てにするって苦手だ。けどここの傭兵団全員が呼び捨てなんだって。

「まぁ、子どもはお目溢しだ」

 ビンちゃんとコニー君はそのままでいいらしい。ギィが笑った。目尻にちょっと皺が浮かぶ。年齢的なものじゃなくて、日焼けによる乾燥だろうな。

「ビンは宰相が魔術士を使って召喚した聖女に間違いない。過去に何人か聖女を召喚した資料は残ってるが、十代後半から三十代前半の黒髪黒目の女性だな」

 そんだけ年齢にバラ付きがあるなら、十歳のミヤビンが喚ばれても不思議はない。て言うか、狂信者とか言ってたけど宰相なのかよ。シゲさんから借りたラノベ的知識だと、宰相って国の偉い人だよな? そんな国の中枢にいる人が、聖女をレイプするとか言ってた声の主なのか? この国、終わってるな。

「なんでギィは、ビンちゃんが聖女だって確信してるんだ?」

 黒髪黒目が珍しいわけじゃなさそうだ。サイさんも黒髪だしな。

「ビンを保護したとき、これを握りしめていた」

 差し出されたのは黒曜石のやじりっぽいアレだった。桜木の庭の桜の木の下で、ビンちゃんが拾ったが、聖女に世界を渡らせる道を作ったのだとか。そう言えば竜巻みたいなのが発生する前に、これを拾ったんだった。儀式で使うアイテムってとこか。

「それから場所だな。あそこは代々の聖女が召喚されてきた神殿だ」

 パルテノン味のある柱だと思ってたら、神殿だったのか。世界が違っても似るもんだな。

「で、奴らは王家を脅かす逆賊ってわけだが、そこらへんの証拠は今、お前さんに指し示すだけの証拠はない」
「聖女召喚と王家を害することになにか繋がりがあるの?」
「直接はないな。ただ、王族ってのは魔力が高い。過去の聖女が幾人か王妃に収まっているからそのせいだと言われている。転じて、聖女を得た者が王たり得ると思ってる奴も多い」
「なんか見えた。魔力の多い子を産ませるための繁殖牝馬ってわけね」
「⋯⋯」
「なんだよ?」

 真面目な話をしてたのに、ギィが黙ってまじまじと俺の顔を見た。なんか付いてる?

「繁殖って⋯⋯。お前さん、本当に十八歳なんだな、と」

 やっぱり子どもに見えてたか。大人とは言い難い微妙な年齢だけど、一応選挙権は得た。

「俺は十八歳、ビンちゃんは十歳」
「⋯⋯ビンが十歳か。同じ身長のコニーは七歳だ」
「七歳の子にあんな泣きかたさせてんのかよ⁈」

 デカい七歳児だなと言う感想の前に、声を押し殺してただ涙を流す泣きかたをさせちゃダメだろと思う。ギィも苦虫を噛み潰したような表情カオになった。同じようなことを思ってるんだろう。

「ありがたいことに、ビンが一緒にいるとよく笑う。⋯⋯でだ、過去の文献にも記されているんだが、聖女は俺たちよりも総じて小柄で童顔なんだそうだ」
「俺たちに言わせりゃ、あんたらがデカすぎなんだけどな」

 西洋の人々はそこまででもないとか説明することに意味を見出せなかったので、人種がどうのとは言わなかった。⋯⋯召喚されたのがアメリカ人とかだったらどうなってたんだろう、とは思うけど。

「いろんな疑問は置いておく。正義がどちらにあるのかなんて、俺に判断できるだけの情報はないけど、宰相とやらにビンちゃんを渡すのだけは嫌だ」

 幸いアイツらに姿は見られていない。あっちが探すとしたら、黒髪黒目の妙齢の女性のはずだ。俺たちはふたり。年齢は合うが性別の違う俺と性別は合うけど年齢が合わないミヤビン。

「安心しろ。傭兵団で面倒見てやるって言ったろ?」
「⋯⋯それなんだけどさ。俺、武器なんか持ったことないし、生死のかかった戦いなんかしたことないんだよ。見張りかおとりくらいしか、役立つ場所、なさそうなんだけど」

 傭兵団と言うからには武器を持って戦わなきゃならないんだろう? 真面目に言ったのに、ギィがふっと吹き出した。

「コニーの恩人にそんなことさせるか。ビンとコニーと三人で、おとなしく守られておけ」
「いや、無理。無駄飯食いとか、俺が居た堪れない」

 働かざる者食うべからずだよ。傭兵団がダメなら、どっか潜伏場所と仕事の斡旋してくれないかな。

「あとな、傭兵団の仕事は戦闘ばかりじゃないんだぞ」
「そうなの?」

 そう言う目的の依頼主もいるけど、そうそう紛争や戦争が起こる訳じゃない。そりゃそうか。戦争ばかりしてたら国が滅ぶ。

「大規模な魔獣討伐や、灌漑工事なんかはいい訓練になるから積極的に依頼を受ける。依頼主も個人を雇うより統率者リーダーのいる集団を雇ったほうが楽だしな。今は三ヶ月前の大雨で崩れた土砂の撤去を請け負ってるんだ。ここは仮宿で本拠地は別にある」

 なるほど。戦闘中ならもっと殺伐としてるもんな。体験したことないけど、多分。

「でな、実はこっちにも下心がある。ビンが自慢してたんだ。ルンの飯は美味いって」

 いや、ここのご飯も美味しかったよ。病人食だったけど。いつもサイさんが運んでくれてたよな。そう思って首をかしげてたら、あれはサイさんが別に作ってくれていたものだと説明された。治癒士のサイさんは薬草とか香草とかに詳しくて、療養食は彼の担当なんだそうだ。

「当番が作る飯より療養食のほうが美味いんだ」

 一般的に病院のご飯は味が薄くて物足りないって言わないか? 

「今日からルンもみんなと同じ飯だから、覚悟してくれ」
「覚悟するほどのご飯なの?」
「そのうち慣れる⋯⋯かもしれない」

 ギィの視線が宙を泳いだ。慣れても美味しくは感じないらしい。

「飯は食堂で摂る。一斉に食べる訳じゃないが、なんとなく気の合う者で集まって食ってるよ。部屋と風呂場の場所しかわからないだろう? 一通り案内するからついておいで」

 ギィが立ち上がったので俺もそれに倣った。俺が寝泊まりしていた部屋は二階の一番奥で、洗面所やトイレもあった。風呂場は一階にあって、ちょっとした銭湯くらいの広さがあった。窓の外に井戸があって、そこから手漕ぎポンプで組み上げているんだって。ちなみに俺が入浴したときはギィに抱っこされて階段を降りた。

 それから食堂とそこにつながる厨房に向かう。

 なんだ?

 この生臭い悪臭は?

「気を悪くしたらごめん。俺の国の食文化にはない匂いなんだけど」
「この国にもないはずだがな」

 え?

「実働部隊にまともな飯が作れる奴がいないんだ」

 は?

 そうして連れてこられた厨房で見たのは、地獄の竈門で煮立つ魔女の闇鍋だった。

「ギィ、飯の時間には早いっすよ」
「ビンちゃんのあんちゃんっすか? 可愛いっすね。飯はもうちょっとっすよ」

 縦も横も俺よりデカい若い兄ちゃんがふたり、ぐるぐると寸胴鍋を混ぜていた。ボコッボコッと大きな泡が弾けてスープ(?)の表面が煮立っている。濁った汁気の中から飛び出しているのはどう見ても魚の頭だ。マグロのカブトくらいある。かき混ぜたオタマからズルッと滑り落ちたのは、クタクタになった丸ごとの蛙だった。

 俺はアレを食べるのか?

 可愛いミヤビンに食べさせるのか?

 アレを食べてコニー君は大人になれるのか?

「大丈夫か、ルン?」

 大丈夫じゃない。あれはなにか呪いの儀式の供物なのか? 

「⋯⋯アレは食材としてはなんだ?」
「川で獲った白大鱒とその周辺に生息してる蛙だ。一般的な食料で普通に美味いはずなんだが、傭兵団うちの当番が調理するとみんな不味くなるんだ」

 とんだメシマズだよ!

「焼くと全部炭になって食べるところがなくなるから、試行錯誤した結果、スープにすれば煮溶けても飲み込めるってことになったらしい」

 こんなの食べさせられて、なんで暴動が起きないのか不思議だ。当番だって言ってたから、文句言ったら自分が作らなきゃならないからか?

「貯蔵庫を見せてもらっていい?」

 努めて穏やかに食事当番さんに聞いた。額に汗して頑張って作ってるけど、これは料理と言っていいものじゃないだろ⁈

「いいっすよ」

 当番さんは気楽に貯蔵庫に案内してくれた。濡らした葉っぱがかけられた大きな網籠からゲコゲコ声がする。野太い声だ。俺が知ってるウシガエルの三倍くらい大きい。当番さんが細かくした氷が詰まった木箱をかき回して、魚の尻尾を掴んで引っ張り出した。立派なもんだ。棚に並んだ壺の中は塩とかもろみがあって、籠に盛られて萎びつつあるフレッシュハーブと壁に吊るされたドライハーブなども充実していた。これだけ臭み消しの材料があるのに、あの悪臭はどうしたことか。

「なんでこの材料で、あの謎スープなの⁈」

 グルメを気取る気は無いけど、これは生命に対する冒涜だ! 生命をいただくなら美味しく調理してあげないと、そこでゲコゲコ言ってる蛙たちも浮かばれないだろう⁈ 

「身体が資本の傭兵団が、お腹いっぱい食べて力を発揮するのに相応しいご飯じゃ無いと思う」

 (有)サクラギ土木工業はその名の通り、土木作業員を大勢抱えている。今、ギィたちは土砂の撤去作業をしているって言ってたな。ウチの若い衆と似たようなもんじゃないか。独身寮の賄いを手伝っていた身としては、決して見逃せる事態じゃない。

「ギィ、今すぐ俺に包丁をちょうだい!」

 後になって。

 このときの俺の目が怖かったと、当番の兄ちゃんたちに呟かれたのだった。
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