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番外編
王妃様の養い子。
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ミラベル&ララベル
ミラベルはとても緊張していた。たくさんの大人に囲まれて、彼女と妹のララベルのこれからを話し合うのだそうだ。
姉妹はつい最近、孤児になった。
家は王都で五番目くらいに羽振りのいい商家で、押し込み強盗に入られて両親と信頼できる使用人を惨殺されてしまった。扱う商品は返ってこなかったけれど、土地家屋の権利書や王都で商売をするための鑑札は、警邏隊が取り戻してくれた。
とは言えまだ十歳にもならないミラと乳飲児のララに、それを活用できるはずもない。
「ミラちゃん、ララちゃん、おいで」
長い金髪を緩く結わえただけの美しい人が、姉妹を手招きした。ミラに『アリスと呼んで』と言ったこの人は、こんなに綺麗なのにお姉さんじゃなくてお兄さんだった。
「ごめんね。おじさんたちに囲まれて怖いよね。でも、君たちのこと、勝手に決められるのも嫌だろう? 甘いものでも食べながら、お話を聞いてくれる?」
ミラは妹を抱っこする手に力を込めて、小さく頷いた。大人の男の人は、押し込み強盗を思い出すから怖い。それを理解しているのか、アリスレアはミラが見知ったブレントと自分の間に座らせてくれた。
大人の男の人だけど、アリスレアとブレントは怖くない。ふたりがお母さんだと知っているからだ。
「ララちゃんのおっぱいは足りてる?」
たくさんいる乳母に貰い乳しているし、アリスレアもときどき授乳してくれる。
「はい、ありがとうございます」
いいところのお嬢さんだけあって、礼儀正しく頭を下げる。アリスレアはそれを見て、満足げに頷いた。
甘い焼き菓子とミルクがミラの前に置かれて、食べるように勧められる。緊張して手を出せずにいたら、ブレントがまずは自分で食べてみせた。アリスレアは一枚を指でつまむと、あーんと口を開けるよう促す。
サクサクして美味しい。
甘いものの効果か、肩から力が抜けた。
「まずはミラちゃんの親戚のお話だよ」
アリスレアが思案顔で言った。
ミラベルの生家は彼女の祖父が裸一貫から起こした店で、親兄弟は不明だった。父に兄弟はいたけれど、他国に仕事に行ったまま住み着いて帰ってこない。ミラベルが生まれる前の話だ。
母の従兄弟がいるらしいけれど、気が弱く独身で、幼い子どもを引き取って育てるには向いていなさそうな上、権利書や鑑札を預けたら、早々に騙し取られそうな人だった。
ミラベルには理解が難しかったけれど、会ったこともない上に頼りなさそうな人の元へは、行きたくないなと思った。
「ユーリィとララちゃん、乳姉弟になっちゃったからなぁ」
アリスレアがミラに抱かれたララのほっぺたをつつく。慈愛の眼差しが赤ちゃんに惜しみなくそそがれる。
「俺の我儘なんだけどさ、ララちゃんと離れがたいし、ミラちゃんの一生懸命なところもとても好きなんだ。俺たちの養女になって欲しかったけど、ちょっと事情が許さなくなってねぇ」
彼の夫が王様になるのだと、ため息混じりに言った。
「お姫様になっちゃうと、外国と政略結婚⋯⋯好きじゃなくても国同士が仲良くするために、お嫁に行かなきゃならないこともあるんだ」
他にも万が一のときには生命で贖う義務があるとか、ミラにはよくわからなかったけれど、お姫様になるのはキラキラしてるだけじゃないことは感じられた。
「かと言って孤児院もね」
ここ一年で孤児院は定員いっぱいだし、アリスレアと縁ができた姉妹は変な人に目をつけられたら危ない。たかが乳、されど乳。同じ乳を分け合ったユーリィとララは、野心ある者から見たら特別な絆を持っている。
「だからね、住み込みで行儀見習いの乳母手伝いってのどう? まずはお勉強しつつ、赤ちゃんたちのお世話を手伝って貰って、大人になってお嫁にいきたくなったら、相手の身分を見て養子縁組する家を決めようと思う」
最後の方はまったくわからないけれど、アリスレアのそばで赤ちゃんのお世話をさせてもらえるなら、とても嬉しい。ミラはララも一緒にいられるのがわかって安心した。
「でね、このおじさんたちがなんでここにいるかって言うと、ミラちゃんが大人になったときの養子縁組先の候補なんだよ」
結婚相手が平民なら今のまま、下位貴族なら子爵家のブレントが、上位貴族ならここにいる伯爵たちから選び放題だ。
アリスレアがクスクスと悪戯っぽく笑った。
「もちろん、他所の国から王子様が迎えにきてくれたら、俺とジェムの娘として送り出してあげるよ」
そうして姉妹は、住み込みの行儀見習いと言いながら、実質お姫様みたいに育てられることになった。
ブレントの護衛をしているメイフェアの長男ナルージャとミラは年齢も近く、お互いの弟妹の年齢も同じだったのですぐに打ち解けた。
その後、緑豊かなシュトレーゼンで、健やかに伸びやかに、美しく育ったミラベルとララベルは、それぞれ良縁に恵まれて幸せな花嫁になる。そのとき育ての親たる王妃が、人目も憚らず歓喜の号泣をしたことは、姉神イェンによって子孫に語り継がれていくのだった。
ミラベルはとても緊張していた。たくさんの大人に囲まれて、彼女と妹のララベルのこれからを話し合うのだそうだ。
姉妹はつい最近、孤児になった。
家は王都で五番目くらいに羽振りのいい商家で、押し込み強盗に入られて両親と信頼できる使用人を惨殺されてしまった。扱う商品は返ってこなかったけれど、土地家屋の権利書や王都で商売をするための鑑札は、警邏隊が取り戻してくれた。
とは言えまだ十歳にもならないミラと乳飲児のララに、それを活用できるはずもない。
「ミラちゃん、ララちゃん、おいで」
長い金髪を緩く結わえただけの美しい人が、姉妹を手招きした。ミラに『アリスと呼んで』と言ったこの人は、こんなに綺麗なのにお姉さんじゃなくてお兄さんだった。
「ごめんね。おじさんたちに囲まれて怖いよね。でも、君たちのこと、勝手に決められるのも嫌だろう? 甘いものでも食べながら、お話を聞いてくれる?」
ミラは妹を抱っこする手に力を込めて、小さく頷いた。大人の男の人は、押し込み強盗を思い出すから怖い。それを理解しているのか、アリスレアはミラが見知ったブレントと自分の間に座らせてくれた。
大人の男の人だけど、アリスレアとブレントは怖くない。ふたりがお母さんだと知っているからだ。
「ララちゃんのおっぱいは足りてる?」
たくさんいる乳母に貰い乳しているし、アリスレアもときどき授乳してくれる。
「はい、ありがとうございます」
いいところのお嬢さんだけあって、礼儀正しく頭を下げる。アリスレアはそれを見て、満足げに頷いた。
甘い焼き菓子とミルクがミラの前に置かれて、食べるように勧められる。緊張して手を出せずにいたら、ブレントがまずは自分で食べてみせた。アリスレアは一枚を指でつまむと、あーんと口を開けるよう促す。
サクサクして美味しい。
甘いものの効果か、肩から力が抜けた。
「まずはミラちゃんの親戚のお話だよ」
アリスレアが思案顔で言った。
ミラベルの生家は彼女の祖父が裸一貫から起こした店で、親兄弟は不明だった。父に兄弟はいたけれど、他国に仕事に行ったまま住み着いて帰ってこない。ミラベルが生まれる前の話だ。
母の従兄弟がいるらしいけれど、気が弱く独身で、幼い子どもを引き取って育てるには向いていなさそうな上、権利書や鑑札を預けたら、早々に騙し取られそうな人だった。
ミラベルには理解が難しかったけれど、会ったこともない上に頼りなさそうな人の元へは、行きたくないなと思った。
「ユーリィとララちゃん、乳姉弟になっちゃったからなぁ」
アリスレアがミラに抱かれたララのほっぺたをつつく。慈愛の眼差しが赤ちゃんに惜しみなくそそがれる。
「俺の我儘なんだけどさ、ララちゃんと離れがたいし、ミラちゃんの一生懸命なところもとても好きなんだ。俺たちの養女になって欲しかったけど、ちょっと事情が許さなくなってねぇ」
彼の夫が王様になるのだと、ため息混じりに言った。
「お姫様になっちゃうと、外国と政略結婚⋯⋯好きじゃなくても国同士が仲良くするために、お嫁に行かなきゃならないこともあるんだ」
他にも万が一のときには生命で贖う義務があるとか、ミラにはよくわからなかったけれど、お姫様になるのはキラキラしてるだけじゃないことは感じられた。
「かと言って孤児院もね」
ここ一年で孤児院は定員いっぱいだし、アリスレアと縁ができた姉妹は変な人に目をつけられたら危ない。たかが乳、されど乳。同じ乳を分け合ったユーリィとララは、野心ある者から見たら特別な絆を持っている。
「だからね、住み込みで行儀見習いの乳母手伝いってのどう? まずはお勉強しつつ、赤ちゃんたちのお世話を手伝って貰って、大人になってお嫁にいきたくなったら、相手の身分を見て養子縁組する家を決めようと思う」
最後の方はまったくわからないけれど、アリスレアのそばで赤ちゃんのお世話をさせてもらえるなら、とても嬉しい。ミラはララも一緒にいられるのがわかって安心した。
「でね、このおじさんたちがなんでここにいるかって言うと、ミラちゃんが大人になったときの養子縁組先の候補なんだよ」
結婚相手が平民なら今のまま、下位貴族なら子爵家のブレントが、上位貴族ならここにいる伯爵たちから選び放題だ。
アリスレアがクスクスと悪戯っぽく笑った。
「もちろん、他所の国から王子様が迎えにきてくれたら、俺とジェムの娘として送り出してあげるよ」
そうして姉妹は、住み込みの行儀見習いと言いながら、実質お姫様みたいに育てられることになった。
ブレントの護衛をしているメイフェアの長男ナルージャとミラは年齢も近く、お互いの弟妹の年齢も同じだったのですぐに打ち解けた。
その後、緑豊かなシュトレーゼンで、健やかに伸びやかに、美しく育ったミラベルとララベルは、それぞれ良縁に恵まれて幸せな花嫁になる。そのとき育ての親たる王妃が、人目も憚らず歓喜の号泣をしたことは、姉神イェンによって子孫に語り継がれていくのだった。
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