神の末裔は褥に微睡む。

織緒こん

文字の大きさ
上 下
89 / 95
番外編

王妃様の養い子。

しおりを挟む
ミラベル&ララベル


 ミラベルはとても緊張していた。たくさんの大人に囲まれて、彼女と妹のララベルのこれからを話し合うのだそうだ。

 姉妹はつい最近、孤児になった。

 家は王都で五番目くらいに羽振りのいい商家で、押し込み強盗に入られて両親と信頼できる使用人を惨殺されてしまった。扱う商品は返ってこなかったけれど、土地家屋の権利書や王都で商売をするための鑑札は、警邏隊が取り戻してくれた。

 とは言えまだ十歳にもならないミラと乳飲児のララに、それを活用できるはずもない。

「ミラちゃん、ララちゃん、おいで」

 長い金髪を緩く結わえただけの美しい人が、姉妹を手招きした。ミラに『アリスと呼んで』と言ったこの人は、こんなに綺麗なのにお姉さんじゃなくてお兄さんだった。

「ごめんね。おじさんたちに囲まれて怖いよね。でも、君たちのこと、勝手に決められるのも嫌だろう? 甘いものでも食べながら、お話を聞いてくれる?」

 ミラは妹を抱っこする手に力を込めて、小さく頷いた。大人の男の人は、押し込み強盗を思い出すから怖い。それを理解しているのか、アリスレアはミラが見知ったブレントと自分の間に座らせてくれた。

 大人の男の人だけど、アリスレアとブレントは怖くない。ふたりがお母さんだと知っているからだ。

「ララちゃんのおっぱいは足りてる?」

 たくさんいる乳母に貰い乳しているし、アリスレアもときどき授乳してくれる。

「はい、ありがとうございます」

 いいところのお嬢さんだけあって、礼儀正しく頭を下げる。アリスレアはそれを見て、満足げに頷いた。

 甘い焼き菓子とミルクがミラの前に置かれて、食べるように勧められる。緊張して手を出せずにいたら、ブレントがまずは自分で食べてみせた。アリスレアは一枚を指でつまむと、あーんと口を開けるよう促す。

 サクサクして美味しい。

 甘いものの効果か、肩から力が抜けた。

「まずはミラちゃんの親戚のお話だよ」

 アリスレアが思案顔で言った。

 ミラベルの生家は彼女の祖父が裸一貫から起こした店で、親兄弟は不明だった。父に兄弟はいたけれど、他国に仕事に行ったまま住み着いて帰ってこない。ミラベルが生まれる前の話だ。

 母の従兄弟がいるらしいけれど、気が弱く独身で、幼い子どもを引き取って育てるには向いていなさそうな上、権利書や鑑札を預けたら、早々に騙し取られそうな人だった。

 ミラベルには理解が難しかったけれど、会ったこともない上に頼りなさそうな人の元へは、行きたくないなと思った。

「ユーリィとララちゃん、乳姉弟になっちゃったからなぁ」

 アリスレアがミラに抱かれたララのほっぺたをつつく。慈愛の眼差しが赤ちゃんに惜しみなくそそがれる。

「俺の我儘なんだけどさ、ララちゃんと離れがたいし、ミラちゃんの一生懸命なところもとても好きなんだ。俺たちの養女になって欲しかったけど、ちょっと事情が許さなくなってねぇ」

 彼の夫が王様になるのだと、ため息混じりに言った。

「お姫様になっちゃうと、外国と政略結婚⋯⋯好きじゃなくても国同士が仲良くするために、お嫁に行かなきゃならないこともあるんだ」

 他にも万が一のときには生命であがなう義務があるとか、ミラにはよくわからなかったけれど、お姫様になるのはキラキラしてるだけじゃないことは感じられた。

「かと言って孤児院もね」

 ここ一年で孤児院は定員いっぱいだし、アリスレアと縁ができた姉妹は変な人に目をつけられたら危ない。たかが乳、されど乳。同じ乳を分け合ったユーリィとララは、野心ある者から見たら特別な絆を持っている。

「だからね、住み込みで行儀見習いの乳母手伝いってのどう? まずはお勉強しつつ、赤ちゃんたちのお世話を手伝って貰って、大人になってお嫁にいきたくなったら、相手の身分を見て養子縁組する家を決めようと思う」

 最後の方はまったくわからないけれど、アリスレアのそばで赤ちゃんのお世話をさせてもらえるなら、とても嬉しい。ミラはララも一緒にいられるのがわかって安心した。

「でね、このおじさんたちがなんでここにいるかって言うと、ミラちゃんが大人になったときの養子縁組先の候補なんだよ」

 結婚相手が平民なら今のまま、下位貴族なら子爵家のブレントが、上位貴族ならここにいる伯爵たちから選び放題だ。

 アリスレアがクスクスと悪戯っぽく笑った。

「もちろん、他所の国から王子様が迎えにきてくれたら、俺とジェムの娘として送り出してあげるよ」

 そうして姉妹は、住み込みの行儀見習いと言いながら、実質お姫様みたいに育てられることになった。

 ブレントの護衛をしているメイフェアの長男ナルージャとミラは年齢も近く、お互いの弟妹の年齢も同じだったのですぐに打ち解けた。

 その後、緑豊かなシュトレーゼンで、健やかに伸びやかに、美しく育ったミラベルとララベルは、それぞれ良縁に恵まれて幸せな花嫁になる。そのとき育ての親たる王妃が、人目も憚らず歓喜の号泣をしたことは、姉神イェンによって子孫に語り継がれていくのだった。
しおりを挟む
感想 240

あなたにおすすめの小説

異世界転生先でアホのふりしてたら執着された俺の話

深山恐竜
BL
俺はよくあるBL魔法学園ゲームの世界に異世界転生したらしい。よりにもよって、役どころは作中最悪の悪役令息だ。何重にも張られた没落エンドフラグをへし折る日々……なんてまっぴらごめんなので、前世のスキル(引きこもり)を最大限活用して平和を勝ち取る! ……はずだったのだが、どういうわけか俺の従者が「坊ちゃんの足すべすべ~」なんて言い出して!?

平凡なSubの俺はスパダリDomに愛されて幸せです

おもち
BL
スパダリDom(いつもの)× 平凡Sub(いつもの) BDSM要素はほぼ無し。 甘やかすのが好きなDomが好きなので、安定にイチャイチャ溺愛しています。 順次スケベパートも追加していきます

小悪魔系世界征服計画 ~ちょっと美少年に生まれただけだと思っていたら、異世界の救世主でした~

朱童章絵
BL
「僕はリスでもウサギでもないし、ましてやプリンセスなんかじゃ絶対にない!」 普通よりちょっと可愛くて、人に好かれやすいという以外、まったく普通の男子高校生・瑠佳(ルカ)には、秘密がある。小さな頃からずっと、別な世界で日々を送り、成長していく夢を見続けているのだ。 史上最強の呼び声も高い、大魔法使いである祖母・ベリンダ。 その弟子であり、物腰柔らか、ルカのトラウマを刺激しまくる、超絶美形・ユージーン。 外見も内面も、強くて男らしくて頼りになる、寡黙で優しい、薬屋の跡取り・ジェイク。 いつも笑顔で温厚だけど、ルカ以外にまったく価値を見出さない、ヤンデレ系神父・ネイト。 領主の息子なのに気さくで誠実、親友のイケメン貴公子・フィンレー。 彼らの過剰なスキンシップに狼狽えながらも、ルカは日々を楽しく過ごしていたが、ある時を境に、現実世界での急激な体力の衰えを感じ始める。夢から覚めるたびに強まる倦怠感に加えて、祖母や仲間達の言動にも不可解な点が。更には魔王の復活も重なって、瑠佳は次第に世界全体に疑問を感じるようになっていく。 やがて現実の自分の不調の原因が夢にあるのではないかと考えた瑠佳は、「夢の世界」そのものを否定するようになるが――。 無自覚小悪魔ちゃん、総受系愛され主人公による、保護者同伴RPG(?)。 (この作品は、小説家になろう、カクヨムにも掲載しています)

悪役令息に転生して絶望していたら王国至宝のエルフ様にヨシヨシしてもらえるので、頑張って生きたいと思います!

梻メギ
BL
「あ…もう、駄目だ」プツリと糸が切れるように限界を迎え死に至ったブラック企業に勤める主人公は、目覚めると悪役令息になっていた。どのルートを辿っても断罪確定な悪役令息に生まれ変わったことに絶望した主人公は、頑張る意欲そして生きる気力を失い床に伏してしまう。そんな、人生の何もかもに絶望した主人公の元へ王国お抱えのエルフ様がやってきて───!? 【王国至宝のエルフ様×元社畜のお疲れ悪役令息】 ▼この作品と出会ってくださり、ありがとうございます!初投稿になります、どうか温かい目で見守っていただけますと幸いです。 ▼こちらの作品はムーンライトノベルズ様にも投稿しております。 ▼毎日18時投稿予定

異世界転移して美形になったら危険な男とハジメテしちゃいました

ノルジャン
BL
俺はおっさん神に異世界に転移させてもらった。異世界で「イケメンでモテて勝ち組の人生」が送りたい!という願いを叶えてもらったはずなのだけれど……。これってちゃんと叶えて貰えてるのか?美形になったけど男にしかモテないし、勝ち組人生って結局どんなん?めちゃくちゃ危険な香りのする男にバーでナンパされて、ついていっちゃってころっと惚れちゃう俺の話。危険な男×美形(元平凡)※ムーンライトノベルズにも掲載

鬼上司と秘密の同居

なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳 幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ… そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた… いったい?…どうして?…こうなった? 「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」 スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか… 性描写には※を付けております。

美貌の騎士候補生は、愛する人を快楽漬けにして飼い慣らす〜僕から逃げないで愛させて〜

飛鷹
BL
騎士養成学校に在席しているパスティには秘密がある。 でも、それを誰かに言うつもりはなく、目的を達成したら静かに自国に戻るつもりだった。 しかし美貌の騎士候補生に捕まり、快楽漬けにされ、甘く喘がされてしまう。 秘密を抱えたまま、パスティは幸せになれるのか。 美貌の騎士候補生のカーディアスは何を考えてパスティに付きまとうのか……。 秘密を抱えた二人が幸せになるまでのお話。

身体検査

RIKUTO
BL
次世代優生保護法。この世界の日本は、最適な遺伝子を残し、日本民族の優秀さを維持するとの目的で、 選ばれた青少年たちの体を徹底的に検査する。厳正な検査だというが、異常なほどに性器と排泄器の検査をするのである。それに選ばれたとある少年の全記録。

処理中です...