神の末裔は褥に微睡む。

織緒こん

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神の加護の在処。

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 新しい朝が来た。

 希望の朝かもしれない。

 イロイロやらかしたけど後悔はしていない。羞恥は覚えるけど。

 結局三日三晩貪られて、天国を見た。エロい意味じゃなくて、物理的に。暴力的とか狂気じみたとかはなかったけど、神の甘露ネクタルの作用で全然収まりがつかなくて、抱き合ったまま微睡む間もジェムはずっと俺の中にいた。

 どんなエロゲーかと思う。

 口移しで水を飲まされ、指で摘んだ果物を舌の上に乗せられる。それだけで三日保つわけがない。水の中に神の甘露ネクタルが混ぜられていたに違いない。

 ⋯⋯イェンが言っていた『差し入れ』ってこう言うことだ。

 水で薄めるとか果物を用意するとか、イェンが細かいことを気にするはずがない。きっとユレの指示を受けたルシンダさんが準備して持ち込んだだろう。ベリーのママのルシンダさんは、湖の社守だから。

 全然気づかなかったけど、を見られたかもしれないと思うとシーツの中に籠城したくなった。

「若奥様、どこか痛めてしまわれましたか?」

 手際よく俺の着替えを手伝うシュリは、以前となにも変わらない。

 目覚めと共にシュリが現れて、隣で寝ていたジェムを追い出した。平然と俺の支度を始めたから、日常が帰ってきたかと思って、今までのことは夢だったのかと混乱した。

 シュリは昨日のうちに王都からシュトレーゼン領にやって来て、俺の世話をするために待機していたらしい。怪我を治すための神の甘露ネクタルの副作用を考えたら、シュリがここにいるのが不思議だった。疑問が表情カオに出ていたのか、シュリは僅かに頬を染めて言った。ちょっと色っぽい。

「私が斬られてから、四日も過ぎております」

 その言葉で、俺とジェムが三日三晩睦み合っていたという、衝撃の事実を知った。神の甘露ネクタルの副作用から脱して疲労困憊だったシュリも、エナジードリンク代わりにの希釈液を飲まされて元気になったらしい。そのまま銀の君に連れられてシュトレーゼンに来たんだって。

 日にちの経過が実感できなくて、タイムリープでもしたみたいに感じてたけど、なんとか理解できた。

 ⋯⋯ホントに三日三晩、やってたんだ。

 穴があったら入りたいほど恥ずかしい。

「それで若奥様、お身体に不調はございませんか?」

「ないよ。恥ずかしくて悶えてただけ」

「それはようございました」

 なにが良かったんだろう。きっと体調不良でなかったことを喜んでくれたんだけど。

 支度を終えて社を出ると、小舟が用意されていてジェムが待っていた。社は浮き島の上に建っているから、岸に戻るには船に乗らなきゃならない。

 うう、館に行くのか。ユーリィに会えるのは嬉しいけど、父上も当然いるよな。父上の家だし。さんざっぱらエロいことした後で父親に会うのって、とてつもなく居た堪れない。

 小舟に乗るためにジェムに抱き上げられる。なんにも言わずにナチュラルに膝を掬い上げられるから、抵抗する間もない。

「綺麗にしてもらったね」

 チュッて顳顬にキスが落とされる。⋯⋯いつも通りの支度しかしてません。ジェムの目にエフェクトかフィルターがかかっていると思われる。

 そんで俺の目にも、似たようなものがかかっているのかもしれない。ジェムがカッコ良すぎてヤダ。

 湖のほとりで馬車に乗り換えて屋敷に向かう。なんとも微妙な表情カオをした父上に迎えられた。息子が大男に抱かれて帰ってきたら、然もありなん。

 屋敷の中は客で溢れていた。

 宰相と五卿が勢揃いしていて、近隣の領主も何人か。アリスレアの舅になるはずだった隣領の領主もいる。

 遠くで赤ちゃんの泣く声がする。走り出しそうになるけど、ズラっと並んだ国の偉い人々が一斉に臣下の礼をとってこうべを垂れたので、その場から動けなくなった。

 内務卿ポッシュ伯爵エキュートが深く礼をしたまま、恭しく告げた。

「尊き女神エレイアの愛娘、双子の姉神イェンより、大陸全ての神殿と教会に神託が降りました。エーレイェンの加護は『ユレの末裔に与える』と」

 ⋯⋯ユレの末裔って俺だよな。そんで、俺が産んだユーリィと、俺の父親である父上。

「ユレ神の末裔であるシュトレーゼンの血脈を、王に戴きとう存じます。つきましては新たなる王朝の最初の王として、ジェレマイア・ハインツ、ヴィッツ侯爵継嗣にお立ち願います」

 イェンが言ってたな。ジェムに向かって『新たなる人間ひとの子の王』って。

 て、ことはだな。

「内務卿、ジェムに王に立つよう願うって言ってるけど、もうイェンが大陸中に神託を降ろしてるんじゃないか?」

「⋯⋯左様にございます」

 うん、宰相と五卿、特に上司のはずの軍務卿まで、ジェムに頭を下げてるんだもん。

「私は王になる器ではないのですが」

 ジェムが困惑して言った。

「ユレ神の末裔であり、同じ魂の持ち主であるアリスレア卿を預けることができるのは、ジェレマイア卿以外にないと。つまり、アリスレア卿を王妃として立て、そのお子に王位を継ぐことが前提なのです」

「つまり、私は繋ぎの王なのですね?」

「荒れてしまった国内を立て直し、ユーリィ卿に平かなエーレイェンを差し上げねばなりません」

「そう言うことなら⋯⋯」

 ジェムがつぶやくように言うと、内務卿はもう一度深々と頭を下げた。

 女神エレイアは愛しい末子すえごのユレの子たちが心穏やかに暮らせるように、エーレイェンを統べる王に加護を与えたんだ。ユレの末裔ありきの加護だったのに、シュトレーゼンは長い年月の中で、ただ古いだけの家として蔑ろにされた。

 だったら、ユレの血脈そのものに加護を与えようってことか。

 加護が絡んでくると、王なんて面倒くさいって言いにくい。だいたいイェンもずるいよな。血脈で言ったら俺を王にするのが正しいのに、俺の性格じゃ嫌がるのがわかってるから、ジェムに振るんだ。

 ⋯⋯俺、また王妃になるのか?

 ジェムの奥さんのままなら、なんでもいけど。
 
「内務卿、大変申し訳ない。とても重大なお話ではありますが、まずはアリスをユーリィに会わせてやりたいのです」

 うん、実はずっとソワソワしてた。

 内務卿が虚を突かれたような表情カオをして、それから肩に入った力を抜くようにため息を漏らした。

「そうですな。急ぎすぎました。我々も動揺しておりましてな」

 畏まっていた宰相と四卿は、内務卿が身体を弛めたのに倣って身を起こした。

「よし、ジェレマイア。子ども部屋に行くか」

 おい、軍務卿。切り替え早いな。レントがオロオロして外務卿が肩をすくめている。内務卿は眉間に縦皺を刻んだ。

「ケーニヒ卿、これから陛下と仰ぐ方になんたる態度だ」

「いや、まだ陛下じゃないし。そんなことより、早いとこ夫人をユーリィ坊のところへ行かせてやりましょうや」

 軍務卿がニヤリと笑った。

 二階の一番日当たりのいい部屋あたりから赤ちゃんの泣き声が聞こえている。

 もう我慢なんかしやしない。

「ごめん、後でいいなら、後にして!」

 俺は階段を、二段飛ばしで駆け上がった。
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