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覚悟の行方。
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瓦礫と一緒に、虹の煌めきが降って来る。綺麗? そんなの感じない。どうでもいい。
だって、ジェムが。
俺のジェムが。
百番目のアリスレアのじゃない、九十九番目の俺のジェムが。
抱き留め来れなくて尻もちをついて、大きな身体を全身で受け止める。トクトクと流れ落ちる赤い液体が、俺の胸を濡らす。
「⋯⋯ジェム?」
自分の声が遠かった。
「わたくしの可愛いアリス。お前の夫は微かにだけど息がある」
「僕の可愛い九十九番目。君の夫は必ず助かる。だから絶望しないで。君の夫が生命をかけて屠った昏き神が、君の絶望の中から再び生まれてもいいのかい?」
暗黒神とか、どうでもいい。ジェムが助かる?
「ここでは駄目だよ。地上に上がろう。このままでは君も一緒に埋もれてしまう」
ユレの声は、綿飴のようだ。柔く、甘く、優しい。
「イェン、全員まとめてシュトレーゼンに飛ぶよ」
「軽いわ」
飛ぶのは何度目か。冷たくなっていくジェムの身体が気になって、長距離の移動にはなんの感慨もない。軍務卿が大騒ぎしているのが煩い。静かにしてよ。ジェムの心臓の音、探してるんだ。
懐かしい湖のほとり、樹々の隙間から差し込む美しい陽の光。そんなもの、なんの慰めにもなりやしない。
「さあ、わたくしの可愛いアリスレア。お前、悲劇に酔っている暇はなくてよ。覚悟はいい?」
「覚悟⋯⋯⋯⋯?」
ボンヤリする頭にイェンの楽しげな声が聞こえる。こんなときにクスクス笑うなんて、酷いじゃないか。
ただジェムの身体を抱きしめて座り込んでいたら、後ろからユレに引かれた。俺をジェムから引き剥がそうとするなんて、ユレも酷い。
姉弟揃って意地悪だ。
凍りついて涙も出ない瞳で、意地悪な姉弟神を睨んだ。
「んもう、実力行使よ」
「ジェム!」
イェンは軽々とジェムの身体を仰向けに引き倒した。お腹に生えた神剣を無造作に抜く。ブシャリと嫌な音がした。収縮した筋肉を引きちぎったのかもしれない。
「ヤダ、ジェム。死ぬなよ!」
ユレは力尽くってわけでもないのに、やんわりと俺を押さえつけていて、ジェムに伸ばす手が届かない。暴れたいような叫びたいようなメチャクチャな感情が渦巻いているのに、力が抜けてなにもできない。
「落ち着きなさい。覚悟はいいか聞いたでしょう? 聞いてないとか抜かしたら、差し入れしてやらないわよ」
イェンはにんまり笑って、どこから取り出したのか、黄金に輝くゴブレットを掲げて見せた。
「⋯⋯神の甘露?」
ーーーーーーーーッ‼︎
カーッと頭に血が昇った。
そうでした!
あんな血塗れだったシュリが助かったって聞いたじゃないか。ここにイェンとユレがいるなら、神の甘露を用意してくれるに決まってるじゃないか!
それを忘れてひとりでテンパって、恥ずかしいったらねぇ!
「イェン、ごめん! 俺、頭が変になってた! お願い、ジェムを助けて‼︎」
神様、仏様、イェン様、ユレ様。調子の良いこと言ってる自覚はあるけど、よろしくお願いします‼︎
「では、僕の可愛い九十九番目。頑張るんだよ」
ユレが慈しみの籠った眼差しで言った。
ふにゃ? 頑張るのはジェムだろ? 病気も怪我も、最後は本人の頑張りがないと治らないもんな。
イェンがゴブレットを傾けて、無理やりジェムの口の中に神の甘露を注ぎ込んだ。
「待て待て待て、溺れる! 失神してる人間は、三糎の水深で溺死するから!」
「あら、そうなの?」
「ゴボゴボッ!」
「ほら、咳き込んでるだろ⋯⋯ッ? 咳き込んでる?」
ジェムが上半身を起こして、苦しげに咳き込んでいる。白かった顔に少しだけ赤みが差して、死の色が遠のいた。
「ゴホン⋯⋯ゴホンッ」
「ほら、アリスレアの夫。もう一杯いっときなさい」
イェンは容赦なくゴブレットをジェムの口に押し付けた。咳き込みすぎて潤んだ目で姉神の姿を認めると、ジェムは朦朧とした様子でそれを受け取って、中身を確かめもせずに一気に煽った。
「⋯⋯ジェム?」
恐る恐る顔を覗き込むと、ジェムが俺に気がついた。
「よかった。昏き神の憑座にされてい⋯⋯ぅ、ぐッ」
「どうした? どっか苦しい⁈」
ジェムはなにかを言いかけて、途中で身体を折る。胸を押さえて肩で大きく息をしている。
「アリス⋯⋯⋯⋯離れて」
「ヤダ! どうしたんだ⁈ どこが痛い? 神の甘露が効かなかった?」
神の甘露で治せないなら、もうどうしようもない。堪らなくなってジェムにしがみつく。
「いいから、離れて」
「何でそんなこと言うの⁈ 俺はジェムの奥さんだろ‼︎」
具合が悪いときに、俺以外の誰をそばに寄せ付けようって言うんだ。そんなの許さないからな!
「⋯⋯アリスが悪い」
血を吐くように、ジェムが言った。
なに?
俺、嫌われた?
ジェムにこんなに怖い声で話しかけられたことない。
目頭が熱くなる。凍っていたはずの涙が、ぽろりと溢れた。
「俺はジェムが好きだよ」
例えジェムに嫌われても。
「知らないぞ、どうなっても。逃してなどやるものか。覚悟しろよ」
言葉が先か、唇が奪われるのが先か。びっくりして叫び声が出かけた口に、舌がねじ込まれた。熱いそれが奥の柔らかい場所をつつき、歯の後ろの硬い凹凸をくすぐった。
「アリスが、悪い」
至近距離で非難めいた言葉を紡がれる。ジェムの瞳は情欲に潤んで、ギラギラと光っている。
離れろって、押し倒しそうだからってことかーーッ⁈
「待って、ここ、外! みんながいるから‼︎」
「だから、離れろと言ったんだ。言うことを聞かなかった、アリスが悪い」
ですよねーーーーッ!
神の甘露を飲ませた時点で気付こうよ、俺‼︎ イェンがあれだけ覚悟って言ってたじゃないか!
なんでこうなった。
俺の特技は墓穴掘りだからか⁈
「場所、場所を変えて! そしたらいくらでも、なんでもしていいから!」
双子神が笑いさざめいた。一瞬の揺れと目に映る景色の変化。
極上の絹の手触りと、天蓋から垂れる幾重にも重なった紗の帳。
⋯⋯ここ、社の中だ。ユレがシュトレーゼンの先祖と逢瀬を重ねたって言う、愛の褥だ。
「アリスだけが愛しい」
ギリと奥歯を噛み締めて、ジェムが唸るように言った。
凄いな、ジェム。一杯の神の甘露でグズグズになったから知ってる。二杯も飲んだジェムがどれほど耐えているのか。
「夫の猛りを鎮めるのは、妻の役目だ。誰にも譲らない」
滴る情欲に誘われて、舌を伸ばす。ジェムの唇のきわを掠めるように舐める。
「来て」
直後。
俺の瞳に映ったのは。
獰猛な眼差し。
だって、ジェムが。
俺のジェムが。
百番目のアリスレアのじゃない、九十九番目の俺のジェムが。
抱き留め来れなくて尻もちをついて、大きな身体を全身で受け止める。トクトクと流れ落ちる赤い液体が、俺の胸を濡らす。
「⋯⋯ジェム?」
自分の声が遠かった。
「わたくしの可愛いアリス。お前の夫は微かにだけど息がある」
「僕の可愛い九十九番目。君の夫は必ず助かる。だから絶望しないで。君の夫が生命をかけて屠った昏き神が、君の絶望の中から再び生まれてもいいのかい?」
暗黒神とか、どうでもいい。ジェムが助かる?
「ここでは駄目だよ。地上に上がろう。このままでは君も一緒に埋もれてしまう」
ユレの声は、綿飴のようだ。柔く、甘く、優しい。
「イェン、全員まとめてシュトレーゼンに飛ぶよ」
「軽いわ」
飛ぶのは何度目か。冷たくなっていくジェムの身体が気になって、長距離の移動にはなんの感慨もない。軍務卿が大騒ぎしているのが煩い。静かにしてよ。ジェムの心臓の音、探してるんだ。
懐かしい湖のほとり、樹々の隙間から差し込む美しい陽の光。そんなもの、なんの慰めにもなりやしない。
「さあ、わたくしの可愛いアリスレア。お前、悲劇に酔っている暇はなくてよ。覚悟はいい?」
「覚悟⋯⋯⋯⋯?」
ボンヤリする頭にイェンの楽しげな声が聞こえる。こんなときにクスクス笑うなんて、酷いじゃないか。
ただジェムの身体を抱きしめて座り込んでいたら、後ろからユレに引かれた。俺をジェムから引き剥がそうとするなんて、ユレも酷い。
姉弟揃って意地悪だ。
凍りついて涙も出ない瞳で、意地悪な姉弟神を睨んだ。
「んもう、実力行使よ」
「ジェム!」
イェンは軽々とジェムの身体を仰向けに引き倒した。お腹に生えた神剣を無造作に抜く。ブシャリと嫌な音がした。収縮した筋肉を引きちぎったのかもしれない。
「ヤダ、ジェム。死ぬなよ!」
ユレは力尽くってわけでもないのに、やんわりと俺を押さえつけていて、ジェムに伸ばす手が届かない。暴れたいような叫びたいようなメチャクチャな感情が渦巻いているのに、力が抜けてなにもできない。
「落ち着きなさい。覚悟はいいか聞いたでしょう? 聞いてないとか抜かしたら、差し入れしてやらないわよ」
イェンはにんまり笑って、どこから取り出したのか、黄金に輝くゴブレットを掲げて見せた。
「⋯⋯神の甘露?」
ーーーーーーーーッ‼︎
カーッと頭に血が昇った。
そうでした!
あんな血塗れだったシュリが助かったって聞いたじゃないか。ここにイェンとユレがいるなら、神の甘露を用意してくれるに決まってるじゃないか!
それを忘れてひとりでテンパって、恥ずかしいったらねぇ!
「イェン、ごめん! 俺、頭が変になってた! お願い、ジェムを助けて‼︎」
神様、仏様、イェン様、ユレ様。調子の良いこと言ってる自覚はあるけど、よろしくお願いします‼︎
「では、僕の可愛い九十九番目。頑張るんだよ」
ユレが慈しみの籠った眼差しで言った。
ふにゃ? 頑張るのはジェムだろ? 病気も怪我も、最後は本人の頑張りがないと治らないもんな。
イェンがゴブレットを傾けて、無理やりジェムの口の中に神の甘露を注ぎ込んだ。
「待て待て待て、溺れる! 失神してる人間は、三糎の水深で溺死するから!」
「あら、そうなの?」
「ゴボゴボッ!」
「ほら、咳き込んでるだろ⋯⋯ッ? 咳き込んでる?」
ジェムが上半身を起こして、苦しげに咳き込んでいる。白かった顔に少しだけ赤みが差して、死の色が遠のいた。
「ゴホン⋯⋯ゴホンッ」
「ほら、アリスレアの夫。もう一杯いっときなさい」
イェンは容赦なくゴブレットをジェムの口に押し付けた。咳き込みすぎて潤んだ目で姉神の姿を認めると、ジェムは朦朧とした様子でそれを受け取って、中身を確かめもせずに一気に煽った。
「⋯⋯ジェム?」
恐る恐る顔を覗き込むと、ジェムが俺に気がついた。
「よかった。昏き神の憑座にされてい⋯⋯ぅ、ぐッ」
「どうした? どっか苦しい⁈」
ジェムはなにかを言いかけて、途中で身体を折る。胸を押さえて肩で大きく息をしている。
「アリス⋯⋯⋯⋯離れて」
「ヤダ! どうしたんだ⁈ どこが痛い? 神の甘露が効かなかった?」
神の甘露で治せないなら、もうどうしようもない。堪らなくなってジェムにしがみつく。
「いいから、離れて」
「何でそんなこと言うの⁈ 俺はジェムの奥さんだろ‼︎」
具合が悪いときに、俺以外の誰をそばに寄せ付けようって言うんだ。そんなの許さないからな!
「⋯⋯アリスが悪い」
血を吐くように、ジェムが言った。
なに?
俺、嫌われた?
ジェムにこんなに怖い声で話しかけられたことない。
目頭が熱くなる。凍っていたはずの涙が、ぽろりと溢れた。
「俺はジェムが好きだよ」
例えジェムに嫌われても。
「知らないぞ、どうなっても。逃してなどやるものか。覚悟しろよ」
言葉が先か、唇が奪われるのが先か。びっくりして叫び声が出かけた口に、舌がねじ込まれた。熱いそれが奥の柔らかい場所をつつき、歯の後ろの硬い凹凸をくすぐった。
「アリスが、悪い」
至近距離で非難めいた言葉を紡がれる。ジェムの瞳は情欲に潤んで、ギラギラと光っている。
離れろって、押し倒しそうだからってことかーーッ⁈
「待って、ここ、外! みんながいるから‼︎」
「だから、離れろと言ったんだ。言うことを聞かなかった、アリスが悪い」
ですよねーーーーッ!
神の甘露を飲ませた時点で気付こうよ、俺‼︎ イェンがあれだけ覚悟って言ってたじゃないか!
なんでこうなった。
俺の特技は墓穴掘りだからか⁈
「場所、場所を変えて! そしたらいくらでも、なんでもしていいから!」
双子神が笑いさざめいた。一瞬の揺れと目に映る景色の変化。
極上の絹の手触りと、天蓋から垂れる幾重にも重なった紗の帳。
⋯⋯ここ、社の中だ。ユレがシュトレーゼンの先祖と逢瀬を重ねたって言う、愛の褥だ。
「アリスだけが愛しい」
ギリと奥歯を噛み締めて、ジェムが唸るように言った。
凄いな、ジェム。一杯の神の甘露でグズグズになったから知ってる。二杯も飲んだジェムがどれほど耐えているのか。
「夫の猛りを鎮めるのは、妻の役目だ。誰にも譲らない」
滴る情欲に誘われて、舌を伸ばす。ジェムの唇のきわを掠めるように舐める。
「来て」
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