神の末裔は褥に微睡む。

織緒こん

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逃走、闘争、そして再会。

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 一歩クズ王の身体が近づくと、ヌタウナギがぬらぬら揺れた。湿った生臭いニオイがする気がする。近寄られた分だけ本能的に下がりかけて、踏み止まる。背後のベッドにはララちゃんがいる。

 スラックスのポケットに聖水入りの瓶があるのを確認する。瓶ごと投げつけたら割れて中身がぶちかかるか?

 一歩一歩、ぬめるように歩みながら、クズ王に寄生した暗黒神はタイを緩めてボタンを外し始めた。クズ王の野郎、自分でお着替えできるのかよ。こんな時こそゲス乳兄弟に泣き付けよ。そんで、とっとと部屋を出て行け。
 
 シャツが床に落とされて、スラックスの前立を開く。

『赤子の首をくびるのと、我が寵を受けるのと、どちらを選ぶ?』

 うっそりと嗤うのが気持ち悪い。

 どっちもごめんだ。

 ポケットから聖水を取り出して口に含む。こっちからクズ王に近づくと、喜色を浮かべて両手を広げやがるのが、暗黒神じゃなくてクズ王そのものに見えた。迷わずその腕に飛び込むと首に手を回して引き寄せる。

 ジェム、先に謝っとく!

 歯を食いしばって唇を押し付けた。腹部にクズ王の股間が押しつけられる。気持ち悪さに聖水をうっかり飲み込みかけて、身斬りした捨て身の攻撃を無駄にするところだった。危ない、危ない。

 舌で唇をつついてやるのが気持ち悪い。

 奴の口角が上がって薄く歯列を開くのが気持ち悪い。

 全部が気持ち悪いんだよ!

 吐き気と共に舌を突き入れ、聖水を流し込んだ。

『うぬ⋯⋯ッ』

「気色悪いんだよ、ポーク◯ッツ野郎!」

 怯んだ隙にガラ空きの鳩尾に膝を叩き込み、間髪入れず上段回し蹴りだっ。一応まだ人間の身体が脳みそ揺らしてるところに、下段の蹴りをぶち込んで膝カックンさせたら、花瓶でぶちかます‼︎ うおっ、ゴツって駄目な音がした⁉︎

 ⋯⋯まぁ、いい。

 最後の仕上げに聖水をもう一本、口に含んでブシャッと噴霧した。喰らえ、毒霧だ!

 行儀が悪いけど口の消毒したいし、聖水は節約したいし、奴には駄目押ししときたい。

 よし、オールオッケー‼︎‼︎

 一石三鳥だぜって内心でガッツポーズだ。あれ、毒霧知らね? グレー◯カブキが緑の液体噴き出してパフォーマンスしてただろ⁈ アン◯ニオ◯木全盛期だぜ、血湧き肉躍るだろ⁈

 それはさて置き、毒霧(聖水)を浴びたクズ王は、ドロドロした瘴気を口、鼻、そして耳から噴き出しながらのたうつ。

『オオオオーーオォオオオーーーーッ』

 ファンタジー映画の悪の親玉みたいな唸り声に、怖気が走る。


 容赦なく踏み越えて、ララちゃんを抱いて寝室を飛び出した。⋯⋯居間の床に転がってる血塗れの侍従モドキは見なかったことにする。暗黒神が入ってくる前の、ゴツゴツした音を思い出してゾッとした。

 王妃の間を抜けて奥宮と外宮の間の扉を⋯⋯開かない⁈

 そうだよな、城の表側と裏側が簡単に行き来できるわけないもんな。畜生、カラクリの鍵だ。仕掛けを知らないと開けられない。

 隅に隠れて引っ掴んできたシーツを風呂敷スリングがわりにして、ララちゃんを抱っこする。長時間は腕が耐えられないからな、咄嗟にシーツを握りしめた自分を褒める。偉い、俺。

 ララちゃんは目を覚ましていたけど、びっくりしすぎたのかキョトンと目を丸くしている。泣かずにいてくれていい子だ。

 さて、どっから逃げるかね。ウネウネがどこまで侵食してるかわからないけど、扉が駄目なら窓かな。王妃の間は三階にあるからせめて二階までは下りたいな。

 困った。アリスレアは貴人だから、使用人用の通路とか知らないんだよ。さっき開かなかった外宮への扉からしか外に出たことがない。闇雲に走っても、体力を失うだけだ。

 息を潜めて、扉の横に設置された壺の影に腰を落ち着ける。俺の身長よりでかい無駄にキンキラしたバッタもんの中国の壺みたいなヤツは、クズ王のお気に入りだ。だから影の一族は、この壺を決して傷つけない。俺の価値、奴らにとっちゃ壺より軽いのはなんだかなぁだけど、いざとなったら人質⋯⋯じゃない物質モノジチにしてやる。

 たいして時間も置かず、奥宮の奥から武装した男たちが十人くらい、正しく整列して駆け足でやって来た。なんだ? 俺を探してる様子はない。別口か?

 さっき開かなかった扉を開けて表に出ていく。

 かわりに剣戟と唸り声、そして怒号。なにかが起こってる。もしかして、ジェムが来たとか?

 まさかね。

 だってこの声⋯⋯。

 扉越しの上、他の人の叫び声に混じってるけど、俺がジェムの声を聞き間違えるはずがない。

 ヤバい、ニヤける。いやいやいや、まだ神剣が届くまでは日がある⋯⋯丸腰ってことはないけど、いつもの剣しか持って来てないんじゃないか?

 奥宮に侍る近衛騎士は騎士団とは成り立ちが全く違う。まずは影の一族に生まれないと入れないから。文官や女官を威圧して威張ってる連中だけど、実際に訓練しているところは見たことない。重そうな鎧は着てるけど、ジェムや軍務卿を見たあとだと貧相だ。

 そんな奴らに遅れをとるジェムじゃないけど、ウネウネに取り憑かれてたらどうするんだ?

 ガッツンガッツン鎧が音を立てている。

 鎧の音だよな?

 しばらくすると静かになって、向こうで怒鳴り声がしている。

 扉がガツガツ揺らされた。

「待て、コイツらの誰かが鍵を持ってるはずだ!」

「そんなの知りません!」

 軍務卿の声の後に、苛立ったジェムの声。

「ジェム!」

 思わず声が出た。

「アリス⁈ アリスだな‼︎」

 確信を持って問いかけられて、涙が溢れそうになる。駄目じゃん。ララちゃんを無事にお姉ちゃんに返すまで、泣かないって決めたぞ。

 壺の影から這い出す。

 ガツガツミシミシと物凄い音がして、扉の板から刃物が生えた。それが数度繰り返されそのたびに鈍い銀の刃が、常夜の灯りに照らされて光を反射した。

 ついにドアノブが板ごと弾け飛ぶと、扉が開いた。

 数時間ぶりのジェムが汗で髪の毛を頬に張りつかせて立っている。大きく肩で息をして、瞳はギラギラと獰猛な光を帯びている。

「ジェム!」

 恐れることはない。これは俺を奪還しに来た男だ。喜びが全身を巡る。なにを思うより身体が動いた。ジェムに抱きしめてもらいたくて飛び出すと、ジェムも同じだったのか手にしていた大きな斧を無造作に放り出した。

 ガチャンと衝撃音。

 そんなん知ったこっちゃない。

 キツく抱きしめられて力が抜けた。でも踏ん張る。これだけはしなくちゃいけない!

「ジェム、消毒! 上書き‼︎」

 首に手を回して引き寄せて、唇を重ねた。聖水で濯いだけど、感触が消えない。ジェムにキスしてようやくひと心地ついて、安堵の溜息とともに唇を離すと、さっきよりも遥かにギラギラした瞳に射抜かれた。

「消毒? 上書き? それをしなければならぬ目にあったのか?」

 あれ?

 自分の墓の穴、掘った?

 スイっと視線を外したら、両手で頬を包まれて真っ直ぐにもどされた。

 落ちて来た唇は噛み付くようだ。容赦なく舌をねじ込まれて、身長差のため上から下に流れてくる唾液を、喉を鳴らして飲み込む羽目になった。

 酒に酔ったようにジェムに酔う。

 このまま眠ったら幸せだ⋯⋯。

「おーい、赤ん坊が潰れるぞー」

 気の抜けた軍務卿の声。

 ぎゃーッ、ララちゃん抱っこしてた!

 そんでそんで、みんなガン見してんじゃねぇ‼︎
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